道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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まえがき

どうも、初めまして。
ダンまちの“アルゴノゥト”を見て、迸る熱いパトスを抑えきることが出来ずに己の筆を執った愚か者です。
このシリーズには原作死亡キャラ生存、キャラ崩壊、口調崩壊、原作改変その他諸々が多分に含まれます。
ご注意ください。
それでもいい、という慈悲深い御仏のような方がいらっしゃれば、是非ともお楽しみください。

最後に、注意事項兼伏線を。
このシリーズは「道化“と”愉快な仲間たち」ではなく、「道化“の”愉快な仲間たち」です。
まあ、あらすじ読んだ人は何となく察しているかもしれませんが、そういうお話です。

答え合わせはあとがきにて。
これ以上うだうだ言っても鬱陶しいだけだと思うので、まえがきはこれを以ておしまい。
駄作ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。

ちなみに、こちらの作品はPixivにも同じものを投稿しております。
少しでも多くの人に見てほしいという作者の自己顕示欲を満たしたいがための我儘です。
混乱された方もいらっしゃるかもしれませんが、ご了承ください。


本編
その1―英雄集結~お姫様の号泣を添えて~


 

ここは迷宮都市オラリオの中心に存在する“ダンジョン”。

世界の中心とも言える場所にして、世界で最も謎に包まれた場所。

この場所では多くのモンスターが生まれ落ち、それと同時に様々な資源も生まれ落ちる。

それによって齎される富と名声は、多くのものを惹き付ける。

惹きつけられたものは、神の恩恵を受けた冒険者となり、未知へと挑む。

 

この少年ベル・クラネルも、ダンジョンに魅せられた者の一人だ。

 

ダンジョンに夢を見た少年は走る。

兎のように白い髪を振り乱しながら。

ダンジョンに夢を見た少年は駆ける。

兎のように赤い瞳を、汗と涙でうるませながら。

 

「ひ、ひぃぃ!!」

 

背後から迫りくる凶刃を間一髪のところで倒れ込むようにして躱すと、すぐに起き上がって逃げ惑う。

ベルを殺せないことに怒り狂ったのか、その怪物(モンスター)は雄叫びを上げながら再度その少年を狙って走り出す。

モンスターの名は“ミノタウロス”。

牛頭人身の姿をし、溢れんばかりの筋肉を持って天然武器(ネイチャーウェポン)を振るう化け物。

本来であれば中層の15階層あたりに出現する魔物で、油断すれば上級冒険者すらも命を危険に晒すことがあるほど危険なモンスターだ。

冒険者になりたてのベルでは絶対に勝てない相手だ。

 

今ベルがいる階層は5階層。

ミノタウロスと遭遇など、本来であれば絶対に有り得ない。

つまり、異常事態(イレギュラー)

ダンジョンでは決して珍しいことではない。

だが、それでもありふれたものでもない。

だからこそ、ベルは動揺し、逃げ惑うのだ。

 

アドバイザーの忠告を聞かずに5階層にまで足を運んだのが間違いだったのだろうか。

せめてミノタウロスの被害を減らそうと、人の少ない正規ルートを外れた道に逃げ込んだのが間違いだったのだろうか。

 

どんどん気持ちが弱っていき、様々な悪い考えが頭の中を何度もよぎる。

生きるのを諦めそうになってしまう。

それでも、自分を応援してくれた家族や主神、アドバイザーの顔を思い出して必死に足を動かす。

 

しかし、絶対的な身体能力の差によって、差はどんどん縮まっていく。

体力も、脚力も、すべてミノタウロスの方が勝っている。

追いつかれてしまうのは、時間の問題だったのだ。

 

袋小路に追い詰められたベルは、とうとう逃げ場のない壁際にまで来てしまった。

ミノタウロスの蹄は少年を踏み潰さんばかりに繰り出されるが、少年は間一髪のところでそれを掻い潜る。

しかし、そんな奇跡はそう何度も続くものではない。

完全に身動きが取れない状態にまで迫られたベルは、己を殺そうとする凶刃を見上げる。

生を諦めきれずに逃げ回っていたベルも、ついに己の最後を悟り覚悟を決める。

 

せめて痛みを和らげるために本能的に防御姿勢を取るベル。

衝撃に備えて頭を守り、目をつむる。

想像もできない痛みを想像して、思わず体が震えてしまう。

 

だが、いつまで経っても痛みが彼を襲うことはなかった。

 

「え?」

 

『ヴぉ?』

 

