視界が揺れるのを感じる。
強くも優しく抱きかかえられ、そのまま強い浮遊感がベルを襲う。
「無事か、ベル?」
「――――ベートさん!!」
迫りくる衝撃に備えて目を瞑っていれば、聞こえてきたのは身を案じる優しい男の声。
目を開ければ、いつの間にか彼に抱えられ建物の屋上に移動していた。
頼もしい師匠の存在に、ベルは思わず笑みがこぼれる。
「な、なんでここに!?」
「話は後だ。逃げるぞ」
ベートが突然ベルを掻っ攫ったことで目標を見失ったアイズは、周囲を必死に見渡している。
その様子を上から眺めながら、ベートはベルを抱えたまま足早に立ち去る。
屋上を飛び移るようにして移動しながら、目的の場所を目指す。
「あ、ベルくん!無事だったんだね!」
「よく無事だったわね……」
「アリーゼさん達!………それ、大丈夫ですか?」
連れてこられた場所は路地裏。
そこにはアリーゼ、ティオナ、アーディの三人がいた。
見れば三人とも大きな怪我こそしていないものの、服などが汚れてしまっている。
どう見ても、戦いがあったことは明白だった。
「大丈夫よ。あの三人を止めようとして抵抗にあっただけだから。一応最低限の手加減をする理性は残ってるみたいだし」
「そ、そうですか………。よかったぁ………」
やはり、本物よりかは幾分かマシなようだ。
本物のヘラは、他者に対する手加減や気遣いなど一切ない。
例え友人であろうとも、邪魔をするのであれば血祭りにあげられる。
ティオナたちが無事なのは、彼女たちがまだ堕ちきっていない証だった。
………なんで身内をこんな悪魔や悪霊みたいに語らなければいけないのだろうか?
「おい、語り部。いい加減説明しろ。あの三馬鹿に何があった?」
「ヘラ・ファミリアの遺物に取り憑かれたのよ」
「はあ?」
ベルが大変だから急いで回収してこいとだけ言われ、走り回っていたベートはここで初めて事情を知る。
本拠でゆっくりとしていたらいきなりガネーシャ・ファミリアからの使いが来て、そのままこの流れだ。
事情を全て聞いたベートは、流石に頭を抱える。
「あのクソ神が……!絶対ぶん殴る!」
「クソ神への怒りは後にしなさい。今はとにかくアイズ達をなんとかしなくちゃ……」
「あいつらもあいつらだ!怨念だかなんだか知らんが、そんなくだらんものに負けやがって!」
「こればっかりは仕方ないわよ。見る限り、相性が良すぎたんだから」
「どういうことだ?」
意味が分からないベートは顔をしかめる。
頭痛を隠せないティオナは、頭を抱えながら説明する。
「割れ鍋に綴じ蓋って言うのかしら?噛み合いが良すぎたんでしょうね。形や事情は違うでしょうけど、あの三人も愛する存在が自分の側からいなくなる経験があるんだから。あとは解決へのアプローチ方法の違いでしかないわよ」
「………そういうことか」
「そういうことよ。ぶっちゃけ、私だってあの服を着ていたらああなってた可能性が高いし、人のことは言えないわね」
「何でお前は着な――――ああ、そうか、サイズがなかったのか。助かったな」
「違うわ。ていうかおい、その発言はライン超えだろ?ぶっ殺すぞ?」
「分かった分かった。悪かった」
多くの部外者たちに見せびらかす趣味はないし、面倒だから断っただけだ。
胸が小さすぎてサイズが合わなかったとか、そういう理由ではない。
彼女の名誉のためにここで断じよう。
絶対に、違う。
本当の本当に、違うのだ。
「で、解呪の目処は立っているのか?」
「立ってない。ていうか、そもそもあれ呪いとかじゃないわよ。ただの怨念」
「ただの怨念だけでああなるのは、それはそれで恐ろしいけどね…。」
「ガレスやリヴェリアは?そうでなくともレフィーヤとか」
