眼の前に広がる惨状を見て、ヘディンは思い悩む。
考えていた全てが狂い始めたことに。
愛する女神を救うために、忠義を果たすために、適当なところで裏切りベルに手を貸すつもりだった。
そのために、都市全土が魅了されていた時から手を打っていた。
そうしないと、勝てないと思っていたから。
だが、現実はどうか。
先程の一撃で部隊は半壊。
そもそも、一度崩れてしまった以上、立て直すのは困難になるだろう。
敵はベルだけではない。
質はこちらが遥か上を行くとは言え、それでも無視できない程の量を向こうは備えているのだから。
治している最中に襲われ、負傷する。
あるいは治した直後に襲われ、負傷する。
完全に後手に回ってしまった。
こうなってしまえば、後はどちらが先に将を取るかで勝敗は決する。
ならば、自分はどう動くべきか……。
「おっと、いたいた」
瓦礫の上を通り、一人のエルフがやってくる。
金色の髪を靡かせた彼女を、彼は知っている。
「【疾風】…。」
「随分浮かない顔をしてますねぇ…。何かありましたか?」
歌うように軽口を叩く彼女を見て、眉間のシワが深まっていく。
見れば、周囲彼女のそばには【
彼女たちが自分たちの相手をするためにあてがわれたようだ。
当然ではあるが、エルフの天敵とも言える【
「ベルから言伝を預かってますが、聞きますか?」
「…言伝?」
「ええ、言伝です。彼の言葉を伝えるのが、私の役目ですから」
“ちなみに、彼の言葉を遺すのはティオナ殿の役目です”
どこか嬉しそうにそう告げる彼女を見て、怪訝そうに目を細める。
だが、それすらも彼女は笑い飛ばす。
「『お前の思惑など知らん。私を使って色々やりたかったようだが、全て知ったことか。私は私のやり方であの
思えば、あの愚兎は最初から不可解な存在だった。
常人であれば一日で音を上げるほどの試練を課しても、何とも思っていなかった。
ベルが憔悴していったのは、自分以外の全てが狂気に飲まれて何も信じられなかったからだ。
命の危機や試練の苦痛など、まるで苦痛だとも思っていなかった。
それよりも、どこか失望のようなものを感じていた。
それはきっと、ゼウスの意志を継いでいたからだろう。
あの最強達を知っていたからだろう。
どこでどのような関係だったのかは分からないが、彼は間違いなくゼウスの系譜だ。
ならば、今のあいつなら一人でもオッタルをも降すかもしれない。
それを可能だと思わせるだけの何かがある。
それはきっと、あの最強から受け継いだ何かだ。
(本当に、そうなのか…?)
ベルの言葉に嘘はない。
ベルの思いに嘘はない。
ならば、この考えに間違いはないはずだ。
だが、それでも何かが引っかかる。
もっと別の、もっと恐ろしい、神々すらも恐れるような、何かの気配を感じる。
それが何かは、分からない。
「さてと、ここからはベルの言葉でもありますが、私達の言葉でもあります。よく聞いて下さいね」
浮かべていた笑みを消すリュー。
そんな彼女の隣に立ち、睨みつけてくるヴェルフ。
彼女たちは声を揃えて、告げる。
「「『覚悟しろよ、小僧共』」」
怒りを宿し、彼らは武器を手に取る。
ジャガーノートとの戦いで壊れたが、ヴェルフの手によって生まれ変わったアルヴス・ルミナ―――悠久の星火の名を冠する“アルヴス・ウェスタ”を。
炎精霊の力に耐えられるように改良を施した大剣“無銘”を。
「俺達から親友を、英雄を奪っておいて腑抜けた事抜かすんじゃねえぞ」
「お前らの思惑など知ったことか。この場に来れなかった友の怒りも含め、報いはキッチリと受けてもらう」
二人の身体から炎が湧き、周囲を焼き焦がしていく。
「行くぞ、ウルス――!」
「燃やせ、ウルカヌス――!」
炎はやがて人形を象り、意志を持ってうねりを上げる。
その様子を見て、ヘディンはついに覚悟を決める。
