道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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IFルート2-5【?=無法≒英雄】

 

IFルート2-5

 

これまでのあらすじ。

ヘスティア魅了解除失敗で幽閉。

ベルくんはリューさんと一緒にオラリオから逃亡。

おじさんとお義母さんの元に逃げ込んだ。

魅了が厄介すぎるので学区と連合結成。

フレイヤ率いるオラリオ支配下連合と全面戦争勃発。

一番やばい二人が一番ブチギレてるよ!

 

それはある日の昼のこと。

豊穣の女主人にて、店の掃除をしていたミア達。

いつも以上に騒がしくなるオラリオを、彼女たちは訝しんだ。

 

だが、ミアにとってそれは既定路線。

分かりきっていたことだった。

 

「ねえ、ミア母ちゃん。表が随分騒がしいけど大丈夫かニャ?」

 

「……ほっときな。アタシらが行ったところで何も変わんないさ」

 

何も変わらない。

何も変えられない。

 

オラリオを訪れた学区がフレイヤ率いる支配下連合と激突するなんて、分かりきっていたことだ。

こうなってしまえばもう、ミアには何も出来ない。

フレイヤに味方しようが、学区の味方をしようが。

何も変わらないし変えられない。

 

今更傷ついた娘が癒えることはないし、壊れた女神が治ることもない。

あの少年の逃亡を許した時点で、もう全ては決しているのだ。

どんな結末を迎えようが、あの女神は決して救われない。

 

「――――本当に、馬鹿な女神(おんな)だよ」

 

自嘲するように、彼女は溢す。

あの女神を救えなかった自分を呪うように。

あの娘を止めてやれなかった自分を恨むように。

彼女はすべてを諦めて、目を閉じる。

 

「クズが、馬鹿なのはお前もだろう」

 

気づけば、ミアは頭を掴まれ拭いていたカウンターに叩きつけられる。

油断していたし、目を閉じていた。

しかし、それでもミアはレベル6。

引退して久しいが、それでも最高位の冒険者たちに伍する存在だ。

そんな彼女の不意をついてこんな真似ができる存在など、数えるほどしかいない。

 

直前まで気配などなかった。

目を閉じる寸前まで人影なんて見えなかった。

だが、その存在は今当たり前のようにここにいる。

 

この気配をミアは知っている。

この声をミアは知っている。

この殺気をミアは知っている。

 

15年以上前、痛いほど分からされたのだから。

 

必死に抵抗する。

拘束を振り解こうと抗って見せる。

それでも、全てが無意味だ。

 

いくら力を込めようとその手は決してミアを逃さない。

その息遣いが、その気配が、その威圧感が。

すべてを物語っている。

ここにいる彼女は、かつての彼女ではない。

強大な彼女を唯一縛っていた呪縛から解き放たれている。

 

「あ、んた……!!なんで、アンタがここにいる!?」

 

「耄碌したな。それすらも言わないと分からないのか?」

 

心臓でも掴まれたように、ミアの身体はその働きを止める。

彼女の殺気が一段回強まった。

他の娘…、従業員たちもあまりの圧倒感から動けずにいる。

それだけ、彼女は強大なのだ。

 

「関係、ないだろう!?今のオラリオのことは、アンタには…アンタらには関係ない!!15年前のことを今更持ち出す気なら――――」

 

「そんなくだらないことで動くか、馬鹿らしい」

 

吐き捨てる彼女。

そう、全てがどうでもいい。

邁進たりとも進歩のないオラリオが狂った女神の手に落ちようが、彼女にはどうでもいい。

ただその中に一つだけ、彼女にとってどうでもよくない者が含まれていた。

 

「退きな!!かつての恨みなら全部アタシが引き受けてやる!!だから、あいつには――――」

 

「よほどあの女神が大切なようだな。まあ、その気持ちはわかる。ああ、分かるとも。愛する子どものような存在、愛する家族を傷つけられることは、何よりも恐ろしいだろう」

 

「だったら!!」

 

「だが、断る」

 

「なん、で!?なにがアンタをそこまで駆り立てる!?なんでアンタらがこの件に首を突っ込む!?なんでアンタらがあの娘を付け狙う!?なんで、なんであの子を傷付けようとする!?」

