道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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IFルート2-7【英雄/道化】

 

ああ、それはどれだけ圧倒的な有り様だろう。

血は溢れ、肉は切れ、骨は砕け。

第一級冒険者すらも動けなくなるほどの重症を負っても、彼は動き続けている。

誰かを想起させるように凄惨に笑い、一切怯むことなく戦い続けている。

 

「……どういう、ことなのよ?」

 

溢れ出る臓物すらも即座に再生するその姿は化け物そのもの。

たしかに、戦いながら治療を施し不死のごとく振る舞う者は前例がある。

自らの派閥の治療師であるヘイズ・ベルベットがそうなのだから。

 

だが、これは違うだろう。

 

彼女も確かに猟奇的なまでの姿を見せることが、これとは違う。

これは、次元が違う。

狂信で痛みを超克した彼女はそれでも痛みを感じている。

それはベルも同じはずだ。

なのに――――

 

「ハハハッ、ハッハッハッハッッハッハッハッ――――!!!」

 

なぜこの少年は笑い続けていられるのだ。

何度も何度も腹に穴が空き、手足はもがれている。

数え切れないくらい傷を負い、血を流しながらも笑い続けている。

 

「何がそんなに疑問なんだ、フレイヤ?」

 

気づけば、連れてきていたフレイヤ・ファミリアの団員たちは全員倒れていた。

治療師がいないわけでもないので戦線復帰は出来るだろうが、それでも時間がかかるだろう。

残っているのはアイズたちと他の第一級冒険者たち。

その全員の顔を、ベルとリューは知っていた。

 

「やはり残ったのはアイズやアリーゼたちか」

 

「回復役としてアーディまでいるのが厄介ですよね…。戦いはまだまだ続きそうだ」

 

「こんなもの戦いですらない。ただの人形劇だ」

 

「ハハッ、それは確かに言えてますね」

 

互いに血に塗れながらも二人は笑っている。

このくだらないただの茶番劇を嘲笑いながら、二人はフレイヤを睨みつけている。

 

「……魔法?いえ、違う。それは何?何をやったの?」

 

「ああ、これか。これには私も驚いている。まさかこんな土壇場でこれ程有用なスキルを手にいられるとは思わなかったからな」

 

そして語られるスキルの名は、【美惑炎抗(ヴァナディース・テヴェレ)】。

魅了に対する蹂躙の力。

効果は魅了効果侵犯時における全アビリティの超高補正と精神力及び体力の自動回復。

つまり、魅了の効果がある限り、ベルは大抵のことでは死なない。

頭を潰されるか心臓を一撃で破壊されない限り、彼は何度だって立ち上がってくる。

 

「魅了の力…もしかして、私の?」

 

「やはり気がついてなかったのか?使い過ぎて加減が馬鹿になったのか、それともほぼ無意識に私を手に入れようと足掻き続けているのか。いずれにせよ滑稽なことだ」

 

本来何者にも屈さないはずの自身が見下されている。

そのことに言いようのない屈辱を覚える。

 

「いずれにせよ、助かった。本来ならもう少し上品に行儀よく、大人しく戦うつもりだったからな。だが、この土壇場で最高のスキルを発現でき、その上貴様が間抜けだったおかげで手間が省けた。このスキルがあれば何もかもを気にせずに戦える」

 

その言葉に、フレイヤは口から血を流すほどに歯噛みする。

だが、種さえ分かれば後はどうにでもなる。

 

「もう勝った気になっているのかしら?それを自慢気に話して、私が無意識に魅了を振り撒き続けるとでも?」

 

「もちろん、思っていないとも。だが、今更引っ込めたところでもう遅い。この手のスキルは一度侵犯が確認されれば暫くの間は効果が持続される」

 

フレイヤは無駄だと脅すように告げるが、それでもベルは揺るがない。

どれだけの暴威に晒されようと、どれだけの悪意に犯されようと、ベル・クラネルはその輝きを曇らせない。

 

「なんで、いつもいつもいつも…!」

 

思うように事が運ばないことに怒りを覚えるフレイヤ。

その身勝手極まりない怒気にはベルは呆れを隠せない。

 

