道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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英雄神話~後悔~

 

こんなふうに人と話すのが初めてですし、そもそも買い物以外のまともな会話も十年ぶりなので、至らぬ所があってもご容赦ください。

え?ヘルメスと前に会った時?

知的好奇心を満たすために一方的に喋り続ける行為は会話ではありませんよ。

あの時は本当に不愉快でした。

出来ませんでしたが、記憶を抹消する手段を模索するくらいに不愉快でした。

獅子退治が終わったら殴りますね。

 

それはさておき。

まず最初に申し上げておきますと、いくら真実と言っても大筋は変わりません。

アルゴノゥトが凡庸な男であったことは事実ですし、みっともない愚かな男であることも確かです。

 

隠れた大英雄であったとか、物凄い才能を持ってて万の魔物を滅ぼしたとか。

そういうことは一切ないです。

彼がやったことはミノタウロスを一体倒しただけ。

それも、自分の力だけでは倒せなかったので、妹や姫の力を借りてやっと倒したくらいです。

 

繰り返し言いますが、彼は決して優れた戦士などではなく、只人に過ぎません。

私の話を聞いて幾つかの真実を知り、彼に対する印象も多少なりとも変わるでしょうが、これだけは決して忘れないでください。

あ、あと出来ればこの真実を他に公開するようなことも控えていただけたら幸いです。

あなた達への義理立てとして話すことを決めたのは私ですが、先祖(アルゴノゥト)の思いを無下にしたいわけでもないので。

 

………そうですか、ありがとうございます。

 

まあ、言ったところでどれだけの人間が信じてくれるかという話ではあるのですが。

とにかく、安心しました。

 

話を続けましょう。

 

先程も申し上げたとおり、大筋は変わりません。

なので、細部は省かせていただきます。

知っている物語を聞いても、つまらない話が更につまらなくなるだけでしょうし。

要点をまとめましょう。

喜劇との相違点は大きく分けて三つ。

 

一つ。

先程名を挙げた英雄たちが登場するという点。

争姫エルシャナについては些か例外的ですが、いずれにせよ最終的にはアルゴノゥトの理想に賛同し協力することになりました。

 

二つ。

アルゴノゥトは愚かではありましたが、確かな理想を持っていたという点。

人類の未来を憂い、行動を起こした結果、英雄譚と喜劇が生まれたのですから。

 

三つ。

王国は“人類最後の楽園”を謳いながらも、その実態は決して誇れるものではなかったという点。

喜劇のアルゴノゥトも周囲に騙され続けるような感じでしたが、そんな可愛いものじゃありませんでした。

 

なにせ、魔物が楽園を守護していたのですから。

 

そう、そうです、魔物…モンスターです。

アルゴノゥトが退治したミノタウロスです。

あれが楽園を護ってたんですよ。

最強の戦士“ミノス将軍”として。

 

なぜ、と…。

天授物(アーティファクト)”って分かります?

神の恩恵がなかった当時に埒外の恩恵を与える特殊な道具。

エピメテウスが扱っていた力も、大雑把に言えば“天授物(アーティファクト)”の一種です。

まあ、その由来や成り立ちからして全くの別物でしょうが、雑に言ってしまえば同じ神が作った武器。

そういうものを使ったのだと考えてください。

 

あぁ、言っておきますが、魔物が楽園を守ることを咎めているわけではありませんよ。

憎悪の対象である魔物を使って~とか、そんなくだらないことを言うつもりはありません。

使えるものは何でも使え、というのが我が家の家訓ですから。

 

では、何が問題だったのかというと、その使用条件です。

『神秘の鎖』と呼ばれた“天授物(アーティファクト)”は、魔物を操り隷属させることが出来る優れモノでした。

いいですよね~。

問題さえなければ私も使いたいくらいです。

 

え?ああ、はいはい。

その問題が何かですよね?

焦らしてるわけではありません。

ただ、付き合いのあったラクリオス王家の名誉と、あなた達への衝撃を少しでも緩和しようと思っただけです。

お気に召さなかったようなので、直球に言いましょうか。

 

使用条件は、使用者と血縁関係にあるものを定期的に生贄として捧げること。

それを怠れば、やがてその効力は失われます。

神も意地の悪いものを落としたものです。

何考えてあんなもの落としたんですか?