 

ミアのそれは正当な恐怖だ。

それは正当な怒りだ。

娘を狙われる親のように。

そのすべては正しい。

 

「――――あの女神(おんな)が、私の息子を傷付けたからだ」

 

その言葉に、ミアは絶句する。

その言葉の意味を理解した彼女は、今のすべてを正しく把握できた。

自分の感情のすべてが正しいように、彼女の行動の全ても正しいのだと。

 

「むす、こ?あの坊主が、アンタの………?」

 

「今更理解できてもすべてが遅い」

 

フッと、頭にかかる力が消えた。

しかし、ミアは動けない。

 

「子が間違った道に進まないよう戒めるのも親の役目だ。お前のそれは子を愛するという言い訳のもとに、すべてを放置しているだけ。放任と放置を履き違えた時点で、お前は親としても失格だ」

 

同じ親として、彼女はミアを糾弾する。

 

「傷付けた者が傷付きたくないなどと言うなよ?そんな身勝手、他の誰が許そうが私が許さん。自分のすべてを呪いながら震えて待て。あの女神が地獄に堕ちる、その瞬間を――――」

 

「待てっ!!」

 

声が遠ざかっていく。

何があっても彼女を止めなくてはいけない。

だがそれは叶わない。

あの少年とよく似た鐘の音が響いたかと思えば、ミアの身体は吹き飛ばされる。

頭は震えて体が動かない。

もうすべてが終わるまで、彼女に出来ることはなにもない。

 

「………ふざ、けんじゃないよ!あの、クソ坊主!」

 

動かない身体でも、ミアは呪いの言葉を吐く。

 

「なんで言わなかった!?なんで、なんで教えてくれなかった!?そうだって知ってれば、アタシは何があっても――――」

 

フレイヤを止めていた。

何があっても、他の誰に邪魔されたとしても、フレイヤを止めていた。

彼の味方をして、フレイヤを守ろうとした。

 

だが、それは身勝手な怒りだ。

ベルへの怒りは身勝手で理不尽な逆恨みでしかないのだから。

それでもミアは呪わずにはいられない。

少しでも知っていれば、少しでも何かが違えば。

 

だが、それはもう叶わない願望だ。

いくら願っても現実は変わらないし、過去は変えられない。

今のミアに出来ることはなにもない。

 

動けない身体で、何も出来ずに恨むだけだ。

 


 

時は少し遡る。

戦力を最高の状態に整えるため、学区で更新薬を作成しベルとリューのステイタスを更新した時のこと。

 

「……なんだ、これは?」

 

リューのステイタスは特に問題ない。

少し魔法が気になったが、それだけ。

今まで膨大な量のステイタスを見てきたヘラからしてみれば、取り立てて騒ぐほどのものでもない。

だが、ベルのこれは違うだろう。

 

「あなた。入って来てください」

 

「え?リューちゃんの柔肌を見ても良いってこと!?」

 

「殺すぞ?」

 

「はい、すいません!!」

 

フザケてセクハラ発言をするゼウスを一言で黙らせるヘラ。

ゼウスと一緒にザルドとレオン、ゼウスの監視役をしていたアルフィアも入ってくる。

ちなみに、リューとベルが一緒の部屋で更新していたのは、時間がないなどとリューが卑しく主張していたから。

まあ、結局衝立を用意していたので、リューが期待していたようなアオハル~な展開は一切なかった。

そもそも、ヘラがいる時点でそんな真似できるわけもない。

 

閑話休題。

ここで重要なのはヘラですらも驚いたそのステイタスだ。

 

「で、どうしたんじゃ?」

 

「これを見てください」

 

「ん?ザルドとアルフィアは兎も角、俺も見て良いのか?」

 

「不本意だがしょうがない。この状況下で戦力の詳細共有は必要不可欠だからな。それに、外部に漏らしても私直々に粛清すれば――――」

 

「命に変えても漏らさないと約束しよう!」

 

ヘラの粛清という黒竜以上に恐ろしい言葉に被せるように、レオンは誓った。

まあ、友人のステイタスを公開するような真似はしないし、出来るわけもない。

友好感情的にも、脅迫感情的にも。

 

