オッタルに向かっていったベルを見送った後、ベートは起き上がってくるアレンを見据える。
気づけばアレンの妹はベートの横に立ち、槍を構えて戦おうとしている。
だが、アーニャはおかしいことに気がついた。
自身の
効果があれば、赤い魔力光が体を覆うはずなのに、アレンの身体にはそれが見られなかった。
アレンの部下である、他の獣人たちには確かにあるのに。
「兄様…、何でニャ!?」
「
「……え?」
先ほど、アレンを足止めするために二人が放った炎雷。
頭部を狙って放たれたそれは彼の耳に直撃し、その爆風と衝撃で彼の耳を傷つけた。
他の種族より優れた獣人の聴覚は敏感で繊細。
そして、逆に痛みやすい。
そこを狙い、一時的に彼の聴覚を奪ったのだ。
彼女の魔法がどんな効力を持っているのか、周囲やアレンの反応を見れば大体察しがついた。
最前線にいたベルが警戒してわざわざ戻ってくるような魔法だ。
効果範囲や出力も想定できる。
その想定より多少上回っていたのは、素直に驚いた。
だからこそ、ベートは聴力を奪ったのだ。
「そ、そんニャ…。攻撃が裏目に……?」
「裏目?そんな訳あるか。わざとだ」
「わざと!?なんでそんな真似――――」
「全力の奴を叩き潰すために決まってるだろう?」
不遜に言い放つベートを、どこか恐ろしいものを見るような目で見つめるアーニャ。
一方で、ベートはアレンたちを冷静に見据える。
ファイアボルトで奪われた聴覚は回復薬で元に戻っているはずだ。
元々少ない傷も治ってしまっている。
丁度いいハンデだろう。
「さてと、戦いが途切れたところで談笑でもするか?話題は、なぜお前はそこまで落ちぶれたのかについて」
「あぁ!?」
どこかの道化を彷彿とさせるその口調に、アレンは怒りの声を上げる。
だが、ベートは構うことなく話を続ける。
「リューやアルと違って敵を煽るのは不得手でな。結論から先に言わせてもらおう。お前が、一番重要なものを手放したからだ」
「……手放してなんか、ねえ!俺にとっての――――」
「お前のくだらん言い訳なんぞ聞きたくもない。おい、妹。次はお前だ。お前は何をするために
「何って――――」
「兄を見返すために来たのか?それとも、女神に復讐するために来たのか?どっちだ?」
「ち、違う……。」
「ハッキリ喋れ」
「ミャ、ミャーは、ミャーはシルを助けるために来たんだニャ!!」
敵を煽るのは不得手でも、仲間を焚きつけるのは得意な男だ。
ベートに導かれて、アーニャは思いの全てをぶちまける。
「たとえそれが嘘から始まったとしても、ミャーにとってシルは家族なんだニャ!!ミャーを助けてくれた大切な家族なんだニャ!!兄様は怖い!!シルに突き放されるのは怖い!!でも、シルが泣き続けるようなことになるのは、もっと嫌だニャ!!」
「…………。」
「兄様とも家族に戻りたい!!シルとも家族に戻りたい!!全部全部、救って、前みたいに笑い合いたい!!」
叫び続けた彼女は肩で息をする。
喉を酷使する魔法を使った後に更に思いっきり叫び、痛くて血反吐が出そうになる。
それでも、彼女は決意を持った眼で兄を睨み続ける。
その叫びを聞いたベートは、にやりと笑う。
その叫びを聞いたアレンは、怒りを噛みしめる。
「ティオネとティオナがうまいこと焚き付けたみたいだな。上々だ。それだけ覚悟を持っているのであれば、文句ない」
「……?」
「おい、妹。名前は?」
「え?」
「名前は?」
いきなり名を聞かれ戸惑うが、それでもアーニャは応える。
兄と同じ、フローメルの名を。
「あ、アーニャ・フローメル」
「そうか。では、アーニャ。今ここで、私はお前を誇り高き獣人の戦士として認めよう」
それはベートからの最大限の賛辞だった。
最も、それを受け取った本人は意味が分からず首を傾げている。
ベートはそれでも笑いながら、前に踏み出て戦いの意を示す。
「家族を思い、仲間を思い、それらを救わんと武器を手に取ったお前は紛れもない戦士だ。守るものすらも放り捨てたそこの糞猫とは違ってな」
「知ったような口を利くな!!テメエに何がわかる!?」
「分かるさ。私達はよく似ている。鏡に写った自分自身のように。同じように全てを失いながらも、守りたいものがある。だが、唯一違うのは、私だけ理想を知っている」
アーニャに並ぶよう目配せをする。
意図を悟った彼女はベートに並び、槍を構える。
「かつて、私達と同じようにすべてを失いながらも、守るべき妹と一緒に抗い続けている男がいた。その男は、誰よりもその妹を慈しみ笑顔を与えた」
その男は英雄に憧れた。
平和な世界を願い続けた。
「苦難はあった。それでも、その兄妹は笑顔を絶やすことなく抗い続け、多くの人々を救った。互いを思い、守ろうとし、守るべきものを見つめ続け、戦い続けたその二人は誰よりも強かった!!」
地面を踏み鳴らし、ベートは高らかに謳う。
誰よりも強い、英雄を。
「その男こそが真なる英雄!その兄妹こそが在るべき人の姿だ!守るものを知った時、人は強くなれる!誰かのために己を賭した時、人は英雄になれる!!」
英雄讃歌は続く。
「私はそんな英雄になりたい。かつてはなれはしないなどと泣き言を言ったこともあったが、今は違う。俺はなって見せる!あの男のような、真の英雄に!」
彼は英雄と称える。
彼は道化を称える。
彼は友を称える。
誰よりも強く、優しい彼に憧れ、今も手を伸ばし続ける。
「我が名は“ベート・ローガ”!誇り高き真なる英雄の友にして戦士!いくぞ!守るべきものを知る強さを貴様に教えてやる!」
そして、高らかに彼の思いを叫ぶ。
『さあ、喜劇を始めてやろう!!』
……………
…………
………
……
…
その言葉を合図に、ベートとアレンは互いに一歩前に出る。
小細工をするつもりはない。
ただ、二人は互いが気に食わない。
ただ、二人は互いを認められない。
ただ、二人は互いを真正面から叩き潰したかった。
【戒められし
【
【癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】
【
【傷を牙に
