学区入学~旅神死す~
獅子退治から帰り、ベルの目が覚めてから二日目のこと。
ベルはギルド本部を訪れ、残っていた戦争遊戯の後処理書類の提出やギルドからの簡易的な説明を終え、そして獅子退治についての報告を行っていた。
公式に報告する時は色々都合をつけたり、うまいこと隠したりするつもりだが、エイナにだけはすべてを打ち明けた。
それはきっと今まで支えてきてくれた彼女への義理であり、それと同時に自分の中での整理をつけるため。
「漆黒のモンスターに、始まりの英雄か……。なんだか、遠い世界の話に聞こえちゃうよ」
すべての話を聞いたエイナは、どこか受け止めきれない様子でそう呟いた。
彼が嘘をついているとは思わないが、それでも信じられなかった。
古代の英雄や偉人たちが生まれ変わり冒険者になっていて、眼の前にいる子どもはそんな彼らが愛する始まりの英雄。
すんなり受け入れろという方が無理があるだろう。
「僕も、まだ色々整理がつかない面もあるんです。でも昨日の夜アイズさんと話して、皆にもすべてを打ち明けて。ようやく、落ち着いて考えられるようになりました」
「……大丈夫?辛くない?」
「大丈夫ですよ。痩せ我慢でも何でもなく、本当に」
ベルは穏やかで大人びた、今までにない微笑みを浮かべながら、優しい瞳をしていた。
そこには彼らへの深い愛情と信頼があり、受け入れて未来に進んだ証となっている。
「アイズさんたちが話せなかった気持ちも分かりますし、もう十分謝られましたから。それに、エイナさんにも救われてるんです」
「私に?」
「はい。誰かに聞いてほしかったんです。物語でも、報告でもなく。純粋に僕達の話をただ聞いて、知ってほしかった。こんな馬鹿みたいな話を気軽に話せるような人、エイナさん以外にはいませんよ」
その言葉に、エイナは目を丸くする。
レベルが上がるに連れ、ギルド職員として彼の力になれる機会はドンドン減っていった。
たった半年だけで、彼はもうエイナの助けがいらないくらいに強くなった。
それを嬉しく思う反面、力になれない現状を口惜しく思う場面も増えていった。
悔しくて不甲斐なくて、そして寂しくて。
もう自分に出来ることは何もないと思っていた。
でも、違った。
今の自分でも、ほん少しだけなら彼の力になることは出来るのだと知れた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「……そっか。私でも力になれたんだね」
「もちろん。今僕が生きてるのはエイナさんのおかげですから」
「ハハッ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
穏やかな時間が流れる。
こんなに穏やかな時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。
深層から帰ってきた時には腕を壊したせいでそれどころじゃなかったし、その後に別の戦いに首を突っ込んだせいで怪我が長引いた。
それが治ったと思ったら直後にアイズたちとの仲がギクシャクして、その最中にデートレッスン→女神祭→都市魅了→派閥大戦の順番にほぼ連続。
そして今回の一件。
あれ?本当にいつだっけ?
オリンピアに行ったことも踏まえたら、本当にまともに休めてないような気がする。
「ところで、アルゴノゥトがベルくんの前世って言ってたけど、記憶とかってどうなってるの?」
思考が暗黒に沈みそうになっていたら、エイナの問いかけで何とか戻ってこれた。
「え~と、やっぱり殆ど残ってないです。アルゴノゥトだった時のことは何も分からないですし、彼が残したのはスキルと魔法くらいで…。あ、でも味の好みは少し変わりましたね。好き嫌いが減りました」
「それ以外にはなにもない?」
「はい、何も。そういう存在だったって自覚はありますけど、基本的に僕のままですね。やっぱりアイズさんたちと違うみたいで」
「私としてはどこか安心したけど、ヴァレンシュタイン氏たちからしてみれば複雑だよね…。」
彼女たちの心境を推し量ることは出来ないが、それでも複雑な思いを抱いていることは想像に難くない。
前に進んでいるから大丈夫だと信じているが、それでも不安に思う。
とはいえ、エイナに出来ることはなにもないのも事実だ。
彼女は気持ちを切り替え、自分に出来る方法でベルを支えるために話を続ける。
「あと、スキルは兎も角魔法だよね…。『雷霆の剣』かぁ…。」
テーブル越しに覗き込むようにベルの腰元を見ると、黄金色に輝く剣があった。
まごうことなく雷霆の剣。
言ってしまえば、古代の遺産。
「聖遺物扱いされるだろうしね…。ドロップアイテムなら兎も角、こればっかりはギルド長がなんて言うか…。」
「でも、これ完全に僕の魔法になったみたいで、他の人は使えないですよ?」
「え?そうなの?」