「これ、ベルのステイタスか?」

 

「ん~、どれどれ……」

 

「えっと……」

 

「まどろっこしい。ベル、背中を見せろ」

 

「え!?」

 

ヘラから渡された羊皮紙を覗き込むムサ苦しい男三人。

そんな彼らに近づきたくないアルフィアはベルの背中を直接見る。

多才な彼女がヒエログリフを読めることに驚きはないが、少し戸惑うベル。

しかし、強引な義母に逆らえるわけもなく服を捲られる。

 

進歩のない自分に憤慨して怒られるかと思ってビクビクしているが、誰も何も言わない。

しばらくの沈黙の後、ゆっくりと服を戻すアルフィア。

何かあったのかと恐る恐る振り返るベルだったが、彼を迎えたのは四人からの奇異の視線だった。

 

「………どうかしたの?」

 

「どうかしたというか、どうかしてるというか……。」

 

「なんだ、アビリティオールSSSって。見たことないぞ」

 

「成長スピードがおかしいからステイタスもある程度は想定しとったが、ここまでとはな……」

 

「我が息子ながら、化け物じみてるな。しかも、その理由が――――」

 

「アルフィア」

 

ステイタスの感想を溢すアルフィアを、ヘラが遮る。

元々リューからヘラに伝えられていたことだ。

羊皮紙に敢えて書かなかった【憧憬一途(スキル)】について。

ヘスティアが癖字で書いて隠蔽を図ったほどのイカれスキル。

ベルの狂気にも似た一途さによってのみ成立する、不安定なスキル。

それをアルフィアは知ってしまった。

 

ギルドの受付嬢であるエイナには読めなかったが、アルフィアには読めた。

その才禍はここでも遺憾なく発揮された。

 

「まあ、うちにいるのって私以外何処かしらおかしな長所というか、尖った才能を持った人ばっかですからね」

 

「ああ~、オリンピアで見たあの娘っ子たちか…。」

 

「闇派閥との決戦で勇者から数場面の指揮権をもぎ取った指揮官だったり、バ火力の魔剣を量産できるクロッゾの魔剣鍛冶師だったり、索敵に関してはほぼ完璧な忍者だったり、複数人を同時ランクアップさせる変態妖術師だったり」

 

「おい、最後のはなんだよ?流石に聞き流せないぞ?」

 

「後にしろ、クソガキ」

 

「大して歳変わらないだろうが」

 

「乙女の年齢に言及するか?配慮のない男だ」

 

「乙女?お前――――グッフ!?」

 

「レオンさんが死んだ!?」

 

「この人でなし!!」

 

「うるさい」

 

「「ヘブシっ!!」」

 

明らかに戦況が一変するような情報が紛れていたが、アルフィアによって追求を後回しにされる。

年齢に触れようとした瞬間、殴り飛ばされるレオン。

ついでとばかりに殴られるザルドとベル。

それもあって、話がファミリアに流れたことでベルのスキルについて興味を示しかけたレオンの関心は消えた。

リューが何処まで狙っていたのかは分からないが、抜け目がないことだ。

 

「そこのクソガキは放って置くとして、エルフの小娘。お前にも聞きたいことがある」

 

「はい、なんでしょうか、女神ヘラ」

 

「この機能していないスキルについてだ」

 

取り出されたのはリューのステイタス。

もうこの際ステイタス情報の保護などを叫ぶつもりはリューにもない。

当然のように、晒されながら示されるそれを見つめる。

 

■■■■(XXXXxX)

・効果消失。■■の足跡は途絶え、希望は消えた。

 

ベルとの繋がりが記されているはずのそれは、無惨にも消えてしまっている。

効果は消え、彼の名すらも消えてしまった。

 

「共鳴がなくなったと思えば、こんな事になってたんですか……。なんでしたっけ?神々はこういうのを“ぐろがぞう”って言うんでしたっけ?」

 

「なぜ効果が消えている?まさかとは思うが、魅了の支配下にあるのではないだろうな?」

 

「“私は”、支配されてません。他の共鳴相手ありきで成り立っているスキルですからね。大多数が潰されたせいで、連鎖的に消えたんだと思いますよ?」

 