「またお得意の駄々か?まるで子どもだな。数億年以上神とは思えん」

 

「……黙りなさい!!」

 

「どうした?もっと叫ぶように金切り声を上げてみろ?自慢の不出来な眷属共がすぐに駆けつけてくれるだろうさ」

 

「黙れって言ってるのよ!!」

 

「ハッ!」

 

激昂するフレイヤを、ベルは鼻で笑う。

有利なのはまず間違いなくフレイヤだ。

圧倒しているのはフレイヤだ。

だが、それでも言いようのない不快感とともに気圧されてしまう。

どれだけ追い詰めようと、精神的に上に立てないでいる。

 

「これ以上減らず口を叩くようなら、私は手段を選ばないわよ?」

 

「お前は私を笑い死にさせたいのか?今までが手段を選んでいたような言い草をするな。滑稽を通り越して……何なのだろうな?今のお前を表す的確な言葉が思い浮かばん。滑稽も無様も通り越して、最早愚かとも言えん。これならまだゴブリンの方が利口だろうさ」

 

「いつまで言ってられるか、観物ね」

 

フレイヤはその矛先をベルではなくリューに向ける。

そうだ、最初からこうしてしまえばよかったのだ。

 

「おやおや?どうするんですか、ベル。私が狙われちゃってますよ?」

 

「どうにかしろ」

 

「無茶言わないでくださいよぉ」

 

「知るか」

 

「冷たいです、ね!!」

 

話の途中に、アイズ達は襲いかかってくる。

これでは魅了行使を阻止することすら叶わない。

だがその口ぶりからは本気で阻止しようという気は感じられない。

ヘラヘラと笑いながら、彼女は最低限の抵抗だけを続けている。

 

「さてさて、どうなることか……。」

 

弧を描くその口元からは、何も分からない。

その表情の理由も、意図も。

何もかもが、分からないでいる。

 

本当はこんなことしたくない。

友だと思っている少女を、こんなに美しい魂を抱いている少女を汚すような真似、したくない。

でも、もう止まれないのだ。

止まれないから、仕方ないことなのだ。

そう自分に言い聞かせながら、フレイヤは自身の権能を発動させる。

 

「――――――。」

 

その瞬間、リューの動きは止まる。

その四肢の一切を硬直させ、うつむく。

終わった。

これで、ベルは正真正銘一人になった。

あとはスキル効果が切れるまでこのまま数的優位を使って消耗させ続ければいいだけ。

そうすれば、すべてが終わる。

 

ザルドも、レオンも。

もうすべてが相手ではなくなる。

どんな英雄だろうと、今のフレイヤ軍に敵うものはいないのだから。

 

「【使命は、果たせず。道化を乞い願う】」

 

フレイヤは自身の能力に絶対の信頼をおいていた。

これまでずっと、フレイヤに孤独を強いてきた最悪の能力なのだから。

神々ですら太刀打ちできない最強の能力なのだから。

なのに、そのはずなのに、彼女は今、なんと言った?

 

「【喜劇を、ここに】――――【ジェスター・レコード】!!」

 

彼女は顔を上げ、そのまま居合の構えを取る。

その瞳は光を宿しており、決して魅了の威に屈してなどいない。

魔法の詠唱は続き、完成した。

なぜだ、なぜ通じていない?

そんな事を考える暇もなく、その一撃は放たれる。

 

「アリーゼ、輝夜、ライラ、アーディ!歯ぁ食いしばってくださいね!!雷精霊(ユピテル)炎精霊(ウルカヌス)、並立起動――『偽現(ディオス)英雄の一撃(イクトゥス・アルゴノゥト)』!!」

 

雷と炎を一つにしたその一撃が、放たれる。

正義の乙女たちの身体を舐めるように包みこんだその一撃は確かに届いた。

距離があったアイズたちには各々の手段で防がれてしまったが、それでも戦力は格段に減らすことが出来た。

 

「こっわ!!冷や汗止まんないですね!!一瞬本気で意識持っていかれそうになりましたよ!?」

 

「よく耐えた!!さすが私の英雄だ!!」

 

