道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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閑話:結婚行進・上

 

それはアポロン・ファミリアとの戦争遊戯も終わり、ロキ・ファミリアもメレンでの騒動を終えて帰ってきた後のこと。

オラリオの外れにある華やかな教会で、似つかわしくない男たちが集まっていた。

そんな中、ベルはヘスティアと一緒にヘルメスにこの場に招待されていた。

 

――「婚姻の季節(ジューンブライド)」。

 

「新たな出会いに心沸き立たせる温かな春とも違う、激しく燃え上がる恋心で逢瀬を愉しむ熱い夏とも違う」

「それは――成熟した男と女が安寧の誓いを交わす季節!」

 

「婚姻と聞けば、共に愛し合った男女が永遠の時を刻むようなこの世で最も美しく、神聖なる愛の儀式を思い浮かべる……。」

「……そんな男神(もの)は、この場にひとりもいないだろう!!」

 

神々(われわれ)は知っている!」

「婚姻という甘く蕩ける言葉の裏に潜む闇色の毒虫を!」

 

神々(われわれ)は覚えている!」

「永劫の愛という文言を大いに履き違えた狂える嫉妬の業火を!」

 

神々(われわれ)は二度と会いたくなぁぁーーい!」

最強最悪(クレイジーサイコ)超絶残虐破壊衝動女(ハイパーウルトラヒステリー)、もとい!あの恐ろしい女神(かのじょ)に!!」

 

『『おおおおおおおおおおおお!!』』

 

滔々と、しかし力強く語るヘルメス。

そんな彼に同調するように、歓声を上げる周囲の神や人間(全員男)。

なぜこんなことをしているのか、なぜこんなことに巻き込まれたのか。

それらを考える前に、ベルの口からは小さな呟きが溢れた。

 

「…………はぁ?」

 

それは呆れとともに若干の怒りを含んだ声色。

彼と親しい極々一部しか分からないほど些細なものだったが、ベルは確かに怒っていた。

 

「さあ、同胞達よ。共に願おうじゃないか」

「婚姻とは鎖の名ではない。誰も俺達を止めることなんて出来やしない」

「俺達は、いっぱいの女の子と、ちょっとずつ、デートしたり遊んだりしたいだけなんだああああ!!」

 

『『おおおおおおおおおおおお!!』』

 

「俺達のそんな『崇高なる自由恋愛(ちょっとしたねがい)』のためにも、あの嫉妬の女神の再臨は防がねばならない!!」

「婚姻の名のもとに我々を縛る災厄を祓うのだ!」

「共に祈ろう!共に叫ぼう!」

 

場の熱気が最大限に高まる。

そして、ベルの怒りも最大限に高まる。

 

「今年も始めるぞ!『婚姻魔除け(アンチ・ヘラニズム)』の儀を!!!――――グッフォ!!」

 

「ベルくん!?」

 

開催を宣言し終わったのと同時に、ヘルメスの腹部にベルの拳が叩き込まれる。

いくら温厚なベルと言えど、流石に我慢の限界だったようだ。

 

「ちょ、ベルくん!?」

 

「すいません、ヘルメス様。ちょ~っと、向こうでお話しましょうか」

 

倒れるヘルメスをそのまま引きずってバージンロードを外れて隅に移動する。

ヘルメスは起き上がらないが、胸ぐらを掴んで無理矢理顔を合わせる。

 

(いきなり呼び出したと思ったら何のつもりですか?ていうか、これなんですか?)

 

(さ、さっき説明した通りヘラをオラリオから遠ざけるための儀式です……)

 

(僕の親がどこに所属してたか知ってますよね?当てつけですか?)

 

(違う!君にもこの儀式に協力してほしいんだ!)

 

(はあ?)

 

周囲に聞かれないよう小声でヘルメスを問いただすベル。

彼女との関係を周囲に知られるわけにはいかない。

だが、流石に今回のこれは目に余る。

 

(この儀式は美しい女性達をヘラの眷属に見立てて、貞淑の証明をヘラに捧げるものなんだ。君にもこれの一端を担ってほしい。要するに、彼女の眷属の子(こども)である君にも見届けてほしい!)

 

(なんで自分の家族を遠ざけるのに協力しなくちゃいけないんですか!!)

 

(オレは、死にたくない!!)

 

苛立ちをぶつけるベルに、ヘルメスは悲痛な叫びをぶつける。

思わずベルがたじろいでしまうほどの気迫だった。

 

(あの女神が来たらオレの死は確定なんだ!!少しでも余命を伸ばすためなら、オレはなんだってするぞ!!)

