ベルが派閥体験でヘスティア・ファミリアに戻った翌日。
短い帰郷を楽しんだベルは学区のラピ・フレミッシュに戻り、ダンジョン実習に向かう。
そして、レフィーヤもまた第7小隊とともにダンジョンに向かおうとする。
その両者は、ダンジョンよりも前に変な場所で遭遇することになる。
「おや、妹御様。こんにちは、今日もダンジョンですか?」
「あ、メーデイアさん、こんにちは。ええ、まあ、はい……今日も今日とてダンジョンです」
「そうですか……そういうお仕事なのでしょうが、あまり無理をなさらないでくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
初日以来、二度目のメーデイアの出店と出くわす第七小隊。
レフィーヤとはにこやかに会話をしているが、他の小隊員たちは気まずそうにしている。
特にルーク。
あの日メーデイアを怒らせる原因となった彼は、どうするべきか分からず顔を強張らせている。
「それで、そちらの方々は――――」
メーデイアの注意がルークたちの方に向く。
彼女の感情を乗せていない冷たい視線がルークを貫く。
その視線を正面から受け取ったルークは緊張した面持ちで唾を飲み込み、一歩前に歩み出る。
「先日は、ご迷惑をおかけしました」
そしてゆっくりと頭を下げ、謝罪する。
あの時の自分勝手な怒りを、それをぶつけてしまったことを謝罪する。
「折角のご厚意を無碍にし、店の営業を妨げ、八つ当たりのように怒りをぶつけてしまったこと。そして謝罪に訪れるのが遅れてしまったこと。本当に、申し訳ございませんでした」
「す、すいませんでしたぁ!」
「同じ小隊員として、仲間として、私達も謝罪申し上げます」
「身勝手を言うようですが、どうか謝罪を受け取ってくださいませんか」
ルークと一緒に、ナノ、ミリー、コールの三人も頭を下げる。
彼の責任を、罪を一緒に背負うために。
「…………えっと、貴方達は」
しばらくしてメーデイアが重々しく口を開く。
その言葉に怯えるように体を震わせながらも、ルークたちは決して逃げない。
「誰でしたっけ?」
「…………え?」
しかし、彼女の口から溢れたのは想像していなかった言葉だった。
いつもと変わらぬ声色とテンションで、レフィーヤと話すのと同じようにして。
彼女は首を傾げながらそう言ったのだ。
「生憎記憶力には自信がなくて。一日に何人もお客様を相手にしてると誰が誰だか分からなくなるんですよ。その様子だと何かあったようですが、覚えてないですね」
「メーデイアさん?」
覚えていない。
メーデイアはそう言うが、彼女に限ってそれはありえない。
決して狭くない書斎を埋め尽くすほどの資料の全てを完全に記憶し、書き起こすことが出来るほどの記憶力を持っている彼女に限って。
12年も前に一度訪れただけの幼子のことを克明に覚えているほどの記憶力を持つ彼女に限って。
たった数日前のことを忘れるなど、有り得ない。
それを知っているレフィーヤは疑問を示すように彼女の名を呼ぶ。
「ですが、まあ――――覚えてないということは、その程度の出来事だったということでしょう。何があったのかは知りませんが、一々気にしなくて結構。当事者も覚えてないことを気に病む必要もありません」
覚えていないから気にするな。
全部忘れてやるから、気にするな。
彼女はきっと、そう言っている。
「では、初めまして、私はメーデイア。ただのしがない売り子です。以後、ご贔屓にどうぞ」
彼女は名乗る。
はじめまして、と。
「…………嘘つき」
「おやおや、何のことか分かりませんねぇ」
「よく言いますよ」
「本当ですよ。しかし、そうですね……敢えて申し上げるなら、私は道化の末裔ですから。
メーデイアは笑う。
かつての道化のように、全てを騙し笑顔にするために。
彼女は
彼女は
世界を帰るため、何処かで泣く誰かのため、眼の前にいる少女のため。
誰かのために全てを偽るその在り方を、彼女は肯定するのだ。
「と、いうわけらしいですよ、ルーク」
「いや、しかし――――」
