「……危ないなぁ。いきなり頭抜こうなんて落ち着きが足りないんじゃないかな? せっかくキメキメの前髪が台無しになるところだった」
不意打ち気味に放たれた弾丸は、ナイアの腰辺りから急速に伸びた黒い触手に阻まれる。隠そうともしない余裕と嘲笑に呼応するかのように触手も愉しげに蠢くのを見て、ワカモの殺気が強まる。
「なら問題ありませんね。その小綺麗なお顔ごと砕いて差し上げます」
「野蛮だねぇ。少しはトリニティのなんちゃって淑女共でも見習ったらどうだい?」
ケタケタと笑いながら彼女はコートの内に手を伸ばし、2丁のハンドガンを取り出した。そしてその銃は見ていたワカモは思わず目を見張るのも致し方無いものだった。
まず目に付くのはその大きさだ。一般的なハンドガンは大体5インチ、12.7cm程度であり、ハンドガン最大級の威力と大きさを誇り『ハンドキャノン』とも呼称されるデザートイーグルでさえ26cm程だ。しかしその銃は目測だけでも35cmは優に超えており、最早小型のライフルにも等しい。
次にその色だ。左手に携えるは、この夜の暗がりの中でもよく目立つ血のような真紅の銃。ワカモからは見えないが、銃身には『RED QUEEN』の文字が刻まれている。
右手に構えるは、この夜を覆う闇よりも尚深い闇色の銃。銃身には『HAUNTER OF THE DARK』の文字。2丁の拳銃が街灯に照らされ鈍く光る。
「どうだい。中々イカしたベイビーだろ? 赤いのがレッド・クイーンで黒いのがハンター・オブ・ザ・ダークというんだ。知り合いのエンジニアが実に優秀でね」
「えぇ、そのようですね。紹介して下さる?」
「……でかい虫とか大丈夫なら」
軽口を交わしながらも両者には一片の隙も存在しない。不用意に踏み込めば狩られるのは此方だと重々に理解している。互いの距離は10m程。双方一息で詰めれる間合いだ。
(……改造元は恐らくデザートイーグルか類似種。装弾数は9発以下……あの大きさと口径、確かに威力は凄まじいのでしょうが当たらなければ何の問題もありません。2丁持ちであることもありリロードに確実に隙が生まれる)
見た目こそ驚いたが、そもそも2丁持ちという戦法自体デメリットが大きい。両の手が塞がるため行動が制限されるし、至難であるリロードが出来たところで大きな隙になるのは間違いない。気になるのはナイアの取った構えだ。
右足を大きく後ろに引き左足は前方に。赫色の銃を携えた左手を前に突き出し、漆黒の銃を構えた右手を顔の横へと上げている。その立ち振る舞いは銃撃戦というよりも、武術などに見られる"型"に近い。
「気になってるね。ルベリオンは知ってるかい?」
ワカモの訝しげな視線に気付いたのか否か、ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを崩さず問い掛けた。
「はい?」
「……いや、何でもない。それより意外だよ。君、義に報いたり残虐な行為に義憤を覚えたりするようなタマだったか?」
「別に頼まれたからどうということでもありませんし、そもそも彼女らの自業自得ですし。そしてその行いを侮蔑することはあれど咎めようなど思いもしません。ですが……」
タンッ、と軽快な動作でワカモがアスファルトを踏み抜き大きく後方に飛びながら銃口をナイアに向ける。その狐面の下で恐ろしいほど妖艶な笑みを浮かべた。
「──周りを飛び回る不快な虫は、叩き落とすに限るでしょう?」
「良くぞ吠えた。この子狐が」
距離は一気に20m以上に広がる。ワカモの銃剣付き短小銃『真紅の厄災』が炸裂音を唸り上げ火を吹き荒らす。跳躍しながらの射撃にも関わらず、ワカモの銃弾は全て正確にナイアを捉えている。
これに対しナイアの選択は"前進"であった。カッ、っと革靴を軽く鳴らし、初歩から最大限の加速を決める。ふと彼女の姿がブれ銃弾がすり抜けたかと思えば、既に15mは間合いを詰めていた。
(ッ! 速いっ!)
まるで氷上を滑るかのような挙動で迫り来る銃弾全てを躱し、真紅の銃口をワカモに向け引き金を引いた。
ドォンッ!