思わず目を開けたベルは、間の抜けた声を上げる。

ベルだけでなく、ベルを襲おうとしていたミノタウロスまでも。

そして、そのままミノタウロスの声はやがて断末魔に変わっていく。

 

『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオォォォオォ―――!?』

 

一閃、二閃と繰り出される剣戟はミノタウロスを肉塊へと変えていき、ミノタウロスの傷口からは次々と血が溢れ出る。

その血はベルに降り注ぎ、その身を赤く染めていく。

ミノタウロスが灰になる頃には、立派なトマト野郎の完成だ。

 

ミノタウロスが消えたことで、ベルは自らを救ってくれた恩人とバッチリ目が合うことになる。

透き通るような金色の瞳に、同じ色の長い髪。

剣を取る姿すらも美しい、絶世の美少女がそこにいた。

 

この時のベルは知る由もないが、この少女こそがロキ・ファミリアが誇る“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインその人。

迷宮都市オラリオにおける最高峰冒険者の一人だ。

 

ベルと目があった彼女は、驚いたように目を見開いている。

そして、すぐに喜びあふれる満面の笑みでベルに抱擁をする。

ミノタウロスの返り血塗れのベルに、自らが汚れることすらもいとわず、力いっぱい。

 

ベルは驚いて、驚きすぎて、固まってしまう。

第一級冒険者の力で抱きしめられて動けなくなったというのもあるが、それ以前に許容量超過(キャパオーバー)になってしまったベルは、動くことが出来なくなる。

そんなベルに気づくことなく、アイズは嬉色あふれる声でベルに話しかける。

 

「アル!やっと見つけましたよ!ずっと探してたんです!あなたなら迷宮都市(このまち)に来ると思っていました!!ダンジョンにいるということは、あなたも冒険者になったんですね!?所属はどこに?もしかして、道化繋がりで私と同じロキ・ファミリアに―――……、アル?どうかしましたか?アル?」

 

ベルのことを“アル”と呼び、怒涛の勢いで喋りまくっていた彼女だったが、あまりにも反応がないベルに違和感を覚えたのか抱擁する力を緩め体を離し、彼の顔を真っ直ぐ見据える。

ミノタウロスの血に塗れてはいるが、大きな外傷は見当たらない。

ならば、なぜ何も返事を返してくれないのかと、不安に思う。

顔や体を触って体調を確かめるが、やはりおかしなところは見つからない。

そんな彼を不審に思っていたが、やがて彼の口から小さな声が溢れる。

 

「だっ―――」

 

「だ?」

 

妙な言葉に首を傾げ、思わず言葉を反芻するアイズ。

キョトンとした表情すらも美しいが、問題なのはそこではない。

問題は、言葉を反芻したのとほぼ同時に思わずベルを掴む手を緩めてしまったということ。

大きなステータスの差があるベルですら、その拘束から逃げることが出来るほどに。

 

「だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

奇声を上げながらベルは走り去っていく。

反応が遅れてしまったアイズでは、遠くに行きどんどん小さくなっていくベルを捕まえることは出来ない。

いや、身体能力的には出来なくはないのだろうが、ベルに逃げられたという事実が、アイズの足を止めてしまう。

 

「アル!?待ってください、アル―――!!」

 

せめてもの思いで必死に声をかけるが、それがベルの耳に届くことはない。

ついに見えなくなってしまったベルの背中を眺めながら、アイズは呆然と立ち尽くす。

 

何もできなくなった。

動く気力すらもなくなった。

ベルに嫌われたかもしれないという事実が心に重くのしかかり、立ち尽くすことしか出来なくなった。

 

「おい、何を叫んでたんだ?反響のせいで何言ってるかロクに聞こえやしなかったが、叫ぶんじゃねえよ。余計にモンスターを呼ぶことになるだろうが」

 

自分の後を追ってきた同じファミリアの仲間、ベート・ローガがアイズにそう苦言を呈す。

だが、アイズはそれに答えることなく、呆然と立ち尽くしたままだ。

 

「おい、聞いてんのか?アイズ!?」

 

「………。」

 

返事はおろか、身動ぎすらしない彼女に対し、ベートは名を呼び声をかける。

だが、それでもアイズは全く反応を示さない。

 

「おい、どうかしたのか?アイ――」

 

反応を示さないアイズに痺れを切らしたベートはアイズの肩を掴み、無理矢理自分の方を向かせる。

そのまま説教の一つでもしてやろうかと思っていたのだが、振り返ったアイズの表情を見てギョッとし、思わず声が止まってしまう。

 

