道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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その8―道化行進~喜劇の語り部~

補足説明1:シルさんのペンダントについて

本来なら戦争遊戯直前に渡すはずだったペンダントですが、渡せてません。

理由としては、ベートさんが直前までベルと話をしてたから。

シルさんは魔導書の一件でベートさん達に怪しまれてることを何となく察してるから、下手な行動を取れなかったんです。

もし仮に渡せててもあの内容じゃ意味ないし、そもそもベルに正体がバレてた。

昔から神威を隠して好き勝手やってるクソジジイと、それを追いかけ回してたお祖母ちゃんを見てきたから、シルさんが人間じゃないのは薄々感づいてる。

だけど、容姿が違うから具体的にどこの誰なのかは分かってない。

 

ベルとしては「神様が何かやってるな~。そういう趣味なんだな~」と思ってる。

覗きや何やかんやをやりまくってた変わり者のジジイが身近にいたせいで、その辺りの警戒心がバグってる状態。

他人の正体を言いふらす趣味はベルにはないし、本人に問いただすような真似も必要性を感じないからしない。

魔導書の件も、自身にそんなことをするメリットがないから本当に偶然だと思ってる。

 

補足説明2:時系列について

本編ではゴライアス→メレン→戦争遊戯の順番だったのですが、メレンと戦争遊戯の順番を入れ替えてます。

誤差の範囲かもしれませんが、一応お知らせしておきます。

 

以上、補足説明でした。

 


 

「かんぱ~い!!」

 

戦争遊戯が終わり、その事後処理や手続きがやっと片付いたあとのこと。

引っ越し終わったその日の夜に、ヘスティア・ファミリアの祝勝会が行われた。

酒を煽り、笑い、踊り、歌いながら勝利を分かち合っている。

………一部を除いて。

 

「な・ん・で、うちの祝勝会に君までいるんだよ、ロキ!?」

 

「正当な権利やろがい!うちらの協力のおかげで勝てたって忘れんな!?」

 

「協力してくれたのはヴァレン某くん達だろう!?君は指一本動かしてないくせに偉そうにしてるんじゃないよ!」

 

「なんやと!?」

 

「なんだよ!?」

 

主神たちはガンを飛ばし合ってる。

 

「はい、ベル。あ~ん」

 

「え、ちょ、アイズさん!?」

 

「何やってんですか!?ベル様から離れてください!!」

 

「嫌です!」

 

馬鹿な姫や語り部、道化の妹は聖女の生まれ変わりとやり合っている。

頭痛が痛くなるとでも形容するべき頭の悪い状況。

当然、それを止めるものも出てくる。

 

ゴツっ――と。

 

アイズとロキの頭に拳骨が叩き込まれる。

鈍い音ともに頭に痛みが走り、二人は思わず蹲る。

 

「お前ら、私達が部外者だってこと忘れるなよ?多少協力はしたが、ベルたちが自分の力で勝ったんだ。今の私達は参加させて貰ってる立場だからな?次騒ぎを起こせば問答無用で店から叩き出す。覚えておけ」

 

「「「「りょ、了解です…。」」」」

 

「はぁ…。ベルたちも、悪かったな」

 

「「あ、いえ、お気になさらず」」

 

ベートはロキとアイズに説教をした後、ベルとリリに軽く謝罪する。

謝罪された二人は、思わず動きを固めながらぎこちなく返事をするだけ。

めっちゃ痛そうな音してた…。

 

「お前も大変そうだなぁ~」

 

「よくやるわい。アイズもお前さんも」

 

「気持ちは分からんでもないが……。」

 

「言う暇があるなら、お前らも少しはあのバカどもを諌めるのを手伝え」

 

「おいおい、レベル2の俺が第一級冒険者様に敵うわけねえだろ~?」

 

「面倒だからパスじゃ」

 

「同じく」

 

「よし、喧嘩売ってるなら買ってやる。飲み比べだ。負けたやつは全員分奢る!」

 

「よっしゃ!その勝負乗った!」

 

「酒飲みでドワーフに勝てると思うな!?」

 

「いい度胸だ」

 

狼人はそのままの勢いで鍛冶師とドワーフとアマゾネスに喧嘩を売られ、買っていった。

まあ、平和的な方法だから問題はないだろう。

そうしてベート達が離れていったときを見計らい、一人のハイエルフがベルに近づいていく。

 

「ベル・クラネル、少し良いだろうか?」

 

「はい?リヴェリアさん?」

 

リヴェリアはベルの眼の前の席に座り話をしようとする。

突然の行動にリリも疑問を覚え警戒するが、高位の冒険者相手にどうしようもないと判断し、静観する。

アイズたちも先程のベートの説教を受けて頭を冷やすために食べ物と飲み物を取りに行って近くにはいない。

そのことに、リリだけでなくベルも少し危機感を覚えた。

先程の戦争で少し派手に動いた自覚があるから。

 

「まずは戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利、おめでとう。見ていたが素晴らしい戦いだった」

 

「いえ。アイズさん達が戦いを教えてくれたから、なんとかなっただけで…。あ、そういえば、その件でご迷惑をおかけしました!関係ないファミリアのことなのに、色々と…。お詫びと言ってはなんですが…、どうぞ、菓子折りです」

 

「え?あぁ、ありがとう。ベートがもう言っているだろうが、アイズ達が勝手にやっただけだからな。肩入れはあっただろうが、それは期待の現れだろう。君が気にする必要はないし、気にするのであれば期待に応えて強くなればいい」

 

「は、はい!」

 

「この品はありがたく受け取っておこう。随分丁寧な包装だが、どこの店のものだろうか?」

 

「あの、もうご存知かもしれませんが、うちのファミリア余裕があまりなくて…。申し訳ないんですが、僕の手作りです…。もちろん毒とかは入ってないですし、不味ければ捨てていただいて構いませんので!!」

 

「そんな心配はしていないさ。あとでフィンたちと一緒にいただくとするよ」

 

ベルの手作りだという菓子折りを受け取ったリヴェリアは、緩みそうになる気をなんとか引き締めて本題に入ろうとする。

あまりにも冒険者らしくない彼を見ていると、どうにもうまくペースが作れない。

他の冒険者であれば、簡単にいくのに。

 

「ところで、君に一つ聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」

 

「? なんですか?」

 

キョトンとした顔で首を傾げるベル。

聞く土台は作れた。

そして、横目で近くにロキがいることも確認し、アイコンタクトを取る。

神の前では嘘をつけないという共通のルールを利用し、真偽を確かめる。

 

「君は【静寂】という冒険者を知っているか?」

 

リヴェリアが出したそれは、かつて栄華を極めたとあるファミリアにいた魔道士の二つ名。

今のリヴェリアたちですら敵わないほどの力を持った伝説的ファミリアの幹部。

それが【静寂】だった。

 

あの戦争を見て思った。

ベルの魔法が、【静寂】の魔法に似ていると。

魔法無効化などそうある魔法ではないし、発動の仕方も似ていたように思える。

だが、それ以上にあの時のベルの瞳。

あの冷たい視線。

それが、かつての最凶を思い起こさせるに足るほど酷似していた。

 

生き写しと思えるほどに。

だからこそ、この問いをした。

ロキがいる以上、どう答えても真偽は分かる。

さあ、どうなる――――?