【解き放たれ縛鎖、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】
【その
【金の車輪、銀の首輪】
【憎悪の愛、骸の幻想、宿命はここに】
【消えろ
【栄光の鞭、寵愛の唇、代償はここに。回れ
【天の彼方、車輪の
【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】
互いが真正面から詠唱をする。
二人はほぼ同時に詠唱を終えた。
同時にその魔法名を告げる。
「【ハティ】!!」
「【グラリネーゼ・フローメル】――――!!」
そして、全てを置き去りにする最速の座をかけた戦いは幕を開ける。
たった今、自身の静穏によって阻害され消えてしまった春姫の魔法が新たに付与された。
彼女の精神力を考えればこれが最後。
今ですら、無茶をさせてしまっているだろう。
ベルは駆け抜ける。
ベートによって強化された敏捷を持って、戦場を突き抜けていく。
迷いはなく、躊躇いもない。
そして、そのまま一息にオッタルの元にまで迫り、斬りつける。
「これが最後だ。全力で来い、クソガキ!!」
その言葉とともに、オッタルもここが最後の正念場だと悟り、温存しておいた切り札を切る。
“獣化”。
獣人族にとっての奥の手であり、自身を一段階上の強さにまで引き上げるスキル。
今の彼はレベル8並。
かつての頂天たるゼウス・ファミリアに並ぶほどにまでなった。
「ヌゥアアアアアアッ!!」
雄叫びを上げながら、オッタルはベルと斬り結ぶ。
そして、ベルも負けじと力の限り攻撃を加えていく。
「―――阿呆が」
「ヌゥッ!?」
オッタルに一つ誤算があるとすれば、それはベルもオッタルと同様に超強化されているということ。
そして、ベルの残光の練度はオッタルよりも上を行く。
今のベルは先程までとは違い、スキルによる蓄積という過程を踏む必要もないくらい攻撃力とステイタスが強化されている。
だからこそ、すべての斬撃が残光に至る。
「――――!!」
雄叫びは挙げない。
ただ、鐘の音だけは鳴り続けている。
彼の高まり続ける戦意を鼓舞するように。
彼の思いの全てを代弁するように。
「アアアアアアアアッ!!」
「チッ!!」
もちろん、オッタルもただで斬られ続けるわけもない。
残光を連発できるようになったとは言え、それでも軽い斬撃では今のオッタルに傷を与えることは出来ない。
手ひどい反撃を受けてしまう。
それでも、ベルは怯むことなく、斬り結ぶ。
どれだけ傷が増えても、どれだけ斬られたとしても、ティオナがくれた耐久のお陰で戦い続けることが出来る。
ガレスがくれた力のお陰で、オッタルに負けないでいられる。
ティオネがくれた器用は残光の精度を高めてくれる。
「【ファイアボルト】!」
リューがくれた魔力と、レフィーヤがくれた魔法効果増幅のおかげで、貧弱な火力しかない魔法が大砲級になる。
そして、すべてのスキル効果をヴェルフが高めてくれ、すべての攻撃をアイズが強化してくれる。
皆がくれたすべてと、己自身を賭して、ベルはオッタルに挑んでいるのだ。
本当であれば、ここまでの強化は得られなかった。
いくらベルがレベル5、擬似的にレベル6になろうと、オッタルと斬り結ぶことは不可能。
道化の行進がいくら集おうとも、オッタルに敵うはずはなかった。
だが、あの魅了事件が起きてしまった。
魅了され、すべてを忘れさせられ、失ってしまった。
だが、それでもベルのことを魂の叫びで掴み取り、その涙を拭うことが出来た。
切り離された絆は、再び紡がれた。
一度折れた骨が、太く頑丈になって治るように。
彼らの絆、彼らの思いもまた強くなった。
レベル差なんてものを、埋めてしまうほどに。
だからこそ、ベルは勝てると断じた。
自らの英雄を信じ、戦うことを決めた。
オッタルの獣化も相まって、二人の差はレベル一つ分。
ならば、その程度は根性で埋める。
スキルなんてものがなかったとしても、彼らへの思いがベルを強くするのだから。
伯父の技術を持って。
義母の冷徹さを持って。
オッタルを、倒すのだ。
そして、その時は訪れる。
五分間の蓄積。
距離を十分にとって、この一撃を放つ。
魔剣と魔法、二つの炎にスキルの光を乗せて。
英雄の一撃を、超えていく。
「――――【哭け、聖鐘楼】」
覚悟を固めた口からこぼれたのは、義母の魔法の言葉。
そして、すべてをくれた英雄と、あの日手を取ってくれたヘスティアへの思いを込めて。
その一撃は遂に放たれる。
「
すべてを斬り捨てるという大いなる意思のもと、放たれたその一撃。
最強から盗み取った残光ではなく、最強から受け継いだ斬光を以て。
煌月は燃え尽きた。
ヴェルフには悪いことをしたと思いながら、今は柄だけになったその大剣を握りしめる。
縦に振るわれたその一撃は、全てを斬った。
オッタルも、オッタルが守る神殿も、全て。
ただ、玉座に座るフレイヤの直前で消失し、彼女への道を作った。
ドサリと倒れるオッタルを見下す。
もう意識はない。
何の感情もない瞳で、彼を見つめる。
「確かに喰らったぞ、お前の全て」
賛美を送り、ベルはフレイヤの元に歩き始める。
崩れ落ちた神殿の先。
眼前に在るべき階段もなく、足場もなく、抉られ晒された玉座の前。
そこに立ち尽くすフレイヤの前に、ベルは降り立った。
護衛はいない。
先程の一撃で全て吹き飛んだ。
仮にいたとしても、意味はない。
今のベルは、正真正銘都市最強の冒険者なのだから。
今の彼に敵う存在など、この都市に存在しない。
「ベル――――」
フレイヤは微笑んだ。
未だ逃れ得ぬ女神の軛が彼女を突き動かした。
今あるすべてを否定するため、本能のように魅了が溢れ出る。
だが、そんなものベルには通用しない。
他の誰に通じたとしても、ベルには通用しない。
ただ冷たく、ただ無感情に。
つまらなそうに彼女を一瞥した後、振り返り崩れた神殿の淵に腰を下ろす。
眼前には今も尚戦火が広がっていた。
猫と狼のデッドヒートが繰り広げられている。
妖精と精霊が入り乱れ火花を散らしている。
正義の乙女と小人の戦士が斬り結んでいる。
それらを見つめながら、ベルはただ無言で座っているだけ。
