道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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派閥大戦~第六章~+IF2-1

 

時は少し遡り、戦争遊戯へ向けて全員で特訓していた頃。

 

「私の祖父はゼウスだ」

 

全員が疲れ果て休憩を取っていた時、ベルは唐突にそう告げた。

反応は大きく二つに分かれていた。

驚いて目を見開いている者と、ベルの言葉を理解しきれていないのか首を傾げている者。

そんな中、ガレスだけはどこか得心がいったような表情をしていた。

 

「ゼウスって、あのゼウスか…?十五年前まで居たっていう最強ファミリアの主神の」

 

「そのゼウスだ」

 

「『神聖浴場』の覗きに歴史上唯一成功したっていうあの?」

 

「………認めたくないが、そのゼウスだ」

 

呆れ果てるように大きなため息を吐いて、ベルは頭を抱える。

どうやらあの自由奔放な祖父は今でもベルの悩みのタネとなり続けているようだ。

 

「だから言いたくなかったんだ…。あの好々爺の孫だと女神達に知られるだけで、村八分どころか都市八分にされかねん」

 

「でもベル、エレジアの時自慢の祖父だって言ってませんでした?」

 

「誇れる面を大いに持っているのは認める。神としての威厳も、人を導く力も、希望を指し示すその光の如き在り方も、全てを備えている最高峰の存在だ。だが、それはそれとして問題点が多すぎる」

 

かつて一緒に暮らしていた時のことを思い起こしながら、ベルは語る。

 

「分別もつかない頃の(わたし)に覗きとハーレムのロマンについて語る、(わたし)の見ている前で義母に堂々とセクハラをする、美しい妻を持っておきながら浮気をし今も逃げ回っている。二人だけで暮らしていた時は気付かなかったが、あの叔父たちと暮らすようになってよく分かった。あの好々爺は世間一般で変態と呼ばれる存在であるということが」

 

「妻…、お前さん、ヘラにも会ったことがあるのか?」

 

「ああ、初対面で眼球を抉られそうになったがな」

 

「なんでですか!?」

 

「私の父が蛇蝎の如く嫌われていたせいだ。父を思い出す赤い瞳が嫌だったらしい」

 

「そんなことで幼子の眼球抉ろうとしますか、普通!?」

 

「ヘラならやるぞ、普通に」

 

「あの女神を前にすれば分かる。初対面で名乗る間もなく、躊躇いなく、演技やオーバーリアクションなどではなく、本気で抉ろうとしてきた。叔父たちとゼウスの制止がなければ、本当に抉られてたぞ」

 

その時、義母と大喧嘩をしていた。

自分もくり抜きたいとか言ってたくせに、と思ってしまったことは墓場まで持っていくと心に誓った。

バレたら比喩表現抜きで半殺しにされる。

 

「話が逸れ過ぎたな。今はゼウスについてだ」

 

ヘラに色々思うことがある様子を見せていたが、ベルは無理矢理話題をもとに戻す。

これ以上ヘラについて話したくないし、知られたくなかった。

 

(あの祖母について知られたら、それこそゼウスより面倒なことになる)

 

婚姻魔除け(アンチ・ヘラニズム)』とかいう訳のわからん儀式が開催されるレベルで敬遠されてるあの女神だ。

流石のベルも、愛すべき馬鹿とガチでヤバい奴の違いくらいは分かる。

あの祖父は前者であり、あの祖母は後者だ。

だからこそ、ヘラとの関係について、戦争遊戯が目前に迫ってる今知られるわけにはいかない。

というか、いつかバレるにしても、極力知られたくない。

 

一応ヤバいエピソードを聞かせて、それ以降の関わりが薄いと思うように誘導はした。

が、それがどこまでうまくいくのかはベルには分からない。

田舎出身ということもあり、自分が中々非常識だということも理解している。

とはいえ、そこまで倫理観や危機感が乖離している訳でもないはずだ。

一般的に、一度眼球を抉ろうとしてきた相手と仲良くするのはおかしい…はずだ。

じゃあ、なんで自分はあの祖母と仲良くやれているのだろうか?と考えたら負けだ。

その後目一杯甘やかされたし、何だったら今も甘やかしてくるし、きっとそのせいだ。

そう思い込んで無理矢理思考を畳み込む。

 

「とは言え、本題はゼウスだけではない。ゼウスと一緒に私を育てた叔父たちだ」

 

当時を思い起こすように目を細めながら、ベルは語る。

 

「物心ついて暫くの間は祖父と二人だけで暮らしていたんだが、暫く経った日にある人物たちが私の眼の前に現れ、一緒に暮らすようになった。それが叔父達。叔父の名は“ザルド”。ゼウス・ファミリアの幹部であり、三大冒険者依頼(クエスト)の一角、ベヒーモスにとどめを刺した男だ」

 

当時を生きて、ザルドをよく知るガレスは神妙に頷く。

彼を思い出しているのか、彼を懐かしんでいるのか。

あるいは、寂しがっているのか。

 

「私と会った時点で、半ば死にかけの状態だった。ベヒーモスの血肉を喰って自身を強化したは良いものの、毒に侵され身体は腐りかけ。全盛期からは程遠い状態だったんだろう。それでもあの叔父は暖かく偉大で、強かった。そんな叔父たちと一緒に、穏やかな日々を送っていた」

 

ベルはザルドに憧れた。

ベルはザルドが好きだった。

その思いは今も根強く心に刻まれている。

 

「しかしある時、私達の前に一柱の神が現れたことで状況は変わった。その神は叔父たちを勧誘するために来たらしい。曰く、『このままだと英雄は育たず世界は滅ぶだけ。それならいっそ、“絶対悪”として次代の英雄の踏み台になろう』と。だが、叔父たちは私との日々を惜しみ、残り少ない時間を私と共に過ごすことを選んだ。今から七年…いや、八年前になるか」

 

「“絶対悪”ですか…。どこかで聞いたと言うか、頭の痛くなるような言い回しですねぇ…」

 