「素で魅了が効かないあなたに言われても素直に喜べないですねぇ!!」

 

彼女たちは変わらない様子で笑いながら、戦いを続ける。

ベルの応戦に加わりながら、彼女はその力を奮い続ける。

 

「なんで――――?」

 

「三千年前にいたとある英雄を模った一撃です。いくら魅了で強制しようと、簡単には動けませんよ?」

 

「なんであなたが無事なの、リュー!!」

 

「さあ、なんででしょうねっ!?」

 

魅了に屈さない存在などいるはずもない。

たった一つの例外は、ベルだけ。

それ以外に魅了に耐えれる存在なんて、いるはずがない。

 

そう、その認識は正しい。

いくらリューでも、三千年前の絶望の時代を生き抜いた彼女でも、神の力の前には成すすべはない。

神の力は絶対。

それに逆らうなんてことは、ふつうできない。

 

だったら、普通じゃなくなればいい。

 

これがフレイヤの知らない、『英雄/道化(アルゴノゥト)』の真髄。

彼の在り方は希望の伝播。

共鳴という名の強制。

彼の光に心を焼かれたものは、例外なくその姿に手を伸ばす。

 

彼のように戦い続けようと誓う。

彼のように導き続けようと誓う。

彼のように笑い続けようと誓う。

 

最早呪いにも等しいその在り方がスキルになったのが【英雄運命(アルゴノゥト)】であり、【道化行進(アルゴノゥト)】なのだ。

 

彼ら彼女らは互いに共鳴し合う。

互いに互いを鼓舞し合う。

いつか英雄時代の終わりを見届けるために、彼らは一つになり戦い続ける。

どれだけの絶望にあろうと、たった一人でも戦い続けようとする限り、全員屈することはないのだ。

 

いくらシステムが維持できなくなり、ステイタスから消えてしまったとしても、完全になくなったわけではない。

感じられなくなっただけで、感じようとしなくなっただけで、その繋がり自体はそこにあり続ける。

 

だからこそ、ヘラは、リューは、ベルは、そしてゼウスは。

賭けたのだ。

その在り方に心を焼かれ続ける決意を。

三千年前の奇跡を。

 

ま、それを知っているのはリューとゼウスだけ。

ヘラは総合的にすべて考え、万に一つ程度の可能性だと判断していたようだが。

ベルはそんな彼女たちを信じただけなのだから。

 

いずれにせよ、今のリューはベルの心と限りなく一つになっている。

戦意の高揚も、感情のすべても、一つにしている。

日常生活をする上では不便なのでいつもは意図的に抑え込んでいるこの効果を、フル活用した。

互いに高め合うのではなく、リューは完全にベルに追従するように意識して。

その結果、今だけは魅了に屈さないベルの一途な思いを、リューも宿しているのだ。

 

「分が悪すぎる賭けでしたが、なんとか勝てましたね!!この勢いでアイズ殿たちの魅了も解除してしまいましょう!!」

 

「調子に乗っているところ悪いが、無理だろうな」

 

堕ちないように踏ん張り続けるのと、堕ちてしまったのを引き上げるのではまた違った労力が必要になってくる。

ましてや、引き上げるために縄を落としても掴もうとしないのだから。

これでは引き上げようがない。

その言葉を溢すと、フレイヤは決死に叫ぶ。

揺らいできた自身の牙城から必死に目を背けるように。

 

「そう、そうよ!!たとえリューに魅了が通じないとしても、剣姫たちまではどうしようもない!!」

 

「まだ言うか、お前は。いい加減負けを認めろ。今だったらまだギリギリ命乞いできるぞ?」

 

「いいえ、いいえ!!命乞いなんてしない!!私は決して負けない!!負けるなんて、ありえない!!ゼウスがいようが、ザルドがいようが、レオンがいようが、バルドルがいようが!私の勝利は揺るがない!!」

 

フレイヤは叫ぶ。

フレイヤは叫ぶ。

シル・フローヴァは、叫ぶ。

初恋を願い、彼を欲して。

 

「……本当に憐れな女だ」

 

