「それで?あなた方は一体いつまでこんな無益なことを続けるつもりですか?」
二人の妖精と相対するリューは、静かに問いかける。
怒りは依然変わりなくそこにある。
だがそれでも彼女は幾分かの冷静さを取り戻していた。
状況的にはリュー達が不利だ。
本来なら三対ニの状況で戦うはずだったが、椿がヘイズの相手に掛りきりになってしまっている。
相手は回復特化のヒーラーだ。
継戦能力に長けており、レベル差があろうと簡単には倒しきれない。
それに、それ以外の魔法部隊の相手も彼女に任せてしまっている。
この戦場が辛うじて拮抗できているのは、椿の奮闘あってのものに違いない。
しかし、だからといってリューたちがヘディンたちを相手に圧倒できているかと聞かれれば、それも違う。
むしろ、押されている方だ。
体中傷まみれ。
血が見えない場所を探すほうが難しいくらい、彼女たちは満身創痍。
ヘディンとヘグニも決して無傷ではないが、それでもリューたちより傷は少ない。
「今になって時間稼ぎか?」
「そんなつまらない真似するほど追い込まれてませんが?ま、ただの雑談です。妙にやる気のない相手と戦うのも飽きてきましたし」
「…………。」
「……ヘディン?」
リューの言葉に何も答えず黙り込むヘディンと、そんな彼を訝しむヘグニ。
喧騒にまみれた戦場で、この場だけ切り離されたように静寂が訪れる。
「俺としちゃ、フレイヤには恨みしかねえ。どんな理由があろうが許すつもりもねえ。それでも、こんな真似しでかすまで自分自身を追い詰めたその心境やら境遇やらには、ある程度同情する」
「勝手に女神を憐れんで勝手に同情するな。理解できるほどあのお方を知りもしないくせに…!」
「知らねえからこそ言ってんだよ。あの女の現状はベルから聞いた。深入りするつもりもねえから話半分にしか聞かなかったが、そんな俺でもある程度は知った気になって同情するんだ。ずっと近くで見てきたテメエらが、追い込まれる寸前まで気づかなかったとは言わせねえぞ」
「どうせ、高貴だ崇拝だ何だかんだと言って、見て見ぬ振りでもしてたのでしょう?あるいは、心配することすら烏滸がましいとでも思いましたか?」
リューはくだらないと言わんばかりにそう吐き捨てる。
三千年前から変わらない大嫌いなエルフの慣習。
自分を高貴だ何だと言うくせに、自らが敬愛する存在には妄信的になる。
その人物に理想を押し付け、内面を知ろうともしない。
「でも、あなただけは少し違ってましたね。あなただけは彼女の現状と内心を正しく把握し、箱庭を打開するためにベルにできる限りのことを教え込もうとした。時には彼の背を押し、奮い立たせた。ベルもあなたのことは高く評価していましたよ?15年の停滞を除けば、一番
その精神性が、あるいはその在り方が。
オッタルに次いで、彼らに近い。
それはフレイヤ・ファミリアの中で一番長くベルと共にいたからこその評価だった。
ヘディンがベルを理解しているように、ベルもヘディンを理解している。
「ヘディン・セルランド。そんなあなたが、今為すべきことはなんですか?」
その質問に、ヘディンは答えない。
ただ黙って、まっすぐ何かを見据えるだけ。
その質問の答えを、探し続けるだけだった。
「おぉい、ヴェル吉っ!!喋っとる暇があるならこっちを手伝わんか!!」
「あぁ?もう限界なのかよ?もっと頑張れよ」
「喧しいわ!!こっちに敵の大半押し付けとるじゃろうが!!大体、この狂信者共の相手は疲れる!!」
「ならばさっさと消えろ!女神の威光を穢す不浄の手先共が!」
「お主も喧しい!黙って戦え!!」
椿の方から怒号が飛んでくるが、ヴェルフは呑気に眺めるだけ。
手を貸す気はないようだ。
「おぉ、やってんな~」
「手伝えと言っとろうが!!」
「おいおい、レベル4の俺に何言ってんだ?頑張ってくれよ、レベル5」