「当事者が覚えてないことを謝り続けるなんて出来ませんから。素直に従うしかないですね。それでも気に病むのであれば、彼女の言う通り今後贔屓にしてあげてください。それがきっと、彼女のためになりますから」
話が飲み込みきれず戸惑うルークを、レフィーヤは穏やかな笑顔で諭す。
その言葉をゆっくりと噛み締めたルークは最後に大きく頭を下げた。
「ああ、道化と言えば、丁度いいタイミングでしたね。ご先祖様も来られてますよ」
「え、うそ!?」
空気を一転させるように、彼女はそう言った。
彼女が指差す方を見れば、店から少し離れた場所でジャガ丸くんを片手に談笑しているベルがいる。
もちろん、ベル・クラネルとしての姿ではなく、きちんと変装した姿だ。
「あれ?レフィーヤさ……先輩?」
「レフィーヤ先輩!?」
「ってことは、第七小隊も一緒なのか」
「人、多い……めんどい……」
「スーパーな僕を見に来たのかな!?」
レフィーヤに気づいたベルが声を上げると、他の小隊員たちもそれぞれがリアクションを起こす。
エルフということで憧れのようなものを抱いてるからだろう、驚いたように声を上げるニイナ。
レフィーヤというより第七小隊を気にしているイグリン、人が増えてことに辟易としているレギ、相変わらずのクリス。
個性が強すぎるメンツを見ながら、レフィーヤはラピとしてのベルに話しかける。
「お久しぶりですね、ラピ。こんなところで何をやってるんですか?」
「え!?え、ええ、お久しぶりです。実はメーデイアさんに呼び止められて、ジャガ丸くんの押し売りにあったので、少し道草を……」
「押し売りだなんて人聞きの悪い。私はちゃんとご馳走すると言ったじゃないですか?」
「代わりに
「あなたそんなことやってたんですか……」
お久しぶりという言葉に一瞬戸惑いながらもすぐにその意図を察し、合わせるベル。
彼が叫ぶようにして言ったメーデイアの手法は悪辣というかなんというか。
いくら借金まみれのファミリアと言えど、ベルの懐はある程度暖かいのであまり困ることではないのだろうが、だからといって売上を伸ばすためのやり方が汚い。
思わず批難するような視線を向けるが、本人はどこ吹く風だ。
なぜ彼女はこうも無駄にメンタルが強いのか。
「さ、気を取り直して妹御様たちも如何ですか?ご馳走しますよ?」
「だからそれの出所ヘスティア様の給料ですよね!?」
「ホントやめてくださいよ!?」
「他ではやらないのでご安心を」
「「当たり前です!」」
お金が欲しいなら渡すのに、とレフィーヤは思うがそういう訳ではないのだろう。
何処まで本気かは分からないが、おそらくいつものタチの悪い冗談だ。
レフィーヤとラピは一緒になってメーデイアにツッコミを入れる。
「……編入生とレフィーヤ先輩は随分仲が良さそうだが、どういう関係なんだ?」
「メーデイアさんの方も含めてですわね」
「「あっ」」
「あらら」
ちょっと顔見知りだった、くらいの関係性にしようとしていたのだが、メーデイアのせいでその計画が崩れた。
どうするべきか迷ってしまうが、あまり長い間黙りこくっていればそれはそれで不自然だ。
「えぇっと、その……」
「じ、実は、僕数年前にも一度オラリオに来たことがあって!お父さんの仕事のお手伝いだったんですけど、その時迷子になったのをレフィーヤさんに助けてもらって!」
「そ、そうです!そうなんですよ!」
「じゃあ、私も便乗して。実はそうなんです~。私もその時ご先祖様と初めて会って~」
「………そのニックネームは?」
「え?あ~、じゃあ昔やったおままごとの設定ってことにしといてください」
「しといてくださいって、絶対に嘘じゃないですか!?」
「うるさいですねぇ……別にいいじゃないですかどんな関係でも。貴方達には関係ないですし」
「投げやりになった!?」
「ほ~ら、ヘスティアの身銭を切って作ってるジャガ丸くんですよ~。冷めないうちにお食べ~」
「やめてくださいって!」
「ああもう!分かりましたよ!私が払えばいいんでしょう!?」
「まいど~」
数年前に一度会ったきりにしては仲が良すぎないか?