「全員他の用事で本拠にいなかった。ガレスやリヴェリアは知らんが、レフィーヤは確かフィルヴィスとかいうエルフとダンジョンだ。今から呼び戻すのは無理がある」
「じゃあ、クロッゾでも――――」
「来る途中寄ってみたが、嫌な予感がするから行かないと言っていたぞ」
「チッ、逃げたわね……」
「どの道今のあいつじゃ戦力的にキツイ。期待するだけ無駄だ」
「そもそもどうするの?いくら人数集めても正気に戻せなかったら意味ないよ~?」
「それに関しては、多分大丈夫だと思うよ」
不意に声が聞こえてきた。
声の方向を見てみると、疲れた様子ではあるが変わらず眩しい金髪を持つ輝かしいパルゥムが。
「フィンさん!!」
「何だお前、まだ生きてたのか?」
「とっくの昔にティオネに捕まって逆○されてると思ってた」
「うん、この件が解決できたら団長に対する敬意というものについて話し合う必要がありそうだね」
半分冗談だ。
ティオナもベートも、本気でフィンが捕まったとは思っていない。
ただ、捕まったら捕まったらでまあ別にいっか、くらいにしか思っていないだけだ。
信頼と実績、それに伴う放置と放任だ。
ベル?ベルがそんな目にあったら大変だから、助けるに決まってるだろう。
そもそも、ティオネに関しては言動こそ違えど日頃の態度との変化が少ない。
全部今更だろう。
「フィンさん、それで大丈夫とは?」
「神ヘルメスだよ。あの神だって、この状況は望むものじゃない。何かしらの打開策くらいは用意するだろう」
「……用意できなかったら?」
「ハッハッハッハッ――――」
フィンは空虚な笑い声を零しながら、ゆっくりとベルに近づいていく。
そして肩を思いっきり掴み、有無を言わさない笑顔を浮かべる。
「――二人仲良く、彼女たちへの生贄になろうね?」
「絶対嫌ですよっ!?」
最早諦めにも似た感情、そしてそれを抱くに至った境地。
ここまで追い詰められれば、勝機も正気も消えていく。
「とはいえ、まだ諦めるには早い。僕もまだ余裕があるわけだし。今はとにかく逃げ続けよう」
「は、はい!」
「逃げるんならお前ら二人は一緒に行動しろ。別々に動いて下手に被害を広めるわけにもいかん。ベルは私が担いで動こう。おい、語り部、お前も来い。いざとなれば私達で時間稼ぎをするぞ」
「分かってるわよ。アーディとアリーゼは教会に戻って。どうせ今も寸劇をしながら手を拱いてるあのバカ神二人のケツを引っ叩いて、打開策を絞り出させなさい」
「オッケー!!」
「分かった!絶対責任は取らせるから!」
それでも冒険者としての意地で、なんとか行動を続けるフィン。
周囲もそれに答えるように、各々が最適な行動を模索し続ける。
自分たちの最善を尽くし、この最悪な騒動をなんとか乗り越えようとする。
「あ、アーディさん。一つ用意してもらいたい物があるんですけど、いいですか?」
「うん?なあに?」
「実は――――」
この場で散開する前に、ベルはアーディを呼び止めてあるものを用意するよう依頼する。
その依頼物について聞いたアーディは目を丸くして困惑する。
「それはいいけど……なにする気?」
「最終手段です。本当に嫌ですけど、僕にも責任の一端があるので……」
「う、うん……よく分かんないけど分かった!任せて!」
「はい、お願いしますね」
そして今現在。
ベルはベートに抱えられた状態で、ティオナやフィンと一緒に都市中を飛び回っていた。
「待てぇぇぇぇぇ!!ダーリンっ!!!」
「ずっと、ずっとイッショってイッタノニ!!!」
「なんで他のメスのところに行くの、ダアァァァリンッ!!!」
「ギイャァァァァ――――!!!」
「化け物か、あいつらは!!」
「あれ、ミノス将軍より強いんじゃない?」
「とにかく走るんだ!!追いつかれるぞ!!」
都市最高位のレベル6たちの冒険者たちが全力で都市を駆け抜ける。