振り返ったアイズは、両目から滝のような涙を流していた。

下に水たまりでも出来るのではないかと思うほどの勢いで涙を流す彼女を見て、流石のベートも何も言えなくなってしまう。

 

「お、おい。本当にどうしたんだ?何があった?大丈夫か?」

 

らしくなく狼狽えながらも、ベートは何があったのか聞き出そうとする。

だが、それでもアイズは何も語らず涙を流すだけ。

 

どうすればいいのか分からなくなったベートは、取り敢えずアイズを連れて本隊に合流することにした。

合流するまでの間も、アイズは泣き続けたままだ。

泣いた状態で合流したアイズとそんな状態のアイズを連れて戻ってきたベートに、良からぬ噂が流れたことは言うまでもないだろう。

 


 

その日の晩。

遠征から帰還したことを祝しての宴だ。

豊穣の女主人という酒場の一部を借り切っての盛大な宴。

誰も彼もが酒を飲み、歌い、踊り、盛り上がっている。

だが、そんな酒の席で、たった一つのテーブルだけ、お通夜のような雰囲気を醸し出していた。

言うまでもなく、アイズのいる席だ。

 

あれから数時間は経ったのだが、一時も休むことなく泣き続けているアイズに誰も声をかけることが出来ずにいる状態だ。

脱水症状になるのではないかというほど泣き続けているが、定期的に水を飲んでいるので倒れることはない。

まあ、飲んだ分はそのまま涙に変換されているので、かなりの頻度で飲まなくてはいけない状態になっているのだが……。

 

親代わりとなっているリヴェリアですら手を拱いている状態が長く続いているのだが、団長であるフィンも流石にこのままではマズイと思ったのか、打開策を打つことにした。

 

「ティオナ、ティオネ、ちょっといいかい?」

 

「なあに、フィン?」

 

「なんですか、団長!?」

 

フィンは派閥の幹部であるアマゾネスの姉妹を呼び寄せる。

そして、彼女たちにアイズのことを任せることに。

 

「悪いんだが、アイズのところに行って何故泣き続けているのか聞き出してくれないかい?ついでに関係者と思われるベートにも、詳しい話を聞いてほしい」

 

「私からも頼む。私達には話せずとも、年の近いお前たちになら話せることもあるだろうしな。うまく聞き出して、出来ればそのまま改善に持って行ってほしい」

 

老婆心も混じった切実な思いで、彼女たちに頼む二人。

そんな二人の思いを受け取った姉妹は、胸をドンと叩き、自信を持って声を上げる。

 

「まっかせて!あたしも気になってたし、うまく聞き出して見せるよ!」

 

「お任せください、団長!!」

 

大見得を切った二人は、早速アイズのいる机に向かっていく。

向かう最中、酒を飲んでいる狼人を回収するのももちろん忘れない。

向かった机の先には、アイズと、アイズをどうにかして慰めようとしている一人のエルフがいた。

 

「どう?レフィーヤ」

 

「ティオネさん…」

 

今までに見たことがない様子のアイズに狼狽えながらも、必死に水を渡したり涙を拭ったりして世話をしている少女。

アイズを姉と慕う彼女の名は、レフィーヤ・ウィリディスという。

 

「見ての通りです…。なんで泣いているのかも分からず、何も出来ない有様で……。こんなお姉様、今まで見たことがありませんし」

 

「まあ、そうよね…。ホント、なんで泣いてんだろ?」

 

「ベート、ホントに何もしてないんだよね?」

 

「してねえっつってんだろ、このバカゾネス!俺が行ったときには既に泣いてたんだよ!」

 

「はぁ!?誰がバカゾネスよ!?」

 

関係のないところで喧嘩を始めそうになっている二人をおいて、取り敢えずティオネはアイズにゆっくりと話しかける。

話を聞かない限りは、何も始まらないのだ。

 

「アイズ、大丈夫?なにか食べる?」

 

「………。」

 

「無理そうね…。アイズ、少しずつでいいから、何があったか話してくれない?私達で力になれることだったら、協力するから。力になれなくても、話すだけで楽になれるかもしれないわよ?」

 

「………―。」

 

ティオネの言葉を受けて、アイズはピクリと反応を示す。

それを感じ取ったティオネとレフィーヤは、アイズの言葉をじっくりと待ちわびる。

 

「―――、―――た」

 

「なんて?」

 

「このバカゾネス!表出ろ!今度こそ決着つけてやる!」

 

「上等だよ、ボッコボコにしてやるから!!」

 

