IFルート2-4
前回のあらすじ
学区を巻き込んでフレイヤが支配するオラリオと全面戦争。
全員もれなくブチギレてるよ!
ベルたちが学区と接触を図り、フレイヤへの反逆の準備を着々と進めている頃。
フレイヤ・ファミリアも荒れていた。
ファミリアそのものではなく、その中心にいる女神が荒れ果てていた。
「アレンはまだなの!?出発してからどれだけの時間が経ったと思ってるの!?」
「そ、それが何の連絡もなく…。未だ……、戻られてません」
「追加で誰か派遣しなさいっ!一刻も早くベルを連れてきて!」
「し、しかし――――」
「良いから行きなさい!!」
幹部や団長であるオッタルも含めた面々が集まる広間にて。
狂乱し、取り乱し、表情を険しくさせ、叫び続ける。
報告に来た団員に八つ当たりのように怒鳴り散らしながら、水の入ったグラスを投げつける。
幸いにもそれが団員に当たることはなく、壁にあたり砕け散ることになったが、しかし女神の怒気に当てられた団員は萎縮し怯えている。
「し、失礼します!アレン様が戻られました!」
怯えきった団員が動けなくなっていると、すぐに他の団員が扉を開けて入ってくる。
その団員はアレンの帰還を伝えるが、その表情は曇っている。
一瞬安堵しかけた幹部たちも、その表情を見て状況を悟る。
「ベルは…、ベルはどこ!?」
「い、いや、その……。」
「早く言いなさいっ!!」
「べ、ベル・クラネルが逃げ込んだ先で正体不明の者から反撃を受け、アレン様は重傷です!!ベル・クラネルを捕らえることは、出来ませんでした……。」
その言葉に、フレイヤは崩れ落ちる。
幹部たちもアレンが追跡失敗ではなく、反撃を受けて倒されたという事実に驚きを隠せない。
都市最高峰のレベル6。
それもフレイヤ・ファミリアの副団長だ。
都市外にいる者に遅れを取るなど、あり得ない。
しかし、フレイヤにとってはそれすらもどうでもいい。
重要なのはベルを連れ戻せなかったという事実だけ。
常日頃の慈悲深い美の女神ならともかく、ここにいるのは恋する男に拒絶された憐れな娘。
今の彼女に、ベル以外に回せる気遣いなど残っていない。
「なんで、こうも上手くいかないの…!?私はただ、ベルが欲しいだけなのに!!なんで、なんでぇ……!!ベル…、私のベルぅ!!」
頭を抱え、髪を振り乱しながら叫び続ける女神。
ここにベルがいれば鼻で笑っていただろう有り様だ。
本当に、惨めで無様だった。
「フレイヤ様を神室に。今日はもうお休みさせろ」
「は、はい!」
ヘディンは崩れ落ちたフレイヤを休ませるよう指示し、侍従がすぐにフレイヤを連れ出す。
この場には幹部たちと、報告に来た団員が残るだけだった。
「報告の続きを」
「はい!アレン様はアルヴ山脈東端にある森でベル・クラネルを補足し接敵されたそうですが、その直後に件の男により迎撃されたとのことです!」
「アレンの容態は?」
「命に別状はありません!