その訳の分からないニックネームの由来は結局何なのか?
などなど、色々疑問は尽きない。
だが、メーデイアに向かって金を叩きつけているレフィーヤの叫びを聞けば、それ以上聞くことは出来なかった。
今のなお言い争いを続けようとしている彼女達を見て、何かを言うことが出来る人などどれだけいようか。
「「…………。」」
そして、メーデイアを交えながらではあるが仲良く話をしているラピとレフィーヤ。
それを複雑そうな表情で見つめている二つの視線。
「さてと、ご先祖様たちは食べ終わったのならそろそろお行きになってください。営業の邪魔です」
「無理に引き止めたメーデイアさんが言います!?」
「まあどうせ何もないでしょうが、お気をつけて」
「話を聞いて下さい!?」
「聞いてますよ。聞いたうえで無視してるだけです」
「余計ヒドいですよ!?」
「ほらほら、早くお行きなさい」
手を叩いてベル達を急かすメーデイア。
元々ここで時間を食うのが嫌だったイグリンたちはすぐに荷物を持ち、迷宮に向かおうとする。
ベルとニイナも、それを追うように走り出していく。
「あ、ラピ!あまり無理しないように!何かあればすぐに私達を呼んでくださいね!」
「はい!レフィーヤさんも、お気をつけて!」
手を振りながら見えなくなるまで見送るレフィーヤ。
その姿はまるで姉弟のようであった。
やはりと言うべきか、その様子を複雑そうに見つめる視線が、二つ。
「メーデイアさんに、言われたばっかなのになぁ……」
気をつけろと言われていながら、ベルはこの危機を回避することが出来なかった。
ベートであれば、リューであれば、ティオナであれば、アイズであれば……自分以外の、彼らだったら。
きっとこんな間抜けなことに放っていない。
きっと、この危機も察知して回避していただろう。
今回のこれは、間違いなくベルの落ち度だ。
言い訳するつもりもない。
だからこそ、絶対に彼女達を生きて地上に返さなくてはいけない。
(――――落ち着いて、状況を整理しよう)
場所は15階層。
下部の階層に落ちなかったのは不幸中の幸いだが、それでもレベル2のパーティには少しキツイ階層だ。
階層崩落というアクシデントに巻き込まれ、心身共に疲弊している現状なら尚更。
「ダメだ、こっちも塞がれてやがるっ!!」
今も必死に道を塞ぐ岩盤を除去しようとするイグリン。
だが、いくら神の恩恵を授かった土の民といえど、これをどうにかするには無理がある。
顔を歪ませながら必死に汗を流している姿を見れば、それは一目瞭然だろう。
正規路はもちろん、もう一つの迂回路も潰れている可能性が大。
迂回路の中で一番広いここが潰れているのなら、他も全て潰れていると考えて間違いない。
となると、残る道は――――
「――っ!?みんな静かに!」
そこまで考えて、ベルは足音が聞こえてくることに気がついた。
幸いにもモンスターの足音ではない。
だが、誰が来るかによっては、今後の動きも変わってくる。
生徒たちと有効的な冒険者ならば問題ないが、険悪な冒険者の場合は急いでこの場を離れなくてはいけない。
こんな状況下でトラブルになれば、ただでさえ残り少ない体力を更に浪費してしまうことになるのだから。
「…………。」