「都合の良い時だけ格下振るな!レベル詐欺師が!」
精霊込みだとレベル5に近い実力を発揮できるヴェルフに、単純なレベルは指標にならない。
それを知っている椿は元気に抗議の声を上げるが、それでも満身創痍。
彼女も限界が近い。
ベルの一撃でだいぶ削れたとは言え、彼我の戦力差は依然変わらずそこにある。
その状況で戦線を維持できている今が奇跡のようなものなのだから。
「どうする、リュー」
「どうもこうもないでしょう?ベルが動くまで、戦い続けるだけです。元々、今の私達が勝とうと思って勝てる相手ではありませんし」
それがいつになるかは分からないが、その時まで戦い続けるしかない。
諦念のような感情を抱きながら、リューは再び剣を構える。
彼らをブチのめすには、ベルの大鐘楼を待つしかないのだから。
ただ一途にベルを信じて、戦い続けるのだ。
「……………。」
そんな二人を、どこか眩しいものを見るような眼で見つめるヘディン。
ベルを信じる彼らを見て、彼が何を思ったかは定かではない。
それでもたった一つの決意を抱いたことは、確かだった。
愛する女神を救うためには、ただ負ければいいわけではない。
彼女の築き上げた全てを打ち負かさなければいけない。
ベル・クラネルという一人の男が、正面から真っ直ぐ彼女と相対しなければいけない。
そのためには、彼女を守る最強の盾を、ベル自身が打ち倒す必要がある。
一緒に戦うつもりだった。
力を貸すつもりだった。
でも、その必要はなくなった。
あの男は、たった一人でもオッタルに勝つだろう。
ならばきっと、自分に出来ることはたった一つだ。
(その戦いの膳立てくらいは、してやろう…。)
それがきっと、彼の師になりきれなかった自分の、最後の役目だ。
空を見上げる。
そこにはベルの髪色によく似た白い雲が浮かんでいた。
ここまで来ても、ヘディンは気づかない。
自分がベルに向ける感情が、リューたちがベルに向けるそれに酷似したものであるということに。
様々な思いが揺らめきながら、戦いは激化していく。
決着の時は近い。
ベルは眼前に迫る攻撃を躱しながら、自らの無力を嘆く。
この程度の相手にすら、苦戦してしまう自分自身に怒りを抱いて。
全ては過程だ。
最後の厄災を乗り越えていくための、道程に過ぎない。
「………だというのに、このザマか」
あの義母ならば、例えレベル5の時であったとしてもオッタルくらい容易く打倒している。
あの伯父ならば、例えレベル5の時であったとしてももっと善戦している。
あの日の義母への誓いがありながら、このような無様を晒す自分が、憎くて仕方ない。
今のベルではオッタルを相手に一人で勝つことは出来ない。
春姫の魔法と、複数の【道化行進】があって初めて拮抗できる程度の実力しかない。
ああ、なんと嘆かわしいことか。
自らの非力が呪わしくて仕方ない。
「……いや、違う。例えそうだとしても、俺は――――」
それでも、ベルは戦う。
非力を恥じる彼は、それでも最強の名を背負っているのだから。
負けられない理由が、そこにはあるのだから。
勝てるだけの土壌はある。
その手段も、そこまでの道筋も、ちゃんと見えている。
あとはそのタイミングだけ。
小細工など使わずに真っ向からオッタルを打ち倒せればいいのだが、そうもいかない。
だからこそ、ベルは待ち続ける。
戦場全体が揺らぐ、そのタイミングを。
そして、その瞬間は訪れる。
「邪魔するよ」
地面を踏みしめ、轟音を響かせながら現れたのは、一人のドワーフ。
手には斧と見紛うほど巨大な鋼鉄のスコップ。
戦場には不似合いな白いエプロンを身にまとい、彼女は現れた。
「ミア…。」
「………。」
並の冒険者なら圧倒されるほどの風格を身にまとった豊穣の女主人を前にしても、彼らは怯まない。
切り合っていたが、状況や可能性を整理するために一度互いに距離を取る。
