人里の昼下がり。いつも通りなら月からやってきた兎が団子を売り、あらゆる文字を読むことのできる読書家は街角で本を読み聞かせ、春の化身は花を売り、頭にシニヨンキャップを被った仙人が買い食いでもしているのだろうが、今日は違った。
焼けた鋼のような熱気と、人々の悲鳴と慟哭。
どの様に見ても妖怪には見えない、大型の、黄色に輝く四足獣。
真鍮の獣は唸り声を上げて、四季のフラワーマスター―――風見幽香に突進していた。
彼女はそれを"幻想郷で唯一枯れない花"と自称する日傘で防ぎ、空中に花が開いた。
「...花符『幻想郷の開花』ッ!!」
空中に無数の花弁が舞い、その全てが真鍮の雄牛に向かって飛翔する。
しかし、花びらのほとんどは雄牛の熱気に圧され、萎れてしまう。
「く...ッ!!」
そんな熱気とは何の関係もない、紅魔館から人里へ向かう道に人影があった。
博麗の巫女、霊夢が彼女の神社の狛犬の散歩のついでに、つい先日幻想郷に現れた二人組を人里に連れて行く途中だった。
人気のない道を歩く。
「なぁ...本当にこっちで合ってるのか?」
「えぇ、合ってるわよ。」
巫女は答えた。
「この道は私も何度か通っているので保証します!」
どうやら狛犬とやらであるらしい少女が答えた。
すると、地平線の先から数人、人間が慌ただしく駆けていた。
「...なんだ?」
只事ではなさそうな切羽詰まった表情に、身構える。
「たっ、助けてくれ...!」
「化け物がッ.....化け物がァ...!!」
急に立ち止まって俺たちに助けを求めたのは、二人の男だった。
「な、なぁ..あんた!博麗の巫女だろ!?」
「人里に..見たこともない化け物が...」
化物、幻想体だろうか?それともアルガリアか...。
「なんだか大変なことになっているみたい、急ぎましょう。」
司書とフィクサーと、巫女と狛犬は走り出した。
「なんだよ...あれ....。」
前は木造の建築が軒を連ねていたであろう、そこまで大きくはない町が燃えていた。そして、その喧噪の中心部に大きな四足獣が見えた。
「なぁ、アンジェラ...。」
「M-01-11-07。」
蒼白の司書が口を開いた。つまりは幻想体のようだ。
「"真鍮の雄牛"よ。」
そして、その時。
その真鍮の雄牛とやらが頭突きで吹き飛ばした瓦礫がこちらへ飛んできた。
幸い誰にも当たることはなかったが、それは幻想体がこちらに気づいているということを示している。
「あの様子じゃ、復興にはすばらく時間がかかりそうね。」
「ですねぇ...」
...もう復興の心配してるよ...。
「まずは、あの幻想体を始末することからね。」
アンジェラさん...始末とかいう言葉使うんだ......。
そんなことを考えていると、急に幻想体がこちらへ突進してきた。
「やっぱり、やるしかないみたいだな...!」
こうして、幻想体との戦闘が始まった。
真鍮と思われる金属の体と、牛の口の中には焼けただれた人間の顔がみられる。
頭を下げ、角をこちらに向けて突進してくる姿は正しく牛のようだ。
「熱いな..」
「えぇ。」
「アンジェラ。どうにかして冷やせないか?」
「そんなことよりもさっさと倒して涼んだ方がいいわ。」
「...そうだな。」
熱いので冷やしてもらえないかと掛け合ってみたが、結局ダメだった。
「じゃあ...早めに終わらせるか。」
アンジェラは本から紫色に輝く刃を取り出した。
「私が必ずしもその場にいる必要はないわ。」
「夢符『二重結界』」「狛符『独り阿吽の呼吸』!」
「...」
次元を裂いて雄牛の体を貫く刃。
二重に貼られた結界の間を行き来する光弾。
2人に分裂したあうんが放つ螺旋状の弾幕。
雄牛の顔面に突き刺さるアラス工房製のランス。
...いいなぁ、技名。
それらは雄牛を怒らせるのに十分な量の痛みを与えたらしく、先ほどよりも荒く、衝動的に暴れまわる。
大剣で受け止めようと試みたが、真鍮の雄牛はかなりの重量があり、ギリギリで受け流してしまった。
後ろの木に激突した幻想体は、こちらに振り返ると。
雄牛の口の部分にあったはずの顔は外側に垂れ下がっていて、さらに胴体と、その肩からは腕がぶら下がっていた。
「あいつ...さっきまではああじゃなかったよな?」
「出てきちゃったみたいですねぇ。」
「幻想体なんて往々にしてそういうものよ。」
「あの胴体。千切りでもしたら大人しくなるかしら?」