ベルが戻った後、作戦会議はつつがなく終わった。
こういった面でベルに出来ることなど殆ど無いので、ただフィンが立てた作戦を聞き、自分の役割を理解するだけに留まった。
そして、その後。
夕食を取り、各々が出来る限りの準備を取り、明日の夜に備えるために眠りについた。
ヴェルフは持ち込んだ素材で簡易的な工房を作り、魔剣を作っていた。
なぜ今になって、作ろうと思ったのか。
それは何となく理解できるが、あえて聞くような真似は出来なかった。
アイズたちとも同様だ。
なにか話すべきなのに、何を話せばいいのか分からない。
レベル5になったから、過去を話せと言うべきだろうか。
いや、今話されても余計に自分が分からなくなるだけだ。
今彼女たちを追い詰めるような真似もできない。
悩みを打ち払おうと、頭を振る。
だが、考えまいとすればするほど、邪魔な考えが頭の中を埋め尽くす。
気づけば全員が休んでいる中、ベルだけ焚き火を眺めながら無駄な時間を過ごしていた。
「眠れないのかい、ベルくん?」
「………神様」
ふと声が聞こえてきて振り返ると、そこにはヘスティアがいた。
慈母のように穏やかに微笑みながら、ベルの隣に座るヘスティア。
ヘスティアの笑顔を見るだけで、ほんの少し心が軽くなったような気さえする。
「まったく、君って奴は…。明日が決戦なんだからしっかり休まないと駄目だぜ?」
「すいません…。ちょっと、色々考えちゃって……。」
「……イルコスくんと何かあったのかい?」
「い、いえ!イルコスさんは何も!ただ、その……、」
うまく言葉が出てこない。
自分が何に悩んでいるのかは、明確なのに。
「……無理に話そうとしなくていいよ。君にも色々あるだろうしね」
そんなベルを慰めるように、ヘスティアは優しく語りかける。
「でも、君さえ良ければ話してくれないかい?整理したり、伝えようとしたりしなくていい。答えがないような質問だって良い。話すだけで、楽になることもあるんだから」
その言葉に、思わず目を見開いて戸惑う。
自分のすべてを見透かしているかのような温かな言葉に、どう応えればいいのか分からなかったから。
それでも、彼女の微笑みを見て、話したくなった。
みっともない子どもの戯言のような、あるいは見るに耐えない道化の本音のような。
そこから生まれる、どうしようもない疑問を。
彼女に投げかける。
「じゃあ、一つだけ、いいですか?」
「うん、もちろん!」
「―――人は、何を以てその人であると言えるんでしょうか?」
ベルの問いかけに、今度はヘスティアが目を見開いて驚いた。
だが、彼女の様子に気づく余裕もないベルは、そのまま溢れ出る疑問を溢し続ける。
「魂が同じなら同じ存在なのか。同じ記憶を持つなら同じ人格なのか。身体が同じなら同じ人間なのか。記憶喪失になればそれは別人なのか。記憶さえ持っていれば、たとえ身体が違っても同じ存在なのか。記憶も身体も違っても、魂さえ同じなら同じ存在なのか。………それが、分からないんです」
「う~ん、随分抽象的で哲学的な質問だなぁ……。そういうのはアテナとかの方が詳しいんだけど……。」
「すいません……。やっぱり、ご迷惑でしたね」
「いやいやいや!迷惑なんかじゃないさ!そもそも、家族なんて迷惑かけてなんぼだろうに」
ヘスティアは少し困ったようにはにかみながらも、真面目に答えていく。
下界の子どもからしてみれば答えのない難問でも、神である彼女からしてみれば常識レベルの話だってあるのだ。
「そうだね…。何を以て同じ存在とするか、か……。実はね、神の間では明確な答えがあるんだ」
「え?そう、なんですか?」
「うん。だから、神として君の質問に答えるのは簡単だ。答えはズバリ、魂さえ同じなら同じ存在と見做される」
それはきっと、神だからこその価値観だ。
「シル何某くんにオフザケ半分に言われなかった?君が死んだら天界に戻って魂追いかけ回すって。ボクも似たようなこと言ったしね。そのことから分かる通り、神は魂さえ同じなら同じ存在として扱うんだ」