腰元にある神様のナイフに手を伸ばすベル。
最悪の場合は、申し訳ないが手を出さなくてはいけなくなる。
イグリンたちもその可能性に思い至ったのか、緊張した面持ちで足音がしてくる方を見つめる。
近づいてくる足音に緊張が高まる中、ついにその瞬間を迎える。
「……ニイナ?」
「ミリー先輩!」
そしてやって来たのは、先程見た顔。
ニイナたちと同じく学区のバルドル・クラスに所属する生徒、第七小隊の三人だった。
全員がホッと息を吐き、歩いてくる三人を迎える。
「先輩たちも巻き込まれてたんですね……コール先輩、怪我を!?」
「大丈夫。止血はしてるし、治さなくていい。この程度の怪我で君の
目に巻いた布を真っ赤にしている姿を見て、すぐに回復魔法を使おうとしたニイナは制止される。
その判断は正しいだろう。
言い方は悪いが、この程度の傷なら放置しても死にはしない。
なら、今は放置するべきだ。
死なない程度の傷を治して、死にそうになったいざという時に魔法が使えないなんて言うことは、絶対に避けなくてはいけない。
「あの……レフィーヤさんと、もう一人いた先輩は?」
「崩落のせいで分断されてしまいましたわ。おそらくは、崩落のせいで下の階層の何処かに落ちたのかと……最悪――――」
「ああ、それは大丈夫です」
崩落のせいでレフィーヤたちの身に起こった最悪を考慮して、ミリーは顔色を悪くする。
しかし、そんな彼女に対してベルはあっけらかんと可能性自体を否定する。
それは大丈夫、そんなことは起こっていないのだと。
「レフィーヤさんは生きてますし、この感じだと先輩の方も無事です。多分大きな怪我もしてないですね」
「やけにハッキリと断言しますわね。根拠は?」
「何となくです」
「はあ?」
ミリーには思いっきり顔をしかめられるが、これ以外に言いようがない。
本当は【道化行進】と【英雄運命】間で行われる共鳴能力による産物だ。
焦ってる感じはしないし、悲しみに暮れている感覚もない。
だったら多分大丈夫だろう。
そのことを感じながら、ベルは少しずつ行動の取捨選択を進めていく。
「先輩たち、どっちの方向から来ました?」
「えっと、崩落前で言うところの………ああ、地図かあるんだね。そうだね、このあたりかな」
「そうですか……じゃあ、こっちの通路も無理。となると――――」
用意しておいた地図に
これで必要な情報は粗方揃った。
「近かったので確かめに来たのですけど、この様子だと無理そうですわね」
「私達と先輩達が力を合わせても、無理ですか?」
「レフィーヤ先輩曰く、崩落した場合地上から専用の装備を使わないとまず復旧は出来ないそうですわ。それに、もし仮に穴を開けることができたとしても、衝撃で二次被害が起きかねないでしょう」
「慣れてない僕達が下手なことをやっても無意味だろうしね。大人しく、出来ることをやっていこう」
「でも――――!」
「冷静になりなさいな、ニイナ!」
先輩たちが来たことで少し余裕を取り戻しそうだったニイナたちは、その言葉でまた苦難に直面する。
帰り道はなく、どう行けば助かるのかすらも分からない。
息が浅くなり、呼吸が乱れていく。
高まり続ける緊張に心が耐えられなくなっていく。
パァァァンッ――――!