 

(仮にやるとしても、僕を巻き込まないでください!!僕の目の届かない場所でやるなら何も言いませんから!!大体、こんなことやっても来る時は来るんですよ!!)

 

(舐めんなよ、クソガキ!!そんなことは知ってんだよ!!でも、やらないよりはマシだろうが!!)

 

(何逆ギレしてんですかっ!?)

 

(ただの気休めだろうが迷信だろうが、オレはもうそれに縋るしかないんだよ!!彼女の恐ろしさは、君だって知ってるだろ!?)

 

(そもそも、あの人達があんなふうになったのは、お祖父ちゃんやヘルメス様みたいな女性にだらしない人たちが好き勝手やってたからでしょう!?純粋に一人だけを愛してたら何も問題ないんですよ!!)

 

(うるせえ!!正論如きでオレが止まると思うなよ!?)

 

(だから、逆ギレしないでください!!)

 

本当に、惨めで、愚かで、醜い男の本性が顕わになった。

ヘルメスに対するベルの好感度が、マイナス50された(元は100で現在50。0になった瞬間ベルはヘルメスを見捨てる)。

 

(今回のこれが終わったら、後は好きにしていいから!!オラリオに来た彼女にこのことを報告でも何でもしていいから!!だから、今だけは協力してくれ!!)

 

(…………………。)

 

(頼むよ!!今後、何かあった時助けるからさ!!)

 

心底嫌そうな顔をするベル。

何が悲しくて、こんな身内を貶めるような馬鹿げた儀式に協力しなくてはいけないのか。

だが、いくらヘルメスと言えどここまで追い詰められた神を見捨てるのも忍びない。

あと、未だ弱小ファミリアであるヘスティア・ファミリアとしては、ヘルメス・ファミリアの協力は素直にありがたかった。

 

(僕が協力しても何も変わりませんし、あの人達が来た時はこのことを真っ先に伝えますからね?この件に関しては、僕は絶対助けません。それでも、僕に協力しろと言いますか?)

 

(もちろん!!)

 

(…………はぁ、ホント、どうなっても知りませんからね?)

 

(恩に着るよ、ベルくん!!)

 

(恩に着なくて結構です。仲間だと思われたくないので。さっきの約束、忘れないでくださいね?)

 

(まかせろ!!)

 

ちなみに、この約束が果たされることはない。

ゼノスの一件で、ヘルメスにベル達は散々かき回されることになるのだから。

まあ、ゼノスの一件は神としての考え方の違いなので好感度は特に変わらない。

ただ、約束を守らなかったという事実だけが重なる。

ヘルメスの苦しみが増えるだけだ。

ベルには関係ない。

 

「ベルくん?どうかしたのかい?」

 

「いえ、何でも。ヘルメス様に確認したいことがあっただけです」

 

「そう?ならいいけど」

 

嘘はついていない。

ヘルメスに確認(詰問)していたのは本当なのだから。

ベルは大きな大きなため息を吐きながら、ヘスティアの隣に戻っていく。

 

「待たせてしまってすまないね。さて、それでは毎年のことにはなるが、一応『婚姻魔除け(アンチ・ヘラニズム)』の儀式の流れを説明しておこう」

 

ヘルメスは身なりを整えながら、聖壇の前に立つ。

そして、説明を始める。

 

曰く、未婚の美しい女性達をヘラ・ファミリアの眷属、巫女に見立ててヘラに祈りを捧げる。

彼女たちはヘラ・ファミリアたちを模した衣装に身を包み、祝詞を唱える。

それは宣誓であり、彼女たちの想い。

男神達はその言葉を粛々と受け入れる。

 

もちろん、それら全ては形だけのもの。

この男神達(クズども)は純愛を誓う気などサラサラない。

気休めに過ぎない儀式だとしても、最初から破綻している。

とはいえ、形式だけはしっかりしている。

 

「…………意外と、ちゃんとした儀式なんですね」

 

「それだけヘラが怖いんだろうねぇ。下界の子たちだって、噴火や地震が怖くて祈ったりするだろ?」

 

「そんな自然災害級の話なんですか……」

 

あの女神(ひと)はいったい何をやらかしてきたのか。

本神が語るかなり脚色と被害妄想の入ったマイルドな話しか聞いてこなったベルとしては、想像もしたくない。

 

「それじゃあまずは紹介しようか。今年の儀式の手助けをしてくれる――――美しき『婚姻魔除け(アンチ・ヘラニズム)』の巫女達だ!」

 

『『おおおお~~~~……!』』

 

その言葉とともに現れる三人の巫女。

純白のドレスに身を包んだ可憐な美少女たち。

そのドレスに防具のような装飾が施されているのは、流石のヘラ・クオリティとでも言うべきだろうか?

