道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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学区迷宮:第七小隊

 

学区の生徒たちがダンジョン探索を行う当日。

後ろに第七小隊を引き連れて、レフィーヤはオラリオを歩いていた。

レベル3が二人もいるし、何も問題はない。

最悪の場合でもどうにでも出来る。

それにいざとなれば速攻でベルが飛んでくるし、アイズやティオナも何かあった時のために今日はフリーにしてくれている。

そう分かってはいるのだが、如何せん不安が拭えない。

 

「そこの浮かない顔をされた美少女様。ジャガ丸くんはお一ついかがですか?」

 

「――――え?メーデイアさん!?」

 

「こんにちは、妹御様」

 

学区を歓待する多くの人々や出店が並ぶ中の一つに、彼女はいた。

エプロンを付けてジャガ丸くんを揚げているその姿は見慣れない。

その超然とした容姿や雰囲気には似合わない屋台の風貌ではあるが、何だかんだ馴染んで楽しそうにしている。

 

「おや、またもや学区とやらの方ですね。こんにちは」

 

「こ、こんにちは!」

 

「こんにちは。あの、レフィーヤ先輩、こちらの方は……?」

 

「こちらはメーデイアさん。私の……私の……私の、何なんですか?」

 

「私に聞かないでくださいよ。はい、ジャガ丸くん」

 

「フゴッ――――って、あっつ!!」

 

「揚げたてですからね~」

 

「揚げたてを口に突っ込まないでください!!」

 

「一個500ヴァリスです」

 

「お金取るんですか!?しかも高い!!」

 

関係性をいまいち説明することが出来ずに彼女に助けを求めるが、返ってきたのはアツアツのジャガ丸くんだった。

揚げたてを口に突っ込まれて口の中を火傷しそうになりながら、それをゆっくりなんとか咀嚼する。

一連のやり取りのせいで、メーデイアとの関係についての注意は逸れてしまったようだ。

どこまで考えているのか分からないが、よくやるものだ。

 

「冗談です。これからダンジョンに向かわれる皆様へ、私からの奢りですよ。そちらの生徒さんたちも、よかったらどうぞ」

 

「えっと……」

 

「お言葉に甘えたらいいと思いますよ。気に病むようでしたら、今後贔屓にしてあげてください」

 

「そ、そういうことでしたら……」

 

ミリーたちはレフィーヤにそう言われ、遠慮しながらではあるものの注文を始める。

 

「では、ご注文は何にされますか?」

 

「えっと、ジャガ丸くんグランデチョコレートチップエクストラ――――」

 

「さっきも言われましたけど、そんな芋食ってんだか砂糖食ってんだか分かんないような商品はありません。もう面倒なんで全部小豆クリーム味でいいですか?」

 

「注文を聞いた意味!!」

 

注文を無視して勝手に小豆クリーム味を作り始めるメーデイア。

まあ、アイズも好みにしている味だし、よっぽど好き嫌いが激しくなければ問題なく食べられるだろう。

 

ミリー、ナノ、コールは差し出されるジャガ丸くんを受け取っているが、唯一ルークだけはそれを受け取らなかった。

不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、顔を背ける。

そんな様子の彼を見て、メーデイアは感情の読めない表情で受け取ってもらえなかったジャガ丸くんを自分で食べ始める。

一瞬ルークを注意すべきか迷ったが、ここでモメればメーデイアに迷惑がかかるかも知れない。

後で注意すること決め、メーデイアに話をふる。

 

「ところでメーデイアさん、何でここに?いつもと出店してる場所が違いますよね?」

 

「学区特需?とやらを狙ったおばちゃんに、ここに店を出すように言われたんですよ。売上は……まあぼちぼちですね。売れてないことはないんですが、こうして妹御様と呑気に話をできる程度には暇です。ちなみに、学区の方をお相手するのはこれで二度目になります」

 

「それって――――」

 

「ええ。ついさっきご先祖様が通っていきましたよ。あっちはあっちで、面倒くさそうでしたね」

 

ジャガ丸くんを呑気に食べながら、メーデイアは語る。

ご先祖様という訳のわからないニックネームで呼ばれている生徒がいることに気を取られているミリー達。

だが、レフィーヤはその言葉の意味に気づいている。

 

