まえがき
Q&A
Q.ベルくんは甘いものが苦手だけど、お菓子は何味だったの?
A.お義母さん好みの甘めのクッキー。お義母さんの誕生日にプレゼントするため、おじさんと一緒に作った思い出の品。それからはご機嫌取りやお見舞いの時など、様々な場面で作ってきた。お義母さんはこのクッキーをとても気に入っており、自分以外がこれを食べているのを見ると、とても不機嫌になります。
ついでに(八つ当たりで)おじさんは死ぬ。
ベル「おじさんが死んだ!」
祖父「この人でなし!!」
※それと、ハーメルンの方は色々設定がややこしくて分かりにくかったかもしれませんが、番外編があります。
この作品の目次を見てもらったらあると思うので、よろしければ御覧ください。
白い輝きをその体に宿し、ティオナは戦う。
踊るように、歌うように、笑うように。
決して笑顔を絶やすことなく、拳を振るう。
振るうたびに、拳は傷み痛む。
先程までと何も変わっていない。
むしろ、全てが悪化している。
毒に対する防衛手段などない。
殴れば殴るだけ、その分苦しんでいく。
それでもなお、ティオナは笑い続ける。
「ティオナァァァァァッ!!」
「うるさいわね!!響くのよ!!こっちは毒や痛みで頭がガンガン鳴ってるんだから!!」
迫りくる恐怖を吹き飛ばすため、バーチェの絶叫が響く。
ティオナもそれに負けずと叫ぶ。
心做しか、丁寧で乱暴な言葉づかいで。
「なぜだ、なぜ動ける!?いくらスキルによる
「知らないわよ、そんなこと!!ていうか、どうでもいい!!毒も痛みも過去も儀式も、全部!!」
ティオナはただ耐えているだけ。
限界など、疾うの昔に迎えているはずなのに。
それでもなお、ティオナは笑い続ける。
「アルが見てる!!私の英雄が“頑張れ”って……、“負けるな”って言ってくれる!!だったら、この程度の絶望に負ける訳にはいかないでしょ!!!」
ただの根性論。
ただの痩せ我慢。
だが、今はそれが何よりも重要だ。
感情を糧に、【
本来はベルがいないと発動しないはずのスキル。
しかし、今はアルゴノゥトがここにいる。
英雄の運命は、ここにあるのだ。
ならば、彼女がそれに応えないわけがない。
ティオナの耐久は限界を超える。
毒も、痛みも、打撃もすべて、耐え抜く。
「絶望しか抱いていないあなたに教えてあげる!私達の喜劇を!!」
ティオナは駆けていく。
笑いながら、踊りながら。
絶望を吹き飛ばし、希望を示すために。
「うっ……ぁぁああああああああああああああああああ!?」
恐怖に負けたバーチェはティオナの顔面めがけて拳を振るう。
毒を纏ったその腕、常人であれば触れることすら忌避するであろうそれを、ティオナは左手を絡めて押した。
「歯ァ食いしばりなさい、バーチェ!!」
「――――」
バーチェの瞳は見開かれる。
だが、その一撃に彼女は反応できない。
そして、炸裂する。
彼女が抱え込む絶望を打ち砕くように、ティオナの拳はバーチェを捉えた。
まさしく、
それをまともに食らってしまったバーチェは、悲鳴を上げる暇すらなく壁に突き刺さる。
勝敗は決した。
壁から剥がれ落ちたバーチェは力なくそのまま倒れ込む。
息こそあるものの、意識はない。
これ以上戦うのは不可能だった。
そして、その瞬間周囲を取り囲むアマゾネスたちが大喝采を上げる。
『―――
その喝采は勝者への賛美。
強き者を称える声。
それを聞いたアルゴノゥトは、少し眉をひそめる。
「自分たちの仲間が負けたというのに、喝采か……。彼女たちなりの掟や誇りなのだろうが、私には理解できそうもない」
「理解しなくていいのよ、アルゴノゥト。あなただけは、理解しないで」
アマゾネスたちを責めるわけではないが、それでもその在り方を受け入れることが出来ないアルゴノゥトの思いを、ティオナは優しく肯定する。
アマゾネスたちの在り方は歪で、どこか狂っている。
誰がなんと言おうと、それだけは確かなのだ。
だからこそ、アルゴノゥトにこれを理解してほしいとも思わない。
むしろ、理解してほしくなかった。
歪さを抱える彼に、これ以上おかしなものを抱え込んで欲しくなかったから。
いや、違う。
ただティオナは、自分を肯定したかっただけなのかもしれない。
自分たちの英雄がその在り方を間違っていると思えば、自分も今の考えを信じられるだろうから。
どこか愚かしいそんな自分に、彼女は一つため息を吐く。
「見事、見事よ」
そんな中、鳴り響く小さな拍手の音。