「じゃあ、僕は――――」
「でも、これはあくまで神だからだよ。人間はこれと同じ考えを持っちゃいけない。そもそも、神と人間では死の価値観が違うんだから」
だが、神の常識が人間の答えになるとは限らない。
その二つは、どこまでいっても違う存在なのだから。
「どういうことですか…?」
「神も人間も死んだら等しく生まれ変わる。だけど、その生まれ変わり方が違うんだよ。人間は記憶も身体も全てリセットされて、全く新しい存在として生まれ変わるのに対し、神は記憶のみをリセットして同じ存在として生まれ変わるんだ。人生ゲームで例えると、人間の場合は違う種類の人生ゲームを始めるのに対し、神は同じゲームのスタート地点に戻るだけ。これは大きな違いだよ」
ヘスティアの言うたとえはイマイチピンとこなかったが、何となく分かった。
神の転生とは、記憶喪失に近いものなのだろう。
ただ、その記憶が永遠に戻ってこないだけで、同じ存在として生まれ変わる。
「弱くとも無限の可能性を持つ人間と違って、神は強大だけどゴールが決まっていてそれ以上の存在にはなれない。だからこそ、ボク達は君たち下界の住民に期待してるんだ。だからどっちもどっちで、それぞれに良さも悪さもある」
神の良さは生まれ変わっても同一性を保持できること。
神の悪さは生まれた瞬間に決まったモノ以上を持てないこと。
人間の良さは無限に変わり続け、成長できること。
人間の悪さは死んだらそれまでであるということ。
「ボク達にはボク達の
ヘスティアの言葉に、ベルは少し俯き落胆する。
簡単に答えを欲した自分の浅ましさを恨めしく思う。
だが、ヘスティアの話はここからが本題だ。
「神としての答えはこれで終わり。ここからは、ボク個人の答えだよ」
「個人の、答え?」
「うん。言っとくが、あんまり期待しないでくれよ?ボクはハデスみたいに魂の浄化を司ってるわけじゃないし、アテナみたいに知恵を司る神でもないんだ。あくまで、専門外の神の私見に過ぎないんだから」
ヘスティアはそう前置きをした上で、語り始める。
「神も人も関係なく、ボクはその存在を足らしめる要素は三つあると思うんだ。一つは“魂”。一つは“身体”。そして最後のもう一つは、“思い”」
「“思い”?記憶じゃなくてですか?」
「うん、思いだ。記憶なんて所詮は経験の集合体に過ぎないからね。“思い出”と“記憶”は、別物だとボクは考えてる」
それはきっと、家庭を守る炉の女神だからこその考えだ。
家族を知る彼女からこその答えだ。
「魂は大前提として、残る二つのうち一つでも持っていればそれはきっと同じ存在だよ。たとえ自覚がなく、表面的には違って見えたとしても、本質は同じなんだ」
「本質……」
「神が生まれ変わる場合は、この三つ全てを持ったまま生まれ変わる。記憶こそないけど、魂に刻まれた思いは残ったままだからね。人間が生まれ変わる場合は、魂だけは確実に同じだ。だけど、思いはどうなるか分からない」
明確に存在する魂と身体と違い、思いだけは不確かなものだから。
だけど、その思いこそが一番重要なのだとヘスティアは語る。
「魂が浄化され、記憶も経験も失ったとしても、魂の奥深くに刻まれた思いだけは神にだって消せない。だけど、それほど強い思いはそうそう抱けるものじゃない。だからこそ、ボクはその思いこそが何より大切だと思うんだ」
「…………。」
「逆に言えば、その思いがなくなればそれはその人じゃない。例えどれだけ姿形が似ていたとしても、同じ存在として受け入れることは絶対に出来ないんだ。変わったその人をそれでも愛せるのかどうかは、また別の話だけどね」
その言葉は、自分自身への戒めのようにも聞こえた。
生まれ変わっても会いに行くと誓ったヘスティアだが、生まれ変わったベルが今と同じように善良である保証はどこにもない。
もしかしたら、人を人とも思わない外道かもしれない。
その時、自分がどんな行動に出るのかは彼女自身にもわからない。