「……火傷?」
報告を受けていたオッタルは、その中で一つの単語が引っかかった。
そう、“火傷”だ。
戦闘中に火傷を負うことはままある。
炎の魔法を使うものなどありふれているからだ。
現に、ベルだって炎の魔法を使うのだから。
だが、アレンを下せるほどの強者となると、話は別だ。
その限られた存在が、炎の魔法を使う。
そして、その存在にオッタルは心当たりがある。
あの男は、炎の魔法を使っていた。
「……アレンは襲撃者について何と言っていた?」
「戻られてすぐに気を失われたので、詳しいことはまだ。ただ、倒れる直前に短く『傷の大男』とだけ…。」
その心当たりが確信に変わる。
十五年前までこの都市に君臨していたあるファミリア。
幹部として自分たちを幾度となく打ち負かしたあの男。
泥を啜ったあの日々がフラッシュバックする。
「まさか…、生きているのか?」
「オッタル?」
小さく呟きながらも、その声には抑えきれない高揚が含まれている。
超えられないまま逃げられたと思っていたあの男が生きている。
そう思っただけで、不謹慎ながらも武者震いが止まらない。
興奮し、誰の言葉も耳に入らなくなる。
「クソイノシシがバグった」
「これだからクソイノシシは」
「どうする?」
「殺すか?」
「「「いいな、それ」」」
「やめろ、クズども。こんな状況でやることか。そのイノシシがクソなのはいつものことだ。放っておけ。それよりも、考えるべきことがある」
「………学区の寄港が、近い」
ヘディンの静止とヘグニの言葉で、一同は真剣に考え始める。
オッタルは自分の世界に入ってしまっているし、そもそも大した案を出さないので無視だ。
「ダンジョンに潜られていたリヴェリア様も魅了できた。この世界で残る脅威は学区だけだ。それをどう手中に収めるか。ある程度の抵抗も考えられる以上、策を打つ必要がある」
ヘディンはそう切り出し、話を進めていく。
どれだけ仲が悪く互いを嫌い合っていても、愛する女神のために互いに意見を出し合う。
すべては、女神を守るために。
そんな中、ヘディンはたった一つだけ話さなかったことがある。
それは、ベルたちが学区と手を組んでいる可能性。
可能性としては限りなくゼロに近い。
それでも、確かに存在するそれを――――。
彼は話さなかった。
それはきっと、ヘディンが現状できる唯一の反抗。
女神を愛するがゆえの反逆。
それがどのような結末を齎すのか。
それはまだ、誰も知らない。
…………
………
……
…
一方、神室に戻ったフレイヤは半ば狂った様子でとある部屋の扉を勢いよく開ける。
神室の一部を改造じて作られたその部屋は、いわば独房。
中からは絶対に開かないようになっており、窓もなく簡易的な椅子と机、ベッドがあるだけ。
そこにいる女神を逃さないようにする、檻だった。
「……なんだい、フレイヤ?」
「ヘスティア……!今すぐベルの居場所を吐きなさい!」
「またそれかよ…」
この部屋に囚われている女神ことヘスティアは、うんざりした様子でフレイヤを睨みつける。
「知らないし、知ってたとしても言うわけないだろ?」
「貴女が知らないはずないでしょう!?他の誰も知らなかったとしても、貴女だけは知ってる!!」
「くどい!!知らないって言ってるだろ?何度も同じことを言わせるな」
このやり取りも、もう数え切れないほど繰り返した。
それでも、ヘスティアの答えが揺らいだことは一度もない。
ヘスティアの態度に、とうとう我慢できなくなったフレイヤは掴みかかり、そのまま両手で首を絞める。
段々と気道が狭まり苦しいはずなのに、ヘスティアは毅然とした態度を崩すことなくフレイヤを睨み続けている。
「立場を分かってる?今の貴女が送還されていないのは、私の気紛れだってことを忘れた?」
「違うな。君はボクを送還しないんじゃない。出来ないんだ。それをやってしまえば、君は今度こそ永遠にベルくんを手に入れられなくなる」
「――ッ!!だとしても!!自由意志まで奪わないのは紛れもない私の慈悲よ?それとも支配されて無理矢理暴かれたいのかしら?処女神である、あなたが?」
