道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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派閥大戦~第三章~

 

館の最上階。

フレイヤの私室へと続くその通路にその男は立っていた。

 

「あの女に私を通すよう言われているのだろう?さっさと退け」

 

都市最強の冒険者オッタルを前にしてもベルは不遜な態度を崩すことなく告げる。

彼は何も答えることなくそのまま立ち尽くしている。

ベルを見て、何かを思い出すかのように眉間にシワを寄せながら目を細めている。

 

「……チッ」

 

そんな彼を見て、ベルは舌打ちをしながら不愉快そうに顔を歪め、彼を無視して進もうとする。

横を通り過ぎるその時、オッタルは初めてベルに対して言葉を発した。

 

「貴様は何を成す?」

 

その言葉にベルは一度足を止め、振り返り彼の方を一瞥する。

オッタルは振り返ることなく前を向いたまま。

ベルの方を見向きもしない。

そして、ベルもすぐに前を向き、もう二度と振り返ることはない。

 

「全ての救済」

 

そのたった一言だけを告げ、階段を駆け登っていく。

螺旋階段を駆け上っていくベルの中にあるのは苛立ちだった。

 

このようなフザけた真似をしたフレイヤへの苛立ち。

この事態を未然に防ぐことが出来なかった自分への苛立ち。

仲間を傷つけたフレイヤへの苛立ち。

英雄を傷つけた自分への苛立ち。

 

それらが綯い交ぜになった心境を抱えながら、ベルはその扉を開く。

そして、扉を開けた先にいるその女を睨みつける。

 

「―――来たのね、……ベル?」

 

女王としての威厳を携えながら振り返ったフレイヤは、現れたベルを見て困惑する。

そこにいる彼が、自分の知っている姿ではなかったから。

容姿は何も変わっていない。

今まで見たことがないような表情をしているが、それだけだ。

だが、その魂が変わっていた。

透き通るような魂の中に、白い輝きがある。

彼を守るように、怒りをぶつけるように白く光り輝いている。

そして、その白い輝きの中に、更に別の何かがある。

アポロンとの戦争遊戯でも確かに変わっていた。

だが、ここまでではなかった。

こんな、こんな魂を塗り潰すほどの光は、あの時にはなかった。

昨晩まで、こんなものはなかった。

何かがあった、何かに触れた。

だが、その何かがフレイヤには分からなかった。

 

「ついに私の顔が分からなくなるほどおかしくなったのか?」

 

「―――ッ、なに?いえ、誰なの?誰が貴方をそこまで変えたの?」

 

「誰であろうがお前には関係ない」

 

フレイヤの戸惑いの声を切り捨てるベル。

自分を見下す彼に、フレイヤは何故か分からないが強い不快感を覚える。

 

「どうした?いつもの強がりはどこに行った?都市最強を名乗るファミリアの主神が、この程度か?」

 

「ッ、黙りなさい!!」

 

「随分無様だな。フレイヤ…いや、シルと呼んだ方がいいか?」

 

ベルが呼んだシルという名が琴線に触れたのか、フレイヤは困惑も動揺も全てを抑え込みベルを睨む。

だが、そんな彼女を見てもやはりベルは見下すだけだ。

 

「気付いていたのね……。」

 

「ん?ああ、まだ共有されていないのか。なるほど、常に繋がっているのではなく、魔法を使わない限りは同期されないというわけか」

 

「一体、いつから気付いていたの?」

 

「同じことを二度話すのも面倒だ。あとであの女にでも聞け。それで、どうだったんだ?ロールプレイをして、欲しいものは得られましたか、シルさん?」

 

フレイヤを煽るように口調を戻しながら話すベル。

だが、フレイヤはそれでも冷酷に眉一つ動かさずに答えた。

 

「勘違いしないで頂戴。酒場で貴方達と戯れていたのは確かに私だけど、シルなんていう娘は最初から存在しないわ。すべては演技で、虚像でしかない」

 

「話を逸らすな。欲しいものは得られたか、と聞いている」

 

「……得れていたら、こんな真似はしてないでしょう?」

 

「だろうな。結局、お前は最後まで私を手にすることは出来なかった。大切な居場所を捨ててでも得ようとしたと言うのに、哀れなものだ」

 

呆れ果てたようにベルはそう告げる。

本当に哀れだと思っているのだろう。

フレイヤを見下すその視線に、ほんの少しの憐憫が含まれたように思える。

 

「大切な居場所?あそこが?」

 

「違うのか?」

 

「違うわ。何もかもが違う。あれはただの退屈しのぎで、あの酒場はただのゲームエリア。すべてはただのゲームの延長線でしかない」

 

「なるほど。すべては嘘だったと?」

 