それでも、彼女はベルを信じて会いに行くのだ。
「だから大丈夫だよ、ベルくん。君はきっと、君のまま戦えばいい。彼女たちが今も尚君を英雄と呼んでいるんだから、それが答えだ」
ベルが一番気にしていたことを正確に射抜き、彼に救いを与える。
その答えはきっと、彼が探し求めていたそれだ。
「自覚なんてなくていい。過去のことなんて知らなくていい」
「で、でも――――」
「これだけは覚えておいてくれ。何があっても、君は君だ。君らしく、戦えばいいんだ。それがきっと、あの子たちが知る英雄の思いなんだから」
ベルの胸に拳を押し付け、思いをぶつけるようにヘスティアは続ける。
「前にも言っただろ?愛を恐れないでくれ。君は君が思うように、愛を受け取ってくれればいいんだ。君は君のやりたいようにやればいいんだ。過去を生かすも殺すも、すべて君次第なんだ」
今も昔も関係ない。
「君はどうしたい?君はどうなりたい?大事なのは、そこだけだ」
ヘスティアのその思いを受け取ったベルは、少し考える。
どうしたいのか、どうなりたいのか。
その答えは、昔から一つだけだった。
「皆を助けたいです。皆に死んでほしくないです。その思いは、昔からずっとありました」
物心ついたときからずっと、人が悲しむ姿が見ていられなかった。
そんな顔を誰にもしてほしくなかった。
あの日の義母の慚愧を聞いてから、その思いは更に強くなった。
でも――――
「本当に自分勝手かもしれませんが、今はそれ以上に死にたくないです。生きて、生き続けて、皆と笑い合いたいです。一緒に笑って、夜明けを見たいです」
あの日の後悔を、払拭するかのように。
「今度こそ彼らの笑顔を見て、一緒に笑うんだ」
その言葉を聞いて、ヘスティアは満足気にニッコリと笑う。
恋する乙女のように、頬を赤く染めながら穏やかに笑う。
「それでこそ、ボクのベルくんさッ!」
ヘスティアはベルの手を取り、引くようにして立ち上がる。
ベルはつられて転けそうになりながらも一緒に立ち上がり、嬉しそうに微笑む。
「そうと決まれば、今日はもうゆっくり休もう。それとも、ボクと良いことするかい?今夜は寝かさないぜ!」
「あ、お疲れ様です。じゃあ僕は寝るんで、やるんだったらお一人でどうぞ」
「ちょいちょいちょい!冗談、冗談だから!一緒に寝よ!?ね!?」
最後の最後にフザケたやり取りをした後、二人はもう一度笑い合う。
こうして、最後の穏やかな時間は終りを迎える。
この時間を胸に、この思いを胸に、これまでの全てを胸に。
ベルは決別の戦いへ挑むのだ。
あとがき
今回も、次のページにIFルートの続きがあります。
こっちを本編にすりゃ良かったかな…なんて思ったり?
まあいまさらどうにもならないので、考えても意味ないですね。
それと、お知らせ。
IFルートがどこにあるのかわかりやすいように、タイトルに「+IF」というのを付け加えておきました。
1が最初に書いたお義母さん達がオラリオに襲来するルート。
2が今書いてるベルくん達がオラリオから脱出するルートです。
よろしくお願いします。
短いですが、以上あとがきでした
IFストーリーその3
前回のあらすじ
オラリオと喧嘩するために、学区へ協力を要請することになったよ。
あの義母と祖母がまともな手段で交渉するわけないよね。
「さて、今回の授業はここまで。次回までに予習と復習をしておくように」
レオンは受け持っている授業を終えて、教室を後にしようと片付けをする。
黒板を消すのを手伝い、使った資料を整えてファイルに入れていく。
「~~♪」
その時のレオンは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら作業をしている。
今日だけでなく、ここ最近はずっとこうだ。
何をするにしても鼻歌交じりに作業をし、機嫌もよくいつも以上に寛容でおおらかになっている。
「レオン先生、最近ずっと機嫌いいけど何かあったんですか?」
「ん?ん~、そうだなぁ」