 

落としたのは性根の悪い邪神達であって自分たちじゃない?

止められなかった時点で同罪でしょうに。

ヘルメスに至ってはその邪神と大差ないくらい性根が腐り果ててますし。

 

まあ、どうでもいいですね。

今更言った所でどうにもならないことですし。

 

とにかく、ミノタウロスの隷属には数え切れないほどの命が使われてきました。

本来は数多くいたはずの王族やその血縁者が、残り数名になるほどに。

それ以外にも、王の命令で邪魔な人間を喰らっていたようですし。

生贄を捧げられる直前には拘束力もそれなりに落ちていたとあったので、戦場で兵士の死体を喰らっていたとしてもおかしくはないでしょう。

そうした数多の犠牲に上に、楽園は成り立っていました。

 

自分達ならミノタウロス如き…と考えたかもしれませんが、一対一なら多分今の貴方たちが戦っても負けますよ。

先祖という色眼鏡を抜きにしても、記述にあるミノタウロスは常軌を逸している。

時間にして、王家三世代分の人と魔物の血肉を喰らい続けた強化種。

その危険性については、私よりもあなた達の方がよくご存知のはずです。

竜種数体を相手取り、それに勝利した上で血肉を啜ったという記述もあったくらいですし。

 

そんなミノタウロスと王家そのものを相手に、アルゴノゥト達は戦いました。

王に与した他の英雄候補たちや国の兵。

彼らが従える魔物たち。

後の世で英雄と呼ばれる彼らの力を借りてそれらを突破し、一騎打ちになりました。

その結果については、喜劇のとおりです。

お姫様の力を借りて、ミノタウロスに勝利しました。

戦いの際視力を失ったらしいですが、まあこれは蛇足ですね。

 

これが物語のあらすじで、ここからはアルゴノゥトの人格面について少し触れていきましょうか。

英雄になることを夢見る凡庸で愚かな青年。

英雄日誌と称した手記を持ち歩き、事あるごとに綴っていたそうです。

軽薄で美女にだらしがなく、軟派者で愚かで騙されやすくて。

それでも、不思議と周囲に笑顔を与える明るい性格の持ち主でした。

 

私が持つ文献の大半でも、そのように記載されていました。

ですが、その中で賢王アリアドネが書いたとされる手記の中でだけ、違った様相を見せていました。

 

『彼は軽薄で夢想家であると思われているが、其の実かなり現実主義者で思慮深い。この国の中で一番生真面目な人間を誰か一人挙げろと言われれば、私は迷いなく彼の名を答えるだろう』

 

要約すれば、そのように書かれていました。

おそらく、この手記こそが真実です。

道化よりも道化らしい男だったのでしょう。

誰にも悲壮に満ちた内面を悟らせることなく、滑稽に踊りきってみせた。

あるいは、その内面を察したからこそ、当時の英雄たちは彼に力を貸したのかもしれません。

 

すべては私の想像に過ぎませんが、そんなに的外れでもないでしょう。

 

………………。

いけませんね。

真実を語ると言っておきながら、気づかないうちに私の感情論が入ってしまっています。

以後、気をつけ――――むしろ好ましく、詩人に向いている?

 

………貴女ほどの方にそう言われるのなら、そうしましょう。

私もまだ捨てたものじゃないと思ってしまいますね。

 

閑話休題。

 

最後に語るのは、獅子退治での出来事です。

ミノタウロスの一件から獅子退治までしばらくの時間が経っているのですが、この間のことは何も話しません。

アルゴノゥトが子を作るとしたらこの期間ですし、初代がそのあたりを不都合に思って消したのでしょう。

まともな記述がありませんでしたし、あったとしてもくだらない争いや権力固めでの苦労話だけでしたので。

そんな物を聞きたくはないでしょう?

 

……え?むしろ参考になりそうだから聞きたい?