「言ったでしょう?すべては演技。私にとって、数ある遊びの一つに過ぎない。捨てた所で痛くも痒くもない」

 

「私達を助けたのも?ああ、そう言えばリューも助けたんだったか」

 

「ええ、そうよ。ただ、シルという“駒”であればそうするだろうから、そうしただけ。設定に準拠し、ゲームを楽しんでいただけ」

 

「私に恋をしたのもゲームの一環か?」

 

「いいえ、それは違うわ。私は女神として貴方の魂に一目惚れしたの。だからこそ、貴方を助け、守ってきた。その輝きを育み、いつか収穫するために」

 

「なるほどな…。では、最後にもう一つだけ聞かせろ」

 

「何かしら…?」

 

「あの時見せた涙も嘘だったのか?」

 

その時初めてベルは見下すのではなく、まっすぐとフレイヤを見つめた。

彼の瞳がどんな感情を抱いているのか分からない。

分からないが、その瞳がひどく不愉快だった。

 

「ええ、嘘よ。ただ役割に沿っただけ。私はただ、ゲームに則っただけ」

 

フレイヤは迷うことなくそう答えた。

その答えを聞いて、ベルは息を呑んだ。

ベルの様子に、フレイヤはこの場で初めてベルより優位に立てた気がした。

だが、その全ては勘違いでしかない。

 

「ハァァ――――……。」

 

大きな大きなため息。

呑んだ息の全てを吐き出しながら、ベルは感情の全てを全面に押し出す。

そして、再度フレイヤを見つめ直すベル。

その瞳にあったのは呆れでも怒りでもなく、ただの軽蔑だった。

 

「お前のことは常々馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで浅はかだとは思わなかった」

 

「……なんですって?」

 

「『僕、本当はシルさんのことが好きなんです!!あの時は言えなかったけど、シルさんのことを愛してるんです!!』」

 

ベルは迫真の演技でそう戯けてみせた。

そう、演技だ。

神であるフレイヤの瞳には、そのすべてが嘘であると分かっている。

そして、ベルも本気でフレイヤを騙すつもりなどない。

ただ、分かりやすく表現しただけだ。

 

「と、私がこの場で言ったらどうする?『さっきのは嘘だったの!シルとしての行動も何もかも私の本心よ!』とでも言うつもりか?馬鹿馬鹿しい。他人の感情一つで動くようなものは真実でも現実でもない。ただの思い込みだ」

 

「私が、そんなことを言うとでも?」

 

「ああ、お前はまず間違いなく言う。なぜなら、そうしないと私への思い全てがなかったことになるから。シルとして私に告白したのはなぜだ?ただの演技で告白すれば、その後の全てが演技になるとは考えなかったのか?ああ、そうだ。お前は考えなかった。全て演技ではなかったのだから」

 

「演技…、演技よ!!何もかも演技なの!!貴方に弁当を渡したのも、貴方を逃がしたのも、貴方を励ましたのも、全て演技よ!!私はフレイヤ!愛を司る女神にしてすべてを愛でる女王なのよ!!そんな真似を本心で――――」

 

「逃げるなよ、現実から。全てを嘘だったことにすれば、私にフラれた過去がなくなるとでも思っているのか?フラれたのはシルであり、フレイヤではないと思い込みたいだけだろう?ならば言ってやる。私はシルとしてのお前の方が、まだ好感を持っていた」

 

ベルは許さない。

英雄を傷つけたフレイヤが逃げることを、決して許さない。

 

「私はお前を決して許さない。私の英雄たちを傷つけたお前が栄華を極めることを、私は認めない」

 

「黙りなさい…。」

 

「傲るな、思い上がるな。愛を司る自分は全ての愛を受ける存在だとでも思っていたのか?そうならなかったから、お前は今オラリオに縛られているんじゃないのか?」

 

「黙れ…!」

 

「傷つく覚悟も持てなかった哀れなる女神にして魔女よ。私がお前の思いを受け入れることは、決してない」

 

「黙れって言ってるのよ!!」

 

容赦ないベルの言葉に、狂乱したフレイヤは叫ぶ。

そんな彼女を、ベルはやはり冷たく見下す。

 

「私はお前を助ける。お前の恋を終わらせ、魔女としてのお前を殺す」

 

「助ける…?すべては貴方が私を拒んだから始まったことでしょう?」

 

「ああ、そうだ。だからこそ、私にはお前を助け、全てを終わらせる責任がある。それに、約束したからな」

 

彼の言う約束が何なのかは分からない。

でも、今は何でもいいから彼のことを否定したかった。

そうしないと、今の自分を保てないから。

 

「傲慢ね。まるでエゴの塊よ。神々でもそんな醜いエゴを抱えた男はいなかったわ」

 