片付けをしていると、レオンの様子が気になっていた生徒の一人が遂に尋ねてきた。
周囲にいる他の生徒達も興味津々といった様子で聞き耳を立てている。
その微笑ましい様子を見ながら、レオンはまたしても上機嫌に悩む。
まるで、遠足を楽しみにしている子どものような笑顔だった。
「もうすぐ、オラリオに着くだろう?今停泊しているこの港を出れば、次はオラリオだ」
「はい!確か、明後日には休憩と補給も終わるし、出発するって言ってましたよね?」
「ああ、そうだな。オラリオに着くまで、あと10日と言ったところか。実を言うとね、その日が待ち遠しくて仕方ないんだ」
レオンは嬉しそうに語る。
今は補給のため港町に停泊しているが、もうすぐこの地でやることも終わり、次はオラリオを目指すことになる。
その日を指折り数えて、レオンは待ち続けているのだ。
「やっぱり、レオン先生もオラリオが楽しみなんですね!昔冒険者として活躍してたんですよね?やっぱり、懐かしいからですか?」
「まさか。あそこにはロクな思い出がない。未熟だった私は無謀にもゼウスやヘラの連中に挑み続け、負け続けてきたんだから。苦い泥の味しか思い出せないくらいだ」
「え?じゃあ、なんで?」
片付けを終えたレオンは教室を出ていくが、生徒たちもそれに付いてくるので話は続く。
もちろん、レオンも承知の上。
ここで会話を辞めるつもりはなかった。
「今のオラリオには仲の良い知り合い……いや、友人だな。歳は離れているが、確かに私達は友人だ。仲の良い友人がいるんだ。彼に会うのが楽しみでね」
「その友人って、もしかして最強の冒険者である【猛者】オッタルですか!?それとも、【勇者】フィン・ディムナ!?」
「どっちも違うよ。あの二人と私は協力関係にあるが、特段仲が良いって訳でもないしね。話す用事があれば一緒に酒を飲む程度だ。そういう打算や下心を抜きにした、本当の意味での友人さ」
廊下を歩きながらも話は続く。
話しながらも、レオンは話題に上がった彼のことを思い出す。
あの日、竜の谷で出会った幼い少年のことを。
半年前、オラリオに行くことにしたという話はザルドからの手紙で知った。
自分が行く頃だとまだ駆け出しだろうから、そういう意味での期待はしていなかったのだが、見事に裏切られた。
まさか、たったの半年でレベル4にまで駆け上がってくるとは。
流石はゼウスとヘラのサラブレッド、というべきか。
かつての最強すら成せなかった偉業を簡単に成してみせた。
今はレベル4……いや、もしかしたらレベル5にまで至っていてもおかしくない。
もしそうだとしたら、楽しみだ。
レオンには確信がある。
もし彼がレベル5にまで至ったのであれば、確実に残光に手をしているという確信が。
ああ、本当に楽しみだ。
彼が今どれほどの強さになっているのか。
彼と手合わせすることが。
今から楽しみで仕方ない。
「君たちにもきっといい刺激になる。歳の離れている私より、彼と仲良くなるかもしれない。そうすれば、きっといい関係を築けるだろうさ。彼は本当に善良な子だからね」
彼を指すのに、善良ほど適した言葉はない。
本当に、あの理不尽極まりない女に育てられてなぜあそこまで真っ当に育つことが出来たのか。
百歩譲って、ザルドは分かる。
あいつは戦い以外ではまともな男だったのだから。
だが、あの女だけは別だ。
横暴で理不尽で傲慢で傲岸で偏屈で我儘で自己中心的で。
悪口を言い始めればキリがない。
そんな女に育てられて、あそこまでまともに育ったのは最早偉業と言っても差し支えない。
こんなに早くランクアップ出来たのはもしかして、その分の偉業が溜まっていたからではないだろうか?
と、そんな馬鹿なことを考えていたときだった。
「……少し騒がしいな」
外が騒々しい。
学区の建物は頑丈で壁も分厚い。
そんな建物の中にいて、外の音が聞こえてくるなど相当だ。
これがあまり続くようなら少し様子を見に行くべきかと思った、その瞬間だった。
ドォォォーーンッ!!
