道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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英雄神話~追憶~+IF2-2

 

資料の選定と擦り合わせが終わり、フィンたちが待つ一階に降りていくイルコスとアイズ達。

ふと窓から外を見てみれば、もう日は沈み始めていた。

 

「もう日没ですか…。思った以上に時間がかかってしまいましたね。お待たせして申し訳ございません」

 

「いや、構わないよ。早速だが、資料を元に編成の確認をさせてくれ」

 

「ええ…………?」

 

「どうかしたかい?」

 

「ベル・クラネルはどこに行きました?」

 

周囲を見渡し、特徴的な白い髪が見当たらないこと疑問に思ったイルコスはそう尋ねる。

作戦立案に熱中していたせいか、フィンたちもここで初めてベルが戻っていないことに気がついたようだ。

 

「森の様子を見て来ると言って出ていったんだが…、そういえばまだ戻ってないね」

 

「少し遅いな……。アイズ、彼は今どこにいる?」

 

「ちょっと待って。今探す」

 

リヴェリアに尋ねられたアイズはスキルに意識を集中し、ベルの居場所を探す。

元々隠蔽など出来ないので、すぐに見つけることが出来た。

アイズは一つの方向を指し示し、答える。

 

「この方向の500Mくらい先。移動はしてない。じっと立ち尽くしてる感じ」

 

「立ち尽くしてる?何をしてるんだか……」

 

ベルの行動を疑問に思いながら、少し心配になる。

この地についてからの彼の瞳には、些か影が落ちているように思えたから。

 

「……この方角であってるんですよね?」

 

「? ええ、そうですよ」

 

「そう、ですか…。」

 

物憂げにアイズが指差す方を見つめるイルコス。

彼女の赤い瞳は細められ、その心情を映すかのように揺れている。

 

「……とりあえず、彼を呼び戻そう。誰か行ってくれるかな?」

 

「じゃあ、私が――――」

 

「いえ、私が行きましょう」

 

イルコスの様子を感じ取ったフィンが彼女を気遣い、声を掛ける。

レフィーヤがそれに答えてベルを呼びに行こうとするのだが、他ならぬイルコス自身によって遮られてしまう。

そのことにはフィンも少し驚き、彼女を心配そうに見つめている。

 

「出来れば君には話し合いに加わって欲しいんだけど…」

 

「私に出来ることは何もありませんよ。資料にあること以外は話せませんし、戦力として期待されているのでしたらそれも無理です。私の力はあくまで封印ありきのものですので」

 

封印が破られてしまえば、雷霆の剣も砕け散る。

そうなれば、最初に見せたような雷を操る芸当もできなくなってしまう。

彼女たち一族に許されたのは、封印とその効果が及ぶ範囲での力でしかない。

封印さえなくなれば、彼女はこの森ですら無力な一般人に成り下がってしまうのだから。

 

「それに、この先にあるのはあまり見ていて気分の良いものでもないですしね」

 

「……何があるの?」

 

「家族の墓ですよ。歴史も意義も意味もない、その下に誰か埋まっているわけでもない、形を模しただけのものに過ぎませんが」

 

なんてことのない様子で彼女は語る。

やはり、その声色に抑揚はなく表情に変化も見えない。

だが、それでもなぜか悲しげな顔をしているように見えてしまうのは、気のせいだろうか。

 

「まあ、そういう訳ですので、私が行くのが適任でしょう。丁度彼と話したいこともありましたしね。あ、不埒なことをする気は一切ないのでご安心を」

 

「そんな心配誰もしてないよ!?」

 

フザケないとやってられない性格なのか、あるいはフザケないとやってられないような心境なのか。

アルゴノゥト共々、つくづく他人には弱さを見せようとしない。

弱さを恥としているのか、誰にも心配されたくないのか。

その在り方が身勝手だということに、彼らは気づいているのだろうか。

 

周囲の視線を尻目に、彼女は軽く手を降ってベルを迎えに屋敷を出ていった。

 

……………

…………

………

……

 