互いが互いを見つめる緊張した空気が流れる。
「坊主はともかく、アンタも驚かないね、猪坊主」
「お前も、来るとは思っていた」
静かに流れるその会話。
それを見たベルはどこか呆れたようにため息を吐きながら、剣を肩に構えながら彼女を見つめる。
「何しに来たんだ、お前」
「アンタがそれを言うかい?ロキやあの娘どもを遣わしたのはアンタだろ?」
「俺は思ったことと聞いたことを伝えただけだ。それをどうするかまでは知らん」
「アンタ…、全く…。そういうところはホントにゼウスの系譜だね」
「知るか。で、何しに来たんだ?」
ベルと並び立つように歩みを進めながら、ミアは武器を構える。
そこには確かな決意と戦意があった。
「そこの猪坊主に吠え面かかせるために決まってるだろ?ほら、いくよ。合わせな、坊主」
「それは別に構わんが…」
ベルは余裕が出てきたことで一度戦場全体を見渡す。
見れば、他の従業員たちも加わり戦況が揺らいでいる。
詳しいことはリリに任せるしかないが、状況は少なからず好転しているだろう。
ルール上彼女たちがどういう扱いを受けるのかは分からないが、まあなるようになるしかない。
少なくともフレイヤ・ファミリアのミアは問題ないはずだ。
「坊主、いつでも発動できるように魔法無効化の準備だけはしときな」
「…は?」
戦場を見渡していると、隣からそんな声が聞こえてきた。
ベルは意味が分からず疑念の声を上げるが、再度戦況を見渡したことでその意味を悟る。
あらゆる戦場の最後方。
そこにいる一人の少女。
「ああ、そういうことか」
彼女のそれがどれだけの威力で、どれだけの効果範囲で、どんな効果を持っているかは分からない。
一般的な魔法の効果範囲を考えるなら、ここまで届くことは絶対にないはずだ。
それでもミアは最悪のケースを想定して、ベルにそう言ったのだ。
だが、その想定とは違った意味合いで、ベルにとっての好機が生まれた。
ここだ、ここで決めに行く。
「5分…いや、3分でいい。足止めしろ」
「はぁ!?」
「任せたからな」
「ちょ、アンタいきなり何を――――」
「そうすれば勝てる。じゃ、頼んだ」
「だから――――」
「行かせるとでも?」
この場から離れようとするベルをめがけて、オッタルの攻撃が飛んでくる。
飛び跳ねるようにそれを回避しながらも、二人は話を続ける。
「おい、ちゃんと足止めしろ」
「こっちの想定と違った動きするんじゃないよ!!急に言われて対応できるはずないだろ!?」
「急に参戦してる分際でほざくな」
「アンタ…、ホントに!!そういうところだからね、アンタらゼウス共は!!」
攻撃を続けながらも、二人は口喧嘩を始めてしまう。
「俺達が煙たがられてたのは主にジジイのせいだろうが!変な濡れ衣着せんな!!」
「アンタら全員鬱陶しがられてたよ!!その上から目線のせいでね!!」
「お前らが弱いのが悪い!!大体、お前らフレイヤ・ファミリアも似たような真似してるだろうが!!大して進歩してないクソザコナメクジの分際で!!」
「誰がクソザコナメクジだ!?それに、アタシは“元”だ、“元”!!半年前まで泣きべそかいてた小僧がほざくんじゃないよ!!」
「その小僧に負けかかってるコイツラを見てから言え!!こいつがザルド並みに強かったら今頃終わってるからな!?後進すらも満足に育ててないくせに隠居すんな!!」
「おい、お前らいい加減に――――」
「「そもそもの原因はお前だろうが、クソガキ!!」」
二人は先程までいがみ合っていたくせに、今度は息を揃えてオッタルに罵倒を浴びせる。
心做しか、攻撃の手も強くなっている気がする。
「お前があのバカ娘を止めれなかったのが事の発端だろう!!」
「団員の統制すらも出来ずなにが団長だ!!笑わせるな!!お前がそんなザマだからエレボスが動いたんだろうが!!」