「そのスキルの本来の効果について詳細に教えろ。お前の状態にも関わってくる」

 

「ええ、もちろん。まずは――――」

 

リューの口から語られるのはベルを中心としたある種のネットワーク。

同一の名を持つスキルを複数人が所持し、そのどれもがベルと共にあるかぎり自身とベルを強化する。

なんともおかしなスキルに、ヘラたちは眉をひそめるが、唯一ゼウスだけは自然と上がる口角を抑えるのに必死だった。

 

「対応しているベルのスキルは、これだな」

 

ヘラが示すのは、同じく黒塗りになっているベルのスキル。

英雄運命(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

・効果消失。仲間を失った道化は狂い踊る。(00/00)

・『■■■■(XXXXxX)』発現者と共鳴。

 

「ベルの方にもある程度影響が出ておるようじゃな…。ベルよ、本来のこれが持つ二つ目の効果は何じゃ?」

 

「えっと、確か『・喜劇を紡ぐ道化は英雄の(ふね)となる』だったはず。でも、使用回数に制限があって、全部使い切っちゃってるから元に戻っても意味はないよ」

 

「そうかそうか……。このスキルについてヘスティアはなんと?」

 

「関わりのある誰かのスキル発現を促す効果じゃないかって。現に、リューさん達が順番に【道化行進(アルゴノゥト)】を発現して行くにつれて、最初は10あった残数が減っていったし」

 

「ん?数が合わんな。8人で分けても、2つ余るじゃろう?」

 

「……………?」

 

「最初に発現したのがレフィーヤさんっていう人だったんだけど、その時から2つ減ってたんだよ。それについては今も分からなくて」

 

ベルの方のスキルについて尋ねるゼウス。

何気なしに答えているベルだが、リューは少し違和感を覚える。

リューは自身のスキル効果について話した時、共鳴相手についても軽く説明したが、その総数についてはまだ説明していない。

順に話していくつもりだったのだが、その前に話が流れたからだ。

だが、ゼウスは確信を持って8人と言っている。

バルドルとの対話のときと言い、ゼウスの言動になにかの思惑のようなものを感じざるを得ない。

 

「おそらく、その消えた2つは私とザルドが使った分だろう」

 

そんな事を考えていると、アルフィアが唐突にそう言った。

語られる、アルフィアとザルドの完治の秘密。

それはある日いきなり発現した正体不明のスキルによってだった。

 

道化奇跡(ジェスター・トリック)

・自動発現

英雄の讃鐘(ベル・エウロジー)

・戦闘時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

・『英雄運命(アルゴノゥト)』保持者の激情時、深層心理同調。

・無病息災。

・魔法発動数に対するチャージ実行権。

 

道化奇跡(ジェスター・トリック)

・自動発現

英雄の讃鐘(ベル・エウロジー)

・戦闘時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

・『英雄運命(アルゴノゥト)』保持者の激情時、深層心理同調。

・心身平癒。

・状態異常効果侵犯時に発動。『力』と『耐久』に高補正。

 

アルフィアとザルドに発現した、同名のスキル。

スキル効果にベルの名が書いてあるから関係はあると思っていたが、こんな形で関わっているとは思わなかった。

一回気づけばなぜ今まで気づかなかったのか疑問に思うレベルだが、いくか家族とは言え離れた場所にいる第三者がスキル発現を促すとは思わなかったのだ。

 

「スキル効果のうち3つが被ってますし、おそらく間違いないでしょうね。ところで、この4つ目の効果って………」

 

「僕がああなっちゃう原因ですね」

 

「ああ、どおりで」

 

あれはほんとうに心臓に悪いとザルドは思う。

アルフィアの前ではなることはないが、いないところで話しているとふとした瞬間にアルフィアのような言動を取るのだ。

ザルド自身もベルに影響を与えているが、やはり血縁者ということもあってかアルフィアの影響力のほうが強い。

 

「でも、なぜお二人のスキル効果には影響がないのですか?」

 

「貴様らとは別で構築されているのだろう。同じスキルから影響を受けただけで、本質的には別物なのだから」

 