ベルは眼前にあるそれを見つめながら立ち尽くす。

いつからこうしていて、どれだけの時間が経ったのかは分からない。

みんなも心配しているのは間違いないだろうし、一刻も早く戻らなくてはいけない。

それは分かっている。

分かっているが…、それでもベルはこの場から動くことが出来なかった。

 

「アブシュルトス……」

 

荒々しい子供の字で木の幹に刻まれた文字。

そこには人名と思われる名があった。

文字に触れながら、ベルはその名を読み上げる。

 

「私の弟の名ですよ」

 

「………イルコスさん」

 

背後から消えてきた声に振り返ると、そこにはやはりイルコスがいた。

彼女は軽く会釈をした後、ベルの横に並び刻まれた文字を一緒に眺める。

 

「快活で明るくて、優しい子でした。この地を訪れた貴方と一緒に遊んだこともあるんですよ?」

 

「す、すいません…。その、やっぱり覚えてなくて…」

 

「いえ、お気になさらず。先程分かったことですが、どうやら私は常人より記憶力に優れているようでして。弟が生きていたとしても12年前のことなど覚えてなかったでしょうし、貴方が心を痛める必要はありませんよ」

 

イルコスはベルを気遣うようにそう言う。

空気が重くなり会話が続かない。

言わなければいけないことがあるはずなのに、言葉が出てこない。

 

「少し、雑談でもしましょうか。このままでは貴方はまともに喋れなそうですし」

 

イルコスは薄く微笑みながらそう言った。

彼女は珍しく笑っていた。

最初に挨拶をした時以来だっただろう。

その微笑みに、ベルは少し驚いて、それと同時にそう思ってしまうこの現状に、自身の罪を感じてしまった。

 

「まず最初は貴方が気になってるがどうでもいいこと辺りを話しましょう。そうですね……、千年前の約定のこととかどうですか?」

 

「それって、お祖父ちゃんとの奴ですよね?聞いて良いんですか?」

 

「別に構いませんよ。ただ単に話すのが面倒で後回しにしただけですので」

 

彼女からしてみれば、本当になんてことのない話だ。

実現されると期待などしていなかったただの口約束に過ぎないのだから。

 

「本当に、ただの口約束なんですよ。剣に姿を変えた大精霊を遣わしたのがゼウスだったらしく、英雄のやり遺したことを自分たちにやらせてくれって言ってきたそうで」

 

「そうだったんですか!?」

 

「ええ。千年前、他の神々と一緒に初めて天から降りてきたゼウスはこの地を訪れました。とは言え、流石に降りたばかりで戦力も整っていなかったし、そもそも封印が解けるまで大きな猶予があったので。だからその時は封印の様子見だけに留め、封印が解ける千年後に、再度この地を訪れ討伐すると誓いました」

 

だが、それはイルコスの一族からしてみればただの口約束。

書面に起こして誓った所で千年後に効力を発揮するかも怪しいし、当時は神の存在そのものが怪訝に思われたかもしれない。

だから、当時のイルコスからしてみれば、叶ったらラッキーという程度の思いしかなかった。

だが、ゼウス本神からしてみれば神としての威厳を賭けた大真面目な約束だ。

 

「ですが、それが叶うことはありませんでした。獅子を倒せるだけの戦力を揃えることは出来たのでしょうが、その前にすべてを失ってしまった」

 

「15年前の、黒竜討伐失敗……」

 

「せっかく揃えた戦力は、獅子を超える怪物により消えてしまった。千年前の約定を果たすことは出来なくなってしまった。12年前にゼウスがこの地を訪れたのも、その謝罪が目的だったんですよ」

 

15年前の黒竜討伐失敗は、この世界にとって大きな分岐点となった。

オリンピアで大英雄が堪え続けていたものが溢れ出る最後の一押しになってしまったし、闇派閥の増長を許すキッカケになった。

そして、誰にも知られることのないこの森でも、無視できないほどの影響が出てしまった。

だから12年前にこの地を訪れたゼウスは、真っ先に土下座をして謝り倒した。

神として約束を違えることの重みを誰よりも理解している彼は、彼女たち一族に誠心誠意謝ったのだ。

 

「そしてその時――――いや、ここから先は蛇足ですね」

 