「あぁ、あの神と知り合いだったのか?」

 

「まさか。知り合いですらないただの敵同士ですよ。散々煽られました」

 

「あの性格の悪い神のことだ。碌でもないことをしでかしたのだろう。詳しくは何も語らんし何も聞かん。ただ、御愁傷様と言っておこうか」

 

「ええ、それが良いです」

 

絶対悪を名乗るあの神は、きっと今もここを見ているだろう。

何を思ってみているのだろうか。

今の自分を見て、リューを見て、都市を見て、世界を見て。

何を思うのだろうか。

どうなろうと嗤っているのだろうが、それでも少し気になってしまう。

 

「それ以降、叔父たちは変わった。時折だが、悲壮に暮れるような眼をするようになった。大義や人類の未来ではなく、私への思いを優先させたことで世界が滅びるのではないかと憂いていた」

 

「やはり、お前さんに“終末”を語ったのはザルドじゃったか…」

 

『黒き終末はもう近い』

『次代の英雄の踏み台となる絶対悪は現れなかった。超克の先には、誰も行けないかもしれない』

『“最後の英雄”は……生まれないかもしれない』

今はないあの教会で、ベルが語ったことだ。

 

「そこから私が取った行動は、以前語ったとおりだ。英雄になると誓って、地獄を何度も見させられた。叔父たちの体調も悪化の一途を辿っていたから時間も限られていた。生き残るための技術を優先的に叩き込まれた。幼かったということもあって、教えられることは限られていた。それでも、出来る限りのすべてを教わった」

 

ベルは立ち上がり、突き刺さっていた煌月を手に取る。

 

「そして、その最後に竜の谷に連れて行かれ、そこで全てを見た。身体は限界を迎えながらも、衰えることのない力と技術を見せられた」

 

鐘の音がなる。

 

「これはその中の一つだ。レオンは“残光”と呼んでいた」

 

懐かしい名を聞きながらも、ガレスはその輝きに目を取られていた。

 

「この技に必要なものは強化系のスキルもしくは魔法と、一定以上の『力』と『魔力』のステイタス。レベル5上位からレベル6相当が最低ラインであり、それ以下なら余程の才能でもない限り不可能」

 

それは暗に自身に才能がないと語っているようなものだ。

今の今まで至ることが出来ず、藻掻き苦しんできたのだから。

ベルは、憧憬を自分のものに仕切れなかった。

 

「そして、すべてを斬るという揺るぎない“大いなる意思”」

 

剣を握る手に更に力を入れ、大きく振りかぶる。

 

「俺は丘を斬る。城を斬る。竜を斬る。あの叔父たちが俺を選んだのは、決して間違いではなかったのだと証明するために、遍く全てを斬り捨てる」

 

剣を構える。

そして、それを振り抜く。

 

眼の前にあった、小さな丘が切り裂かれた。

その上にあった、雲が切り裂かれた。

ようやく、ここまでたどり着いたのだ。

 

「これは、そのための一歩に過ぎない」

 

切り裂かれたすべてを背に、ベルは語った。

 


 

神の鏡を前に、ガレスはベルが過去を語ったときのことを思い出していた。

今のベルが持つ力は、レベル5としては破格のものだ。

あの武人の少年期など知らないが、それでも同レベル帯で自分たちがここまでのことが出来るかと問われれば確実に“否”だ。

そもそも、成長速度という一点においては確実に歴代の最強たちを凌駕している。

一二を争う、ではなく、圧倒的に差をつけている。

それでも、ベルはまだ足りないのだと言う。

どこまでも貪欲に、誰よりも強く、力を欲し続けている。

復讐や私怨、我欲などではない。

ただ純粋に人を思い、救うために、力を願い続けている。

一途に憧れを追い続け、そこに並ぼうとしている。

そんな真似ができる人物など、ガレス達はベル/アルしか知らない。

 

(じゃからこそ、お前さんは強くなれるのじゃろうな…。)

 

自分たちが憧れた彼に。

自分たちが至れなかった真の英雄に。

彼は至ることが出来るのだろう。

そんな彼が、眩しくて仕方ない。

 

「言ったじゃろうが、リヴェリア。ベルと最低限の協力を取れる現状と建前を維持しておけ、と」

 

「ガレス…、知っていたのか……!?」

 

「明言はされておらんかったがな。存在を匂わせるような事は言っておった。説明されたのはあの話し合いの後じゃ」

 

氷園の情報どころの話ではない。

自分たちが知らない未到達階層のすべてを知っている存在なのだから。

それを秘匿されたリヴェリアは、ガレスを睨みつける。

 

「なぜ黙っていた…!?」

 

「三十年近く経っても自分勝手な本質までは変わらんかったか?自分の都合だけでベルを利用するような真似を、儂が許すとでも?」

 

ベル自らが交渉したわけでもないのに、ベルが持っているであろう情報をアテにすり寄るような真似は容認できない。

静かな怒りを瞳に宿し、ガレスはリヴェリアを睨み返す。

 

「最低限の助言はしたはずじゃ。このことでどうこう言われる筋合いはない」

 

「しかし――――」

 

「そもそも、今のベルにそんなこと言うてみい。四の五の言う前にその場で残光を叩き込まれるぞ」

 

あの温厚なベルが、その場であの一撃を叩き込むと言うガレス。

ただの脅しにしか聞こえないが、それでも無視できない確かな実感を持ってガレスは語る。

 

「ザルドが発現したスキルの影響らしい。深層意識が同調し、今のベルは限りなくあやつらに近づいておる」

 

深層意識の同調と言われても、ガレス達はいまいちピンとこなかった。

ベルも自覚できない領域だからかはっきりとしたことは言えなかったが、自分の現状をモノに例えてこう言った。

 

『感情をモノ、感情の表現方法を運び方だとしよう。深層意識の同調で変わるのは運び方だけだ。荷車で運ぶのか、手で持って運ぶのか。そして、運び方が変われば運ぶ感情(モノ)の種類も自然と変わる。私も人だ、怒りもするし悲しみもする。その二つが同時に湧き出た場合、いつもの私なら悲しみを主体的に運ぶが、今の私は怒りを主体的に運ぶ』