「はい。目が覚めて改めて召喚した時にアーディさんもいたんですけど、持ってみたいって言うから渡したら感電して動けなくなっちゃって。ティオナさん達は普通に使えましたけど、出力は下がってましたし」
それらの結果から、ベル/アルゴノゥトと何らかの繋がりがあれば使えるのだろうと判断された。
ティオナ達はスキルによって繋がっているから、辛うじて使えるのだろうと。
ちなみに、メーデイアも普通に持っていたし、普通に使えた。
なんだったらティオナたちより使いこなしてた。
「じゃあ上手いこと誤魔化すしかないか…。うん、なんとかやってみるよ」
「お願いします。ギルド長になにか言われたら僕に言ってください。黙らせますから」
「ベル君、派閥大戦以降ちょっと物騒になってない?」
完全にあの人達に毒されているベルを見て、どこか呆れるような表情をするエイナ。
苦笑いを浮かべながら、今後の懸念を色々と口にする。
「雷霆の剣はどうにかするとしても、それ以外でもギルドから色々言われると思う。ベルくんやリオン氏たちのランクアップとローガ氏の加入。神フレイヤが神ヘスティアの従属神になったり、ベルくん自身が都市最強を下したのもあって、派閥等級もAになっちゃったし」
「課税が増えるって、リリが嘆いてました」
「それに関してはごめん。私も色々言ったんだけど、上層部に押し切られて。現実問題ロキ・ファミリア以外に今のベルくんたちに敵いそうなファミリアなんていないから」
「流石に、アイズさんたちが全力になれば負けると思いますよ?」
「どうだろう?今のベルくんだったら何だかんだ勝っちゃいそう」
「買いかぶり過ぎですよ」
もしそうなれば、最凶の手段を取らない限り負けるのは確定だろう。
アイズたちと敵対する理由はないし、仮に敵対したとしてもアイズ達は速攻で裏切るだろうから戦いにはならない。
だからその手段を選ぶことはないのだが、もし選ぶような事態になれば、都市が崩壊する。
まず間違いなく、あの二人が大暴走する。
ただでさえ、二ヶ月……否、あと1ヶ月半になるか。
それが憂鬱で仕方ないというのに。
ベルは沈んだ気持ちを持ち直すように大きくため息を吐いた。
そんな時だった。
研ぎ澄まされたベルの耳に、新たな冒険の始まりを告げる笛の音が聞こえてきたのは。
オラリオから南西に約3Kほど離れた位置に存在する港町“メレン”。
魔石製品を世界中に運び、同時に世界中から異邦の物品を数え切れないほどオラリオに持ち込む流路。
その特性から世界中の物品がこの場所に集まり活気に満ちている場所だ。
ベル自身何度か訪れた場所でもあるが、海に慣れないベルにとって潮の匂いに満ちるこの場所はいつ来ても新鮮だった。
そんな浮足立つ気持ちを抑え込み、港にある超大型の船を眺める。
「これが学区ですか…。」
「あれ?学区のこと知ってたの?」
「ええ、まあ。実際に見るのは初めてですけどね」
ここの教員であるレオンとは旧知の仲だ。
彼にはそれなりに恩もあり、交流は続いている。
オラリオに来てからも手紙のやり取りを何度かしているほどだ。
「にしても、人が大量に集まってますね~」
「学区がオラリオに来るのは三年に一度。世界中を見て回って得た色々な知識だけでなく、世界有数の教育を受けた神の眷属たちがいる。そんな情報や人材をオラリオに囲い込む絶好のチャンスだからね。どうしても注目が集まっちゃうんだよ」
「へぇ~、そういうものなんですか。世界は広いですね~。あたす、こんなおっきなもん見るの初めてでさ!流石都会は違うもんダスね!」
「……なんですか、その口調?」
「田舎から出てきた娘はこのような喋り方をすると聞いたので。真似してみました」
「そういうのどこから覚えてくるんですか、メーデイアさ――――え?」
いつの間にか会話に加わっていた人物。
いつからいたのかも気づかない程自然に、隣に立っていた。
つい数日前からオラリオで暮らし始めたばかりの、前世の自分の子孫が。
「どうも」
「どうもじゃなくて……、何やってるんですか?」
「学区とやらの見物に来ました」
「仕事は?」
「ご心配なく。ちゃんと休憩時間として扱われています。ヘスティアより仕事ができると、屋台のおばちゃんから太鼓判を押されているんですよ?」
「今日2日目ですよね?1日で全部の仕事覚えたんですか?」
「当たり前です。工芸品ほど精密な動きを要求されるわけでもないですし、戦いほど状況が変化し続けるわけでもない。ただ決まった動きを覚えて繰り返すだけの簡単な作業。一回見れば覚えられますよ」
「うわぁ…。似たようなこと言ってた人知ってますけど、うわぁ…。」
もう、言葉が出てこない。
多分メーデイアはあの義母のように見ただけで冒険者の技術すべてを得ることは出来ない。
あの人はすべてを自分の中に落とし込んで習得するが、メーデイアのこれはただの模倣。
動きをそのままトレースしているだけだ。