何かを語りかけた彼女はそのまま口を閉ざした。

彼女が語ろうとしたその先を尋ねる術をベルは持たない。

 

「さてと、そういうわけで、この件についてはこれでおしまいです。次の話題に移りましょうか。貴方が一番聞きたがっていること――――私が嫌っている“英雄”について」

 

流れはそのままに。

世間話を続けるように彼女は話をする。

なぜ聞きたいことが分かったのか、などとは聞かない。

聡い彼女なら気づいてもおかしくはない。

ベルは胸の痛みを隠しながら、イルコスを見つめる。

表情に変化はなく、やはり感情は伺えなかった。

 

「……不愉快かもしれないですけど、何となくは分かるんです。貴女が何に怒りを覚え、何を嫌い続けているのか」

 

「不愉快ではありませんとも。尊重の上で理解されるのは中々心地良いものですよ」

 

心做しか穏やかな声だったように思える。

その声を聞いても、ベルの手は震えてしまう。

自分の中でも整理がつかない感情が揺れ動き、恐怖となって襲いかかる。

 

「貴女はきっと、アルゴノゥトと一緒に戦った英雄たちのことは嫌っていない。それどころか感謝して敬ってすらいる。過去を語る貴女の様子からは、彼らへの思いやりや尊重を感じました」

 

「ええ、そうですね。ならば、私は一体どの英雄を指して嫌っていると言ったのでしょう?」

 

挑発するようなその物言いに、ベルは真っ向から立ち向かう。

 

「当時一緒に戦ったユーリス達ではない。勝手に散っていったゼウス・ファミリア達でもない。だったら、あとは一人しかいない」

 

今話したのはすべて後付の理由だ。

それ以外の可能性など、ベルは一切考えていなかった。

 

「貴女が嫌っているのは、自身の祖である英雄アルゴノゥトですよね?」

 

その言葉は震えていた。

彼女は何も答えない。

ただ真っ直ぐ、弟の名が刻まれた木を見続けている。

 

「何で、嫌っているんですか…?やっぱり、一族を縛り続ける原因となったことを恨んで?」

 

「いいえ。そんなことで恨みはしませんし、そもそも恨んでませんよ。一族の在り方が封印に依存してますからね。存在自体を否定するような不毛な真似はしません」

 

「じゃあ、何で…?」

 

恨んではいないが、嫌ってはいる。

その思いは不思議なものだった。

尋ねられたイルコスは空を見上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「これは初代からの受け売りというか、一族の信条のようなものです。それに加えて、私が同情的で感情的になってしまっているから、あそこまで露骨な態度に出てしまっただけで。他のイルコス達は許してはいませんが、嫌ってもいません。アルゴノゥトを嫌っているのは、私唯一人です」

 

イルコスはその前置きをしたうえで、語り始める。

 

「アルゴノゥトは国を救い、人類の未来を切り拓きました。悲壮に満ちた英雄譚を喜劇に変えて、希望を示したんです。それは他の誰にも真似できない偉業だと思います。でも、偉業を為した英雄(かれ)は、最後の最後で大罪を犯してしまった」

 

「その大罪って…?」

 

「仲間を……愛する者を遺して死んでしまったことです」

 

英雄は最後の最後で、誤った。

自分という存在の価値を過小評価してしまった。

自分が仲間の中でどれほどの存在になっているのかを、見誤ってしまったのだ。

 

「彼は最後の最後で、生きるのを諦めて仲間の前から逃げてしまった。それはどう言い繕おうと、決して揺らぐことはありません」

 

「……逃げたわけでは、ないのでは?アルゴノゥトは戦って死んだんですから…………。それは――――」

 

「ええ。それはきっと、仕方のないことだったのでしょう。どうしようもないことだったのでしょう。避けられない運命だったのでしょう。ですが、それでも私達は言い続けなければならない。彼は諦めて、逃げたのだと」

 

それは後悔。

それは未練。

それは悔恨。

アルゴノゥトが死んだことで生まれてしまった、慚愧の念。

 

