道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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英雄神話~再臨~

 

僕は自分のことを優れた人間であるなどと思ったことは一度もない。

むしろ、最近はずっと愚かさを思い知らされるばかりだ。

 

彼女を見たその瞬間から、己の過ちが心を貫いた。

否、ようやく心に突き刺さった罪を自覚することが出来た。

 

無知は罪ではない。

無知はある種の救いだ。

何も知らなければ、僕は笑って彼らの前に立てただろうから。

 

だが、もう無理だ。

救った気になって、自分勝手に彼らを振り回すことはもう出来ない。

この罪と向き合い、罰を受け入れなければならない。

 

ならば、その罰とは別離だ。

別れを告げることなく、今度こそ彼らの心に影を落とすことなく、僕は彼らの前から姿を消そう。

それがきっと、僕に出来る唯一のことだから。

 


 

そして、決戦の時は訪れた。

三日月が空で輝く中、各々が装備を整え最後の号令を待ちわびる。

 

「さあ、行こうか」

 

前に並ぶ彼らを前に、フィンは語り始める。

静かな闘志を燃やしながら、眼の前の英雄達を鼓舞するために。

 

「討伐対象は、かつての英雄すら倒し切ることが出来なかった古の『獅子の怪物』。君たち一角の冒険者たちなら、封印に囚われたあの姿を見ただけでも、その脅威を肌で感じただろう。あれはおそらく、エニュオが用意した精霊の分身(デミ・スピリット)などよりも余程大きな脅威だ」

 

見ただけで分かった。

あれは格が違う。

今まで見てきたダンジョンのモンスターよりも、階層主よりも強い。

ヘルメスが語った三大冒険者依頼に匹敵するという言葉に偽りはなかった。

 

「僕達が冒険してきた中でも、一番の難敵であることは間違いない。かつての最強の片鱗にすら至れていない僕達で挑むには強大過ぎる敵だ。――――だが、それがどうした!?」

 

決意を燃やすように、闘志を燃やすように。

フィンは叫ぶ。

 

「それら全ては臆する理由にも、敗北する理由にもならない!すべて僕達が戦う理由なのだから!」

 

その叫びに応えるように、歓声が上がる。

皆が同じ思いを抱えているのだから。

 

「神の恩恵すらもなかった古代で封じた英雄を知った!!今に至るまで、人知れず下界の平和を守り続けた英雄を知った!!この森で守り続けた彼女たちを知った!!理不尽に苛まれながらも、必死に戦い続けた先人を知った!!ならば、僕達が負ける理由などどこにもない!!故に、かの英雄譚の言葉を借り、こう言おう!!」

 

そして、その言葉は紡がれる。

 

「『さあ――――喜劇を始めよう』!!」

 

英雄神話は続く。

彼が築いた英雄の船は荒波の中でも迷うことなく進んでいく。

 

………………

……………

…………

………

……

 

激励が終わり、とうとう決戦が始まるその直前。

ヴェルフはベルに近づき、あるものを差し出す。

 

「ベル、ちょっといいか?」

 

「どうかした、ヴェルフ?」

 

「……いや、最後に渡しとくもんがあってな」

 

ベルは差し出されたものを受け取り、包んでいた布の中からそれを取り出す。

それは紅の長剣。

赤く、熱を持ち、炎の結晶を固めたような剣。

色鮮やかに熱を持ち、鍔は蝙蝠の翼を彷彿とさせる。

竜の剣とも呼べる形状をしたそれは、クロッゾにとってとても思い出深い剣だった。

 

「魔剣…だよね?こんな形の奴ってあったっけ?」

 

「いや、なかった。昨日の晩作ったんだ。持っていけ」

 

「でも――――」

 

ふとヴェルフの顔を見上げると、どこか悲痛な面持ちだった。

それだけで、この剣がどういった意味を持っているのかは分かった。

言葉の続きが出てこないが、ヴェルフはその空気を察しておどけるように変わりを続ける。

 

「気にすんなって。椿が用意した間に合せよりかはよっぽど丈夫。魔剣としてもこいつの方が頼りになるぜ?な?俺のにしとけって」

 

「聞こえとるぞ、ヴェル吉ィ!!」

 

「うげぇ、地獄耳」

 

耳聡く聞きつけた椿をどこかウンザリしたような表情で相手にするヴェルフ。

どこか笑みがこぼれるようなやり取りだった。

 

「ありがとう、ヴェルフ。使わせてもらうよ」

 

「おう!」

 

「おい!!」

 

自分の剣よりヴェルフの剣を選ばれた椿はふてくされながらベルに絡み始める。

その様子を、ヴェルフはどこか噛みしめるように眺める。

そして、それと同時刻。

ベルから隠れるようにベート、ガレス、ティオネの三人は集まっていた。

 

「ガレス、ティオネ。もしもの時は、分かってるな?」

 

「言われるまでもないわ」

 

「ああ、分かってる」

 

顔を見合わせることもなく、視線を合わせることもなく。

それでも三人は静かに頷き合う。

 


 

「では、皆様。ご武運を」

 

最後、イルコスからの祈りを背に、フィンたちは獅子の前に降り立つ。

神々は少し離れた安全圏にて、イルコスやアスフィたちとともにその戦いを見守る。

眼の前にある封印は明滅し、今まさにその寿命を迎えようとしている。

その時を肌で感じ、全員が迎撃体制を取る。

そして、ベルは最初から大鐘楼の音を鳴らし始める。

 

思い浮かべる英雄はこの場にいる全員。

古代の魔物を倒し、下界の平和を守らんとする英雄達。

 

彼らへの思いを糧に、大鐘楼を打ち鳴らす。

それに伴い、八人に変化が訪れる。

各々がレベルを超え、ガレスに至ってはレベル8。

歴代最高峰に至った彼らに力強さと頼もしさを感じる。

それに加え、春姫のレベルブーストも。

こうして、多くの面々が己の限界を超えた力をその身に宿す。

 

魔法の詠唱を始める魔法部隊たち。

武器を構え、いつでも走り始めるような体勢を取る前衛達。

それらを前に、ついにその瞬間は訪れる。

 

キィィィン――――!!