「なにを、しているの……?」
「終わるのを待つ。今お前の花を手折ったところで、不完全燃焼に終わるだけだ。来たる黒竜との戦いのためにも、この禍根は遺すべきではない」
“どうせお前には何も出来ない”
“お前のことなどどうでもいい”
フレイヤにはそう言っているように聞こえた。
彼女に見ようともしないその在り方に、彼女は限界を迎えた。
微笑みは罅割れ、肩が震える。
「……どうして?」
石の床に転がる一言。
聞こえているはずなのに、ベルは身じろぎ一つ起こさない。
「――――どうして!?どうして貴方は私のものになってくれないの!?」
遂にフレイヤの言葉は悲鳴に変わった。
髪を溢し、振り乱しながら癇癪を起こした子どものように、叫びだす。
「私は、フレイヤよ!?美も、富も、栄光も、力も!全てを与えられるというのに、何で貴女は私の“愛”を拒むの!?黒竜を倒したいんでしょう!?家族を奪ったあの竜を殺したいんでしょう!?だったら、私の手を取ればいい!そのための力を与えてあげる!」
傲岸な女王のように。
思い通りにならない騎士を呪う魔女のように。
英雄に剣を向けられた魔物のように。
何も手に出来なかった彼女は、それでも持てる自身の名と権能に縋るしかない。
浅ましくも醜い、弱さを曝け出すしかない。
本当の心を、曝け出すしかない。
ここで初めて、ベルは振り返り彼女を見据えた。
しかし、そこにあった瞳に優しさなど欠片もない。
怒りを携え、彼女を睨みつける。
「言ったはずだ。図に乗るなよ、小娘。貴様に与えられる程度のもので、あの竜が殺せるか」
フレイヤがどれだけ憐憫を誘う姿を見せようとも、ベルは揺るがない。
白き光は、今もベルの魂の奥で輝いているのだから。
フレイヤなどよりも余程傲岸で、不遜で、高慢で、それでいて強く美しい白き女王が、いるのだから。
「お前がどれだけ傷つこうとも、私はお前を許さない。私の英雄を苦しめたのに、自分だけ苦しみから逃れようとすることを認めない。断言してやる。蛮行を尽くしたお前がどれだけ足掻こうと、私がお前を選ぶことは有り得ない」
射殺すように冷たく見据えられたフレイヤは、血が溢れ出るほどに強く噛みしめる。
そして、うつむきながら醜い本音を吐露し始める。
「じゃあ、どうすれば良かったのよぉ…!?
視界が歪んでいく。
涙をこぼしながら、フレイヤは崩れ落ちる。
神殿と同じように、空の玉座から落ち崩れ去っていく。
「貴方のことが好き、好きなのよ……ベル。貴方とずっしょ一緒にいたい。私を、選んでほしい」
「選ぶことはないと言ったはずだ。私の英雄を辱め苦しめた
この世全てが同情するほど美しい彼女の涙を見ても、ベルは動じない。
ただただ冷酷に、彼女を傷つけていく。
「ずっと…、ずっと苦しいの!胸が張り裂けそうなほど痛くて、怖くて…!もう嫌なの!抱きしめてほしいの!もう明日を不安に思うのは嫌!」
その言葉に、ベルは何も返さない。
感情を伺えない瞳で、彼女を見つめるだけだ。
「こんなこと知りたくなかったのに、この想いの先を知りたいってそう思ってしまう!」
「貴方が、好きっ……ベル」
醜いその本心を見て、ベルは大きな溜め息をこぼす。
そして立ち上がり、フレイヤの前に歩み寄る。
目は髪で隠れ表情は伺えない。
「だからお前は哀れだというのだ、阿呆が」
だが、その声色からは初めて同情を感じた。
その優しい声に顔を上げると、ベルは何か痛みを堪えるように顔を歪めながら、フレイヤを見つめている。
傲岸不遜な女王では決して見せない、憐憫だった。
「その胸の痛みが、苦しみが、恐怖が。そのすべてが、“恋”と呼ばれる情動だ」
なにかに思いを馳せるように、ベルは再び戦場を見つめる。
そこにいるすべての人々を見つめている。
「暖かく、優しく、美しい“愛”とは違い、“恋”は時に冷たく、残酷で、醜い。それを初めて抱くすべてのものは戸惑い、葛藤し、自らのドス黒い感情を直視し嫌悪を覚え、苦しみ続ける。そこに例外はない。お前がどれだけ特別な存在であろうとも、そこから抜けるすべはない」
正義の乙女たちが、とうとう小人の戦士たちを降した。
女神を苦しみから遠ざけるために奮闘した彼らは、遂に倒れた。
「天上の美徳たる愛を司り、美しくあり続けたお前からしてみれば、それはとても恐ろしいものだっただろう。愛に飽きて、身を焦がすさらなる感情を求め続けたお前にとって、それはとても受け入れられなかっただろう。だが、お前が求め続けた“恋”とはそういうものだ」
精霊の力が妖精を降した。
女神を救おうと足掻き続けた彼らは、満足げに笑っていた。
「受け入れて恋に狂えば簡単だった。だが、そうは出来なかった。自身を象る愛の女神としてのすべてを、お前は捨てられなかった。それは今まで自分が愛を与えた全てへの冒涜だと思ったから」
狼が猫を降した。
炎雷を宿した狼は猫を追い越し、都市最速となった。
妹の為に女神を望んだ彼は、後悔と迷いを浮かべながら倒れた。
「真面目過ぎたんだ、お前は。ヘスティアを見てみろ。処女神の癖に奔放だ。あれくらい雑に生きればいい」
一番遠く離れた戦場。
リリや命たちと一緒に、抜けてきたフレイヤ・ファミリアをなんとか倒していた。
彼女は、とても楽しそうに笑っている。
「というか、そもそも生き急ぎ過ぎなんだ、お前は。私がお前と出会ってまだ半年だぞ?数億年も生きてきたくせに、なぜもっと時間を掛けて考えようとはしなかったんだ?」
「じ、時間を掛けてたら貴方は他の女のものになるでしょう!?私は貴方が誰かのものになった姿なんて、見たくなかった!!」
「私は私のものだ。誰に恋い焦がれようと、それだけは揺るがない」
「そういう話じゃないのよ!!大体、貴方は剣姫のことが――――」
「ああ、好きだとも。初めて会った時から、ずっと。最初はただの一目惚れで、ただの憧憬だと思っていたが、多分違う。そんな単純なものではない。もっと別の、魂の奥底から湧き上がる何かが、私を彼女の虜にさせる。それが何かは分からんが、これは概ね“恋”と呼べる感情だろう」
いつもならこんな事は言えないだろうが、生憎今彼は半分義母みたいなものだ。
