邪神ナイアの冒涜的料理青春録   作:使命

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何話か書いて人気が出たら連載にします。


1 牛フィレステーキ

 

 

 私は転生したのだろう。実際にそうだと気づいたのは、私が自意識を持って直ぐのときだった。嘗て日本でしがない投資家の男として生計を立てて過ごしていた前世は、我が家に押し入って来た強盗の凶刃によって終わりを告げた。

 

 そして気づいたらこの地にいた。この地の名はキヴォトス。見目麗しい淑女とそれ以外の人モドキが暮らす、治安が武力革命直後くらい荒れている場所だ。驚くべきはこのキヴォトス、明確な政府機構というものが存在しない。

 

 一応は連邦生徒会という行政の中枢があるが、これも生徒たちによって執り行われ、"大人"の政治というものはない。これではいつ暴力革命がおき、民衆が血と思想で真っ赤になるか分かったものではないが、不思議とそういう状況にはなってない。一般人が銃を持ち歩くとかいう全米ライフル協会の理想のような世界なのに。

 

 我が今世の名、邪神ナイア。じゃしんじゃなくて、やまがみナイアだ。よこしまなんじゃない、邪馬台国の邪だから寧ろ神聖だ()。だから決してあの這いよる混沌を意識してはいけない。例え今の麗しき我が女子ボディに触手を生やせようとも。

 

 この邪神ナイアには趣味がある。それは料理と食事だ。前世から一人暮らしの身には料理技能は必須。その為に色々と学び、研鑽していたのが趣味に転じ、それに通じて食べることも好きになった。

 

 小銭稼ぎで始めた今の仕事も、存外金が入る。しがないブローカーだがこの地の商材は良質で顧客の満足度も高い。今日の収入で頭の中でそろばんを弾きながらエプロンを着け、前髪を止める。

 

「O toi! la vie 真心込め〜♪」

 

 丁寧に掃除が施され、清潔なキッチンでディナーを作る準備をする。今日はすこぶる上機嫌に料理へと取り掛かる。歓喜の鼻歌はシャルル・アズナヴール『O toi la vie』の和訳版だ。

 

 というのも上機嫌の理由は、今日仕入れた食材にある。一人暮らしの我が身で細々と働いて貯めた金を叩いて買った代物は、私の気分を最高峰に昂るのに余りあるものである。

 

「ただ過ぎてゆく日を 悲しみ込めて 見送るだけ〜♪」

 

 冷蔵庫から発泡スチロールの箱を取り出す。逸る気持ちを抑え、厳重に施された包装を丁寧に剥がし蓋を開け──息を呑んだ。

 1頭の牛から3%しか取れない牛フィレ肉。その中でも最高級品であるシャトーブリアン。それが今日のディナーだ。

 

「ほう……見事な赤だ。思わず左を向きたくなる」

 

 赤身の中でも随一であるこれは、最早煌々と煌びやかに輝くルビーのようだ。正直に白状すれば、私は今まで赤身を嘗めていた。牛肉といえばサーロインやらロースが花形とばかり思っていたが、こうして買ってみると己の浅慮に恥じ入るばかりである。

 

 赤とは素晴らしい。これからは東に足を向けて眠れないな。

 

「よし、今日は飲もう。その為に買ったのだし」

 

 肉といったらワインも欠かせない。特別なのは何も肉だけではないとも。先日届いた2本の1本辺り98000円の赤ワインを取り出す。合計23万円程の出費は肉とワインで洗い流せる。さあ早速始めようじゃないか。

 

 熱したフライパンの上に牛脂を加え炒める。脂が溶けてきたところで塩胡椒で味付けをしたシャトーブリアンを置く。ステーキとはタイミングが命だ。何度もひっくり返すのは愚者のやること、おと……女はいつだって一発勝負。肉の表面に脂が浮いてきたらそのときだ。

 

「……しまった、フランベ用のワインがない」

 

 肉をひっくり返しながら気づいてしまった。これではステーキが出来ない。赤に赤を重ね今こそ革命の火を灯すときだったのに。どうするべきかと考えていたら、すぐ横にあったワインが目に入る。おいやめとけ私、絶対後悔するぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジか私。マジか」

 

 

 欲には勝てなかったよ。フランベによりゴウッ、と火が上がる。今ので数千円はアルコールと共に蒸発した。まだ飲んでないのに。だがしかし、これは犠牲ではない。約30000円のフィレに98000円のワインを投資したのだ。平時は臆病に、勝負所は勇猛に。投資とはそういうものだ。今関係ないけど。

 