銃というより、大砲と評する方が適切であるほどの銃声否、砲撃音を響かせ烈火を吹く"赤き女王"。鼓膜を大きく揺らされ、美しい黒の長髪を焼き切られながらも、文字通り間一髪で回避した銃弾はそのまま後ろの街灯を貫通し、建物の外壁に突き刺さる。
「ッッッ!! なんて威力……!」
「余所見は良くないな?」
それにより僅かに意識を逸らされたワカモに肉薄。迎撃しようと振るわれた銃剣を難なく弾き至近距離でワカモの足に発砲。通常の火薬では傷もつかない彼女の太腿を、抉るような強い衝撃が襲う。
「グッ……!?」
苦し紛れの発砲をした瞬間には既に視界から消え、ナイアはワカモの腹部を蹴り上げた。
「ぎっ……!」
苦悶の声を噛み締め、無理矢理跳躍することでその場を逃れる。その様を見ながらニヤニヤとナイアはまた憎たらしい嘲笑を送る。
「痛いだろ? この銃は特別でね。君みたいな神秘の多い頑丈な子を仕留める為にこの威力なのさ」
手元でクルクルと銃を弄ぶ様子に苛立ちを募らせながらもワカモは思考を回す。
先程からのナイアの動き。これが非常に"気持ち悪い"。最初は超人的な動きで銃弾を避けているのかと思ったが、実際は
"脅威的な先読みにより確率論的に有利な立ち位置を保つ"
この技術こそがナイアが今、キヴォトスでも上位の実力者であるワカモを圧倒する所以だ。
「……神秘とは?」
「ん? あぁ、そういえば君らは自覚がないんだっけか」
ふと疑問に思った単語の真意を問い掛けてみる。別に好奇心に駆られた訳でも無く、単純な時間稼ぎの為だ。しかし予想外なことに気軽気にナイアはその問いの答えを喋り始めた。
「この地、キヴォトスに住まう人類種……キヴォトス人だね。君らにはこの地に根付くものに例外なく流れる未知のエネルギーがある。それを仮称として『神秘』と名付けた」
「……その言い方ですと貴女はキヴォトス人ではないと聞こえるのですが」
「Yes。私はキヴォトス外出身だよ。流れ者である私の内の神秘は後天的に得たものだ。例えばこのHALOなんかは神秘の代表たるものだ」
神秘とは、"染まり、生み出すもの"である。無色透明たるこのエネルギーは所有するキヴォトス人一人一人の性質に染まり、多様な恩恵を生み出す。銃弾すら防ぐ肉体。高い身体能力。並外れた直感。夢を通じた未来視。桁外れの治癒力。埒外の戦闘センスなど。
「生徒の中に発砲する際、弾丸に神秘を込めて威力を強化することが可能なものが一定数いるらしい。──こんなふうに」
そして全ての生徒たちが、この神秘を
己の身体と魂を客観的に認識できる『転生者』であることがここで活きる。強靭な肉体の所以を独自の観点から考察。そして科学、外科医学に発達したミ=ゴの研究のもと、ナイアは自身の神秘を知覚し操作することが可能になった──なおこの際、神秘を辿って
ナイアは上空に"赤き女王"を掲げそのまま発砲。それを怪訝そうに見ていたワカモ。そして、その目は目の前で起こった事象に驚愕に開かれることとなった。
「──なっ、クっ!」
ナイアの放った銃弾は赤い軌跡を作り
「グっ、この! なんてデタラメ!」
「ほう。存外持つじゃないか。そこそこの神秘を込めたつもりだったが……仕留めるには足りないか」
無数の赤い雨は止まぬことを知らずワカモに降り注ぐ。凌ぎながら何とか反撃を試みる彼女を嘲笑うように加速度的に雨の量は増していく。
「ではダメ押しといこう」
──神秘反転。【恐怖】へ変換を開始。
さて。神秘の特性を理解したナイアが続いて取り掛かったのは、神秘の流用だった。身の内を流れるこのエネルギーの探究をさらに深めた結果、ナイアは神秘を反転──『協力者』の面々が呼称するに【恐怖】へと変換することに成功した。
コインの裏側たる恐怖の性質は、"侵し、破壊する"ものだ。
「
「ッ!?」
その効果──純然たる破壊そのもの。
ゾッとワカモの背筋を冷たいものが駆け上がる。今までの攻撃より遥かにヤバい。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。あの右手に握られた黒鉄の銃から感じる
(回避、回避を──―!)
「死ぬなよ?」
"シェテフ・マブール"
◇
「……うーん、逃げたか。無意識に己の全神秘を防御に回したな」
"シェテフ・マブール"、もとい神秘と恐怖の行使は魔術的な要素を取り入れている。魔術とは神秘である。魔術とは信仰である。……まあようは魔術と神秘とはとても相性がいいということだ。その魔術的な要素の例が、先ほどの詠唱だ。銃を媒介にして詠唱で神秘を底上げし、威力を上げることが出来る。現に半径15m、深さ70㎝ほどのクレーターが民家や店うを巻き込んで出来上がっている。
「まあ少なくない傷を負っただろうし、何処かで野垂れ死ぬか……当分は動けんでしょ」
コートの内ポケットから煙草箱を取り出し、一本にライターで火をつけて煙を吸い込む。吐き出した煙をぼんやりと見ながらこの場所の修繕費やらを計算して煙とともに溜め息を吐く。
「っと、このままじゃ風紀委員が来るな。早いこととんずらしよう」
コツコツと革靴を鳴らして歩を進める。明日は……ああ、あの物好きどもとの取引か。神秘の探究は面白いが、崇高やらなんやらは今一理解出来ん。場所は確か
「アビドス自治区か。あそこには何もないが道中は美味い飯屋が多いらしいし……よし、食い歩きだ」
そんな独り言は、煙草の煙とともに夜闇に消えていった。
報告
ゲヘナ学園自治区■■番地で戦闘が発生。現時点で犯人は不明。この戦闘により起きたと思われる爆発により民家三軒、飲食店一軒、コンビニエンスストア一軒が半壊。また深さ73㎝、半径15.2mのクレーターが発生。
風紀委員会は万魔殿に建造物、道路当の補修、保証を要請。
今回の件に関して、ゲヘナ学園株主『吼月グループ』代表取締役 吼月ホテプ氏が費用を負担。風紀委員会より50人の人員を提供。
次回「おじさんとシチュー」