客観的に自分を見つめ、穏やかに笑うことが出来る。
「だが、だからといって恋だけがすべてではない。もっと別な想いや繋がりもある。お前がそれに満足するかどうかは知らんがな」
「もっと、別な…?」
「私がお前の初恋を終わらせたとしても、お前は苦しみ続けるだろう。それが“恋”というものだ。だから、私がそれに付き合ってやる。お前の中で、本当の意味で初恋を終える事ができるその時まで、一緒に苦しもう」
ベルは手を伸ばし、フレイヤの胸元に在るライラックの花を取る。
これで戦争遊戯は終わりだ。
だが、もう少しだけ彼女たちの戦いは続く。
「そん、な…。そんなこと言ったら、私しつこいわよ?ずっとずっと…、何千年も、何万年も、貴方を付き合わせるわよ……?」
「いくらでも付き合ってやるさ。私が死んでも、天界で私の魂を匿ってくれる神に
ベルは微笑みながら、手に取ったライラックの花をフレイヤに向ける。
「恋を終わらせる手始めに。貴女は何がしたいですか?」
フレイヤは迷う。戸惑う。
だが、それでも震える手で、確かにその花を受け取った。
愛を抱く女神ではなく、恋を願う少女として、穏やかなほほ笑みを浮かべながら。
「また貴方と、デートがしたい。皆を巻き込んで、騒がしくて楽しい、デートがしたいわ。――――付き合ってくれる?」
答えは決まっている。
「こんな僕でよければ、喜んで」
………………
……………
…………
………
……
…
こうして、恋と愛を巡る戦いは幕を閉じた。
戦いが終わった後、愛を司る女神は都市から姿を消した。
当分は彼女が姿を表すことはないだろう。
その代わり、酒場の看板娘が戻ってきた。
仲間たちに叱られ、女将にドヤされ、涙目になりながら忙しなく働いている。
初恋の少年に目を奪われながら働く少女が、そこにいた。
エピローグ
「それじゃあ
『うおおおおおおおおおおおおおおお!!』
派閥対戦が事後処理も含めて完全に終了し、都市が落ち着きを取り戻した日の夜。
大戦の熱気は冷めぬまま、大きな宴が開かれた。
派閥連合の多くが参加し、フレイヤ・ファミリアへの勝利を祝っている。
まあ、開催場所が豊穣の女主人なのは、いささかどうかと思ってしまうが。
「飲んでるか、リトル・ルーキー!!」
「まだ始まったばっかりですよ、モルドさん…。」
ヘスティアの音頭で一気に酒を煽りだした先輩冒険者に絡まれながら、ベルは一通りの挨拶回りを終える。
途中ヘファイストス達に少し叱られたり、ミアの下で働かされているフレイヤ・ファミリアのメンバーに絡まれたり、うち一名に殺されそうになったりしながら、やっと一息ついて息を吐く。
派閥大戦を終え、あの義母との
思えば、ずっと夢見心地だった。
自分自身の感情で動いていたとは言え、あの二人から無視できないほど大きな影響を受け続けていたのだから。
冷静なって思い返せばかなり問題のある言動をしていたと思う。
自分はあの義母と違って周囲に喧嘩を売りまくるような趣味はないので、もう二度とあの状態には陥りたくない。
つくづくそう思ってしまうが、何故だろうか?
今後ともあの状態のお世話になる気がしないでもない。
出来る限り自分自身として物事を解決していきたいが、こればっかりはどう仕様もない。
あの二人の側からは何かできるかもしれないが、こちら側から拒むのはほぼ不可能なのだから。
流れに身を任せるしかないので、そんな状況に陥らないことを祈るしかない。
「随分疲れた顔をしているが大丈夫か、ベル?」
「……ベートさんこそ、疲れた顔をされてますけど…。」
「言うな。それもこれも全部あのバカどものせいだ…。」
オッタルとの戦いの最後、ベル自身が声をかけて一緒に戦ってくれと言ったことが関係してか、アイズ達もこの宴に何の違和感もなく参加できている。
本人たちに参加する意志はなかったのだが、ベルや他の三人からも誘われたこともあってお目付け役としてのフィンやリヴェリア共々参加している。
おそらくフィンやリヴェリアは別の意図もあるのだろうが、それはそれでいい。
どうせ話さなくていけないことだ。
だが、それはそれとして。
ベートは改宗してもなお、苦労人ポジションからは抜け出せないらしい。
最近四人に増えつつある馬鹿達を沈めていた。
「えっと、取り敢えず、乾杯しませんか?折角の祝勝会ですし」
「ハァ…。それもそうか。悪かったな、愚痴のようなことを言って」
「いえいえ。それじゃあ――――」
「「乾杯!」」
疲れた様子を見せるベートを気遣ったベルの言葉に乗り、二人はグラスをぶつけ合う。
喧騒に包まれる酒場の中で、ここだけ落ち着いた空気が流れる。
「思えば、改宗してからお前とこうして落ち着いて話をするのは初めてだな」
「そうですね。忙しかったっていうのもありますけど、僕の状態がアレでしたし…。」
「大体の事情は聞いた。仕方なかったんだ、あまり気にするな」
「はい…。」
ベートの気遣いが心に染みる。
それと同時に、あの義母と遭遇した時、彼の胃が死ななければいいのだが、という心配も湧き出る。
十中八九無理だろうな、と思う。
「なにはともあれ、よろしく頼む。これからは、背中を預け合う
「はい、こちらこそ!」
「私が改宗したことで、ロキ・ファミリアとの合同遠征なんかもあるだろうが、そこは追々やっていこう。いろいろな問題もあるしな」
「ロキ・ファミリア…、ヴェルフのことですよね」
エルフの王族や妖精部隊を抱えるロキ・ファミリアと、その森を焼いた魔剣を作ったヴェルフの折り合いはかなり悪い。
一部まともなのもいるが、大体の妖精は頭が固く意固地だ。
だが、ベートはそこを気にしているわけではない。
「そこはあまり心配していない。リューやレフィーヤもいることだし、あいつ自身もそういった連中への対処方法くらい知っているだろう」
「? じゃあ、なにが問題なんですか?」
「あのバカどもに決まってるだろう」
「アイズさんたち…。」
「私がロキ・ファミリアであのバカどもにどれだけ頭を抱えてきたと思う?ガレスやティオネは手伝おうともしないせいで、私にだけ被害が集中するんだぞ?」
「あ、アハハ……。」
