ベルは困惑と動揺と不安と恐怖と無力感に襲われる英雄たちを見て、理解した。
自分がどういう存在なのかも、胸に宿る寂寥と罪悪感と無力感と。
それらの正体をハッキリと認識することが出来た。
それさえ理解できてしまえば、彼らの言動や思いの全てに納得できてしまった。
彼らに怒りは抱かない。
彼らの思いは抱いて当然のものなのだから。
むしろ感謝さえ覚えてしまう。
才能のない自分がここまでこれたのは、彼らが英雄と呼んでくれたからだ。
ベルは英雄たちが大好きだ。
彼らを愛している。
だからこそ――――
彼らにそんな顔をさせていまう
………………
……………
…………
………
……
…
フィンは困惑と動揺と不安と恐怖と無力感に襲われる仲間たちを見て、理解した。
彼らにとってベルがどういう存在で、彼らが抱える秘密が何なのか。
それらすべてを察することが出来た。
そして同時に自分に出来ることがなにもない事も分かってしまった。
彼らを救うことが出来るとしたら、同じ過去を生きた彼らの英雄だけだ。
過去を想像することしか出来ない自分では、何も出来ない。
フィンは祈る。
どうか、彼らの行く末に今度こそ明るい未来が待っていることを。
フィンは仲間を大切に思う。
仲間として、彼らを愛している。
そして何より――――
英雄を愛しく思う、一人の少年なのだから。
………………
……………
…………
………
……
…
ヘスティアは困惑と動揺と不安と恐怖と無力感に襲われる子どもたちを見て、理解した。
彼らにとっての英雄とは何なのか、彼らがなぜベルを愛しているのか。
それらすべてが痛いくらい理解できた。
だが、その思いは歪だとも思ってしまう。
この子どもたちはずっと、過去に囚われて生きているのだから。
英雄という存在に、彼らは近づきすぎてしまったのだ。
だからこそ、ヘスティアは願う。
どうか、今度こそ彼らが過去を抱えてでも前に歩いていけることを。
ヘスティアは子どもたちを愛している。
下界に生きる全ての子どもを愛している。
そしてそれと同時に――――
英雄に恋をした一人の乙女として、彼らに救いがあることを願い続ける。
「いやぁ、助かりました。封印が弱まってるせいか、最近森に近寄ってくる魔物の数が増えてロクに寝れてなくて…。久しぶりに熟睡できましたよ」
英雄の末裔を名乗るイルコスの登場から一夜明け。
彼女が言う“雷霆の森”への行軍を再開した一行。
森と荒野を越えるのに時間はかからなかった。
彼らの行軍スピードが速いというのも理由の一つだが、進行を邪魔するものがまったくなかったというのが最大の理由だ。
森に入れば少なからず獣やモンスターが襲ってくるのだが、それらが全く無かった。
獣は隠れているだけだろうが、モンスターが襲ってこないのは不思議だった。
だが、それらの疑問はイルコスによって解消される。
「封印に集まってるんですよ」、とのこと。
最初に彼女が言ったとおり、封印が弱まってるせいか周囲の魔物が集まってきているのだという。
森に着けば大量の魔物に出迎えられることになるが、それまでは平和な旅路になるだろう。
そして実際そうなった。
本来かかる時間の半分ほどで、目的地に到着できた。
ついた先で彼らを出迎えたのは、幻想的な森だった。
木々は雷を宿したように青白く光り、神秘的な雰囲気を醸し出している。
周囲の石も変質し、発光して本来は薄暗い森を明るく照らしている。
本当に、ため息がこぼれるほど美しい森だった。
「っと、着きましたね。ありがとうございました。中々快適な背中でしたよ」
「いえいえ~」
神の恩恵を持たないイルコスは、アーディに背負われて移動した。
運んでくれたことの礼を告げながら背中から降りる。
その間も、彼女が笑うことはなかった。
「さてと」
イルコスはそう言いながら、森を見上げ持っていた杖を地面につけ音を鳴らす。
乾いた木の音が響くと同時に、森中から雷鳴が轟く。