まあ、それはまたの機会に。

貴方以外に聞きたがっている方がいないようなので。

 

それで具体的な獅子退治での出来事なのですが、大したことはありませんでした。

英雄たちと一緒に自信満々に討伐に行ったが、攻撃が全く通用せず封印するに至った。

それだけの話です。

獅子の具体的な攻撃手段や様子については、あとで残された資料をお見せするのでその時に。

 

私が語るべきはアルゴノゥトの最期の姿です。

 

アルゴノゥトは光を失った彼が戦場に立つことを心配した女王の言葉を聞かず、討伐に向かいました。

封印に己の全てを燃やし、帰らぬ人となった。

その最期の姿に関する記述は、とても曖昧でした。

誰も、彼の顔を見れなかったそうです。

 

眩しくて見えなかったとかではなく、もっと純粋に目を背けてしまった。

希望に満ち溢れていた彼が、最期に絶望を浮かべる姿を見たくなかったのか。

あるいは、ショックで全てを忘れてしまったのか。

彼が今際の際で何を語ったのかも聞けずじまい。

そうして、アルゴノゥトはその生涯に幕を閉じた。

 

その時の英雄たちの後悔が、克明に記されていました。

 

私が皆様に真実を話そうと決めたのは、その記述を読んだからです。

貴方達は絶対に勝てる、と断言はできません。

むしろ負ける可能性の方が高いと思っていますし、絶対にこの中の何名かは命を落とされるでしょう。

 

生まれて19年、先祖代々の分を合わせれば三千年、この獅子を見続けた私達だからこそ、この脅威度を軽く見ることは出来ません。

だからこそ、皆様は後悔がないように。

決して目を背けず、仲間の最期を見届けてください。

その姿がどれだけ痛ましくとも、目を背ければそれはやがて後悔という名の傷になります。

 

どうか、皆様――――よろしくお願いします。

我が先祖の汚点であり、誠に勝手な願いであることは重々承知。

しかしながら、いつか人類が超えなくてはならない壁であることもまた事実。

 

今度こそ『真なる喜劇』を作るため。

どうか、勝ってください。

 

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

深々と頭を下げる彼女を前にして。

フィンの口から、不意にその言葉がこぼれ落ちた。

 

「君は、英雄のことをどう思っているんだい?」

 

その言葉に頭を上げた彼女は答える。

いつものように、感情を感じさせない無表情で。

しかしながら、どこか明確に感情を込めた声色で。

 

「大っ嫌いですよ、英雄なんて」

 

明確な嫌悪の言葉を。

明確な決別の言葉を。

口にしたのだった。

 


 

その後、彼らはイルコスの段取りに従い、次の行程に移っていく。

彼女の後を追う形で、彼女が住む屋敷にたどり着くのだった。

 

「ここに移住した初代に、国王が送った屋敷らしいです。それを補修したり一部を建て直したりしながら今も使ってます。ここに三千年分の文献があるので、それを見ながら作戦会議でもしてください」

 

イルコスの一族から英雄候補達に送られる、最後の支援だった。

事前情報の重要性は冒険者たる彼らは言うまでもなく理解している。

そのことに感謝をしながら、彼らは屋敷に上がり込む。

 

「流石に全員は入り切らないので、ご勘弁を。部屋や浴場もあるので、使いたければお使いください。ただ、二階右奥の突き当たりにある部屋二つ。そこには絶対に立ち入らないようにしてください。私の私室と資料室になってます。入った瞬間下着泥棒だと判断し、雷で焼きますのでお気をつけください」

 

そんな軽口とも警告とも取れるような会話をした後、イルコスは二階に続く階段に向かっていく。

 

「では、今から資料を取ってきますので少々お待ちください。しかし、当然ながら数も膨大でして……。出来れば幾人かに同行していただきたいのですが、よろしいですか?」

 

「じゃあ自分が――――」

 

「あっ、あなたはいいです」

 

「なんでっすか!?」

 

「さっき言ったとおり、私の部屋が隣にあるので。下着漁られたくないですし」

 

「勝手に入ったりしないっすよ!?」

 

「娼館で女に引っかかって貢いでそうな人は、ちょっと……」

 