だから、身体能力に大きな差があれば模倣できないのだろうが、今回のこれに関して言えば関係ない。
常人にも出来るレベルのことを、延々と繰り返すだけ。
彼女が最も得意とすることの一つかもしれない。
天才的な所業だし、常人には真似できない神業だ。
それを隣で見せられた人物がどうなるかと言うと……。
「帰ったら神様落ち込んでそうだな……。」
「? なんでですか?」
「なんでって…いや、やっぱいいです。また今度教えます」
落ち込んでいるヘスティアを慰める方法を考えるベル。
彼我の差を理解し落ち込んでいるだろう。
小さい頃の自分も似たような経験が大量にある。
そして、この手の天才型は自分がやっていることの凄さが理解できないケースが多い。
世間知らずなメーデイアなら尚更だろう。
そのあたりのことも含めて教えなければいけないと思い、大きなため息を溢す。
「あの、ベルくん。もしかしてこの人が?」
「あ、はい。この人が――――」
「おや、恋人様と逢引中ですか?お邪魔してしまいましたかね?」
「こ、恋――!?」
「あ、冗談です。そういう間柄ではないことくらい見れば分かります」
「前々から言おうと思ってましたけど、冗談の質一回見直したほうが良いですよ?」
「ええ~…。ま、どうでもいいですね。ところで、ご先祖様は何をしに?あと、いい加減そちらの方を紹介してください」
「話ややこしくしてるのメーデイアさんですからね?」
恋人に見えないというメーデイアの発言にそれなりのショックを受けているエイナを他所に、ここに来た理由を語り始めるベル。
元々、学区の様子を見に来たことと、エイナが担当のギルドの受付嬢であること。
それを説明し終えた。
「あぁ、ギルドの。これはこれは…。どうも、うちのご先祖様がいつもお世話になってます」
「あ、いえ、こちらこそ、ご丁寧にどうも」
「メーデイアさんはどういう立場でそれ言ってるんですか?」
「子孫という立場ですが?」
特殊なことは理解しているが、それでもおかしな立場からの発言に苦言を呈すベル。
しかし、基本的に他人に合わせるということを知らないメーデイアには効いている様子がない。
「エイナさん。この人、こんな感じでマイペースの権化みたいな性格してますから。気をつけてくださいね」
「うん。短いやり取りしかしてないけど、それはなんとなく分かってる」
「お二人共ヒドイですね~。私の脆く繊細なガラスのハートが傷ついてしまいますよ?」
そんなことを嘯きながら、表情一つ動かしていないメーデイア。
彼女に呆れながらも、もうどうにもならないと判断して切り替えて話を続けることに。
「それはともかく、事前予約無しで行っても学区には入れないですよね?」
「そりゃもちろん。元々警備も厳重だし、見ての通りガネーシャ・ファミリアたちが規制してるからね」
「ですよね……。」
「学区に用事でもあるの?」
「いえ、そんな大したものじゃないです。ただ、せっかく来たんならレオンさんに挨拶でもしようかなって。でも、無理そうですし諦めます」
「あれ?レオン先生と知り合いなの?」
「昔おじさん達の療養でお世話になったことがあるんです」
レオンやその主神には療養先の手配などで世話になったことがある。
その後も自分のことを気にかけてくれて、何度か会いに来てくれたりもした。
「それ以外にも色々と。僕を気にかけてくれたり、僕とおじさんが逃げる為の囮になってくれたり。逆に囮にされたり、二人でおじさんを囮にして逃げたこともあります。まあ結局捕まっちゃうんですけどね」
「ごめん、それ何の話?」
ベルの言っていることが理解できないエイナは聞き返すが、ベルは乾いた笑みを浮かべて死んだ魚の眼をしている。
地獄のような日々を思い出しながらも、決して口外できないため笑って誤魔化す。
「時間はかかるでしょうが、手紙でも出せばそのうち会えるでしょうから。ゆっくりと――――」
「Hey!!学区に入りたいそこの君!!」
諦めて踵を返そうとしたその時、背後から陽気な声が聞こえてくる。
その声の主をよく知っているベル達。
急転直下で苛立たしげに不機嫌になるベルとメーデイア。
「お困りのようだね?良ければ力を貸すぜ?」
「か、神ヘルメス!?」
「「……チッ!」」
メーデイアだけでなく、らしくなく舌打ちをするベル。
完全に目が据わっており、キレているのが分かる。
「何の用だ、ヘルメス?」
「何の用ですか、ヘルメス?」
「あれ!?なんでキレてるの!?」
「自分のしたことを覚えてないのか?メーデイアと違い頭の出来が良くないようだな」
「何も覚えられない不出来な頭などいらないでしょう?私が抉ってあげましょうか?」
「待て待て待て!!今回はマジだって!!」
「はぁ?」
苛立ちをぶつけるだけのベルと違い、武力行使に出ようとするメーデイア。
二人の様子に流石に焦り始めたヘルメスは大げさな仕草で自身の潔白を主張する。