と、凄まじい音を立てて、室内と外をつなぐ扉が壊された。
扉は外れ、どこかに飛んでいった。
パッと見た限りでは、飛んでいった扉に当たって怪我をしたような生徒もいない。
そこに安堵しつつも、依然緊急事態であることに変わりはない。
「なになになにッ!?」
「落ち着いて!この場から離れてバルドル様達に連絡を!!」
「は、はい!!」
生徒たちに指示を出しながらも、周囲を注意深く見つめ、いつでも動けるように構える。
衝撃で土煙が舞い、視界は悪い。
だが、何かがいるのは確実だ。
鎧も剣もない。
だが、魔法とステイタスは問題なく使える。
ならば、今の自分なら大抵の相手には勝てる。
冷静に自分を鼓舞しながら土煙の中に見える人影を見つめ、その時を待つ。
遂に土煙の中から人が飛び出てきた。
そして、その人影の主はレオンがよく知る人物だった。
「――――ベルッ!?」
「レオンさん!?」
先程まで話していた、オラリオにいるはずの友人。
彼が何故か学区にいて、暴れている。
「なんで学区に……というか、何で暴れて――――」
「レオンさんッ!!」
彼がこんな真似をするわけないと、レオンはよく知っている。
だからこそ、事情を知ろうと質問を投げかけたのだが、その判断は間違いだった。
ベルはレオンを見ると、一直線に駆け寄ってくる。
再会を祝しての抱擁をするため、などでは決してない。
そんな穏やかなものではなく、もっと鬼気迫る表情で走っているのだ。
「逃げてェ――――!!」
「……は?」
その言葉の意味が分からず、動きが固まる。
だが、次に瞬間にはその意味がよくわかった。
鐘の音が響いたかと思えば、隣りにあった壁が大きく歪んだ。
この魔法を、彼はよく知っていた。
慌てて再度土煙の中をよく見る。
すると、大砲でも撃ったかのように穴が空き、空気が渦巻いている。
そして、その先にいる人物。
土煙の中でも輝く銀と翠のオッドアイ。
それを見た瞬間、全てを察した。
「掴まれ、ベル!!」
「はい!!」
「【轟け残光。すなわち雄たる十二席】ッ!!」
背中に飛びついたベルと一緒に、レオンは走る。
短文詠唱を終え、魔法を発動させる。
瞬間放たれる見えない音撃を、自身の魔法で作られた剣で受け止める。
すぐにその剣は壊されるが、それがレオンの目的だ。
「『
破壊された剣の効果で上昇した敏捷を最大限活用して、全力で廊下を走る。
普段は廊下を走る生徒を注意する側だが、今はそんなこと言っている場合ではない。
「何があった何があったッ!?」
「れ、レオンさん達に用があって学区まで来たんですけど、急に来たから簡単には取り次げないって言われて、門の前で暫く待たされてて……」
「簡潔に頼む!!」
「お義母さんが焦れて暴れ始めましたッ!!」
「あの女ァ…、我儘もいい加減にしろよッ!ザルドは!?」
「止めようとして、殺られました!!もう一人の連れも一緒にダウンしてますッ!!【それは遥か彼方の静穏の夢】!!」
ベルが魔法の詠唱と思わしき歌を歌った直後、鐘の音が聞こえてきた。
軽い衝撃を感じたが、それだけ。
本来なら二人まとめて吹き飛ばされているはずなのに。
「―――魔法無効化か!!よし、よくやったベル!!暫く俺の背中であいつの攻撃を防いでくれ!!」
「はいぃ!!」
おそらく、この魔法があったおかげでベルはここまで逃げてこれたのだろう。
だが、この魔法があっても廊下だけでは逃げ切れないと判断したレオンは、外に飛び出て走り続ける。
振り返る余裕などないので見えはしないが、間違いなく追ってきてる。
感覚でわかる。
圧力や雰囲気が15年前の比ではない。
今の自分がどうあっても、勝てる可能性すら一ミリも湧いてこない。
というか、この感じはまず間違いなく――――
「なんであいつあんなに強くなってんだよッ!?不治の病は!?」
「新しいスキルを発現したおかげで治りました!それが偉業判定されて2ランクアップしました!」
「つまり今レベル9!?クソッ、俺達の15年が馬鹿みたいじゃねえか!!」
「実際馬鹿だろうが。なぜ15年もあってその程度なんだ?」
「危なァッ!?」