「うるさいわよ、あんた達!聞こえないでしょうが!!ごめん、アイズ。もう一回――」

 

後ろで騒ぎ続ける二人を無理やり黙らせると、ティオネはアイズの言葉を再び聞こうとする。

だが、もう一度尋ねる前に、アイズは先程よりハッキリとした口調で同じことを繰り返した。

そして、それは今度こそ四人の耳に確かに届いたのだ。

 

「アルに、嫌われた」

 

「「「「………は?」」」」

 

四人は揃えて、間抜けな声を上げた。

アイズが何を言っているのか理解できなかったら、こんな声を上げたわけではない。

むしろ、その逆だ。

理解できてしまったからこそ、この様な声を上げたのだ。

そこからの四人の行動は、早かった。

テーブルに前のめりになり、声を潜めてアイズを問い詰める。

 

「アルってもしかして…、いや、もしかしなくても、アルゴノゥトのことか?見つけたのか?ついに?」

 

「兄さんを見つけたんですか!?」

 

「あの道化はどこにいる!?」

 

「一体どこで?それに、嫌われたってどういうこと?」

 

先程までの騒がしさとは打って変わり、真剣な様子で代わる代わる尋ねる四人。

様子どころか口調すらも変わっている。

しかし、全員それが当然であるかのように何も疑問を挟まない。

 

「おい、そこの酒浸りのドワーフ!こっちに来い!」

 

「あ?なんじゃ?随分懐かしい呼び方を――」

 

「来いと言っている。奴が見つかったそうだ」

 

「――ッ!!」

 

ベートは派閥最古参幹部の一人、ガレス・ランドロックを呼ぶ。

ガレスは酒が回り呂律が回らない様子だったが、ベートの言葉を聞いて一瞬で酔いが醒めたのか、素早い動きでこちらにやってくる。

そして、同じように声を潜めて話に加わる。

 

「おい、どういうことじゃ?あやつが見つかったとは……」

 

「それをこれから問いただすところだ」

 

ガレスを含めた五人は顔を見合わせると、小さく頷きあう。

そして、五人を代表してティオナがアイズをゆっくりと問いただす。

 

「話して、アリアドネ。何があったのか、すべて。アルの名前を出した以上、冗談というわけじゃないのでしょう?」

 

アイズのことをアリアドネと呼んだティオナは、落ち着いた口調ではあるがどこか抑えきれない焦りや喜びが滲んだその声色をしていた。

その声色が表すものは一体何なのだろうか。

何を表すにしても、真剣であることは疑いようもない。

それを感じ取ったアイズも、ゆっくりとではあるが、今日起こったことを話し始める。

 

「遠征から帰る途中で、15階層で、ミノタウロスの集団に遭遇して、その一部が逃げて、私達はそれを追って、上層に行って……」

 

「そこまでは私達も知っている。私とお前を含めた幾人かで逃げたミノタウロスを手分けして追った。そこまではここにいる全員が知っている。問題はその後だ。私と別れてミノタウロスを追って、そこで何があった?」

 

「……上層に逃げたミノタウロスは、一人の冒険者を追ってた。その冒険者は被害を少なくするように人通りの多い正規ルートから離れて行って、袋小路にまで追い詰められてた。だから、私はミノタウロスを背後から斬り付けてその冒険者を助けた。そのせいで、その冒険者はミノタウロスの血を全身に浴びる形になって――」

 

「待て、まさか、その冒険者が―――」

 

「……うん。アルだった」

 

その話を聞いて、全員が嫌な汗をかいてしまう。

アルとミノタウロスの因縁は知っている。

そして、ミノタウロスから逃げていたということは、まだ駆け出しの冒険者なのだろうということも容易に想像がついた。

そんな状態で、彼とミノタウロスが出くわす原因を作り、あまつさえ全身をミノタウロスの血液で染め上げた。

言ってしまえば、いじめの一種だろう。

 

「なのに、私、アルに会えたことが嬉しくて、何も気にせずに抱きついたり、無神経に話しかけたりしてた。アルが危険な目にあったのは、私のせいなのに」

 

「お前だけの責任ではない。私も含めた、ロキ・ファミリア全員の責任だろう」

 

「でしょうね。ミノタウロスを逃したのは、私達なんだから。アリアドネだけの責任じゃないわ」

 

「どうする?どうするべきだ?」

 

「取り敢えず、兄さんを見つけるのが先決では?見つけないと、謝ることも出来ません」

 

「そうじゃな…。見つけ次第、フィンやロキも含めて全員で謝罪に行くべきじゃろう」

 