「向き不向きの問題じゃないんだよ!アンタに足んないのは自覚と責任!それがないから誰もついてこないんだよ!」
「主神の暴走すら止めれずに何がファミリアだ!?」
「頭が足んないのは分かりきってんだろ!?だったら人一倍使おうとする努力くらいしろ!!」
「脳みそが詰まってないのか!?筋肉でも詰まってるのか!?」
「アンタのは寡黙じゃなくて言葉足らずなだけだよ!!背中で語るのがカッコいいのは、他者を納得させるだけの風格と実績を持った男だけだ!!ちったあ喋れ!!」
「フレイヤ・ファミリアからクソバカ・ファミリアに改名しろ!!」
「アホ!!」
「バカ!!」
「脳筋!!」
「単細胞!!」
最早、最後の方はただの悪口だ。
酷い言い草である。
「【ヒルディス・ヴィーニ】ッ!!」
「「逆ギレすんな、クソガキ!!」」
これには流石のオッタルもキレて魔法を使ってまで残光を放ってくるが、二人はそれを躱して追撃する。
ここに来てようやく当初の目的を思い出したのか、ベルはこの場から離れようとする。
「ったく…。おい、足止めくらいしっかりやれ!」
「だから無茶言うんじゃないよ!時間稼ぎならともかく、アンタを追わせないように足止めすんのは厳しい!」
引退しブランクのあるレベル6でしかないミアと、現役レベル7のオッタルでは地力が違う。
ベルも、無理を言っている自覚はある。
だが、それでもやってもらうしかない。
ベルはこの場から脱出しようと走り出す。
だが、当然それを許すオッタルではない。
すぐさまそれを追いかける。
ミアも、ベルとオッタルの間に入り、足止めしようとする。
しかし、一瞬の攻防の後に、ミアは跳ね飛ばされる。
戦線離脱するほどのダメージではないが、それでもオッタルの追撃を邪魔する者は消えてしまった。
「チィッ――――!」
ベルは勢いを翻し、オッタルから向き合う。
大剣を構え、応戦しようとする。
ミアと戦場の様子を見ながら、勝利までの道筋を再度検索し直す。
最善は変わらない。
ここから離れることが、やはり最善だ。
だが、それは出来そうにない。
次善の策を模索しながらも、ベルはオッタルと刃をぶつけ合う――――はずだった。
目前に迫ったオッタルの前に、雷槍が落ちてきた。
雷が広がり、視界が奪われる。
そして、その音に紛れて鐘の音が響く。
(ありがとう)
その雷槍を放った彼に向け、ベルは心のなかで礼を言う。
白光を纏うその脚で大地を踏みしめる。
そして約2秒の蓄積を解き放ち、ベルは跳んだ。
ベルは高く飛び上がり、戦場を駆ける。
目標の人物たちがいる場所は分かった。
それを目指して、ただひたすらに走り続ける。
「【それは遥か彼方の静穏の夢】」
詠唱を口に、魔法を発動する。
義母と同じ魔法無効化の付与魔法。
その付与対象数はレベルに依存しており、レベルブーストを施された今なら自身を含めて最大6。
戦場の様子は先程飛び上がった時にだいたい把握できた。
誰に付与するべきかの判断も、大体出来た。
戦場を駆け抜ける。
道中出会すフレイヤ・ファミリアなどは容易く斬り捨てる。
そして、最初に訪れたのは正義の乙女たちと四人の小人が相まみえる戦場。
「お前―――」
「ベル!」
「「なぜここに!?」」
「邪魔だ、チビ共――――“魔剣”よ!」
頭上から現れたベルに驚くブリンガルに対し、ベルは容赦なく煌月を振るい、炎の斬撃を放つ。
その一撃すらも英雄運命で強化され、残光となり襲いかかる。
もちろん、それだけで倒されるほど彼らは弱くない。
だが、一瞬の隙を作ることは出来た。
「ちょ、ベル!?なんで――――」
「輝夜!アリーゼ!手を伸ばせ!」
「――――そういうことか!アリーゼ!」
「分かったわ!」
ベルの意図を素早く察した輝夜はすぐに手を伸ばす。
アリーゼもそれに続き手を伸ばし、その手が触れ合う。
その瞬間、ベルから魔法無効化が付与される。