カーリーも勝者を讃え、称賛の言葉を送る。
だが、ティオナはそれを素直に受け取らない。
彼女がこれから何を言うのか、分かっているから。
「素晴らしかったぞ、ティオナ。やはりお主を手放したのは妾唯一の失敗であり、甘さだった」
「言っておくけど、私は殺さないわよ」
「………」
カーリーの称賛の言葉を切り捨て、彼女をまっすぐ見据えながらティオナはそう言った。
儀式に勝ったのだから殺せ。
そう言うのはわかりきっていた。
だけど、今のティオナはその道を選ばない。
「今の私は冒険者であり、“喜劇の語り部”よ。誰かの笑顔を奪うような真似なんて、出来るわけないでしょ?」
「今まで数え切れんほど同族の命を奪ってなお、そのようなことをほざくか?」
「そんな葛藤、三千年も前に乗り越えてるのよ。私は
ティオナは迷わない。
そんなものは遥か彼方の昔においてきた。
自分の前を照らしてくれる彼がいる限り、彼女は進んでいけるのだから。
「……お主も、変わってしもうたか」
ティオナとバーチェの戦いの後。
ティオナが出した答えを聞いたカーリーは、どこか寂しそうにそう溢した。
そして、それを見たアルゴノゥトはおもむろに語り始める。
「そりゃそうさ。人は弱く、儚いものだ。神々のように永劫の時を生きることも、強大な力を振るうことも出来ない。変わらずに生きることなんて、出来やしない」
優しく語るその声は、どこか切なさも含んでいた。
人は弱い。
長く生きれば、優れた賢王が狂王に堕ちることさえあり得るのだから。
だが、それは決して悪いことだけではない。
「でもね、だからこそ人は強く生きることが出来るんだ。変われるからこそ、どんな過去を背負おうとも前を向いて歩いていくことが出来るんだ。貴女はそれを忘れていた。変わらないと思い込んでいた。それが貴女達の敗因だよ」
変わったティオナと、変われなかったバーチェ。
恐怖に打ち勝った者と、そうでなかった者。
この勝負を決定付けたのは、きっとその違いなのだろう。
「……お主の言うとおりじゃな。人は変わる。変わるからこそ、神々ですら想像できない未知を生み出すことが出来る。妾は、それを忘れておったようじゃ」
悔やむように、カーリーは語る。
だが、次には笑みを纏い直す。
「しかし、お主等姉妹の寄る辺は互いのみ。それは変わらんじゃろう」
カーリーが手を上げた瞬間、周囲で観戦していた戦士たちがティオナとアルゴノゥトの元に降り立ち、取り囲む。
二人を包囲し、ジリジリと詰め寄ってくる。
「武力行使かい?物騒だねぇ。この子のおっかないお姉さんが知ったら、ただじゃすまないよ?」
「知らんようじゃから教えてやるが、ティオネはアルガナとともに海の上じゃ。助けには来れん」
「エルミナを…、かつて女王の上にすら君臨して見せた“
「何馬鹿なこと言ってんの。というか、この子達はバーチェと違って
「え?じゃあ今の私って正しく無力じゃん」
「そうよ、だから黙ってなさい」
「マジか…。じゃあしょうがない。オルナさんや、すまないが通訳をお願いしたい」
「嫌よ、なんで私がそんなことしないといけないの」
「話し合いは異文化交流の第一歩だよ?」
「貴方じゃ話し合う前に殺されるのがオチだから諦めなさい」
「ヒドいね~」
溢れるように言葉が次々と出てくる。
絶えることなく、物語を語るように、彼らは話しながら笑い続ける。
今の状況は危機的という他ない。
アルゴノゥトに戦闘能力はないし、ティオナはバーチェとの儀式でボロボロ。
毒も身体に回り、いずれ倒れるだろう。
立っているのが精一杯で、満足に動くことすら出来ない。
だがそれでも二人は笑い続けるのだ。
それを怪訝に思ったカーリーは、眉をひそめる。
「不思議そうね、カーリー」
「みたいだね。生憎私は目にすることが出来ないが、それでも伝わってくるよ」
「全く以て理解できん。今のお主等にこの状況を打開できるだけの力はない。なのになぜ、笑っていられる?」
「簡単な話よ。私は一人じゃないから……私達は二人ぼっちじゃないから」
ティオナはアルゴノゥトの手を握り、それを示すかのように笑う。
「苦楽をともにした仲間がいる。一緒に涙を流した友がいる。そして何より、希望を示してくれた“
だから、彼女は笑うのだ。
精霊を、運命の女神を振り向かせるために。
そんな彼女の笑顔に応えるかのように、風が舞い込む。
「アルと一緒なら、私達はどんな悲劇だって変えていける」
カーリー等の驚愕を置き去りにして、無数の斬閃が周囲を走り抜ける。