自分たちがやらかしたことを客観視して、ヤバさに気づいた彼らは顔色を悪くさせて思案する。

そんな彼らを見て、アイズは更に大粒の涙をこぼす。

 

「やっぱり、嫌われたんですね…。ガサツで暴力的な女なんて、アルも嫌うに決まっています……。」

 

「だ、大丈夫ですよ、お姉様!兄さんだって、話せば分かってくれますって!それに、兄さんがお姉様を嫌いになるわけないじゃないですか!あの兄さんですよ!?」

 

「おそらく、危機的状況に陥ってパニックにでもなったのだろう。そんなに気を落とすな。あのお人好しが誰かを嫌うことなどそうそうない」

 

レフィーヤとベートがなんとかアイズを慰めようとする。

だが、効果の程は分からない。

この状態では焼け石に水もいいところだろう。

 

 

さて、こんな状況で突然……いや、こんな状況だからこそ突然だが昔話をしよう。

今から三千年前、神々が降臨するよりも更に前。

人々は魔物の脅威に苦しんでいた。

そんな中、一人の青年が友人に導かれ、精霊の力を受け、助けるはずだったお姫様の協力を得てなし崩し的に英雄になってしまう。

少なくとも、世間にはそう思われている喜劇が巻き起こった。

その後、その喜劇の英雄に続き数々の英雄が台頭し、英雄の時代が作られ、人々の反撃の礎となった。

 

本来であれば全員が死んでいるため、今とは関係のない物語。

だが、なんの因果かそうはならなかったのだ。

喜劇の英雄と深い縁を結んだ英雄の一部は、何故か生まれ変わった次の生でその記憶のすべてを思い出した。

それが、この場にいる六人である。

 

アイズ――人類最後の楽園“ラクリオス”の女王アリアドネ。

ベート――獣人の狼帝ユーリス。

ティオナ――古代三大詩人の一人、語り部オルナ。

ティオネ――アマゾネスの争姫エルシャナ。

レフィーヤ――喜劇の英雄の妹フィーナ。

ガレス――ドワーフの大戦士ガルムーザ。

 

その多くが、今の時代でも名を残す指折りの英雄たちだ。

そんな英雄たちは、一人の青年を待ち望んでいたのだ。

自分たちを奮起させ、導き、新たな時代の幕開けを担った“始原の英雄”。

彼が、この街にやってくる日を。

 

 

そう、その人物こそが、彼らが先程から話している少年。

アル…アルゴノゥト。

自らの全てを投げ売って礎となった、道化だ。

 

そんな道化に導かれるように、この場にまた一人太古の英傑が舞い降りる。

 

「やあやあ皆さん、お揃いで。お元気そうで何より」

 

どこか軽薄な雰囲気を携えた声色。

その声の主は、これまた絶世の美少女だった。

金色の長い髪を靡かせる少女、正義のファミリア――アストレア・ファミリアに所属しているレベル4の冒険者リュー・リオン。

前世での名を、古代三大詩人の一人“謳い手”リュールゥ・ウィーシェ。

オルナとともに、アルゴノゥトの活躍を広めた詩人の一人だ。

 

「エルフか…。何のようだ、と言いたいところだが今は都合がいい。聞け、朗報だ」

 

「みなまで言わずとも結構。彼のことでしょう?分かっていますとも。分かっているからこそ、こうして仲間の元を離れてまでここに来たのですから」

 

リューは視線でチラッと後ろを流し見る。

その視線の先には、正義の味方として都市の住民から絶大な信頼を得ているアストレア・ファミリアの面々が。

団長のアリーゼ・ローヴェルなど、こちらに気がついたのか元気に手まで振っている有様だ。

そんな様子の彼女を見て、ベートは呆れ返って大きなため息を吐く。

しかし、気を取り直してリューを見据える。

 

「で、お前は何故ここに来た?どうせお前のことだ。朗報の一つでも持ってきているのだろう?」

 

「ええ、もちろんですとも。そこで皆さん、お耳を拝借」

 

六人を手招きして、できる限り近くに寄せるリュー。

そして、そのまま誰にも聞こえないような声量で話し始める。

 

(いいですか?顔を動かさずに視線だけを動かして、カウンター席の奥の方を見てください)

 

(カウンター席?)