「俺は君を連れてくるよう言われたんだって」
「誰に?」
「分かった分かった。単刀直入に言おう、ベルくん――――」
ヘルメスは真剣な表情で、その人物の名を告げる。
「レオン・ヴァーデンベルグが君を呼んでいる」
「……なんだと?」
つい先程まで話していた人物の名を出され、ベルも動きが止まる。
ヘルメスの思惑が入り乱れる騒動は、こうして始まるのだった。
ヘルメスを通じてレオンから呼び出しを受けたベル。
彼は今現在、上空約500Mから自由落下していた。
「アスフィの部屋から『
「黙れ。何が正解だ」
ヘルメスに無理矢理履かされた『
慣れない魔道具の操作など一朝一夕でできることではない。
あの義母なら兎も角、それに同調しているだけのベルには無理だ。
そんな訳で自由落下しているわけだが、安全面では特に問題ない。
着地に丁度良さそうな資材置き場らしきものも見つけられた。
そこに落ちればまず問題ないだろう。
「え……、ちょ、ベルくんッ!?」
「そら、身構えろ」
ヘルメスへの気遣いを一切捨てたベルはそのままの勢いで大量に積み重なった木箱の上に落ちる。
ものすごい音を立てながら木箱は壊れているが、幸いにも勢いは殺せた。
命に別状はないし、ベルに至っては傷一つ負っていない。
「ねえ、ベルくん…、落下するドサクサに紛れて俺の頭木箱に思いっきり叩きつけなかった?」
「気のせいだろう?そんなことより、早く移動するぞ。音を聞きつけた連中が――――」
『
タイミング的に見てまず間違いなくベルたちの侵入を知らせるためのものだろう。
「チッ。おい、『
「あ、ごめん。前に侵入した時に使ったせいで、それを看破する魔道具を学区側が開発しちゃってさぁ」
「警備が厳重なのはお前のせいか!!」
そんなこんなをしている間にも多くの足音が近づいてくる。
ヘルメスの怒りを抱きながらもどうするか考えていたベルだったが、ヘルメスから予想外の提案をされることに。
「よし、囮作戦だ!君を囮にするから時間稼ぎ頼んだ!」
「分かった。あの人達が来た時を楽しみにしておけ」
「ハッハッハッ!そんな覚悟とっくの昔に出来てるよ!だからこそ俺は、残り少ない余生を悔いのないように全力で生きると決めたんだあああああ!!」
「本当にクソだな、お前!」
悪態をついているが、もうそこにヘルメスの姿はない。
二つの魔道具を駆使して、姿を消しながらこの場から立ち去っている。
探そうと思えば探せないこともないが、そんなことをする余裕はなさそうだ。
「「「「「侵入者はっけーーーーーん!!」」」」」
「はぁ、面倒くさ……。【雷霆よ】」
ベルは剣に直接触れることもなく、その力を引き出して超加速する。
集まってきた生徒たちの目には、一瞬で姿が消えたように映っただろう。
獣人の生徒が足音を察知して踵を返すまでのその一瞬で、ベルは高く飛び上がり屋根の上を駆け抜ける。
「逃げたぞ!!追え、追えぇぇぇぇ!!」
生徒たちの怒号を尻目に、ベルはドンドン加速していく。
【逃走】の発展アビリティがあるおかげで、通常時より補正が入っているのだろう。
誰の目にも止まらぬ超スピードで、追手を撒いていく。
「これからどうするか…。」
走りながらもベルは考える。
このままヘルメスを見捨てたいところだが、レオンの名前を出された以上それも難しい。
だが、色々怪しい箇所があるのもまた事実だ。
レオンが呼んでいるという割に、招待ではなく侵入という形を取ったこと。
極秘裏に、と言っていたがここまで目立ってしまった以上どう考えてもおかしい。
メレンで別れたメーデイアにベートたちへの連絡を頼んでいるので、一応外部にこのことは伝わっている。
エイナにも口止めしているから、今学区から逃げればこれ以上ファミリアの汚点が広がることは防げるかも知れない。
「しかし、本当にレオンが呼んでいる可能性も捨てきれない…。」
本人に直接確認しない限り、可能性はある。
それも、彼が自分を呼ぶとなれば重要な事柄になってくる。
だから一刻も早くレオンと合流したいが、ここまで広い場所から探すのもそれはそれで一苦労だ。
生徒に扮して聞き込みをしようにも、生徒たちは固有の制服を身にまとっているため部外者はひと目で分かる。
ヘルメスが事前に制服でも用意していればいつもの悪巧みだと判断してすぐに帰っただろうに。
これでは本当に急に呼び出されたのか、ヘルメスの企みなのかの区別がつかない。
「本当に面倒くさい…、………ん?」
一瞬立ち止まり、大きなため息を溢す。
追手はほぼ完全に撒いた。
しばらくは大丈夫なはずだ。
そしてふと眼下の通りを眺めていた時だった。
「エイナ?」
友人と談笑しながら歩く少女。
それは先程まで一緒にいた担当者によく似ていた。
メガネは掛けてないし、身長も年齢も髪型も違う。
それでも、無意識に彼女の名を呼ぶほどよく似ていた。