ていうか――――

 

「アイズさん?それに、リューさんとティオネさんも………!」

 

「ん?ベル?来ていたのか………」

 

「ベルっ!来てたんですね!後で見せに行く手間が省けました!」

 

「え!?ベル殿!?」

 

見知った顔が三人。

彼女たちがこんな馬鹿げた儀式に協力してるなんて知りたくなかった。

 

「どうですか、ベル?似合ってますか?これをあなたに見せたくて、こんな下らない協力要請を受けたんですよ?」

 

「に、似合ってますよ!似合ってますけど………」

 

身内があんな格好をして戦っていたと思えば、何となく素直に称賛できない。

義母もやけに畏まったドレスを着ているから今更と言えば今更だが、こんなダンジョンとは場違い極まりない馬鹿げた格好で戦っているとは思いたくなかった。

 

「似合ってますか!?そうですか………フフフッ!」

 

「やい!ヴァレン何某!ボクの眼の前でベルくんとイチャイチャするんじゃない!ベルくんも鼻の下を伸ばしてる場合か!」

 

「伸ばしてません!」

 

本当に伸ばしていないので、理不尽極まりない。

だが、彼女がこの儀式に参加した理由は分かった。

あとは――――

 

「フィンっ!!見ているか、フィン!!どうだ?似合っているか!?」

 

「成程ね……その衣装を見せたくて僕を呼んだのか」

 

「今日も世界一かっこいいぞ、フィン!!さあ、このまま私と結婚――――」

 

「しないからね~」

 

ティオネもアイズとほぼ同じ理由。

 

「少し落ち着きなさい、ティオネ。フィンだったら後からたっぷり相手してくれるって言ってるから。今は儀式の方に集中しなさい。さっさと終わらせれば、それだけ長くフィンとの時間が取れるわよ?私も早く帰れるし」

 

「ティオナ?帰りたいからって適当なこと言わないでくれるかな?」

 

「あ、ベル、数日ぶりね。これが終わったら皆でお茶でもしましょう?」

 

「話を聞いてくれないかな、ティオナ?」

 

そのお目付け役と思しき妹の姿もある。

あと、犠牲者(フィン)の姿も。

 

「ご無沙汰してます、ティオナさん。お互い大変ですね」

 

「本当にね。ていうか、何でベルはここに?」

 

「ヘルメス様に巻き込まれたんですよええそうですよそれ以外に理由なんてありませんとも」

 

「そ、そう………」

 

早口に言い切るベル。

ティオナには悪いが、こんなに人目のある場所で下手に詮索でもされたら、秘密が露見しかねない。

こんなクソみたいな儀式に望んで参加するクソどもの前で露見すれば、どんな目に遭うか。

本当に、想像もしたくない。

 

「エルフくん、用事があるからって朝早くに本拠(ホーム)を出たと思えば………君がこういうのに協力するタイプには思えなかったんだけど」

 

「ち、違うんです、ベル殿、ヘスティア様!これには深い理由が――――」

 

「理由?」

 

「それに関しては、私から説明するわね!!」

 

リューの言う理由が分からず首を傾げているヘスティアの隣から、無駄に元気な声が聞こえてくる。

その方向を見てみれば、見覚えのある赤い髪と青い髪が。

 

「アリーゼさん!アーディさんも!」

 

「久しぶり、ベルくん!バチコーン!」

 

「久しぶり~」

 

ドヤ顔で決めポーズをするアリーゼと、その隣で軽く手を振るアーディ。

またしても、こんな儀式に参加するとは思えない人たちにベルは驚く。

 

「ガネーシャ様がいるのは見えたからアーディさんはまだ分かりますけど……なんでアリーゼさんまで?」

 

「実はね、私達毎年この儀式に参加してるのよ。アストレア様からのお願い(めいれい)で」

 

「………アストレア様が?」

 

「あ~~、そういうことか~~」

 

ベルは理解できずにハテナマークを浮かべているが、ヘスティアは合点がいったのか苦笑いを浮かべている。

 

「アストレア様、女神ヘラのことが本当に怖いらしくて。出来るならもう二度と会いたくないんですって。だから、毎年私とリオンが交代で巫女役の一人を担ってるの。去年は私だったから、今年はリオンの番ってわけ」

 

「………何があったんですか?」

 

「天界でゼウスのクソバカが浮気した時ね~。アストレアが関係を持ったわけじゃないんだけど、その立場上仲裁に入ることが多くて。その結果、凄惨な現場を間近で見て、時には巻き込まれて……うん、まあ、そういうことなんだよ。それ以外にも理由がないわけではないんだけどね」