 

促されるままに、視線をゆっくりと動かす彼女たち。

その視線の先には、忘れたくても忘れられない処女雪のような美しい白い髪が―――。

 

「ア―――!!」

 

(しっ!声をあげてはいけませんよ。こちらが見ていることに気がついたら、逃げる可能性がありますから)

 

思わず声を上げそうになったアイズを制すと、諭すような声でそう言うリュー。

どういうことか分からずに怪訝そうな顔をする彼女たちに、リューは一つずつ説明していく。

 

(どういうことだ?逃げる?あいつが?私達から?なぜ?)

 

(そりゃあ、見ず知らずの第一級冒険者に睨まれたら誰だって逃げますよ)

 

(見ず知らずって、私達は兄さんと―――)

 

(だから、覚えてないんですよ、彼は)

 

(………え?)

 

(彼は私達とは違い、前世でのことは何一つ覚えていません。残念ながら、ね)

 

リューのその言葉を聞き、彼らは目の前が真っ暗になったかのような錯覚に襲われた。

覚えているのが当然と、いつの間にか思い込んでいた。

再会できれば、あの獅子によって奪われたアルゴノゥトとの日々を取り戻せると、そう思っていた。

だが、現実はそんなに甘くはない。

むしろ、この場にいる全員が覚えていることですらも、十二分奇跡と呼ぶに相応しいものだ。

これ以上の奇跡を望むのは、傲慢としか言いようがない。

 

(彼が“アルゴノゥト”と呼ばれた英雄の転生体であることはまず間違いないでしょう。先程少し話してみましたが、あの少年はアル殿の素の性格にとても近い。正義感も、倫理観も、優しさも、一途さも、根性も、全てがアル殿と同一のものです。ですが、あそこにいるのはベル・クラネルという名の少年です。私達の知る彼ではありません)

 

そこで、リューは顔を離し、彼らを真っ直ぐ見据えて問いかける。

彼らの意志を。

 

「あなた達はどうしますか?彼に“アルゴノゥト”という呪縛を押し付けるおつもりですか?それは、あまりにも残酷で、無慈悲だ。彼が不憫でならない」

 

「………。」

 

「答えてください。答え次第では、私は全身全霊を持って、あなた達を排除しなければならない」

 

殺気すらも含まれた緊張感が漂う。

剣に手を掛けかねないほどの重厚な威圧が、周囲に広がっていく。

この現状に気がついている人物は少ない。

だが、この状況が続けばやがて多くの人間が気づくだろう。

そうなれば、騒ぎが起こることは避けられない。

 

いっそ、そうなってしまえば良かったのかもしれない。

 

この雰囲気を察せられない阿呆というものは、どこにでもいるものだ。

そして、その阿呆は例によって浅慮で救いようがない。

 

「なあ、お前ら見たかよ?今日の5階層!」

 

「ああ、見た見た!!あのトマト野郎だろ?」

 

そんな声が、響いてきた。

酒が回っているのか、無駄に大きい声で。

聞くだけで苛立ってくるような声で。

その冒険者達は、ベルのことをあざ笑う。

 

「ミノタウロスに追っかけられてたと思いきや、戻ってきたときにはトマトになってたんだぜ!?笑えるよな!?」

 

「ガハハッ!どうせ、ミノタウロスを追ってた剣姫に助けられたんだろ?その時にトマトにされたんだろうさ!」

 

「ほんっと、みっともねえよな~。道も分かんねえド素人みてえだし。よりによって誰もいない道に行くか?正規ルートに行ってりゃよかったのによ~」

 

「バカだろ、そいつ!!」

 

無駄にやかましい声で響くその会話を聞いて、酒場の中で失笑が漏れる。

失笑だけでなく、嘲笑も含まれている。

この場にいる多くの冒険者が、彼を嘲笑っている。

原因であると言える、自分たちと同じロキ・ファミリアの一部も。

 

自分たちの英雄が、自分たちの愛した彼が、バカにされているのだ。

怒り以外の何を覚えることが出来るというのだろうか。

 

だが、それでもベルを慮って彼らは行動を抑え込んでいた。

必死に、必死に、抑え込んでいたのだ。

だが、そんな中、酒場の隅から一つの影が飛び出ていった。

 

「――ッ、待って!!」

 

その人影に気がついたアイズは追おうとするが、間に合わなかった。

人混みに紛れてしまい、ベルを見失ってしまったのだ。

そして、その人影に気がついたのはアイズだけではなかった。

 

「おぉ?なんだなんだ?もしかして、さっきのガキがトマト野郎だったのか?かぁ~、みっともねえな!今度は食い逃げまでしてんのかよ?」

 

ベルをあざ笑うその言葉に、再び酒場の中は嘲笑であふれる。

今度は、先程よりも大きい。

 