と、周囲の岩々に拍手の音が木霊する。
密閉に近いこの状況下だと、よく響くのだろう。
その音に全員がハッとする。
「全員、落ち着いて」
「らぴ、くん……」
「編入生……」
「もう一度言うよ、落ち着くんだ」
いつかのように、優しくも厳しい声色で告げるベル。
乱れていた呼吸は止まり、全員が大きく息を吐く。
そして、ゆっくり息を吸って頭を冷やす。
「焦る気持ちは分かるけど、この状況下で焦ったところで何も変わらないよ。状況を一つずつ、冷静に整理していこう」
全員に見えるように、地図を掲げながらベルは話す。
「まず、全ての迂回路を含めた14階層への道は全て潰れてる可能性が高い。全部を確認したわけじゃないから断言は出来ないけど、確認に行くのはオススメしないよ」
誰よりも弱いはずなのに、誰よりも冷静な彼に何も言えない。
「先輩方含め、僕達が選べる選択肢は3つ。一つは低い可能性に賭けて迂回路を虱潰しに回ること。さっきも言ったとおり、これはオススメ出来ない。次に、正規路付近を目指して移動し救助を待つこと。一番安全だけど、同時に一番精神面での負担が大きい」
「……もう一つは?」
真剣な表情で尋ねてくるミリー。
しかし、その答えはおそらく彼女達も持っている。
故に、ハッキリと目を見据えながら、ベルは下を指差す。
「縦穴を使って、敢えて下の階層を目指す。そうすれば最短で安全を確保できる。危険だけど、一番確実な方法だよ。情報通りなら、階層主のインターバルもまだ先だからね」
言わないが、一番確実な方法は正規路付近で待つことだ。
ベルがいればモンスターが来ても安全だし、アイズがいる以上最短で助けが来る。
でも、この方法は今取れない。
不用意に正体を明かすことができない以上、どうしても彼女達に精神的な面での不安が増えてくる。
それに、レフィーヤのことも気がかりだ。
(階層主のことがあるし……)
冒険者の報告が情報源となっているギルドの情報は、正直当てにならない。
些細だが違和感を覚える内容だったし、レオン曰くこの類の嫌がらせも何度かあったらしい。
そうなれば、レフィーヤはルークという初心者を連れて、どこまで無茶と無理を重ねることになるか。
第七小隊とベルが合流できていることを知らない彼女はきっと、18階層を目指して進んでいるはずだ。
自ら下の階層を目指すことを選択したであろう、第七小隊を助けるために。
「編入生の意見は正しいですわ。私達もそれをしようと思っていたところ。でも――――」
「僕達を守りながら行けるかは分からないって、言いたいんですよね?大丈夫です。自分たちの身は自分たちで守れます」
「出来るんですの?」
「出来ます。今の第三小隊なら、きっと」
目的地が同じで、知らない中ではないのなら共同戦線を張るのは妥当だ。
それに伴う不安を上げるミリーに、ベルはハッキリとした口調で答える。
そのうえでニイナに向き合い、尋ねる。
小隊長としての彼女に判断を仰ぐために。
「ここまで言ったけど、選ぶのは小隊長だから。後は任せるよ、ニイナ」
「え!?私!?」
「大丈夫だよ。どれを選んでもこのメンツなら生還できる」
というより、生還させる。
ベルは、そう決めたのだ。
ならばきっと、この意思は神々ですらも覆せない。
ベルが決意するということは、そういうことなのだ。
「気負わずに、やりたいようにやっていいんだよ。僕達に流されずに、自分が正しいと思った道を進んでいいんだ」
笑顔で茶化すように、ベルは言う。
その笑顔に後押しされるように、ニイナは選ぶ。
これまでずっと、猪突猛進に前だけを見続けてきた第三小隊らしい、進む道を。
「メーデイアさんに、言われたばかりだったのに……」
気をつけろと言われていながら、レフィーヤはこの危機を回避することが出来なかった。
ベートであれば、リューであれば、ティオナであれば、アイズであれば……自分以外の、彼らだったら。
きっとこんな間抜けなことに放っていない。
きっと、この危機も察知して回避していただろう。
と、ベルと同じことを考えているレフィーヤ。
やはり姉弟、兄妹と言うべきか。
まったく同じ思考回路をしているようだ。
そして、何度目になるかわからない崩落による行き止まりを魔法の多重行使による力技でこじ開けていく。
二次被害の懸念も潰しながら、突破していく。
ベルには出来ないことでも、レフィーヤには出来るのだ。
「――雷霆よ」
迫りくるモンスターを雷霆の剣で斬り捨てるレフィーヤ。
崩落の影響で新たにモンスターが生まれることはないが、それでもあらかじめ存在していたモンスターは襲ってくる。
決して数は多くないが、いざという時のために精神力を温存しておきたいレフィーヤは預かりものを存分に活用する。
素人剣技しか使えないレフィーヤだが、中層程度なら余程の群れをなさない限り一撃で倒せる。