使い所を間違えればデバフになりかねないこの魔法を付与され、魔法という武器を使えなくなった輝夜もアリーゼも一段階攻撃力が落ちてしまう。
それを見越したベルは、さらに追加の一撃を放つ。
「
攻撃範囲を拡張されたその一撃が四戦士全員を飲み込む。
視界のすべてを奪った。
身動きも出来ない。
だが、ベルを逃すまいという執念だけで彼らは炎撃を突破し襲い来る。
ベルもそれに合わせ迎撃するため構えようとする。
その寸前で、2つの影が割り込み彼らを押し留める。
「行って、ベルくん!!」
「行け、ウサギ!」
「ありがとう、アーディ、ライラ!」
足止めされる小人たちには目もくれず、ベルは次の戦場に足を運ぶ。
……………
…………
………
……
…
「それで良かったのか、ヘディン」
「驚いた。もう愚者を装うのは辞めたのか?」
オッタルに向け雷槍を放ったヘディンに対し、ヘグニは驚くほど落ち着いた声色で尋ねた。
もっと取り乱すと思っていた。
もっと怒鳴られて殴りつけられると思っていた。
だが、そうはならなかった。
「何となくそうするだろうなって思っただけだよ。あんな様子を見せられたらね…。」
「そうか…。」
戦場とは思えないほど静かな空気が流れる。
何を話すべきかは分かっているが、その口は重く声が出てこない。
「これで、あの御方は救われるのかな…?」
「分からん。だが、こうするしかない。俺達ではあの彼女は救えない。女神に救われた俺達では、愛されてしまった俺達では、どうすることも出来ない。あいつを信じて託すだけだ」
きっと、誰も彼も分かっていたことだ。
フレイヤを救えるのはベルしかいない。
ただ、その事実を誰も認めたくないから、目を逸らし続けているだけで。
でも、もう無理だ。
リューやヴェルフにあそこまで言われれば、もう目を背けることなど出来はしない。
「信じる…か。ハハッ、ヘディンの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ」
「黙れ。自分でもらしくないことくらい分かってる」
「いや、そんなことないさ。お前は、昔っからそういう奴だよ。ただ、それを表に出さないだけで」
「フンッ……」
不愉快そうに鼻を鳴らすヘディンを見て、ヘグニはまた愉快そうに笑う。
少し照れくさかったのか、ヘディンは立ち上がり歩みだす。
真っ直ぐ前を見ると、そこにはベルが走っていた。
「私達はここで負ける。どんな過程を辿ろうと、あの愚兎はオッタルを降す」
「ああ、そうだろうね」
「とはいえ、このまま黙って負けるのも癪だ。付き合え、ヘグニ」
「ああ、もちろん」
未来への憂慮は変わらずそこにある。
だがそれでも、二人はベルを信じて前を向く。
新たな最強の誕生を祝うように、派手な祝砲を打ち上げるため。
……………
…………
………
……
…
ベルが訪れた次の戦場は、狂信者たちが溢れる魔法部隊。
回復担当もいるせいで戦況は混沌としているが、それでも魔法を渡したい肝心の人物たちは落ち着いて周囲を見渡していた。
「ヴェルフ、リュー」
「はいは~い」
「おう」
ハイタッチでもするかのように気軽に手を伸ばす二人。
向こうの戦場の様子が見えていたのだろう。
来ると分かりきっていたような反応だ。
「そろそろまともに動けよ」
「失礼な。ちゃんと戦ってますよ?」
「そうだそうだ。この傷が見えないのか~」
「分かった分かった。ちゃんと全員ぶっ飛ばせよ?」
足を止めることなく、傲岸に、不遜に、傲慢に、高圧的に、彼は告げる。
振り返ることもなく、彼はそのまま走り去っていく。
彼らもまた、振り返ることなくそれに答える。
こちらに歩み寄ってくるぶっ飛ばすべき相手を見据えながら。
「「もちろん!」」
英雄に応えるため、彼らは構えた。
「クソがっ、あの愚図が――――っ!!」
激情を燃やしながらも疾駆する一匹の獣。
彼に襲いかかる無数の悪状。