森全体が眩しいくらいに光り輝き、衝撃波のような生温い風が肌に当たった。
呆気にとられる周囲をよそに、彼女は振り返りながら穏やかに告げる。
「これで入り込んだ魔物は大体駆除できました。どうせまたすぐに寄ってきますが、しばらくゆっくり話す程度の時間は稼げたはずです。では、どうぞ我らが森へ。英雄時代の最後を担うかも知れないその候補者の皆様方。この地に残った最後の墓守として、皆様を歓迎いたします」
礼儀に則ってそう告げるイルコス。
そして、一人慣れた足つきで森の中に入っていく。
一同は慌ててその後を追っていく。
「ね、ねえイルコスさん。イルコスさんって今幾つ?」
「今年で19ですね」
「そ、そうなんだぁ…。」
走り続けた道中と違い、ゆっくり歩きながら森の中を進んでいるため会話をする余裕も生まれてきた。
何とか距離を縮めるためにアーディが積極的に話そうとするが、上手くいかない。
表情と同じで声も変化に乏しく抑揚が少ない。
怒っているのかそうでないのかの判断もつきにくい。
そのことをイルコスも察したのか、一度振り返り穏やかに語る。
「そんなにご遠慮なさらずとも、聞きたいことがあれば何でも聞いていただいて構いませんよ。表情に乏しいので誤解されやすいのですが、怒っているわけではないので」
「そ、そうなの?」
「ええ。ずっと一人で暮らしてきたせいか、表情筋を使う機会が少なくて。家族以外の人とこんなにも一緒にいる事自体初めてですし」
彼女の言葉にアーディは少し安心したような顔をしたが、反対にアイズ達は表情を曇らせる。
長い間、一人で、この森を守り続けてきた。
家族はいない。
その事実が、彼女たちに重くのしかかる。
「じゃあ折角だし、一つ聞きたいんだけど…、い、イルコスさんってアルゴノゥトと誰の子孫なんですか…?」
「アーディ様…!」
「ん?あ~、やっぱりそれ気になりますよねぇ…。う~ん………」
英雄譚オタクとも言うべきアーディが、とうとう我慢できなくなって尋ねてしまった。
同じくオタクの春姫もテンションがブチ上がり手を叩いている。
しかし、尋ねられたイルコスはというと、少し悩むように首を傾げている。
「あ…、やっぱり聞いちゃいけないことだった?」
「いえ、そういう訳ではないんですが……、実を言うと、私も知らないんですよね」
「……え?」
答えられないではなく、知らないというイルコスの言葉に、今度はアーディたちのほうが首を傾げている。
そんな彼女たちを見かねて、イルコスは一つずつ説明をし始める。
「当時の状況やら何やかんやを含めた資料がうちにはあるんですが、それらすべてを漁ってもアルゴノゥトが誰と番ったのかは記載されてないんですよ」
「家系図的なものとかは?」
「それも含めてですね。というか、どうも初代がそのあたりの情報を意図的に残さなかったみたいで」
「意図的に……」
「残さなかった?」
ますます意味が分からないと言わんばかりに首を傾げる二人。
だが、初代の意図が分からないのは今のイルコスも同じだった。
ただ自分が持っている情報を、彼女たちに語り始める。
「まず、【イルコス】という封印の守護と墓守を兼ねた役割を始めたのは、アルゴノゥトの玄孫(孫の孫)に当たる人物です。当時を知る女王アリアドネや英雄たちが軒並み逝去された後のことですね」
「封印された直後に役割が生まれたわけじゃないんだ……」
「はい。初代はかなりの変わり者だったらしく、アルゴノゥトの活動や偉業に興味を持ち、調査を開始。当時のラクリオス王家とも繋がりを持っていたので、そこからこの場所を知り訪れました。そこで見たのは封印に群がる数多の魔物。これは不味いと思った彼は、すぐに王都に戻り討伐隊を編成し再訪。この戦いの際、自身の血脈に封印の力を流用する能力があることに気がついたそうです」
「じゃあ、彼はそれからずっとこの土地に?」