「それに、フィンやリヴェリアのこともある。今回の大戦を終えて、あいつらがどんな反応をするか…。」
「……………。」
「ま、そこも含めてゆっくりやっていくしかない。フレイヤ・ファミリアを降したことや私の加入で、ファミリアの等級も上がるだろう。団員数を増やすことを検討してもいいかもしれん」
「結構借金ありますけど、増やせますかね?」
「2億ヴァリスだったか?どうせ黒竜を倒すんだ。その程度端金に過ぎん。来るやつは来るだろう」
「は、端金って…。2億ですよ?」
「お前がやろうとしてるのはそういうことだ。大きな目的を持つのはいいが、それに伴う現実的な問題や価値観を見るようにしろ。散財しろという話ではなく、そういう心意気を持つのが重要だ」
「は、はい……。そっか、それもそうですね。2億ヴァリスなんか、伯父さん達からしてみれば……、………あっ」
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでも」
思い出したが、あの祖父母は結構金持ちだ。
オラリオから追い出される時どれだけの資産を持ち出したのかは分からないが、抜け目ない祖父母を思えば相当な金を持っていてもおかしくない。
事実、義母が何度も壊す家をその都度建て直すことができる程度には金を持っている。
療養生活をして今どれだけ残っているのかは分からないが、例え底をついていたとしても義母が一週間ほどダンジョンに潜って階層主を殺しまくれば2億などあっという間に稼げるだろう。
そのことをよく知っている祖母は、ヘスティアの借金を肩代わりすると言いかねない。
生真面目なヘスティアや職人気質なヘファイストスがその金を受け取るとは思えないが、そこで一悶着あるのも確定だ。
またしても、問題が浮き彫りになってしまった。
「そう言えば大戦中に春姫の魔法がバレた件だが、襲撃者が増えてきたらしい」
「え?そうなんですか?」
「さっきあのエルフ二人に聞いてみれば、70回は襲撃を潰してるらしい。それとは別に、クソ忙しい中
「あぁ…、それに関しては大丈夫です。どうせ、あと二ヶ月もすれば手出しできなくなりますから」
「? そうか?」
もうすぐにあの二人が来る。
あの田舎に今回の騒動が伝わっているのかは分からないが、この都市に来て何も知らずに過ごすことは不可能だ。
下手にはぐらかそうとすれば福音が飛んでくるのは間違いないし、だったら素直に話すしかない。
そうなれば、フレイヤの監視なども兼ねて、ここに居座るのは確定。
館に住む以上、生真面目な伯父はもちろん、雑音を嫌う義母も侵入者の排除に動くことになる。
あの二人に敵う襲撃者など、いるわけもない。
最強の抑止力になるだろう。
ま、それまでにかなりの苦労をすることになるのも確定事項だが。
「それ以上にお祖母ちゃんだよなぁ…。」
基本的にはムカつく相手をぶっ飛ばすだけの義母と違い、祖母は拷問まがいのことをする。
相手の心を折るという意味では効果的だが、流石に襲撃者が気の毒だ。
そのことを憂いたベルのつぶやきは、誰の耳に入ることなく口の中で消えていく。
考え込むベルを見て、ベートは持っている杯を仰ぐ。
自分が悪酔いする体質だとは自覚しているので、今日はそれほど飲むつもりはない。
口に含んだ酒をゆっくりと呑み込みながら、ボーッと店内を見つめる。
すると、どうしても彼女の姿が目に入ってしまう。
「あれで良かったのか、ベル」
「ええ、あれで良かったんですよ」
忙しく店内を走り回っている一人の看板娘。
シル/フレイヤを見つめながら、ベルは穏やかに応える。
派閥大戦が終わり、フレイヤ・ファミリアは解体された。
フレイヤは都市外追放を命じられたが、ベルがそれを引き止めたのだ。
「助けてって言われて、助けるって約束しましたから」
恨みも辛みもすべて呑み込んで、それでも英雄として守ると誓ったのだ。
許すつもりはない。
許してはいけない。
それでも、それは守らない理由にはならない。
魔女としての彼女を殺すため、ただ一人の娘としての彼女を救うため、ベルはその手を掴んだ。
「……そうか」
「ベートさんこそ、良かったんですか?彼女のこと、恨んでるでしょう?」
「当たり前だ。あんな真似をして許すことができるお人好しなど、お前以外に一人しかいない」
「……僕は、許してないですよ?」
「私達からしてみれば、守ろうとしている時点で許してるも同義だ。お前には悪いが、私達はそこまで寛容ではない。今も全員ブチのめしたいと思っている」
「…………。」
「だが、お前が許している以上何も言わん」
穏やかな笑みを浮かべながら、ベルの頭を撫でるベート。
それに戸惑いながら、ベルは彼を見上げる。
「言っただろう?俺達は心の底から笑うお前が見たいんだ。多少の不満はあるが、お前が笑えているのであればすべて些事だ」
「大丈夫、ですか?僕のために自分の気持ちに嘘をついたりしてないですよね?」
「大丈夫だ。それに、リューが一発ぶん殴ったんだろう?それで十分だ」
ベルがシルの手を取ったあと、リューは有言実行としてシルをぶん殴った。
清々しい笑顔で、彼女をぶん殴った。
数メートル吹っ飛ぶ勢いで、ぶん殴った。
その一発で、手打ちにした。
「いずれにせよ、終わったことだ。当事者であるお前が納得しているのであれば、もう言うことはない」
「ベートさん……。」
「そう言えば、宴の前にあの女に泣きつかれていたが何かあったのか?」
「……ナンデモナイデスヨー」
「?」
明らかに棒読みだったが、それ以上は聞けなかった。
彼らしくない死んだ魚のような目が、それ以上の追求を許さなかった。
しばらく沈黙が流れ、やがて意を決したかのようにベートは口を開く。
「なあ、ベル。俺達は――――」
何を話そうとしたのか、それは言うまでもない。
少し熱に浮かされていたこともあって、思わず語りそうになってしまった。
しかし、その最中一つの巨体がベルに近づいて来たことで正気に戻り、口を閉ざした。
「ベル・クラネル」
厳しい声で彼の名を呼ぶのは、元都市最強オッタル。
ベル一人の力ではなかったとしても、一対一で敗れた彼は、もう最強ではない。
それに、単騎でも負けるのも時間の問題だ。