背後から声が聞こえてきたかと思えば、今度は魔法ではなく斬撃が飛んできた。
自分が得意としている……つもりになっていた残光だ。
魔法ではないのでベルの魔法無効化では防げない。
全力で回避行動を取るが、正直生きた心地がしない。
「あんなのでもお前の義母だから言うべきじゃないんだろうが、いいだろうか?」
「はい、どうぞ!!」
レオンは息を思いっきり吸って、叫んだ。
「あの化け物から病取り上げるとか正気か!?神は何やってんだ!?」
「さっき街でナンパしてたお祖父ちゃんを引きずって、先に主神様のところに行ってます!!」
「そういうことを聞いてるんじゃないッ!!あとゼウスは何やってんだ!?」
軽い衝撃が伝わってくるため、おそらく何度もアルフィアの魔法は当たっている。
その都度ベルが魔法を張り替えてくれているおかげでなんとか持っている状態だ。
「ていうか、何で短文詠唱で僕の魔法剥がしていくの!?レフィーヤさんの長文詠唱でも2.3発は耐えられるのに!?」
「そういう化け物だからだ!!って、レフィーヤと知り合いになったのか!?」
「はい!!そう言えば、レフィーヤさん学区出身でしたね!!」
「ああ、優秀な子だったぞ!」
「今も優秀で優しくて、頼りになる素敵な人です!!」
「そうか、安心したよ!!」
「…………チィッ!」
「って、なんか攻撃が激しくなった!?」
「――――これは無理!」
苛立ったアルフィアの攻撃が更に苛烈になる。
そして、フィンガースナップが鳴り響き、同時に5つの鐘の音が鳴り響く。
レオンに言う暇がなかったのだが………。
アルフィアは、あらかじめ発動しておいた魔法を『
5発分の威力の福音を受け、今度こそ二人はまとめて吹き飛び、意識を失うことになった。
アルフィアの前で他の女を褒めるような真似をしなければ、もう少しは保っただろうに。
……なんで義理とは言え、母親に対してこんな面倒な彼女を相手にするような配慮をしなければならないのだろうか。
その疑問は、ベルの意識とともに消えていった。
………………
……………
…………
………
……
…
「相変わらずと言うべきか、何と言うべきか……。派手に暴れましたねぇ…」
学区において、一番高い塔――――『
そこにある神室にて、部屋の主はそう切り込んだ。
穏やかに微笑みながらも、どこか呆れたように微笑む金髪の男神。
彼の横にはボロボロになったベル、レオン、ザルド、リュー、ついでに現在進行系で折檻を受けているゼウスがいる。
そして、彼の前にはソファに座り、優雅に紅茶を飲むアルフィアとヘラ。
なんで騒動の原因となったこの二人は、ここまで堂々としていられるのだろうか。
「初めまして、ベル・クラネル。あなたの話はレオンから聞いています。こうして会うのは初めてですね。私はバルドル。この学区の校長……代表のようなものをしている神です」
「は、初めまして…。こんな格好でこんな状況でこんな出会いで、本当にすいません」
「構いませんよ。あなたの苦労は概ね察していますから」
瞼を閉じているから瞳は見えない。
だが、この男神はしっかりとベルを見つめて会話をしている。
(お義母さんと同じような感じかな…)
アルフィアも、瞳を開けるのすら疲れるという理由で目を閉じたまま生活している。
病が完治した今もそれは変わっていない。
それと同じようなものだと当たりをつけ、勝手に納得して話を続ける。
「あ、そう言えば…。レオンさんを通じてですが、お義母さん達の療養先の手配など色々お世話になりました」
「それも構いません。私が勝手にやったことですから。それに、結果的にとは言え、彼女たちをあなたから引き離すことになりましたからね。少し申し訳なく思うくらいですよ」
「いえ、お義母さん達の健康のためなら、あの程度どうってことないですし…。」
5年前、『風印』から抜け出した大型竜種の討伐にレオンは一人で赴いた。
しかし、レオンが倒す間もなく、その竜種はザルドとアルフィアによって倒された。
その時から、すべてが始まった。
限界を迎えた二人が療養するためベルから離れて暮らすようになったのも。