「同じくらい醜いエゴを抱えた女神なら今眼の前にいるぞ?」

 

「……その減らず口も、いつまで続くかしら?今の貴方に何が出来るの?貴方に魅了が効かないとしても、都市の全ては私の手中にある。その気になれば、すべてを貴方にけしかけることも出来るのよ?」

 

「ああ、そうだな。それは困る。今の私に一人で都市すべてを相手取るだけの力はない。いずれはその領域にまで行きたいが、このペースの成長を維持できたとしてもあと半年はかかるだろう」

 

フレイヤの脅しにも、ベルは一切怯える様子を見せない。

まるでどうでもいいと言わんばかりにケロリとしている。

 

「今の私に出来るのは二つだ。一つはリューを連れて全力で逃げること。今までは正気を疑っていたのもあって強硬策は取れなかったが、今なら迷うことなく実行できる。都市から離脱して義母の元にまで逃げればあとはどうにでもなる。とは言え、これは最終手段だ。ゲーム中にチェス盤をひっくり返すのと同じようなものだからな。極力この手段は取りたくない」

 

「何を言ってるの?」

 

「だから必然、私が取れる手段は残る一つ、“待つこと”だけ。文字通りの神頼みだな」

 

自分にできることはなにもないと悟っているベルは、落ち着いた様子で外を眺める。

そこには夜の闇の中でも消えることのない都市の光が広がっていた。

 

「頼れる神なんてどこにもいないわ。すべての神は――――」

 

一柱(ひとり)いるだろう?魅了に屈しておらず、かつ自由に動ける神が」

 

「ヘスティアのこと?彼女には何も出来ないわ」

 

「私の主神(かみ)を舐めるなよ、フレイヤ。傲岸不遜な私の祖母が唯一敬愛している女神だぞ?」

 

その瞬間、ベルは背中が燃えた。

ずっとベルが感じていた力。

彼女からの“愛”。

見失っていた時には気付かなかったすべて。

それらを正しく理解していたベルは、ずっとこの時を待ちわびていた。

 

偽現(ディオス)炉神の聖火殿(アエデス・ウェスタ)

 

フレイヤも知らない、ヘスティアの秘儀。

 

「箱庭は燃え尽きた」

 

ヘスティアの聖火が都市を包み、魅了を燃やしていく。

その聖火はやがて住民たちに混乱を与えることになり、その混乱は混沌に変わる。

 

「さあ、反撃開始だ」

 

最凶兎(クレイジーラビット)はすべてを終わらせるため、反撃の狼煙を上げる。

 


 

「とっとっと、危ない危ない」

 

「チッ、しぶといな」

「妖精のくせにドワーフのようだ」

「いい加減くたばれ」

「邪魔をするな」

 

「貴方達兄弟には色々罪悪感があるのであまり相手をしたくないんですけどねぇ。でも、先に手を出したのはそちらですので、文句は言わないでくださいね?」

 

「何を―――ブッ!!」

 

フレイヤ・ファミリアとリューの戦闘は今もなお続いていた。

ガリバー四兄弟が得意の連携で攻撃を加えようとする中、リューは瞬間的に雷霆の力を強めて膂力を急上昇させた。

今まで負担が少ない範囲で継続して戦うことを目的に調整していた出力を跳ね上げ、攻撃に転じた。

アルフリッグの顎にリューの蹴りが直撃し、彼は吹き飛んでいく。

だが、攻撃を加えたその直後リューの身体は硬直し動けなくなる。

雷霆の力の反動が波となって押し寄せる。

だが、リューはそれすらも雷霆の力を更に強めることで無理やり黙らせる。

止まることなく、止めることなく、彼女は戦い続ける。

一度止まってしまえば、もう動けなくなるのが分かっているから。

 

「アハハハハハハッ!!」

 

ボロボロになりながらもリューは笑う。

戦線維持ではなく打破に打って出た彼女は絶対に負ける。

いくら無理矢理動かそうとも限界を超えることは出来ないし、自身よりレベルが上の冒険者複数名を同時に相手取り勝利することも出来ない。

だが、それでも良かった。

助けが来ると、確信したから。

 

背中が燃え上がるのが分かった。

都市が炎に包まれるのが見えた。

ウルカヌスの炎で咄嗟に誤魔化したが、あれは確実にヘスティアの炎。

魅了を打ち破る破邪の聖火。

それが見えたからこそ、リューは安心して倒れられる。

 

「【起動(テンペスト)】―――【道化師(ジェスター)】」

 

その声が聞こえてきた。

そして、その瞬間フレイヤ・ファミリアの本拠を囲う巨壁が壊れる。

瓦礫が飛び、周囲を襲う。

リューはその瓦礫を躱しながら壁を破って入ってきた彼女の傍に着地する。

着地した瞬間に動きが止まり、激痛が身体を駆け巡ることで身体が動かなくなってしまうが、それでもリューは笑いながら彼女に声を掛ける。

 