首にかかる手に力が入るのと同時に、美の権能も強まる。
ヘスティアを支配せんと、その身から極上の色香が放たれる。
だが、それでもヘスティアには通用しない。
「舐めるなよ、小娘」
瞬間、膨大な神威がヘスティアから放たれ、魅了の全てはかき消される。
その神威にフレイヤも思わずのけぞり、ヘスティアの首から手が離れる。
倒れ込むフレイヤを見下しながら、ヘスティアは続ける。
「貴様ごときが持つ陳腐な
それはヘスティアの一つの側面、紛れもない神としての姿。
「我が眷属に執心し続けるならそれでも構わん。あの子が貴様ごときに屈することはないのだから。だが、覚えておけ。貴様が行った業は、巡り巡ってすべてを焼き尽くす。貴様だけでなく貴様の眷属も、貴様が得た富も名誉も栄光も、すべて」
そこにいつもの気の抜けた姿はない。
フレイヤとは比べ物にならないほど偉大な神として、彼女を降す。
「貴様の背負う罪業は、そういう類のものだ」
予言めいたその言葉に、フレイヤは何も言えなくなる。
その姿に、フレイヤは嫌なものを思い出す。
『私はお前を決して許さない。私の英雄たちを傷つけたお前が栄華を極めることを、私は認めない』
最後に言葉をかわした時、ベルに言われた言葉。
ヘスティアの全てが、あの時の冷たい瞳を、言葉を、何もかもを想起させる。
あの時の幻影に、フレイヤは苦しめられる。
「分かったら出ていってくれ。君の顔なんか見たくもない」
吐き捨てるように言ったヘスティアに返す言葉を、彼女は持っていなかった。
苦々しく奥歯を噛み締めながらも、小さく舌打ちをすることしか出来ない。
やがて出ていったフレイヤを尻目に、ヘスティアは用意されたベッドに横になる。
身体が限界を迎えた時しか眠れないが、横になれば少しは気分が楽になる。
「ベルくん…。」
愛する眷属の名を、呼ぶ。
彼が今どこにいて、何をしようとしているのか。
ヘスティアは本当に知らない。
だがそれでも、この状況を打開するために足掻き続けていることだけは確信を持って断言できる。
薄く照らされた暗い天井を見上げながら、ヘスティアは思いを馳せる。
(頼るとすればゼウス、なんだろうね…。ヘルメスの話を聞く限り、ベルくんを育てたのは間違いなくゼウスだろうし)
彼が頼るとすれば、あの愚神以外にはいないだろう。
家族同然の関係のようだし、あれはいざとなればとても頼りになる男だ。
きっとベルの力になってくれる。
(無茶してないといいな…。あの二人に振り回されてるであろうエルフくんも心配だし…。ベルくん、ゼウスの悪影響受けてるせいで変な所が似ちゃってるんだよな。あ、でも――――)
教会を焼き討ちされ、初めて怒っているベルを見たあの時を思い出す。
その時の彼の瞳と、その激情を。
(あの時のベルくんは、どっちかと言えばあの子に似てたんだよね。……絶対誰にも言えないけど)
思っても絶対に言えないこともある。
自身を姉のように慕ってくれるあの子は、ヘスティアからしてみれば可愛い子だ。
だが、周囲からしてみれば気性が荒い面ばかりが強調されているせいで敬遠されている。
殆どゼウスのせいだが、どうしてもイメージと言うものがある。
(誰だっけ?誰かにあの子ソックリって言ったらすごい顔されたんだよなぁ…。懐かしい)
天界にいた時のことを思い出しながら、ヘスティアは目をつむる。
完全に光が遮断され、暗闇が広がる。
眠れない彼女が毎晩するのは、せめてもの祈りだ。
「ベルくん、無事でいてくれよ…。」
今も戦い続けている彼に、出来る限りの思いを抱く。
この日々の終わりは、もう近い。
それから数日後。
学区がオラリオへと到着した日。
各々の思惑や作戦が渦巻く中、その瞬間は着々と近づいている。
「学区がメレンに到着しました」
「そう……。バルドルたちは?」
「オラリオの異常を察したのか、フレイヤ様と会って話がしたいと言ってきています。どうされますか?」
同郷であるバルドルやイズンなら自身の魅了に感づいてもおかしくない。