 

「いいえ、知りません」

 

意気込んで問いかけたリヴェリアとは裏腹に、ベルはとても穏やかに目を細め、ニッコリと微笑んで答える。

ハッキリとした、否定の言葉を。

そっとロキの方を見ると、小さく首を振っている。

それを信じ切ることが出来ずに、思わず問いを続ける。

 

「ほ、本当に知らないか?どこかで聞いた覚えも――――?」

 

「ええ、知りませんよ」

 

「本当に――?」

 

「あの、口を挟むようで申し訳ないですが、少ししつこいのでは?ベル様が知らないと言っている以上、何度確認しても返ってくる答えは一緒ですよ?」

 

思惑が外れて少し取り乱したリヴェリアだったが、リリの言葉で平静を取り戻す。

居住まいを正し、ベルにもう一度だけ尋ねる。

 

「すまない。だが、最後にもう一度だけ確認させてくれ。本当に、【静寂】を知らないか?」

 

「残念ながら、知りませんね。力になれず申し訳ないです」

 

「……いや、こちらこそ変なことを聞いて悪かった」

 

顔をしかめて考え込むリヴェリア。

どうにも気まずい空気が流れる中、突如として上から明るい声が降ってくる。

 

「ベル殿~?楽しんでますかぁ?」

 

「リューさん!」

 

「折角の祝勝会なんですから、もっと楽しみましょう!今は借金のことなど忘れて!ね!?」

 

「あぁ~!!リュー様、思い出させないでください!折角借金のことを考えないようにしてたのに!?」

 

「飲んで忘れましょう!」

 

「ええ、こうなったら飲んでやりますよ!ベル様、付き合ってください!!」

 

「え!?ちょ、リリ!?」

 

突然現れたリューのせいで嫌なことを思い出してしまったリリは、ベルを連れて酒のある方に行ってしまった。

リューはベルが座っていた椅子にドカリと座り込むと、今度はリヴェリアに話しかける。

 

「おやおや、行ってしまいましたねえ…。どうです?リヴェリア様も楽しまれてますか?」

 

「……私は元々アイズ達の保護者としてきた立場だからな。羽目を外しすぎるわけにもいかない」

 

「保護者…、母親代わりですか。リヴェリア様も大変ですね~。アイズ殿のように可愛い娘を持つと、気苦労も絶えないでしょう」

 

リヴェリアに話を振りながら穏やかに笑うリュー。

明らかに気の抜けた声色と態度に、リヴェリアも気が抜けるのを感じる。

 

「まあ、だとしても、娘のいない隙に娘の友達を問い詰めるような真似はどうかと思いますけどねぇ」

 

だが、次の瞬間全身に冷水を浴びせられたような悪寒とともに冷や汗が出る。

見ると、先程の気の抜けた様子が一転して、冷たい視線で見つめるリューがいる。

 

「いやはや、貴女があのような行動に出るとは。いささか予想外でしたね。出るとしたら、フィン殿あたりかと思ってました。誇り高きを謳うエルフの王族が、そのような姑息な真似をするとはねぇ」

 

「【疾風】…!」

 

「神まで巻き込んで何を確かめたかったのかは知りませんが、今後このような真似は控えたほうがいい。アイズ殿達の逆鱗に触れますよ?」

 

「………身内が突然人が変わったように一人の少年に入れ込むようになった。何も聞くなという方が無理だろう」

 

「ええ、でしょうね。でも、私達だって意地悪で話さないわけじゃない。ただ、ベル殿への義理を通したいだけ。知的好奇心だけで尋ねてくるような輩に、ベル殿にも話していない秘密を話すわけにはいかない。心配せずとも、その時が来れば貴女方にもお話しますよ」

 

リヴェリアを冷たく見下ろしながら、リューは立ち上がりベルの方に向かっていく。

 

「フィン殿にもお伝え下さいね。その時まで大人しく見守ってろ、と」

 

元来、王族に対しては敬虔な態度を取りがちなエルフであるにも関わらず、リューは不遜にもそう言い放った。

そして、振り返ることなくベル達の和の中に加わった。

先程までの様子など、一切見せることなく。

 

………………

……………

…………

………

……

 

「なるほどね。君の方は空振りだったわけか」

 

リヴェリアは拠点に戻った後、団長室でロキとフィンを含めた三人で話し合う。

そして、祝勝会でのことを報告した後、フィンの感想が先の言葉だった。

 

「……正直なことを言えば、それなりに自信があった。あの少年があの女の関係者であれば、アイズ達の態度も何となく説明はつくだろう?」

 

「いやぁ?そうでもないやろ。力や技術を求めてって、逆にあのガキンチョが教わってる立場やしありえんやろ。まあ、ガキンチョのあの豹変ぶりを見れば分からんでもないけど」

 

「いずれにせよ、違ったんだ。これ以上その可能性について考えても意味はない。【静寂】とベル・クラネルの魔法が似ているのは、本当に偶然だろうね」

 

「偶然にしては出来すぎやろ…って言いたいとこやけどなぁ。世界は広いってことか……。」

 

「ところで、お前の方の当てはどうなんだ?戦争遊戯の時、意味深な顔をしていただろう?」

 

「ああ、そのことね。言っておくが、確証も何も無いし、そもそも考察すら終わってない。ただの違和感なんだけど――――」

 

「まどろっこしいな。はよ言うて」

 

考えが纏まりきっていない中で話すのは不本意なのか、前置きがあったがそれでもロキに急かされフィンは話し始める。

あの日、ベートのセリフから感じた違和感を。

 

「あの日、ベートがベル・クラネルの豹変ぶりについて話していただろう?」

 