暗に、お前らも面倒くさいぞ、と言っていることに。

 

厳密に言えば、彼女が面倒くさいと思っているのはルークだろう。

その証拠に彼に向けられる彼女の目は、ほんの少しだけ冷たい。

 

「お姫様たちから事情は伺っています。そこの生徒さんたちの引率でしたか……何階層まで行かれるご予定なんですか?」

 

「今日は15階層を目指すつもりです」

 

「それはそれは……お気をつけくださいね。妹御様に何かあれば悲しいですから」

 

「はい、もちろん」

 

引率に慣れていないことは見ればすぐに分かった。

慣れない状態で無理をして怪我をするようなことはしてほしくなかった。

メーデイアにとってレフィーヤも掛け替えのない人物の一人であるし、何より彼女に何かあればあのご先祖が悲しむ。

悲しむ自分の先祖など、見たいものではない。

 

「待ってくれ、先輩」

 

だがそこで初めて、ルークが声を発した。

 

「15階層じゃ物足りない。25階層に行かせてくれ」

 

その発言に、他の小隊員たちはぎょっとして彼を見つめる。

学区の生徒たちに許されている階層は最大15階層。

レフィーヤが引率をしていることで、第七小隊は特例として18階層まで許されている。

そのことはちゃんと説明したはずだ。

なのに、なぜここに来てこんな事を言い出したのか。

 

「駄目です。許可できません」

 

「どうしてだ。迷宮には何度も行っている。岩窟の迷宮だって探索済みだ」

 

「それは三年前のことでしょう?ブランクは侮ってはいけないし――――何より、貴方達には下層はまだ早い」

 

レフィーヤは明確にルークの進言を拒絶する。

それに、ルークは強く顔を歪める。

今まで辛うじて抑えられていた反抗心が、ここに来て表面化した。

 

「俺とナノはレベル3!ギルドが設定している能力の階層基準はとっくに満たしている!下層でも通用するはずだ!」

 

「どんなにレベルが高くても、初見の階層は怖い。私が同伴したとしても、それは変わりません。そして何より、今の貴方に背中を任せるような真似はしたくありません」

 

「……っ!!」

 

その言葉に、ルークは強く歯噛みする。

焦って眼の前のことが見えていない彼では、下層で何かあった時対処しきれない。

 

「中層までなら、異常事態が発生しても最悪私一人で貴方達を守れますが、下層ではそうはいきません」

 

「あんたはレベル3で深層にも行ってるんだろう!?ゼウスやヘラしか行ったことのない未到達領域にだって!だったら――――」

 

「話を聞いていましたか?危険性の話をしているんです。私と貴方では周囲の環境が違いすぎる。レベル5を超える傑物たちが大勢いるロキ・ファミリアと、未だレベル4でしかない私しかいない第七小隊では、比べることすら間違っています」

 

そんな状態で更に下の階層を目指すなど、自殺行為だ。

昨日の話し合いの後レオンはベルを

『あいつらが来る前に二人で深層行ってウダイオス斬ってこようぜ!』

などと誘っていたが、それはその発言者が現代の英雄とまで言われるレオンだったから。

もっと言えば、誘った相手が最速の英雄候補と言われるベルだったから。

 

いくらレオンでも、ルーク達第七小隊を連れて深層に行け、と言われたら首を横に振るだろう。

レオンなら下層くらいは行けるだろうが、彼ではないレフィーヤでは下層すらも不可能なのだ。

それだけ、今の彼は危うさを秘めている。

 

「あんた達が……冒険者がそんなだから!!」

 

ナノたちがハラハラとしながらルークを見つめている。

メーデイアは面倒くさそうに冷たく見つめている。

そんな中、ついにルークは感情を爆発させ叫び始める。

 

「悠長にしている暇がないって、どうして気付こうとしないんだ!」

 

「……悠長?」

 

「オラリオの外が――――今、世界がどうなってるのか、あんた達は知ってるのかよ!」

 