妹の来訪と、造反とも取れるヘディンの行動、女神を脅かす冒険者、そして何より眼の前にいる狼と彼が心に宿す英雄。
それら全てが憎く、煩わしく、疎ましい。
「結局、お前は守った気になってただけなんだよ」
憎悪の炎を抱く彼に、相対するベートは冷たく告げる。
「お前だけじゃねえ。テメエら全員だ。守りたい?傷つけたくない?笑わせんな。そいつが傷つく姿を見たくないっていうテメエらのエゴだろうが」
守りたいというその思いは正しい。
傷つけたくないというその思いは美しい。
だが、その思いは歪だ。
その思いだけを抱えてしまえば、必ず壊れる。
国と民を思うが故に壊れたあの賢王のように。
「そいつが何を願っているのか、そいつが何を望んでいるのか。それすらも見ようとせず、フザケたこと抜かしてんじゃねえよ!」
「うるっせえ!!」
アレンの猛攻と彼の部下の攻撃。
それらを全て受け止めているベートは満身創痍。
だが、彼に限って言えばそれでいい。
それら全てを力に変える術を、持っているのだから。
苛立ちを隠しきれないアレンは止まらない。
冷静さもかなぐり捨てて、今すぐ妹を打ちのめしたかった。
もう二度と立ち上がれないように。
もう二度と武器を手に取れないように。
もう二度と、戦わなくていいように。
歪な愛を抱える彼は、憎悪を燃やして駆け出そうとする。
そんな彼に、その歌声は聞こえてきた。
「【灰の空、消えた家、降るは黒、廃墟の雨、首なき瞳、尋ねし
その声に、その歌に、アレンは思わず数瞬止まってしまう。
だが、状況をすぐに理解した彼は動き出す。
「テメエら、そいつを足止め――――」
「バカか、させるわけないだろうが」
「「【ファイア・ボルト】」」
だが、背後から現れたその人物によって、その全ては破却される。
数多の斬撃が、彼の部下に襲いかかる。
そしてそれと同時に、二つの炎雷がアレンに放たれる。
「【なりや、なりや?貴様は仔猫、迷子の車輪、私は涙、嗚咽の
その間にも、歌声は止まらず続いていく。
「ベート!」
「ああ!」
ベートは飛んでくる彼の手を掴む。
魔法無効化が付与される。
そして勢いそのままに、彼らは互いを軸にそのまま回転する。
「【家を問う。答えはなく。
ずっとずっと、歌声は止まらない。
「「“魔剣”よ――――!!」」
ベルは手に持った大剣を、ベートは腰元から取り出した短剣を。
掛け声とともに勢いよく振るう。
二つの魔剣から放たれた豪炎は、アレンの部下たちを飲み込んでいく。
これでもう間に合わなくなった。
「【どうか私を置いていかないで】――――【レミスト・フェリス】」
そして、その魔法は完成した。
それは全員が察した。
「災害音痴が来るニャアアアアア!!」
「全員耳塞げぇえええ!!」
彼女の護衛役の二人は叫んだ。
それで大体の効果を察したベルとベートは耳をふさぐ。
「【ニャアアアアアアアアアアアアアアンッ】!!」
そして放たれる災害レベルの大音量。
ここにあの義母がいれば真っ先に始末されるレベルの怪音波だ。
つくづくこの戦争にあの二人を連れてこなくて良かったと、ベルは思った。
魔法をかけて、耳を塞いでも少し貫通してくる。
自分の魔法がオリジナルに比べて多少効果が劣っているというのもあるだろうが、それでも防ぎきれないこの雑音に若干の感嘆を覚えた。
「まだ耳鳴りがする…。どれだけのクソ音量だ」
「俺達はマシな方だろ?見ろ、連合の連中で何人か腰を抜かしそうになった奴もいる」
「俺は獣人だからな。聴覚もそれなりだ」
「だろうな」
「だが、よくあの魔法を防ぎきれたな?」
「それはそうだろう。この魔法の源流は、静寂を愛したあの人だからな。元々雑音を排斥するためのものなんだよ、これは」
ほとんど影響がないベルたちとは対照的に、それ以外の面々はかなり深刻だ。