「ええ。一度だけ王都に戻り、王と諸々の話し合いを済ませた後、出来る限りの資料や文献を持ってこの地に移り住んだそうです」
そして、その際に彼は二つの行動を取った。
一つはやがて封印が解かれた際、この魔物を倒しに来る英雄たちのために出来る限りの資料を残すこと。
もう一つはここに来る英雄たちが歴史の真実全てを知らないように、幾つかの情報を捨てること。
「なんでそんな行動を?」
「さあ?変わり者の考えることは私には分かりません。ただ、言い伝えでは初代はアルゴノゥトと同じくイルコスの先祖返りであり、類まれなる洞察力と先見の明があったとか。おそらく、未来で起こるであろう不和を見越したのでしょう。あるいは、自らの血筋を邪魔に思ったか…。もし仮にアルゴノゥトが女王と子を成していた場合、私達はラクリオス王の血筋にもなります。政争に巻き込まれる可能性を排除したかったのかも」
「なるほど……。イルコスの先祖返りって?」
「魔物に寄って滅ぼされたとある国の王家に現れていたとされる特徴です。“白い髪”を携えた彼等彼女等は国を導く『導者』となっていたとか…。初代の母が、今際の際に立つ【語り部】がうわ言のように言っていたのを聞いただけらしいので、真偽は分かりませんが」
「つまり、アルゴノゥトも王族だったってこと?」
「先程も言いましたが、真偽は分かりません。アルゴノゥトは最後までその事実を認めなかったらしいので、結局はただの憶測に過ぎません。私達の【イルコス】という名は、この話を真に受けた初代が名乗ったことで始まり、それ以降襲名し続けてきました」
ここまで血筋の歴史を語ってきたイルコスの話を聞いて、アリーゼは近くを歩くリューに小声で尋ねる。
真実を知るには、当事者に聞くのが一番早いのだから。
(ねえ、リオン。あの子はああ言ってるけど、本当のところはどうなの?)
(アルがアイズ殿…女王アリアドネと子を成したのはほぼ間違いない………はずです)
(はずって?どういうこと?)
(私達も前世の全てを覚えているわけではありませんから。アリーゼたちが思ってる以上に、記憶の抜けが酷いところもあるんですよ。あるいは、箇条書きみたいな認識があるだけで覚えてなかったりとか)
(でも、アルゴノゥトの子どものことだよ?覚えてないの?)
(残念ながら。彼の子どもと過ごしたという認識自体はありますが、それ以外のことはサッパリ。アイズ殿達も同じです。あるいは、オルナ殿あたりは知ってるかもしれませんが、彼女は話さないでしょうしね)
リューは思い詰めた表情で重々しく語る。
それを見たアリーゼは、流石にこれ以上尋ねることは無理だと悟り諦めた。
今にも吐き出しそうなほど苦しげな表情をしているのだ。
これ以上、友人を苦しめるわけにもいかない。
「僕からも一ついいかな?」
「はい、何でしょう?」
「この森に着いた時、君は自分のことを最後の墓守と言っていたが、家族はいないのかい?」
フィンはそう尋ねるが、彼女の様子からしていないのはほぼ間違いない。
だが、これを聞かないわけにもいかなかった。
失礼なと怒鳴られてもおかしくないが、それでも彼女は表情を一切動かすことなく静かに答える。
「両親と弟がいましたが、今はいません。10年ほど前に竜が現れたことがありまして、その時に。父と母は竜と戦い戦死し、弟は
何のこともなく、他人事のように彼女は語った。
だが、アイズ達はもう平静を保てそうになかった。
ベートは自身の故郷を襲った竜と、イルコスの家族を奪った竜が同一のものであることを悟る。
そして、それと同時にやるせない思いが溢れてくる。
手が震え、胃液が込み上げてくる。
心臓が痛いくらいに鳴り響く。
そして、堰を切った思いが慟哭のように溢れ出てくる。
「なんで……」
「ん?」
「なんで逃げなかったんですか!?」
突然叫び始めたアイズに、周囲は戸惑う。
だが、それでもイルコスだけは表情を一切動かすことがなかった。