 

「うち――――」

 

「「うち?」」

 

「う、うちには想像できませんが、大変だったことは分かりました」

 

「何で急に関西弁?」

 

『うちの祖母がすいません』と言いそうになった。

本当に、あの祖母は何をやっているのか。

せめて殺戮対象をゼウスだけに限定すれば良いものを。

 

「ま、そういうわけでね~。ちなみに、輝夜は婚礼の文化や作法が違うから、ライラは衣装のサイズが合わないからって理由で毎年参加してないの」

 

「毎年思うのですが、百歩譲って輝夜はともかくライラは問題ないのでは?手間はかかるでしょうが、衣装を作ってもらえばいいだけですし」

 

「それをこっちに請求されたらどうするの?私達、ただでさえダンジョンに潜れないから結構な節約生活を送ってるのに。そんな余裕ないわ」

 

「請求はされないでしょう。毎回手直しされてるようですし。ていうか、今年は作り直したのでは?去年とはデザインが少し異なってますよ。そもそも、今の私はヘスティア・ファミリアなわけで……」

 

「もう、細かいこと言わないの!私達の活動に協力し続けるっていう条件で改宗したんでしょう?それに、ベル君に見てもらえてるんだから結果オーライじゃない!!」

 

「それが恥ずかしいんですよ!!ベル殿も、あまり見ないでください!!」

 

「は、はい!」

 

檄を飛ばされて、極力リューを見ないようにするベル。

本当に、色々な人を巻き込み過ぎだろう。

もう少し規模を考えて開催すれば良いものを。

 

「アーディさんも似た感じですか?」

 

「うん?うん、まあそんな感じかな?ここまでの規模になると、都市の治安維持ファミリアとして一応監督しないわけにもいかないし。あと、どこまで理解できてるのかすら分からない主神(ガネーシャ)も参加してるし」

 

「そんなに気を回すくらいなら潰した方がいいのでは?」

 

「お姉ちゃんなんかは潰せって言ってるんだけどね。14年以前を知る他の古株たちから猛反発を食らってて、今に至る」

 

「マジですか……あぁ、頭が痛い」

 

「奇遇だね。私も毎年頭が痛い」

 

多分、ベルの頭痛はアーディの比ではない。

アーディよりももっと頭の奥、それこそ根幹に関わるような場所からの頭痛だ。

これを除去するには、それこそ死んで転生するしか方法がないだろう。

 

「ベルくん!ティオネちゃんの視線が怖いからそろそろ始めよう!こっちに来てくれ!中央に立って、祝詞の先導と聞き届け役を頼む」

 

「はぁ……分かりましたよ」

 

「あれ?なんでベルくんが?」

 

「色々あるんですよ、色々と――――って、なんですかこれ……。これを読むんですか?マジで?うわぁ~」

 

まだ始まってすらいないのに、疲れ切った表情をしているベル。

それを見て、ティオナはあることを思い出す。

 

「ねえ、アーディ」

 

「なあに、ティオナ?」

 

「これって確か、巫女役は未婚の女性がしないといけないのよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「……大丈夫かしら?」

 

「何が?」

 

確かにアイズ・ヴァレンシュタインは未婚で生娘だ。

だが、アリアドネ・ラクリオスはその限りではない。

彼女本人がどこまで覚えているのか定かではないが、オルナとしての記憶が正しければアルゴノゥトと結婚して子どももいたはずだ。

身体も名前も違うから大丈夫、と言われればそうなるのだろうが、なぜか一抹の不安を覚える。

 

「もう面倒くさいので、早く終わらせましょう。では、行きますよ――――『我が愛しの旦那様。私を貴方の生涯の伴侶としてください』」

 

『『『我が愛しの旦那様。私を貴方の生涯の伴侶としてください』』』

 

面倒くさそうにため息を吐き続けながらも、ベルはしっかりと祝詞を読み上げていく。

 

「『貴方の伴侶として、末期の別れのその時まで、共に添い遂げることを誓います』」

『『『貴方の伴侶として、末期の別れのその時まで、共に添い遂げることを誓います』』』

 

「『病める時も健やかなる時も貴方を想い、富める時も貧しき時も貴方を感じ』」

『『『病める時も健やかなる時も貴方を想い、富める時も貧しき時も貴方を感じ』』』

 

「『いつ如何なる時も敬い、崇め、助け、貴方以外を愛することは絶対にありません』」

『『『いつ如何なる時も敬い、崇め、助け、貴方以外を愛することは絶対にありません』』』

 