むしろ、気づいて当然だろう。
当然だと思うし、理解できる。
だが、それらすべてが煩わしい。
今はただ、一刻も早くベルを連れ戻したかった。
「幹部全員とロキ・ファミリアたち傀儡戦力を総動員して鎮めるわ。オラリオの中に誘い込みなさい。ある程度の戦った後隙をついて魅了で黙らせる」
「承知いたしました」
簡潔に指示を出した後。
憂鬱な全てに苛立ちを覚えながらため息を吐く。
そして、すべてを終わらせるために愚かな女王は立ち上がる。
…………
………
……
…
そして、それと同時刻、学区にて。
「準備はいいな、ザルド?」
「くだらんことを聞くな。当たり前だろう。ゼウス、ヘラとアルフィアは?」
「もうとっくの昔に行っとるわ。それよりも、先んじて出発して行った子どもたちは大丈夫なんじゃろうな?」
「それも問題ない。つい先程、全ての連絡係が到着した。集落について準備が整ったとのことだ」
「なら、後は儂らが何とかするだけじゃな。ベル、行けるな?」
準備の確認をするゼウス達。
ザルドもレオンも、騎士の如き鎧を身に纏い戦闘態勢は整っている。
最後にベルに問いかけ、視線が彼に集まる。
ベルは学区で用意された軽鎧と大剣を装備し、一歩前に出る。
正直ヴェルフが作ったものに比べれば見劣りしてしまうが贅沢は言えない。
装備の具合を確かめながら、目を瞑り大きく息を吐く。
そして、次に開かれたその赤い瞳にはいつものような暖かさは何処にもなかった。
「ああ、もちろんだ。行くぞ、リュー」
「ええ。貴方と一緒ならどこまでも」
そこに並び立つように、隣にリューが歩み寄る。
「迎撃に来るのはまず間違いなくフレイヤ・ファミリアと、来たとしてもあの勇者もどきとお転婆娘だけだ。フレイヤも馬鹿じゃない。ヘスティア奪還にすぐ気づく。そうなれば、私に対してアイズたちをけしかけて来る」
「その根拠は?」
「私達の絆を奪うため。私の心をへし折るため。私達の繋がりなど所詮その程度だと見せつけるために、フレイヤは必ずそうする」
「はぁ~あ、ホントくだらん真似するのう……。」
この騒動の中心であり、フレイヤの心に一番近しい場所にいるベルの断言。
それには思わずゼウスもため息を隠せない。
「だが、迎撃にはまず間違いなく春姫も駆り出される。そうなれば、ザルドはともかくレオンは厳しい戦いになる」
「春姫というと……。」
「我がファミリアが誇る変態妖術師ですよ~。ある意味ではアルフィア殿以上の化け物です」
「例のレベル・ブーストか。だが、フレイヤがヘスティア・ファミリアの内情まで把握しているのか?」
「私が逃走する前なら違ったろうが、私の逃亡先を知るために情報収集程度やっているだろう。その中で追跡に使えそうなスキルや魔法を持っていないか確認していてもおかしくない」
「都市全土の冒険者のステイタス、それらをフレイヤは網羅してるってことか?」
「全員ではないだろうが、上級冒険者くらいなら全て把握しているだろう。それらの具体的な運用をしているのはおそらくヘディンだろうがな」
「そして、それを行ったということは、フレイヤは魅了の強度を一段階引き上げたことを意味する。自意識はほぼないじゃろうな。大丈夫か、ベル」
「神の枷は前に一度破った。これで二度目だ、やってやれないことはない」
「ハッハッハッ、頼もしいのう。流石自慢の孫じゃ」
堂々と言ってのけるベルに、ゼウスは笑みを浮かべる。
そこでベルはあることを思い出したのか、ゼウスを睨みつける。
「そう言えば、ゼウス。お前、オリンピアで命にちょっかいかけてただろう?」
「ギクゥッ!」
「事情は概ね把握しているが、何をやってるんだお前は。もう少し状況と手段を選べ」
「今言わんでもいいじゃろ~?」
「ヘラの前で言ってほしかったのか?ならそう言え」
「そうは言っとらんじゃろ!?」
オリンピアでのことを思い出しながら、軽口を言い合うゼウスとベル。
周囲に自然と笑みがこぼれてしまう。
「ま、茶番は一先ずこれで終わりだ。続きは全て終わった後、ゼウスの処刑を眺めながらだ」