しかも、ベルほどではないにせよ大精霊の力を引き出しているのだ。
この程度、何の問題もない。
魔石を的確に砕きながら、レフィーヤは進んでいく。
「………それ、魔剣なのか?」
迫りくるモンスターを雷霆の剣で斬り捨てていると、ルークにそう尋ねられた。
初日の大暴れでも使用し、今日に至ってはあの日以上に酷使されている剣。
それを見ながら、ルークは違和感を覚えた。
魔剣には使用限度がある。
一定の回数魔法を使い切れば、砕けてしまうという制限がある。
だが、レフィーヤの持つそれは明らかにその制限がない。
普通の魔剣ならば、もう三度は自壊しているだろう。
「ん?これですか?違いますよ。これは武器化した大精霊です」
「大精霊!?」
「あ、言っておきますが私のものじゃありませんからね?ただの預かりものです。嫌な予感がするから持ってろって言われて……過保護すぎるんですよ、あの人。まあ助かってるからとやかく言えないんですけど」
渡してきた張本人を思い出しながら少し辟易とした表情のレフィーヤ。
だが、ルークは驚きを隠せない。
精霊とは、珍しいものではあるが驚くほどの存在ではない。
市政に溶け込んだり、あるいは自然溢れる場所などには存在が確認できる。
現に、ルークも何度か目にしたことがある。
だが、大精霊ともなれば話は別だ。
かつて多くの英雄たちと共にあり、人々を救ってきたまさしく伝説の存在。
「ロキ・ファミリアが所有しているもの、なのか……?」
「それも違います。個人的な繋がりのある、兄のような人のものです」
その証言はオラリオに武器化した大精霊を所有している存在がいることを示している。
それも、都市最大派閥のロキ・ファミリア以外で。
とはいえ、レフィーヤの周りには大精霊の力を持つ存在が割といる。
全員身内だが。
アイズ(推定)―――明言こそされていないが、ほぼ確実に風の大精霊由来の力を持っている。
ベル―――さっきも言ったとおり、武器化した雷の大精霊を魔法として保有している。
ヴェルフ―――血に炎の大精霊を宿しており、スキルとして彼に力を貸している。
これに偽物ではあるものの、魔法で炎と雷の大精霊の力を再現できるリュー。
そして、大精霊の加護という形で部分的に権能を行使できるメーデイアが加わる形だ。
魔道士泣かせのトンデモ連中だと思う。
超短文詠唱、もしくは無詠唱で魔道士を超える魔法を使わないで欲しい。
ベルなどは斬光を使って距離を殺してくるのだから、余計にヒドい。
そのくせ自分は魔法無効化を持っている。
リヴェリアですら、今のベル相手には成すすべがないだろう。
ていうか、今の世界にベルを倒せる魔道士など存在するのだろうか?
(※存在します。貴女達の最大の障壁です)
しかも、なんでだろう?
このことを考えれば、ヴェルフとアイズがベルを挟んだ状態で満面の笑みを浮かべながらピースサインをしている姿が頭に浮かんでくる。
自分の想像でしかないが、大変腹立たしい。
「貸してくれ、なんて言わないでくださいよ?契約した本人や繋がりのある
「それだけ魔法を連発しておいて?それでも充分無法に思えますけど」
「この程度、本来の力の十分の一以下ですよ。本物はもっと――――あっ」
この程度が無法なら、あれは
アルゴノゥトですらそれだけの力を発揮できたのに、今は肉体強度的に世界屈指のベルが使用しているのだ。
本気を出せばどうなるか……。
その答えはきっと、あの森の一撃なのだろう。
そこまで考えて、レフィーヤはあることを思い出した。
ベルのことを考えていたら、つい先日起こったあのことを連鎖的に思い出してしまったのだ。
今すぐにでも抹消したい黒歴史だが、この際だ。
ハッキリさせておいた方がいいと考えた。
「そう言えばナノたちに言われたんですけど、ルークって私に気があるんですか?」
レフィーヤが作った氷の通り道を歩いていると、彼女は突然そんなことを聞いてきた。
その言葉に思わず頭を思いっきり打ち付けるルーク。
心配そうに見つめる彼女を睨みつけながら、彼は顔を真っ赤にする。
「な、なっ、何言ってるんだぁ!?そんなわけないだろうッッッ!!ていうか、なんで剣の話からいきなりそんな話になった!?」
「ナノたちからそれとなく聞いてると思うんですけど、私好きな人がいるんですよ。その人がこの剣の本来の持ち主だから、つい思い出しちゃって……その様子だとナノの勘違いだったみたいですね。すいませんね、変なこと聞いちゃって」
「あんたなぁ……!!」
「いやぁ、良かった良かった。あんなにぶっきらぼうな癖に好きとか言われたらどうしようかと……」
「ホントに黙ってろよ!!」
嬉しそうに言うレフィーヤに、ルークは怒鳴る。
まったく、レフィーヤのことなどこれっぽっちも好きではないが?