「お待ちしてましたよ、アイズ殿」

 

剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン。

魅了から解放された彼女は、英雄の力を宿した風を纏いながらこの場に立つ。

その目は血走っており、明確な殺意を持ってフレイヤ・ファミリアを睨んでいる。

 

「殺す」

 

リューの言葉に答えることなく、アイズは短くそう呟く。

命の重みに人一倍敏感な彼女は決して“殺す”という言葉は使ってこなかった。

どれだけ気に食わない相手でも、それが人であるなら殺すとは言わなかった。

だが、そんな彼女も今回は話が別なようだ。

記憶を書き換え英雄との思い出すらも奪ったあの女神を、彼女たちは絶対に許さない。

 

「何のようだ、ロキ・ファミリア!ここを女神の領地と知っての――――」

 

「くだらない御託なんかどうでもいいのよ。大義も正義も知ったことじゃない。私達が戦う理由は、たった一つ」

 

本拠を守ろうと大義を口にしながら戦おうとするヘグニに、ティオナは破壊された壁の上を通りながらゆっくりと近づいていく。

大双刃を振り回しながら、アイズと同じく血走った目で殺意を持つ。

 

「私達から英雄を奪っておいて、ただで済むと思うなッ!!」

 

ティオナの激昂に応えるように、二つの影が踊り出る。

ベートとティオネ。

怒りと殺意を持って、フレイヤ・ファミリアと戦い始める。

 

「「ぶっ殺す!!」」

 

そして、各々が激突する。

誰しもが怒りの全てをぶつけるように戦い続ける。

戦闘が続く中で、参戦者もどんどん増えていく。

 

親友(ダチ)を取り返す!!力を貸してくれ、ウルス!!」

 

「邪魔じゃ、お主らァァ――――!!」

 

彼の親友は精霊と共に炎を纏い、全てを燃やしつくそうと斬りかかる。

豪傑は怒りに震えながら迫りくるガリバー四兄弟を圧倒する。

その光景を眼の前で見ながら、リューは力なく息を吐く。

 

「大丈夫ですか、リューさん!!」

 

「あぁ…、レフィーヤ殿。いやぁ、助かります。仕方ないとは言え、誰も彼も私を放置して向かっていくものですから。結構頑張ったんですし、もう少し労ってくれてもよくないですか?」

 

「減らず口が叩けるうちは大丈夫です!それより、ベルは!?」

 

レフィーヤは眼の前でボロボロになっているリューへの回復魔法を優先させたが、それでもフレイヤ・ファミリアへの怒りもベルの心配もなくなったわけではない。

彼の身を案じ続け、リューに問いかける。

 

「ベルはフレイヤに言いたいことがあるらしくて、一人で向かいました。彼女の性格を考えれば、多分今頃最上階辺りで話を――――あ」

 

そう言いながら空を見上げると、丁度星明かりを一つの影が過るのが見えた。

 

「“あ”ってなんですか、“あ”って!何があったんですか!?」

 

「いや、今ヘスティア様が魔道具か何かを使って最上階に突っ込んでいくのが見えて…」

 

「神ヘスティアが!?大丈夫なんですか!?」

 

「多分大丈夫だとは思いますけど、一つ懸念点があるとすれば……」

 

「あるとすれば?」

 

「今のベル、かなり塩対応と言うか、安直に言えばキレてる状態なんですよね」

 

「それって、例の状態ですか?」

 

「例の状態ですね」

 

リューから聞かされるベルの様子に、先程とは違った意味で不安を覚えるレフィーヤ。

キレた時のベルのヤバさを知っている彼女たちからすれば、この反応は妥当と言える。

 

「大丈夫ですかね、神ヘスティア」

 

「大丈夫だとは思いますよ?いくら苛ついても無意味に殴るようなことは絶対にしませんし。ただ、折角頑張って魅了を解除したのにベルからの対応を思えば……ねえ?」

 

「気の毒ですね…。」

 

「気の毒ですねぇ…。」

 

どこか他人事のように呟く彼女たち。

激しい怒りと戦いの中、ここだけ少し気の抜けた空気になってしまったのは、ヘスティアの成せる御業としか言えないだろう。

 


 

あとがき

 

まとめて書くのが少ししんどくなってきたので、暫くはこういう感じで少し短いのが続くかもしれません。

かなり気分屋なので、あまり当てにしないでください。

 

17巻の終わりまで書く予定だったけど(以下略)。

ということで、思ったより長くなりそうです。

気長にお付き合いください。

 

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