 

運ぶ感情はすべてベルから生まれたものだ。

それは何も変わらない。

何処か別の場所から生まれたものでは決してない。

だからこそ、ベルは同調した相手たちのように暴力的にならない。

怒りの発生量が少ないのだから。

しかし、その運び方はかつての最強たちと同質のものになっている。

 

だからこそ、逆鱗に触れれば話は別になる。

決して譲れない一線に触れられれば、ベルだって怒るだろう。

 

その逆鱗は大きく分けて二つ。

大切な仲間という宝。

自分を育ててくれた偉大な叔父たち。

それらを軽んじれば、ベルは刃を向ける。

 

リヴェリアがやろうとしたことは、その二つ目に触れかねないことだ。

 

「15年経ってようやくレベル7に至り、今の今まで燻り続けて来た儂らに、ベルは心の奥底で失望しておる。今ベルが言った言葉を聞いたじゃろう?あれはすべてベルの本心じゃ。そんな儂らが、自分の手で情報を掴もうともせず、利用しようとにじり寄って来たらどう思う?叩っ斬られても文句は言えんぞ」

 

ずっとずっと、ベルが心の隅で思ってきたことだ。

アイズに救われ、彼女に憧れた。

ベートたちと出会い、教わり、それもいつしか憧憬になった。

オッタルが強いのも本当だ。

フィンが聡く鋭いのも事実だ。

だがそれでも、あの叔父たちと比べれば全てが見劣りしてしまう。

話して、戦っているうちは熱に浮かされそれしか見えなくなっても、ふとした瞬間に竜の谷での戦いを思い出せばどうしようもない失望と不安が襲いかかる。

叔父よりも強い人物たちが束になっても黒竜には敵わなかったと言うのに。

いつまでもいがみ合って時間を無駄にし、ロクに強くならない現最強達。

 

(馬鹿じゃないの…?)

 

そんな思いが強く脳裏をよぎってしまう。

なぜダンジョンという自分達より強い餌が溢れかえっている絶好の場所があるのに、共食いをするのか。

なぜ強さだけを貪欲に求めないのか。

なぜ眼の前まで迫っている危機を自分事として考えないのか。

 

強くなりたければ、協力してダンジョンに潜れば良い。

自分より強いモンスターと戦い、それらを乗り越えれば良い。

より強き存在となるために競い喰い合う?

 

馬鹿か。

 

最強に挑んで技術を盗むのとは理由が違うんだぞ。

技術を盗むような相手も居ないのに、なぜ人間同士で戦う?

同じような強さしか持たず、言葉が通じ、命乞いをすれば攻撃の手を止めるような存在を相手になぜ戦う?

なぜ、もっと恐ろしく、もっと理不尽で、もっと強い存在を相手に戦わない?

 

『お前達とあの最強の違いを挙げるのなら、きっとそういう所なんだろうな』

 

自分より強きものに挑め。

強くなることに貪欲になれ。

それ以外のすべては切り捨てろ。

恥も外聞も、すべて邪魔でしかないのだから。

 

「儂らは言い訳するには時間を無駄にしすぎた。ここからは言葉ではなく、行動で語らねばならん。今のベルのように」

 

ガレスは神の鏡を仰ぎ見る。

そこにはオッタルを正面から見据え、睨みつけているベルが映っている。

 

「この戦いを最後まで見て、その魂に焼き付けろ。そして、今一度考えろ。自分たちが今後どうするのか、どんな存在にならねばいかんのか」

 

この戦いは、ベルからの問いかけでもあるのだから。

 


 

あとがき

 

いつもご感想ありがとうございます。

励みになり、楽しく読ませていただいてます。

その中に、ヘラという女神についてのものもいくつかありました。

ヘラの扱い酷くない?とか、ヘラよりもゼウスの方が恨まれてたんじゃない?とか。

それに対する答えは、こうです。

 

だって、ヘラだし…。

 

現状判明してないだけかも知れないですけど、アンチ・ヘラニズムとかいう訳の分からん儀式開催されるレベルの女神よりは、ザルドのことがあった本編でも神々が名前を出すくらいには親しまれてた男神の方がマシかな~って思いました。

異論は認めます。

まあ、ゼウスもゼウスで色々やりたい放題やってたのは事実でしょうし。

どっちもどっちだと思います。

 

それはそれとして、就活がしんどいです。

誰も見たくないでしょうが、誰かに言わないとやってらんないんです。

就活めんどい、しんどい、やりたくない。

誰かに養われたいとは思わないですけど、もっと楽に就活終わらせたい。

もう辞めたい。早く終わりたい。

好きなこと考えて小説や絵を描いて、形にして好き勝手やりたい。

以上、クソくだらない作者の愚痴でした。

こうやって好きなことやってストレス解消しないとやってらんないよ、本当に。

 

次のページは、またまたIFルートです。

最近こうやってIFルート考えるのが楽しくて楽しくて。

もちろん、続きなんてものはない。

あったとしても、ただの蹂躙劇ですし。

無駄なもん書いてないで本編書けって思われるかも知れませんが、お許しください。

 


 

IFルート

もし、ヘスティアの魅了解除が失敗し、ベルとリューさんが都市から逃亡することになっていたら

 

ベルとリューは今現在、森の中を走っていた。

丸一日以上にもなるか、二人でオラリオから飛び出してから、ずっと走り続けていた。

なぜこうなってしまったのかというと、簡単な話だった。

ヘスティアの魅了解除が失敗してしまったのだ。

 