神速の風剣が、ティオナ達を捉えようとしていたアマゾネス達をまとめて吹き飛ばした。
「【剣姫】……!?」
現れたのは金髪金眼の女剣士。
ティオナを守るように側に舞い降りた時、彼女は彼にも気がついた。
「ティオナ、平―――、………アル?」
「久しぶり、アリア」
瞳は決して開くことはない。
だがそれでも、彼はしっかりと彼女を見つめて名を呼んだ。
「嘘、なん、で…?そんな―――」
「ちょ、アイズさん、後ろ――――!」
眼の前にいるアルゴノゥトがいるという事実を信じきれずに、うろたえながら固まってしまうアイズ。
思うように言葉が出てこない。
そんなわけない、と思いながらも彼は確かにここにいる。
しかし、無防備に彼を見つめ続けるアイズを、アマゾネス達が見逃すはずもない。
だが――――
「邪魔しないでッ!!」
今のアイズに、そんなことにかかずらってるだけの余裕はない。
手加減も何もかもを忘れ、最大威力の風で吹き飛ばしていく。
「あ、アイズさん!?」
あとから遅れてやってきたロキ・ファミリアの面々は、眼の前の暴風に戸惑い立ち尽くす。
暴風がやっと収まり、立ち込めていた砂埃が晴れていくと、そこには狂乱気味にアルゴノゥトに問いかけるアイズがいた。
「なんで…、なんで貴方がここに!?」
「落ち着いて、ね?ほら、ゆっくり息を吸って」
目に涙を浮かべながら叫ぶ彼女を、アルゴノゥトは優しく抱きしめて宥める。
「ごめんね、こんなややこしいことになってて。また後で説明――は、出来ないんだけど。話は後にしよう。大丈夫。ちゃんと君と話す時間はあるから。それにほら、君達の神様もご立腹のようだし」
アルゴノゥトはカーリーよりも上。
天井付近に突き出た岩場を仰ぎ見る。
そこには、洞窟に続く穴を背に、邪笑を浮かべる朱色の女神がいた。
周囲を見渡すと、ロキ・ファミリアがアマゾネス達と戦闘を繰り広げていく。
明確な力量差がある両者、やがてロキ・ファミリアはどんどんアマゾネス達を制圧していく。
「ケンカ売る相手を間違えたな、クソチビィ」
「……ロキ」
「目論見全部台無しになって、自慢の子供もばたばたと倒されて。今、どんな気持ちや?」
「妾を見下すか…」
「格下見下すんは当たり前やろ…っと。そこのクソチビの前に確かめな。誰や、お前」
「ん?私かい?」
「お前以外に誰がおんねん。ヘスティアのとこのガキンチョに似とるけど、誰や?」
「私のことはお気になさらず。貴女が取り合うような価値などない存在だ」
「それを決めるのはうちや。ええからとっとと名乗れ」
「名か…。そうだな、“アル”とでも名乗っておこう。本名ではないが、私の愛称だ。親しみを込めて呼んでくれ」
飄々とした態度で、アルゴノゥトは堂々と言いきった。
神をも恐れぬ所業とはまさにこのことを言うのだろう。
その態度にロキは一瞬眉をひそめるが、次の言葉を発する前にカーリーが口を挟む。
「……妾を見下すにはまだ早い。ティオネは依然として妾の神意通り。貴様らの手の届かない場所で、一人戦い続けておるわ」
「まだ続けるんか。けど、無駄やで。それも心配しとらんし」
苦し紛れにそう言い放つカーリーだったが、ロキの態度は崩れない。
手をひらひらと振りながら、背後に続く穴を見やる。
姿を現すのは囚われていた筈のレフィーヤ、そしてガレス。
「え…?兄さん!?」
「なんじゃと!?」
「やあフィーナ、ガルムス」
二人は当然アルゴノゥトの存在に驚愕し、目を見開く。
そんな二人に手を振りながら、彼はにこやかに笑う。
「どういうことですか、兄さん!」
「なぜお前がここにいる、ア――――」
「ガルムス!すまないが、私の
その言葉にハッとしたガレスは、眼の前にいるロキを見る。
たしかに、彼女の前でアルゴノゥトの名を呼べばそこから全てが露見しかねない。
いずれはそうなっても構わないが、今はまだその時ではない。
ベルがまだ知らないのに、それよりも前に他の者に話すような不義をするわけにはいかないのだ。
「なぜいる、道化。なにがどうなっている?」
「生憎、今の私はそれに対する答えは持ち合わせていなくてね。それよりも、エルミナの方は大丈夫かい?」
アルゴノゥトに聞きたいことは山程あったが、彼の言う通り今はティオネの方が優先される。
グッと言葉を飲み込み、彼の問いに答える。
「心配いらん。一番強い
その答えに、アルゴノゥトはヒュ~と誂うように口笛を吹いた。
場面はティオナとティオネが別れそれぞれ戦い始めた時にまで遡る。