フレイヤを憐れみ、ベルは小さく呟く。

その勝利のための勘定に、あの二人を入れていない時点でどう足掻いても勝てるわけないのに。

 

「お前たちもだ、阿呆共が。いつまであんな女にいいようにされている?」

 

身体に傷が増える。

即座に治っていく。

斬りかかられたその剣を素手で掴み、相対する英雄たちを睨みながら、彼は思いを伝える。

 

「僕の英雄なら、そろそろ起きてくれないかな?」

 

彼のような言葉遣いで、そう零した。

 

結論から言おう。

ベルがどれだけ足掻こうと、結局アイズたちの魅了を自力で解除することは不可能だった。

もう少し粘れば違ったかもしれないが、少なくとも今回は無理だった。

時間が来てしまったのだ。

 

だがその前に、小さな奇跡を起こす。

英雄たちが見せた、女神への反抗。

愛を奪う愛の女神への、反逆だ。

 

「――――」

 

レフィーヤの魔法が外れた。

アイズの剣に込められていた力がフッと弱まった。

ベートの蹴りとガレスの一撃は直前で止まった。

ティオナとティオネの拳は空を切った。

ヴェルフの炎はすべて消えていった。

 

そのことにフレイヤが驚きの声を上げる前に、異変は起こる。

 

ベルの身体が白く輝き始める。

それは神の恩恵の暖光に似て非なるもの。

暖かくも冷たい、白き女王の証。

 

「………なん、で?」

 

その光を、フレイヤは知っている。

そして、ようやくすべてを悟った。

なぜベルに苛立ちを覚えていたのかも。

ベルの魂で輝いていた、白き光の正体も。

 

「なんであなたがヘラの血を持っているの、ベルっ!!」

 

その激情に、ベルは冷酷に答える。

 

「そんなもの、私が最凶(ヘラ)の一員だからに決まっているだろう?」

 

何よりも残酷な現実を。

最も愛した男が、最も憎んだ女の血脈だという。

最悪な事実を。

 

ありえないと思っていた。

ゼウスがいる時点でその可能性は排除していた。

彼女がここまで積極的に協力する理由などないと思っていた。

だが、あったのだ。

ここに、愛する(ベル)がいるという最大の理由が。

 

「【それは遥か彼方の静穏の夢】」

 

絶望を告げる歌が響く。

さあ、終わりの始まりだ。

 


 

オラリオの外縁の至る所から。

そして、森や山を隔てた村々から、白き光が駆け上る。

 

「うむ、うまく行ったようで何より」

 

あれは眷属、あるいは人柱、あるいは巫女だ。

神殿を守るヘラの象徴にして分け身。

 

偽現(ディオス)白女王の神殿(アエデス・ユーノニス)

 

ヘラのエンブレムが地上に現れる。

それは本来なら意味をなさない。

というか、下界でヘラが神として出来ることはヘスティア以上に限られているのだから。

単純な腕っぷし以外では、結婚式で祝福を授ける程度しかできない。

その祝福にしたって、精々病気に罹りにくくなる程度のもの。

それ以外に出来ることは、本当に何もない。

まあ、腕っぷしや拷問技術だけあればヘラにとっては何の問題もない。

ゼウスを仕置できる程度の身体さえあれば、後は本当にどうでもいいと思っている。

 

「さあ、後は頼んだぞ。我が親愛なる姉君よ」

 

「ああ、任せるがよい」

 

その瞬間、ヘスティアの身から放たれる神威。

護衛のために控えているアルフィアですら、思わず身構えるほどの暴力的な神威。

 

「……なるほど。ヘラが敬愛するわけだ」

 

傍若無人な自らの主神が敬愛する。

今のままで信じていなかったが、これを目にすれば納得だ。

有無を言わさぬ説得力があるほど、今のヘスティアには威厳と力があった。

 

「可愛い妹神の威光を借り、今この瞬間だけは傲慢となろう。我が名はヘスティア/ウェスタ。子どもたちの守神にして浄化の女神。最高神ゼウスすらも超える神である」

 

神々の女王であるヘラに相応しく、彼女が誇りを持てるように。

どれだけ傲慢と罵られようとも、ヘスティアはこの時だけは高らかに名乗る。

 