「貴様らの怒りは尤もだろう。それは否定もしなければ貶しもしない。だが、私にも譲れないものはある。我が女神のため、その怒りは全て焼き殺す」
全てが終わったあと、彼女が少しでも責められないように。
女神を守るために、この怒りはここで全て引き受ける。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
アレン・フローメルは駆け出す。
全ての敵を轢き殺し、神々の花を散らすために。
彼にとって、こんな戦い全て茶番に過ぎないのだから。
先程の一撃は確かに強大だった。
だが、それだけだ。
オッタルに勝とうが、自分がヘスティアの花を奪ってしまえばベルたちは参戦資格を失う。
そうすれば、勝利は揺るがない。
「【ファイアボルト】」
駆け出したアレンの行く手を阻むように放たれた
一瞬土煙が舞い、視界を遮る。
それが晴れた先にいるのは、凶狼ベート・ローガ。
リューたちが会敵したのと同時に、彼らもまた相まみえていた。
「まさかテメエがここにいるとはな…。どういう風の吹き回しだ、駄犬」
「もう二度と英雄を奪わせないために決まってるだろうが、糞猫」
互いを罵りながら、睨み合いを続ける二人。
怒りと苛立ちを迸らせながら、緊張した時間だけが流れていく。
「前の時もそうだったが、何でテメエがあいつの魔法を使える?」
「あいつから貰った。理想と一緒にな」
「あ?」
フレイヤ・ファミリア幹部はベルのスキルを概ね知っているが、それでもベート達の持っている力は今も分かっていない。
エニュオとの決戦時、クロッゾ・ティオネ・ティオナ・ガレスの4名は大鐘楼の音と共に飛躍的なステイタス向上を見せた。
だが、あの時にいた他の者にそういった向上効果は見られなかったし、ベルのスキルにもそのような効果が記載されたものはなかった。
ならば、自分たちのスキルで向上させたと考えるのが自然だが、使用したタイミングがおかしすぎる。
そんな便利なものがあるのなら、最初から使っているはずだ。
故に、フレイヤはベルの行動を鍵として発動するタイプのスキルであると判断した。
しかし、これもおかしい。
何故、特定の一個人の行動を条件としたスキルが複数人に発現したのか。
何故、そんなスキルを発現するほど深いつながりを彼らが有しているのか。
いくら考えても、分からなかった。
「貰った?魔法を?馬鹿も休み休み言え」
「テメエらが信じるとは
「ハッ、何が絆だ。折角手に入れた便利な力を失うのが嫌なだけだろうが」
安い挑発だ。
だが、その挑発は彼にとっての逆鱗に触れた。
「舐めんなよ、クソチビが」
「んだと…」
「あいつが助かるなら、俺のステイタスなんぞいくらでもくれてやる。あいつのためなら、俺は命を捨ててやる」
その言葉には重みがある。
そして、言葉にならない思いがある。
『かつて、あいつがそうしてくれたように』
決して口にはしない、譲れない思い。
それを握りしめ、ベートは構える。
「一人で強がって、勝手に守った気になってるクソガキが。人を本当の意味で救うってことが、どういうものなのか知らねえくせにほざくな」
「…………。」
「御託は終いだ。来い、格の違いを教えてやる」
一人は隠すことをやめた英雄への思いを胸に、一人は隠し続けている彼女への思いを胸に。
それぞれが決して譲れないものを抱いて、激突する。
こうして、二人の獣人は相まみえる。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
四人の小人は前を向く。
女神への罪を抱えながら、彼女の願いを成就させるために。
眼の前の全てを打ち破ると心に決める。
「ヤッホー、小人ちゃん達!元気!?」
戦場に似合わない気の抜けた声が響く。
見るとそこには、アストレア・ファミリアの四名がいた。
アーディが改宗したことは発表されているため、驚きはない。