「なんで知ってるんっすか!?」

 

「うわぁ~、ホントにやってたよ、この人…」

 

「やめてください、マジで!!」

 

適当に言った言葉がクリティカルヒットしてラウルにダメージが入る。

彼を見るアナキティの視線が5℃ほど冷たくなった。

ダメージを与えた本人は素知らぬ顔をしている。

 

「あ、丁度いいですね。そこにいる8名の方。よろしければ、手伝っていただけませんか?」

 

「……私達?」

 

「ええ、そうですよ」

 

彼女が指さしたのは、アイズ達古代の8人組。

先程イルコスが語った話もあって無意識に集まっていたところを指名されてしまった。

 

「ちょ、いくらなんでもアイズさん達にそんな雑用は――――」

 

「雑用と言いますが、私達が残してきた大切な資料ですよ?その重要性を理解して軽々しく扱わないでください」

 

「だとしても――――」

 

「ではこうしましょう。森で訳の分からない感情論をぶつけてきたお詫びとして、手伝ってください」

 

派閥幹部が雑用をされそうになって周囲が止めようとするが、イルコスの言葉に押し黙る。

そもそも、ここは彼女の屋敷なので、すべての決定権は彼女にある。

彼女からの頼みを断るのは、それこそ失礼に当たるだろう。

それに、アイズたちも心境からして彼女の頼みは断りたくない。

 

「分かりました、手伝いましょう」

 

「ちょ、アイズさん!?」

 

「いいの、先に失礼をしたのは私だから。悪いけど、皆も手伝って」

 

アイズの言葉に、他の七人も頷く。

 

「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

二階に登っていく彼女たちを、フィンは少し心配そうに見つめる。

だが、自分たちに出来ることは何もないと知っている彼は、すぐに視線を戻し指示を出し始める。

 

「さて、じゃあアイズたちが資料を取ってくる間、僕達も出来ることをしていよう。手の空いている団員は武器や回復薬の確認とその他の調整。リリルカ・アーデとベル・クラネル、リヴェリア、アリーゼ・ローヴェルは僕と一緒に今出来る限りの編成調整を」

 

「分かりました」

「分かったわ!」

 

フィンの言葉に従い、各々が動き始める。

そんな中、ベルは小さく手を上げてフィンに願い出る。

 

「あの、フィンさん。いいですか?」

 

「なんだい?」

 

「僕は指揮とか編成の調整とかは出来ないので、全部リリに任せていいですか?その間僕は森を少し見てきます。イルコスさんが全部倒したらしいですけど、また新しく近寄ってきた魔物もいるかもしれませんし」

 

その提案に、フィンは少し悩む。

こういう場面では、出来るできないに関わらず、団長がいるという事実が重要になってくる。

だからこそ、ベルにも声をかけたのだ。

だが、今は少し状況が異なる。

それに、この状態、この状況下だ。

ベルも何かを察しているのだろう。

 

「……分かった。ただ、無理はしないように。君は重要な戦力なんだ。今張り切りすぎて怪我なんて以ての外だからね?」

 

「分かりました。ありがとうございます!」

 

ベルはそう言うと、屋敷の外へ飛び出していった。

それを見送った後、フィンは悩ましげにアイズたちが消えていった方を眺める。

 

「やっぱり、僕も着いていくべきだったかな…?」

 

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

資料室に案内されたアイズたちが見たのは、膨大な数の手記だった。

本が陽の光で傷まないよう窓はない。

しかし、森にある光る石を蝋燭代わりに設置することで、部屋全体は明るく照らされている。

そして、その光に照らされ作られる山のような手記の影。

手記は広い部屋の壁一面に設置された本棚を全て埋め尽くしても尚足りず、山積みになっているそれらを見て、改めて三千年という時の重みを実感する。

 

「……この中から必要な資料を探すのよね?」

 

「骨が折れそうじゃのう…」

 

手分けして見ていったとしても、どれだけの時間がかかるか。

かかる手間を想像してため息が零れそうになる。

 

「嘆いても始まらん。イルコス、私達はどこから探せばいい?」

 