(ま、本当はこんな真似は嫌なんだけどね~。後からゼウスの奴になんて言われるか分かったもんじゃないし、そももそもいくらヘラの力を借りてもゼウスに勝てるなんて思えないし)

 

そのゼウスすらも一目置く存在なくせに。

どこまでも自己評価の低い女神だ。

 

「【偽現(ディオス)炉神の聖火殿(アエデス・ウェスタ)】」

 

魅了は焼け落ちる。

その瞬間、各地は一斉に動き出す。

 

 

「本拠に戻れ!!フレイヤ様をお守りするのだっ!!」

 

魅了が解除された以上、すべてのファミリアは暴徒となってフレイヤを襲うだろう。

そうなる前に、フレイヤのそばに駆けつけて守らなくてはいけない。

あのオッタルすらも、事態を悟ってザルドとの戦いを諦めて駆け出したくらいだ。

優勢だったのが一転して、フレイヤ・ファミリアに牙を剥く。

 

「……ベル様?」

 

ここでも影響が出始める。

自分が何をやっていたのか、それを正しく理解できてきた春姫は顔を青くさせる。

想い人に何をやったのか、その想い人がどれだけ苦しんだのか。

それを知ってしまった。

 

「ベル様!!」

 

「はい、ストップ」

 

フレイヤ・ファミリアの後を追ってベルの下に駆け出そうとする春姫の手をつかみ、レオンは制止する。

 

「は、離してください!!たとえその資格がないとしても、私はベル様の下に行かなくてはいけないのです!!」

 

「違う違う。行くなってんじゃないさ。今は、行かないほうがいいってだけ。巻き込まれるぞ」

 

巻き込まれるというその言葉の意味を理解できず、春姫は眉をひそめる。

本当はそんな言葉を無視して行きたかった。

だが、レベル2の春姫ではレベル7のレオンの手を振りほどけるわけもなし。

必死に足掻いているが、どうすることも出来ないのだ。

 

「レオン、迷惑をかけたようだね。……それと、ザルドも」

 

「私は気にしなくていい。気にする余裕もないようだしね」

 

「ああ、そうだね。……なんでいる、ザルド」

 

「黙れ、クソガキ」

 

恐る恐る語りかけるフィンに返ってきたのは、ザルドからの冷たい言葉だった。

その瞳にかつての冷酷さを携えながら、フィンたちを見据える。

 

「なんだこの体たらくは?お前らが間抜けなせいで俺のガキがどんだけ苦しんだと思ってんだ?」

 

「息子…。ベル・クラネルが、か……。」

 

「お前らに対する期待などもうない。そこに直れ。喰い殺してやる」

 

その言葉に、フィンもリヴェリアも身構える。

かつての王者に今も敵わない現実を体感しながら、それでも抗おうとする。

 

「――――って、言いたいところなんだが」

 

だが次の瞬間、今までの態度を霧散させザルドは大きなため息を溢す。

その顔には呆れやこれからのことに対する苦悩やめんどくささが感じられる。

フィンたちが今まで見たことがない側面だった。

 

「ベルはそんなこと望まないだろうし、そもそも俺がやる前にあいつらがやるよな」

 

「まず間違いなくな。はぁ、今から気が重い」

 

「俺の方が重いわ、ったく…。ま、精々首洗って待ってろ。俺は助けんからな。自分たちでどうにかしろ」

 

その言葉の意味を測りかねているフィンに対し、ザルドは告げる。

これだけ待てば巻き込まれる心配もないと判断して、ゆっくりと歩き始めながら。

 

「世界一おっかない女が二人。どう足掻いても地獄だろうさ」

 

 

アルフィアは魅了の解除を確認した後、バベルから飛び降りる。

迎えは学区側が後で寄越す。

もう護衛の必要もない。

今ここに留まる理由は、どこにもない。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 

魅了解除の影響は当然、ベルたちのいる場所にまで伝播する。

 

「………ベル?」

 

「ようやく起きたか。遅すぎるわ」

 