リューの視点から真実を述べるのであれば、与えた存在の微妙な違い。

ザルドとアルフィアはベルの影響でスキルを発現させた。

一方で、リューたちはアルゴノゥトの影響でスキルを発現させた。

根幹は同じだし、ほぼ同一の存在だ。

だが、合一ではない。

その僅かな違いが、これらの差異を生んだ。

 

「それで?貴様が魅了に打ち克つ可能性があると豪語していたのは、このスキルがあるからか?」

 

「まあ、そんな感じですね。可能性、ありそうですか?」

 

「ほとんどない」

 

リューの淡い期待を込めた問いに、ヘラは冷たい言葉を返す。

自分でも無謀な考えなのは理解しているので、リューは驚くほどショックはなかった。

それでもどこか苦い顔を浮かべていたようで。

リューの思惑がうまくいく可能性をベルも問いかける。

 

「本当に無理なの?」

 

「絶対とまでは言えないが、これを期待するくらいなら大人しく私達が魅了を解除するのを待った方がマシだ」

 

「ヴェルフたちと一緒に神様のステイタスの封印を破ったことあるんだけど、それでも無理そう?」

 

「それも種類が違う、という話になるからな。権能と神の力(アルカナム)は似ているようで違う。どちらが強力かは時と場合、権能の種類や神自身の素質による所も多いが、今回の場合は厄介度で言えば権能の方が上だ」

 

「見るもの全てを魅了する美の権能は、それだけで厄介じゃからな。それこそ、アフロが好き勝手出来る程度にはのう」

 

一般的に解除手段がないのが厄介だ。

今回ほど大規模で多用できる魅了となると、余計に。

 

「とは言え、可能性がないわけではない。砂漠で砂金を見つけるよりも低い可能性だがな」

 

ほとんどない。

絶対とは言えない。

ヘラは今まで、無理とは言っていない。

 

「それでもやるのか、ベル?」

 

ヘラからの問いかけに、ベルは無言で頷く。

その様子にため息を溢すヘラは、どこか嬉しそうだった。

 

「まったく、愚かしいまでに頑固で優しいな。そんなところまであの子に似なくともよかったものを」

 

ベルの頭を優しく撫でながら、ヘラは語る。

アルゴノゥトが魅了を打ち破るために必要なことと、その可能性の有無を。

 


 

時は戻り、学区とフレイヤ連合の全面戦闘が始まる直前。

幽閉されたヘスティアは何をするでもなく、ベッドの上で横になり天井を見ていた。

強いて言うなら天井のシミを数えていた。

なにもないこの部屋で出来る暇潰しなど、これ以外には何も無いのだから。

天界で何をするでもなく閉じこもっていたあの日々を思い出す。

ただあの時と違うのは、ヘスティアには守りたいものがあること。

何よりも大切な、愛する家族がいること。

彼らが今も苦しんでいるのに、何もせずに惰眠をむさぼるなんてこと、出来るわけもない。

 

「ベルくん……。」

 

初めて出来た家族。

初めて恋した彼の名を、ヘスティアは呼ぶ。

一日に何度彼の名を呼んでいるのかは分からない。

不意をついて寂しくなって、思わず呼んでしまう。

答えてくれるわけないのに。

それでも、彼女は呼ばずにはいられない。

 

「なんて、ね……。はぁ……。」

 

自分が不甲斐ない。

何も出来ない自分が呪わしい。

自分が彼に何をしてやれただろうか。

彼の助けになれたことが、今まで何度あっただろうか。

自分がもっと有用な権能を持つ神だったら。

今こうして閉じ込められることなく、彼を救えただろうか。

自分がもっと強く聡ければ。

彼の手を引いて、一緒に逃げられただろうか。

 

「こんなこと、いくら考えても意味ないのに……。」

 

無力を呪う彼女は、一人ぼっち。

囚われのお姫様にもなれない彼女は、一人で孤独を潰す。

 

「………なんか、外が騒がしい?」

 

ふと気づけば、外がやけに騒々しい。

窓もないこの部屋には外の音は中々響いてこないのだが、それでも喧騒が伝わってくるほど。

いつもの洗礼と題した殺し合いではない。

それならここまで響いてこない。

もっと大袈裟で、もっと大規模な。

そんな騒動が、起こっている気配がする。

 

「……ん?」

 