彼女に目を奪われていたその時だった。
『――緊急放送!緊急放送っ!学区に侵入者の形跡あり!』
けたたましい放送が鳴り響き、異常事態を知らせる。
眼下の少女も肩を震わせ驚いているが、今はベルの方が驚いていた。
『錬金学科の調査によれば侵入者は二名!うち一名は神、もう一名は眷属!』
怒りを現すように、その放送の主は語気を強めながら続ける。
『種族はヒューマン、性別は男!特徴は白い髪に赤い瞳!繰り返します、盛り狂った兎のように真っ白な髪に、変質者の如き充血した真っ赤な目玉のヒューマンっ!!』
目撃されていたとは言え、予想以上連絡が早く自分の特徴が流布されることに驚く。
そして、それと同時に若干の苛立ちも抱いていた。
「百歩譲って瞳は良いとして、髪色までこうも悪様に言うか…。」
義母の感情に寄っているせいで、あの放送に苛立ちを覚えてしまう。
とはいえ、感情的になって暴れるほどでもない。
それに悪いのはすべてヘルメスだ。
今回のが嘘だったら、絶対にシメる。
そう誓いながら、取り敢えず移動することにした。
ここもすぐに安全ではなくなる。
「取り敢えずレオンよりも先にヘルメスだな。あれを見つけるほうが早そうだ」
そう言いながら、ベルは空を見上げる。
来た時からずっと気になっていた、学区で一番高いあの建物を。
「いるとすればあそこか…。」
まず間違いなくヘルメスは学区の主導者に会いに行くはずだ。
これがレオンの呼び出しにしろヘルメスの企みにしろ、学区の長が何も知らないとは思えないし、学区でなにかするのであればその神物に了解を取らなければいけないはずだ。
面倒事に巻き込まれたことを呪いながら、ベルは再び走り出す。
バタンッと大きな音を立てて、学長室の扉が勢いよく開かれる。
若干息を切らしながらも、憤慨した様子で駆け込んできた女生徒はそのままの勢いで部屋の主に尋ねる。
「バルドル様!こちらに白髪のヒューマンが来ませんでしたか!?」
「いえ、来ていませんが?何かあったのですか、アリサ?」
「こっちに来てないってことは、残りは…。もしかしてもう学区から脱出した?」
考えを巡らせながら呟いていた少女は、すぐにハッとしたように顔を上げて姿勢を正す。
「すいません、侵入者です!またしてもオラリオ勢力の――――」
「アリサ、すまないがもう一歩奥へ進んでくれると助かる」
「きゃっ、れ、レオン先生!」
侵入者のことをバルドルに伝えようとしていた女生徒だが、その後ろから聞こえてきた声に驚き、それは遮られる。
振り返った先にいたのは、いくつかの書類のようなものを抱えたレオン・ヴァーデンベルグ。
ヘルメスが語った、ベルを呼んでいる人物だ。
「すいません、気づかなくて――――!」
「いやいや。私の方こそ急に話しかけてすまなかった。アリサは………。」
頭を下げる女生徒をなだめていたレオンだったが、その途中で言葉が止まる。
それを疑問に思った彼女は小首を傾げながら不思議そうにする。
「レオン先生?どうかされましたか?」
「いや、なんでも。ここに来たのは侵入者の捜索と報告だろう?バルドル様には私の方から伝えておくから、君は捜索に戻ると良い」
「あ、そうですね!ありがとうございます!バルドル様、失礼します!」
彼女は大きく頭を下げて一礼した後、すぐに走り出して階段を駆け下りていく。
その様子に少し困ったような表情をしながら、レオンは開けっ放しになっている扉を締め、小さくため息を吐く。
そして苦笑をしながら、上にいる彼に語りかける。
「まったく…。相変わらず
「そりゃもちろん。本気で隠れれば、お義母さんですら見つけるのに十分はかかりますからね」
どこか得意げな声をしながら、彼は顔を逆さにした宙吊り状態でレオンと対面する。
部屋の装飾に足でも引っ掛けているのだろうか。
そんなことを思っていると、空中で半回転してキレイに着地する。
乱れた服装を整えながら、ベルはにこやかな笑顔を浮かべる。
「ともあれ、元気そうで何よりだよ。久しぶり、ベル」
「はい、お久しぶりです、レオンさん」
旧友との再会を祝うように笑い合う二人。
こうして会うのは数年ぶりになるが、変わらず元気そうで安心した。
特にベルはオラリオで様々な騒動に巻き込まれているので、それを遠方で聞いていたレオンはかなり気を揉んでいたのだ。
「ところで、ベルはなんで学区に?それもこんな騒動を起こしてまで」
「……レオンさんが呼んだんじゃないんですね?」
「? いや、呼んでないぞ?確かに君に話したいことはあったが、わざわざ呼びつけるような真似はしないさ。そんなことしなくても、こっちから会いに行けばいいだけだしな」
「はぁぁ……。やっぱり、そうですよね……」
ベルは深い溜息を零しながら、腰にある雷霆の剣を引き抜く。
そして、それをそのまま床の石畳に突き刺し、その下にある空間に雷を流す。