ティオネはアルガナと戦い続けているが、その戦況は芳しいものではない。
苛立ち、怒り、感情爆発させながら戦っているが、能力値としての一日の長があり更に血を啜ることで強くなり続けるアルガナに対し、スキルによって能力値の上昇が見込めるとはいえ、その為にはダメージを受ける必要があるティオネは相性が良いとは言えない。
攻撃を受けて血を流せば流すほど、それを啜ってアルガナは強くなり続ける。
具体的な上昇値までは分からないが、呪詛・スキルの効果という面においてはティオナはアルガナより後手に回ざるを得ない。
「ハハハハハハハハハッ!!いい、良いぞティオネ!!」
「うるっせえんだよ、ボケが!!」
それに、ティオネの調子も悪い。
体調面は全く問題ない。
ランクアップによる体感のズレも、昨晩ティオナと拳を交わすことで調整できた。
だが、それよりももっと重要な、大前提となる“なにか”がイマイチ奮わない。
メレンに来てから、もっと正確に言うならアルガナたちを見たあの時から。
ベルと出会ってから変わってきた自分とは何かがズレてしまった。
あまり意味はないかもしれないが、それでも明確にするのなら今の彼女は完全に“ティオネ・ヒュリテ”だ。
怒れる蛇であり、争姫ではないのだ。
こうなってしまえば、もう自分では戻れない。
熱くなりすぎた血と頭を冷やせば少しは戦況も変わるだろうが、できない。
これを抑え込むすべを、彼女は知らないのだから。
戦況は悪くなるばかり。
自分を制することが出来ない彼女は、段々と押し負けてくる。
「ぐ、ぁ……!?」
激しい音を立てて、ティオネは木樽を破壊しながら甲板の壁に激突する。
身体は既にボロボロであり、裂傷と打撲が全身に刻まれそこから血が溢れ出てくる。
ティオネを殴り飛ばしたアルガナは、歓声に包まれながらゆっくりと歩み寄る。
「もう終わりか、ティオネ?」
「うるっせえ……!」
アルガナは拳についた血を舐め取る。
ティオネと自分のものが合わさったそれを啜ることで、彼女は更に強くなる。
もちろん、アルガナも無事ではない。
衣装も身体もボロボロであり、血にまみれている。
だが、それでもなお高揚し続ける彼女は上機嫌に語り続ける。
「お前は戦士ではなくなったが、……強くなった。クズのように小さかったあの頃よりも」
アルガナの言葉を聞いても、ティオネは何も言えない。
頭の中ではあらん限りの罵倒が飛び交っているが、それが言葉にならない。
身体に力が入らない。
考えがまとまらない。
立ち上がることすらできない。
朦朧とする意識の中、アルガナは何かを言っている。
「冒険者か…。あまり期待していなかったが、楽しみになってきた。例の猪人はどれだけ強いんだろうなぁ」
何かを言っている。
何かを言い続けている。
だが、何を言っているのか分からない。
「あぁ、その前にまだ馳走があったな。ティオネ、お前はここで私に食われるが………」
なにかを、ほざいている。
「バーチェが負けていれば、ティオナも私が殺してやろう」
その言葉だけは、ハッキリと聞こえてきた。
そして、ティオネの中の何かが切れた。
突如迫りくるティオネの拳に、アルガナは反応できなかった。
まっすぐに頬を捉えたその一撃を受け、今度はアルガナが甲板に打ち付けられる。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ…」
先程以上に怒りが湧き上がってくる。
我慢ならない激情が溢れ出る。
「ぶっ殺す―――!!」
もっとも端的な殺害宣言だった。
ずっと守ってきた妹を、ずっと守り続けていく妹を。
殺すなどと言ったのだ。
許せるわけがないし、許すつもりもない。
理性も失い、ただひたすらに怒りと殺意に身を任せようとする彼女を、アルガナはおかしそうに見つめている。
「……お前らは、本当に変わり種のアマゾネスだ」
「……あァ?」
「本当に愛し合っているんだな、お前らは」
「なんだと……?」
「お前は何も知らないようだから教えてやる。せっかくだからな」
そうして、アルガナの口から語られるのは在りし日の真実。
それは奇しくも、ティオネにとって見覚えのある出来事だった。
………………………
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
闘国での真実。
自分の代わりに多くの同胞を手にかけていた妹。
彼女によって守られ続けた自分。
その事実を突きつけられる。