 

という甲高い音が鳴り響く。

 

「雷霆の剣が――――」

 

「加護も消えました。見ての通り剣はなくなり、精霊も封印も砕け散った」

 

獅子の額にある雷霆の剣が砕け散った。

そして、獅子は待ちわびた開放を喜ぶかのように雄叫びを上げる。

 

『――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

その鳴き声だけで衝撃が走り、踏ん張らなければ吹き飛ばされそうなほど。

そして、それと同時に獅子の全身から悍ましい瘴気が湧き出る。

 

「やっぱり、事前情報の通りか…!リヴェリア、レフィーヤ!!」

 

「行くぞ、レフィーヤ!」

 

「はい!」

 

「「【リヴ・イルシオ】!」」

 

二人が同時に第一位階防御魔法を発動させる。

これにより、瘴気の影響は無効化される。

何も知らずにこれを受けていれば、最悪壊滅の危機すらあっただろう。

すべて、イルコスから渡された事前情報のとおりだ。

 

『まず最初に。あの獅子ですが、戦闘時瘴気を撒き散らすのでお気をつけを』

 

なんてことのないように語られたその言葉。

だが、フィンは真剣な表情で話す。

 

『瘴気っていうと、高位の竜種がバラ撒くような種類の瘴気かい?』

『私はそれを詳しく知らないのでなんとも言えませんが、伝承では様々な状態異常を引き起こすとされています。離れていれば問題はありませんが、近づけば歴戦の戦士すら吐血するレベルだったとか。アルゴノゥト達は大精霊の加護を有していたのでなんとかなったそうですが、皆様にそれはありません。無策で挑むのは避けたほうが懸命かと』

 

そのアドバイス通り、無策で挑むのは避けた。

だから、防護魔法で身を守ることにした。

これがなかった場合どんな被害を受けていたのかは試す勇気などないので分からない。

だがどうあれ、防護魔法さえあれば瘴気を無効化出来ることは証明できた。

 

「二人の魔法は効いています!!臆せず進んでください!!」

 

フィンから指揮権の一部を渡されたリリの怒号が走る。

その指示の下前衛・後衛が剣や魔法による攻撃を仕掛ける。

 

「【起動(テンペスト)】――【道化師(ジェスター)】!!」

 

「―――斬光!」

 

獅子系の怪物種に対する攻撃力超域強化スキルを持つアイズが先陣を切る。

白き風をまとったアイズの剣戟は、獅子の前脚を捉えた。

それに続くベルが、英雄達により強化されたステイタスで斬光を放つ。

だが――――

 

「かっ――――たいッ!!」

 

「効いてない……!?」

 

「無理に攻撃を通そうとするな!!連携を重視しろ!!」

 

アイズの攻撃すらも獅子の強靭な身体の前には通用しなかった。

そして、そのことをよく知っていたベートの声が聞こえた。

すぐにアイズ達は飛び退き、周囲とのヒットアンドアウェイに切り替える。

 

『獅子に対して攻撃は殆ど通用しません』

 

イルコスの語り口は思い出す。

 

『魔法は効かず、剣は折れ、初代クロッゾが用意した数少ない魔剣での攻撃すらも通用せず。雷霆の剣の攻撃ですら、まともに傷を与えることは出来ませんでした。だからこそアルゴノゥトは討伐を諦め、封印を施したのだそうです』

 

その言葉のとおりだった。

アイズの攻撃すら通用せず、魔法も獅子の黒い毛並みに焦げ目をつけることすら出来ていない。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!』

 

獅子が再び雄叫びを上げる。

そして、獅子の周りに黒い雷が漂い始める。

それはやがて一つに収束し、竜の息吹のように膨れあがる。

 

「ヴェルフ様!!」

 

「待ってたぜ、それをよ!!【燃え尽きろ、外法の業】【ウィル・オ・ウィスプ】!!」

 

膨れ上がる黒雷に向けて、ヴェルフの種火が放たれる。

それによりその魔力の塊は獅子の支配下から外れ暴走する。

暴走は獅子に牙を向き、黒雷は暴発し獅子の口内を焼く。

初めて獅子が苦しげに鳴き声を溢す。

 

「すべて予定調和だ!!このまま行けば勝てるぞ!!」

 

あの雷は大精霊の持つ雷霆の力。

その力が奪われていることはベル達の証言から可能性が浮上し、イルコスによって肯定された。

 

『まず間違いなく、力は奪われているでしょう。それは封印を通して伝わってきています』

『それにより、獅子の脅威度は三千年前の状態よりも跳ね上がりました』

『あの獅子の一番の脅威はあの巨体と生命力。ただひたすらに硬く、速く、それ故に強い。ですが、言ってしまえばそれだけ。だからこそ、三千年前でも英雄達は戦うことが出来たんです』

『ですが、その前提は崩れました。あの獅子は雷霆の権能を手に入れ、その力を使ってさらなる生命力と強靭な肉体を手に入れた。それによってどれだけ強化されたのかは……、残念ながら、私には分かりかねます』

 

瘴気によるデバフ。

高い防御力。

強靭で巨大な体による攻撃。

それらにより、三千年前あの獅子は手のつけられない無法の暴威を振るい続けた。

雷霆の剣から得た力により、さらなる暴威を振るわれるはずだったが、こちらには魔力攻撃に対する天敵がいる。

故に、その強化は逆に獅子の首を絞める結果となった。

だが、先程の咆哮の効果は黒雷だけでない。

 

「フィン様!周囲からモンスターが押し寄せてきてます!」

 

「予定通り取り巻き迎撃部隊は作戦開始!!別隊として動きアイズ達の邪魔をさせるな!!」

 

周囲から魔物が押し寄せてきた。

そして、これも予見されていたこと。

モンスターには指揮系統のようなものがあり、群れをなすことがある。

しかし、これも事前にわかっていれば脅威にはならない。

 

「前衛はアイズを中心に攻撃の手を休めるな!!雷は【不怜(イグニス)】にまかせて突っ込め!!別隊は本隊の邪魔を決してさせるな!!ベル・クラネルは僕の指示の下いつでもあの一撃を放てるように準備をしながら斬光を放て!!」

 

「はいッ!」

 

オッタルを相手に見せた最後の一撃。

フィンはもちろん、あれをトドメの一撃に選んだ。

オッタルの防御すらも上から叩き潰し、周囲の地形もろとも斬り捨てたあの一撃。

あれこそ、獅子に引導を渡すものだ。

 

だが、その一撃までが果てしなく遠い。

いつからこの攻撃を続けたのか。

それが分からなくなるほど、長い時間戦い続けた。

正直、獅子の強靭さは予想以上だった。

どれだけ攻撃しようとも屈せず、倒れない。

ダメージの蓄積自体はあるはずだが、それでも目に見えた傷はない。

全体に疲労の色が見え始めた時。

獅子の攻撃に変化が見られた。

 

『グオオオオオオオオオ――――!!!!』

 