バルドルやレオンには被害がいかないように調整され、尚且つ死なないよう最低限の配慮もしている。
やがて下から鈍い悲鳴が聞こえてきたかと思えばタイルの一つが動き、そこから所々黒焦げたヘルメスが這い出てきた。
「さてと、私を謀るとはいい度胸だ。覚悟は出来てるんだろうな、クソ神?」
「ちょ、ちょっと待って……!ホントに……。」
「あの二人に任せて私が何もしないとでも思っていたのか?私にも我慢の限界というものがある。貴様はまず最初にそれを知るべきだったな」
「待って待って待って!これには理由があるんだって!」
にじり寄ってるくるベルに、流石のヘルメスも慌てふためくが効果はまったくない。
むしろドンドン感情を逆なでし、蔑むような目で見られる始末だ。
「大方、そこの学区の神やレオンの思惑が被ったからこその行動といったところか。学区で騒動を起こして、私の逃げ道を塞ごうとしたな?レオンたちに知られる前に、独断で。その魂胆が気に食わん」
「え、あ、いや、そうじゃない……こともないけど!!」
「すいません、レオンさん。ちょっと手伝ってもらっていいですか?このまま縛り上げて学区の尖塔に吊し上げましょう」
「よし来た、任せろ」
「任せろじゃないよ!?」
ヘルメスを捕まえるために道中で拝借しておいた縄を取り出して縛り上げようとするベルと、それに協力するレオン。
友人相手だからこそ、もっと穏便に頼むつもりだったレオンも流石に少し頭にきているようだ。
「二人共、そこまでに。すこし落ち着いてください」
「ば、バルドル!!」
「やるのは後にしてください」
「バルドル!?何か最近こういうパターン多くない!?」
学区の神にすら見捨てられるヘルメス。
自業自得である。
一方二人はというと、流石にバルドルに窘められてはこれ以上続けるわけにもいかない。
取り敢えず逃げられないようにヘルメスを縛り上げ、念の為服の一部を雷霆の剣で縫い留めて動けないように微量の雷を流し続ける形で拘束する。
痺れ続けて満足に話すことなど出来ないが、アレに喋らせると碌なことにならないのでこれでいい。
縛り上げたヘルメスを放置して、向かい合うように座る三人。
「さて、改めまして。こうして会うのは初めてですね、ベル・クラネル。私はバルドル。この学区で取りまとめのようなことをしている神です」
「はじめまして、バルドル様。義母とおじの件ではお世話になりました。改めて、感謝申し上げます。――――あと、タイルの修繕費はヘルメス・ファミリアにお願いします」
「いえいえ。大したことはしてませんし、殆どレオンがやったことですから。感謝なら彼に。――――それと、騒動で壊れたものも含めて、すべてヘルメスに請求しますから安心してください」
二人の療養先の確保からその仲介まで。
それらをレオンとバルドルが主導して行ってくれた。
そのおかげで二人は今も生きている、と言ってもいいかもしれない。
過言かも知れないが、少なくともベルはそう思っている。
「レオンさんにもずっとお礼を言ってます。それは別として、貴方にも感謝を伝えたかった。あの二人は僕にとって、無二の家族ですから」
「………そうですか。なら、これ以上の卑下は無粋ですね」
ベルの思いをまっすぐ受け取ったバルドルは暖かく微笑む。
「レオンさんやバルドル様には返しきれない恩があるので、僕に出来ることがあるなら言ってください。今の
「そんな安請け合いはしないほうがいいぞ、ベル。特に今回なんて、君がブチギレてるそこの神の思惑と重なる部分だってあるんだから」
「まあ、多少ムカつく所もありますが、そのあたりは信用してますから。レオンさんやバルドル様も含めて、僕の害になるようなことはしないって。ムカつきますけど」
(二回言ったな)
(二回言いましたね)
ベルの性格を知っているレオンからすれば、何をどうやればここまで怒らせることが出来るのか疑問に思うレベルだ。
まあ、ベルが怒るのも無理はない。
前世の自分のことは置いておくとしても、自身の英雄たちをイタズラに傷つけるような真似を容易に許したくはない。
あと、いい加減我慢の限界だった。
祖母を制御不能の暴力装置みたいに言うし、理由のわからない儀式を作ってまでオラリオから遠ざけようとするし。
「そういうわけですから、バルドル様も遠慮なさらず言ってください。力になれるかどうかは分かりませんけど……」
「そう言っていただけるだけで助かります。では、お言葉に甘えて単刀直入に」
温和な雰囲気のまま、バルドルの口から思いもよらぬ言葉が飛び出てくる。
「ベル・クラネル、『学区』の生徒になってみませんか?」
隣に座るレオンも笑いながら、それを肯定している。
それを見たベルは、小さく言葉を漏らす。
「………は?」
理解が追いつかない、こぼれ落ちるような疑問の言葉を。
「はあ!?学区に入学!?」
その日の晩。
本拠に戻って食卓を囲んでいる最中。