その騒動の大きさたるや、14年前を彷彿とさせるレベルだ。
あとからギルドになにか言われたら、全部ヘルメスのせいにしよう。
「ていうか、アイズとティオネはともかくとして、なんでリューまで私達についてこれるの?レベル4でしょ?」
「ヘラ・ファミリアの婚姻への妄執が、彼女たちに無尽蔵の体力を与えているのかもしれないね」
「あれ本当に
「むしろ、
「ホントに、なんであんなもの遺していったの!?」
四人の叫び声が響き渡る。
叫んだところで何も変わらないが、叫ばずにはいられない。
「チィッ、こうなったら……ベル!その状態でファイアボルトを撃て!」
「え、街中ですよ!?ていうか、アイズさんたちですよ!?」
「緊急時だ、多少なら構わん!あと、あいつらなら大丈夫だ!気にせず撃ちまくれ!どうせ大したダメージにならん!!」
「は、はい!【ファイアボルト】!!」
「よし!!って――――」
ベートの指示通り魔法を放つが、威力の低い速攻魔法でその上レベル差もある。
目眩まし以上の効果は期待できない。
一瞬砂埃が舞うが、すぐにその中から飛び出してくる三人。
ていうか、ダメージどころか煤汚れ一つついていない。
「嘘だろ!?」
「効いてないにも程がある!!」
「あれヘラ・ファミリアが実際に使ってた衣装だったわね…。流石史上最強ファミリア。使うものも一級品ね」
「そう言えばそうだった!!」
あの義母のドレスなど、義母の魔法反動にすら耐えられるレベルだ。
彼女と同じファミリアに所属していた人物たちの装備なら、それと同水準でもおかしくない。
だったら、今のベルの魔法如きではダメージは殆ど通らないだろう。
「こ、こうなったら
「それは最終手段にしておきなさい。流石に周囲への被害がデカすぎるわ」
強化の幅にもよるが、ベルが行おうとしているそれは危うい。
加減が難しいし、なにより隙が大きい。
鐘の音を聞いたあの二人がいきなり襲いかかってくる可能性もあるのだ。
どの程度の知性が残っているかは分からない以上、リスクは取れない。
「ったく、どんな妄執だ……!いい加減にしろよ!」
「まったくだね。結婚には色々思うことは多い方だけど、彼女たちの想いの深さには驚かされるよ」
「婚姻ってこんなでしたっけ……?僕が知ってるのとは違うんですけど……」
「へえ?ちなみに、君の知ってる婚姻ってどんなのだい?」
「互いを傷つける覚悟を持った男女が様々な困難を乗り越えた先に辿り着く、愛も恋も超えた先にある神聖で意義のあるものじゃないんですかぁ~」
「……う~ん、青いねぇ、理想的というかなんというか。互いが互いを同じように想い合うのが一番なんだろうけど、ご覧の通り実際はそうじゃないことが大半だ」
ベルの語る理想にフィンは苦笑しながら困った表情をする。
彼の語る理想は、フィンには眩しいものだったから。
「片方がどれだけ想っても、もう片方がそれに応えられるとは限らない。傷つけ合うことでしか分かり合うことは出来ないけど、傷つけ合っても元通りになるかは分からない。世の中、そんなもんさ」
「知ってますよぉ、本当に。嫌ってくらい見てきましたから」
あの好々爺と祖母を見ていれば、どんなバカでも理解できる。
狂愛を向ける祖母と、浮気しまくって逃げる祖父。
あんなものが、理想を語った結婚神の姿とは思いたくない。
「でも、だからって理想を語らないと何も始まりませんから。いくら嫌な現実が目の前にあるとしても、それは理想から逃げる理由にはならないですから」
「……本当に、青いねぇ。だけど、それが君の良さなんだろうね」
彼なりの理想との向き合い方。
困難な現実、目を背けたくなるような現在があるとしても、それは理想を目指さない理由にはならない。