「英雄譚において、英雄は一か百かの苦渋の決断を迫られることが多々あります。そして、大抵の英雄は自分自身という“一”を捧げることで全てを救うのです」

 

「それは……、そうですね。ある種の定番のような、王道の展開として昔からあります」

 

「他の英雄がそれを為すのは別に構いません。彼らは百を救うために戦っているのですから。ですが、アルゴノゥトは英雄が取り零した一を救うために戦った。英雄にはなれずとも、笑顔を与える道化として確かに人を救ったんです」

 

「……………。」

 

「しかし、彼は最後の最後で、英雄に成り果ててしまった。自分自身を犠牲にして仲間を救うという愚行をしでかした。道化として戦うことを諦めたんです。今までの全てを否定するかのように、すべてを投げ出したんです。それは、彼が道化として救った全てへの裏切りに他ならない」

 

「だから………、“罪”」

 

「仲間に取り残された彼は、仲間を取り残してしまった。残される側の気持ちを、痛いくらいに知っているはずなのに。私はそれが一番許せない。なんで、与えた希望を取り上げるような真似をしたのか。矮小な道化でも世界に抗えると証明したかったはずなのに、何故英雄になってしまったのか」

 

英雄に憧れた青年が英雄に至る。

本来であれば喜ばしいことだ。

だが、何故彼の場合こうも歪になってしまったのか。

 

「だからこそ、私達はアルゴノゥトを許しません。他の誰に許されようとも、私達だけは彼を許してはいけないんです。そうしないと、彼が遺していった彼らへの不義理になってしまう」

 

「…………。」

 

「私達はアルゴノゥトを咎め続けましょう。呪い続けましょう。自分自身を呪うことすら出来なくなった彼の代わりに。私達は彼を貶し、貶め、堕落させましょう。英雄ではなく、道化に救われた彼女たちのために」

 

届くことのない星に手を伸ばしながら、イルコスは語り終える。

自身の役目を全うするため、決意を抱いて。

 

「……貴女がそこまで感情的になってしまうのは、弟さんのことがあるからですか?」

 

「ええ。私もまた、かつての英雄達と同じように置いて逝かれた身ですから」

 

両親に、そして弟に。

彼女は残されてしまった。

 

「今でも、夢に見るんですよ。私を庇って弟が死んだ時のことを。辺り一帯に弟の五体だったものが飛び散り、脳に焼き付くような匂いがしていました」

 

脳裏に焼き付いて離れない凄惨な死。

穏やかだった日常が崩壊した瞬間。

 

「かろうじて残っていた遺体すらも火の巻かれて見失い、何も残らず。こうして形だけの墓を繕って。あの子は私を救ってくれたのに、私はあの子に何かしてあげることすら出来ませんでした」

 

死後の後悔は未だ在り続ける。

これはきっと、消えることはないだろう。

それでも、彼女は生きていかなければいけない。

弟がくれた命を、無下には出来ないのだから。

 

「貴方は死なないでくださいね、ベル・クラネル」

 

ここでも呪いは生まれてしまう。

 

「貴方を想う彼らが、彼女らがいるんですから」

 

その言葉を最後に、イルコスは来た道を引き返すため身を翻す。

思えば、随分長いこと語ってしまった。

 

「戻りましょう。作戦会議をするために貴方を連れ戻しに来たのをすっかり忘れていました。きっと、みんなが待ってます」

 

「あ、あの――――!」

 

前を歩くイルコスを呼び止めて、ベルから最後の問いかけが始まる。

 

「最後に一つだけ、いいですか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「これは単純な興味というか、知りたいから聞いてるだけなんですけど、いいですか?」

 

「? 構いませんよ」

 

彼の行動に疑問を覚えながらも、彼女は了承する。

 

「イルコスさんが【イルコス】を襲名する前の名前って、なんですか?」

 

12年前に訪れた際にはその名前を使っていたはずなのだが、覚えていない。

ずっと気になっていた。

宿命を背負ったイルコスではなく、一人の少女としての彼女の名を知りたいと思った。

 

「ああ、何かと思ったらそんなことでしたか…。私の名前はメ――――」

 

「? どうしたんですか?」

 