獅子の周囲に何度目になるか分からない雷が浮かび上がる。

それを見たヴェルフは前に躍り出る。

 

「なんべん来ても同じだっつーのッ!!」

 

ヴェルフは同じように、雷に向け対魔力魔法を放つ。

だが、先程までとは違い、その攻撃は獅子にまで届かない。

獅子の口元で膨れ上がる本命の雷球に当たる前に、その周囲に点在する小さな雷達に当たり弾ける。

 

「……マジかよッ!?」

 

「取り巻きごと俺達を吹き飛ばすつもりか!?」

 

「魔法部隊!攻撃魔法に切り替えて周囲の雷を吹き飛ばせ!!」

 

フィンの激励を受けてすぐさま雷を吹き飛ばそうと魔法が放たれる。

だが、それも通じなかった。

雷はすぐさま補充され、本命には届かない。

本体である獅子は無防備になってしまっているが、攻撃はすべて獅子には通じていない。

いくら本体を攻撃しようと、あの攻撃を止めることは不可能だ。

 

「学習しているのか……、僕達の攻撃を!」

 

獅子の隠れた脅威。

それは、高い学習能力と適応能力。

ゼノスとは違い人語を介することはないが、それでも戦闘知能だけは引けを取らないだろう。

この短期間でフィンたちの攻撃の全てを学習し、確実に全てを潰すための手段を用意した。

 

おそらく、最初の一撃で学習していたのだろう。

ずっと溜めていた力を解き放つように、凄まじい勢いで雷球が膨張していく。

これを喰らえばまず間違いなく、全員が死ぬ。

だが、どうすることもできない。

誰もがそう思ったその瞬間、一つの影が前に躍り出る。

 

「ッ!? だめ!!」

 

彼の身を案じたアイズが声を掛けるが、もう遅い。

その影の主は貰い受けた炎の魔剣を構え、振り抜く。

 

準備していたのは何も獅子だけではない。

予定のタイミングではなかったが、他ならないベル・クラネルだって同じだ。

獅子の用意した全てを吹き飛ばすため、その一撃は放たれる。

 

「―――聖炎の斬光(アルゴ・ウェスタ)

 

炎の一撃と、雷の一撃がぶつかり合い、大きな衝撃を生む。

魔剣はその一撃で砕け散った。

そして、ベルは悟った。

 

(……あ、ダメだ、これ)

 

土煙が生まれ、視界が遮られる。

熱が生んだ突風によって、間もなくその煙は晴れた。

 


 

土煙が晴れた後。

獅子は変わらずそこに立っている。

自分の含めた全員に大きな怪我はない。

ベルの一撃は、確かに獅子の雷霆を相殺したのだ。

だが、ベルの姿は眼の前にはなかった。

その代わり、アイズの背後で小さなうめき声が聞こえる。

振り向くとそこには、右上半身が黒焦げになったベルが倒れていた。

 

「あ、あぁああ………」

 

声と身体が震える。

絶望が身を支配する。

かつての後悔が溢れ出る。

最後を看取ることすら出来なかった彼のことを、思い出してしまう。

 

「あぁ、ああ嗚呼ああ――――」

 

何も考えることが出来ない。

だが、感情だけは湧き上がってくる。

この感情は、復讐心。

英雄を奪われた少女が生んだ、悍ましい狂気。

 

「アアアアアアアアアアアッ――――!!!」

 

「落ち着けアイズ!!」

 

彼がくれた白き風を捨て、狂気に満ちた黒き風を行使しようとしたその直前。

ベートに横から殴りつけられる。

 

「まだ死んでない!!お前が今自分を見失えば今度こそベルは死ぬぞ!!」

 

ベートの言葉を受けて、アイズはベルの方を見る。

小さく胸は上下し、苦しげな声を上げている。

まだ、生きている。

 

「リーネ!!アリシアと一緒にベルを連れてロキ達のいる安全圏にまで下がれ!!」

 

「は、はい!!」

 

ベートの指示に従い、二人はベルを抱えて退避を始める。

それを見て、ベートは決意に満ちた表情で前に躍り出る。

 

「ガルムス、エルミナ!!分かっているな?」

 

「ああ。今こそ、あいつにあの時の借りを返そう」

 

かつての名を口にし、ベートは訴えかける。

覚悟は出来ていた。

自分たちが借りを返す番だと。

 

「フィン。ベルの戦線復帰が困難と分かれば、すぐさまオラリオに戻って体勢を立て直せ。殿は儂らが務める」

 

「ガレス……!!」

 

「お前だって分かるだろ!?ベルがいれば、希望は潰えない。お前も一緒にいれば、いつかきっと獅子を倒すことも出来る。その希望を残すためならば、俺達も本望だ」

 

歩みを止めないガレスを見て、フィンはそれでも諦めないと決意を燃やす。

 

「諦めるにはまだ早い!まだ何も終わっていない。僕達はまだ戦えるし、ベル・クラネルだって必ず戻って来る!!」

 

「お前はそう言うだろうと思った。だが、引き際を誤るなよ?」

 

「言われるまでもない!!」

 

フィンとガレスは最前線にまで躍り出る。

そして、先頭で皆を鼓舞するように叫びながら戦うのだ。

 

「君たちは英雄がいなければ何もできない凡骨か!?違うだろう!!冒険者の意地を見せろォォッ!!!」

 

『『ウオオオオオオォォォ――――!!!!!!』』

 

フィンに感化された全員が、雄叫びを上げる。

希望はまだ潰えていない。

それを証明するように、皆が戦い続ける。

 

………………

……………

…………

………

……

 

「ベルくん!!しっかりして!!」

 

万能薬や回復魔法を駆使してベルの治療を進めるリーネ。

だが、その容態は芳しくなく、意識は戻らない。

黒焦げたのは皮膚だけでなく、筋肉や内臓すらも焦がしている。

ヘスティアが懸命に呼びかけるが、目覚める気配はない。

 

「――――モンスターが……」

 

アリシアが短く小さく、絶望に犯されるように呟く。

彼女が見つめる先を見てみれば、大量のモンスターが集い始めている。

もう別働隊で処理しきれるレベルではない。

本隊も別隊も入り乱れ、混沌とし、戦況は混迷を極める。

そして、集まるモンスターに反比例して勝機も消えていくようだ。

懸命に戦うベートたちとは対照的に、末端の団員たちの眼からは闘志が消えかけている。

 

「そん、な……。これじゃ――――」

 

先程のガレスのセリフは聞こえていた。

愛する彼と、大切な仲間二人が殿を務めると言っていた。

そんなことになれば、確実にあの三人は死ぬことになる。

 