「ああ、そう言えば話していたな」

 

「本当に何気なく言ってたからリヴェリアは気づかなかったかも知れないけど、あの時ベートは確かにこう言ってたんだよ。『いつもの軽薄な笑みを消してまで……』って。」

 

「軽薄?あのガキンチョが?」

 

その言い回しに違和感を覚えたロキは声を吊り上げる。

 

「言われてみれば、おかしいな。あの子供が軽薄なら、お前やロキはどうなる?」

 

「その発言については色々物申したいことがあるけど、概ねそのとおりだ。あそこまで純粋な少年を形容するのに、“軽薄”という言葉を使うのは些か違和感がある」

 

フィンは机の上にある茶菓子を一つつまみ、サクッと小気味のいい音を立てながら食べる。

頬張りながらも物思いにふける。

 

「とはいえ、だからなんだって話なんだけどね。こんな揚げ足取りみたいな追求で答えにたどり着けるとは思っていない。正直、何がなんだかサッパリだ」

 

話しながら、フィンはまた一つ茶菓子を頬張る。

 

「明日から女水入らずでメレンに行くし、その時うまいこと問い詰めてみよか?」

「止めておいたほうがいい。あの少年と出会う前のアイズたちなら兎も角、今のアイズ達に迂闊なことをしたらかえって逆効果だ」

 

サクサクサクサク。

 

「精神年齢上がったとか、そういうレベルじゃないしな。アイズたんなんかこの前、ノーム大図書館でどっかの歴史書調べとったで」

「あの勉強嫌いがか…。本当に何があったんだ…?」

 

サクサクサクサク。

 

「なんか進展ないかと思って、戦争遊戯の時にアストレアに聞いてみたけど何か歯切れ悪かったし」

「【疾風】のこともある。あれに釘を刺された以上、表立って動くわけにもいかなくなった」

 

サクサクサクサク。

 

「ヘスティアんとこに改宗した子やろ?あれもあれで変わりもんやな。エルフがリヴェリアに意見とか普通ありえんで」

「戦争遊戯での発言もある。彼女なりに、今のエルフの在り方に思うことがあるんだろう」

 

サクサクサクサク。

 

「一番隙があるのはレフィーヤやろうけど…」

「それはイコールで他の七人を敵に回すことになる。やるべきではないな」

 

サクサクサクサク。

 

「そうやろな…。ていうか――――」

 

「お前はいつまで食べてるんだ!?さっさと話に加われ!!」

 

「いや、ごめん。なんか止まらなくなっちゃって」

 

途中から話に加わることなく無心で茶菓子を口に運び続けていたフィンに、ついに我慢できなくなった二人はツッコミを入れる。

最初は考え込んでいるだけかと思っていたが、いくらなんでも食べ過ぎだ。

 

「リヴェリア、これどこで買ってきたの?贔屓にしたいんだけど」

 

「それはベル・クラネルから貰ったものだが……」

 

「彼の手作りの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そんなにうまいんか――――って、ホンマにうまいわ」

 

フィンから一つ奪い取り、そのまま口にいれると素直な感想をこぼすロキ。

それなりに良い物を食べてきた最高位ファミリアの団長たちですら絶賛するほど、ベルの手作り茶菓子は美味しかった。

試しにリヴェリアも一つ食べてみると、今まで食べてきた中でも一二を争うくらいだった。

 

「手作りってことは…、あのドチビ、毎日こんなうまいもん食うとんかいな。あぁ~、マジであのガキンチョ逃したのは痛手やな~」

 

「お菓子もそうだし、アイズたちのこともそうだし、歴代最速のランクアップのこともそうだし、本当にねぇ。遠征中じゃなかったらな…。」

 

「今頭を抱えている問題もここまで拗れたことにならなかっただろうな…。」

 

逃した魚の大きさを憂うように、一同はため息をこぼす。

 


 

そして一夜明けメレンの街で。

白い砂浜に水着姿の美女たちを侍らせ、ロキは大いに盛り上がっていた。

 

「うおーッ、うほぉーッ!?最高やー!!太陽の下で輝く眩しい肢体、ここが楽園か――――って、なんで着替えてないねん!?」

 

盛り上がっていたのも束の間。

水着に着替えていないアイズとティオナを見て、憤慨するように叫ぶロキ。

そして、それを面倒くさそうに見つめる二人。

 

「お姉さまもティオナさんも、着替えなくていいんですか?」

 

「水は苦手だし、遊ぶ気分でもないし…。」

 

「あたしも~。蓋を調べる時になったら着替えるけど、今はいいかなって」

 

モンスターの流出を防ぐ蓋を調べる役割を任されているティオナとティオネは絶対に水着になって潜る必要があるのだが、今はまだその時ではないようだ。

アイズと一緒に気分が乗らないと言って、マイペースに拒否している。

だが、そんな二人をロキはジト目で見つめている。

 

「ちなみに、ここにあのガキンチョがおったら?」

 

「「喜んで着替えてる」」

 

「クッソ!やっぱあのガキンチョか!?」

 

昨夜以上にベルを逃してしまったことを悔やみながら、地団駄を踏む。

そんなロキに呆れ返りながら、ティオナは大きなため息をこぼす。

 

「あたしとアイズはやることもないし、散歩がてら周辺の見回りに行ってくるね。何か見つかるかも知れないし。行こ、アイズ」

 

「……ティオナ?」

 

「ちょ、待ってーや!マイエンジェル――!!」

 

「いい加減にしろ、ロキ!!」

 

散歩に行こうとする二人をなんとか引き留めようとするロキだったが、戻ってきたリヴェリアに拳骨を入れられ沈む。

突然散歩に誘われ疑問に思ったアイズだったが、手を引かれて連れて行かれる。

何か意図があってのことだろうと思ったが、その意図が何なのかはよくわからない。

まあ、二人きりで話すことなど、ベルのこと以外あり得ないのだが。

 

「どうしたの、ティオナ…?」

 

「ん?いや、別にどうってことはないんだけどね…。最近話す機会減ってたし、ここいらで近況整理も含めて話そうかなって。それに――――、あなたに聞きたいことがあったから」

 

ティオナとしての口調から、オルナとしての話し方に移り変わった。

個人差こそあれど、概ね共通していることが彼女たちにはある。

それはベルの前では昔に戻ってしまうこと。

ベルの前以外では、ベルについて話す時や長い時間ベルと一緒にいた後などは切り替えが上手くいかずに話し方が混同することもある。

だが、それでも意味なく口調が変わることは一度もない。

 