世界の情勢に近づく終末。

ベルも語ったそれは、着実ににじり寄って来ている。

きっとルークは、それを見てきたのだろう。

世界中を旅する学区の船に乗って、間近で。

 

「世界は英雄を欲しているのに、あんた達は何もせずに呑気に!!だから俺は――――」

 

「はい、そこまで」

 

「あっつ!!何だよ、油!?」

 

「メーデイアさん!流石に油は危ないですよ、油は!」

 

「ご心配なく。菜箸についたのを飛ばしただけですので」

 

更に激昂しそうになるルークを、メーデイアは油を飛ばして黙らせる。

余人なら小さな火傷くらいしそうだが、恩恵を授かった神の眷属ならこの程度は問題ない。

現に、油が当たった顔を擦りながらも、ルークは平気そうだ。

 

「そこのあなた、店の前で騒がないでください。営業妨害ですよ?」

 

「そもそも、あんたがこの人を呼び止めたのが発端だろう!!俺達は、さっさとダンジョンに――――」

 

「それは失礼。そのような現状では痛い目を見るだろうと思って気を利かせたのですが、余計なお世話でしたね。進んで自らを傷つけたがるマゾヒズムだとは知らなかったもので」

 

「なんだと!?」

 

メーデイアは思った以上に人のことをよく見ている。

機嫌が悪ければ誰よりも先に気づくし、何をしたいのかなどを読み取るのも早い。

だから、レフィーヤに連れられて歩くルークが苛立っていることにも気づいていた。

だから、少しでも落ち着いて、レフィーヤと打ち解けられたらと思いジャガ丸くんを差し出したのだが、結果的に無意味だったようだ。

 

「貴方の言い分はよく分かりました。オラリオが不甲斐ない、世界の現状を分かっていない。だから強くなって世界を救う。ええ、結構なことです。大層な理想です。で、貴方はどうするのですか?」

 

「どうする……?」

 

「具体的な方針や方法ですよ。生憎読解力がないので、私が今まで読み取れたのは『ダンジョン行く!頑張る!強くなる!』みたいなものだけでして。なにか考えがあるなら、それらを教えて下さい」

 

「それは――――」

 

「すぐ答えられない時点で程度が知れてるんですよ。少しは考えて行動したらどうですか?今どき子どものごっこ遊びでももっと考えられてますよ」

 

ここに来て、レフィーヤは気づく。

もしかしてメーデイアは怒っているのではないかと。

感情の起伏が少ないし、表情の変化はもっと少ない。

だからこそ気づきにくいが、心做しか話すスピードが早くなっているし、威圧的になっている。

 

「自分の考えが絶対だとでも思っているんですか?本当にオラリオが何もしていないと思っているのですか?そんなこと、あるわけないでしょう」

 

「…………」

 

「その現場を目撃した私が断言しましょう。他の有象無象の冒険者共は知りませんが、少なくともこの方達は、貴方なんかよりもよっぽど世界を救っています。生き急いで、死に急いで、自分を心配する仲間や先達すらも無碍にするような阿呆よりも、ずっと」

 

その瞬間を、メーデイアは確かに見届けた。

三千年の宿願を、宿業を、彼女達が果たしてくれたその瞬間を、確かに見たのだ。

それを知らない部外者が勝手なことを言っている現状に、メーデイアはかなり怒っている。

 

「世界を救うなどと世迷い言をほざいて、眼の前で泣きそうになっている仲間を省みないような阿呆など、とっとと死んでしまえ。仲間を巻き込んで悲劇を増やす前に、一人で惨めに朽ち果てろ」

 

メーデイアは、冷たくそう言い放った。

大望を抱きながらもそこに至る道筋すらも分かっていないような阿呆は嫌いだ。

世界のためになどという理想を言いながら仲間を悲しませる馬鹿は大嫌いだ。

ましてや、眼の前で泣く誰かを見失っている者など、反吐が出る。

 

「以上、しがない売り子の怒りでした。先を急ぐのでしたら、御行きなさい。そして、精々頑張って、死んでください――――世界のために」

 