「ん?いえ、探す必要はありませんよ。えっと、ここに……あぁ、あったあった」

 

イルコスは本の影に消えたかと思うと、すぐに顔を出して幾つかの手記をベートに投げ渡す。

そして、自分も数冊の本を抱え、その状態を確かめながらアイズ達の方に戻っていく。

 

「一応ここにあるすべての本に目を通しましたので、すべて必要ありません。とはいえ、先程ああ言った手前本は必要ですから。事前に内容をまとめたものを用意したので、それを持っていってください」

 

なんとも奇妙な言い回しだった。

 

「目を通したって……。見た所で全部覚えられるわけないでしょう?」

 

「? 普通一度読んだ本の内容は忘れないでしょう?」

 

「……え?」

 

「え?」

 

ティオナの問いかけに、イルコスは状態を確認していた本を閉じてふたりとも首を傾げる。

どうも認識の齟齬があるような気がする。

 

「もしかして、普通の方は一度じゃ覚えられないんですか?」

 

「本の内容にもよるけど、流石に全部は無理よ。心惹かれる物語のような形式ならともかく、ここにはただの状態観察記録のようなものもあるでしょう?そんなもの全部覚えられるわけないでしょう」

 

「あぁ…、どおりで。ベル・クラネルが私を覚えてなかったのもそういう訳ですか…。一般的に幼少期の記憶は忘れやすいんですね。あ、もしかして、昔物覚えの悪いアブシュルトスを叱ったら逆に私が怒られたのも?」

 

「それは知らないけど……多分」

 

「そうですか…。あの子には悪いことをしましたね…。」

 

戸惑いながら、ティオナは答える。

一方、イルコスもイルコスで衝撃的な話だったのか、少し考え込むような仕草をしている。

 

「ま、今はどうでもいいことですね。すいません、少し感傷に浸っていました」

 

「それは良いけど……、なんで私達を連れてきたの?」

 

「ん~?やっぱり気づかれますよね…。流石に自分でも強引だったなって思いましたし。それはそれとして、あれ以外に方法もなかったし…」

 

独り言を呟くイルコス。

しかし、やがてどうでもいいと判断して、アイズ達を見つめる。

 

「ま、それはそれとして。連れてきた理由ですよね…。理由は純粋に貴方達に聞きたいことがあったのと、貴方達も言いたいことがあるだろうと思ったからですよ。実際どうでした?貴方達の目から見て、うちのご先祖様はどのような存在でした?」

 

その言葉に、アイズ達は驚き目を見開く。

まるで、当然と言わんばかりに彼女がそう言ったから。

彼女が、当たり前のように自分たちをそのように扱ったから。

 

「あ、立ち話もなんですし、そこら辺にある本を適当に積み上げて座ってください」

 

イルコスは当たり前のように本を積み上げて、椅子にする。

驚きが抜けきらないのと、流石に本を尻に敷くのは抵抗があったので立ちっぱなしだ。

 

「座らないんですか?」

 

「流石に本に座るのは…。ていうか――――」

 

「いつから気づいていたんだ?」

 

「最初からですが?だからあなた達に気をつかって、わざわざ今の呼び方に合わせたんですよ?」

 

ユーリはユーリスに。

ガルムスはガルムーザに。

エルミナはエルシャナに。

長き時の中で、その発音が微妙に変化してきた。

外界と同じように、この森でも継承の中でそういった変化が生まれたのだと思っていたが、違った。

「墓標に刻まれた文字…、読めなくなったとは言いましたが、何が書かれているか分からないとは言ってないですし」

そう嘯く彼女を見て、よくもまあ神を前にそんな真似ができるものだと感嘆する。

 

「それに、貴方達の容姿で、あんなにあからさまな態度取られたら嫌でも分かりますよ」

 

「容姿…?」

 

イルコスは天井を指差す。

なんのことか分からなかったが、その指に従い天上を見上げると、アイズ達は再び目を見開く。

そこには、古い絵画があった。

古代の町並みの中、見覚えのある姿をした自分たちが写っている。

そして、その中心。

彼女たちの中心に、アルゴノゥトが確かに描かれている。

 