ここまで来ると、一周回って彼らは冷静になることが出来た。

冷静になり、そして、冷静に暴れることが出来るようになった。

 

ベートはゆっくりと立ち上がり、この店の主である女将のところに行く。

 

「店主、先程の少年は代金を払っていったのか?」

 

「……払ってないよ。まあ、あの様子だと一晩明けりゃ払いに来るだろうさ。それがどうかしたのかい?」

 

「あの少年の代金は私が建て替えよう。これで足りるか?」

 

ベートは財布まるごと店主に投げ渡した。

仮にも第一級冒険者の財布だ。

軽いわけがない。

その中身は、ベルが食べたものの代金を軽く超える。

 

「十分過ぎるくらいさ。待ってな。今釣りを―――」

 

「いらん。取っておけ」

 

「ざっと代金の5倍くらいの釣りが出るが、いいのかい?」

 

「構わない。迷惑料も含めての代金だ」

 

「……迷惑料?」

 

聞き返す店主の言葉を無視し、ベートはゆっくりと歩いていく。

もちろん、先程ベルを嘲笑していたクズどもの元へ。

 

そして、そのままその男たちの机を勢いよく蹴り上げる。

怒りを隠すことなく、殺気すらも滲ませて。

 

「テメェ、何しやが――――」

 

その男たちは一瞬反射的に噛みつこうとするが、相手がロキ・ファミリアの幹部だと分かると、思わず息を呑んで硬直する。

そんな男たちに容赦なく、ベートは蹴りを加える。

 

もちろん、この様な凶行を正義の味方であるアストレア・ファミリアの面々や、派閥の団長たちが見過ごすわけがない。

ベートを止めようと、全員が動こうとする。

だが、その全員が止められたのだ。

フィンはティオネに。

リヴェリアはガレスに。

アストレア・ファミリアの面々はリューによって。

それぞれが牽制され、動きを止められる。

ベルを見失い戻ってきたアイズも、ティオナとレフィーヤも、動いてこそいないが全体を牽制している。

 

「何のつもりだ、青二才。いつもは何かに付けて正義だ何だと言っておいて、凶狼(ヴァナルガンド)の行動は見過ごすつもりか?」

 

「強いものに屈するわけじゃないでしょう、リオン?」

 

「お前もだ、ガレス。何故止める?そして、何故止めない?いつもなら率先して止めているところだろう?」

 

「ティオネ、団長命令だ。そこを退くんだ」

 

それぞれが真意を問いただし、そこを退けと言う。

だが、それでも彼ら彼女らは退かない。

これだけは、譲る訳にはいかないから。

 

「見過ごすも何も、私が彼を止めない理由は至ってシンプルですとも。ベート殿がやっていなかったら私がやっていた。私に先んじて動いてくれたベート殿を止める理由など、どこにもないでしょう?むしろ、感謝したいくらいです。それに、きっと私のほうが過激になっていたと思いますよ?なにせ、私はいつもやりすぎてしまうので」

 

「儂もそこのエルフと同じ理由じゃ。儂だって怒るし、喧嘩をしたくなる時だってある。今回は、そうであったというだけの話じゃ」

 

「フィン、悪いが私も退くわけにはいかない。お前の願いであれば叶えてやりたいが、今回だけは話が別だ」

 

膠着状態が続く中、ベートはゆっくりと男に近づいていく。

冷静に、そして静かに。

周囲のことも忘れないようにしながら、ゆっくりと。

 

「店主。先程渡した金で足りないのであれば望むだけ払うし、必要であれば皿洗いでもなんでもやってやろう。だから、今だけは止めてくれるなよ」

 

「………。」

 

店主の沈黙を了承と受け取ったベートは、男を見下ろす。

これでもう、止めるものはなにもいない。

 

「先程あの少年を嘲笑した者。中でもロキ・ファミリア所属のものだ。恥を知れ。自分たちのファミリアが起こした失態で死にかけたものを笑いものにするなど、言語道断だ。バカはどちらだ」

 

ベートのその言葉を受けて、ベルを笑っていた一部のメンバーは気まずげに目をそらす。

それを見逃すベートではない。

 

「あの少年を嘲笑った者は全員顔を覚えた。帰ったら覚悟しておけ。私が直々に制裁を下してやる」

 

ベートの言葉を受けて、そのメンバーたちは顔を青くする。

反省ではなく自己保身のみを考えるそのあり方を見て、ベートはさらなる嫌悪を募らせる。

 