あまり寝ていないせいで重たくなった目で、この部屋唯一の扉を見つめる。

気のせいでなければ、今“ピシッ”という亀裂が入るような音が聞こえてきた。

そしてそして、これも気のせいでなければ、先程から聞こえてくる喧騒がどんどん近づいている気がする。

 

「一体何が――――」

 

騒ぎを少しでも知るために耳をすませようと壁に歩こうとした瞬間。

壁は崩れ去った。

否、そんなものではない。

跡形もなく吹き飛び、原形を留めないほどに破壊された。

元は壁だった瓦礫の全てが飛び散っていく。

なんだったら、小さい破片は数え切れないくらいヘスティアに当たった。

大きいのが当たらなかったのは幸いだが、小さい破片でも当たれば痛い。

だが、そんなものに文句を言う気は全く起きなかった。

そんなことよりもよっぽど重要な事柄が、目の前にあるのだから。

 

「ちょ、やりすぎですって、ベル!!ヘスティア様に当たったらどうするつもりですか!?」

 

「悪運の強いヘスティアなら大丈夫だろう。それにいざとなれば回復薬もある」

 

「限りある資源を大切に!?」

 

いつもより冷淡な声色。

それにツッコミを入れる騒がしい声。

それを彼女は知っている。

彼らをヘスティアは知っている。

何よりも大切な、家族なのだから。

 

「さてと。助けに来たぞ、ヘスティア」

 

「助けに来ましたよ、ヘスティア様!」

 

「ベルくん…、エルフくんも!!」

 

暖かな顔で微笑む彼らが、何よりも頼もしかった。

安心して思わず一筋の涙が溢れてしまうくらいに。

 

「な、なんでここに!?」

 

「道中に都合の良い道案内がいた。それのお陰で探す手間が省けた。ま、代わりに約束を重複させられて、脅迫まで受ける羽目になったがな」

 

「ホントによかったですよ!?館全部壊す勢いで魔法撃ちまくって……、正気ですか!?」

 

「そ、そうじゃなくて!!それも気になるけど!?なんでオラリオにいるんだ!?逃げたはずじゃ――――」

 

「全部解決できる目処が立ったからに決まってるだろう!?手伝ってくれ、お前の力が必要だ!!」

 

「今は取り敢えずベルのステイタス更新を!その時間は稼ぎます!」

 

「わ、分かった!!」

 

背中が開かれた装備を着ていたベルのステイタスはすぐに更新できる。

更新薬では出来ない、ランクアップもヘスティアの手で行える。

 

「急いで!!あまり長くは保ちませんよ!!」

 

「もう少し頑張ってくれ、リュー!!」

 

「ベルが道中壊しまくるせいで、建物の方が限界なんですよ!!」

 

「そっちかよ!?――――って、あ!!」

 

フレイヤ・ファミリアの一人が放った魔法が、とうとうとどめを刺した。

その一発で限界が近かった建物は限界を超え、大きく崩壊し始める。

 

「で、き、た…よぉっ!!ベルくん!!」

 

「掴まれ、ヘスティア!!」

 

上空に投げ出されても、最後の一筆を気合で書ききったヘスティア。

これにより、ステイタスの更新は完了する。

これでベルはレベル5。

第一級冒険者の仲間入りだ。

こんな状況でなければ宴会を開いてお祝いをするレベルの偉業だ。

そしてそれと同時に。

こんな状況でなければ発現しないようなスキルも、手にすることが出来た。

 

「ランクアップできた!それと、この状況にうってつけの新しいスキルだ!」

 

「はあ!?今!?」

 

「名前とか色々気に食わないけど、後にする!いいかい、発動条件とスキル効果は――――」

 

地面に落ちていく中、ヘスティアはベルにしがみつきながらも必死に伝える。

この土壇場で得た新しい力を。

 

「――――ッ、最高だ、ヘスティア!!」

 

「ボクもだよ、ベルくん!!」

 

ベルは確信する。

このスキルさえ発動できれば、どうにかなると。

ランクアップによる身体のズレも、これから待ち受けるアイズたちとの戦闘も。

全てをどうにかできる。

高揚するベルとヘスティア。

そんな彼らに合わせて、鐘の音が鳴る。

 