バベルの頂上に立ち、いざ魅了を解除しようとしたその瞬間に、妨害されてしまった。

この時ばかりはフレイヤの方が一枚上手だったと認めるしかない。

自身の甘さからヘスティアを送還させるような真似はせずとも、彼女を最大限警戒して監視の手を緩めることなく見張り続けていた。

その結果、ヘスティア達の秘策は失敗に終わった。

こうなった今でもベルのステイタスは変わらず残り続けていることから、送還はされていないだろうが、おそらく監禁はされている。

唯一無事だったアスフィも、フレイヤの手に堕ちてしまったと見て間違いない。

状況は最悪に最悪を重ねたような状態にまで陥っている。

 

それでも、ベルは絶望することなく即座に行動を起こした。

都市全土に広がったヘスティアのエンブレムが消えたことで魅了の失敗を悟ったベルは、即座に窓を破り地上にまで降りて、リューを回収して都市から脱出した。

モンスターから逃げ延びる時に用いる悪臭袋や煙幕、アスフィから借り受けた漆黒兜を使うことで、なんとかフレイヤ・ファミリアの本拠から退散出来た。

まあ、ベルが手段を選ばず周囲を壊しまくったから、というのが一番大きな理由だろう。

脱出するまでの経路にあった店や民家は大破しており、原型をとどめていない。

お陰で都市は大混乱だろうが、まあベルの知ったことではない。

悪いのは全部フレイヤだし。

唯一、フレイヤたちがベルを追う大義名分を与えてしまったことだけは失敗だったかも知れない。

とまあ、そういう反省も今は後回しだ。

今は何よりも先に、あの叔父たちの元に辿り着かねばならないのだから。

 

「ところでベル、どこに向かってるんですか?」

 

一緒に走っているリューは、スピードを落とすことなくベルに尋ねる。

絶望的な状況の中でも、揺るぎない瞳をするベルを信じて何も聞かずにここまで走ってきたが、それも限界だ。

獣人達の追跡を回避するために、自分たちの匂いが染み込んだ服の切れ端や悪臭を放つ獣の死骸などを放つ偽装工作をするため、一度ベルたちは立ち止まる。

周囲にそれらを放り投げながら、ベルは答える。

 

「アルヴ山脈の端の端、東の方にある小さな町だ。人口も少なく、特筆すべき点と言えば穏やかな気候と綺麗な空気位しかない」

 

「そんな町に逃げ込んで、どうするつもりですか?」

 

「そこに私の育て親がいる」

 

「あぁ、その人物たちに匿って貰おうと」

 

「……そうではないが、説明が面倒だ。あながち間違いでもないし、今はそれでいい」

 

どこか含みを持つベルのその言葉にリューは不思議そうな顔をする。

だが、ある程度の偽装工作を終えたベルは再び走り始める。

 

「この森を抜ければ、もう町が見えてくる。町に入れなくても、拓けた場所で爆音でも響かせれば私達の――――ッ、リュー!!」

 

町の話をしていたベルだったが、その途中でいきなりリューの手を引き、飛び退いた。

何事かと思ったが、先程までリューが立っていた位置に爆炎が広がったことで、すぐに状況を察した。

 

「ちッ、手間かけさせやがって…」

 

「やはりお前が来たか、アレン」

 

魔法を放ったと思われる他の団員たちを引き連れ、アレンが木々の奥から姿を表す。

まあ、当然と言えば当然だろう。

都市の全てはフレイヤの思いのまま。

常日頃なら敬遠される第一級冒険者の都市外への出向も止められることはない。

ベルは大きなため息を吐きながら、一歩前に踏み出る。

 

「いいか、リュー。この森を抜けたらその瞬間に、町に響くように大きな音を鳴らせ。どんな方法でもいいが、出来るだけ汚い雑音が好ましい。それを続けていると、町から灰色の髪をした美しい女か、顔に傷跡がある大男が出てくる。それを見つけた瞬間に私の名を出せ。見つけた瞬間にだ。そうすれば一瞬で意識を刈り取られることだけは防げる。その後はすぐに事情を話して、ここに戻ってきてくれ」

 

「ちょ、何を――――!?第一、足止めなら貴方より私のほうが適任です!」

 

「いつもの私ならそうだが、今は違う。今の私の方がお前より強い」

 

有無を言わせぬその言葉に、リューは黙らされる。

ランクアップしたてのリューと、レベル4最上位のステイタスを持つベルの肉体的強さはほぼ同等。

ならば、今はベルのほうが強い。

憧憬に同調した今のベルは、もう一つレベルが上がればアレンにすら勝てる可能性を秘めているのだから。

 

「いいから行け。そして、今言ったことを忠実に実行しろ。少しでも違えれば命はないと思え」

 

「戻るまで、倒れないでくださいよ」

 

「この程度の連中相手に、倒れられるか」

 

圧倒的不利な状況下でありながら、傲岸不遜に言い放つベル。

リューを心配させまいという強がりなのだろう。

それが分かるからこそ、リューの顔には大きな不安の色が現れる。

 

「話は終わったか?」

 

「律儀に待ってくれたのか?それとも、ただの間抜けか?」

 

「ちッ、つくづくお前は人の神経逆なでするな…」

 

「それはお互い様だろうが、糞猫」

 

ベルの皮肉に答えるアレン。

その応酬も、長続きはしない。

アレンは槍を構え、ベルも神のナイフにスキルを宿す。

鐘の音が鳴る中、その瞬間は訪れる。

 

「行けッ、リュー!!」

 

「逃がすなッ!!」

 

ベルの叫び声と、アレンの掛け声が交差する。

不甲斐ない自分を呪いながらも走り始めるリュー。

それを追うために駆け出すアレンたち。

迎撃するために前に出るベル。

両者が衝突するその直前だった。

 

眼前に迫る両者の間に、大木が降ってきた。

ベルもアレンも飛び退き、大きく距離を取る。

突然のことに、リューも思わず足を止めてしまった。

振り返り大木を見つめていたリューの背後から、その男は現れた。

 

「言いたいことは色々ある。こんな田舎の森で何やってんだとか、自分より弱いやつに多人数で襲いかかってみっともねえとか、本当に色々だ。だが、それよりも前に言いたいのは――――」

 