「嫌……、嫌です!!」

 

リーネは必死に魔力を高め、回復魔法を行使し続ける。

その表情は焦燥に満ちており、嫌な想像が頭をよぎり続ける。

最悪の未来を受け止めたくない彼女は、それを否定するために必死に魔法を使い続ける。

 

「起きて……、起きてください!ベル・クラネルッ!!――起きて……!!お願いだから、起きて!!」

 

「起きるんだ、ベルくん!!君が起きないと、あの子達が――――!!」

 

「起きぃや……起きろ!!」

 

悲痛な叫びが木霊する。

子どもを失いたくない神々の祈りが響き渡る。

ヘスティアはベルにすがり、ロキは怒鳴り、アストレアは険しい顔で戦況を見つめている。

皆が分かっている。

ベルが起きなければ勝てないということを。

ベルが起きたとしても、勝てる保証などどこにもないということを。

 

だが、それでもベルだけを頼りに必死に呼びかける。

困難を打倒し、不可能を可能にするのが英雄なのだから。

都市最強に至った彼だけが、あれを打倒する可能性を持っているのだから。

 

「……やっぱり、無理なのか?」

 

ヘルメスが誰にも聞こえないほど小さく呟く。

三千年前と同じように敵わないのだろうか。

三千年前よりも酷い悲劇が作り出されるのだろうか。

だが、それを否定するようにその声は響いた。

 

「また逃げるつもりか?」

 

声の主はイルコス。

振り返れば彼女は冷たくベルを見下ろしている。

初めて聞いた、明確な怒りを含んだ声色だった。

戸惑うヘスティア達を他所に、彼女は問いかけ続ける。

 

「また逃げるつもりかと聞いているんだ、英雄ッ!」

 

初めて聞く彼女の怒号。

今まで感情を見せてこなかった彼女が見せる激情の発露。

 

その怒りは未だ意識を取り戻さないベルにも、確かに聞こえていた。

そして、彼の中にいる、姿を表そうとしない彼にも。

たしかに、届いているのだ。

 


 

ベルは目を覚ます。

気づけば、イルコスの館だった。

昨晩見たままの様相で、何も変わっていない。

自分は先程まで獅子と戦っていたはずなのに、なぜここにいるのか。

それを思い出す前に、その声が聞こえてきた。

 

『――本当にすまない』

 

聞き覚えのあるしわがれた温かい声。

慚愧に満ちた、悲痛な声。

振り返れば、よく知るあの人がいた。

 

「お祖父ちゃん…?」

 

思わず声に出してしまった。

だが、彼はベルに気づくことなく眼の前に座る二人と話を続ける。

その二人も、ベルが視界に入っているはずなのに、ベルに気づくことなく話を続ける。

まるで、ベルが見えていないかのように。

 

『黒竜討伐に失敗し、約定は果たせそうにない』

 

『お気になさらず。先程あそこまで謝って頂いただけで十分です』

『妻の言うとおりです。あなたの後悔も無念も、しっかり伝わってきましたよ』

 

祖父と話す一組の男女に、ベルは見覚えがあった。

会ったことはないが、その二人の顔立ちはイルコスに似ているように思えた。

その髪の色も、瞳の色も、容貌も。

それぞれの特徴を、イルコスは備えていた。

 

『最早、厄災は避けられん。お前さん達は今すぐここから離れて――――と言った所で、意味はないんじゃろうな』

 

『ええ。私達には使命がありますから』

 

穏やかに告げる彼女に、ゼウスはやりきれない表情をする。

彼女たちがこう答えるのは分かっていたのだろうが、それでもその道を選ぶ彼女たちを受け入れられない。

 

『このまま封印は加速度的に弱まっていく。そうなれば、寄ってくる魔物も増えお前さん達はまず間違いなく死ぬ。そうでなくとも、封印から解き放たれた獅子に殺されることになる』

 

『すべて承知の上ですとも。例え死が待っているとしても、今を諦める理由にはなりません。私達の献身で一人でも多くの人が救えるというのなら、本望です』

 

『………本当に、すまなんだッ!』

 

言葉を荒げながら、再度頭を下げるゼウス。

彼女たちの献身が痛ましい。

彼女たちの笑顔が重苦しい。

美しいはずのそれらに、射殺されそうになってしまう。

 

『あなたが気に病む必要はありません。私達が自分たちで選んだ道です。だからどうか、あなた達は平和に生きてください』

 

『何故お前さん達は、いつもそうやって――――』

 

『贖罪と、使命と、感謝と。そして願いです。この地以外での生き方を知らない私達に、ここを投げ出すことは出来ません。だったら、私達は兎も角、あの子達には幸せな日々が待っているって、信じたいじゃないですか』

『少しでも時間を稼げば、誰かが助かるかもしれない。その誰かが、新たな英雄となって現れるかもしれない』

『その英雄が、獅子を退治してくれるかもしれない。そう信じたいんですよ』

 

『そうか……。』

 

この地を投げ出すことは出来ない。

誰に知られずとも、人々を救う道を選んだのは彼女たち自身なのだから。

だが、もしかしたら、自分たちが助けたその誰かが、世界を救ってくれるかもしれない。

自分の子供達を、救ってくれるかもしれない。

彼女たちは、そんな淡い期待を抱いている。

 

『コラーーー!!アブシュルトスーーー!!お客様に何やってるのッ!?』

 

重苦しい空気を壊すように、幼い少女の可愛い怒号が響き渡る。

声がした方を見てみれば、幼い子どもを抱えた少女がいた。

その少女の顔も、髪色も、瞳の色も、イルコスの面影を宿している。

 

「イルコスさん…。」

 

幼い彼女が抱えているのは、まず間違いなく自分だろう。

そして、自分を挟んでイルコスに怒られている少年。

ベルと同じ白い髪をした少年。

ベルとは違う青い瞳をした少年。

彼はきっと――――

 

「もしかしてあれは、弟さん……?だからイルコスさんは、僕に……。」

 

イルコスが自分に微笑む理由が、なんとなく分かったような気がする。

彼女はきっと、ベルを通じて弟を見ていた。

あるいは、弟と過ごした日々を思い出していたのかもしれない。

自分の記憶の中にしか存在しない彼が、存在したのだと確かめたかったのかもしれない。

 

『そんなに乱暴に振り回して!!こんなに小さいのに、怪我でもしたらどうするの!?』

 

『喜んでるんだからいいじゃん!!姉ちゃんだって、そんなに強く抱きしめてるし!!』

 

『なによーー!?』

 