「備えろッ!」

 

「うん!」

 

ようやく地面についた時。

衝撃を殺すために地面を転がるようにして着地する二人。

そして息をつく暇もないまま、次の行動に移る。

 

「合わせろ、リュー!!」

 

「ええ!!」

 

「【ファイアボルト】っ!!」

「【ルミノス・ウィンド】っ!!」

 

約30秒間蓄積されたベルの魔法に合わせるように、リューの魔法も放たれる。

2つの魔法は相乗効果を生み、破壊力を底上げする。

一つになったその魔法は、フレイヤ・ファミリアの本拠を囲う壁に大きな穴を開けた。

温風が頬を撫でる中、ベルたちはヘスティアを庇うように背を向け、構える。

 

「行け、ヘスティア。ここを抜けて真っ直ぐバベルを目指せ。走ってたらそのうち迎えが来る」

 

「再会した直後にこれで、少し名残惜しいですがね。全部終わったらゆっくりと話しましょうね」

 

「ああ、もう!ボクつい十分前まで横になってたんだけど!?」

 

「怠け癖のあるお前が悪い」

 

ケラケラと笑いながら、ベルは言う。

ベルだって知っているのだ。

ヘスティアがどれだけ心痛めていたのかを、彼女がどれだけ自分を大切に思ってくれているのかを。

知ってもなお、ベルは笑う。

彼女を激励するために。

彼女を走らせるために。

 

「その状態のベルくん、そういうところがあるよね…まったく。無事でいるんだよ、ふたりとも?」

 

「ああ、もちろん」

 

「ご心配なさらず~」

 

心配は拭えない。

彼がどんなスキルを得ようと、彼女がどれだけ強かろうと。

今度の相手は、それ以上に強いのだから。

 

「頼んだぞ、神様」

「私達を助けてくださいね、ヘスティア様」

 

でも、ここまで言われたら走るしかない。

彼に頼まれた。

彼女に助けを請われた。

ならば、彼女が走らないわけにはいかないのだから。

 

ベル達の思いを背に、ヘスティアは走る。

それを背中で感じたベルたちは、ホッと安堵の息を溢す。

 

「これで第一段階クリアだな」

 

「ええ。さて、それじゃあもう一踏ん張りしましょうか」

 

眼の前に、多くの人影が集まる。

その集団の多くをベルは知っている。

その集団で一番強い彼らをベルは知っている。

その集団の中心に立つ女神を、ベルは知っている。

 

「一歩遅かったですね」

 

「随分ひどい顔をしているな。それでも美の女神なのか?フレイヤ」

 

鬼の形相で睨む彼女嘲るように、二人は笑った。

 


 

ベルたちに託されたヘスティアは走る。

すべての元凶たるフレイヤの箱庭を壊すために。

ベルを、リューを、リリルカを、ヴェルフを、命を、春姫を、家族を。

今まで関わったすべての人を助けるために。

 

「でも、今更どうやって?ボクのイコルはもうないし……」

 

この状況を打開するには、再び神殿を作り上げるしかない。

だが、その準備をするには何もかもが足りていない。

 

「いたぞ、追え!!」

 

「やっばい!!」

 

真っ直ぐ進めとは言われたが、それをそのまま実行するわけにもいかない。

フレイヤは当然ヘスティアの捕縛にも人員を回す。

それに、今はこの都市のすべてが敵となっているのだから。

人目から隠れるようにしながらでないと、進めない。

 

「取り敢えず言われた通りバベルを目指して、それから――――」

 

路地裏に身を隠しながらも必死に動こうとするがうまくいかない。

考えがまとまらない。

不安から眠れない日々が続いたせいで、頭がうまく働かない。

 

「見つけたぞ!!」

 

「あ――――」

 

考えがまとまらずにいると、見つかった。

その判断すらも遅れて、次の行動が連鎖的に遅れていく。

それでも彼らのために諦めるわけにはいかないヘスティアは逃げようとする。

 

魔法を放たれ、魔剣を放たれ。

ついに避けきれなくなって、地面に倒れ込む。

痛む体を抑えて、どうにか動こうとする。

最後のその瞬間まで諦めまいと、身構える。

 

その瞬間だった。

 