例えクソみたいな真似をした祖父が目の前で八つ裂きにされるのを目撃したとしても、想い人と結婚したくないとは思えないのだ。
自分が失ってしまったその青臭さを、フィンはやはり好ましく思った。
「呑気に話してるところ悪いが、本当にどうする?いっそのことダンジョンにでも潜るか?」
「やめなさい。他の冒険者たちにどんな目で見られるか分かったもんじゃないわよ」
「流石に危険だしねぇ」
「じゃあ――――」
ベルがオラリオからの脱出を提案しようとした時だった。
『俺がァァ!ガネェェェェシャだぁぁぁぁ―――っっ!!!』
「「「「!?」」」」
突如としてガネーシャの叫び声が木霊する。
それは都市中に響き渡るほどの声。
『戻ってこぉぉぉい、【リトル・ルーキー】!【
野太いガネーシャの声が響く。
それはきっと、彼らに希望を示すものだった。
「行くぞ!」
フィンの掛け声とともに、四人は教会を目指す。
そこからはすぐだった。
第一級冒険者の足ならば、都市のどんな場所だろうが大して時間をかけずに辿り着くことが出来る。
教会の直ぐ側にまで戻ってきた彼等を待っていたのは、先程叫んでいたガネーシャ自身だった。
「いけえええ、ふたりとも!ここは俺の【ファミリア】が引き受ける!」
「すまない!頼んだ!」
「ありがとうございます!」
ベートから降ろされ自らの足で走るベルは、フィンとともに感謝を告げながらガネーシャの横を通り過ぎていく。
だが、ティオナとベートは血走った目で殺気をぶつけている。
「元凶のくせして救世主ヅラしてんじゃないわよ」
「後でそのフザケた仮面叩き割ってやるから覚えてろ」
「ヒィィ!!」
今回の件について、二人は相当頭にきているようだ。
三千年前からの昔馴染が訳の分からない怨念だか妄執だかに取り憑かれて暴れ始めてしまったのだ。
怒らないほうが無理があるだろう。
あらん限りの怒りをぶつけながらも、ティオナもベートもそれを後回しにして二人の後を追う。
ここにいても、追いかけてきたアイズたちとの戦闘になるのは目に見えている。
ぶっちゃけ、あいつらとは戦いたくない。
仲間だから、という理由ではなく、純粋にあの状態の彼女たちと戦うのは疲れるのだ。
「みんな!!こっちこっち!!」
教会についた四人を待っていたのはアーディとアリーゼ、そしてヘルメスとヘスティアの四人。
もう疲れ切っているので帰りたいが、後ひと踏ん張りだ。
「彼女達を鎮める手立てが見つかったのかい?」
「確実に鎮められるかどうかは分からない。だが、今はこれに頼るしか方法がない」
「……どうするんですか?」
ヘルメスを見るベルの目が冷たい。
現在ベルのヘルメスへの好感度は40だ(平均値75、中央値は80くらい)。
ベルには珍しく、相当好感度が低い状態だ。
「解呪の祝詞だ。彼女達の想いを解放に導いたのは、浮気男への憎しみに満ちた台詞だった。言葉により解放されたのなら、同じように言葉によって鎮めることも可能な筈だ」
「胡散臭いわね……」
「信用ならんな」
「そんなので本当に解呪できるんですか?」
「筈とは言うけど、不確定過ぎないかい?それにそんな物があるなら、もっと早くに試すべきだったと思うけど?」
総スカン状態、全員から怪しまれている。
だが、ヘルメスもこれ以外に手立ては用意できていない。
困ったように頭を掻きながら、説明を続ける。
「そんな物はないんだよ。正確には、さっきまでは無かった、だ。君達が逃げ回ってくれてる間にオレ達で作成した。急ごしらえのでっち上げには変わりない。それが“
「ンー、経緯は理解した。他の方法もなさそうだし……それを僕達が読めばいいのかい?」
「話が早くて助かるよ。彼女達が執着しているのは君達だ。その当人の言葉じゃなければ彼女達は静まらないだろう」
「それで、実際の祝詞はこれか……」