「『妻として貴方だけを愛することを誓います。もし他の者に不埒な想いを抱いた時は、罰してください』」

『『『妻として貴方だけを愛することを誓います。もし他の者に不埒な想いを抱いた時は、罰してください』』』

 

「『鞭を打ってくれて構いません。高温の湯を背中にかけてくれても構いません』」

『『『鞭を打ってくれて構いません。高温の湯を背中にかけてくれても構いません』』』

 

「『それだけの“愛する覚悟”が私にはある。だから貴方も、そうであることを望みます』」

『『『それだけの“愛する覚悟”が私にはある。だから貴方も、そうであることを望みます』』』

 

祝詞を読み上げながら、ベルは祖父母と過ごした日々を思い出す。

(鞭打ちに湯がけ…。全部見たことあるなぁ)

あの祖父が浮気した時、祖母がしていたのを思い出す。

と、そんな呑気なことを考えていた時だった。

 

『浮気をしたなら――――四肢を折る!!』

 

「……え?」

 

今ベルは先導していない。

にも関わらず、アイズは祝詞の続きを読み上げた。

事前に確認くらいはしただろうから知っていても不思議はない。

だが、さっきの声色。

あれは、何かが違う。

あれはまるで、浮気をした祖父を祖母が折檻していた時のような――――

 

『『『もしも貴方が浮気をしたなら!!!』』』

『この世の果てまで追い詰めて、顔の形が変わるまで殴打・粉砕・蹂躙!!!』

 

『『『もしも貴方が浮気をしたなら!!!』』』

『二度とそんなん出来ないように、鎖を嵌めて家で飼う!!!』

 

『『『もしも貴方が浮気をしたなら!!!』』』

『赤く輝く星にしてやる。それが貴様の犯した罪の重さッッ!!』

 

あ、これヤバイ…。

ベルに流れるゼウスの系譜の血が、そう告げる。

 

「……毎年思うけど、これ、マジでヘラの眷属が言ってたの?本当にぃ?ウソだー」

「ノンフィクション・ザ・ガネーシャだ!!」

「わー、地獄地獄ぅー。……ま、原文をなぞっているのはともかく、この儀式はヘラ・ファミリアの祝詞を実際に唱えることで、世界の安寧を祈願するのが目的だ」

 

ヘルメスはまだ気づいていない。

ベル以外は誰も気づいていない。

 

「『私達は大丈夫です。あなた達の魂を受け継いでいます』『ヘラ様の手は煩わせないので、戻ってこなくていいですよ。マジで戻ってこないでください』。だから、このひとときだけ耳の痛い思いを我慢すれば、嫉妬の女神の幻想に怯えなくて済むってわけだ」

 

言ってる場合じゃない。

異変は、目に見える形で現れる。

 

「浮気男……奴の事を考えると腸が煮えくり返る……!断罪を……!あの男にどうか裁きを……!」

「私だけ見て、私だけ愛してくれればいいのに……私だけ私だけ私だけ……!」

「逝かないで……一人にしないで……他の誰かを愛するなんて、デキナイよ……?」

 

「おいおいおい……どうしたんだ?こんな祝詞、用意しちゃいないぞ!」

 

流石に周囲も異変に気づき始める。

 

「――――疼くぞ、親指が。かつてないほどに……!僕の貞操と尊厳と生命的な意味で……!!」

 

フィンが自身の直感を呟いた、その時だった。

 

『『『絶対に許さないいいいいいいいいいい!!!』』』

 

彼女たちは叫びだす。

その姿は正気とは思えない。

 

「ちょ、アイズ!リュー!ティオネ!どうしたの!?」

 

「おい、ガネーシャ!彼女たちの衣装!アレを用意したのはお前だったな!?」

 

「おう、俺の子どもが用意した!それはつまりガネーシャが用意したと同じこと!」

 

「そんなことはどうでもいいっ!アレをどこから持ってきたか聞いてるんだ!」

 

「えー……なんと言っていたか……そうだ!ギルドの保管庫で見つけたそうだゾウ!」

 

「なんて事してくれたんだお前はああぁぁっ!!オレが頼んだのは、あの衣装を参考にしたレプリカを作ってくれって話だったんだ!」

 

「ヘルメス!!どういうこと!?」

 

「だから、あの衣装は本物なんだ!!」

 

そのヘルメスの叫び声を受けて、ようやく周囲も事態を正しく飲み込む。

今の状況の不味さも共有し、動揺が走る。

 

「実際にヘラ・ファミリアが着用していた物だ!だからギルドに保管してあったんだよ!」

 

「………………テヘペロ・ガネーシャ!」

 