「何を聞きたいんですか?」

 

「私達はベルと再会して変わったわ。ベルと会う前は、記憶こそあれど全部夢のように思っていた。元々の気質が似通い過ぎていたクロッゾは兎も角、あたし達はアルゴノゥトを本気で探そうとはしてこなかった」

 

「……そうですね」

 

「ベルと出会うまで、ベルが居たとあなたの口から聞くまで、自分たちがここまで変わるとは思わなかった。精々目を掛けるくらいだろうと思ってたけど、実際そうなってみるとすべてが違った。夢でしかなかったものが一気に現実味を帯びて、夢から覚めるようにハッキリと自覚できた。鏡の奥に居た登場人物たちが、こちらにやってきた」

 

あの日、すべてが変わった。

夢が現実に置き換わった。

 

「答えて。今の貴女は『アイズ・ヴァレンシュタイン』なの?それとも『アリアドネ・ラクリオス』なの?」

 

夢と現実の狭間を見定めるように、ティオナの瞳はアイズ/アリアを射抜いた。

 

「…それ、全員に聞いて回ったんですか?」

 

「ええ、貴女が最後よ」

 

「ちなみに、皆はなんて答えたんですか?」

 

「ベート、ティオネ、ガレスの三人は『自分は自分だ』の一言で終わったわ。レフィーヤとクロッゾは、アルゴノゥトの『親友・妹』であると答えた。リューにははぐらかされた」

 

「あの人は自分なりに答えを持ってるでしょうね。それはそれとして隠し通すだけで。ティオナは?」

 

「私もレフィーヤやクロッゾと同じよ。今の私はただの『語り部』。これから巻き起こる喜劇を綴る為にいるわ」

 

「そうですか…。」

 

「あなたはどうなの?」

 

ティオナに再度問いかけられ、アイズは迷うように目を逸らす。

湖を眺めながら、物思いにふける。

今まで考えもしないような質問だった。

だが、いずれ考えなくてはいけないことだ。

これを無視し続ければ、やがて大きな自己矛盾に陥ってしまうかも知れないから。

だからこそ、彼女は早いうちにこれを尋ねて自分の中で整理させた。

これからもベルの味方であり続けるために。

 

「割合にすればアリアが6、アイズが4といったところですかね。ベルを前にすると、その割合が9:1にまで揺らぎますけど」

 

「―――そう」

 

「ただ、私の場合は不確定要素があるんですよ」

 

「不確定要素?」

 

答えを出したところで話が終わると思いきや、続きがあった。

 

「【復讐者(アヴェンジャー)】…ってスキル、私持ってるじゃないですか」

 

「ええ、それが?」

 

「あのスキル、記憶を取り戻す前の私がモンスターへの憎悪で作り出したもので、文字通り復讐心の塊なんですよ。ベルと会う前も使ってるうちに正気を失いそうになることが何回かあったんですが、最近はそれが顕著で」

 

復讐心を忘れるな。

憎しみを忘れるな。

すべてを忘れて英雄の手を取るなど、許さない。

そう言わんばかりに、黒い炎が身を焼いてくる。

 

試しに何度か使ってみたが、今まで以上にいい気がしない。

これ以上使えば、アリアドネとしての自分が消えてしまう。

 

「自分が焼かれていくような感覚です。あれ以上使えばきっと、私は戻れなくなる。私は、自分を助けてくれた英雄を忘れるような真似はしたくない。まあ、使わないと死ぬかも知れないような状況なら、話は変わるかもしれませんが…。命あっての物種ですし」

 

「復讐…か。アイズとしての貴女にも色々あるのね。そう言えば、例の女が貴女を“アリア”って呼んだのは――」

 

「それはアリアドネとは関係ないですよ。というか、ただの人違いです。いい迷惑にも程があります」

 

「その人違いも復讐に関係あるの?」

 

「ありますよ」

 

「その復讐、もういいの?」

 

「よくはないですね。このまま放置して逃げるつもりもありません。ただ、それに目が眩んでいちばん大切な人を失いたくないだけです。以前の私は復讐のために剣を取ってましたが、今の私は英雄(ベル)のために剣を取ります。そうするって、もう決めてるんです」

 

とっくに自分の中で、そう決めていた。

自分は三度も英雄を失いたくはないのだから。

あんな思い、もうしたくない。

 

「ティオナも、気持ちや過去の整理はしておいた方がいいですよ」

 

「してるわよ、ちゃんと」

 

「ティオネに秘密にしてること、あるでしょう?」

 

静かに告げられるその言葉に、ティオナは思わず目を見開く。

 

「なんで気付いたの…?」

 

「何となくです。貴女とはそれなりに古い付き合いですし。多分、ティオネも気づいてると思いますよ」

 

「……そう」

 

ティオナの声が、沈む。

ずっと秘密にするつもりだった。

知ればきっと、あの姉を悲しませてしまうから。

 

「事情は知りませんが、話した方がいいですよ」

 

「……無責任なこと言うわね」

 

「無責任かもしれませんが、それでも言います。大切な人を守るためにその人の意思を蔑ろにし続ければ、やがて取り返しのつかない歪みになりますよ」

 

その歪みが齎すことの災厄を、オルナティアは誰よりも知っている。

だからこそ、アイズの言葉を聞き流すことは出来なかった。

 

「……機会を見て、話すわ。今の『姉さん』なら、きっと大丈夫だから」

 

「それがいいですよ」

 

そう言った二人は笑いあった。

やがて過去と向き合うことを決めた少女は仲間のもとに戻っていく。

 

だが、その時はすぐそこにまで迫っていた。

 


 

(どうしましょうか、これ…。)

 

どこか呑気と取れるような考えを、レフィーヤはしていた。

こうなるまでの経緯をざっと思い出す。

 

ゼウスとヘラが遺したダンジョンの蓋をティオナとティオネが調べてたら二人の古巣であるテルスキュラのファミリアと遭遇して。

ティオネの様子が少しおかしくなったが、なんとか落ち着かせながら街で闇派閥の調査をしてたらそのうちの一人と遭遇して。

なんとか争いが激化するまでに落ち着かせたと思ったら、その次の日は捜査範囲を限定して調べて。

気がついたらアマゾネスの一団に誘拐されて、今に至る。

一緒にいた仲間は多分大丈夫だろうが、少し気がかりだ。

 