嫌味を込めて、メーデイアは先を促す。

第七小隊はもう何も言えなくなり、ダンジョンに向かって歩いていく。

レフィーヤは最後に一度だけ振り返るが、メーデイアがルークたちの方を見つめることは、もうなかった。

 


 

ダンジョン15階層――――通称『岩窟の迷宮』。

岩場ばかりで、ザ・ダンジョンといった感じの場所だ。

既に中層に入っているため、モンスターの遭遇率はかなり高い。

どうしても緊張感が生まれ、余裕はなくなっている場所。

そんな中でも、ルークは苛立ちを募らせている。

 

「では先程も言いましたが、今日はここで実習をします」

 

何度かモンスターとの遭遇を乗り越えてそれなりの広間にまで辿り着いた第七小隊。

そこで今一度今日することを彼らに告げるレフィーヤ。

レフィーヤの言葉に他の三人が緊張しながらも返事をする中、ルークは苛立たしげに眉をひそめるだけ。

舌打ちしないだけまだマシだが、その様子にはため息を隠せない。

呆れながらもどうするか考えていると、不意にルークが背を向けて歩き始める。

 

「ルーク。何処に行くつもりですか?」

 

「先に進む」

 

「許可していません。戻りなさい」

 

「世界のために一人で死ねばいいんだろう?なら、放っとけよ」

 

「それはメーデイアさんの考えです。私はこの小隊を任された教導者(インストラクター)として、貴方達を守る義務があります。もう一度言います、戻りなさい」

 

「あんただって同じ考えなんじゃないのか?」

 

「違います。あと、前後の脈絡を考えなさい」

 

メーデイアは仲間を省みろと言いたかったはずだ。

死ねなどとキツイ言葉を使ったが、本質はそこじゃない。

ルークもそれは分かっているはずなのに、レフィーヤを言い負かしたいために敢えてそんな事を言っている。

 

「ちょ、ルークぅ!もうやめようよぉ!?レフィーヤ先輩も心配していってくれてるんだよぉ!」

 

「っ……!」

 

「一回落ち着こうよ、ね?慌てないで、みんなで一緒にやれば……ミーちゃんやコールと力を合わせれば、ルークの願いもきっと叶うよ!」

 

ミリーやコールも、その言葉に頷いている。

おそらく、こんなことは何度もあったのだろう。

その度に、彼らは気をもんでいたのだろう。

本当に、何をやっているのか……。

 

(兄さんなら……きっと――――)

 

そこまで考えて、慌ててその思考を消し去る。

あそこまでの悟りきった思想と行動力を要求するなど、正気の沙汰ではない。

あれはあの時代、あの経験をした兄だからこその境地だ。

異常極まるあの考えなんて、誰も持つべきではない。

アルゴノゥトは、人間として大凡真っ当な存在ではないのだから。

 

「うるさい!お前たちまでついてくる必要なんてないだろう!?ドジなお前はどっかいってろ!俺に振り回される必要なんてないんだ!!」

 

その言葉に、ナノは傷つき、コールは悲しみ、ミリーは怒った。

そして、レフィーヤも今の言葉にはイラッときた。

 

前言撤回だ。

少しくらいはあの愚兄を見習わせた方がいい。

そんなに深層に行きたいならティオネやティオナに頼んで白宮殿(ホワイトパレス)体験コースでも用意してやろうか。

暗黒面に沈んだような苛立ち任せの考えをしていたレフィーヤ。

 

「ナノに謝りなさい、ルーク。大義を使って身勝手を正当化しないでください」

 

「黙れ!俺は一人でもいける、いけるんだ!!」

 

「その根拠のない自信は何処から来るんですか?」

 

ヤバい、大分言葉が攻撃的になってきている。

自分でもそれを自覚しているが、かなり限界が近い。

レフィーヤは他の人に比べたらかなり気の長い方ではあるが、それでも限度というものがある。

ましてや人の話を聞かない阿呆の相手など、してられるか。

 

「何も分かってないくせに!世界がどれだけ追い詰められてるか知らないだろ!?」

 

「知ってますよ」

 

「だったら呑気なこと言ってる場合じゃないって分かれよ!!さっきの女も、あんたも、何も分かってないんだよ!!眼の前ですべてを失った人を見たことがあるか!?家族を、故郷を失って絶望してる人を見たことがあるのかよ!?ないだろ!?だったら――――」