守っているつもりだった自分。
守り続けているつもりだった自分。
それはきっと、遥か彼方の自分と同じ。
ティオネは拳を額に打ち付ける。
元からあった傷がさらに開き、血が流れる。
だが、今の彼女にはこれでいい。
頭に上りすぎた血を抜けば、必要以上に熱くなった身体も冷めていく。
「怒りでどうにかなったか…?」
「残念だが、逆だ。怒りが一周して冷めていった。それと、気に食わない道化のことを思い出した」
言葉の意味がわからず首を傾げるアルガナだったが、それに構うことなくティオネは目に入りそうになる血を拭う。
開かれたその瞳には先程のような怒りはない。
そのせいか、体の力が抜けていくのを感じる。
“怒り”によって高まっていたスキル効果は、最低ラインにまで落ちてしまった。
だが、これでいい。
今の彼女には、これでいいのだ。
「お前に教えられるまでもなく、知っていた。昨日の夜、ティオナに聞いた」
「……なに?」
「守っていたつもりが、守られていた。あの時は今ほど頭に血が上っていなかったせいか、全く別の感情が湧き上がっていたがな。罪悪感と、後悔と、それとなんだったか…。今は思い出せんが、色々あった」
様々な感情が彼女の中を駆け巡っていた。
だが、それでもちゃんと受け入れていた。
ティオネとしての彼女は、ちゃんと受け入れたのだ。
そして今、エルミナとしての彼女も受け入れた。
「感謝するぞ、アルガナ。お前のおかげで、ようやく戻れた。お前が過去を突きつけてくれたおかげで、あの時を思い出せた」
戦士としてではなく、冒険者としてでもない。
今の彼女は、道化に希望を託された“英雄”としてこの場に立っている。
「昔から感情を抑え込んだり切り替えたりするのが苦手でな。ベルが居ないせいで、その辺りの境界線が曖昧になっていた。オルナには“私は私だ”などとカッコつけておきながらこの体たらくとは。これでは道化を笑えん」
昔を思い出した。
ずっと守られ、救われ続けてきたの自分のほうだと思い知ることができた。
彼が教えてくれた在り方を、思い出せた。
ならば、もう負けない。
「喜劇などという生ぬるいことは言わない。貴様には、英雄というものを見せてやろう。来い、小娘」
その言葉とともに、ティオネとアルガナの最後の戦いが幕を開けた。
怒りとともにあった能力補正は落ちてしまった。
だが、それでもティオネは先程とは打って変わり優勢に立ち続けている。
絶対的な暴力を駆使した力技だけではない。
確かな技術を元にした体術をもってアルガナを追い詰めていく。
舞い踊る姫のように、彼女を蹂躙する。
「ガッ……アァ!」
「早く立て、行くぞ」
そこにあるのは、圧倒的な戦闘経験の差。
その生涯を戦いに費やし人々を救い続けた英雄と、同胞を蹂躙するしかやってこなかった戦士の差。
なんのために戦い、何を成すのかという違い。
そして何より、背負ったものの違いだ。
殺した同胞と勝手に一緒になった気になっているアルガナと、英雄から希望を託された
能力値に影響など与えなくても、その違いは大きく戦況に現れる。
「ティオネェェェェっ!!」
「私を煽るには才能が足りなかったようだな。私を怒らせたいなら、不愉快な道化か妖精でも連れてこい」
甲板を砕くほどの脚力をもって、肉迫するティオネ。
そして、その拳はアルガナの胴をまっすぐ撃ち抜いた。
アルガナは再び壁に叩きつけられる。
「がっ、ぐハ、ハハハハハハっ!?もっとだ、もっと来い、ティオネ!!」
「………怒りを抑えすぎるというのも考えものか」
怒りがなくなった今、決定打に欠けてしまった。
このまま戦い続ければ、勝つのは自分だ。
だが、確実にアルガナを殺すことになる。
別にアルガナが死ぬこと事態は心底どうでもいいのだが、全てカーリーの思惑通りになるのも腹が立つ。
何より、戦士として闘う時ならば兎も角“英雄”として闘う今、同胞を殺すような真似はしたくなかった。
それはきっと、アルゴノゥトから託されたものとは違うから。
会った時ぶん殴るために、彼に合わせる顔くらいは持っておく必要がある。
「今の私がこのまま殺すわけにはいかない…。英雄として胸を張って生きていくために、殺したくない」
だから――――。
「助けてくれないか、フィン?」
彼女は助けを求める。
身勝手に消えた道化などではなく、自分を打ち負かし共に戦った雄へと。
情けなくも、頼ることにした。
「まったく…。たっぷり説教をしてやるつもりでここまで来たんだが、そんな顔をされるとはね」