「殴るぞ!くそっ、ロキじゃないのにその仮面を叩き割ってやりたい……!いや待て、今はそれどころじゃない……まずい、まずいぞ、こいつはまずい!」

 

ヘルメスの視線が再びアイズたちに集まる。

 

「断罪を……!私達を焼き焦がしておきながらも勝手消えた大罪人には、永遠の贖罪こそ相応しい……!」

「浮気オス、死すべし!!」

「ズットイッショにイてくれるってイッタノニ……イッタノニ、イッタノニイッタノニイッタノニイッタノニ」

 

「逃げるんだ!!同胞よ!!!」

 

ヘルメスの怒号が走る。

いつも余裕綽々な彼らしくない、焦った姿だった。

 

「彼女たちが着ているのは、本物のヘラ・ファミリアの眷属が着ていた衣だ!!ヘラ譲りのヤンデレの想いが、恨みが、たっっっぷり染み込んでいる!!そいつが儀式を通して解放されてしまった!彼女たちは今、浮気男への恨みに操られただけの化け物だぁ――――!!」

 

「私の親友と姉妹たちに何してくれてんのよ、このクズ――――!!」

 

「いいから逃げろー!特に色んな女の子と仲良くしたいという男児として健全な欲望(ちょっとしたねがい)を心に秘めた男はすぐに逃げろおおおお!!」

 

「浮気男……アル…アル!なんで…なんで!」

「フィン……フィン……!」

「一緒に……いっしょに……イッショニ……ズットイッショに……」

 

「こんなバカみたいな展開なのに感情だけクソ重いじゃない!!ていうか、どう考えても特定の一個人を狙ってるでしょ!?ああもう!ベル、私の側から離れないで――――あれ?ベル?」

 

「ベルくんだったら、『それが貴様の犯した罪の重さッッ!!』のところでもう一目散に逃げていったよ?」

 

「危機感知能力高すぎでしょ!!」

 

「それがきっと、彼が彼たる由縁なんだろうね。誰よりも危機に聡く、その重大性を理解している。それでこそ救えるものもある。そういう面では、僕達は似通っているのかもしれない。ま、それ以外にも共通点あるんだけどね。主に女難!!」

 

「言ってる場合か!!」

 

他の男神たちはもちろん、フィンも一緒に逃げていく。

もっとも、フィンはともかくとして男神たちは問題ない。

彼女たちが目標はきっと、自らが慕う英雄だけなのだから。

 


 

「ああもう!なんでこんなことに!?ていうか、都市から出ていく時に怪しいものは全部処分しといてよ!お義母さんもおじさんも!」

 

一目見れば分かる。

あれは絶対、祖母の系譜が残した何かしらの呪いだ。

でなければ、彼女たちがあんなふうになることはない。

 

「どうする……?関わりたくないけど、僕にも責任はあるだろうし……」

 

事の責任の大半はガネーシャとヘルメスにある。

だが、残る責任の4割……否、2割ほどは自身の責任だとベルは考える。

他の誰が聞いても否定するだろうが、ベルはそう考えている。

それがあの二人の血を引くベルが持つ、覚悟の一つだ。

祖父母が残した何かしらの禍根は自身の身に降りかかるだろうと思っていたが、まさかこんな形になるとは……。

 

私の英雄(ダーリン)

 

「!? りゅ、リューさん!?」

 

教会から逃げ延びて、少し開けた噴水のある広場。

そこで手を膝に付きながら呼吸を整えていると、背後から声が聞こえてくる。

自身がまったく気配を感じられなかったことに、ベルは凄まじい恐怖を覚える。

 

「だ、ダーリンって一体……。それに、どうしたんですか?儀式の途中から急に様子がおかしくなって、僕、心配してたんですよ?」

 

無難な会話をして、取り敢えず気を逸らそうとするベル。

今下手に刺激すればどうなるかは、祖父を見てよく知っている。

あんなのの二の舞いだけは、絶対にゴメンだった。

 

「――――万死に値する」

 

「は?」

 

突然の万死宣言。

それには流石にベルも呆気にとられる。

あの祖母すらも、もう少し順序立てて怒るぞ。

 

「少し目を離せば多くを救うめ、多くを笑顔にするため……多くのため、多くのため……。誰よりも貴方を愛する存在がいるというのに、それを蔑ろにするなど有・り・得・な・い!」

 

「どういう文脈ですか!?」

 

「黙れ。愚かなる思考、過ぎた大望。後先考えず次から次へと懸想者を増やし続ける英雄畜生」

 

「ホントに何の話ですか?」

 