ただ冷たく、アイズの様子を見つめている。
「こんな封印、全部放って逃げればよかった!そうすれば、誰も死なずにすんだはずなのに!!」
「おい、アイズ!」
「逃げて、逃げて幸せになればよかった!!遠く離れた村まで逃げて、平穏に暮せばよかった!!なのに、なんで!?」
「落ち着け、アイズ!!」
叫ぶアイズをリヴェリアは落ち着かせようとするが、まるで効果はない。
狂ったように叫び続ける彼女を、誰も止められない。
「いつもいつもいつも!!あなた達はいつもそうやって自分を犠牲にして!!他人の幸せばっかりで!!自分が幸せになることなんて考えてもいない!!」
「…………。」
「あなた達である必要なんてどこにもない!あなた達である意味なんてどこにもない!」
彼女の慟哭を、イルコスはただただ冷たく見つめている。
その瞳の意味を、アイズ達は知らない。
「なのに、なんで……!なんで貴方が
冷たい瞳で、イルコスはアイズを見つめ続けている。
だが、アイズはイルコスを見ていない。
イルコスの先にいる、彼に向けて叫び続けている。
それを彼女は分かっている。
分かっているからこそ、アイズを冷たく見つめているのだ。
肩で息をするアイズと、彼女に共鳴するように辛そうに顔を歪める彼等彼女等を見て。
イルコスはただ一言、呟いた。
「やはり、“英雄”というものは度し難いですね……。」
底冷えするような低く重い声で、彼女はそう言った。
緊張した空気が流れる。
時が止まったと錯覚するほど、重苦しく感じる。
「……別に、自分を犠牲にしているつもりはありませんよ」
ため息を一つ吐いたあと、イルコスの口から出たのはアイズを気遣うかのような優しい言葉だった。
「私達からしてみれば、貴方方がそれを言いますか?って話ですし。そもそも、曲がりなりにも今に至るまで血を繋いでこれた時点で十分幸せでしょう」
魔物に襲われ、あるいは流行病に倒れ、途絶えていった血脈など珍しくもない。
そういう意味では、ちゃんと役割と血筋を残してきたイルコスの家系は幸せなのかもしれない。
「先祖が多くの人に助けられ、私はここにいます。アルゴノゥトがそこにいるクロッゾ様の開祖に助けられたように、多くの方々に命を救われたから今があるんです。それは、得難い幸福であるとは言えませんか?」
「………気づいてたのか」
アルゴノゥトと自身の関係を知っていたことに、ヴェルフは小さく驚きの声をこぼす。
「私達を助けてくれた方々に恩を返すという意味でも、私達はここを守り続けてきたんですよ。確かに貴女の言うとおりです。私達である必要も意味も存在しません。力があり、封印を守れるなら誰でもいいでしょう。あるいは、守る必要すらないかもしれません。ですが、それは私達が逃げていい理由にはならない」
彼女は冷たい瞳に力を込め、覚悟の入り混じった声で堂々と答える。
その姿がアルゴノゥトにとても似ている。
彼女は何も悪くないのに、そのことがとてもつらい。
「幸せなだけの人生など存在しません。辛いことがあるからこそ、人は幸福を噛み締めて生きていくのです。そのことを誰よりも知っている私達は、その幸福を守らなくてはいけない。
その言葉とともに、イルコスは踵を返して再び歩き始める。
もう、彼女が振り返ることはなかった。
「この話はこれでおしまいです。分かったらこれ以上馬鹿なこと言わないでください」
泣きそうになるくらい顔を歪めたアイズを、イルコスは見ようとしない。
彼女にそれを見る資格はないのだから。
ただただ、“英雄”というものが許しがたい。
彼らは、なぜこうも自分勝手なのか。
英雄の末裔として19年生きても尚、それだけは理解できなかった。
「話を変えましょうか。あなた達にはこれから一度、封印を目にしていただきます。自分たちの討伐対象を目にすれば、それがどういう存在なのかも自然と見えてくるでしょう」