「………やっぱり止めておきます。今は教えません」

 

「え゙!?」

 

素直に教えてくれると思ったら、その途中で言葉を止めて教えないと言い始めた。

そのことにベルは鈍い悲鳴を漏らすが、イルコスは穏やかな口調で諭すように続ける。

 

「“今は”と言ったでしょう?貴方が獅子を倒すことが出来たらお教えしましょう。報酬には安いかもしれませんが、まあゲン担ぎのようなものです。精々頑張ってください」

 

「えぇ……」

 

最後に穏やかに笑いながら、彼女は歩いていく。

ベルもその後を慌てて追う。

こうして、また負けられない理由が出来てしまった。

 


 

あとがき

 

無理だこりゃ。

戦闘開始出来ませんでした。

多分次回が終わっても戦闘始まりません。

次の次でようやく戦闘始まると思います。

多分、きっと、おそらく。

 

まあ、そういうわけで、少し短くなりましたがキリが良いのでここで一旦区切らせていただきます。

イルコスさんの本名については、予想されてみてください。

ギリシャ神話に登場する人物ですから。

多分少し調べたら分かると思います。

 

そして、次のページからは派閥大戦第六章の続きになります。

やっぱり、皆さんお義母さん大好きですね。

私も大好きです。

 

以上、あとがきでした。

 


 

IFルート

派閥大戦第六章IFルートの続き。

 

前回のあらすじ。

魅了解除が失敗したベル君達はオラリオから逃げ出した。

お義母さんとおじさんを頼ることにした。

追手としてアレンが襲いかかってきたが、おじさんが倒してくれた。

クソジジイが面倒なタイミングで捕まったせいで、お祖母ちゃんも一緒だよ。

お義母さんとお祖母ちゃんに事情を説明したよ←NEW!!

 

ということで、事情説明終了。

アルフィアは不愉快そうに目を細め、舌打ちをしている。

まあ、こちらは概ね予想通りだ。

アルフィアは感情を隠すことなく、すぐに手が出る人ではあるが、関係ない人物に当たり散らすような真似はしない。

……はずだ、おそらく。

アルフィアもアルフィアでベルを可愛がって甘やかしているから、ベルにはその辺のことが分からない。

まあ、甘やかすと言っても本人基準での話だ。

世間一般の親からしてみれば、十分厳しい部類に入る。

 

そして、一番懸念が強かった祖母(ヘラ)

一方の彼女はというと、途中から相槌を打つことすらなくなった。

俯き顔に強い影が落ち、表情は分からない。

分からない……、分からないが、ブチギレてるのだけは確かだ。

ここまでブチギレているヘラを見るのは、流石のアルフィアでも初めてだ。

今までの比ではない。

これは……、本当に不味い。

 

「殺す」

 

ベルとザルドが最大限恐怖と警戒をしていると、ヘラは小さく呟いた。

そして、次に瞬間身構える暇もなく強大な神威が発せられる。

フレイヤが魅了を施した際の神威が霞んで見えるほどの神威の暴力。

堪えていたものが決壊するかのように、解き放たれる。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!殺すッッッ!!!」

 

思わず椅子から転げ落ちるザルド、ベル、リューの三人。

頭を抱えて布団に包まりたい気持ちを必死に抑え、どうにかしようと様子をうかがう。

だが、最早そういうレベルの話ではない。

 

「あのアバズレ……ゴミムシがッ!!ベルを拐かすだけに飽き足らず、ヘスティアを……!!私が敬愛するあのヘスティアを監禁だと!?巫山戯るなよ、端神(はしため)風情が!!殺す…、殺してやるッ!!生まれてきたことを後悔させ、ありとあらゆる苦痛を味合わせた後、転生しても消せぬ傷を刻み込んで殺してやるッッ!!」

 

「ちょ、ちょっと待って!お祖母ちゃん――――!!」

 

「やめておけ、ベル。どうせ聞こえてない」

 

とんでもない勢いで怒号が溢れ出てくる。

思わずベルが止めようと声を掛けるが、アルフィアによって素気なく遮られる。

というか、なぜアルフィアはこの神威の中でも平気な顔をして紅茶を飲んでいられるのだろうか。

肝が座っているとか、そういうレベルの話ではないと思う。

 