「そして、それ以外の者たちもだ。貴様らはバカか?なぜこいつの話を聞いてあの少年を笑えたのだ?」

 

ベートの言葉が理解できないのか、顔をしかめる冒険者たち。

そんな彼らを、ベートはさらなる侮蔑の視線で見つめる。

 

「なぜあの少年が襲われているのを近くで見ていたコイツラは無事だったと思う?あの少年がミノタウロスの注意を引き付けていたからだ。なぜあの少年はわざわざ正規ルートを離れて人の少ない道に行ったと思う?他の冒険者達を守るためだ。あの少年の行動は称賛こそされど、嘲笑されるようなものではない。それすらも理解できんようなバカは、とっとと冒険者を辞めろ」

 

ベートは、最後に胸ぐらをつかみ上げ、一番言いたかった事を言う。

誰だけではない。

他の全員が、言いたかったことを。

 

「そして最後に。あいつは臆病者かもしれないが、卑怯者でもなければお前らのようなゴミクズでもない。私が認めた、信念を貫きし誇り高き只人だ。お前ら如きが、侮辱するな。お前ら如きが、俺たちの愛した英雄を、バカにしてんじゃねえ――!!」

 

その気迫、その信念。

それらを間近で受けたその男は、気を失っていた。

 

ベートは男を投げ捨てると、そのまま店をあとにし、誰もいない広場にまで歩いていく。

リューに尋ねられた答えを示すために。

そして、リューに向き合い、先程の答えを示す。

答えなど、最初から決まっていたのだ。

 

「エルフ、お前は先程聞いたな。俺たちにどうするのかと」

 

「……ええ、聞きましたとも。その答えは?」

 

「貴様と同じだ」

 

あの様な質問をしていたリューも、怒っていた。

ベルがバカにされたことを、アルゴノゥトがバカにされたことと同義だと思い、憤慨したのだ。

ならば、同じ行動を示した彼らがリューと同じ答えを持つに至っても、何の不思議もない。

だからこそ、彼らは答える。

全員で、

 

「何も変わらない。あいつの信念が、思いが、志が、それらが変わらない限り、あいつはオレたちの知っている英雄のままだ」

 

「私達のことを覚えていようが、いまいが、何も変わらない。思い出は大切だけど、それが全てじゃない。たとえあの人が覚えていないとしても、私達が救われた事実は何も変わらないのだから」

 

「私達は兄さんの優しさに救われた。その事実だけで、十分ですよ」

 

「じゃからこそ、儂たちは今度こそ作ってみせよう。あやつが犠牲にならなくてもすむような、全員が笑顔になれるような喜劇を」

 

「あの道化の望む喜劇を、今度こそ演じてみせよう。悲劇はもう見飽きた。今度こそ、腹を抱えて笑えるような喜劇を魅せてみよう」

 

「今度は私達が彼を導きます。アルゴノゥトが憧れながらも手が届かなかった、英雄へと。この都は、そのためにあるのですから。そして、私達はあの人の横に並び立って、一緒に作り上げて見せます。一も百も救ってみせる、最高の英雄譚を」

 

彼ら、彼女らは答える。

自分たちの信じた英雄が突き進んでいく未来を。

これから巻き起こっていく最高の喜劇を、英雄譚を。

笑いながら、声高らかに答えるのだ。

 

「いやはや。どうやら、全員アル殿に毒されてしまっているようですな。まあ、かくいう私もですが」

 

「あの道化と関わるということは、そういうことだ」

 

「ハハハッ、違いない」

 

彼らは笑う。

彼女らは笑う。

自分たちが愛した、英雄のように。

 

「では、誓いの意味込めて、あれを言いましょうか」

 

「あれ?」

 

「ほら、あれですよ、あれ。アル殿がよく言っていた決め台詞ですよ」

 

リューのその言葉に得心が言ったように、全員が再び笑う。

そして、誰が言い出したというわけでもなく。

誰が声を上げたということもなく。

自然と声が一つになり、その言葉を轟かせていた。

 

 

「「さあ、喜劇を始めよう」」

 

 

 




あとがき

というわけで、あとがきです。
ここまで見ていただいた方、ありがとうございます。

というわけで、まえがきの答え合わせです。
このお話は、アルゴノゥトだけが記憶を持っていない状態での、転生モノです。
アルゴノゥトだけが記憶を持っているお話はいくつか見かけていたのですが、その逆は見ていなかったので、頑張って書いてみました。
あ、ちなみにクロッゾは次回登場します。
面白かったですか?
少しでもお楽しみいただけたら、幸いです。
では、また!
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