「それはその通りだろうが、急がなくて大丈夫なのかい?今日の夜には目覚めるんだろう?」
「いいえ。目覚めるのは明日の夜です」
彼女との認識の齟齬に、ヘルメスは疑念を覚える。
目覚めるのは今日の夜。
他ならぬ彼女からの手紙にそう書いてあったのだ。
なのに、なぜ今になったそれが変わったのか。
封印を誰よりもよく知る彼女が、予測を誤ったとは思えない。
ならば、この齟齬は意図的なものだ。
「手紙には今日の夜と書いてあったはずなんだが…、なぜ嘘をついたんだい?」
「いきなり来て“はい倒します”、じゃあ困るんですよ。こちらにも色々と段取りというものがあります」
「段取り…?」
三千年もの間続いてきた役目なのだ。
積み重ねてきた重みや意義というものが少なからず存在する。
それらを無視して、勝手をされるのは流石に気分が悪い用だ。
「初代からの約定を果たさなくてはいけません。皆様には、アルゴノゥトの真実を知っていただきます」
「おいおい……、それは――――」
「初代とラクリオス王家との取り決めです。ご心配なさらず」
思案を巡らせているヘルメスをよそに、イルコスはその取り決めを語り始める。
「そこの胡散臭い神が少し語ったのでしょうが、皆様の知る喜劇としての【アルゴノゥト】は作り上げられた虚構の物語です。実際の英雄譚はもっと陰鬱で仄暗いものを抱えています。喜劇を作るに至った経緯は後で語りますが、問題なのは英雄本人が真実を知られることを嫌ったということ。この地に移り住む直前、初代が王都に帰った時。その英雄を慮る当時の国王と、後始末を頼むのだから最低限の真実くらいは告げるべきだという初代との間で諍いが起こりました」
「諍い……。」
「最初は口論のような形で進んでいたのですが、互いに熱が入りすぎたせいでそれはやがて暴力へと変貌しました」
「それって――――!」
「………ええ。」
イルコスの語り口に、全員が思わず息を飲む。
国王と争い、それが暴力になった。
その言葉が、彼女たちに最悪の想像をさせてしまう。
「初代と国王が殴り合いの喧嘩をしたらしいです」
「まさかのタイマン!?」
想定外の方向に話が向かい、思わずずっこける面々。
いち早く起き上がったアーディがツッコミを入れる。
「いやいやいや!こういう時って普通互いの勢力や陣営が争ったりとかじゃないの!?」
「今より魔物が跋扈して脅威が身近にあった時代ですよ?そんなくだらないことに使う兵力なんてあるわけないでしょうに。ちなみに、一晩中殴り合って、最後は互いにクロスカウンターを決めて同時に倒れたらしいです」
「しかも結構いい勝負してる!?」
思ったりよりも白熱した試合を繰り広げたようだ。
何をどうやったら国王と殴り合うことになったのかは分からないが、取り敢えず殴り合いで決着は着いた。
引き分けてしまったので、互いに妥協をした。
「妥協した結果、すべての決定を戦いに立ち会う最後の【イルコス】に委ねることになりました」
そして、当代のイルコスである彼女は選んだ。
最後の英雄たちに、真実を話すことを。
「ま、話したところで何があるという訳でもないのですが。精々皆様の知的好奇心が満たされる程度です。興味がなければ、この過程を飛ばしますが、どうされますか?」
「………いや、是非とも聞かせてくれ。僕達はきっと、それを知る義務があるだろうから」
「そうですか」
やはり、イルコスは表情を動かすことなく答える。
そのことを寂しく思ってしまうのは、わがままだろうか。
彼女が真実を話すことに抵抗はない。
他の誰にもそれを語る資格がないとしても、彼女だけはその資格を有しているのだから。
それを止めることなど、アイズたちには出来ない。
「着きましたよ」
輝く森の木々たちが姿を消す。
その代わりに、今度は光り輝く美しい花畑が姿を表した。
「ここは……」
「英雄アルゴノゥトの墓標と封印がある場所です。墓標は、あちらに」
花畑の中心にある、黒い大きな石。