今とは違い、感情を表に出して騒ぐ彼女。

年相応の姿がそこにはあった。

怒りながらも家族と幸せな日々を過ごす彼女がそこにいた。

 

『あの子達はまったく…。すいません、騒がしくしてしまって…。』

 

『構わんよ。泣き、笑い、遊び、学ぶ。大いに結構。子供らしくていいものじゃ』

 

騒ぐ子どもたちを見て、ゼウス達は穏やかに微笑む。

だが、ゼウスの瞳の奥には決意と後悔。

そして、確信があった。

 

『いつか必ず、あの子はこの地に戻って来る』

 

重苦しい言葉で、彼は告げる。

 

『お前達の最後には間に合わんかもしれん。あの子が来た時には、もう全てが終わった後かもしれん。じゃが、どんな道を辿ろうともあの子は必ず獅子の前に立ち、その戦いに加わることになる』

 

『白髪に赤目。アルゴノゥトと同じあの子どもが、ですか…。やっぱりあの子は、初代が遺した予言に出てくる――――』

 

『そこまでは分からん。その初代を儂は知らんからな。それでも、これだけは確信を持って言える。あの子はまた喜劇を作る。いつか世界中の人間を笑わせるような、とんでもない喜劇をのう』

 

その時を待ちわびるように、ゼウスは笑う。

それにつられ、二人も笑う。

 

『そう言えば、まだあの子達の名を聞いておらんかったな。いつか儂の孫と共にあるかもしれん。聞いてもよいか?』

 

『ええ、もちろん。あなたの子と同じ白い髪をしたのが弟のアブシュルトス。赤い瞳をしたのが――――』

 

彼女の口から、イルコスの本当の名が紡がれる。

その名をベルは噛みしめる。

もう二度と忘れないように。

かつてこの地にあったすべてを受け入れ、背負うように。

すべてを心に刻みつける。

 

そして、世界が切り替わる。

霧が晴れるように世界が消えていき、新たな世界が作られる。

 

そこは荒廃した都市だった。

人影はない。

眼の前に広がる城下町にも、人っ子一人いない。

それでも、冷たい惨劇を示すかのように、雨が広がっていた。

 

「一説では、人間は見聞きした全てを覚えているという。大抵の者は思い出す術を持たないから、忘れるのだと。それはきっとその通りなんだろう。よっぽどの例外を除いて、人間は忘れないものさ」

 

声が聞こえてくる。

聞き覚えがある、だが初めて聞く声だった。

その声の主を、ベルは誰よりも知っている。

 

「だからこうして君の知らない過去を見せることが出来た。あるいは、雷霆が齎した奇跡なのかも知れない」

 

そして、ベルは初めて彼を見た。

その全てを、ベルはよく知っている。

その全てを、ベルはよく知らない。

最も近しい他人がそこにいる。

 

「初めまして、少年。私はアルゴノゥト。愛する彼らを救うことすら出来なかった、ただの咎人だよ」

 

瞳を閉じた英雄が、そこにいた。

 


 

初めて彼と出会った。

久しぶりに彼と出会った。

何を話せば良いのかは分からない。

でも、彼と出会ってまず最初に何をするのかは、ずっと前から決めていた。

 

助走をつけて、拳を握りしめて。

彼の顔を、思いっきり殴りつけた。

 

「グッフ――――ッ!」

 

汚い悲鳴を上げて、彼が飛んでいく。

数メートル飛んで、地面に伸びている。

ここまでしても、やはり怒りは消えなかった。

 

「初対面でやることがいきなりこれかい…?君、そういうとこはお祖母様にそっくりだね」

 

「それはどうも。でも、これは正当な怒りだと思うよ」

 

よろよろと立ち上がるアルゴノゥトを、ベルは無感情に見つめる。

アルゴノゥトにやり返す気などないようだ。

光を受け入れない瞳で、ベルを見つめながら。

平然と話を続ける。

 

「怒り…、怒りか。うん、きっとそうだろう。君には色々と苦労を――――」

 

「そんなどうでもいいことで殴ったりしないよ。はぐらかそうとするな」

 

静かに、だけど激情を込めた声色で告げるベル。

そんな彼に対し、アルゴノゥトはバツが悪そうに顔を背ける。

 

「すまない…。」

 

「謝るくらいなら最初からしないで。それで?ここはどこ?」

 

「イルコスの王都…、私が昔住んでいた都市だよ。ここに来て貰ったのは、君に渡したいものがあったからだ」

 

そう言いながら、アルゴノゥトは手を差し出す。

よく見れば、その手には白い光が灯っている。

訝しげにそれを見つめていると、彼は語り始める。

 

「これは…?」

 

「君が宿していた可能性。そして、彼女たち英雄との繋がりが形になったものだ」

 

手を取り、光を受け取るように暗に促してくる。

だが、ベルはそれを手にしない。

 

「今の私は、雷霆の契約と死をも超えた彼女たちの思い、そして君の中にある消えそこねた残滓の塊だ。だからこそ、繋がりのある彼女たちに干渉し、その姿を導くことが出来る。残滓に限度があるから数は限られるけどね。そして、この在り方は君にも適応できる」

 

これはやがてベルが手にした力。

それをほんの少し、先取りするだけ。

 

「恐れなくて良い。これは君自身なんだから」

 

この発言に嘘はない。

神ではないが、それだけはハッキリと分かる。

ベルはアルゴノゥトだ。

アルゴノゥトはかつてのベル・クラネルだ。

魂は同じ、転生した姿だとハッキリ分かる。

だが、それでもベルは手を取ろうとしない。

 

「……少年?」

 

「手を取る前に一つ聞かせてほしい」

 

ベルはアルゴノゥトを睨みつけながら、尋ねる。

 

「その手を取ったら、君はどうなる?」

 

「消える。今ここにいる私が最後の残滓だ。これを使い切れば、君の中から跡形もなく消え去る」

 

その返答に、ベルは拳を握りしめて怒りを堪える。

 

「あの人達に、英雄達に会わなくて良いの?『またね』って、約束したんじゃないの?」

 

「私に彼らと会う資格はない。自分勝手に傷つけて、傷つけた自覚すらなくて、今更どんな顔して会えって言うんだい?」

 

その返答に、ベルは大きく息を吐いて覚悟を決める。

やるべきことは、決まった。

 

ベルはゆっくりと歩み寄っていく。

手を伸ばしていく。

アルゴノゥトは少し安心したように、息を吐く。

だが、ベルの手はアルゴノゥトの手を掴むことはなかった。

その代わり、彼の胸ぐらを掴み上げる。

 