「私達では足りないか?私達では不服か?己の全てを捧げて、生涯を貴方に尽くしたと言うのに、まだ満足できないのか?」

 

「どういうことですか!?」

 

まったく理解できない。

何を言っているのかまるで分からない。

支離滅裂とはこの事を言うのだろう。

 

「何故私達を遺して逝った?何故勝手にいなくなった?誰もが貴方を望んでいたと言うのに何故姿を消した?貴方は必要だった。貴方は希望だった。なのに貴方は全てを捨てていった。だったらもう私達も手段を選べない。もう貴方の意思など聞かない。例えば、その四肢の全てを切り落とし永遠の贖罪の中で飼い殺しに……。そうだ……それがいい……!私達だけの世界!私達だけの時間!私だけの貴方!世界が貴方を殺すというのなら、私は貴方を殺してでも生かしてやる!貴方だけいれば、他には何もいらない……フフッ……ウフフッ……フフフフフフッ……」

 

(――――すっっっっごい怖い!!!)

 

初めてこういう側面で祖父を尊敬できたかもしれない。

よくこの純度の狂愛を一身に受けて浮気し続けようなどと思えるものだ。

いや、本当に。

なんであの好々爺は懲りずに浮気し続けられるのだろう?

 

「さあ、教育の時間だ」

 

「え?」

 

「そう。気づけばいつも女人を周囲に侍り散らかし、人々に救いをと宣って新たな女人の脳を新たに焼き、あまつさえ困っていれば誰でも声をかけ、隙あらば誑かし……最後には勝手にいなくなる!」

 

本当に、誰のことを言っているのだ?

 

「そんな腐った根性を内包した道化英雄(ダーリン)など、我が手で粉微塵に破壊し再建するのみ!」

 

「知らない知らないっ、その英雄(ダーリン)絶対に僕じゃない!?ノットダーリン!アイムベル・クラネル!!オーケー!?」

 

「貴様が築くものは未亡人の山だろうがぁ!!」

 

「オーマイガッ!!」

 

話が通じないと悟ったベルは、背を向けて走り出す。

そしてその先には、彼女がいる。

 


 

走っていった先は多くの出店が並ぶ路地。

幸いにも周囲に人は少ないようだ。

 

「はぁ……はぁ……ほんとに、あれ何……?何がどうなったらリューさんがああなるの……?」

 

いつも冷静で余裕があって、笑顔を絶やさない優しい彼女がなぜあそこまで思い詰めた表情で襲いかかってくるのか。

本当に理解できない。

 

「なんてものを残していったの、あの人達……」

 

一週間経っても治らなかったらどうしよう?

自分たちだけでは解決できなかったらどうしよう?

そうなったらもう、あの祖母を召喚するしか方法はない。

 

「そうなったら絶対、リューさんたちが無事じゃすまないよな……」

 

自分以外にはとことん容赦のないあの祖母に手心など期待できない。

ましてや、今の停滞しきったオラリオを構成する冒険者なのだから。

どうなるかなど、予想もできない。

 

「イッショニ……ズット……」

 

「へ?」

 

虚ろな声が聞こえてくる。

見れば、辿々しい足取りで近づいてくるアイズがいた。

またしても、存在に気付けなかった。

なぜだ?なぜ気付けない?

 

(――――まさか、怨念のせいでストーキングスキルが上がってる?)

 

そんな馬鹿なと思いつつも、否定はできない。

あの人達に常識を当てはめたところで、返ってくるのは嘲笑だけだなのだから。

 

「ズットイッショに……イルって……約束……したのに……ナンで、いなく、なるの……?」

 

「そんな約束…しましたっけ?」

 

アイズからの申し出であれば嬉しい限りだが、この状況下では素直に喜べない。

能天気にはい、ずっと一緒にいます!なんて答えてみろ。

即監禁コース待ったなしだ。

 

「家族に……なってくれるって……一人にしないって……イッタノニ……アナタは、すぐ、いなくなる……ずっとずっと、いなくなる……ワタシを置いて……逝ってしまう……」

 

「ぼ、僕はどこにも行ったりしませんよ?少なくとも、オラリオにはずっといます」

 

「いなく、なる……すぐに、いなくなる……誰かのために、ワタシを置いて、旅に出る……」

 

「ど、どこにも行きませんって!!」

 

彼女が誰のことを言っているのか分からないが、少なくとも自分だけはいると意思表示をする。

その言葉を聞いた瞬間、彼女はグリンと首を回して虚ろな目でベルを見つめる。

選択肢を間違えたと、ベルは悟る。

 

「――――じゃあ、結婚しよ?」

 