こんな状態に至っても、仲間のことを心配してしまうのはやはり兄妹とでも言うべきだろうか。

どこか他人事のように考えてしまう。

 

ぶっちゃけ、特に身の危険とかは心配していない。

自分はティオナとティオネを呼び出すためだけの餌だろうから、多分何もされないし。

どうせ二人だけで来るように、とかはもう伝えた後だろうから今更何をやっても意味はないし。

縛られて監視され続けるのは些か不自由だが、それ以外は特に問題ない。

 

自分が打てる打開策はざっと二つある。

一つはまだ実行するには早すぎる。

そうなれば打てる手はもう一つの方だが、レフィーヤとしてはその手段は使いたくない。

 

レフィーヤの考えているもう一つの手立てとは、【道化行進(アルゴノゥト)】を使ってベルに状況を伝えること。

感応ほど具体的なことは伝えられないがその分共鳴に距離はあまり関係ないし、都市にいるからベート達を呼んでもらえばどうにかなる可能性が高い。

今ベルに伝えられるのは危機感という感情と、今いる方角だけ。

意識して発信すれば、すぐに共鳴して伝わるだろう。

 

今レフィーヤが他人事のように落ち着いているのも、それが関係している。

必要以上に焦ればベルにそれがそのまま伝わってしまう。

こんな訳の分からない危険な状況にベルを巻き込みたくないが故に、レフィーヤは感情を抑え込んできた。

せめて共鳴相手が同じファミリア内に一人でもいれば状況は変わるかも知れないが、無い物ねだりをしたところで意味はない。

 

まあ、そうでなくとも暫くしたら助けが来るだろうから心配はしていない。

どうせロキ辺りが色々と策を練っている。

 

「随分落ち着いておるのう、ロキの子よ」

 

眼の前に現れた幼い容貌をした神“カーリー”――テルスキュラに君臨する唯一の存在。

からかうような声色だったが、レフィーヤは極めて冷静に応対する。

 

「お馬鹿な言動ばかりする破天荒な兄を持ったお陰で、並大抵のことじゃ動じなくなったんですよ」

 

「ならば、お主はその兄に感謝せねばなあ」

 

ここに来た以上分かりきっていたことだが、会話に応じる気はあるようだ。

だが、会話したところで意味はないのだろう。

 

「ティオネさん達の儀式を止めさせてください、って言ったところで、意味はないですよね…。」

 

「お?なんじゃいきなり。儀式が何たるかを知っておるのか?博識じゃのう。流石エルフと言ったところか」

 

「知り合いに聞いただけですよ。外の人間の中ではよく知ってる方だと思います。儀式がどういうものなのかも、それを行えばどうなるかも知っています。それで心を壊してしまった人も、見たことがあります」

 

かつてのエルミナ。

最愛の妹を殺してしまい、心を壊した戦の王。

あの時リュールゥが語っていたことを聞きかじったくらいだが、直接足を運んだ彼女の言葉は正しい。

 

「ほう?それで?なぜ意味はないと思った?もしかしたら、妾が慈悲をかけて止めさせるかも知れぬだろう?」

 

「テルスキュラの因習は魔物が蔓延るよりも前の時代から行われてきたものです。神はただ、それを導いて手を貸しているだけ。だからこそ、神はそれを止めるような真似はしない」

 

「なるほどなるほど、よく知っておるのう」

 

「“神も精霊も、良し悪し関係なく導くだけ。人がそう在ろうと願わない限り何もしない。無から有を生み出すことは決して出来ないんだから。”さっき話した破天荒な兄が言っていた言葉です。趣味趣向が多少入ることはあっても、誘導することはあっても、神がするのはそれだけです。結局決めるのは、人間たちですから」

 

「含蓄のある兄を持ったようじゃな」

 

アルゴノゥトの言葉は正しい。

結局、外界を生きているのは人間たちだ。

人間がそう願わない限り、神は何も出来ない。

 

「それで?お主はどうする?何も出来ぬと全てを諦めるか?」

 

「まさか。私は私に出来ることをします」

 

「何をするつもりじゃ?」

 

「仲間を信じます」

 

究極的に他力本願に、レフィーヤはそう言う。

そのハッキリとした言い様に、カーリーも思わず面食らう。

 

「仲間を信じる…?」

 

「“だからこそ、神に頼ることはあっても神に縋ってはダメだ。人は仲間と未来を信じて前を向いて歩いていかなくてはいけない。人々がそう願わないと、誰も助けてはくれないよ。”兄の言葉の続きです。だから、私は仲間を信じます。前を向いて、歩いていくために」

 

「……そうか」

 

カーリーはニヤリと嗤う。

レフィーヤの言葉をどう受け取ったのかは分からないが、それ以上は尋ねてこなかった。

 

「どうせ、儀式まではまだ時間があるんでしょう?暇ならティオネさん達の近況でも話しますけど、どうされますか?重要なことは話せませんけど」

「おぉ、それは聞きたい!巣立った娘の近況を知りたい親心をよく分かっておるな!」

「何から話しましょうか…。そうですね、ティオネさんですけど、団長に恋してストーカーみたいになってます。もう少し自重したほうがいいって言ってるんですけど、聞く耳を持たなくて大変で大変で…。」

「待て待て!その話を詳しく――――」

 

どの口がほざいているのかは分からないが、レフィーヤはティオネの猛愛行動を語り始める。

それには流石のカーリーも興味津々だった。

 

レフィーヤは明るく語る。

笑顔で語る。

この先の未来が明るいものになるよう願って。

アルゴノゥトのように、語り続ける。

 


 

導かれるままに誘き出されたティオナが見たのは、海蝕洞に手を加えて作られた闘技場。

古巣を思い起こさせる匂いと気迫が充満した空間。

周囲で折り重なる岩の上にはテルスキュラの戦士たちがおり、一番高い位置にはカーリーが胡座をかいて座っている。

 

「よく来たのぅ、ティオナ」

 

「……カーリー、レフィーヤは?」

 

「こことは別の空洞に捕らえておる。心配せずとも解放してやる。……儀式の決着が着いた後にな」

 

女神は宝物でも見つめるかのように赤い瞳を細める。

 

「こんな日が来るとは思わなんだ。師弟同士、ここまで成長した姿で闘争を迎える時など、な。まあ、片方の胸はあまり成長しておらんが」

 