どこからともなく声が聞こえてきた。
穏やかで優しい、愛してやまない彼の声が。
そうして、騎士の一撃で儀式は幕を閉じることになった。
時と場所は変わり、ティオナの儀式が終わった後の港。
ほぼ全員が体力や毒の回復が終わり夜明けが近づいている時間帯。
事件が一応の収束を見せ、ロキ・ファミリアたちが集まってガヤガヤとしている中。
その中心で、一人の青年は締め上げられていた。
「ちょ、痛い痛い!爪、爪が食い込んでるって!」
「うるさい。いいから全部吐け。なぜお前がここにいる?」
「早く吐いた方が身のため、です、よ!」
「フィーナさん!?杖で殴らないで!?地味に痛いから!ていうか、本当に止めて!?今の私、君達が思ってるより十倍は儚い存在だから!夜明けまで保たないくらいだから!?ガルムス、お願いだから助けて!!」
「何も話さんお前が悪い。とっとと吐け」
ベートとレフィーヤに折檻を受けながら叫び続けるアルゴノゥト。
ガレスに助けを求めるが、素気なく断られる。
肝心なことを何も話そうとしない彼が悪いので誰も止めようとはしない。
リヴェリア達他の団員も、顔を顰めながらアルゴノゥトをにらみ続けている。
「はいはい、そこまで。それ以上は止めておきなさい」
「おぉ、
そんな様子に呆れ果てたティオナはため息を吐きながら仲裁に入る。
彼女をアルゴノゥトは崇めるような声を出すが、別にティオナも助け舟を出したわけではない。
むしろ、追い込むために止めたのだ。
「このまま尋問を続けても埒があかないわ。無駄なことは喋りまくるけど、肝心なことは何も話さないのがこのバカよ。だったら、今話せる限りのことを話させてこっちで推測を立てていく方が効率がいいわ」
「救世主などいなかった…!?」
アルゴノゥトはふざけた態度を崩さないが、それを許さない場を整えていく。
そうしないと、彼は何も話さないから。
「話してください、アル。今の貴方が話せる分だけでいいので、すべてを」
「……………。」
「お願いです」
アイズが代表して、アルゴノゥトにそう言った。
その言葉を受けたアルゴノゥトは一瞬気の抜けた表情をした後、すぐに困り果てたような顔をする。
「まいったな…。君にそう言われると、話さないわけにもいかない」
英雄は姫の頼みごとに弱かった。
彼はひとつ息を吐いた後、少し真面目に話し始める。
「そうだね…。私のことを知らない人達のためにまず最初に言っておくことがあるとすれば、私は君達が知っている件の少年ではないよ。私は彼と会ったことすらないからね。その証拠に、ほら」
アルゴノゥトは自身の目を指さしながら話す。
その瞳は固く閉じられており、今の今まで一度も開いているのを見たことがない。
「…目が見えないのか?」
「お姫様をカッコよく助ける時に失ってしまったんだよ。強大な怪物と激闘の末にね」
「神の恩恵もないのにっすか?」
「おっと、これは痛いところを突かれた。いやぁ、無駄な見栄は張るものじゃないね」
彼のその言葉に、周囲からどこか小馬鹿にするような笑みがこぼれた。
リヴェリアは彼の言葉を疑い、ロキを見るがかの女神は顔を歪め、形容し難い複雑な表情をしていた。
(なんや、こいつ…。気持ち悪い)
言葉のすべてが本当だ。
それは神としての自分が一番良く分かっている。
だが、それと同時に言葉のすべてが嘘くさい。
そもそも、発言自体がおかしい。
アルと名乗る彼は、嘘をついていない。
先程のラウルの問いに答えてなお、嘘をついていないのだ。
発言が矛盾しているはずなのに、嘘をついていない。
分からない。
だが、気持ち悪い。
今まで見てきた中で、一番よく分からない存在だ。
「ティオナの儀式が行われたあの場にはどうやって行った?恩恵がなく、目も見えないお前が易易と行ける場所ではないだろう?」
「行ってなどいないよ。私はあの場に現れたんだから」
「なに…?」
その不可解な言い回しに怪訝な表情を浮かべるリヴェリア。
彼女に示すように、両手を広げながらアルゴノゥトは語り始める。
「私は亡霊、あるいは影。私はこの子達の昔日の残骸が形となって現れたものだ」
「……おい、道化。ハッキリと言え。今のお前はなんだ?」
「フィーナの時に言った通りだよ。私は君達が生み出した都合の良い幻だ。君達の抱え込んだ思いを受け止めるためだけに存在する」
「アル―――」
「でも、今は君達じゃない」
堪えきれなくなり、思わずアルに声をかけようとするが止められた。