「なに、を――――」

 

「……ふざけるなよ、アルゴノゥト」

 

怒りが湧き上がる。

その怒りは、外にいるイルコスとまったく同じもの。

故に、声が重なる。

 

「『また逃げるつもりか?』」

 

「……え?」

 

「『また逃げるつもりかと聞いているんだ、英雄ッ!』」

 

二人の怒りは重なる。

二人の声は重なる。

二人の思いは重なる。

今のアルゴノゥトの在り方は、決して認められるものではない。

 

「『また見て見ぬふりをして、瞳を閉ざして、眼の前で泣く彼らを見捨てるつもりか!?』」

 

「見捨ててなんか――――」

 

「『なぜ泣く彼らを見ようとしない!!お前は眼の前で泣く誰かを救うために立ち上がったんじゃないのか!?』」

 

その怒りは、彼らの心の代弁。

決して彼らが口には出来ない、心の叫び。

 

「『諦めるなと希望を見せつけておいて、今更お前自身が諦めて絶望に屈するつもりか!?』」

 

「じゃあ……、じゃあどうしろって言うんだ!?今更ノコノコと彼女たちの前に姿を現せとでも!?そんなことをしても意味はない!!また傷つけるだけだ!!だったらいっそ、このまま淡い希望を抱いたまま姿を消せばいい!!彼女たちはこれ以上傷つかずにいられる!!」

 

「『傷を恐れるか!?絶望を恐れるか!?そんなことは許さない!!他の誰が許したとしても僕/私が許さない!!』」

 

ベルの言い分に、アルゴノゥトも反論を口にする。

 

「君だけが行って、彼女たちを助ければすべて丸く収まる!このやり取りも、すべて君の中に留めればそれだけで救われる!だったら、私が行く必要なんてどこにもない!」

 

「『逃げるな!自分のせいで傷つく彼らを見たくないだけだろう!?』」

 

アルゴノゥトの本心を突くの一言に、押し黙ってしまう。

そして、ベルは大きな息を吐き、諭すように続ける。

イルコスと同じ怒りではなく、彼自身の言葉で。

 

「傷つくことは悪じゃない。傷つけることは悪じゃない。人は傷を抱えたままでも、前を向いて生きていけるんだから」

 

「………。」

 

「でも、人は後悔を抱えたままじゃ生きていけない。前を向けない。過去に囚われて、腐り果てていくだけだ」

 

だから、だから、アルゴノゥトは彼らに会わなくていけない。

もう一度会って、話をしなければいけないのだ。

 

「あの日の後悔を打ち明けよう。そして、今度こそ面と向かって言うんだ。笑顔で『さよなら』って、言わなくちゃいけないんだ」

 

「彼女たちは、傷つく…。彼女たちは、苦しむ…。」

 

「でも、今度こそ前を向ける。君という英雄に囚われることなく、生きていける」

 

アルゴノゥトは涙を流す。

その恐怖と、込み上げる言葉にならない感情を、涙に変える。

 

「皆の言えず終いだった言葉を受け止めたんだろう?だったら、今度は君が言えず終いだった思いを告げる番だ」

 

「でも………」

 

「もう一度戦おう。もう一度前を向こう。君は――――」

 

彼の後悔は、たった一つだ。

 

「君はまだ、皆が心の底から笑う姿を見てないだろッ!!」

 

その言葉とともに、雨雲の割れ目から光が差し込む。

その先に、今も戦う彼女たちがいたような気がした。

今も泣く彼女たちの姿が見えた気がした。

アルゴノゥトは、反射的に手を伸ばす。

ベルも一緒に、手を伸ばす。

 

「行こう、アルゴノゥト!今度こそ喜劇を作るために!!」

 

光とともに、二人は現実世界に回帰する。

 


 

「―――ッ、ゲホッゲホッ!!」

 

「ベルくんッ!!」

 

意識を取り戻した彼は、肺に溜まった血を吐き出す。

息が乱れて体が動かない。

だが、それでいい。

意識さえあれば、それでいい。

 

「まだ動かないでください!!内臓は治りましたが、皮膚も筋肉も治りきってません!それに、失った血だって――――」

 

「それだけあれば、十分さ。身体を無理矢理動かす方法は、()が一番知っている」

 

自分のことを“私”と呼ぶ彼に、違和感を覚えた。

怒りに身を任せた時のベルがそのように呼ぶが、様子がおかしい。

あの時のベルにしては、穏やかだった。

 

「さっきの一撃で、彼が私に戻ってきた……。だったら、行けるはずだ」

 

独り言を呟く彼。

やがて、ボロボロの身体を動かしながら、ベルは立ち上がる。

だが、力がうまく入らずに膝をついてしまう。

しかしそれでも闘志は消えず残っている。

 

「神様…。ステイタスの更新を、お願いします。スキルは兎も角、魔法は僕達じゃ発現できない……」

 

「君…、まさか――――」

 

「頼む、女神ヘスティア。子を思う愛しき女神よ。どうか私達に、力を貸してくれ……!」

 

口調が定まっていない彼を見て、ヘスティアは何かを悟る。

そして、ヘスティアも覚悟を決める。

親指を噛み切り、イコルを流す。

辛うじて残っていたベルの服をめくり、ステイタスが刻まれた背中にそれを垂らす。

 

「ああ、もう!!また無茶をする気なんだろッ!?もう慣れっこだよ!!」

 

「ハハッ、本当に、すみません…」

 

「謝らなくていい!!それでこそ君たちなんだから!!その代わり、絶対生きて帰ってくるんだよ!?」

 

「あぁ、約束するよ」

 

覚悟を決めて微笑む彼。

彼と一緒に、ヘスティアも覚悟を決める。

だって彼女は、彼の神様なんだから。

 

「神ヘスティア、私も一緒に!ステイタスの更新が終わるギリギリまで治療を続けます!」

 

「頼んだ!」

 

二人は彼に寄り添い、各々の役割を続ける。

そんな様子を尻目に、イルコスは己の手を見つめ、異変を知る。

 

(加護が……。)

 

確かな変化を見ながら考え込むイルコス。

そんな彼女にも、彼は頼み事をする。

 

「君にも一つ、頼みがある」

 

「……はい、何でしょう?」

 

「更新が終われば、君の加護も元通りになるはずだ。その力を使って、ほんの一瞬でいい。私が駆け抜ける道を作ってほしい」

 

イルコスの表情は変わらない。

かつてのようにはならない。

それでも、彼は彼女にも思いを告げる。

 