 

「もういい、黙れ」

 

もう限界だ。

これ以上付き合ってられるか。

 

「貴方こそ知らないでしょう?故郷と家族を同時に失う絶望を。自分の目の前で肉親が死んでいく悲しみを」

 

自分を愛してくれている両親を、フィーナは失ったことがある。

自分を愛してくれる両親と愛する弟を、メーデイアは失っている。

 

「そして、自分だってすべてを失ったのに、それでも人々のために笑顔を絶やさずに立ち上がった真なる英雄を――――貴方は知らないでしょう?知らないくせにほざくな」

 

失ってもなお立ち上がった英雄をレフィーヤは知っている。

自らの無力を嘆きながらも、必死に笑い続けた彼を知っている。

笑って、笑い続けて、自分たちに笑顔をくれた兄を、フィーナは知っている。

 

「ミリー、ナノ、コール。周囲の警戒をお願いします。彼には一度、身の程というものを叩き込まなければいけないようです」

 

「え、ちょ、レフィーヤ先輩!?」

 

慌てる彼女達だが、レフィーヤは意見を曲げる気はない。

この程度の階層なら、何があろうとすぐに対処できる。

だったら、後はどうにでもなる。

 

「来なさい、ルーク」

 

英雄というものを、教えてやる。

 


 

こうしてダンジョンで発生した行儀の悪い私闘。

品行方正な学区の生徒からしてみれば、考えられないことだろう。

だが、冒険者とはそういうものだ。

まさしく無法者なのだから。

 

この戦いにあたって、いくつかの条件が発生した。

勝った方が負けた方の言い分を飲むという条件などが。

レフィーヤが勝てば、ルークは非を認めて謝罪し探索も指示通りに行う。

ルークが勝てば、レフィーヤは25階層までの探索を行うことになる。

 

勝手な私闘で今後の方針を決めるなど馬鹿じゃないのかとは思ったが、そこは飲み込んだ。

言ったところで意味はないし、そもそもこれはただの出来レースだ。

どちらが勝つのかは、最初から決まっている。

 

「くそ……!どうして!?」

 

ルークの長剣が一向に当たらない。

レフィーヤは長杖を振り回してその剣戟を撃ち落とし、あるいはそのすべてを躱す。

時々反撃がてら杖でルークを殴りつけながら、攻撃の全てをいなす。

前衛であるはずのルークは自分が有利であると思っていたようだが、それは大きな間違いだ。

 

まず第一にレベルが上のものには前衛後衛関係なくステイタスに差が生じる。

レベルというものは、得手不得手を潰していくのだから。

そして第二に、ルークとレフィーヤでは経験値が違う。

前世含めて色々な戦場を見てきたレフィーヤと比べれば、ルークは未熟という他ない。

 

「【道化を乞い願う】」

 

召喚魔法(エルフ・リング)の詠唱は終わっている。

そして今から使うのは、同じ境遇の彼女から貰ったあの魔法。

 

「【ジェスター・レコード】」

 

派閥大戦が終わって一息ついた頃。

雑談がてら、ものは試しと聞いてみたらあっさりと教えてくれた。

他の者だったら使えないだろうけど、レフィーヤなら使えるだろうから、と。

 

「雷霆よ――――」

 

レフィーヤは加速する。

雷を身に纏い、ルークとは一線を画す速度で接近する。

とはいえ、その加速度はベルおろかリューにも及ばない程度のもの。

リューと比べれば、どうにも出力が落ちてしまうようだ。

なぜかと考えていれば、リューが言った。

 

『アルから託されたとはいえ、私のこれは所詮贋作ですから。贋作の贋作を使っていると考えれば、出力が落ちるのも納得では?』

 

そういう理屈なら、納得はできるのかも知れない。

本来の使用者であるリューがそういう考えの下この魔法を使っているのなら、レフィーヤだって影響は免れない。

少なくとも、レフィーヤが何か失敗したわけではないことは確かだ。

だからこそ、レフィーヤは今までこれを使うことはなかった。

他の魔法を使うほうが効果的だし、前衛がいる状況では身体能力を上げるメリットもない。

でも、今は別だ。

格下のルークが相手なのだから。

 