リューの隣を抜け、ベルを守るように前に出る。

その頼もしい背中を、ベルは誰よりも知っている。

 

「俺のガキに何してんだ、テメエら」

 

誰よりも強く優しい、大好きな叔父の背中を。

ベルは、誰よりも知っている。

 

突然現れた男を、アレンたちは警戒している。

そして、リューも驚きを隠せないのか目を開いて彼を観察している。

 

「顔に傷のある大男…。彼が、ベルの言っていた……?」

 

「そうです。僕の叔父です」

 

いつもの口調に戻ったベルは、叔父が現れたことで気が抜けたのか地面に座り込む。

安心しきって、大きく息を吐いた。

 

「ていうか、なんでこんな森の中にいるの?」

 

「アルフィアの機嫌が悪いからだよ。家にいればちょっとしたことで魔法撃ってきやがる。せめても機嫌取りにハーブやら菓子の材料やらを採りに森に入ってみりゃ、この有り様だ。で、あのチビ共は誰だ?」

 

「フレイヤ・ファミリアの幹部。と、その団員たち」

 

「あ?フレイヤ?なんでそんな連中に追われてるんだ?」

 

「惚れられた、告られた、フッた。以上」

 

「要するに、主神の腹いせに襲われたってことか?」

 

「違うよ。いくら僕でも、襲われた程度だったら叔父さん達の所にまで逃げてこないって。その程度なら自分たちでどうにかしてた」

 

「だろうな。まあ、その辺の話は後だ。すぐ片付けるから待ってろ」

 

更に一歩前に踏み出る彼に、アレンたちは更に警戒を強める。

この場にいる誰もが、彼の力量を推し量れないほどの弱者ではない。

オラリオでも一角の冒険者たちなのだから。

だからこそ分かる。

眼の前にいる人物は、強者だと。

 

「ベル、彼は……。」

 

「あ、リューさん。すいません、叔父さんが来たことに少し驚いちゃって。もう慌てて逃げる必要もないですし、大丈夫ですよ」

 

穏やかな口調でリューにそう言うベル。

その言葉の中に、叔父の敗北を疑う様子など存在しない。

 

「ほら、相手してやるからかかって来い」

 

手招きする仕草で挑発され、いの一番にアレンが襲いかかる。

都市最速の脚を使い、眼にも止まらぬ速さで突撃する。

 

「速さはそこそこだが、軽すぎるな」

 

「あ、一応言っとくけど、殺さないでね?」

 

「分かってるよ。ヘラの連中じゃあるまいし、そこまで野蛮じゃない」

 

だが、そんなもの彼には通用しない。

突撃に合わせ、踏み込み、アレンの頭を掴み、そのまま投げた。

投げ飛ばされたアレンは木々をへし折りながら飛んでいく。

その様子を見て、つまらなそうな顔をする叔父。

 

「幹部でもこの程度か…。この15年なにをやってたんだ?ま、今はどうでもいいか。おい、そこのエルフ。得物を寄越せ」

 

「リューさんが持ってるの、大剣じゃないけど大丈夫?」

 

「振れりゃ何でもいいさ。バロールでも叩っ斬るんならちゃんとしたのがいるが、こいつら程度なら十分だろ」

 

アルヴス・ルミナは壊れ、現在修理中なので手元にはない。

なので、今使っているのはヴェルフが作った間に合わせの直剣だ。

もちろん、並大抵の鍛冶師のそれとは比較にならないほどの出来栄えとなっている。

リューは一瞬迷ったが、ベルの目配せを受けて剣を投げ渡す。

それを受け取った彼は、軽く振りながら具合を確かめる。

 

「お、中々いいもん使ってるな」

 

「自慢の親友が作った剣なんだ。今度紹介するよ」

 

「そりゃ楽しみだ」

 

剣を見てそんな感想を溢しながらも、迫りくる攻撃の全てをいなす。

ベルと会話を続けながらも、傷一つ負うことなく圧倒し続ける。

 

「さてと、そろそろ終わせるか」

 

ほんの少しだけ本気を出し、纏う空気を一変させる。

そして、番うは炎獄の詠。

 

「【父神(ちち)よ、許せ、神々の晩餐をも平らげることを】」

 

その詠唱を聞いた瞬間、本能が最大限の警鐘を鳴らしたのか、先程以上の猛攻を仕掛けるアレンたち。

だが、そんなものが通用するほど、甘くはない。

 

「【貪れ、炎獄の舌】【喰らえ、灼熱の牙】」

 

炎が顕現する。

そして、それが剣に宿る。

本来は武器の延長しか出来ないこの魔法だが、ザルドには技がある。

 

「【レーア・アムブロシア】」

 

最後に紡がれた魔法名とともに、その一撃は放たれる。

周囲のすべてを飲み込み、それでも止まることなく伸びていく。

森を焼き、空すらも焼き焦がす。

一応アレンたちを殺さないよう手加減されているが、それでも今のベルには再現できないほどの高火力だ。

 

「――――只者ではないと思っていましたが、彼は何者ですか……?」

 

レベル6の冒険者すらも歯牙にかけないほどの実力を持つ彼を見て、リューは思わず呟く。

そして、ベルは誇らしげに答えるのだ。

 

「元ゼウス・ファミリア幹部にして、三大冒険者依頼(クエスト)の一角【陸の王者ベヒーモス】討伐の立役者」

 

「それって……」

 

「名前を、【暴喰】のザルド」

 

そう語るベルの瞳には、憧憬と誇らしさが宿っていた。

 

「現状世界で唯一のレベル8で、誰よりも頼もしい僕の叔父です」

 

その言葉とともに振り返ったザルドは、快活に笑った。

 

……………

…………

………

……

 

 

「はあっ!?フレイヤが都市全土を魅了した!?」

 

森を抜けて、町に行くまでの道中。

ベルはザルドに何があったのかを語った。

 

アレンたちはそのまま森に放置されている。

リューは意識がないうちに縛って連行しようとしたのだが、ザルドとベルに止められた。

 