「儂の犠牲が大前提!?」
「やられても仕方ないことはやってるでしょう?」
「お前らの尻拭いするのがどれだけ大変だったか。俺やパァルにばっか面倒事押し付けやがって」
「これは教師からの囁やかな助言だがゼウス、貴方はもう少し真面目に生きた方が良い」
「総スカンじゃと!?」
そのやり取りを最後に、全員が覚悟を決める。
オラリオ史上最大級の戦いを前に、最後の思いを伝え合う。
「頼んだぞ、ザルド、レオン」
「おう、任せろ。とっとと終わらせて、いつものお前に戻らせるさ。今のお前は心臓に悪い」
「違いない」
一つ笑みを浮かべ、そのやり取りを最後にベルは駆け出す。
リューもその後を追い、二人はこの場からいなくなる。
二人がいなくなった後、ザルドは押し殺していた不安が込み上がってくるのを自覚する。
「大丈夫、だろうか…。」
「らしくないな、ザルド」
「当たり前だろ。本来あんなガキに背負わせるようなもんじゃない。それにあいつは、優しすぎるから」
「心配せんでも大丈夫じゃろ。今のベルはアルフィアの生き写しみたいなもんじゃし、簡単にはやられん」
「だが――――」
「それに、アヤツらがおる」
不敵な笑みを浮かべるゼウス。
今まで見たことのない不思議な表情だが、自然と見るものを安心させる。
そう言い切れるだけの確信の理由を知るのは、全てを直接見ていた彼だけだろう。
「たった一人で世界の絶望を希望へと変えた眩き光、それを直接見てしまった大馬鹿共じゃ。脳味噌どころか魂の奥まで焼き焦がれておるわ。フレイヤ如きがいくら塗り潰そうと、奥底に焦がされたその思いまでは決して届かん」
「……ゼウス?」
「フレイヤも憐れじゃのう…。相手が悪すぎる。ベルたちが相手では万に一つの勝ち目もない」
「やけに自信があるな。もちろん私達もベルの勝利は信じているが、そこまで確信できる根拠は?」
「決まっとるわ」
その疑問に、ゼウスは笑いながら答える。
「儂の一番お気に入りの英雄達じゃぞ?この程度、屁でもないわ」
他ならぬゼウスも、その大馬鹿者の一人なのだ。
三千年前のあの日、あの瞬間。
確かに世界の運命は変わった。
それを、ゼウスは確かに見届けたのだから。
そして、今日この日もまた同じ。
たった一人の女神によって歪まされた世界の運命は、またしても斬り捨てられる。
誰かが泣くことを許せない程強く、優しく。
そして絶望から逃げることを許さない程厳しく、残酷な。
道化の英雄によって。
学区がオラリオに到着してから一日後。
フレイヤからの返事を受け取ったバルドルたちは、練り歩くようにオラリオを進む。
レオンを筆頭に有望な生徒や教師たちがかたまり、襲撃に備えて構えている。
殆どの生徒や教師たちは緊張のあまりガチガチにかまっているが、その中でもレオンやバルドルたちは不敵な笑みを浮かべていた。
「止まりなさい、バルドル」
「おや?」
メレンに面した門からバベルに向かう道の中程にある広場。
真っ昼間なのに人っ子一人いない不思議な場所。
その広場に差し掛かった時、上から声が聞こえてきた。
バルドルたちを見下すように、広場を一望できる丘の上にフレイヤがそこにいた。
「お久しぶりですね、フレイヤ」
「ええ、久しぶりね、バルドル」
一見にこやかな挨拶だ。
フレイヤの表情は硬いが、バルドルは薄っすらと笑みを浮かべている。
だがそれでも両者の声色は決して笑っておらず、確かな緊張感があった。
「それで?この度はどういうおつもりですか?都市全土の魅了など、正気の沙汰ではありませんよ」
「正気なんて疾うの昔に捨てたわ。私は私が欲するものを得るためなら、手段を選ぶことをやめたの」
「なるほど。だからこのような手法を使ったと。随分追い込まれているようですね」
「……ッ、黙りなさい!」
穏やかな口調の中に含まれている毒。
それは確かにフレイヤを蝕んでいく。
激昂するフレイヤを静かに見透かしながら、バルドルは言葉を紡ぐ。