「ありがとう。彼女たちの為に怒ってくれて。私の代わりに、呪ってくれて。君のおかげで、私は救われた」

 

「そうですか……。」

 

「最後にもう一度だけ、力を貸してくれないか?長きに渡る因縁を終わらせるために。君たち一族の、全てに報いるために」

 

イルコスたちには感謝しかない。

不甲斐ない自身に代わり、やり遺した全てをやり遂げてくれた。

 

「どうかお願いだ。不甲斐ない私を、どうか助けてくれ」

 

そして、彼は彼女の名を口にする。

 

「『メーデイア』――――心優しき、我が子よ。僕は、君が心の底から笑う姿だって、見たいんだ……!」

 

すべてを救うために、力を貸してほしい。

君を救うために、一緒に戦ってくれ。

そんな祈りを込めたその言葉に。

 

イルコスは――メーデイアは、大きなため息を吐いた。

呆れた様子を見せながらも、その口元には薄い笑みが浮かんでいた。

 

「口説き文句としては最低ですね。そんなのでオチるのは純粋なお姫様くらいです。生憎ですが、私達一族は変わり者で捻くれ者ですので」

 

「……ハハッ、手厳しいね」

 

「正当な評価だと思います。――――ですが、まあ、そうですね。素敵な英雄様を一人で踊らせるのも心苦しくていけません」

 

メーデイアは一歩前に踏み出る。

そして、彼に向かって手を伸ばす。

 

「仕方ないので、一度だけ口説かれてあげましょう」

 

「本当にありがとう、メーデイア!」

 

彼はメーデイアの手を掴み、今度こそ立ち上がる。

ステイタスの更新は終わり、それに合わせ治療も終わった。

万全とは言えないが、それでも真っ直ぐ立つことは出来る。

 

「では、私は先に行きます。適当に動きますから、合わせてください」

 

メーデイアはそれだけ言うと、高く飛び上がり戦場に飛び込んでいった。

神の恩恵を受けた者と遜色ないレベルの動き。

大精霊の加護を強く受けた者の動き。

それを見送った後、今度はヘスティアが隣に立つ。

 

「いいかい?気を落ち着かせて、ボクに合わせて」

 

そして、ヘスティアは彼に刻まれた新しい魔法の詠唱分を、諳んじる。

それに合わせ、彼も詠唱を詠み上げる。

 

【これは我が理想の全て】

【イルコスの丘で抱きし船出の誓い】

 

故郷を失った時。

そして、故郷を奪った魔物を倒す英雄の姿。

それらへ抱いた、誓い。

 

【架け橋の守り人、喜劇の語り部】

【心優しき戦傑、厳然たる豪傑、孤高の英傑】

【無二の親友、希望の歌い手】

【赤き糸を辿り私はあなたと海へ繰り出す】

 

救ってくれた彼ら。

繋いでくれた彼女ら。

遺してくれたすべて。

それらを胸に、新しい時代へと繰り出す。

 

【帆を張り、舵を取り】

【あなたを導き、あなたに導かれ】

【嘆きと絶望の時代に終わりを告げる】

 

悲劇はいらない。

絶望もいらない。

代わりに、喜劇をよこせ。

代わりに、希望をよこせ。

 

「後は分かるはずだ。さあ、行って来い!!」

 

決意を胸に。

覚悟を込めて。

ヘスティアの激励を受けて、彼は走り出す。

 


 

戦場は渾沌としている。

周囲から押し寄せてくるモンスター。

獅子の瘴気への対策。

それら両方に魔導士を使わなければいけない。

だが、それには対応できる限度がある。

傷は増え、戦力は減り。

敵は増え、闘志は減る。

誰もが悟っている。

もう、限界だと。

 

「フィィィンッ!!もうよい!!撤退しろ!!」

 

「――――ガレスッ!!」

 

「迷うな!!お前は間違っておらん!!生き残れば希望は残る!!胸を張って、繋いでゆけェ!!」

 

これ以上は無理だ。

引き際を間違えればファミリアは壊滅する。

ファミリアを守るためには、生きるためには、どうすればいいのか。

答えは簡単だ。

だが、それに伴う犠牲だけは、その痛みだけは、無視できない。

 

今までだってそうしてきたはずだ。

色々なものを斬り捨ててここまで来たんだ。

だったら、今更迷うわけには行かない。

 

「存分に恨んでくれ、ガレス」

 

「恨まんわ。お前はよくやった」

 

「ッ!!すまないっ!!」

 

「謝るな。地獄でまた会おう!」

 

快活に笑うガレスの姿が痛ましい。

だが、その痛みを抱えて、生き残らなくてはいけない。

 

「全軍、撤退を――――」

 

ガレス達を犠牲にし、撤退の指示を出す。

だがそれを告げる前に、一つの影が空から舞い降りる。

 

「――――イルコスっ!?」

 

「どうも。お邪魔します」

 

スカートをたなびかせながら、彼女は舞い踊るように周囲のモンスターを駆逐していく。

冒険者にも引けを取らない杖術を駆使し、モンスターの頭を潰し。

近づかれれば体術で蹴り飛ばしている。

 

「なんで…、なぜお前が来たっ!?」

 

「頼まれましたから」

 

なんでもないように答える。

杖に仕込まれていた剣を抜き、モンスターを斬り捨てる。

その姿はまるで、英雄のよう。

 

「撤退するにはまだ早いですよ。あと50秒稼いでください」

 

「何をするつもりだい、イルコス――――」

 

「【我が名はメーデイア/イルコス】」

 

フィンの疑問に答える間もなく、彼女は詠う。

魔法の詠唱ではない。

それは祈り、祝福。

精霊への請願。

封印の守り人たる、彼女たちの業。

 

「【道化の末裔にして楽園の民。雷霆よ、我が祖が結びし契約に応え威を示せ】」

 

戦場に雷が浮かぶ。

イルコスの周りに集うように、それらは舞い上がっていく。

獅子もその異常事態に気づいたのか、自身の雷を使って迎撃に動く。

だが、それは間に合わない。

 

「【同胞(はらから)には恩寵を。簒奪者には断罪を】」

 

イルコスの雷が、獅子の雷を消していく。

生半可な雷で意味がないと悟った獅子は、ベルに向けて放った大きな雷球を再び作り始める。

 

「【我らが贖罪を以て慈愛を与えよ】【我らが矜持を以て神罰を与えよ】」

 

イルコスの青い雷はそれぞれが形をなしていく。

 

「【英雄の船を導く礎となれ――――抜錨】」

 

船は錨を上げ、荒波が襲う海へと繰り出す。

それはきっと、希望の船出だ。

 