今回のすべてを語り終えたベルに対し、ヴェルフは驚きを含んだ素っ頓狂な声を上げる。
「何がどうなればそんな話になるんだか…。あと、そこのレベル7は何でいるんだよ?」
「私か?私はただ、ベルの料理を食べるついでに説明を手伝いに来ただけだよ」
「逆だろ」
「逆じゃないさ。ベルの料理、本当に美味いから。久々に食べたくなって」
「おじさんの料理には敵いませんよ」
「そうか?ザルドと比べても遜色ないと思うけどな」
さも当然のように、一緒になって食卓を囲むレオン。
一通りの話を聞いて、ヘルメスを吊し上げて、本拠に戻る時一緒に付いてきたのだ。
ちなみに、本来今日の食事当番は命のハズだったが、レオンの希望でベルが作ることに。
どっちでも美味しいからと、団員たちは了承した。
「私も美味しいと思いますよ。森から出たばかりですが、ご先祖様の料理より美味しいものには出会ったことがありません」
「やっぱりそうだろう?………、ご先祖様?」
「ちょっと変わった子なんです。気にしないでください」
そのおかしな呼び名に思わずベルを見つめるレオン。
流石にアルゴノゥトのすべてを明け透けに話すのは気が引けたので、メーデイアのせいにして適当に誤魔化す。
呼び方を変えてほしいと何度か言ったが聞く耳を持たないので仕方ない。
「まあ、料理は置いとくとして、問題は学区の入学だな」
「どうせヘルメスが絡んでるんだろ?正直、気乗りしないね。学区への侵入といい、まったく!」
「それに関しては申し訳ない。バルドル様が神ヘルメスとやり取りをして元々編入は頼むつもりだったんだが、まさかこんな手段を取るとは思わなかった」
「もうやっぱりっ!ま~たヘルメス様の仕業ですかっ!?」
あの厄介極まりないはた迷惑な旅神の仕業と知り、憤慨するリリ。
リリほどの憤慨こそないが、全員が懸念を覚え眉をひそめる。
「
「やっぱりこれって、珍しい?」
「学区創設以来初だな。バルドル様も思い切ったことをするものだ」
「当然、ベルの正体がバレれば他の関係者や教員、生徒たちからの反感は免れない。学区はオラリオの荒くれ者たちを煙たがってるフシがあるし、今回の侵入騒動だってある」
「ですが、逆に言えばベルが学区に関わるには素性を隠した入学以外の道はない。あの神にしてやられましたね」
「そもそも、何故ベル殿を学区に入れたいのですか?こんなリスクを背負ってまで、ベル殿に何をさせるおつもりですか?」
命の核心を突く質問に、レオンは持っていたナイフとフォークを置く。
そして、真剣な表情で自分たちの思惑を語り始める。
「まず、ベルの成長と見識の拡大。学区でしか学べないこともあるだろうし、最新の世界の状況を知って欲しい」
指を立てながら語るその姿に、全員が注視する。
「その一環として、ベルにはとある小隊を導いて欲しいと思ってる。オラリオの冒険者とは違った方向で意地っ張りな問題児達で、私達も手を焼いているんだ」
「自分たちの仕事をベルくんに押し付けるつもりかい?」
「耳が痛いお言葉だが、ハッキリ言ってしまえばそうだ。教師として不甲斐ない話ではあるが、私達が介入するには難しい問題でね。大抵のことは時間が解決してくれる。幼い頃の周囲への反発など、大人になってしまえば苦い笑い話になるものだからね」
「レオンさんがそうですからね」
「言ってくれるな、ベル。だが、彼らにはその時間がない。なにせ、授業の中でダンジョンに潜ることになる」
「その問題がどんなものかは分からねえが、ダンジョンに放り込むには心配ってことか」
「ああ。もちろん、基準はクリアしてるんだ。全員がレベル2に至っているし、冒険者なら何の問題もない。だが――――」
「相手は冒険者ではなく世間知らずな子ども、ですか……。」
一言で言ってしまえば、経験不足。
戦闘やダンジョン探索の経験だけでなく、対人関係での経験値が圧倒的に不足している。
仲違いをしてパーティーが崩壊するなんて冒険者でよくある話だが、それを未熟な子どもがダンジョンで行うとなれば、危険度は跳ね上がる。
「私や他の教師が随伴してもいいが、それでは他の生徒へ示しがつかないし何より当人達のためにならない。大人が介入するには、色々限界がある問題なんだ」
「なるほど、ねぇ…。」
「それ、わざとやってます?そんな話を聞いたら、ベル様が断るわけないじゃないですか」
「ハハハッ、すまない。こっちもいっぱいいっぱいなんだよ」
「え、えぇ…。あ、ベート様はどう思われますか?」
リリの苦言をにこやかな笑顔で流すレオン。
その様子を見て困った様子の春姫は、経験豊富なベートに意見を求める。
「私は反対しない。ベルが嫌がるなら学区を敵に回してでも阻止するが、そうでないならむしろ好都合だとも思っている」
「……好都合?」
ベートは水を一口口に含むと、一息ついて語り始める。
「このファミリアには大きく不足しているものがある。それはなんだか分かるか?」