「――――ヘブンズロア」

 

小さく呟かれたそれは、ベルの一撃を模した技の名前。

ベルのように残光として飛ぶ斬撃を放つことなど、レフィーヤには出来ない。

だが、杖を振りながら魔法の要領で放つことは出来る。

ベルほど威力は出ないし、飛距離も出ない。

でも、その一撃はルークにとっては致命的な一撃だった。

 

「!?」

 

長剣が弾かれて、ルークの手を離れて飛んでいく。

その隙を逃すレフィーヤではない。

確実に、より明確に、彼に敗北を分からせるため、レフィーヤは腰からそれを引き抜く。

ベルから預かり装備していた、本物の雷霆の剣を――――

 

「っ……!」

 

「はい、私の勝ちですね」

 

金色に輝くその刃を首元に突きつけられ、ルークは敗北を悟る。

力なく呆然と立ち尽くし、「……そん、な」と呟いている。

慌てて駆け寄るナノやミリーたちに慰められているルークを見て、レフィーヤはゆっくりと歩いていく。

 

「ルーク」

 

「…………なん」

 

彼が返事を言い切る前に、レフィーヤは彼の頬を思いっきり殴り飛ばす。

ぶっちゃけ、これでも消化不良だが我慢する。

思わず倒れる彼を見下ろしながら、彼女は冷たく語りかける。

 

「身の程は知れましたか?私にすら勝てない程度の実力しかないくせに、一人でも下層に行きたいなどとまだ言いますか?」

 

「…………言わない」

 

「それでいいです。今後は少しでも他人の忠告にくらい耳を傾けるようにしなさい。献身と自己犠牲の区別もつかないような子どもであるうちは、なおさら」

 

レフィーヤは最後に大きなため息を吐きながら、ルークと視線を合わせるようにしゃがみ込む。

そして、今度は優しく諭すような口調で彼に語りかける。

 

「いいですか、ルーク。貴方のそれは美徳ではありますが、少し行き過ぎています。自分を犠牲にすれば解決できるなどというものは、ただの思い上がりです。貴方がいなくなることで悲しむナノたちのことを、少しは考えなさい」

 

「……はい」

 

「ナノたちだけでなく、もう少し眼の前のことを見なさい。眼の前の誰かすら救えないものに、英雄を名乗る資格はありません」

 

あの兄(ベル)が語っていたことだった。

それはきっと、アルゴノゥトの思いをすべてを知ったからこそ得た答え。

ベルも、アルゴノゥトも、もう自分を犠牲にするつもりなど毛頭ない。

 

そのことをルークに諭しながら、レフィーヤは彼の頭を優しく撫でる。

突然のそれに驚き目を見開くルークだが、彼女はそんな彼に優しく微笑む。

 

「それと最後に。少しは笑いなさい。自分を笑顔に出来ないものに、誰かを笑顔にすることは出来ません。誰かを救いたいのなら、誰かを笑顔にしたいのなら、常に笑っていなさい。でないと精霊だって、運命の女神様だって、微笑んではくれませんよ?」

 

大好きな兄が語り部に言った、大切な言葉。

レフィーヤたちに笑顔と勇気をくれる、魔法の言葉。

女神にも負けないくらい美しい笑顔を浮かべながら、レフィーヤはその言葉を贈る。

 

ルークがその笑顔に見惚れるように顔を赤くした。

イズンが言うところのアオハル~な展開が、ダンジョンで広がっていた。

ダンジョンにアオハルを求めるのは間違っているだろうか。

多分、間違いじゃないんじゃない?

 

と、そんな時だった。

聞き覚えのある嫌な音が周囲に響き渡る。

 

「よお、学区のガキどもぉ!俺達がプレゼントをくれてやるぜぇ!」

 

見るからに冒険者、という風貌の荒くれた男たちが横を通り過ぎていく。

ていうかあれ、ベルに懐いているモルドとかいう冒険者ではなかったか?