「おい、ザルド。ゼウスを掘り起こして来い。ベルは抱き着くなり何なりしてどうにか宥めろ。話の続きはこの馬鹿姑が落ち着いてからだ」

 

「「りょ、了解!!」」

 

二人は敬礼のようなポーズを取った後、すぐに指示通りの行動に移る。

ザルドは部屋から飛び出していき、ベルはヘラに抱きついて精一杯の猫なで声で甘えている。

そんな二人を見ながら、リューは恐る恐るアルフィアに話しかける。

 

「あ、あの…、私は何をすれば……?」

 

「部屋の隅で縮こまってろ」

 

彼女が発するその圧に、リューは返事すらも出来なかった。

結局、リューは部屋の隅で膝を抱えて座ることにし、掘り起こされたゼウスがベルと一緒にヘラを宥めるさまを見続けることになった。

そうしてその光景が続くこと約半日。

日が沈む頃になって、ようやくヘラは正気を取り戻した。

 

……………

…………

………

……

 

正気を取り戻したヘラを含め、彼らは今食卓を囲んでいる。

心身ともに疲れ果て、ゲッソリとした顔をしながら、ザルドが用意した料理に手を付けるベル達。

 

「すいません…、ザルド殿。何も出来なかったのに、こうしてわざわざ料理まで用意していただいて…。」

 

「構わねえよ。ベルと一緒に逃げてくれただけで十分過ぎるくらい助かってる」

 

「そうじゃそうじゃ。気にせんでええぞい。しっかし、フレイヤが恋とはの~」

 

「おい、ジジイ!!」

 

ゼウスが余計な事を言ったせいで、ヘラは再び神威を暴走させる。

しかし、それも一瞬。

すぐに神威をしまい、冷静に話し合おうとする。

 

「ハァ……。それで、これからどうしますか、あなた?」

 

「決まっとるじゃろ。オラリオに喧嘩を売る」

 

ヘラの問いかけに、ゼウスはハッキリとした口調で答える。

その答えを可能にするだけの戦力は確かにある。

だが、それはそれとして問題は山積みだ。

 

「ですが、一体どうやって?戦力は十分あるでしょう。レベル8のザルド殿と、レベル9のアルフィア殿。ついでにレベル5相当の私達」

 

「俺とアルフィアがいれば、オラリオ全軍が相手だろうが負けることはない。だが――――」

 

「逆に言えば、お義母さんとおじさんが魅了されればそれだけで全てが終わる」

 

世界最高戦力の二人が敵陣営の手に落ちてしまえば、今度こそ勝ち目はなくなってしまう。

それだけの脅威度なのだ。

フレイヤが持つ『美』の権能とは。

 

「一応聞いてみますが、魅了への耐性とかは?」

 

「人並みだろ。冒険者として対異常のアビリティくらいは持ってるが、モンスターならいざ知らず神の権能なんて防げるわけもねえし。ていうか、何でベルには効かねえんだよ?」

 

「儂が聞きたいわ。我が孫ながら頭おかしいじゃろ」

 

「人聞き悪いこと言わないでよ…」

 

ここでもベルの異常性が浮き彫りになってしまう。

本当に、なんでなんだろう。

ただ一途なだけでは説明がつかないと思う、色々と。

とはいえ、そんなことを言っても意味はない。

 

「こうなって来ると、もっと人手がいる。人海戦術で撹乱するしかねえ」

 

「ですが、フレイヤは都市全土を一気に魅了できるんですよ?離れていたとしても、意味があるかどうか……。」

 

「だったら、魅了の解除もしないと。神様のことも心配だし……。」

 

「来ると分かっている状態で距離が離れていれば、フレイヤ以上の神格を持つ神の神威ならある程度は抵抗できるぞい。まあ、出来る神はそう多くはないがのう」

 

「それは不可能と言っているようなものでは?それに、オラリオの冒険者に対抗できるほどの神の眷属だってそうはいません。やっぱり、他の方法を考えたほうが――――」

 