レオンがベルと手紙でやり取りをして、時々会うようになったのも。
その時から、始まったのだ。
「さて、名残惜しいですが挨拶もそこそこに、本題に入りましょうか。ヘラからすべて聞きました。フレイヤが乱心し、オラリオ全土を魅了したと」
「……そんな事になってたのか」
唯一事情を知らなかったレオンは驚いた様子でそう呟いていたが、会話の流れを邪魔するまいと口を閉じた。
色々気になることもあっただろうが、すべて後から聞くことにした。
「一応彼女とは同郷なので、そうするに至った理由も理解しています。その相手があなただということも。もちろん、あなた達に協力を惜しむつもりはありません。今回の一件はオラリオの今後、ひいては世界の命運を分けることにも繋がりかねない以上、私達も無関係ではないのですから」
バルドルはハッキリと厳しい口調で断言した。
その言葉を聞いて、ヘラは語り始める。
「作戦は先程伝えた通り。お前たちは撹乱と神殿造りだ。本当は私一人ですべて出来ればよかったんだが、おそらく無理だ。ヘスティアの協力は不可欠だろう」
「ヘスティアの奪還はベル・クラネルだけで大丈夫ですか?いくら魅了される危険があるとは言え、もう少し人手を増やしても……」
「そのことなんですが、よろしいですか?」
ヘラの話の最中、リューが手を上げる。
意見を出すためのその行動を、バルドルは授業を行う教師のように容認した。
「はい、何でしょう?」
「神ヘスティアの奪還についてですが、やはり私もベルと一緒に行きます」
作戦はこの街に着く前に、全員に共有されている。
その時も同じことをリューは言ったのだが、却下されてしまったのだ。
「その話は前決着が付いたはずだ。お前が行った所で、魅了されてベルの負担が増えるだけだ。止めておけ」
「今更レベル5が一人増えた所で何も変わりませんよ。アルフィア殿に一撃で沈められる程度の実力しかありませんし。それに、一応彼女とは友人関係だったので、魅了するのも多少は躊躇してくれるかもしれません」
「希望的観測どころではない、ただの願望だ。それを認めるとでも思っているのか?」
「願望がなければ、何も始まりませんから」
戯れに興じる子どものように。
どこか掴みどころのない話し方で煙に巻こうとする。
だが、そんなものを許すほどヘラは寛容ではない。
「そもそも、なぜ行きたがる?行って何になる?」
「昔馴染みが気になるんですよ。ちょっと事情が特殊なので、もしかしたらと思いまして。それに、うまく行けば上級冒険者7名が味方になります」
「うまくいく保証は?確率は?そんな不確かなものに、ヘスティアとベルの命運が掛かった作戦を任せられるか」
ヘラのその厳しい口調に、リューも少し困ったような表情をする。
我儘を言っているのはリューなので、これ以上は何を言っても無駄だろう。
どうするべきか思案していると、思わぬところから助け舟が出た。
「良いんじゃないかのう?本人が言っとる通り、たかがレベル5。今のベルなら、魅了された直後の不意を突けば意識を奪うことくらい容易いじゃろ」
「あなた…!」
まさかゼウスが助け舟を出すとは思わなかった。
そのことに驚きながらも、少し訝しむ。
前話した時は、味方しなかった。
だが、リューが昔馴染みという単語を出した途端これだ。
あまりにも不自然だった。
「ベルはどうなんじゃ?結局、一番はベルの意見じゃろ」
「僕?」
突然指名されたベルは少し戸惑いながらも、その答えは決まっている。
「魅了されるリスクを考えても、リューさんが付いてきてくれると心強いかな…。お祖母ちゃん達のところまで逃げられたのも、リューさんが居たからこそだし」
「ベル……」
その言葉が決め手だったのだろう。
最終的に折れたのは、ヘラの方だった。
「ハァ……、好きにしろ。その代わり、無事は保証せんぞ」
「! ありがとうございます!」
パァァァっと顔を明るくさせながら、リューは頭を下げて礼を言う。
そうして、話し合いは続いていく。
「決まりましたか?では――――」
………………
……………
…………
………
……
…
話し合いを終えた後。