鐘の音が聞こえてきた。

何処かで聞いたことがある暖かな鐘の音だ。

土埃が舞い、視界が遮られる。

それが晴れた先にいたのは、倒れ伏した追手と一人の女。

ローブで顔は見えないが、かろうじて見える口元だけで射抜くような美しさが伝わるほどの美女だ。

 

「お前がヘスティアか?」

 

ローブの美女は、ヘスティアに尋ねる。

どう答えるべきか迷っていると、その女は呆れるような声色で溢す。

 

「まあ、この状況下で追われるのはヘスティアだけか。まったく…、真っ直ぐバベルに向かえとベルに言われただろうが。言われたことすら満足に出来ないのか?」

 

怒りとともにこぼれ出る、多分に毒を含んだその言葉。

誰かを連想するようなその言い草に、ヘスティアは戸惑う。

そしてふと思い出す。

ベルは、迎えが来るとも言っていたと。

 

「な、なんて……?」

 

「掴まれ。バベルまで連れて行ってやる」

 

「ちょっ!?」

 

頭が混乱し、うまく言葉が入ってこない。

戸惑いから動けない。

しかし、ヘスティアは強引に手を取られ、そのまま抱えられる。

そして、彼女は走り出す。

 

ヘスティアは疎か、ベルと比べてもなお彼女の方が早い。

アイズと比べてもなお、彼女の方が早い。

冒険者たる彼ら彼女らの全力などヘスティアにはほとんど理解できていないが、それでも本能のような直感でわかる。

彼女は、今まで出会ったどの冒険者よりも強い。

 

追手が立ちふさがる。

しかし、鐘の音が聞こえるとその追手たちは倒れ伏す。

何をしているのかも理解できないその所業に。

ヘスティアは戦慄を禁じえない。

 

「ああ、そういえば言い忘れていた」

 

彼女は走る。

彼女は駆け上る。

バベルにある凹凸に手をかけ、足場にし、駆け上がりながら。

本当に思い出したように、何気なく彼女は伝える。

 

「息子が世話になっている。ありがとう」

 

「君はもしかして――――」

 

その言葉には慈愛があった。

子を思う親としての愛があった。

それを聞いた瞬間、ヘスティアは全てを察する。

だが、言葉の続きを紡ぐ前にバベルの頂上に辿り着いてしまった。

そのことを何処か惜しく思いながらも、彼女はここでどうにか神殿を作り上げる方法を考えようとする。

 

「待っていたぞ、ヘスティア」

 

しかし、その必要はない。

すべての準備は揃っている。

あとは、ヘスティアさえいれば完成する。

それを教えるように、その声の主はそこにいた。

 

「へ、ヘラ!?」

 

「話は後だ。魅了を解除するぞ」

 

そこで待っていた女神に驚きながらも、ヘスティアは考えを口にする。

 

「待って!ボクのイコルはもう――――」

 

「心配ない。すべて用意されている」

 

「用意って、なにを?」

 

「私の神殿を使え、ヘスティア」

 

強大な神威がヘラの身体からほとばしる。

その様子を見て、ヘスティアはようやく彼女が何をしようとしているのかを悟る。

 

「そういうことか――!」

 

それさえ分かれば、後はもう問題ない。

ヘラの横に並び立ち、同じように神威を解放する。

 

そして、その瞬間は訪れる。

 

『『我らが身は“貞潔”と“貞淑”。魅了の威力に屈せず、そのすべてを焼き祓う者なり』』

 

祝詞にも呪文にもにたそれは滔々と紡がれる。

さあ、箱庭が壊される時だ。

 


 

あとがき

 

さて、今回に限って言えばあとがきが本題みたいなもんですよね。

最新巻、見ました?

最高ですよね!

ベルくんがヤバいし、ロキ・ファミリアもヤバいし、レフィーヤさんもヤバいし!

全部がヤバかったですね!!

もう今から次の巻が楽しみですね!!

 

ここのコメント欄で感想を共有するのは構いませんが、ネタバレに配慮していただけると幸いです。

まだ見てない人もいるでしょうし。

読者全員が気持ちよくダンまちを楽しむため。

ご協力お願いします。

 

以上、あとがきでした!

 

 

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