「これは同郷としての忠告です、フレイヤ。今すぐ魅了を解除して罰を受けなさい。最悪の結末を迎える前に。まだ間に合います」
「間に合う?何が?もうすべてが手遅れよ。今更引き返すことなんて出来ないわ」
「――――そうですか…。残念ですよ、本当に」
瞬間、バルドルに襲いかかる剣戟をレオンが防ぐ。
火花を散らしながら睨み合う襲撃者とレオン。
「っと、思ったよりヤバいかもな、これ」
攻撃が想定以上の威力だったレオンは襲撃者を払い除け、距離を作る。
まだ始まったばかりなのだから、ここで深手を追うわけにはいかない。
「【
「ク、クク……今なる我が身は禁忌の壁を超えし光を宿す…。ならば塵芥のすべてを凌駕せし……」
「うん。すまないが何を言ってるか分からん」
ヘグニの言葉を聞くだけ聞いてみたが、やはり意味はわからない。
ベルには通じたのに、と若干のショックを覚えるヘグニ。
だが、そんな彼をよそに、周囲には続々と冒険者たちが集まってくる。
「フィンにリヴェリアにガレスに……、随分と大盤振る舞いだな」
「あなた達にかかずらってる暇なんてないの。私は一刻も早くあの子を迎えに行かなきゃいけないんだから」
「迎えに行く?首輪をつけに行くの間違いだろう?」
フレイヤ・ファミリアとは違い、どこか虚ろな目をロキ・ファミリアや他の冒険者たち。
その様子を見たレオンは、流石に不快感を隠せない。
「痛ましいですね…。そこまでしてでも欲しいのですか?貴方の
「当たり前でしょう?私は彼のためなら全てを投げ出せる。それだけ、彼を思っているの」
「……そんなもの、ただの自己満足でしょうに」
フレイヤの思いを自己満足だと切り捨てるバルドル。
そんな彼を黙らせるように、フレイヤ・ファミリアを含めた冒険者たちが一斉に襲いかかる。
その先頭にいるのは、当然オッタルだ。
「レオン――――!」
「今度は君か、オッタル。残念だが、君の相手は私ではないよ」
レオンの言葉とともに、学区の集団から一つの影が躍り出る。
黒い外套を身に纏い顔は分からない。
だがその瞬間オッタルは確信する。
自分が望む、あの武人だと。
だが、全てが遅かった。
その確信があろうがなかろうが、関係ない。
無計画に躍り出たオッタルはその武人の剣戟をまともに喰らい、周囲の民家を壊しながら吹き飛んでいく。
「やっば、思いっきり壊しちまった」
「別に構わんじゃろ。どうせ住民はおらんし、修理代は全部フレイヤ持ちじゃ。新築の家をプレゼントしてやれ」
「それもそうだな」
剣呑な雰囲気に反し、呑気な会話を繰り広げる黒ローブの二人。
その2人はやがて前に歩み出て、隠しきれない怒りを爆発させる。
「さてと、少しは期待してたんだがこの程度か。なあ、チビガキ?」
「お前、あの時の!!」
二人はローブを脱ぎ捨て、その顔を露わにする。
その顔は、フレイヤたちにとって忘れられないものだった。
「ゼウスッ!!」
「やはりいたか、ザルド……!」
驚愕とどこか怒りのような感情を含んだ二人の声色。
やはり、二人はそれに怒りを向ける。
「なんだ、その顔は?キレてんのはこっちだろうが。くだらん情欲で俺達のガキを散々いたぶってくれたんだろ?なら、俺達が出張ってきても文句ねえだろうが?」
「――――ッ!!【ひれ伏しなさい】!!」
「効くわけないじゃろ、んなもん」
ザルドとゼウスの存在を確認したフレイヤは即座に方針を切り替え二人を魅了で無力化しようとする。
だが、ゼウスの神威によってそれは吹き飛ばされる。
フレイヤ以上に強大な神威がこの場を支配する。
ゼウスに合わせるように学区の神々も神威を解き放つことで、そこにフレイヤの付け入る隙は一つもなくなる。
この状況下では、全員を一度倒さないと魅了できない。
「ゼウスッ!!」
「そんな憎々しげに儂の名を呼んでも何も変わらん。儂は腐ってもオリュンポスの最高神じゃぞ?来るとわかっていればそんなもん効きゃせんわ」
「こうなりゃこのジジイを排除するしかないわけだが、どうする?俺を倒せるのか?勝てんのか?」
「勝つッ!十五年前越えられなかった壁を、今こそ越える時だ!!」