フィンはヘルメスから祝詞が書かれた紙を受け取る。
が、見た瞬間顔を強張らせる。
「これを……僕に読めと?」
「何をそんなに戸惑っている?読めばいいだけ――――あ~……」
「一体何が書かれてるの、よ……」
フィンの様子を訝しんだベートとティオナはその紙を覗き込む。
そして、同じように紙を見た瞬間に固まってしまった。
「すまないが、これは僕には無理だ。ベル・クラネル……君が適任だ。この馬鹿げた騒ぎを終わらせてくれ」
「まあ、そうだな。これはベルが適任だな」
「頑張って、ベル。骨は拾うわ」
「不吉なこと言わないでください!!」
完全に貧乏くじを引かされる形で、ベルに全てが託される。
それと同時に、教会の入口の方から世紀末的な破壊音が響く。
「ゲェ――――っっ!!」
「うちの団員が足止めに行ったはずなのに、もう来たの!?」
砂埃とともに現れる純白のドレスを身にまとった花嫁たち。
「――――見つけタ、ダーリン」
「だから怖いんだよ、お前ら!!」
誇り高き獣人の戦士にあるまじき言葉だが、こればっかりは仕方ない。
妄執に取り憑かれた女など、誰の目から見ても怖いものだ。
天国にいる故郷の仲間や家族たちも、きっと許してくれるだろう。
「早く読むんだ、ベル君!解呪の祝詞を!!」
「って、なんだこれ……ああ、もう――――!!」
あの祖母たちへの文句と一緒に、全部告げ口する決意を固めるベル。
紙に書かれた祝詞は見るに耐えないクソみたいな言葉の羅列。
これを読むならゴライアスに一人で挑む方がマシだ。
だが、彼女達が鎮まる可能性が少しでもあるのなら、読まないわけにもいかない。
「頼んだ、ベル・クラネル!!」
「頑張れ、ベル。他には漏れないよう根回しくらいはしてやるから」
「あなたなら出来る!!」
無責任な言葉が聞こえてくる。
その言葉に背を押され、ベルは意を決して読み上げる。
「い、『愛しのマイハニー♪僕の
溶かした砂糖を更に煮詰めたものより甘ったるい言葉で、ベルは三人に語りかける。
その様子を、ティオナとベートは死んだ魚のような目で見つめていた。
「『僕だけの愛しの子猫ちゃん。ご機嫌ナナメでどうしちゃったんだい?』」
「『何かシンパイさせちゃったかな?バカだな、キミは。本当はわかってるクセに』」
「『僕が愛しているのはこの世でたったひとり――――キミだけなんだぜ!!』」
なんというか、もう……見てられない。
なにも、見たくない。
「ねえ、ベート」
「なんだ」
「私ね、あの内容を見て、アルみたいだなって思ったのよ」
「そうか」
「でもね、実際に読み上げてるのを見てね……流石にアルでもここまでは言わなかったな、って思ったのよ」
「……そうだな」
あの道化はちゃんと考えていた。
こんなバカ丸出しな言葉は、断じて口にしていない。
「『考えているのはキミのことだけ。想っているのはいつだってキミのことだけ』」
「『恥ずかしいけど嘘じゃないんだ。キミ以外のことはなんにも考えられないんだ』」
「『僕の世界には、キミだけいればそれでいい!』」
更に続くベルの言葉に、とうとう二人は目を背けて耳を塞ぐ。
見ている方が苦しい。
聞いている方が恥ずかしい。
「もう……もうやめてくれ、本当に」
「ベルが何したって言うのよ……。大体、フィンはともかく二人から迫られてるベルがキミしかいないって言っても説得力ないでしょ……」
「だが効いてる、効いてるぞ!!」
「いや、あれは戸惑ってるだけじゃないかな……?」
誰がこの祝詞を考えたのかは知らないが、もう少し考えて作れよ。
せめて2パターンくらい作っておけよ。
「『その証拠に、今ここに!【熱烈キミダケ宣言】発令!!』」
「『僕アイランドに住んでいるたったひとりの
「『キミダケ党の党首として宣誓しよう!《
「帰る……俺はもう帰る……!