「これって……」

 

「まだ、残ってたんですね…。」

 

「……アイズ?」

 

天井を見上げながら、目尻に涙をためたアイズは呟く。

 

「昔何度も肖像画を残そうってアルに言ったのに、アルはそれを断り続けて……。結局、一枚も残すことなくアルはいなくなって…。そんな時、とある町娘が趣味で描いていたこれを譲ってくれたんです」

 

街で偶然彼ら9人が揃っている姿を目撃し、それを眩しく思った彼女は筆を執った。

この尊く美しい景色を、残したいと考えた。

そして、この絵が完成したのだ。

 

「そういう経緯だったんですか。初代が王宮の宝物庫からパチってきた一枚らしく、どういう出自なのか不明でしたが、ようやく納得できました」

 

天井を見ながら、得心がいったように呟くイルコス。

在りし日の光景を眺めながら、思いにふける。

 

「これのおかげで、貴女は私達に気づいたってわけ?」

 

「それもありますけど、初代が妙な遺言を残してたってのも大きいですね」

 

「どういうこと?」

 

一つ頷いた後、イルコスは語り始める。

初代は言った。

『夢を見た。かつての英雄たちが手を取り合い踊る夢を。この夢はいつか現実(きげき)になるだろう。ボクはそう信じてる。あ、これ絶対に子孫に伝えていってね?絶対だからね?絶対だからね!?』

 

「それ最後のやついる?」

 

「変わり者なんですよ、初代」

 

「変わり過ぎでしょ。ていうか、あなた達一族全員変わってるでしょ」

 

「よく言われます~」

 

ふざけた返答をするイルコスにため息をこぼすが、なぜか肩の力が抜けてきた。

本当に、アルゴノゥトといるみたいだ。

 

「ねえ、それって本当に初代が残したの?」

 

「ええ、おそらく。他のイルコスが初代を騙る理由もありませんし」

 

「何者なの?その初代って。その言動だと、まるで未来を見てるみたいに――――」

 

「全部不明です。二代目の記録を見る限り、色々見透かしたような言動が多かったようですが、早逝したらしく詳しいことは分からずじまいだったそうです」

 

今に至る一族の歴史の中で、一番正体不明なのは初代の存在だとイルコスは思う。

現在に残す情報の選択も、予言めいた遺言も。

墓標を掘り起こしたことも、すべて。

何か作為的なものを感じずにはいられない。

 

イルコス…113代目イルコスは思う。

一口に『道化』と言っても、幾つかの種類に分けられると。

例えば『道化(ジェスター)』。

人々に笑顔をもたらし、希望を示すために滑稽に踊って見せる存在。

まるでアルゴノゥトのようだと思う。

例えば『道化(トリックスター)

様々なものを掻き乱し、新たなる可能性を示す存在。

まるで初代イルコスのようだと思う。

例えば『道化(ジョーカー)』。

突然現れ、あらゆる盤面をひっくり返す切り札の如き存在。

まるでベル・クラネルのようだと思う。

 

ならば一体、自分は何なのだろうか。

その答えは出てこない。

 

「それはさておき、話を戻しましょうか。あなた達から見て、アルゴノゥトはどのような存在だったのですか?」

 

「……なんでそんなことを聞くの?」

 

「ただの興味本位です。この状況を作る要因となった先祖がどのような人物なのか、ただ純粋に知りたいだけです。どのような存在だったのですか?」

 

平坦な口調で答える彼女のその声色からは感情は伺えない。

それが、今はほんの少しだけ恐ろしい。

『英雄』を大嫌いと言った彼女が、今自分たちにどのような感情を抱いているのか分からない。

それがほんの少しだけ、恐ろしかった。

 

「……英雄だ。絶望に暮れる私達に希望を示し、未来を見せてくれた……私達に“愛”をくれた、紛れもない真なる英雄だ」

 

悩んだ末に絞り出せたのは、その言葉だけだった。

 

「それが皆様の総意ですか……。そう、ですか…。なるほどなるほど…。救い、救われ、アルゴノゥトは英雄となった…。それに、“愛”ですか……。」

 