「カッコつけて抜かしてんじゃねえぞ、クソガキ。反則級の支援魔法貰ってるくせになんだ、今の有り様は?この15年何もしてなかった俺の方が強いじゃねえか」
ザルドはレベル8に至っている。
オッタルはレベルブーストを貰ってようやくその領域に辿り着いているのが現状だ。
そのことに、ザルドは強い失望を覚える。
「そこの勇者もどき共もだ。まったく、何やってんだか…。そんなんでよくベルに試練だ何だのと言えたもんだな?」
「ベル……、そうよ、ベル!!ベルは何処にいるの!?」
「さあ?何処だろうな?さっきまで一緒にいたんだが、迷子にでもなったのかもしれんな?」
「昔からそそっかしい所があるからの。仕方ない」
「戯れてないで答えなさい!!」
「答える義理があると思ってんのか?笑わせんな」
「ホントに憐れじゃのう。こうも落ちぶれるとは」
フレイヤの有り様に呆れるような声を投げかけるゼウス。
それに激昂して更に怒鳴りつけようとするフレイヤだったが、その耳に小さな振動が届いてきた。
方角は自身の本拠である『戦いの野』がある向きだ。
その瞬間、最悪の想定をして汗が吹き出るのを感じる。
「ッ、ヘディン、オッタル!!ザルドとゼウスをこの場に抑え込みなさい!!今から言うメンバーは私と一緒に本拠に戻るわ!!」
短い司令を出してフレイヤは直ぐ様この場からいなくなっていく。
ゼウスたちはそれを防ごうとする素振りすらも見せていないが、フレイヤがそれに気づくことはない。
この場に残ったのはフレイヤ・ファミリアの幹部やフィン、リヴェリア達。
フレイヤ・ファミリアのレベル4相当の冒険者たち、そしてベルがあらかじめ言っていた七人たちはフレイヤに連れられていった。
それは当然の判断だろう。
魅了で動きが鈍っている彼らより、素の精神状態であるフレイヤ・ファミリアの方が強いのだから。
信頼の置ける幹部を残して、フレイヤの指揮下で魅了が届く範囲に不安材料のある戦力を置く。
それを他の団員達でカバーする。
理にかなった戦法だ。
より厄介な方に戦力を残したのだ。
それもすべて、彼らの計算内だとも知らずに。
「ホントにあいつの言う通りになったな」
「ああ、まったくだ。なるほど、心情を知られた状態で作戦を立てると、ここまで上手くいくものなんだな」
「これはこれで例外的だと思うがな」
レオンとザルドは並び立ちながら語り合う。
白銀の鎧を身にまとうレオンと、漆黒の鎧を身にまとうザルド。
まるで対になったように、二人は構える。
「じゃあ、俺達もちゃんと仕事するか」
「まさかお前と肩を並べて戦う日が来るとは思わなかったよ」
「俺だってこんなクソガキと一緒に戦うなんざ思ってなかったっつーの」
二人は何処か嬉しそうに笑いながら、同時に刃を振るう。
それはゼウスとヘラが生み出した絶技。
やがて竜を斬るための技、残光/斬光。
多くの冒険者たちはその一撃で戦闘不能になる。
それらを見つめながら、二人は同時に踏み込む。
「それじゃいっちょ、暴れてやるかッ!!」
「ああ!!」
こうして都市全土を戦場とした戦いは、幕を開けた。
あとがき
IFルート単品で申し訳ないです。
それはそれとして、時を渡るどうしようかなって考えてる途中です。
どういうふうに軌道修正するべきか……。
取り敢えず7日に更新されるらしいエピローグ待ちですね。
こんなことになるんだったらイレギュラー・レコードが配信される前に書ききっときゃ良かった。
次回は……まあまだ考えてる途中です。
多分もう一回IFルートだけの更新になるかなって思ってます。
これ、思った以上に長くなりました。
こっちのルートヤバいですね。
ここから入れる保険はあるんでしょうか?
次回はベルくんを含めたヘラの三人が本格的に動きます。
ま、それはそれとして。
イレギュラー・レコード面白かったですね。
特にザルドの魂の叫びの部分は腹を抱えて笑いました。
何だかんだベルくんがハッピーエンドを達成したのは良かったですね。
7日の更新も楽しみです。
以上、あとがきでした