こうなってしまった今、彼女たち四人が自分たちの相手をすることも半ば予想できたため、驚きはない。
ただ一つ驚いた事があるとすれば、彼女たちがここにいることにだけだ。
「何のようだ、能天気女」
「何故ここにいる、アホ女」
「ダンジョン探索からも身を引き、都市防衛しかしてこなかった貴様らが」
「この前の戦いで調子に乗ったか?」
「辛辣ゥ!?」
「そりゃ、こんな場面で馬鹿みたいに騒いでたらこうもなるわ」
「少しは自重してくださいませ、団長殿」
「もうちょっと真面目にやろう、アリーゼ」
「こっちも辛辣ゥ!?」
敵だけでなく味方からも白い目を向けられるアリーゼ。
この明るさは彼女の長所ではあるが、もう少し場所を選んでほしい。
ヘスティア・ファミリアの古代三人組など、ブチギレていたのだから。
今も遠目で見る限り、かなり暴れてる。
最後に見た時、リューの眼が笑っていなかったのが一番怖かった。
ま、だからこそ、努めて明るく振る舞っているという面もあるのだろうが。
「仕方ないなぁ…。えっと、私達がここにいる理由?ベルくんを助けるため以外にあると思う?」
「なぜお前たちが助ける?」
「お前たちとベルに大した関わりなどないはずだ」
「ただの戦争“遊戯”だと思っているのか?」
「死ぬ可能性を考えなかったか?」
「そんな訳ないでしょ。死ぬ可能性なんて、いつも考えてる」
あの日、ジュラ・ハルマーの悪足掻きで産み出されたジャガーノートに仲間を殺されてから、毎日夢に見る。
また仲間を失う悪夢を。
仲間を失ったあの日のことを。
リューの機転によりなんとか自分たちは助かったが、あの日以降ダンジョンに行けなくなった。
また失ってしまうのではないかと思い、足が竦んでしまった。
でも、そんな自分たちを知っても、ベルは優しく微笑んでくれた。
彼のおかげで、また戦う決心がついた。
そして、クノッソスでは助けられた。
「死ぬのは怖い。仲間を失うのはもっと怖い。でもね、それ以上に私達は、ベルが笑えなくなるのが怖いのよ」
彼が眩しかった。
彼を守りたかった。
でも、自分たちは彼を傷つけてしまった。
魅了されていたから仕方ない、なんて言い訳したくない。
だからこそ、自分たちは今度こそ彼を守らなくちゃいけない。
「可愛い弟分のため、本気を出すのが姉ってものよ」
自分たちを慕ってくれる可愛い弟のため。
アリーゼたちは剣を取る。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
ベルはオッタルを前に悠然と構えている。
油断はしていない。
それでも、瓦礫の上から彼を見下している。
「たった一撃でこのザマか…。随分情けないな」
失望を多分に含んだその声色に、オッタルは無言で睨み返す。
だが、ベルはやはり失望した瞳で彼を見下す。
「俺が優しくて良かったな。どうせお前のことだ。何も知らなければ、一撃だけ甘んじるとでも言うつもりだったんだろ?本当に良かったなぁ、間抜けな姿を世界に広めずにすんで。愛する女神の顔に、泥を塗らなくて」
今のベルに、遠慮や敵への配慮、手心と言ったものを抱く余地はない。
甘んじて受け入れるのであれば、初手から大鐘楼を鳴らし、その上で残光を放ち全てを斬り捨てている。
オッタルが獣化と魔法を重ねがけしようと、最大火力を放てばその上から打ち破ることは出来る。
それが出来ると、ベルは確信している。
「…ここで俺に負けるとは考えなかったか?」
「驚いた。お前は戦う時、勝つ事以外を考えるのか?」
「……愚問だったな」
その会話が、最後だった。
開始の合図などない。
ただ、双方が同じ瞬間に武器を抜き、斬りかかる。
「来い、クソガキ。お前の全てを余すことなく喰らってやる」
「言葉は不要。ここからは闘争だ」
大剣をぶつけ合うベルとオッタル。