「い、いや、そんなっ、いきなり!?ダダダッ、ダメですよ!今、まだ……夢みたいで、すごく嬉しいですけど、僕は、最後の英雄に……」

 

「――――レタ」

 

「え?」

 

意中の相手からの結婚宣言。

嬉しくないわけがない。

こんな状況なのに思わず動揺するほど、嬉しかった。

でも、それが間違いだった。

 

「コトワラレタ、コトワラレタコトワラレタコトワラレタコトワラレタコトワラレタコトワラレタコトワラレタ………」

 

「いや、断っては………」

 

「もう、私は必要ないんだ……。喜劇(ふね)を作るための土台にさえなれば後はもう用済みなんだ………だから私を遺して逝っちゃったんだ………」

 

「待って待って待って!待ってください!!アイズさんが必要ないとか絶対ありませんから!!す、少なくとも僕にとってアイズさんは欠かせない存在で――――」

 

「――――今、言った」

 

「いっ!?」

 

直後、鼻が触れ合うほどの距離にまで接近するアイズ。

思わず顔を仰け反らせなければ、唇が触れ合っていたであろう勢いだった。

 

「私が必要だって………私さえいれば他には何もいらないって………今言ったよね?」

 

「流石にそこまでは言ってません!!」

 

「言った………今、絶対に言ったぁ………」

 

両手を紅潮する頬に当て、恍惚とした表情をするアイズ(いわゆるヤンデレポーズ)。

その表情に、ベルは頬をヒクつかせながら恐怖する。

 

「私さえいればいいって………ずっとずっと、イッショニいてくれるって………死ぬまでイッショって………死んでもイッショって………」

 

「言ってませんって!!」

 

「ううん、言ったよ………聞こえたもん………」

 

「げえ!?いつの間に!?」

 

一瞬の瞬きの間に背後に立つアイズ。

もう、これは一種のモンスターではないかと思う。

 

「ずっと、ずっとイッショ………!約束ダヨ………?」

 

「え?いや、ちょ――――!?」

 

「もし約束を破ったら………アナタをトジコメテ、私だけのものにして………それでも無理なら………セカイヲコワス」

 

「ひ、ヒィィィ――――魔王ですかアナタは!?」

 

「………なんで、逃げるの?ずっとイッショって、約束したのに!!」

 

ベルは恐怖のあまり全速力で逃げる。

もう、顔から汗か涙か分からないものを零しながら、なりふり構わず逃げ続ける。

アイズの気配はすぐ後ろにある。

彼女の手が迫っているのを感じる。

体感時間が最大限にまで引き伸ばされるのを感じる。

走馬灯のように、愛するおじと祖父の声が聞こえてくる。

 

『昔教えたろ?男なんていくら調子に乗ろうが、強い女には敵わないんだ。諦めろ』

 

『まあ、美人なチャンネーに監禁されるなら別に良くね?我々の業界ではむしろご褒美です、みたいな?』

 

黙ってろクソジジイ!!

だったら、お前が祖母(ヘラ)に監禁されてろ!!

ていうか、こうなってる原因の九割はお前だろうが!!

 

まるでおじのような口調で、想像上の祖父に罵倒をぶつけるベル。

 

『う~ん、まあこればっかりはどうしようもないネ。少なくとも私には解決策は思い浮かばない。原因の残り一割は私だろうし。取り敢えず、頑張って逃げな』

 

誰だお前は!!

走馬灯に何か知らないやつがいた!!

本当に誰だ!!

 

走馬灯にツッコミを入れていると、アイズの手がすぐそこにまで伸びていた。

もう逃げられない。

アイズの手がベルを掴みそうになり、その瞬間に恐怖して目をつむる。

そして、ベルは強い浮遊感に襲われた。

 


 

あとがき

 

新年、明けましておめでとうございます。

昨年は皆々様に大変お世話になりました。

本年も、何かとご迷惑をおかけすることもあるでしょうが、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

はい、というわけであけおめです。

新年一発目の更新ですが、ずっと書きたかったヘラ・パレードの話です。

一話で全部書き切る予定だったんですが、長くなりそうなんで上下に分けます。

書いてるうちに、酷いことになりましたね。

いやぁ、ベル君の行動以外は言動全て本編なぞる気だったんですが、いつの間にかこうなってました。

まあ、ご安心ください。

もちろん下編でベルくんがきっちり解決しますよ。

ちゃあんと、作法を教えてくれます。

 

学区編の続きを楽しみにしてくださっている方がいれば申し訳ないのですが、作者の身勝手にほんの少しだけお付き合いください。

では、改めまして。

本年も、よろしくお願いします。

 

愚作者:UBW・HF

 

 

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