「だから、体の話はするなー!!そもそも、あたしの好きな人は胸の大きさで人を判断……え?しないよね?アルは胸の大きい人にやたらデレデレしてたけど、ベルは大丈夫だよね?」

 

からかってくるカーリーに反論しようとしたティオナだったが、その途中で不安になったのか頭を抱える。

そんなティオナに、バーチェはゆっくりと近づき、構えを取る。

 

「――構えろ、ティオナ。死合え」

 

先程まで緩みかかっていた空気が嘘のように張り詰める。

殺気が肌に刺さり、痛いほど。

 

「……戦わなきゃ、駄目?」

 

「何を今更抜かしておる、ティオナ」

 

「あたし、バーチェと殺し合い、したくないよ……」

 

「お前に本を読み聞かせたのは………間違いだったな」

 

バーチェは身じろぎすらせずに過去を否定する。

ティオナは思わず顔を歪め、そして気づく。

眼の前にいる彼女が放つ闘気が、かつてのそれと比べ物にならないくらい研ぎ澄まされていることを。

彼女が、『真の戦士』に近づいていることを。

 

「ホント、今のバーチェ達を見てると、昔のエルミナを思い出すよ…」

 

同族にすら排斥された本物の戦士。

愛するものを殺し心の折れた優しき戦士。

それを嫌でも思い起こしてしまう。

 

「―――【食い殺せ(ディ・アスラ)】」

 

こうなってもなお戦おうとしないティオナに痺れを切らしたバーチェは超短文詠唱を口にする。

アイズに匹敵するほど短い詠唱から発動するのは禍々しい付与魔法。

 

「【ヴェルグス】」

 

突き出された右手を黒紫の光膜が覆う。

見るからに毒々しいそれは、紛れもない猛毒。

その魔法が開戦の合図だと言わんばかりに、周囲の戦士たちは足を踏み鳴らし歓喜する。

もう戦いは避けられない。

そう悟ったティオナは、拳を構える。

 

「ふははっ。さあ、始まりじゃ」

 

女神の眼前で、二人の戦士は衝突する。

 

………………

……………

…………

………

……

 

「私はさぁ!バーチェに本を読んでもらったり、たまに体を拭いてもらったりするのが、嬉しかったんだけどさぁ!」

 

「……ただの、気紛れだ」

 

バーチェとの思い出を語りながらも、攻撃の手は一切緩めることなく戦い続ける。

決して右手の魔法には触れないように。

掠るのすらダメだ。

今まで様々な戦士がそれでのたうち回っているのを見てきた。

だが、実力の近しい戦士たちの戦いでそんなことがいつまでも続くわけもない。

回避しきれずに、いくつかの攻撃が体をかすめていった。

それだけで肌は瞬く間に異臭と煙を上げて痛みだす。

だが、ティオナはそれすらも承知の上で果敢に攻めていく。

 

「ッ!?い、ったいなぁ!?」

 

「~~~~~~~っ!?」

 

左腕を犠牲に体を守った。

肩を犠牲に頭突きを仕掛けた。

煙とともにどんどん毒が回り、体が悲鳴を上げる。

 

【対異常】のアビリティがあるとはいえ、バーチェの毒はそれだけで防ぎきれるようなものではない。

体が毒に耐えきれずに、どんどんダメージが蓄積していく。

だが、それがティオナの狙いだった。

狂化招乱(スキル)】のおかげで、ダメージを負えば負うほどティオナは強くなる。

 

ティオナの自傷覚悟の無茶苦茶な攻撃を受けて、バーチェの体勢は崩れる。

そのまま左足を軸に勢いよく回転し、右足を振り上げる。

ティオナは渾身の回し蹴りをバーチェの顔面に叩き込んだ。

 

勢いのままに追撃しようとしたティオナだったが、動きが止まる。

情に絆され足が止まったのではない。

もっと単純に、蹴りをした右足が動かなかった。

そしてなにより、その異様な相貌に恐れ慄いた。

全身を毒で覆った、バーチェの姿に。

 

「えっ……?なに、それ……」

 

「お主は知らんだろうが…、レベル6に至ってバーチェの魔法も強まった。威力も、範囲も、な」

 

何も語らないバーチェに代わり、カーリーが答える。

かつては右腕にしか纏えなかったバーチェの魔法は、今や全身に纏えるにまで進化した。

 

「あっっっ、つぅ~~~~!?」

 

硬直していた痛みが全身を駆け巡る。

足に力が入らず動けなくなる中、バーチャは容赦なく追撃した。

 

「鎧、とまではいかないが、私の魔法は相手に痛みと苦しみを強いる」

 

「あがっ!?うぎっ!?」

 

「攻撃せず突っ立っているようなら、もちろん私が殺す」

 

ただでさえ尋常ではない膂力を誇るレベル6の攻撃に、耐えきれないほどの猛毒が加わる。

連撃を加えられ、更に痛みが走る。

全身を覆うあの毒の防御をどう攻略すればいいのかも分からず、絶望が心を蝕む。

 

「心が折れたか、ティオナ?」

 

「ぅ―――ぁあああああああああああああああああっ!?」

 

バーチェの右手がティオナの顔を掴み、持ち上げる。

大量の煙を吐きながら皮膚を焼いていく。

 

「ティオナ……私がお前をああまで大切に育てた理由が、分かるか?」

 

「……、………!!」

 

「この日のためだ。強くなったお前を、私の『餌』にするためだ」

 

「っ!?」

 

体だけでなく、心をさらなる痛みが駆け巡る。

もう一人の姉の真意を知り、彼女の心は罅割れていく。

 

「確信していた、出会ったときから。お前は強くなると。……そして強くなったお前を殺し、私はさらなる高みに上り詰めることが出来ると」

「私はアルガナを姉だと思ったことは一度もない。あれは化け物で、捕食者だ」

「私はあれに喰われたくない。………死にたくない」

 

幼い頃姉に殺されかかったという恐怖が、彼女をここまで駆り立てた。

バーチェはすべてを悟り、諦めた。

あれからは逃げられない。

忌々しき血の絆が、やがて自分たちを巡り合わせるのだと。

全身を蝕む恐怖に怯えながら、彼女は一つの真理を見つけた。

 

「強さだ、強さが必要だ。何も奪われることのない、力が」

 

死への恐怖と生への渇望が合わさり、ある意味で最も純粋な戦士を生んだ。

冷酷で残忍な、ひたすら強さを貪り食らう戦士を。

 

「私はアルガナとお前たちを殺し、『最強の戦士』になる」

 

蠱毒の王になろうとするバーチェを、カーリーは愛おしそうに見つめていた。

 

「っ!?」

 

ティオナは力を振り絞って蹴りを放った。

バーチェの体を蹴りつけ、なんとか拘束から抜け出した。

だが、蹴った左足も毒に焼かれティオナは地面をのたうち回る。

 

「ぁ、あぁ……!?」

 

毒の痛みと、もう一人の姉から告げられた残酷な真実。

それらが合わさり、ティオナの心を蝕んでいく。

 

痛い。

痛い、痛い、痛い!