レベルブーストは常時的に付与されているため、今のレベルは6。
一方、オッタルも最初から本気を出す。
「【
最初から魔法を詠唱始める。
今回ばかりは、魔法無効化を付与し阻害することは出来ない。
そんな暇はないし、一度防いだところでその一瞬のスキに倒せなければ意味がない。
「【ヒルディス・ヴィーニ】ッ!!」
「【ファイアボルト】」
魔法が完成したその瞬間。
一番隙が出来るそのタイミングを狙い、ベルは炎雷を放つ。
オッタルの顔にめがけて放たれたその一発は命中するものの、大したダメージは与えられない。
しかし、それも想定内。
「――――ッフ!!」
炎雷が弾け、一瞬視界が奪われる。
オッタルはそれでも目標を見失わず、刃を振るう。
だが、そこにベルはいなかった。
大剣だけをその場に残し、オッタルの下に潜り込んでいた。
二秒間の蓄積をした蹴りを顎にめがけて繰り出す。
最初の蹴りは見事ヒットした。
そのまま連撃を喰らわせようとするが、無理だった。
二撃目で足を掴まれ、投げ飛ばされる。
しかし、ベルはすぐさま着地し、投げ捨てた煌月を拾い上げる。
「今のは、ゼウスの技ではないな。【
「ああ、私の英雄直伝の足技だ。付け焼き刃だがな」
軽口を叩きながらも、冷静にオッタルを見つめるベル。
先程の魔法も、足技も、大したダメージにはなっていない。
流石の防御力と言うべきか。
攻撃の全てが上手く受け流されている。
現状の戦力差を冷静に見れば、まだまだオッタルに分がある。
純粋なステイタスは魔力だけが辛うじて勝負出来るかというレベルで惨敗。
レベルブーストをしてもそれは同じ。
だが、今のベルには英雄たちがいる。
【
補正を受けている今現在なら、魔力と敏捷だけなら上回ることが出来る。
贅沢を言うなら、全員が欲しい。
残光の威力に直結する
その全てが欲しい。
残光の完成度ではオッタルより上だが、それ以外の戦闘経験や駆け引きは未だに劣る以上、それ以外のもので補うしかないのだから。
一方、オッタルもオッタルで厳しい。
魔法により強化したが、それでもベルに対し決定打を打てるとは思えないから。
オッタルの基本的な戦闘スタイルは、防御に重きをおいている。
もちろん、レベル7に相応しく攻撃も超一流だが、どちらが得意かと問われれば防御だ。
故に、ベルを沈める攻撃手段がない。
残光を今のベルを相手に使っても躱されかねない。
逃げて、躱すことだけはベルの骨身に染み付いた本能とでも言うべき長所。
一撃でも当てればオッタルの勝ちだろうが、その一撃が果てしなく遠い。
無論、獣化を使えば話は別だが、あれは体力と精神力の消耗が激しい。
逃げ続けられればまずい。
ここぞという時の切り札として使用しなければ、負けるのはオッタルだ。
「長い戦いになりそうだ…。」
「ああ、そうだな。だが、そうなれば勝つのは俺だ」
このままだと千日手に縺れ込む他ないが、そうなれば負けるのはベルだ。
レベルが低く、体力面でも遅れを取るベルの方が、先に限界を迎えるのは自明の理。
ベルもそれは分かっている。
だからこそ、ベルは待ち続けている。
この均衡を崩す、その一手を。
それまでは、これを続けるしかない。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
神の鏡に映されるベルとオッタルの戦い。
それをアイズたちは固唾を呑んで見守っている。
力になれない自分が呪わしい。
何も出来ない自分が恨めしい。
彼を一人にしないために剣を取ったのに、彼のために戦えない今が嫌で仕方ない。
「落ち着きなさい、アイズ。手、痛めるわよ」
その声にハッとして手を見ると、握りしめた拳の内からうっすら血が滲んでいた。
じんわりと広がってくる痛みに手を抑えていると、ティオナが包帯を巻いてくれる。
「もう、私達に出来ることは何もないわ。ベルを信じて、見届けるしかないの」