「お金です」
「それもあるがそうじゃない。―――おい、待て、リリルカ。その目を止めろ。そんな目で見るな。軽視しているわけじゃない」
借金を軽視しているような発言をしたベートに無言の圧力を向けるリリ。
耐えかねたベートは空気を誤魔化すように手を振りながらも、すぐに話を続ける。
「金はそこまで問題じゃない。元々ヘファイストスから返済の催促をされているわけでもないし、最悪は私達が頑張ればどうにかなる。だが、私達がいくら頑張ろうと、どうにもならない問題もあるだろう?」
「それって――――」
「そう、人材不足だ」
何よりも深刻な問題を、彼は告げる。
「いい人材に巡り会えるかどうかは運任せ。しかも、私達は急成長しすぎたせいで他派閥から疎まれている。ベルの侵入を抜きにしても、学区でロクな勧誘など出来やしない。そんな私達にとってこれは好機だ。どんな形であれ、学区と関わりを持てるのだからな」
「それこそ、そこまで深刻な問題ですか?今までも桜花様たちと協力すればやってこれましたし、これからも――――」
「甘い。これからまず間違いなく、私達はロキ・ファミリアの遠征に同行する。そうなってくれば、問題も出てくる」
「問題とは?」
「指揮権の衝突もそうだが、効率的に運用するには派閥単位で動かすのが基本だ。慣れないメンバーで連携を組むのも難しくなるからな。そうなれば、私達だけで立ち回る必要がある。リリルカ、今の構成を言ってみろ」
「前衛三人(ベル・ベート・ヴェルフ)、中衛二人(命・リュー)、後衛二人(春姫・リリ)。後衛は殆ど戦えない妖術師と指揮官だからほぼ除外ですね」
「この陣営の最も効率的な運用方法は?」
「まず最初にベート様がモンスターに突っ込む。次にベル様がモンスターに突っ込む。最後にヴェルフ様とリュー様がモンスターに突っ込む」
「正解だが、それが一番なのは腹立つな」
言い方が悪いが、本当にこれが一番なのだ。
なにせ、命では四人に付いていくことすら難しいのだから。
「パーティー内でのレベル格差も酷い。無論、それが悪いわけではない。仕方ないことだし、命の斥候や探索は優れているし魔法による足止めは格上相手にも十分通用する。だが、それだけでは足りないことも増えてくる」
「足りないこと……。」
「おかしな挙動をするバグ兎とレベル詐欺のバ鍛冶師は兎も角、レベル差は基本的に覆すのは難しい。だからこそ、もっと人手が必要になってくる」
「具体的には、どんな人材が必要なんですか?」
「一番足りていない後衛。魔導士と
持ち歩ける回復薬にも限度がある以上、回復魔法は重要になってくる。
だが、それを扱えるものが希少なのも、また事実。
「そもそも、派閥等級がAなのに団員が未だに七人しかないというのもどうなんだ?最低でも十人はいるだろう」
「あれだったら、私が入りましょうか?そこそこ有用ですよ?」
「他人のために自分の進路を決めるな!!お前はもっと自分を大切にしろ!!」
「えぇ~……。」
悩む彼らを思っての発言だったが、ベートから檄を飛ばされるメーデイア。
メーデイア本人はなんとも思っていないようだが、ベートからしてみれば彼女たちのこの発言は完全に地雷だ。
「ああもう!兎も角、人手不足が深刻なうちにとって、これは好機だ!逃す手はない。ベルが行けば、確実に一人は引っ張ってこれる」
「確実に?なんでそこまで断言出来るんだ?」
「この歩く全自動フラグ製造機のことだ。どうせ女の一人や二人引っ掛けてくる」
「……ベートさん?」
「学区の色男!お前もモテるだろうが、ベルは格が違うからな?こちとら美の女神すらも堕とす最強の女たらしだぞ!?」
「……ヴェルフ?」
「「ベルを舐めるなよ!!」」
「………君達が僕をどう思ってるのか、よく分かったよ」
仲間にいらだちを覚えたのは初めての経験だった。
コイツラは自分を何だと思ってるのか。
「待て待て待てっ!!そんな不純な動機の入団なんて、ボクは認めないぞ!?」
「ハッハッハッ――――!はぁ…。ぶっ飛ばしますよ?」
「お二人共、何言ってんですか!?」
「は、春姫も、それはちょっとどうかと……。」
「やかましい!!お前らが言えたことか!!今更一人や二人増えたところで何も変わらん!!」
「そうだそうだ!!」
「……ベル、この半年で何やったんだ、本当に?」
レオンの戸惑う声が響く。
この喧騒が収まったのは1時間後。
結局、ベルは学区への入学を決意した。
それはベートたちの魂の訴えがあったのも理由だし、恩のあるレオンたちの要望に答えたいのも理由だ。
断じて、ベートに「学区に行けば、その間はアイズたちのストーキングから逃げられるぞ」と言われたからではない。
行く先々でアイズ達に会って少し怖いなって思っていたからではない。
時々トイレやお風呂でも視線を感じていたからでは、断じてない。
違うったら違う。
本当に、違うのだ。