苦しい苦しい苦しい!

 

焼け爛れるように溶けた皮膚から尋常じゃないくらいの痛みが伝わってくる。

幼少期や冒険者になって、痛みは散々経験した。

剣を手に取ったこともなかったような前世とは違い、戦い続けてきた。

だからこそ、痛みには慣れてるはずだった。

だが、この痛みは今まで経験してきたそれよりも数段強いものだ。

痛みが走り、涙がこぼれる。

 

痛みに耐えきれず、ティオナは胸を上下させながら動かなくなる。

そんな彼女に、戦士たちは吠えかける。

“立て、戦え!”、“殺し合え!”と。

バーチェも、冷めた眼差しのままゆっくりと歩み寄ってくる。

ティオナを助けてくれる存在は、ここにはいない。

 

「助けて、アル、ゴ…ノゥト……」

 

自身を助けてくれた英雄の名が思わず零れ落ちる。

あの時のように、助けて。

記憶の残骸に、そう投げかける。

 

滑稽な願いだ。

届くはずのない夢だ。

叶うはずのない幻想だ。

 

もうアルゴノゥトはいない。

獅子に殺されてしまったのだから。

英雄たちを守って、死んでしまったのだから。

だからいくら願っても意味はない。

いくら祈ってもアルゴノゥトは助けてくれない。

――――筈なのに。

 

「もちろんだとも、オルナ」

 

白く優しい声が響く。

同時に、自身の背を優しくさするその手を感じた。

 

気づけば戦士たちの歓声も止み、彼を睨みつけている。

そして、それはバーチェやカーリーも同じだ。

突然現れた彼に驚愕し、目を見開いている。

 

「誰じゃ、お主は――?」

 

カーリーは彼を睨みつけながらそう問いただす。

人を殺すほど鋭い眼光を浴びながらも、彼は一切怯むことなく穏やかに笑うのみ。

ティオナの背から手を離し、緩やかに立ち上がりながら答える。

 

「“アルゴノゥト(■■■■■■)”」

 

笑みを不敵なものに変え、彼は堂々と名乗る。

誰もが知る、最も有名な童話の主人公の名を。

 

「希望を謳い、喜劇を語り、理想を描いた――――“始まりの英雄”だ」

 


 

当然の乱入者に、儀式の場は固まってしまう。

その乱入者は、白い青年だった。

髪は処女雪のように白く、洞窟内の少ない明かりすら反射し眩しい。

その瞳は固く閉じられ、伺えない。

だが、それでも彼の表情に陰りはなく、笑い続けている。

殺伐とした儀式には不似合いな青年だ。

 

「アルゴノゥト…、じゃと?」

 

「この世界で最も滑稽な童話の主人公……」

 

「おや、貴女にも知られているとは驚きだ。殺伐としたテルスキュラにも届いているとなると、私の物語も捨てたものじゃないね」

 

まるでその本から飛び出てきた主人公であるかのように、青年は語る。

その言い様にカーリーたちは眉をひそめるが、唯一ティオナだけは知っていた。

彼がその物語の主人公その人であること。

彼こそが“アルゴノゥト”であること。

それを、彼女は知っている。

 

「お前がアルゴノゥトである筈がない。三千年も前に死んだ英雄が、この場にいる筈がない」

 

「死者の名を騙り、儀式に乱入するとはな。何が目的じゃ?」

 

「騙ってなどいないさ。私は正真正銘アルゴノゥトだよ」

 

「笑わせるのう。死んだ人間が―――」

 

「関係ないさ、そんなこと」

 

カーリーの言葉をアルゴノゥトは力強く遮り、黙らせる。

見えない瞳で彼女を強く見つめながら、彼は信念を語る。

 

「命を賭けても笑顔にすると誓った少女が今も泣いているんだ。それを助けずして、何が英雄か」

 

厳しい声で、アルゴノゥトはそう断じる。

彼は一度、確かに誓った。

彼女を救うと、笑顔にすると。

ならば、それを果たすことなく死に続けることなど出来るわけもない。

 

「………もういい。バーチェ、殺せ」

 

「―――ッ、待って!!」

 

ティオナの静止虚しく、バーチェは光が蠢く手でアルゴノゥトに殴りかかる。

その拳はアルゴノゥトの身体を容赦なく貫いた。

だが、アルゴノゥトは変わらず笑い続ける。

 

アルゴノゥトの身体は揺らぎ、バーチェの拳をすり抜ける。

彼女が何度殴ろうと、何度蹴ろうと、意味をなさない。

全ては水を殴るように手応えがない。

 

「無駄だよ」

 

戸惑いながらも猛攻を続ける彼女に、アルゴノゥトは優しく諭す。

 

「水面に映る夜空にいくら石を投げたところで、月には届かない。それと同じさ。今の私に触れられるのは、過去を生きた彼女たちだけだ。君達じゃない」

 

青年は笑いながらも厳しい口調だった。

言っていることはよく分からなかったが、今の自分では彼に攻撃できない。

それだけはバーチェも理解した。

そして、それと同時に彼は戦えないことも分かった。

 

「触れられんのはお主も同じじゃろう?お主だけ攻撃できるなどと都合の良いことはあるまい」

 

「残念ながら、貴女の言う通りさ。今の私は正しく無力だ。少女のために体を張ることすら出来やしない」

 

「ならば、今のお主に何が出来る?」

 

「そうだな…。応援が駆けつけるまで喧しく騒ぎ立てることくらいは出来るんじゃないかな?言っておくが、私の喧しさは妹の折り紙付きだ。そう簡単に戦いに集中できるとは思わないことだね」

 

「くだらん。そもそも、助けなど来ん」

 

「いいや、来るさ。私の英雄達を舐めてもらっては困る」

 

来ることを信じているのではない。

必ず来ると確信しているのだ。

 

「あとは、うんそうだね。応援くらいは出来る」

 

「応援?」

 