「一人だけ逃げれるわけないでしょ……!!最後まで付き合いなさい!!」
ベルのあまりにもな姿に、ベートは地を這うようにして帰ろうとする。
だが、ティオナに足を掴まれて押し留められてしまう。
「……チキン肌がすごい」
「言葉がおかしくなってるぜ、ブレイバー!」
「……失敬。だが危うい所だった。あんな姿を衆目に晒してしまっては、僕の願う小人族の復興どころの騒ぎではなくなってしまう……」
「ま、祝詞の“作成者”にとっても、こっちの方が都合の良い展開だったみたいだけどな」
「作成者?貴方が書いたんじゃないのかい?」
「オレがあんなチキン肌フレーズを思いつくはずがない。代わりを頼んだんだよ。自分が言われたい台詞を自由に書いてみてくれと言ったんだが――――」
そう言いながらヘルメスが見つめる先には、たった一人だけテンションのおかしい女神がいる。
「どっひゃ~~~~~♪♪♪」
喜びを表す奇声を上げながら、ピョンピョンと跳ね回るツインテールの女神。
そんな彼女を、ベートとティオナは信じられないものを見るような目で見つめる。
「今のベルくんの台詞を聞いたかい!?ベルくんがあんな台詞を言うなんせさぁ!あーーもーー誰か魔法とかなんやらで録音してないのか――――!?もったいないもったいないもったいないもったいな~~い!」
「見ての通り、この機会に自分の欲望丸出しで楽しんでるみたいだ」
「聖火の女神も“神”だったか……」
「お前…お前かぁ!!ヘスティア、ヘルメス!!覚えとけよ!!」
「神ってのはなんでどいつもこいつも!?」
『『『んなああああああああああああああッッ!!!』』』
「今度はなんだ!?」
ヘスティアの奇声の次は、アイズたちの奇声が響き渡る。
もう、ベートたちのライフは限界だった。
それでもゼロになっていないメンタルを振り絞って、声がした方向を見つめる。
「嘘だ…嘘だ…嘘ばかりだ……!」
「そうやって耳心地のいい言葉だけ吐いて、どうせ私達を裏切るのだ……!」
「私達を愛していると言いながら、勝手に逝ってしまう!!」
どうしよう……。
もう愛だ恋だの前に、死んでしまったアルゴノゥトへの恨み節だけが残っているような気がする。
こればっかりは本当に弁明のしようがない。
だって、前科があるし。
アイズたちからしてみれば、ベルの言う“キミだけ”なんて信じられるわけがない。
彼は自分たちよりも世界を優先して、死んでしまったのだから。
「はぁ……どうせこうなると思ってたんですよ。今のこの人達に祝詞だ何だって誰かから借りた適当な言葉を言ったって通じるわけがないんですから」
ベルは頭を掻きむしりながら、苛立ちを抑えるようにそう吐き捨てる。
あんな小っ恥ずかしいセリフを言ったのに、全部意味はなかったのだ。
流石のベルも、少しは腹が立つ。
「神様、天界でヘラ様を落ち着かせる時、どうしてました?」
「うん?そうだなぁ……。僕の場合、ゼウスを一緒にしばき回す以外だと話をしっかり聞いて落ち着かせたり、説教して間違いを正したり、ストレス発散に付き合ったり、それでも無理な時は力ずくで宥めたり抑え込んだり?」
「つまり、そういうことですよ」
ベルはゆっくりと歩きながら、本当に面倒くさそうにため息をこぼす。
一方でフィンはヘスティアの言葉に驚いていた。
「神ヘルメス。今、神ヘスティアはヘラを抑え込んだって言ったかい?あのヘラを?」
「ああ、言った。信じられないかもしれないが、ヘスティアは天界で数少ないヘラを抑え込める神なんだ。詳細は省くが、ヘラはヘスティアを姉のように慕っていて、彼女には頭が上がらないんだよ」
「……あのヘラが?」
ヘルメスだけの証言ではその真偽は分からないが、本当だとしても信じられない。
もしヘスティアがヘラ達と一緒に1000年前に地上に降りていたら、今頃オラリオの勢力図は180度変わっていただろう。
「こうなった以上、言葉での説得は無意味なんですよ。そもそもの話、彼女達の主張は最初から間違っている。その間違いを正さずにどうこうすることなんて、出来るわけがない」
「……ベル・クラネル?」
様子が変わった彼を心配してフィンが声を掛けるが、ベルはそれに応えない。
「アーディさん」