ティオナの声には、アイズと同じ感情が含まれていた。
何も出来ない自分を呪い、不甲斐ない自分を恨んでいる。
それでも、必死に堪えてベルを信じ続けている。
「打てる手は打った。後は、それが上手くいくよう祈るだけ」
「……首尾はどうでしたか?」
「分からん。ただ、私達はベルの言葉と一緒に思ったことを言っただけだ」
静かに語るティオネの瞳は、三千年前の後悔を浮かべている。
「別にあの猫がどうなろうがどうでもいい。ただ、かつてのティオナのような苦しみを抱える者は、もう見たくない」
それはきっと、彼女の嘘偽りのない本音。
英雄に救われた彼女が、今度は誰かを救う番になった証だった。
それはつい開戦の合図が響く1時間前。
ティオナとティオネはロキとともにとある酒場を訪れていた。
豊穣の女主人。
フレイヤ/シルが働いていた酒場だ。
「と、いう訳やし、参戦してくれへん?ミア母ちゃん」
「…………。」
元フレイヤ・ファミリア団長である彼女がいれば、ベル達も勝利に近づくと判断し、説得に来たのだ。
そして、それ以外の従業員たちも。
「ベルにはどっちでもいいって言われたけど、戦力はあるに越したことはないし。出来れば参戦してほしいんだけど、その様子だと断りそうね…。」
淡々と語るティオナを前に、黙りこくるミア。
その様子を見て、彼女は大きなため息を吐く。
「ベルから貴女の大体の性格と、過去を聞いた。ついでに、フレイヤとシルを含めたあなた達の関係も。母と娘のような関係だと」
「…………。」
「だからこそ、貴女は葛藤している。彼女の本心を、ただ恋を願う少女としての彼女を知っているからこそ、裏切れない」
「……ちょっと待ちな。なんであの坊主がそれを知ってる」
聴き逃がせない単語があった。
自分や現派閥幹部たちのような彼女に近しく、それでいて彼女の内心を探るような真似をする人物でないと知らないことを、彼女は語る。
ベルから聞いたと、言うのだ。
「娘が間違ったのなら、説教するのも親の努めでしょうに…。そもそも、背中を押してくれたって言ってたわよ?今更でしょ?」
「答えな。なぜあの坊主がそれを知ってる?」
「ベルも聞いたらしいわ。ベル自身が気づいた点もあったんでしょうけど」
「聞いたって…、誰に!?」
「婚儀と貞淑を司る、横暴極まりない女神に」
「………は?」
その言葉で思い起こされるのは、あの女神。
かつてフレイヤ・ファミリアから多くの眷属を奪い、フレイヤをオラリオに縛り付けた恐怖の象徴。
彼女こそが、今ティオナが語った婚儀と貞淑を司る女神だ。
「昔会ったそうよ。初対面で眼球抉られそうになったってらしいけど」
「ちょ、待て待て待て!!なんでヘラがあのガキと会うなんてことに――――」
「ベルがゼウスの系譜だから」
ティオナが語ったことを理解しきれず、固まってしまう。
それでも必死に頭を回し、言葉を紡ごうとする。
「ま、そんなことはどうでもいいんだけど。今はフレイヤの話よ」
「どうでもよくないやろ!?」
「どうでもいいでしょ、今は。終わった後に話してあげるから黙ってて」
有無を言わせないティオナの語り口に、ロキは色々言いたいことはあるものの黙り込んでしまう。
今それを言えば、彼女の邪魔をすることになるから。
「その時、ヘラが言ってたらしいわよ」
当時のヘラの口調をそっくりそのまま語るティオナ。
ベルから聞いたものを、そのまま口にする。
『オラリオに行くなら気をつけろ。馬鹿な神々が大勢いる。中でも一番馬鹿なのは、フレイヤだ。神でありながら自らの本質や本心すらも理解しきれてない大馬鹿だ』
『恋と愛を超えた先にある婚儀を司る女神として言うが、あれほど哀れで醜い女神もそういない』
『愛を司っているくせに、身を焦がす恋を願っているのだから』
幼いベルはその意味が分からず首を傾げる。