『やめとけ。どんな事情があったのかは知らんが、ベルに手ェ出したんだ。連れ帰ったらアルフィア達が何するか分からんぞ』

『アレンさんたちが本当に殺されかねないので、このまま置いていきましょう。しばらくは目を覚まさないでしょうし、多分大丈夫ですよ』

 

とのこと。

リューは何がなんだか分かっていないが、二人の鬼気迫る表情を見て思わず頷いてしまった。

そして今、町に向かう道中。

ちなみに、ベルはザルドにおぶられている。

疲れてるだろうからという配慮と、子供に甘えてほしい親心からの行動だった。

エルフであるリューはもちろん普通に歩いている。

 

「お前に魅了が効かないってのも驚きだが、たった一人の為によくそこまでするな…。」

 

「その段階ではシルさん=フレイヤ様っていうのは分からなかったんだけど、神様だってことは分かってたから何かしらしてくるだろうとは思ってたんだ。でも、ここまでされるとは思わなかった…。ごめん、叔父さん」

 

「お前が謝ることじゃないさ。こんなの誰も予想出来ねえよ」

 

「彼の言う通りですよ、ベル。貴方がそこまで思い詰める必要はありません」

 

自分を責めるベルを慰める二人。

ここまで話して、ザルドはため息を吐きながら少し呆れるように呟く。

 

「にしても、愛が重い面倒な女、しかも美の女神を引っ掛けるとはな。お前もあのジジイの系譜ってことか…。」

 

「やめて。僕はお祖父ちゃん達みたいに奔放じゃないから。」

 

「俺だってそうだ。一緒にするな」

 

そして、今度は二人揃ってため息を吐く。

あの好々爺に悩まされるのは、誰も彼も一緒のようだ。

 

「それはそうと、今後のことなんだけど――――」

 

「分かってるよ。手を貸せってことだろ?」

 

「……うん。ピンチになった途端これで、情けないって分かってるんだ。でも――――」

 

「みなまで言うな。分かってるって言っただろ。そもそも、神の権能なんて反則技(チート)を使ったのは向こうが先だ。どうしようもない状況だってのも分かってる。そんな状況で、仲間を助けるために恥を忍んで俺達を頼ったお前の判断は正しい」

 

「目には目を、歯には歯を、反則技(チート)には反則技(チート)を、です。シルがやったことに比べれば、貴方がやることなんて可愛いものですよ」

 

同じ神々にすら窘められている外法を行ったのは向こうが先だ。

なら、ベルが自重する理由などどこにもない。

 

「ただ、いくつか問題があるんだよな…」

 

「問題?」

 

ザルドは頭を抱えながら、悩ましげな表情をしている。

そんな彼にリューは問いかける。

 

「ベルとしては、俺だけを連れて行って問題解決をすることが理想だろ?」

 

「うん」

 

「でも、それは無理だ。俺がいなくなったことを知ったアルフィアが全部察してオラリオに乗り込んでくる」

 

「だから、比較的話が通じるお義母さんも連れて行って、お祖母ちゃんに知られる前に片付ければ――――」

 

「ここで残念な知らせだ」

 

どこか青ざめた表情をしながら、ザルドは告げる。

 

「ジジイが捕まった」

 

「マジでっ!?」

 

ザルドの言葉に、見たこともないような驚き方をするベル。

彼らの会話内容が理解できずにはてなマークを浮かべるリューだったが、そんな彼女に気が付かないほど動揺しているのか、二人はそのまま話を続ける。

 

「この前、叔父さんの様子を見に来たって言ってたけど、その時に?」

 

「いや、その時は大丈夫だったんだ。アルフィアも、わざわざ協力するような真似はしないしな。ただ、逃亡しきれなくなって見つかったらしい。そのまま引き摺られて昨日の夜ここに来た」

 

「ついに捕まったんだ…。って、あれ?今ってまさか――――」

 

「そのまさかだ。この町にいるぞ、あの女神(おんな)

 

その言葉に、ベルの顔もどんどん青ざめていく。

 

「お陰で昨日から煩くてな…。」

 

「だからお義母さんの機嫌が悪いんだ…。」

 

「ああ。まったく、あのクソジジイ…。面倒なタイミングで捕まりやがって」

 

オラリオの現状以上にどうしようもない困難を前に、ベルは頭を抱える。

だが、ここでついにリューは疑問の声を上げた。

 

「あの、そろそろどういう訳なのか説明して頂きたいのですが…」

 

「あぁ~、そうだな。何も知らずにあれと出会すのはヤバいしな…。」

 

「叔父さん、言い方…。」

 

「事実そうだろ…。」

 

モンスターのことでも教えるかのような言い回しだが、事実階層主よりヤバいのが厄介な話だ。

 

「えっと…。俺とベルに血の繋がりがないのは話したな?」

 

「はい。父君と同じファミリアだったザルド殿と一緒に暮らしていたのでしょう?」

 

「僕の母は生まれてすぐに亡くなって、父も黒竜討伐の時に亡くなりました。だから、父母の記憶がない僕にとって両親とは叔父さんとお義母さんだったんです」

 

「それで、今問題になってるのが義母の方だ」

 

「義母…。ザルド殿の奥方ですか?」

 

「「違うっ!!」」

 

リューの言葉を、二人は先程以上に青ざめた表情と気迫で否定する。

ベルに至っては、深層に落ちた時以上に顔を青くしている。

まあ、二人の説明の仕方が悪いのが主な原因であるため、自業自得感は否めない。

 

「トチ狂っても本人の前で言うんじゃねえぞ!!殺されるからな!?」

 

「鐘の音が…、鐘の音が聞こえるッ!!」

 

「落ち着けベル、それは幻聴だ!!」

 

狂ったように頭を抑えながら叫ぶベル。

そして、それを必死に落ち着かせるザルド。

ここから落ち着くまでに、10分以上の時間がかかった。

 