そこにイルコスは歩み寄っていく。
近くに寄れば、そこに文字のようなものが刻まれているのが分かった。
「これが、英雄アルゴノゥトの墓標……。ここには何て書かれてるの?」
「当時アルゴノゥトと共に戦った英雄たちの名が刻まれているそうです。戦闘と風化によってもう文字は読めなくなってしまいましたが…」
風で花びらが舞う。
赤と白の綺麗な花が、彼らを歓迎するかのように天に昇る。
「この花はわざわざ植えたのかい?」
「いいえ。ここにある
「三千年も!?」
「言い伝えでは、この下に眠るアルゴノゥトの血肉を今でも啜り続けているからとか」
「いっ!?」
あまりにも淡々と語るので、思わずギョッとしてしまった。
「冗談です。おそらく、封印の影響だと思われます」
「そ、そうなんだぁ…」
ずっと思っていたことだが、彼女の冗談は些かブラック過ぎる。
もっと優しい冗談を言ってほしいと思う。
だが、次に彼女の口から飛び出た言葉は違う意味で驚かされるものだった。
「そもそも、この下にアルゴノゥトは眠っていませんから」
「………え?」
ここに墓標が確かにあるのに、この下に眠っているわけではないと語るイルコス。
流石のヘルメスもこのことは知らなかったのか、驚いた表情で彼女を見つめている。
「この下にいないって、なんで……?」
「初代イルコスがこの地に移り住んでしばらく経った後、興味本位で掘り返したそうです」
「罰当たり!?」
「本当に変人と英雄の考えることは分かりませんが、それはともかく。この下には何もありませんでした。人間を弔ったにしてはあまりに何の形跡もなく、完全に土に還ったにしても不自然で。この下に英雄はいないと結論付けたようです」
「じゃ、じゃあアルゴノゥトの遺体はどこにあるの!?」
「さあ?そこまでは私にも。案外、獅子の胃の中にでもいるのでは?皆様も獅子に喰われれば、彼とご対面できるかもしれませんよ?」
彼女の物言いに絶句していると、流石にブラックジョークが過ぎたと自覚したのかフォローを入れ始める。
「冗談です。完全に私の推測ですが、国に還って手厚く埋葬されたのでは?腐っても救国の英雄ですし。国に還るころには腐ってたかもしれませんが……。――――あ、これも冗談です」
思ったように笑いが取れない現状に少し悩んだ様子を見せるイルコス。
「母はこれで爆笑してたんですけどねぇ」などと呟いている。
森での引きこもり生活が長く続いたせいで、笑いのツボがいかれてしまったのだろうか。
そんなことを思いながら、アリーゼはふとリュー達の様子を見る。
折角だから、アルゴノゥトの遺体が本当はどこに埋葬されたのか聞こうと考えたのだ。
だが、それは出来なかった。
「――――!」
思わず、息を呑む。
彼女たちは全員が表情をなくし、能面のように凍りついて微動だにしていない。
当時を思い出し、怒りが込み上がっているのだろう。
その様子に、思わず震える手を握りしめる。
「さてと。まあ墓標の紹介もここまでにして。次は皆様お待ちかねの封印です。封印されている魔物は喜劇の一文にも記されている“獅子の怪物”です」
墓標から更に歩みを進める。
広がっていた花畑の中心に、カルデラのように大きな窪みがあった。
その窪みの中に花は咲いておらず、剥き出しの断層が露わになっている。
そして、その中心に、それはいた。
額に金色の剣が突き刺さり、そこから生まれる雷に動きを封じられている怪物。
黒い毛並みと鋭い牙や爪、人など簡単に飲み込むほど大きな口。
身体そのものも大きく、ウダイオスすらも軽く超えるほど。
体高は30Mほどあるだろうか。
それだけ巨大で、その大きさの分だけ恐ろしかった。
間違いなく、漆黒のモンスターと呼ばれる強化種。
ダンジョンが神の力に対抗するために生み出した化け物。
「あの額に突き刺さっているのって、もしかして――――」