アイズは今の状況を飲み込めずにいる。

眼の前にはベルがいる。

今自分たちはベルに向けて各々の凶器を向けている。

現に、ベルの手は自身の剣を掴み血を流している。

 

「ベル、くん?」

 

「あれ?何があったんだ?」

 

「ていうか、身体全体が痛い…。」

 

レフィーヤも、ティオナも、ティオネも、ガレスも、ベートも、ヴェルフも、アイズも。

アリーゼも、輝夜も、ライラも、アーディも。

みんな、一瞬全ての動きと思考が固まる。

そして、次の瞬間すべてを理解した。

 

「――フレイヤァッッッ!!!」

 

即座に踵を返し、激昂したままフレイヤに斬りかかろうとする。

だが、その前に起き上がれるようになったのかフレイヤ・ファミリアの団員たちが立ち塞がる。

そのまま両者は激突する、かと思われたがそうはいかなかった。

アイズ達が斬りかかろうとする前に、ベルとリューによって止められたのだ。

 

「止まれッ、アイズ!!」

 

「レフィーヤ殿は早くこっちに!!ベート殿達は彼らを飛ばすようにして距離を取りながら時間を稼いで!!アリーゼたちもです!!」

 

「ちょ、リュー!?何を――――」

 

「早く!!死にますよ!?」

 

リューだけでなく、今の状態のベルですらも慌てふためきアイズたちを引き止める。

 

「ベル!!早く早く早く早く早く早くっ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!死んじゃいますよ!?」

 

「分かってる!!全員こっちに来い!!」

 

飛び出していこうとするアイズたちをなんとか引き止めながら、ベルは詠唱を続ける。

 

「【福音の慈愛、父母の奇跡、恩寵受けし我が身の幸福】」

 

アリーゼたちにとっては初めて見るベルの長文詠唱、ベートたちにとっては実用性に欠く魔法の詠唱だった。

 

「ちょ、ベルくん何をするの!?」

 

「いいから黙って言う通りにしてください!!」

 

リューの決死の呼びかけで、ようやく全員が指示通り動き始める。

だが、その意図はまだ伝わっていない。

 

「【禍根はなく。呪縛はなく。災禍はなく。鳴り響く天の音色こそ僕への愛】」

『【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】』

 

聞こえないはずの詠唱が聞こえてくるようだ。

感じる。

重なり合うように、二つの歌が響いていく。

 

「【暖かな風。揺れる麦の穂。手を引く貴女。あの日見た理想の全て】」

『【神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】』

 

魔力が高まっていく。

それを阻止しようとフレイヤ・ファミリアも動くが、アイズたちに一蹴される。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ咲き誇れ。僕はアナタを愛している】」

『【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】』

 

詠唱は続く。

完成は近い。

終わりも近い。

 

「フレイヤ様!!」

 

ここでオッタルたちもこの場に到着した。

だが、もうすべてが遅い。

 

「【寵愛はここに。愛の証をもって万物(すべて)を鎮める】」

『【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】』

 

そして、それはついに完成する。

 

「【哭き止め、聖鐘楼】」

『【哭け、聖鐘楼】』

 

ベルの魔法はベルを中心として一定範囲内の魔法完全無効化。

その範囲内にいればありとあらゆる魔法、魔剣、魔道具は使用できなくなる。

本来なら半径50M、直径で100Mほど。

だが、今回はベルが命がけで魔法の効果範囲を縮め、直径で20Mほどの範囲に留めた。

 

では、ここで問題。

Q.この魔法の効果範囲を丸ごと覆えるほどの超大規模魔法が発動した場合、どうなるのか。

 

A.ベルの魔法が及んでいる範囲だけ効果を消失する。

 

つまり、ベルの周りだけ台風の目のように何も起こらないのだ。

当然、その周りの被害は甚大。

 

「【ジェノス・アンジェラス】」

 

その鍵言と共に轟音が鳴り響く。

だがそれは決して不愉快な音ではなく、ベルの大鐘楼を想起させるような暖かい鐘の音だった。

とは言え、それ以外はひどいものだ。

戦いの野は壊滅状態。

オッタル含めたフレイヤ・ファミリアの団員たちも軒並み倒れ伏している。

一応の手加減はしたのか、全員生きてはいるようだ。

この分だと、フレイヤも大丈夫だろう。

どうせ周りの連中が必死こいて守ったに決まっているのだから。

 