そんなことを考えている間にも、その音は近づいてくる。

 

異常事態(イレギュラー)です。ルーク達は後ろに」

 

「え……?」

 

「でも――――!!」

 

「いいんですよ」

 

ルーク達を庇うように前に出るレフィーヤ。

その顔は、笑っていた。

 

「ちょうど、消化不良だったんですよ」

 

先程のような温かな微笑みではない。

憂さ晴らしが出来ることに歓喜する、どこか猟奇的なものを含んだ恐ろしい笑顔だった。

その後、雷霆の剣を振り回し、階層を荒らしまくりながらその異常事態を全て掃討したレフィーヤ。

最後の方ではあるものの、金策(クエスト)のため偶然居合わせ、それに協力したベートは後にこう語った。

 

『凶器みたいな笑顔だった』

 

と。

 


 

「って言う感じで、ルークに関してはなんとかなりそうです。色んな実習やら教習やらは明日以降ですね。ベルの教訓が活きるのもその時になりそうです」

 

「そうかそうか、なるほど…。なにはともあれ、ひとまず安心出来るな。お疲れ様、レフィーヤ」

 

そしていつもの如くバルドルの主神室で四人で机を囲み、報告会のようなお茶会が開催されている。

お茶やコーヒーを飲みながら、今日の出来事を話し合う。

 

「いやぁ、大変でしたよ~。特にナノからルークを取らないで~みたいなことを言われたりして。意外と人気者になっちゃったんですよ。ねえ、ベル?」

 

「そうですか、それは良かったですね」

 

ベルは話半分にそれを聞きながら、何かを必死に書いている。

仕方ないことなのだろうが、レフィーヤはそれが面白くない。

 

「……ベル?不安になったりしないんですか?私が例えばルークとか、他の男の人のところに行ったらどうしよう~って思わないんですか?」

 

「え?いや、特に……。最終的にレフィーヤさんが幸せだったら、何も問題ないですし……」

 

「…………。」

 

「いふぁい、いふぁいでふれふぃーふぁふぁん(痛い、痛いですレフィーヤさん)」

 

ベルのそのリアクションが面白くないのか、ベルの頬を思いっきり引き伸ばして不服を表現するレフィーヤ。

無言で頬を引き伸ばしているその様子を、レオン達は呆れながらも微笑ましそうに眺めていた。

 

「レフィーヤ、その辺で。ベルはどうでしたか?」

 

「え~っと、こっちは特に進展なしですね。現状の悲惨さを確認できたくらいです」

 

離されたものの、伸び切っている頬を擦りながらベルはそう答える。

そして、しばらくして書き作業を再開させながら、話を続ける。

 

「まさかダンジョンでも全く変化なしだとは思いませんでした。中途半端に強いから、上層程度では問題にならないんでしょうね。ニイナが色々苦労してるくらいで、特に苦戦することなく進んでいってます」

 

「なるほど…。」

 

「ところで、ベルは何を書いてるんですか?」

 

「今日のダンジョンのレポートですよ」

 

「私も経験があるから分かりますけど、なんか量多くないですか?」

 

「イグリンに、ダンジョンで役に立たなかったんだからせめてこれくらいはしろって押し付けられました」

 

「宿題代わりにやれってことですよね?よくレオン先生の前で出来ますね」

 

「やれとは言われましたけど、どこでやれって指定はされてないので。あと、どうせレオンさんのことだから一発で見抜くでしょうし。確認の手間を省いてるんですよ」

 

「まあ分かるには分かるが……。君、そういうところは大分強かだよな」

 

レポートの代筆や偽造などは腐る程見てきた。

所詮子どもの浅知恵なのだから、レオンに通じるわけもない。

ベルにそれらを偽装する類の能力はないし、するつもりもないのだから。

 

「というわけで、他のメンバーの分のレポートも含めてまとめて提出します。確認お願いします」

 

「うん、お疲れ。後で詳しく見ておくよ。あ、イグリンには明日の朝一番に私のところに来るよう言っておいてくれ」

 

「分かりました」

 