「ええ。大精霊がその身を変えたとされる宝剣。この森の名前の由来にもなっている、【雷霆の剣】です」
「あれが……!」
「剣は長い時の中で、その力を獅子に奪われながらも封印を維持し続けてきました。……っと、雷霆で思い出しましたが、そう言えば貴方に聞きたいことがあるんでした」
イルコスは振り返り、そこにいるベルをしっかりと見つめる。
突然のことで驚くベルだったが、戸惑いながらも彼女の瞳を見つめ返す。
「ベル・クラネル」
「? 僕、名乗りましたっけ?」
「名乗るも何も、覚えています。貴方が12年前、この森を訪れた時のことはしっかりと」
「……え?」
困惑を浮かべるベル。
だが、イルコスは淡々と問いかけを続ける。
「貴方は千年前の約定を果たすために来たのですよね?」
「千年前?それに、約定?何のことですか?」
「? ゼウスから何も聞いていないのですか?」
「なんでここでお祖父ちゃんの名前が――――?」
その言葉に、今度はイルコスのほうが困惑する。
どうやら、思っていた反応と違ったようだ。
「ヘルメス。一応聞いておきますが、貴方の方は?ゼウスから何か聞いていますか?」
「いいや、なにも。まあ、大体の経緯くらいは想像できるが……」
「そう、ですか…。」
口元を手で覆い、考え込むイルコス。
聞かれないように覆った手の中で、何かを呟いている。
(12年前のあの言葉の意味は……。)
(あの時から知っていたな……!)
(チッ、あの好々爺め…。)
やがて結論を出したのか、大きな息を吐いて気持ちを切り替える。
ゼウスに対して色々言いたいことはあるようだが、それを今ベルに言っても意味はない。
それを悟ったイルコスは、ベルをまっすぐと見つめ、なにかに思いを馳せる。
「これが“運命”ですか……」
「?」
彼女の最後何を言ったのか、誰も聞き取れなかった。
「いえ、何でも。さっき言ったことも忘れてください。知らないのであれば、貴方には関係のないことです。理由や経緯はどうあれ、貴方がここに来てくれたという、その事実が一番重要なのですから」
イルコスは自分だけが納得し、それだけ告げると再び封印の方を見つめる。
ここから更に問いただすことはできそうになかった。
「話が少し逸れてしまいましたが、本題に戻りましょう。今から語るのは、英雄譚。ここに登場する人物たちは、今の世でも知られるほどの英雄……賢王アリアドネに始まり、語り部のオルナ、歌い手のウィーシェ、狼帝ユーリス、大戦士ガルムーザ、争姫エルシャナなどです。その他にも、魔剣鍛冶師のクロッゾや、歴史に名を残すことこそありませんでしたが、アルゴノゥトの妹などが登場します。これは、そんな彼らが立ち上がるに至った物語。数多の英雄が乗り込むことになる、英雄の船の建設の物語」
語り始める彼女の言葉を、全員が聞き逃すまいと真剣に聞き入る。
数多の英雄を奮起させた始まりの英雄。
そんな彼が残すことを嫌った、真実の物語。
「つまらない話ですよ、これは」
こうして、物語は語られる。
彼女がつまらないと断じる、英雄の物語が。
あとがき
ひとつ、これだけは言わせてください。
ちゃんと、ちゃんと最初から考えてましたから!
後付とか、頑張って帳尻合わせたとか、そんなんじゃありませんから!
これだけは信じてください!
と、それはさておき。
感想で何度も言われてることですが、ベル君ハードスケジュールですね…!
ダンジョン行って運命に出会ってミノタウロス倒して黒いゴライアス倒して、一回神殺し挟んで戦争遊戯して歓楽街掻き乱してゼノス庇って都市敵に回して、一回大英雄倒すのを挟んで深層に落ちて都市の決戦に首突っ込んで美神の魅了騒ぎを沈めるために戦争遊戯して。
これが全部半年か…。
ヤバいにも程がありますよね…。
あと、これ書いてる時に思い出したんですけど、プロメテウスって最後にベルくんにキスしてたような……。
ま、深く考える者らしいし、大丈夫でしょう、きっと。
以上、あとがきでした。