何かを吟味するかのように、イルコスは繰り返し呟く。

その様子からはやはり感情は伺えない。

震える手を握りしめ、その様子を見続けることしか出来ない。

 

「やはり、英雄というものは罪深く、度し難いものですねぇ……。」

 

やがて、イルコスはそう溢した。

その言葉に、瞳が揺れる。

 

「あなたは私達を…アルゴノゥトを恨んでいるのですか?あなた達一族がこの森に囚われ続ける原因となった、すべてを」

 

「いいえ、恨んでなどいません。これだけは本当です。ただ、それと同時に英雄(かれ)は理解し難く、嫌悪すべき存在だと思っているだけです」

 

「………なんで?」

 

恨み辛みを伴う嫌悪ならば分かる。

だが、彼女は決して恨んでいないと答えながらも、英雄を嫌悪すると言っている。

それが分からなかった。

彼女が英雄を解さないように、英雄たちもまた彼女を理解できなかった。

 

「言いません。下手したら諍いの原因になりかねませんし、言った所で貴方方は否定するだけでしょうから」

 

イルコスはここで問題を起こす気など欠片もない。

今問題が起きれば、誰も得をしないのだから。

だからこそ、イルコスは語らない。

己の感情を押し殺し、すべてに蓋をする。

 

「知りたいのであれば、すべてが終わった後にお話しましょう。盛大に殴り合うことになるかもしれませんが、まあその時はその時です」

 

イルコスは立ち上がり、執務机の上にあるものすべてを退かす。

広がった机の上に本を広げ、アイズ達を手招きする。

 

「こちらにどうぞ。彼らに話す内容を擦り合わせましょう。文献に記されていない情報があれば今仰ってください。書き足します」

 

とにかく、今は獅子退治が最優先だ。

それが終わらなければ、未来はないのだから。

だが、その前に一つだけ、確認しなければならないことがある。

 

「最後に。彼は、覚えていないんですよね?」

 

「……ええ」

 

「分かりました。発言には気をつけるとしましょう」

 

そのやり取りを最後に、本格的な作業に移っていく。

在りし日の思い出に見守られた部屋で、彼らは未来を紡ぐために必至に足掻く。

 

英雄を思い、彼の遺したことを今度こそ為すために。

過去の英雄たちは必至に足掻き続ける。

そこにはきっと、彼らの言う“愛”があるのだろう。

 

それはきっと美しい。

それはきっと素晴らしい。

それは理解できる。

 

理解できるがゆえに、イルコスは……イルコス達は思うのだ。

 

英雄(アルゴノゥト)』は本当に度し難く、許し難い存在であると。

 

なぜ……、何故なのだ、『英雄(アルゴノゥト)』。

何故彼らを遺して逝ってしまった。

何故与えた愛を取り上げるような真似をした。

 

だから本当に、お前は度し難いのだ。

 


 

あとがき

 

補足説明:撫子の花について。

前回説明し忘れたんですが、なんで撫子の花が咲いてるの?と思われた方もいるかもしれません。

ズバリ、特に意味はありません。

ゼウス関係の花があった方が風流だなって思ったから演出上咲かせただけです。

撫子だった理由は、撫子の花の学名『ディアンサス』が“ジュピター(ゼウス)の花”って意味らしいからです。

詳しいことは、ググってみてください。

 

それと、質問ってほどではないですが、前回のコメントであったのがイルコスさんが12年前会ったっきりのベルくんがすぐに分かった理由。

単純に、白髪赤目っていうのが彼女の一族にとって特別だったっていうのと、彼女が千草さんと声帯が同じなどこかのシスターレベルで記憶力がいいから。

それと、前回訪れた時ヘルメスが色々喋った。

時を渡る関係ではないです。

申し訳ございません。

 

多分次回辺りに戦闘開始…出来ればいいなって考えてます。

以上、あとがきでした。

 

あ、それと一つお聞きしたいのですが、派閥大戦第六章の時ついでに載っけたIFルートの続き、読みたいですか?

 

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