 焼き上がったステーキを熱しておいた鉄板の上に移し、牛フィレ肉のステーキの完成だ。さあ待ちに待った食事の時間だ。キッチンから自宅に備え付けられた地下室に向かう。ダイニングで食えと思うかもしれないが、仕事もあるのだ。一人暮らしで生活を持続するには、在宅勤務できる今の仕事は実にいい。『施錠はしっかり!』と注意書きされた扉に手を伸ばす。

 

 

「やぁ君、調子はどうだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、意外と広い空間にポツンと置かれた机の前に、捕縛されたヘルメットを被った少女がいる。猿轡があるせいで、呻いているようにしか聴こえない。

 

 

「んー! んーッ!!」

「おや何だい? 言ってることは分かんないけどステーキは上げないぞ」

 

 

 怯えた目で私を見てくるが、それも仕方ないだろう。彼女の周りにいる2種の異形たちのせいだ。

 

 ──一方は灰色がかった白い油ぎった、まるで目のないヒキガエルのようだった。その皮膚は伸縮自在に形を変え、鼻にあたるであろう部分にはピンク色の短い触手が生えている。

 

 もう一方は、5フィート程の体高の一見すると甲殻類の様な姿だ。3対の先に鉤爪のついた手足、背中に1対の羽を鳴らして彼女の周りを漂っている。

 

 私の部下を紹介しよう。拷問大好きなムーンビースト君と外科手術はお手の物、ミ=ゴ君だ。

 

 

「……まあいいか。ミ=ゴ、猿轡を外してあげろ」

 

 

 ミ=ゴが私の言葉に従い、返事をするように頭部を色とりどりに発光させ、鋏で取り払ったのを見ながらいただきます。と手を合わせてステーキを頬張る。

 

 ナイフで切り分けたときにも分かったが、恐ろしい程に柔らかい。唇でも噛み切れるぐらい柔らかいが、それでも歯で噛むと肉特有の弾力が返ってくる。それに適度に乗った上品な脂もいい。旨味と塩胡椒、そしてほのかな甘み……これだけで酒が飲める。

 

 

「ハァッ、ハァッ! ごめんなさい! ごめんなさい! もう二度と貴女の事務所を襲撃しないよう掛け合います! だから……!」

 

 

 ということでワインを口に運ぶ。まず口内に芳醇な葡萄の香りと甘みとやや強めの酸味、そして渋みが広がり、その後奥底に残っている樽と、なめし革の香り。これだけ濃厚で味わい深いのに、後味は柑橘類のように爽やかだ。あぁ素晴らしく美味い。今日の晩餐は大成功だ。

 

 

「といってもね、君ヘルメット団でも下っ端も下っ端だろう? 君ごときの意見が通るのかい?」

「それは」

「そもそも君らの──ハロハロだかバロバロだか何だか忘れたけど、あれらの襲撃を退けた際にどさくさに紛れて君を攫ったわけだが、捜索隊も何も来ていない。見捨てられたんじゃないの?」

 

 

 私の言葉に呆然と絶望の表情をする彼女。いいスパイスだ。肉の旨味がグッとプラスされる。ワインも更に香りだかくなった気がする。他人の不幸は蜜の味というが、なんと甘美なことか。

 

 

「……お願いします。私には妹が」

「……んぐ。勘違いしてるようだから言っておくが」

 

 

 咀嚼していた肉を飲み込んでから喋る。さっきからお願いやらなんやらほざいているが、前提からして違う。私はここに彼女とお喋りに来たのではない。歴とした仕事があるのだ。

 

 

「君はただの()()だ。ギヴォトスの生徒たちは皆良質でね、外の顧客に人気なんだ。──申し遅れたね。私は臓器ブローカーの彷徨ヤミともいう」

「……え?」

 

 

 ギヴォトスの生徒は頑丈で強靭で、キヴォトス外の物好きらに高く売れる。例えば皮膚、例えば瞳、例えば子宮、例えば臓器……一人暮らしを支えてくれる協力者方々には本当に頭が上がらない。

 

 

「ということで……ムーンビースト、死ぬまで遊んでいいぞ。だが中身は傷つけるな、大事な商品だ。ミ=ゴは解体を手伝え。君たちの働きを期待しているよ」

 

 

 羽音が大きくなる。不細工なヒキガエルの口からゲタゲタと喜悦を含んだ嘲笑が響く。2匹の異形は強い忠誠を感じさせるような立礼を私にした後、少女に向き直る。

 

 

「ヒッ、やっ、やだ! 助けて! おねがっ、あ゙ぁ! ごめ、ごめんなっ! あ゙ぁ! ア゙ァァァ゙ァァァァァァアァ!!!」

 

「んー♡美味かな美味かな」

 

 

 我が今世の名、邪神ナイア。しがない臓器ブローカーを営むゲヘナ学園生徒だ。趣味は食事に料理。明日からの学校も、頑張れそうだ。

 

 

 

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