学区の中でもベルは景色を一望できる場所に一人でいた。
「何一人黄昏れているんだ?」
「……レオンさん」
振り返ると、コーヒーを二つ持ったレオンがいた。
レオンはベルの隣にまで歩いてくると、持っていたコーヒーの片方を差し出してくる。
それを受け取ったベルは礼を言い、一口飲んだ。
苦みが広がり、思考を落ち着かせてくれる。
「バルドル様から全て聞いたが、思ったよりも大変なことになったみたいだな」
「……はい。すいません、レオンさんや学区まで巻き込む事になってしまって」
「気にしなくて良い。オラリオに寄港する以上、俺達だって無関係ではいられないからな。むしろ、事前に対策が打てて助かった。何も知らずにオラリオに行っていたら、一人残らず魅了の餌食になっていただろう」
「おじさん達もですけど、レオンさんでも魅了は防げないんですね…」
「神の『魅了』だからな。モンスターのそれとは訳が違う。何度も言われてるだろうが、防げるベルが異常なんだ」
憧れの存在でもある義母たち。
彼女たちですら防げないという女神の魅了。
正直言って、あまり実感がなかった。
あの義母だったら、何だかんだ魅了を受けても平気な顔をしてフレイヤを殴り倒しそうなものだが…。
「大丈夫か?」
「――――何がですか?」
「全部だよ。レフィーヤや他の冒険者たちとも親しかったんだろう?フレイヤ・ファミリアは良くも悪くも孤高だ。希望に縋って会いに行って、辛辣な言葉を吐かれたりしたんじゃないか?」
レオンのその言葉は当たっている。
心ない罵声を浴びて、絶望しそうになった。
だが、それでもベルには彼女たちがいたのだ。
「そりゃもちろん、ファミリアの仲間とか英雄譚を語り合ったお姉さんとか、お世話になった色んな人に会いに行って、辛辣なことを言われました。自分を信じられなくなって、絶望しそうになりました。でも、それだけじゃなかったんですよ」
「……それだけじゃ、なかった?」
「僕を…、『英雄』って呼んでくれる人達がいるんです」
手を取ってくれた。
自分のために心を痛めて泣いてくれた。
そして、涙を拭ってくれた。
「魅了で覚えてないはずなのに、それでも消えなかった思いを手繰って、僕を救ってくれたんです。女神祭の前に色々あって気まずくなって、会いに行くのを躊躇うほどでした。あの人達の言葉を信じられなくなってました。でも、痛いくらいわからされました。あの人達は僕を愛してくれている。そして、僕もあの人達を愛している」
その言葉には、確かな重みがあった。
思いがあった。
ベルの彼女たちへの思いを噛みしめるように、思いを感じ取るように、レオンは空を仰ぎ見る。
「……少し羨ましいな。そんな風に思い、思われる人物がいるなんて。どこの誰なんだ?」
「同じファミリアの仲間や、お世話になったロキ・ファミリアの人です。レフィーヤさんもその一人ですよ?」
「レフィーヤが!?それは驚いた」
少し大げさにリアクションをしながら、レオンは穏やかに笑う。
「それじゃあ、何が何でもその英雄を取り返さないとな」
「阿呆が。英雄だけではない。私は奪われた全てを取り返す」
ベルを鼓舞するように告げたレオンだったが、返ってきたのは思わぬ言葉遣い。
思わずベルの方を見てみると、いつもの穏やかな笑顔からは想像もできないほど冷たい目をしていた。
それはまるで、アルフィアのようで……。
「本当だったんだな……。キレたらアルフィアみたいになるって…。」
「あの義母が発現したスキルの影響だ。好きでこうなってる訳ではない」
「本人の前ではならないのか?」
「お前は本人の前で
「納得」
やがて二人は決意に満ちた表情になる。
「いけるか、ベル?」
「当たり前だ。そもそも、私達はいずれ世界を滅ぼす化け物を狩るんだぞ?」
ベルは拳を突き上げ、挑発的な口調で問う。
レオンはそれに応えるように、拳を合わせる。
「都市一つに喧嘩を売る程度で尻込みしてられるか」
「あぁ、まったく……、そのとおりだな!」
かつての悪童としての顔をのぞかせるレオン。
かつての最強の片鱗を携えるベル。
二人は拳を突き合わせ、誓う。
揺るぎない、勝利を。