「こんな敵に囲まれたアウェイな戦場なんだ。一人くらい味方がいてもいいだろう?」

 

「何を言うかと思えば…。この場に敵も味方もない。アマゾネスたちはただ儀式を見守るだけじゃ」

 

「気分というものがある。今の彼女はまさに四面楚歌なんだ。だったら、一人くらい心の底から彼女の勝利を願う男がいたっていいじゃないか」

 

理由のわからない根性論、感情論だ。

そんなもの、神が取り合うわけもない。

だが、彼女たちでは彼をどうしようも出来ないというのもまた一つの事実だ。

それが分かっているからこそ、アルゴノゥトは笑っているのだ。

 

「さてと。じゃあオルナ。君はどうしたい?」

 

「アル…。」

 

「私は影、私は在りし日の幻影。君達が遺していった昔日の残骸だ。君の思うままに動こう。君の思いの全てを受け止めよう。好きに言ってくれ」

 

アルゴノゥトはティオナを庇うように前に立つ。

そして、背を向けたまま問いかける。

レフィーヤが夢で見た時と同じように。

 

その背中を見たティオナは、悔しさと虚しさで胸が一杯になった。

かつての自分は何も出来なかった。

ただ彼に守られて、観客であることを選んだ。

その結果、彼を失ってしまった。

そんな思い、二度とごめんだ。

そうならないために、今の自分は戦ったのだ。

今度こそ、彼を守れるように。

 

「貴方に言うことはたった一つよ、アルゴノゥト」

 

「なんだい、オルナ」

 

「私を見ていて」

 

彼女がアルゴノゥトに望むことはたった一つ。

彼が遺した全てを、見守ることのみ。

 

「貴方が遺した喜劇も、希望も、ちゃんと繋いでいったから。貴方のお陰で今があるんだから。貴方のお陰で、ちゃんと私は笑えているから」

 

彼がなぜここにいるのかは分からない。

彼が本物なのかもわからない。

でも、そうだとしても、彼女は彼の前では笑い続けるのだ。

たとえ自分自身が見せた幻だとしても、もう二度と彼の前で涙は流さない。

 

「貴方が遺していった全てを、私達の中で紡がれていった喜劇を、今度こそ最後まで見届けて。私は今度こそ、貴方の横で綴って見せるから」

 

「………ああ、分かったよ。見ていよう、君の全てを」

 

そうしてティオナは立ち上がり、アルゴノゥトの前に躍り出る。

 

「君は人々の笑顔を、その大切さを誰よりも知っている。そんな君が、笑顔を知らないような誰かに負けたりしない。見せつけてやろう、語り聞かせてやろう!さあ、行って!我が“喜劇の語り部”よ!今の君は、誰よりも強い!」

 

アルゴノゥトの激励とともに、ティオナは背中が熱くなるのを感じる。

ステイタスの隠蔽は剥がれ落ち、道化の証が浮かび上がる。

そして、そこに新たなスキルが刻み込まれる。

過去を乗り越えた、その証を。

 

「過去に嘆くのも、恐怖に絶望するのも終わりよ。私は今を生き、未来を歩んでいく」

 

見せるものはたった一つだけ。

彼が示したものの行く末のみ。

だから、さあ――――

 

「さあ、喜劇を始めましょう?」

 

道化の行進は終わらず。

人々を巻き込み、皆で歌いながら。

紡がれていく。

 

………………

……………

…………

………

……

 

道化行進(アルゴノゥト)

・自動発現

英雄の讃鐘(ベル・エウロジ―)

・【英雄運命(アルゴノゥト)】発現者と共にある時に限り発動。

英雄運命(アルゴノゥト)】発現者の『耐久』に高補正。

英雄運命(アルゴノゥト)】発現者が『限界解除(リミット・オフ)』した戦闘時に限り、自身の階位昇華。

『耐久』の限界突破。

『耐久』に高補正。

讃嘆(おもい)の丈により効果向上。

・戦闘時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

・血縁者と共闘時、攻撃力上昇。

・同名スキル及び【英雄運命(アルゴノゥト)】発現者と共鳴。

 


 

あとがき兼補足説明

 

補足説明3:リヴェリアさんの質問

リヴェリアさんがベルくんにした質問。あれ?なんでだ?って疑問に思った人もいるでしょうが、答えは簡単です。ただベルくんが【静寂】という二つ名を聞かされてないだけです。過去の冒険や自分たちのファミリアがどういった存在だったのかなどは大方知っているベルくんですが、お義母さん達の二つ名だけは唯一知りません。というか、お義母さん達が意図的に話してないです。

 

一番最初に気づくのは、おそらくロキかフレイヤのどちらかだろう。

あの二つの派閥のうちの誰かが自分たちのことを聞くとしたら、二つ名で聞くはずだ。

特に、無駄に偉そうなあの年増だったらカッコつけて絶対にそうするはずだ。

 

そう考えたお義母さんは、敢えて話さなかったんです。

だからあの時、リヴェリアさんが実名を出して尋ねていれば、ベルくんは素直に頷いていました。

 

まあ、ベルくんもベルくんで意図的に騙そうとしている所もあります。

ベルくんも二つ名を聞かされた時点で義母のことであることは大体察しが付きましたが、その冒険者について知ろうとしないことで事実を隠蔽しました。

本当に知らないから神様から見ても嘘はついていないけど、確証がないだけで大体のことは分かってるから敢えて知ろうとしない。

そうすることで、見事ロキ達を出し抜きました。

 

今あの二人のことがロキ・ファミリアに知られると、色々面倒ですし。

知られるとしたら、フレイヤ・ファミリアとの抗争が終わった後かな~って思ってます。

 

補足説明4:もしベルがロキ・ファミリアに入ってたら

知ったお祖母ちゃん達が殴り込みに来る。お祖母ちゃんはブチギレる。お義母さんはリヴェリアさんを煽りまくる。アイズたちはテンションブチ上がりで二人にベルをくださいと直談判する。嫁姑戦争が勃発する。

おじさんとベル、ついでにベートさんたちの胃がお亡くなりになる。

 

Q&A

Q.「ライラさんはフィンさんのこと狙ってないのかな?」

A.そのあたりはダンまち8巻あたりの時系列の時に触れると思います。

 

以上、あとがきでした。

 

ヘラ・パレード書きたいな…。読みたいですか?

あと時を渡る正義の乙女シリーズの設定で誰か小説書いてくれないかな…。

他人が書いたのを読みたい。

 

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