あと一月もすれば、超えられるかもしれない。
そんな感嘆とほんの少しの恐怖を抱きながら、それでも彼は高みを目指すためベルに聞かねばならぬことがある。
「聞きたいことがある。ザルドについてだ」
その問いかけに、周囲はざわめく。
そして、口々に話し始める。
「ザルドって…」
「ゼウスのとこの元幹部だよ」
「ベヒーモスにトドメ刺した」
「ああ、そっか」
その質問を待っていたと言わんばかりに、フィンも動く。
「それに便乗する形にはなるが、僕からも聞かせてくれ。君は、僕達のことをどう思っているんだい?」
彼らの言葉に、ベルはほんの少し目を細める。
その様子を悟ったベートも、何かあった時のために身構える。
「ゼウス・ファミリアを都市から追放した僕達ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを。それを許した都市そのものを。そして何より――――」
一瞬言い淀みながらも、フィンはそれを言葉にした。
「団長マキシムを殺した僕達を、ゼウス・ファミリアの遺児である君は今も憎んでいるのかい?」
緊張を含んだその問いかけ。
気づけばあれだけ騒がしかった酒場は静まり返っている。
混乱、動揺、疑念、疑問、それらが渦巻き沈黙をもたらす。
「団長を、殺した……?ちょっと待ってください。今の二大派閥がゼウス・ファミリアを追放したのはリリも知ってますが、殺したってどういうことですか?」
「………黒竜討伐を失敗し、かろうじて帰還したマキシムは瀕死じゃった」
リリの疑問に応えるように、ガレスは当時を語り始める。
重々しい口調で、懺悔をするかのように。
「見るも無惨な姿じゃった。最強の面影がないほどの重傷。どれだけ手を尽くそうとも、助からんことは明白じゃった。じゃからこそ、奴は次代に託すことを選んだ。自身の命を燃やし、糧となることを選んだ」
「必要なことだった。奴も承知の上だった。などと、いくらでも弁明は出来る。今でもあの行動を悔いることはない。だが、それでも個人の感情は別だ。君が私達を憎むというのであれば、甘んじて受け入れよう。しかし、身勝手を言うようだが恨むのは私達だけにしてくれ。アイズたちや当時いなかった団員たちに罪はない」
「あの行動を選んだ時から、石を投げられる覚悟は出来ている。君の恨みはすべて受け止めてみせよう。だから、今の君の思いを素直な言葉で聞かせてくれ」
誰かが固唾を呑んだ音がした。
その音が嫌に響いた。
それだけの静寂が、場を包んでいた。
緊張した時間が流れる。
誰もベルの顔を直視できない。
だが、この問題だけは避けては通れない。
黒竜討伐にベルの力は必須。
オッタルに打ち勝った以上、これはもう揺らぎようがない。
だからこそ、一緒に戦うことになるであろうフィンたちとの不和は解消しなくてはいけない。
誰もがそれを分かっている。
分かっているからこそ、ベルの言葉を誰もが待ち望んだ。
怖かった。
今回のフレイヤ・ファミリアの一件を思えば、彼がどれだけの憎悪を向けているのか見当もつかなかったから。
家族を誰よりも大切に思う彼のその美しい心が、怖かった。
恐怖が時間を長くする。
数秒が何時間にも感じる。
だが、それでもその時は訪れた。
「いや、特に何とも」
「………え?」
拍子抜けするほどいつも通りの口調で、ベルは応えた。
フィンたちが警戒していたような憎悪は欠片も感じない。
フレイヤと相対した時のような豹変もしていない。
本当に、いつもどおりのベル・クラネルだった。
「何とも思ってないですよ。ここまで言われてようやく、『ああ、そう言えばそうだったな』って思ったくらいですし」
「……いや、待ってくれ。僕達はマキシムを殺したんだよ?それについても何も思わないのかい?」
「そもそも僕、マキシムさんと面識ないですし。今ここにマキシムさんが現れて、フィンさんたちと戦うことになって、どっちに加勢するか選べって言われたら、フィンさんたちの方選びますよ?」
「………理解が追いつかない。君は女神フレイヤの蛮行にはあれだけ激怒していただろう?家族を傷つけるという点において、僕達と彼女は大差ない。僕達は、ザルドの
「その伯父さん自身が、特に何とも思ってないですから。大体、自分たちを過大評価しすぎですよ。追い出した、殺したって。おじさんたちは自分で出ていって、マキシムさんは自分の意志で死んだんです。自分でも言ってたじゃないですか」
呆れるようなベルの口調に、フィンは戸惑い続ける。
本当に、拍子抜けしてしまった。
「そのあたりの感情に関して、僕はおじさんたちと同じものしか抱けません。そのおじさんたちが恨んでないんですから、そりゃ恨めませんよ。大体、おじさんが本当に恨んでたら皆さん全員死んでますよ?いくら毒に侵されてたとしても、15年前のみなさんがおじさん達に敵うわけないんですから」
「追い出したことに関しては?弱体化した奴らを更に追いやったのは紛れもない事実だろう?」
「それも特に。まあ、おじさん達を追い出したくせに15年も経ってこの程度か、とは常々思ってましたけど。恨んではないですよ。そもそも、おじさんたち自分で出ていったっていう意識のほうが強かったみたいですし」
一度、聞いたことがある。
追い出されて恨んでいないのか、と。
その時のことを思い出しながら、ベルは語る。
「最強の派閥が二つ同時になくなって、闇派閥が活性化するのは分かりきってましたから。当時母は僕を身籠ってましたし、それを守るためにも、お祖父ちゃんは自分の意志でオラリオから出ていったんですよ」
「そう、だったのか…。」
「おじさんたちは確か……。『そもそも、未だにレベル7程度にすら至れていないような間抜け共に負けるか。主神が愚図なら団員も愚図。胸もなければ器量もない、ゴミクズみたいな男神もどきの女神が主神な時点で高が知れている。闇派閥ごときに遅れを取っているようだし、不甲斐ないにも程がある。あの臆病者共が――』って感じであと五分くらいこのままロキ・ファミリアの悪口が続いて、更に五分フレイヤ・ファミリアの悪口があって、都市全体の悪口が更に三十分続きますけど、聞きます?」