書き終わったベルはそれをそのままレオンに手渡す。

イグリン以外はちゃんと課題をこなしていたようで、それぞれの筆跡で綴られたレポートが見えた。

こうなってくると、どうせバレるんだからイグリンの分をやる必要なんてないのでは、とレフィーヤは思うが、そこは一応引き受けたことなので。

任された以上は、ちゃんとこなさなくてはいけない。

 

「あぁ~、疲れた……」

 

「馬鹿正直にやるからですよ」

 

レフィーヤからの呆れた視線が痛いが、宿題が終わった開放感に比べればどうということはない。

凝り固まった身体をほぐすように伸ばしながら、ベルは話を続ける。

 

「どうしましょうか?一応僕がいるから全滅はないですけど、それ以外だと色々危ういところもありますよ」

 

「君に任せるよ。今の君ならきっと、俺達より上手く導けるだろうさ」

 

「期待が重い……。」

 

「よく言うよ」

 

大人には手出しできない問題でも、同じ立場に立てるベルなら解決できる。

実際ある程度の道行きは見えているが、それをどこまで辿れるかは未知数だ。

多感な時期の子どもは、どう転ぶのか全く分からないのが恐ろしいのだから。

 

「さて、ここで君達に問題だ。第三小隊はダンジョンのとある階層で確実に躓くことになる。ベルにはそこを上手くフォローして貰いたいのだが、その階層とはどこだろう?」

 

授業をする教師のように尋ねるレオン。

その答えは、ベルやレフィーヤにとっては明白なものだった。

 

「「12階層」」

 

「その心は?」

 

「連携も技術もない」

「ただのゴリ押しでは通用しなくなるから」

 

代わる代わる答える二人。

あそこは限りなく中層に近い場所だ。

特に課題にもなっているインファント・ドラゴンは、腐っても竜種だ。

強靭なその巨体はそれだけで他を圧倒する武器になる。

レベル3にでもなれば話は別だが、そうでないのならソロでの攻略は難しい。

それを熟知している二人の返答に、レオンは笑みをこぼす。

 

「それが分かっているなら、何も問題はないさ。任せたよ、ベル」

 

「……任されました」

 

困ったようにしながらも、ベルはしっかりと任された。

任された以上は、しっかりやるとも。

 

「あ、ウダイオス斬りに行くタイミングなんだが、実習が終わった後くらいでどうだ?」

 

「え?本当に行くんですか?深層にはトラウマがあるのであんまり軽率に行きたくないんですけど……」

 

「俺達なら大丈夫だって。トラウマを払拭するいい機会じゃないか」

 

「レオン、無理強いをするものではありませんよ。ですが、何があったんです?遠征で危機に陥ったとか?」

 

「レベル4二人だけ、しかも瀕死の状態で37階層に落ちました。その後超厄介な強化種に追いかけ回されてました」

 

「本当に何があったんだ?」

 

一応ジャガーノートのことは話せないのでそれっぽいのに変えて話してみるが、そのヤバさは変わらない。

レベル4二人で、しかも瀕死。

その状態でよく生きて帰れたと思う。

 

そんな思い出話を語りながら、夜は更けていく。

このお茶会は消灯時間直前まで続けられたのだった。

 


 

あとがき

 

ちょっと投稿頻度というものを意識してみるものの、前回の更新から11日。

最近歳のせいか、徹夜がキツくなってきました。

いくら寝ても疲れが取れないっていうか、なんというか。

運動とかしないといけませんね。

 

でも、色々書きたいものもありますしね。

時を渡る道化師もそうですし、ずっと書いてなかった派閥大戦以前のもそうですし。

時間がいくらあっても足りませんね。

精神と時の部屋を持ってる方、いらっしゃったらコメント欄へお願いします。

料金は要相談で、使わせてください。

 

あ、思い出しました。

メーデイアさんの古代組の呼び方について。

ベルくん→ご先祖様

アイズさん→お姫様

レフィーヤ→妹御様

ティオナ→語り部様

ティオネ→争姫様

ガレス→戦士様

ベート→狼帝様

ヴェルフ→ご友人様

リュー→歌い手様

 

みたいな感じです

念の為、書いておきました。

 

以上、あとがきでした。

 

 

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