「それだって無理じゃねえか?一度失敗した以上、解除する方法があるってフレイヤも分かってんだ。だったら、いくら忍び込んでもバレずにヘスティアとやらを救出するなんて出来ねえだろ」

 

「じゃあ――――」

 

食事も程々に、作戦会議だけが進行していく。

天界ならいくらでもやりようがあるのだが、下界でとなると自由に行使出来る魅了という権能が厄介過ぎる。

まさしく、チートというほかない。

だが、ここでヘラから思わぬ言葉が飛び出てくる。

 

「魅了解除に関してだが、私に一つ考えがある。だが、それには人手と時間がいる。私の存在をフレイヤに気取られても駄目だ」

 

「その方法を主軸に行くとしても、人手と時間だろ?時間稼ぐにしてもやっぱり人手がいるわけだし、ヘラが動けなくなる以上高位の神の協力だっている」

 

「そんなもの、一体どこに――――」

 

「あるだろう」

 

ヘラの腹案を聞いても尚打開策が浮かばない中、ずっと黙っていたアルフィアが突然声を上げた。

その言葉に、一同は眼を丸くして驚いている。

 

「人手と神の協力だよ?どこにあるの?」

 

「その前に前提条件の確認だ。現状の戦力と、それがどれだけフレイヤに知られているか」

 

アルフィアは指を立てながら話し始める。

 

「まず、そこの小娘とベル。これは当然向こうも把握している。次にザルド。お前らがゴミクズを見逃したせいで、おそらく知られているだろう」

 

「それに関しちゃ悪かったよ」

 

「いや、むしろ好都合だ。お前が矢面に立ったおかげで、私とヘラの存在を隠蔽できた」

 

フレイヤはザルドとゼウスの存在は分かっても、アルフィアとヘラの存在までは認識できない。

ゼウス達の存在を知ったからこそ、ヘラたちが一緒にいるという想像は抜け落ちている。

ましてや、病弱で余命幾ばくもないと思われていたのだから。

生きているなど、思われているはずもない。

 

「次に、フレイヤ側の戦力。魅了されてオラリオ全てが敵になる以上、ようやくレベル7になったというゴミ共とクソ猪。それに加えてレベルブーストなどという反則技も掛け合わされる。そうなれば、最大で擬似レベル8が四人にレベル7が一人。それ以外にもレベル5以上の第一級冒険者も数多くいる」

 

「流石に、おじさん一人じゃキツイよね…」

 

「無論、私なら容易く殲滅できるが、私は魅了解除が終わるまで動けない。思考すらも塗りつぶすほどの魅了を使えば、連中の動きも鈍ることになるだろうが、フレイヤ・ファミリアは十全に戦える以上、数の利がある向こうに分があると言える」

 

都市一つを敵に回した上で、魅了を掻い潜る関係上数は絶対に必要になってくる。

そして、その数にアルフィアはアテがある。

 

「それで?その数的優位をどうやって覆すんだよ?お前の言ってるアテは?」

 

「丁度、オラリオに近づく周期だ。私達が先に接触すれば味方になるだろう。レベル7程度に留まっているとはいえ、そこそこ使えるクソガキもいることだしな」

 

「おいおい、まさかお前――――」

 

彼女の考えが、ようやく分かった。

 

「レオンさんを――――『学区』を巻き込むつもり!?」

 

その考えに、ベルは悲鳴を上げる。

いくら緊急事態とは言え、この義母は子どもを戦争に加える気なのだ。

 

「このままではオラリオと世界に未来はない。だったら、奴らにも協力する義務がある」

 

堂々と言い切る彼女に、ベル達は何も言えない。

ザルドとベルは、いつもながらアルフィアのとんでもない発言に頭を抱える。

リューは、これがかつての最強ファミリア幹部の在り方なのかと、思わず畏怖する。

ゼウスとヘラは、アルフィアの考えを聞いて勝機を見出し、笑みを浮かべる。

 

「未だ高みに至れていないクソガキ共には、丁度いい刺激になる」

 

そして、この戦いすら彼女は未来の糧にするのだ。

 

 

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