「………いや、遠慮しておくよ」
ザルドの言い分にしては若干の違和感を覚えるフィン。
それはそうだ。
ベルのセリフの大部分を言っていたのはザルドではなく義母なのだから。
「えっと、それで、オッタルさんは何を聞こうとしてたんですか?おじさんについてですよね?」
「――――ああ、そうだ。ザルドは今……」
ザルドの現在を聞こうとしたが、オッタルの言葉は続かなかった。
流石の彼も、ベルの心境を重んじて言葉が出てこなかったのだ。
「どうしたんだよ?」
「知らないのか?ザルドはベヒーモス倒す時に毒を喰らって…」
「それが残り続けてんだよ」
「完治するわけもねえから、多分…。」
彼を悼む当時を知るベテラン冒険者たち。
沈んでいく空気を察知したベルは、慌ててそれを否定する。
「いやいやいや。勝手に殺さないでください!生きてますから!」
「……生きてるのか?」
「何で聞いた本人まで驚いてんですか!?」
まさか生きてるとは思っていなかった周囲は、面食らう。
仕方ないと思いつつも、若干呆れてしまうベル。
「確かに少し前まで身体を起こすのもやっとだったらしいですけど、快復に向かって今は殆ど治ってるらしいですよ」
「え?じゃあなんで派閥大戦で呼ばなかったんだよ?」
「おじさん呼んで勝っても意味ないですし、大変なことになったと思いますよ?それこそ、フレイヤ・ファミリアが屍しか残らないレベルで」
「そのオジサマ、そんなに強いの?」
「僕が最後に放った斬光を、もっと手軽に連発してきますよ。ちなみに、毒に打ち勝ったお陰でランクアップして、今はレベル8らしいです」
「……まじで?」
「マジですよ。それに――――」
「それに?」
「お祖父ちゃんが今とある理由で失踪してて、呼ぶに呼べなかったと言うか、なんというか……。」
『『オッケー、理解した』』
「何を!?」
ベルの言葉を聞いて、全てを理解した15年前を知る冒険者+神々。
「そりゃ仕方ねえよ」
「百万歩譲ってゼウスはいいとして、クレイジーサイコまで来るとかゴメンだぜ」
「あの痴話喧嘩に巻き込まれるのはもうコリゴリだっての」
口々に言い合う神々を見て、ベルが若干死んだ目をしていたことに気づいたのは、誰もいない。
「ベル・クラネル。ザルドは今どこにいる?」
「……言っときますけど、おじさんに迷惑をかけるようなことはやめてくださいね?15年前みたいにいきなり喧嘩吹っかけたり、何度も懲りずに勝負を挑んだり、おじさんたちに悪態つきながら唾を吐き捨てたり、深層をソロ探索するおじさんの後を無理矢理ついて行ったり、リヴァイアサン討伐の船に潜り込むような真似、絶対にしないでくださいね?」
「………前半は否定しないが、後半のそれをしていたのはレオンだ」
「あれ?そうでしたっけ?」
「え!?レオン先生が!?」
一部幻想が砕けたような音がしたが、放って置く。
どうやら聞いていた話の一部がレオンとオッタルで混ざっていたらしい。
まあ、あの人達…特に義母からしてみれば十把一絡げでしかないのだろう。
大分失礼だな、この考え。
「おじさんの居場所を聞いてなにするつもりですか?」
「戦いを申し込む。さらなる高みに至るために」
「やめといたほうがいいですよ。今回の件、おじさんが激怒してないとは限りませんし、会ったその瞬間に殺されるかも……」
「覚悟の上だ」
“ただでさえ残り少ない寿命縮めたいんですか?”
とは、言えなかった。
あの義母が一緒に療養していることはまだ話せない。
話したところでオッタルが止まるとも思えないし、話が余計ややこしくなる。
かくなる上は………。
「……誤魔化すか」
「今、なんと?」
「いえ、なんでも。それよりおじさんの居場所ですけど、やっぱり教えることは出来ません」
「……やはり、俺に不審があるか」
「そんなんじゃないですよ。ただ、おじさんはその、あれです、あれ。今はその、とても恐ろしい存在を抑え込んでる、みたいな…?」
「とても恐ろしい存在…?」
「おじさん以外誰も太刀打ちできないくらい強い存在で…。その邪魔をして欲しくないんですよ…。最悪、おじさん諸共死ぬかもしれませんし…。」
「…………。」
「…………。」
何も嘘はいっていないから神々も分からないはず。
ただ、あの義母を下手に刺激すれば全員死ぬことになる。
黙って大戦をしていたベルも含めて。
さあ、どうなるかと意気込み、オッタルの顔色を伺う。
ここで折れなければ、ミアに叱られる覚悟で斬光を叩き込んで記憶を飛ばすしかない。
「………ならば、仕方ないか」
家族の安全のためならばベルが折れることはないということを知っているオッタルは、折れた。
思わず誰にも見られないようにガッツポーズを決めるベル。
これであと2ヶ月は平穏を享受できる。
そのことを喜び、その2ヶ月を大切に生きることを誓った。
そして、大きく手を叩き、宴を戻そうと声を張り上げる。
「すいません、皆さん!変な話しちゃって!また盛り上がって楽しみま―――」
「注!!もおおおおおく!!」
しかし、ベルが張り上げた声は更に大きく張り上げられた声によって遮られる。
声のした方を見てみれば変なポーズを取っているヘルメスがいる。
妙にムカついて殴りたいと思った。
あの義母たちの影響が抜けきっていないと我に返る。
「盛り上がってるとこ悪いが、
「……はぁ!?」
「待て待て待て!!待て、ヘルメス!!ボク達は派閥大戦が終わったばっかなんだよ!?もう少しゆっくりしてからじゃ――――」
「言っとくが、拒否権はないぜ?ウラノス直々の指令だ」
「受けないとは言ってない!!ただ、少し休ませろって言ってるんだ!!」
「休んでる暇はない。下界の危機だ」
反抗の声を上げるヘスティアだったが、ヘルメスのその真剣な声色に言葉をなくす。
いつものフザケまくってチャランポランで胡散臭くて相手を舐めているとしか思えないような態度は見る影もない。
今のヘルメスの表情は正真正銘、下界を救おうとする神のそれだ。
「とある大精霊の力で封じられた古代のモンスターがもう少しで目覚める。黒竜程ではないが、その脅威度は並大抵のモンスターとは比にならない。おそらく、黒竜以外の三大