後から詳しく聞いてみれば、昔同じようなことを言ってボコボコにされたらしい。

幼かったベルは、義母に自身をお義母さんと呼ぶように言い聞かせられ、同じようにザルドのことをお義父さんと呼んだらしい。

ザルドも最初のうちはそれを喜んだのだが、それを知った義母は『ザルドと夫婦になったみたいで気色悪い』との理由で、二人を殴った。

ついでに、近くで笑い転げていた祖父も殴り飛ばした。

それ以降、ザルドを義父と呼ぶのは禁句となったらしい。

当然、ザルドとその義母は恋人でも婚約者でも夫婦でもない。

ザルド曰く、「強いて言うなら叔父と姪の関係」らしい。

 

「随分デンジャラスな方ですねぇ…」

 

「そんな生易しいもんじゃねえぞ、あいつは。理不尽の権化だ」

 

実感を込めながら、ザルドは語った。

閑話休題。

 

「話をまとめると、ベルの父君はゼウス・ファミリアでしたが、母君は違う。ベルのお義母様は母君の姉君であり、ベルにとっては伯母にあたる。でも、若くして身籠った母君と双子である彼女は伯母と呼ばれるのを嫌い、“お義母さん”と呼ばせるようにした」

 

「それであってます。すいません、僕達の説明の仕方が悪かったですね」

 

「いえいえ、構いませんとも」

 

「問題なのがあいつの気質と所属ファミリア、その主神だ」

 

「えっと、ベルは父君と母君の主神をそれぞれ祖父母と呼んでいるから、お祖父様は神ゼウスで…。では、お祖母様は?」

 

その言葉に、二人は顔をしかめながら押し黙るが、やがて絞り出すように答える。

 

「……ヘラ」

 

「え?」

 

「僕の祖母で、義母の主神の名前は、ヘラです」

 

「……………。」

 

ベルの言葉に、今度はリューが押し黙ってしまう。

 

「あの、ベル、こんなこと言いたくはないのですが…………」

 

「なんですか…?」

 

「『婚姻魔除け(アンチ・ヘラニズム)』…。」

 

「それ以上言わないでくださいッ!!」

 

リューの言わんとしていることがわかり、ベルは叫ぶ。

分かるが、それを今言わないでほしい。

話がさらにややこしくなるから。

ちなみに、後で例の一件を知ったザルドの感想は「怖ぁ…、なにそれ…」だった。

 

「とにかく、ヘラとその眷属の気性の荒さについては有名だろ?」

 

「お二人が何を危ぶんでいたのか、ようやく分かりました…。」

 

ことの重大さをようやく理解したリューは、ため息を吐く。

気づけば、町にまでついていた。

恐ろしい彼女たちとの対面はもう近い。

 

「お前なら大丈夫だとは思うが、あいつらを怒らせるような真似はするなよ?ああなるぞ?」

 

「ああなるって…、なんです、あれ」

 

ザルドが指さす先には、町の広場で首から上だけを露出した状態で埋められている初老の男がいた。

その男のすぐ近くには血のついた鋸が落ちている。

男はザルドを見るなり顔を輝かせた。

 

「おぉ~い、ザルド~!助けてくれ~!」

 

「あれは鋸挽きっていう拷問兼処刑方法ですね。首を薄く切りつけて、その血をつけた鋸を近くに置いて、通行人達に一回か二回ずつ挽かせ、ゆっくりと死なせるものです。いつの間にか形骸化して、見世物や見せしめとしての側面が強くなり、ああやって晒すだけのものになったらしいですけど」

 

「なんじゃ、ベルもおるのか!?ザルド~、ベル~、助けてくれ~!」

 

「いや、そういう豆知識が聞きたかった訳ではないんですが……。ていうか、なんでそんなに詳しいんですか?」

 

「お祖母ちゃんと一緒に暮らしてれば、嫌でも知識がついてくるんですよ」

 

「ベル~、ザルド~、そこの可愛いエルフっ娘~、助けてくれ~!」

 

「知識だけじゃない。具体的なやり方やその後の経過まで詳しく見ることになる」

 

「無視せんで助けてくれ~!!」

 

男の助けを求める声を無視して話を続けていたが、ついに視線があってしまった。

男は無駄に目を輝かせながら助けを求める。

ザルドとベルは本日何度目になるか分からない大きなため息を吐いて、観念したように近づいていく。

 

「今度は何やったの、お祖父ちゃん。覗き?浮気?」

 

「それともセクハラか?ナンパか?」

 

「全部ッ!!」

 

「やっぱり自業自得じゃん…。」

 

「クソ面倒な時にクソ面倒な真似しやがって、このクソジジイが…。」

 

呆れ果てた二人は蔑んだような眼で彼を見つめる。

 

「ベル、もしかしなくてもこの方が……。」

 

「もしかしなくても、僕の祖父、神ゼウスです」

 

「あんまり近づきすぎるなよ、この状態でもセクハラしてくるぞ」

 

嫌そうに告げるベルと、リューに忠告するザルド。

 

「ところで、なんでベルまでここにおるんじゃ?まさか、儂を助けるために――!?」

 

「んなわけねえだろうが、クソジジイ。テメエのせいで話が面倒になってんだよ、少しは反省しろ」

 

「ホント、そろそろいい加減にしなよ。お祖母ちゃんの風評が悪いのって、半分以上お祖父ちゃんのせいだからね?お祖父ちゃんがまともにしてればお祖母ちゃんだって優しいままなんだし」

 

「いや、それは違うじゃろ」

 

「そういう面があるのも否めんが、そうではない面の割合の方が多いと思うぞ」

 

「えぇ~…。そうかなぁ?」

 

ベルの言葉を二人は否定するが、ヘラからべらぼうに甘やかされてるベルにはイマイチピンと来ていないようだ。

 

「で、なんでベルがここに?」

 

「あとで説明してやる。今はヘラたちの方を優先させた方がよさそうだしな」

 

「お祖父ちゃんの力も必要になってくるかも知れないから、悪いけど逃げ出さずにここにいてね」

 

