ガ ク ブ ル へ ル メ ッ ト 団 作:名もなきドクター
銀鏡イオリ
ゲヘナ風紀委員会所属の二年にして突撃隊長を務める彼女は決して馬鹿ではない
考える能力が低いわけではない、ただ考えるよりも先に身体が動いてしまうのだ
その上知力においても武力においても二番手以降の彼女が特別思慮を巡らせる意味はない
ただ命令に従い、他の風紀委員に適切な指示を出し、戦えば良い
彼女に求められているのは使い勝手が良く、その割には高い戦闘能力を持ち得ている駒の役割である
委員長にかかる絶大な負担の軽減及び、小回りの効いた戦力としてアコの手足となることだ
であるからにして、例え違和感を覚えた命令であってもイオリは遂行する
委員長へ重度の偏愛を向けながらも、行政官は間違いなくゲヘナの最高頭脳の一人であるのだから
アビドスという寂れた学区に無断侵入し、そこでゲヘナからのテロリストである便利屋の捕縛と突如現れたキヴォトスの要人である『先生』という大人の確保
そのために無断でチナツと二人で膨大な風紀委員の兵力を率いることになってしまったが、きっとそれだけ重要性があるのだろうと実務の二番手は思った
学区外付近のラーメン屋が爆発した瞬間、50mm迫撃砲で砲撃を敷き、一中隊を連れて突入を開始
辿り着いたその時には便利屋は劣勢に陥り半ば敗北をしていた
だが、予想外なことにアビドスはこちらに向かって戦闘行為を開始した
チナツが何かを言いたげに先輩である彼女を見つめながらも、仕方なく現場指揮をする
100名以上いる兵力とアビドスの4人にぶつかり、拮抗状態に持って行かれてしまい、チナツは苦々しい表情で向こう側にいる大人を見つめ、イオリは納得がいかないまま銃を構えた
そんな時だった
通信機が甲高い着信音と共に、風紀委員会本部にいる天雨アコが姿を見せる
「やめなさい、イオリ。」
「アコ行政官!?」
「アコちゃん?これは…命令に従っただけだ!あれは戦術のセオリーに従って、事前の砲撃と機を伺って突入だろ?」
「命令に無差別に発砲はしてないでしょう?」
制止と叱責を受けながら、イオリは思う
とんだ茶番で、実際命令では戦闘は禁止されていないのに、と
そして争いの雰囲気が薄れると行政官として恥じない論舌を発揮し、アビドスの連中を説き伏せるアコ
実にとばっちりな責めを受け付けたな、そう気を緩めた瞬間だった
視界の隅からこちらに忍び寄る影に満面の散弾を浴びせられたのだ、反撃をしようと目を開けた時には、不気味な笑みを浮かべた少女が大きくその散弾銃を振り上げていた
度重なるダメージに、ついにイオリが膝を折る
朦朧とする意識を引き上げていると、便利屋の一人である鬼方カヨコが完璧なまでにアコの策略を暴いてしまい、それを聞いて激昂した便利屋の長とアビドス一行が戦意を燃え上がらせる
「結局こうなるんだったら私が叱られた意味は...はぁ。」
独り言を漏らすツインテ少女は不憫を呪う
アコが指揮を執ることになれば、当然イオリはフリーとなる
『先生』の人智の到達点じみた指揮
アビドスの異常までの高練度な連携と戦力
更に妄執から生み出された理性を溶かした獣のような奇襲で受けた傷
そんな逆境でも彼女の指針は変わらない
愛銃でライフル弾をぶち込むだけだ
イオリは自分でも奥底から湧き上がる闘志から持たされる高揚感とその真逆の極度の集中に驚く
飛んでくる狙撃や至近距離で受けた散弾も無視して、足に力を溜め目の前だけでなく戦場全体を俯瞰
何故銀鏡イオリが狙撃銃を持ちながらも最前線で戦うのか?
人員不足の煽りなのか?猪のような性格だからか?
両方とも理由ではあるが、最大の理由は一つ
それが一番強いからだ
ボルトアクションである愛銃の利点を最大限活かし、そのツインテールを揺らしながら渾身の三連射を行う
素早くステップを踏む彼女は一筋の閃光のように物理法則を超越した動きをする
三発の銃弾に無効射の概念はない
機関銃でこちら全体を薙ぎ払う少女への牽制、後方から狙撃手らしく味方を狙う不届者の無力化、悪戯する子供のように悪烈な撹乱を繰り返す愉快犯の足止め
一人で三人を抑えて始めて一息つく暇が生じる
どうにか持ち直した戦局を維持しようと声を張り上げつつもリロードを忘れない
そんな彼女の目覚ましい活躍も虚しく、相手の指揮官の神がかった采配に攻めきれない自軍に絶望を覚えるがアコの手管手練を信じる
長時間の戦闘でバテ始めたアビドス便利屋連合へアコが王手をかけるかのように八個目の中隊を呼び出す
交代交代で人数の差を最大限に活かした戦い方により、神策鬼謀の『先生』も徐々に焦り始める
ピピピ
降伏勧告を行うアコの声に混じって通信端末が震え出す
委員長の投影と狼狽えながら誤魔化しに誤魔化しを重ねる横乳
その場に現れる空崎ヒナ当人により、誤魔化しから言い訳にシフトチェンジした身内の変態に気まずさを覚えずにはいられないチナツとイオリ
結局途中参戦の小鳥遊ホシノにヒナ委員長が謝罪してゲームセットとなった
一千人の兵員はヒナと共に一糸乱れぬペースで撤退し、母校へと戻っていく
反省文の内容を脳内で準備しながら幹部二人は白い彼女に寄り添って進む
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表舞台の一幕が下されようとするその背後
二つの影が交差する
「ククッ、思わぬ拾い物ですね。神秘の過剰消耗によりもう動くのも精一杯な身で無茶を重ねすぎですよ?」
さぁ、悪い『大人』との取引を始めましょう?
燃え盛る蒼炎を揺らしながら大きく口角を割く黒い影は獲物と同じような背幅の少女を見つめる
「......。」
依然と少女は浅い呼吸で焦点の合わない瞳で宙を眺める
「しかし、『契約』とは双方の意識があって成り立つもの。仕方ありませんね、対価の前払い...いえ、ちょっとした事前投資といきましょう。借りを返すくらいのものですよ、リエロ。」
この場にいない同僚に聞かれてもない行為の説明をする彼
今その導火線にもう一筋の炎が灯される
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