「【雷鷲の嘴(プロメティオン)】」

 

イルコスの雷は鷲へと姿を変え、この地に集まる全てのモンスターに襲いかかる。

その嘴はモンスターを啄み、命を奪っていく。

それだけではない。

味方にも飛んでいったかと思えば、そのまま彼らの身体の中に入り力を与える。

 

「魔物の駆除と、そのついでに大精霊の加護を皆様にも付与しました。私のように身体能力を底上げするほどの力はありませんが、瘴気の影響程度なら完全に無効化しましたので、ご安心を」

 

戦況をひっくり返すほどの一手。

フィンが欲しかった全てが含まれていた。

だが、まだだ。

 

「出血大サービスです。お膳立てはしましたので、後はご随意にどうぞ――――ご先祖様(■■■■)

 

メーデイア達に向け、特大の雷球が放たれる。

その直前で、彼は駆け抜ける。

 

「ありがとう」

 

飛び上がり、彼は最後の詠唱を詠み上げる。

 

「【神々よ、ご照覧あれ】【これぞ英雄神話――始まりの物語】」

 

彼は眼の前に迫る雷球に手を伸ばす。

そして、その雷を掴んだ。

 

「悪いが、これは私の相棒だ。返してもらうよ」

 

その黒い雷は色を変え、姿を変え、黄金色に輝く剣になる。

そして、その剣を引き抜くは、英雄だ。

 

「雷霆の剣よ!!」

 

その雷球の全てを自身の力に変え、渾身の一撃を放つ。

一撃は獅子に初めて血を流させるものだった。

 

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

今まで感じたことがないほど強烈な痛みに、獅子は悲鳴を上げる。

先程の一撃は、獅子の右目を奪った。

血が流れ、のたうち回っている。

その獅子を前に、彼は悠然と立っている。

それは紛れもない希望の姿。

 

「君たちの前に姿を現すつもりはなかったんだが、本当にすまない。君たちを傷つけてしまう私を、どうか許さないでくれ」

 

彼女たちへの謝罪を口にした。

だが、それは後悔からの言葉ではない。

未来へ進むための言葉だ。

 

「傷も痛みも抱え、それでも私達は前に進む。絶望は終わりだ。さあ、行こう。我が船に乗り込む勇敢な英雄達よ!希望の未来に進むため、私達は踊り続けよう!」

 

その姿を、彼女たちは知っている。

その言葉を、彼女たちは知っている。

暖かく優しい思いを、知っている。

 

「私の名はアルゴノゥト」

「僕の名前はベル・クラネル」

 

二つの名が轟く。

身体は一つ。

思いも一つ。

ただ、二つの意志と覚悟を持って、彼は名乗りを上げる。

 

「希望を謳い、喜劇を語り、理想を描き、そして――――」

 

その言葉の続きは、誰も知らなかった。

 

「未来を繋ぐ、“始まりにして終わりの英雄”だ」

 

疑問が湧き出る。

何故ここにいるのか。

どうやってここに来たのか。

その優しげな瞳の前に何も言えない。

 

「愛してる」

 

だが、その言葉だけで十分だった。

 

 

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

英雄神話(アルゴノゥト・イルコス)

・自動発現。

・『道化行進(アルゴノゥト)』発現者が8名揃っている時にのみ任意発動可能。

失われた英雄神話の再演。

8名の全能力に超高補正。

自身の階位昇華。

自身の全ステイタスの限界突破。

使用時間はレベルに依存。

使用後72時間、使用者は意識喪失及び『道化行進(アルゴノゥト)』は機能停止。

・道化の行進は終わらず、英雄は自らの手で運命を紡ぐ。(00/01)

 

【ヘヴンズロア】

詠唱式:【これは我が理想の全て】

【イルコスの丘で抱きし船出の誓い】

【架け橋の守り人、喜劇の語り部】

【心優しき戦傑、厳然たる豪傑、孤高の英傑】

【無二の親友、希望の歌い手】

【赤き糸を辿り私はあなたと海へ繰り出す】

【帆を張り、舵を取り】

【あなたを導き、あなたに導かれ】

【嘆きと絶望の時代に終わりを告げる】

【神々よ、ご照覧あれ】

【これぞ英雄神話――始まりの物語】

・召喚魔法。

・雷霆召喚。

 

 


 

あとがき

 

補足説明:獅子の怪物に関して。

何となく察した方もいらっしゃるかもしれませんが、モチーフはネメアの獅子です。

ヘラクレスの十二の試練の一つですね。

ありとあらゆる武器が通用せず、最終的に絞め殺された奴です。

この獅子って確かヘラがヘラクレスへの嫌がらせのために送ったやつじゃ――とかは言わないでくださいね。

自分でも思っちゃったんで。

アンタレスだって神話ではアポロンもしくはアルテミスの刺客みたいな説もありますし、気にしたら負けってことで。

 

補足説明:イルコスもといメーデイアについて。

メーデイア…、メディアって言った方が聞き馴染みがありますかね。

第五次聖杯戦争で召喚されたキャスターさんです。

アルゴー号の目的地であるコルキスの王女様にして、裏切りの魔女。

ついでに言うと、船長イアソンの奥さんです。

アルゴノゥトの喜劇が一区切りつくって意味合いで、出させていただきました。

ヒントというか、アブシュルトスって言われて分かった方もいらっしゃるかもしれません。

イアソンがコルキスから脱出する際に、時間稼ぎのためにメディアに殺されてバラバラにされたメディアの弟です。

流石にそのままエピソード持ってくるわけにもいかないので、ああいう形になりました。

技に関しても、メディアの神話由来になっているので、気になった方はWikipediaを覗いてみてください。

 

それと、最後に。

質問というか、皆様のご意見を伺いたいのですが。

 

これの最後に、アルゴノゥト特装版特典を前提にした番外編の話が一応構想としてあるのですが、大森藤ノ先生のご意向もあってそのまま出すのは不味いよね…って思いまして。

どうしようかな~って考えてます。

マイピクでクイズでも出して、確認が取れればマイピク公開するか。

ハーメルンの方でパスワード方式使って公開するか。

なんていう風に今考えているのですが、どうでしょう?

 

絶対やめろ。

出すな。

あるいはこうした方が良い。

出したら○す。

出すんじゃねえぞ。

ぶっ殺されてえのか。

みたいに、様々なご意見があると思います。

出来ればご意見をお教えください。

個人的にもかなり不味いこと考えてる自覚はあるので、正直な意見をお聞かせください。

 

以上、あとがきでした。

 

 

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