『お前には少し難しいか。そうだな…。お前、義母は好きか?』
もちろんだと、ベルは頷く。
『なら、義母と結婚したいか?』
ベルは全力で首を横に振る。
あれと結婚などしたら、終わってしまう。
『今お前の抱いている感情は少し違うかもしれんが、まあそういうことだ。一般的に愛とは、恋を超えた先にある全く別のものだ』
『自らの思いをぶつけるだけのものが恋、自分よりも他者を思うのが愛』
『恋が愛に比べて劣っている訳ではない。種類の問題だ。恋でしか得られないものも多いにある』
『そして、あの馬鹿はそれを欲し続けている』
『だから、在り方が醜悪なのだ。自らの献身を是とする愛を自他問わず振り撒くくせに、その自覚がない。そして、自分が何を欲しているかも分かっていない』
『こう考えると、難儀なものだ。もし仮にあれの恋が成就し、その相手が思いを受け入れた瞬間、それは愛に変わり、奴が欲した恋ではなくなる』
『奴の恋は、悲恋が前提となっているのだから』
『神として、大人しく司る事物に甘んじていればいいものを』
最後、ヘラは吐き捨てるようにそう言った。
それはきっと、馬鹿な女神への憐憫だったのだろう。
「この後は他の神々への悪口を続けて、最終的にゼウスへの愚痴が始まったらしいわよ」
「ちなみに、うちのことはなんて言うてたか聞いた?」
「『手癖と酒癖が悪いゴミ。男か女かも分からないくらい貧相な身体つきをしてる。そのくせ面食いで女にセクハラしまくるゴミクズ』」
「あのクソアマァぁぁぁ――――!!」
ここにいないヘラに対し憤慨するロキを置いて、ティオナはミアに向き直り、話を続ける。
「ベルも似たようなことを言ってた。あの女神を本当に助けたいのなら、恋を終わらせなくてはいけない。そして、現実を突き付けなくてはいけない。そうしないと、本当に壊れる」
「その確証は?あの坊主やヘラが好き勝手言ってただけじゃないのかい?」
「本気で言ってるの?貴女がそれを分からないわけないでしょう?」
願いが叶わないことを最悪の形で突き付けられたあの女神がどうなるのかは、想像に難くない。
そして、そのことをあの女神の本心に誰よりも近づいたミアが気づかないわけがない。
「それと、次にあなた!いつまで膝抱えて泣きじゃくってるつもり?」
次にティオナはアーニャの方を向き、叱咤する。
いつまでも過去に怯え、眼の前の全てに見て見ぬ振りをする彼女を奮い立たせる。
「にゃ、ニャーは…。」
「家族同然に思ってた相手に拒絶されたとか、兄に捨てられたとか、そんな理由でいつまで泣きじゃくってるの?」
「そんな理由って――――!」
「あんたらに何が――――」
「誰も見捨てられてないでしょうッ!!」
激昂しようとするクロエとルノアを、ティオナはさらなる激昂で黙らせる。
「あの女神は強がってここでの全ては嘘だったって言ってるみたいだけど、そんな訳ないでしょ。たとえ始まりがどれだけ醜いものだったとしても、あなた達は何年もこの店で一緒に過ごしてきたんでしょう?家族として!」
「「――――」」
「始まりが嘘でも、長い時間を共に過ごせばそれだけでその思いは本物になる。長い時の全てを嘘で塗り固めるなんて、いくら神でも出来るわけ無いでしょ」
たとえ血が繋がってなくても、人は思いさえあれば家族になれる。
それをベルは知っている。
それをオルナは知っている。
それを教えてくれる、大切な家族がいるのだから。
「本心が聞きたいなら、ぶん殴って全部吐かせなさい」
クロエとルノアは押し黙る。
彼女を言い負かすだけの言葉を、持っていないから。
そして、ここまで黙っていたティオネはようやく口を開く。
「それと、お前が兄に捨てられたというのも多分違う」
その言葉に、アーニャは勢いよく顔を上げる。
戸惑いと、ほんの少しの期待を込めた瞳で、ティオネを見つめる。
「なん、で…。ニャーは…、兄様は、あの時……」