彼は今までにない厳しい態度で、ハッキリと言うのだ。
「今回の一件を経て、果たした決別は二つ。我が妹と、我が語り部。君達はすでに言葉を伝え巣立った。その証も、渡してあるはずだよ。君達に掛けるべき言葉は、もうない」
二人は背中が熱くなるのを感じる。
ティオナは今回の一件で、レフィーヤは食人花の一件で刻まれたあのスキル。
それはアルゴノゥトからの決別の証だという。
「俺達はその決別とやらを済ませた覚えはないが?」
「ユーリたちはまだ先だ。その時になれば、それに相応しい私が現れる」
「いつ?」
「さあ?それは私にも分からない。私はただ、その時になれば現れるだけだからね。明日かもしれないし、明後日かもしれない。なんだったら、夜君たちの枕元に立つかもしれないよ?」
「そうなったらぶん殴るぞ」
「ちょ、冗談だよ―――、半分はね。次がいつになるのか分からないのは本当さ」
「じゃあ、今は――――」
「ああ、そうだ。今の私は君のために存在してるんだよ、エルミナ」
アルゴノゥトはフィンとともにこの場に向かってくるティオネに対し、そう告げた。
この場にやってきたティオネはアルゴノゥトの姿を見て、小さくため息をこぼす。
湧き上がってくる複雑な感情を押し殺して、彼を見据える。
「話には聞いていたが、まさか本当にお前がいるとはな、道化」
まず開口一番に、驚きの言葉を口にする。
治療を受けていた時にあらかじめ聞いていたからこんな態度だが、いきなり彼が目の前に現れれば自分も動揺を隠せなかっただろう。
それだけ、自分たちの中で彼の存在は大きなものになっている。
「ああ、いるとも。君から言葉を受け取り、返すためにね」
「私のために、などと言っておきながら私の前に現れなかったくせによく言う」
「ん?ああ、それね。ごめんごめん。本来君の為に使うはずのリソースをこの子の方に回しちゃったからさ」
「はぁ!?」
アルゴノゥトの言葉に一番早く反応したのはティオナだった。
言われてみればたしかにそうだ。
役目を果たしたはずなのに、なぜかアルゴノゥトはあの場に残り続けたのだ。
色々状況は違うとは言え、レフィーヤの時は役目を果たしたらすぐに消えたというのに。
「どういうことよ、アル!?」
「そのまんまの意味だって。君達姉妹だから密接に結びついてて、その辺りの融通が利いたからさ」
「なんでそんなことしたの!?ティオネの方が――――」
「いや、だって。彼女、私が助けたら怒るだろう?」
怒られたくないんだよ……と続く彼の言葉。
あまりの言い分に、思わず絶句する。
だが、当の本人だけが納得した様子で頷いていた。
「まあ、そうだな。二度もお前に助けられてたまるか」
「だよね~」
「だとしても――――」
「それに、エルミナを助けるのは私の役目じゃない」
アルゴノゥトは見えない目でしっかりとティオネを、その横にいるフィンを見つめながら優しげに話す。
「彼女には私なんかよりもずっと強くて素敵な
「お前に同意するのは癪だが、その通りだ。お前にしてはよく分かっているな」
ティオネはどこか嬉しそうに笑う。
そんな彼女を感じ取ったアルゴノゥトは、穏やかな雰囲気のまま決意を固め、彼女に問いかける。
「さてと、すまないがあまり時間もないからね。始めようか。私は幻だ。本物であり、偽物でもある都合の良い存在だ。言えず終いだった言葉、どんな罵詈雑言や理不尽な怒りでも受け入れよう。さあ、好きなことを言ってくれ」
アルゴノゥトの言葉を受けて、ティオネは逡巡する。
なにか思い悩むように視線を沈ませ、黙り込む。
だが、答えはすでにあったのかすぐに彼をまっすぐと見据え、ハッキリと言う。
「ない」
「………え?」
「お前に聞きたいことはあるが言いたいことなどない」
「……………。」
「なんだ、その顔は?」
「いや、少し驚いたというか、なんというか。てっきり、君には思いっきり恨み言を言われるものだと思ってたから」
「お前は私を何だと………」
「だって君、私のこと嫌いだろう?」
彼のその言葉に、周囲は少し戸惑ったような顔をする。
ハッキリと嫌いだと断ずる彼も、それを否定する素振りを見せない彼女も、初めて見るものだったから。
険悪な様子の二人だったらまだ分かる。
でも、二人の間には少なからず信頼のようなものが見えたのだ。
だからこそ、周囲は戸惑った。
「当たり前だ。勝手に助けるだけ助けて、私達の前から姿を消した道化なんぞ、誰が好き好むか」
「うん、分かってる。だから――――」