「え!?なに!?大丈夫!!さっきのことは誰にも言ったりしないよ!?口が軽いアリーゼも、私が責任持って黙らせとくから!!」
「それはありがたいんですが、そうじゃなくて……。頼んでいたもの、用意できました?」
先程のベルのキザな台詞に呆気にとられて呆然としていたアーディは慌てた様子だった。
だが、ベルはそれらを気にすることなく頼んでいたものを尋ねる。
「う、うん…。用意できたけど、本当にこんなものでなにするの?」
「やりたくない……やりたくないんですけど……今回のこれは責任の三割くらいは僕にありますし、仕方ないのでやります」
「だから何を!?」
困惑して叫ぶアーディとアリーゼ。
そんな彼女らを無視して、ベルはそれを受け取ってアイズたちの前に歩いていく。
「貴様らは根本的に間違えているのだ。監禁・束縛・支配……バカか?そんなことをいくらしたところで何も変わらん。返って反発心を強め、どこかに行こうとするだけだ」
口調が変わる。
それはアポロンとの戦争遊戯の時に見せた変化。
赤い瞳を鋭く尖らせ、アイズ達を見据える。
「本当の婚姻とはそのようなものではない。本当の花嫁とは、そのようなものでは決してない」
「……ベルくん」
ベルは厳しい口調でアイズ達を否定する。
それは今回の騒動で揺らぎかかっていた花嫁というものの在り方を示すよう――――
「本当に出来る花嫁というものは、自らの足で戻ってくるよう夫を調教できる者のことだ」
「ベルくん!?」
――――ではなかった。
あまりにも乱暴なその物言いに、流石のアリーゼも叫ぶ。
「貴様らは二流以下だ。確かに、時に暴力は必要になってくる。だが、貴様らはそれに依存してそれ以外を探そうとしない。縛り付けることでしか夫を留め置くことの出来ない自らを恥じることもなく、呑気に婚姻を語るなど……『恥を知れ』」
知ろうとしない恥を知れ。
暴力に酔う恥を知れ。
「夫を失うのが怖ければ共に歩め。夫と歩みたくば共に理解し合え。夫を理解したくば共に傷つけ合え。傷をなくしては、人は何も理解できないのだから――――傷つけるだけで傷つこうとしない貴様らは、花嫁として落第だ」
ベルは手に持っていたそれを思いっきり振る。
そしてその瞬間、ベルの様相は一瞬で変わる。
野暮ったいいつもの私服から、足元全てを隠すほど裾の長い純白のウエディングドレスへと。
髪も鬘を被り、軽くウェーブの掛かった純白の長髪へと変化している。
「え!?なに!?今の何!?どうやったの!?どうやって一瞬で着替えたの!?」
「アリーゼ少し黙って!」
アリーゼたちの声が聞こえてくるが、無視だ。
それらを無視し、アイズ達を見下すように冷たく睨みつける。
「来い、小娘共。貴様らに【花嫁の作法】を教えてやろう」
誰かを幻視しそうになる程のその姿。
それはきっと、元々近しい所のあるベルが、アイズ達と同じくヘラ・ファミリアの遺物を身に纏ったからだろう。
フィンは、そう判断した。
その後はと言うと、真なる花嫁となったベルによって、アイズたちに取り付いた怨念は花嫁の作法を叩き込まれて無事浄化。
アイズたちは正気に戻ることが出来た。
正気に戻ったアイズたちはこの時のことを全く覚えておらず、何をしていたかも理解していない。
まあ、それでいいのだろう。
知ったところで、どうせロクな事にならないのだから。
ちなみに、ティオナとベートはウエディングドレス姿になったベルを、死んだ人間のような目で見つめていた。
一番の被害者は、関係ないのにベルを助けるためわざわざやって来たベートだと、個人的には思う。
「――――って、いうことがあったんだよ、数ヶ月前に」
「怖ぁ…、なにそれ…」
「ザルド、お前な……」
アルフィアとヘラの襲来に伴い、一緒にザルドが都市にやって来た。
折角だからということで、フィンはザルドとレオンを誘い飲みに行くことに。
その時、酒の肴としてかつてあった騒動のことを話していた。
「君達が出ていく時、あれを処分してなかったせいで僕達が大変な目にあったんだけど?」
「知るか。そんな事になってるなんて思うわけねえだろうが」
「それには同感だが……、いや、本当になんでそんな事になったんだ?怨念ってなんだ?」
「考えるだけ無駄だと思うよ。ヘラの連中に常識なんて通じないんだから」