「大方、強くなるのに邪魔だとか、そんなことを言われたんだろうが、あの手の男は本当に邪魔なら殺してる。少し前のベートや、かつての私と同じようにな」
実感の込もった言葉だった。
誰であろうと軽々に否定できない程の重みが、そこにはある。
「じゃあ、なんで、兄様は――――」
「お前を守りたかったんだろう。そのために…、危険から遠ざけるために突き放し、この酒場という『楽園』に閉じ込めた」
わざわざ『楽園』という言葉を使ったその言い回しに、ティオナは眉をひそめる。
ティオネの方をジッと見つめるが、彼女を止めるような真似はしない。
今の彼女もきっと、アルと同じだから。
自分と同じ後悔を他者にさせないために、今足掻いているのだ。
「かつて私も似たような真似をした。妹を楽園に閉じ込め、守り抜こうとした。そのためには、何でもした。
ティオネは深く息を吐き、天井を見上げる。
「だが、それは間違っているとアルに教えられた。そんな真似を続けたところで、結局は自己満足でしかなかった。あの醜悪な楽園では、妹はただの一度たりとも心の底から笑うことが出来なかったのだから」
ティオネはまっすぐとアーニャを見つめる。
まっすぐな瞳で、彼女を諭す。
「あの兄に教えてやれ。妹は自分勝手な思いで守られるほど弱くないということを」
「フレイヤに教えてやれ。自分という家族が確かにいるのだということを。ここで過ごした日々は、決して嘘なんかじゃなかったということを」
ティオネはその言葉を最後に、椅子から立ち上がり背を向ける。
語るべきことを全て語った彼女は、もうここにいる意味はない。
「私達から言うことはもうない。この後どうするかは自分たちで決めろ。帰るぞ、ティオナ、ロキ」
「ええ」
「ちょ、ティオナ!?ティオネ!?」
一切後ろ髪引かれる様子などなく、二人は扉へと向かっていく。
そんな二人を、ロキは慌てて追っていく。
だが、ティオナは扉を潜る前に一回だけ振り返る。
伝え忘れていた、彼女からの言葉を伝えるために。
「ああ、そうだ。忘れるところだった。もう一人からの言伝よ」
『ごめんね、みんな』
短いメッセージだった。
それが誰からのものなのかも、ティオナは伝えることなく出ていってしまった。
だが、それが誰からのものなのか、ミアには痛いくらい分かってしまった。
「あの……、バカ娘共が……」
苛立ちを落ち着かせるように、拳を机に押し当てる。
下を向いて大きく息を吐く。
再び見えたその瞳には、今度こそ迷いはなかった。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
ティオネとティオナは他の神々と一緒に観戦するロキと別れて、本拠に帰っていた。
その途中、とある路地のそばで歩みを止めた。
「伝言、確かに伝えたわよ」
「………ありがとう、ございます…。」
路地には影が深く差し込み、その人物の顔は見えない。
ティオナも、決して視線を合わせることはない。
会話をするつもりもない。
だから、ティオナ達もすぐに歩き去ろうとする。
「ベルは…、勝てるでしょうか……?」
彼女は、思わずといった様子でそう溢した。
その質問の答えは、ティオナたちにとって決まっている。
「勝つに決まってるだろう」
「ベルは私達の――――」
それに続く言葉を、彼女は知っている。
彼と深く繋がっているティオナたちに隠しきれない嫉妬を抱いてしまう。
でも、違った。
「――――そして、あなた達の英雄なんだから」
その言葉に、彼女は目を見開きティオナを見る。
ティオナたちはもういなかった。
だが、ティオナが残した言葉は深く彼女の心に残り続けている。
「………頑張って、ベル」
静かな祈りを込めて、彼女は呟いた。
あとがき
派閥大戦結構書くのが難しいですね。
でも、後もうちょっとです。
頑張っていきたいと思います。