「だが、だからといってお前を恨み憎んでいるわけではない。お前がいなくなったのも、全ては私達がお前を助けられなかったのが原因だ。今更そのことをどうこう言うつもりもない」
「………。」
「だが、一つだけ聞かせろ」
ティオネはアルゴノゥトを見つめながら、彼に問いかける。
あの日の彼の真意を。
「なぜ私に託した?」
「それは…………。」
「他の連中と違って、あの時私は最後までお前の敵だった。そんな私に、なぜ?」
その問いかけにアルゴノゥトは困り果てたように頭をかく。
だが、しっかりと答えるべきことは答えるつもりなのか、迷いながらも語り始める。
「ぶっちゃけたことを言うと、誰でも良かった。強い存在が私の後に続き、希望となってくれるのであれば他のことはどうでもよかった」
「……そうか」
得心がいったように、でもどこか寂しそうに。
ティオネは小さくそう返した。
そんな彼女に、アルゴノゥトは優しく語りかける。
「でも、僕は君に託して良かったと思ってる」
紛れもない本音。
彼の本心。
生前はついぞ語ることのなかった、嘘偽りのない思い。
それを今、語り始める。
「誰かを愛し、誰かのために命を賭して戦える君は紛れもない英雄だ。人を愛することの大切さを誰よりも知っている君だからこそ、大きな希望になることが出来たんだ。僕は君のような英雄に巡り会えたことを誇りに思うよ」
アルゴノゥトは屈託のないニッコリと笑う。
それに釣られるように、エルミナも笑みをこぼす。
眩しい希望に満ちた、素敵な笑顔を。
そして、それと同時にアルゴノゥトの身体は光となって薄れゆく。
役目を果たしたアルゴノゥトは、消えていく。
「っと、もう時間だね。次はユーリかガルムスか、あるいはリュールゥあたりかな?また会える日を楽しみにしてるよ」
「―――“
消えゆく最後の最後に、エルミナはアルゴノゥトを呼び止める。
生前言うことが出来なかった言葉を伝えるために。
「ありがとう、あの日妹を助けてくれて。私の呪縛から解き放ってくれて、本当にありがとう」
その言葉に一瞬驚いたアルゴノゥトだったが、すぐに笑みを浮かべ直して答える。
「こちらこそ、私の希望を紡いでいってくれてありがとう、エルミナ。またね、“心優しき戦傑”よ――――そして、私の英雄達よ」
「ああ、また会おう……、私達の英雄」
その言葉を最後に、アルゴノゥトは今度こそ消えていった。
そして、アルゴノゥトが遺した光はティオネの背中に吸い込まれ、背中のステイタスを浮かび上がらせ一つの刻み込む。
彼との決別を乗り越えた、確かな証を。
………………
……………
…………
………
……
…
【
・自動発現
・
・【
【
【
『器用』の限界突破。
『器用』に高補正。
・戦闘時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。
・血縁者と共闘時、攻撃力上昇。
・同名スキル及び【
Q&Aその2
Q.過去を生きた彼女たちは触れられるけど、アルゴノゥト殴られない?
A.殴られましたね。
あとがき
アルゴノゥト関係が分かりにくかったらすいません。
説明するのが苦手なんです。
ここまで書いてきましたが、書き切れるのか不安になってきました。
ダンまち自体とても長いストーリーですしね…。
私の書くスピードが遅いのもありますし、色々私生活が忙しいっていうのもありまして…。
本当にすいません。
そこで一つ、皆様にアンケートのご協力をお願い申し上げます。
自分自身が一番書きたいのが、派閥大戦~学区までの話でして、その間に完全オリジナルの戦いも加えたいんです。
だから、書けるうちに書きたいところを先に書いてもいいですか?
今も番外編って形で少し書いてるんですが、そっちの方を書いていきたいってことです。
余裕が出来てきたら書けていない間のストーリーも書いていくつもりですが、そっちを先に書いたらかなり長くなりそうでして、色々悩んでいるところです。
皆様のご意見を、お待ちしております。
派閥大戦編を先に書いていい?
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いいよ!
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いやだ!
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どっちでもいいよ!