三大
その言葉を受けて、それぞれが違った反応を見せる。
ある者は過去の英雄に並び立つ証明の機会を得たと歓喜し、ある者はそのモンスターを恐れ身を竦ませる。
ある者はヘルメスの言葉に疑念を抱き訝しみ、ある者はその頂きを欲して笑みを浮かべる。
そして、ベル・クラネルは――――何かを察した。
その何かがどういうものかは分からない。
だが、なぜだか胸がざわめいた。
これはおじや義母の成した偉業に挑戦することへの高鳴りなのか。
それとも、ある種の郷愁なのか。
「さあ、過去の英雄を超える時だぜ?」
ヘルメスは挑戦する冒険者たちを煽るようにそう告げる。
その影で、誰にも聞こえない言葉を口の中で呟く。
(そして、古代からの因縁に決着をつける時だ。期待してるぜ、“アルゴノゥト”くん)
彼の真意は分からない。
だが、この戦いは彼らにとって一つの大きな転換期となる
同時刻。
遠く離れた森の中、雷によって封じられながらも解き放たれるその時を待ちわびる獣がいた。
その近くには墓標がある。
この獣を封じるに至った、英雄の墓標が。
そして、何かに思いを馳せるように墓標を眺める少女も、そこにはいた。
「あなたが築いた英雄時代――――その最後を担うかもしれない英雄候補。来るといいですね、
そのつぶやきは、誰に耳に入ることもなく、風にさらわれ消えていった。
おまけ
シルさんがベルくんに泣きついた時の会話の一部。
シル「そう言えばベルさん、一つ聞きたいんですけど、いいですか?」
ベル「なんですか、シルさん」
シル「その、派閥大戦やその前の会話をした時からずっと気になってたことがあるんですよ」
ベル「……なんですか?」
シル「ベルさんのお祖父さんって、あのクソジジ……じゃなくて、ゼウス様なんですよね?」
ベル「はい、そうですよ」
シル「それで、派閥大戦前最後に話した時、お祖母さんについても少し言ってたじゃないですか?」
ベル「……言いましたっけ?」
シル「言ってましたよ~。いわく、ヘスティア様を敬愛しているお祖母さんだとか」
ベル「……そうでしたっけ?」
シル「それと、ヘルンから聞いたんですけど、ベルさん少し面白い恋愛観を持ってるんですね」
ベル「……そうですか?」
シル「『恋も愛も互いを傷つけ合うもの。だからこそ、それを乗り越えた先にある婚儀は神聖で意義あるもの』でしたっけ?私、丁度似たようなことを言ってた女神様を知ってるんですよ~」
ベル「すごい偶然もあるもんですね」
シル「もしかしてなんですけど、ベルさんのお祖母さんと私が知ってる女神様、同一人物だったりしませんか?」
ベル「…………。」(ニコッ)
シル「……あの、ベルさん?」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「いや、あの、ニコッじゃなくて……」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「ベルさんの笑顔は素敵なんで何時間でも眺めていたいんですけど……。」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「その、冗談ですよね?何かの間違いですよね?」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「えっと、オフザケもいい加減にしないと、そろそろ怒っちゃいますよ~!」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「あの、もしかして、本当に?」
ベル「…………。」(ニコニコ)
シル「………。」
ベル「………。」
シル「………。」
ベル「………。」
シル「助けてええええええええええええええええええええっ!!」
ベル「ちょ、いきなりしがみつかないでください!!」
シル「助けて、本当に助けて!!ベル、お願いよ!!助けて頂戴!!」
ベル「口調戻ってますよ!?」
シル「助けて!生きたまま服も爪も髪も皮膚もすべて剥がされるぅうううううっ!!」
ベル「ちょ、やめて!!しがみつかないで!!」
シル「お願い、助けて!私のこといくらでも抱き潰していいですから!!」
ベル「なんですか、その提案!?」
シル「ヘルンもつけますから~!!」
ベル「だから何なんですか!?大体、そんなことばっか言ってるからあの
シル「じゃあ思い出づくり!!天界に送還される前の最後の思い出として抱いてくださいっ!!」
ベル「謹んで辞退させていただきます!!」
シル「お願いだから~っ!!」
ベル「ちょ、ズボン下ろそうとしないでください!!」
…………
………
……
…
ベル「落ち着きましたか?」
シル「はい…。ご迷惑をおかけしました。抱いてください」
ベル「語尾みたいに変なこと言うのやめないと、本当に見捨てますよ?」
シル「すいませんでしたっ!!」
ベル「ハァ……。とにかく、極力団員の人と一緒にいるようにして、仮に遭遇したとしても僕が来るまで時間を稼げるようにしてください。頑張って説得してみますから」
シル「はい…。お願いします」
ベル「落とし所はちゃんと考えてますけど、折檻をゼロにすることは出来ないでしょうから、ある程度は覚悟しておいてください。送還や後遺症が残るレベルで酷いのは意地でもやめさせますから」
シル「はい、ありがとうございます…。」
ベル「それと、ないとは思いますけど、自棄になって自分で天界に帰るような真似もしないでくださいね?あの
シル「はい、わかりました…。」
ベル「最後に、何か質問や言いたいことはありますか?」
シル「あの女への恐怖で夜一人で眠れそうにないので、一緒に寝てください」
ベル「これ以上あの
以上、おまけでした
あとがき
長くなりすぎた。
二つに分けりゃよかった。
と、後悔しております。
長くなりすぎてすいませんでした。
まあ、それはそれとして、派閥大戦完結!
やっと書き終わった!
そして、次回『英雄神話』。
これを書くために今までやってきました!
途中全部すっ飛ばしたけど!
お楽しみいただけたら幸いです。
以上!