「う、そ……。何この魔法…。どんだけの規模なのよ」

 

「これは、まさか……」

 

土煙が登る周囲を見渡しながら呟くアリーゼ。

全員が圧倒される中、唯一ガレスだけはこの魔法を知っていた。

 

「ッ、ベル!?」

 

ベルが突如として膝から崩れ落ちる。

力が抜けたのか、俯いて動かなくなる。

だが、それも一瞬。

 

「……や」

 

「ベル?どうしました?大丈夫ですか!?」

 

「しっかりしろ、ベル!」

 

小さく何かを呟いているベル。

アイズ達は心配になって覗き込む。

しかし次の瞬間、ベルは勢いよく立ち上がり叫び始める。

 

「やっっったぁぁぁぁ!!やりました、やりましたよ、リューさん!!完全に防ぎ切りました!!」

 

「やりましたね、ベル!!生きてる、私達生きてますよ!!」

 

「そうですね、生きてるって素晴らしい!!」

 

「素晴らしい!!」

 

「「イエェェェーイ!!」」

 

テンションを爆上げしてハイタッチし始める二人。

ハイタッチに留まらずハンドシェイクまで始めた。

 

「喧しい」

 

聞こえてきたのは低い女の声。

鈴を転がすように美しい声色だったが、聞くものを威圧させる。

ベルとリューは冷水でも浴びたかのように動きを止め、そちらの方を見る。

 

「だが、そうだな。ある程度手加減したとは言え、レベルが4つも上の私の超長文詠唱を完全に防ぎきったんだ。本当によくやった。完璧だと言えるだろう。流石だな、ベル」

 

「……は、初めて褒められた!」

 

「失礼な奴だ。今までも何度か褒めたことくらいあるだろう?」

 

「え~、そうだっけ?すぐに思い出せないくらい数少ないでしょ?」

 

「さあ、どうだったか」

 

とても穏やかな会話だった。

先程までの戦場が嘘のように。

どこにでもあるような、暖かな会話だ。

 

「お、お前さん、なんでここに……?」

 

「ああ、そう言えばお前もいたんだったな。愚鈍なドワーフが」

 

傲岸な物言いだが、彼女にはそれをして許されるほどの貫禄と実績と実力がある。

それはこの場にいる全員が分からされた。

 

「無事か、アイズ!!」

 

やがて、リヴェリアやフィン、ザルドやレオンたちも続々とこの場にやってくる。

だが、オラリオの面々は全員彼女を見て固まってしまう。

 

「な、なぜお前が――――」

 

「まったくどいつもこいつも。二言目にはそれか?まさかこの都市の全員の目が節穴だとは思わなかった」

 

睨みつけるように振り返りながら、アルフィアは告げる。

 

「私と愛息子(ベル)は、こんなにもよく似ているというのに」

 

左右で色の違う双眸。

ベルとは違う二つの瞳。

だが、その全ては確かにベルを想起させる。

こうして全ては明らかになった。

魅了を巡るこの事件も、終わりが近い。

 


 

補足説明。

フレイヤは学区と会敵するまでゼウスたちの存在には気づいてませんでした。

気づいてたのはオッタルやヘディンたちだけ。

そして当然、ヘラの存在にも気づいてません。

その可能性を最初から排除していたから。

ヘラがベルのために動くなんて、ありえないと思っていたからです。

そもそもどこにいるのかも知らなかったし、ゼウスとヘラが一緒にいるとも思ってなかった。

フレイヤがヘラへの警戒を怠った理由としては、そんな感じです。

ちなみに、アルフィアが生きていることは誰も想像してなかったです。

 

あとがき

 

さて、これで一旦区切ります。

この後の展開が全く思い浮かばない。

ヘラが止まるとも思えないし、本当にどうなるんでしょうね?

また思いついたら書くかもしれません。

 

それ以外に言うことは、まあないですね。

前回書いたので特にないです。

 

以上、あとがきでした。

 

 

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