「仕方ないのう…。ま、かわいい孫の頼みじゃ。しゃーなしやで?」

 

「ムカつく言い方すんな。ぶっ飛ばすぞ」

 

タイミングが悪いせいで、そうとう頭にきているザルドは辛辣に見下す。

さすがのゼウスも分が悪いと思ったのか、口笛を吹いて誤魔化し始める。

呆れ果てたザルドはため息を吐いて、歩き始める。

 

「ジジイは放っといて、行くぞ。これから更に頭の痛い思いをしなくちゃいけなくなる」

 

「そんなになんですか…?今も十分頭の痛い思いなんですが…」

 

ザルドを追うようにリューも歩き始める。

そして、完全に踵を返す直前に、その声は聞こえてきた。

 

「今度こそ喜劇は作れそうかのう?」

 

その言葉に、リューは思わず振り返る。

聞き逃がせない単語が含まれていたから。

だが、そこにいるのは先程と同じように口笛を吹いているゼウスだけ。

気の所為だと思い、今度こそ振り返ることなくザルドの後を追う。

それを見て、ゼウスはなにかに思いを馳せるように目を細める。

 

「お前さんの目指す喜劇までの道は、まだまだ長そうじゃな……。なあ、アルゴノゥト」

 

ゼウスのその言葉は、誰の耳に入ることなく風に吹かれ消えていった。

その真意を知るのは、本人だけだ。

 

……………

…………

………

……

 

そして、ついたのはザルドたちが暮らす家の前。

リューはここで、最後の忠告を受ける。

 

「さっきはあれだけ脅したが、基本的には普通にしとけば問題ない。説明も、ベルがすれば被害は最小限にすむ筈だしな。ただ、無駄に煩くするな。あいつは雑音が嫌いだ」

 

「雑音…。あぁ、だからあの時ベルは町にまで響くように大きな音を出せと…。」

 

「お前、そんなことやらせようとしてたのか?」

 

「それが一番手っ取り早いと思って…。」

 

「俺がいてよかったな、本当に。まあいいか。すんだことだ」

 

そうして思考を切り替えたザルドは覚悟を決めて、ドアノブを回す。

いつもだったら、こんなに緊張したりなどしない。

ヘラがいようと、いつものように過ごすだけなのだから。

だが、今はそういうわけにもいかない。

ベルの現状を知ったヘラが、どんな行動に出るか予想がつかない。

最悪の状況を常に想像しながら、ザルドたちは家に入っていく。

 

「ただいま、帰りました…」

 

リビング前にまでたどり着き、極力音を立てないようにそっとドアを開けるザルド。

開かれた先にいたのは、二人の美女だった。

その中のひとり、灰色髪の美女は瞳を閉じながらも苛立たしげに眉を吊り上げている。

 

「あのクソみたいな状況を私に押し付け、今までどこをほっつき歩いていた?」

 

「私から逃げ出そうとしたのか?いい度胸だな、クソガキ」

 

その声色と口調、言い回しを見聞きして、リューは思った。

(ブチギレた時のベルにそっくりですね…。)

ただ、その凶暴性はベルより二段階くらい上だと思われる。

 

「えっと、お義母さん、お祖母ちゃん…。その、ただいま…?」

 

「ベル…!」

 

「ベルゥ!」

 

ここにいるはずのないベルの声を聞いて、思わず目を見開くアルフィア。

喜び勇んでベルに飛びつき、撫で回すヘラ。

特にヘラなど、先程までの険しい態度が嘘だったかのように微笑んでいる。

 

「ああ、久しぶりだなぁ、可愛い可愛い我が孫よ。大きくなったな~」

 

「ちょ、お祖母ちゃん、苦しい…」

 

「おぉ、よしよし。おい、ガキ。さっさとベルに茶と菓子でも用意しろ」

 

「おい、待て。そもそもなぜベルがここにいる?ファミリアはどうした?あと、後ろのエルフの小娘は誰だ?」

 

アルフィアの言葉でようやくリューに気がついたのか、ヘラは初めてリューを見る。

その視線に思わず固まってしまうリューだが、次に飛び出た言葉は予想外のものだった。

 

「なんだ?妻を紹介するために来たのか?」

 

「「「……はぁ!?」」」

 

「あ?」

 

ヘラの口から飛び出たその言葉に、三人は呆気にとられる。

対照的に、アルフィアは殺気立った。

 

「ちょ、なんでそんな話になるの!?」

 

「違うのか?女を連れて親の元に来る理由など、それ以外にないと思うが。しかも、婚儀を司る女神(わたし)がいるタイミングで」

 

「ただの偶然だって!」

 

「おい、小娘。私の息子に手を出すとはいい度胸だな…?」

 

「ちょ、違いますって!!私とベルはそういう関係ではありません!!…………………………………今はまだ」

 

「…え?」

 

「よし、殺す」

 

「待て待て待て!!落ち着け!今はそれどころじゃねえ!!」

 

「そうだよっ!!オラリオが今大変なことになってるんだよ!!」

 

ベルの言葉に一度動きを止めたヘラとアルフィア。

訝しげな表情をする二人を見て、思わず緊張感が高まる。

 

「大変なこと…?なんだ?喧嘩でも売られたか?相手は誰だ?ロキか?フレイヤか?よし、この祖母に任せておけ。全員血祭りにあげてやろう」

 

「ベルがそんなことを頼むわけ――――」

 

「フレイヤ・ファミリア」

 

過激なことを言うヘラを煩わしそうに窘めようとするアルフィアだったが、その言葉はベルによって遮られる。

今度は二人が呆気にとられ、ベルを見つめる。

しかし、ベルの表情は真剣そのもの。

ことの深刻さを物語っている。

 

「女神フレイヤと、フレイヤ・ファミリアの暴走を止めたい。力を貸して」

 

「……何があった?」

 

そして、ベルの口から語られる、フレイヤによるオラリオ全土の魅了という前代未聞の事件。

 

フレイヤ・ファミリア崩壊のカウントダウンは、始まった。

 

 

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