基本アビリティだけでなく、発展アビリティ、魔法、果てはスキル効果まで低下させられている。
アリーゼたちを見れば一番顕著だ。
魔法無効化が付与され、まったく問題ないアリーゼと輝夜を、アーディとライラが若干恨めしそうに見ている。
「それはそうと、これを防ぐためだけにここまで戻ってきたのか?」
「ここが一番、ベストなタイミングだからな」
そう言いながら、ベルはベートに拳を突き出す。
それに応えるように、ベートは自分の拳をぶつける。
「どうせお前のことだ。真っ向からあの糞猫に打ち勝つんだろう?」
「当たり前だ」
「ああ、当たり前だな。だから俺も、真っ向からあのクソガキを打ち破ってやる。そのためにも、力を貸せ」
その言葉に、ベートは満面の笑みを浮かべる。
誰よりも頼もしい彼の言葉に、心が踊る。
ベルはポーチから拡声器を取り出す。
オッタルの戦いで壊れてないか不安だったが、多分大丈夫だ。
それを口元に当て、思いを口にする。
『ヴェルフ、リュー。聞こえてるな?これが最後だ。全身全霊を持って、叩き潰すぞ』
その言葉に、二人は笑みを浮かべる。
大好きな彼の言葉に、心が踊る。
そして、彼らだけではない。
『レフィーヤ、ティオナ、ティオネ、ガレス、アイズ。聞こえるな?さっきの魔法で耳がイカれて聞こえてないかもしれんが、無理やり聞け』
ここにはいない彼女たちに向けて、語りかける。
『状況は最悪だ。あの猪は愚図で怠惰で馬鹿で阿呆で、この15年を無駄にしたような、どうしようもないゴミクズだが、それでも現最強だ。半年程度で挑むのは流石に無謀だった。俺一人では勝てそうにない。だから――――』
弱音とも取れる言葉。
今のベルらしからぬ発言。
それに戸惑う間もなく、彼女たちが一番欲しかった一言が届く。
『一緒に戦ってくれ』
その一言だけで、彼女たちには十分だった。
【
本来なら同じ戦争に従事するか近くにいなければ発動できない。
だが、逆に言えばどんなに離れていようとも、共にあれば発動できるのだ。
ベルだったら簡単にその条件を突破できる。
思いと熱気が最大限に高まったこの現状で一言、言えばいいのだ。
“一緒に戦ってくれ”と。
ただそれだけで、彼女たちには十分だ。
自らが愛する英雄、自らを愛してくれる英雄。
彼の言葉に応えないなど、あり得ない。
応えないわけには、いかないのだから。
『『『『『「「「応ッ!!」」」』』』』』
彼らの言葉が届く。
どんなに離れていても、思いとともにその効果は届く。
これでベルの全ては強化される。
敏捷・魔力・スキル効果だけでなく、力も耐久も器用も魔法効果も攻撃力すらも。
彼女たちの思いの分だけ、大幅に強化される。
そして、ベルは自分自身のスキルを発動させる。
【
自身を愛してくれる英雄――――
レフィーヤ・ウィリディス
ティオナ・ヒュリテ
ティオネ・ヒュリテ
ガレス・ランドロック
ベート・ローガ
ヴェルフ・クロッゾ
リュー・リオン
アイズ・ヴァレンシュタイン
それだけではない。
偉大な背中を見せてくれた、愛する家族。
ゼウス・ファミリアのザルド。
そして、あの日美しくも呪わしい決意を抱かせてくれた義母。
その全員への思いを胸に、大鐘楼を打ち鳴らす。
そして、その鐘の音に応えて、三人の英雄もまた昇華する。
自らのスキルで、階位すらも飛び越えていく。
「これで最後だ。決着をつけるぞ」
鳴り響く大鐘楼を背に、英雄は戦場を駆け抜ける。
あとがき
というわけで、派閥大戦ラストパートです。
次で終わります。
それまでもう少しお付き合いください。
前回の行進から一ヶ月以上経ってましたね。
ちょっと天国と煉獄と地獄をあっち行ったりこっち行ったりして忙しかったんです。
あと、書くのが難しくて筆重かったり。
下書き更新のボタン押すの忘れて、一晩掛けて書いたデータが吹っ飛んだり。
色々あったんです。
ごめんなさい。
以上、あとがきでした。