昔から、ヘラに常識を求めてはいけない。
物理的な話でも、精神的な話でも。
あれは常識とかこの世の理とかを破壊し尽くす暴虐の化身なのだから。
「ベル・クラネルがいてくれて、本当に助かったよ。彼がいなければどうなっていたことか……」
「一番の幸運はベルが男で、何よりゼウスに近い性質だったことだな。あいつらの生き写しがいたかもと思えば、生きた心地がしない」
前世のことも関係あるだろうが、それ以上にゼウスの血筋だったことが大きいように思う。
ゼウスよりの性質や性格だったからこそ、アイズたちもあそこまで執着したのだろうと。
「あ?何言ってんだ、お前ら?ベルは生粋のヘラだぞ?」
「「――――え?」」
だがその考えはザルドによって否定されてしまった。
二人は呆気にとられたように驚きの声をこぼすが、ザルドからすればそのことに驚いた。
「いやいやいや。待て待て待て、ザルド。あんなに心優しいベルの、どこがあのクレイジーサイコ共に似てるっていうんだ?」
「あのなぁ、考えても見ろ。あいつの何かに対する執着や一途さは何処から来たと思う?女然り、理想然り、一心不乱にそれだけを見続けるあの執念はどっからどう見てもヘラの性質だろうが」
「そう言われたらそうだけど……」
「たしかに、お前らの言う通りパッと見じゃ分からんかもしれん。あいつの英雄思想は前世だけでなくゼウスから受け継いたものだろうさ。それらが上手く噛み合って今のベルがあるが、根底にあるその執念や執着は間違いなくヘラ由来のものだ」
根っこはヘラ。
ザルドはそう断言する。
だが、それでもフィンやレオンは納得しきれない。
「いや、でも――――」
「メーテリア…あいつの母親だが、あれも似たようなもんだ。優しくて温和で、でも誰よりもヘラの性質を持っていて、怒らせたらヘラですら言い返せない」
「怒らせたら?」
「そう、怒らせたら。ベルが言ってるだろうが、ヘラ・ファミリアってのは男側にある程度の度量があって、フザケた態度取らなきゃまともな連中が多いんだよ。痛い目を見た方の声が大きいせいで目立たないが、そうでない連中もいるだろ?」
「まあ、たしかに……。何人か聞いたことはあるが……」
「いやいやいや。でも、金切り声上げながら暴れまわる連中だぞ?」
「愛が深くて、その分裏切られた時の衝撃が大きいんだろう。元からヤバイように思われてる奴も、大抵裏切られた経験があって人間不信になってるだけだ。あ、女帝の奴は例外な。あれは元から」
ヘラ・ファミリアの連中がよく言っていたことだ。
ファミリアは一蓮托生の血の契り。
家族への愛が深く、傷つけられた時の報復が恐ろしい。
「言ってしまえば、ベルは攻撃性のないヘラだ。例え裏切られ傷ついたとしても、それを他責ではなく自責として考える。究極の自己犠牲、絶対的な博愛主義だ。ヘラの連中が家族にしか向けない愛情を、ベルは相対する全員に向ける」
「……なるほどね。そう言われれば、確かに彼はヘラだ」
本人にその自覚はないのだろうが、ベルはヘラ・ファミリアの申し子だ。
誰よりも色濃く、その性質を受け継いでいる。
「あ、こうは言ったがヘラの連中がロクでもないってことは確かだぞ?いくらなんでもあいつらはやり過ぎなんだよ」
「それは確かに言えてるね!」
「それが特に酷いのはアルフィアだよな!あいつはベルの逆だ!自分と家族とそれ以外しかいないくせに、その家族認定をするのが妹とその息子だけなんだから!!」
「ひでえもんだよな!!」
「「「あっはっはっはっはっはっ!!」」」
真面目な話から一点、三人はテンションを上げて笑い始める。
酒が入っているせいで情緒が少しおかしくなっているのだろう。
まあ、酒場ではよくあることだ。
余談だが、翌朝三人は道端でボロボロになって発見された。
不思議なこともあるものだ。
あとがき
はい、というわけでヘラ・パレード終わりです。
個人的に、ベルくんはヘラよりの性質じゃないかなって思ってます。
皆様はどうお考えですか?
ぜひご意見など、お聞かせください。
学区編が長くてあと4・5話くらいで、短ければ3話。
それが終われば襲来の続きを書いて、時を渡るに入ります。
春休み中に全部書ければいいんですけどね……。
どうなるかは分かんないですけど、頑張っていきます。