そんなことを言われたら、腹も立つ。
色々な感情がごちゃまぜになって、怒りたいのか泣きたいのか分からなくなってくる。
好きではないが?
そもそも本人に尋ねるやつがあるか。
こいつ、どんな思考回路をしているんだ。
「…………その剣」
「はい?」
「その剣の持ち主、どんな奴なんだ?」
何となく気になって、思わず聞いてしまった。
別に?恋敵というか目下の最大の宿敵というか、そんな相手のことが気になったわけじゃない。
大精霊の力などを使っている冒険者に興味があるだけだ。
決して敵情視察をしようとか、そういうわけではないのだ。
「――――とても優しくて、それと同時にとても危うい人です」
「危うい?」
「いつ死ぬか分からないというか、なんというか……昔っから、見ていてとても危なっかしいんですよ」
「それは、少し前の俺みたいに?」
「う~ん……ルークとは少し違いますね。あの人は絶対、途中で投げ出すような真似はしませんから。大きな目標を自分で作って、それを為すために走り続けて、絶対に成し遂げる。道半ばで倒れる、なんてことは絶対にない」
彼は成し遂げた。
成し遂げてしまった。
誰もが馬鹿げた理想だと嘲笑うような、大望を。
そのすべてを賭して、成し遂げてみせた。
でも、彼はそれに満足して逝ってしまった。
「じゃあ、何が危ういんだ?道半ばで倒れることがないなら、何も心配ないだろ?」
「その道を走り抜けてしまった後が危ういんですよ。勝手に思い詰めて、勝手に結論を出して、勝手に満足して逝っちゃうんですから。あるいは、最後の戦いでそのまま帰らなくなるかも知れない。どっちにせよ、残された私達はたまったもんじゃない」
勝手に思い詰めるな、勝手に結論を出すな、勝手に満足するな。
―――勝手に、死なないで。
世界を救った彼を、救ってしまった彼を、もう二度と呪いたくはないのだから。
「ルーク、初日に言ったこと覚えてますか?」
「俺がいなくなることで悲しむナノ達のことも考えろ、だろ?覚えてるよ」
「その言葉、忘れないでくださいね。私達みたいな思いをする人は見たくないですから」
その言葉に、ルークは静かに目を見開く。
語る彼女の表情は暗く沈んでおり、後悔がにじみ出ている。
それが指し示す事柄は、たった一つだ。
「……あんたは、誰かを喪ったことがあるのか?」
「――――何度も私を助けてくれたあの人を、私を愛してくれたあの人を、私のために怒ってくれたあの人を、かけがえのないあの人を、私は守れなかった。私はずっと守られていたのに、守ることが出来なかった」
懺悔するように天井を見つめながら、レフィーヤは語る。
「私はあの人に、穏やかに死んでほしかった。子どもに囲まれて、孫に囲まれて、今まで助けてきた多くの人々に見守られて、ベッドの上で眠るように、穏やかな最期を迎えてほしかった」
でも、それは叶わなかった。
「この剣の持ち主も同じです。彼は……兄さんは、誰かのために戦い続ける優しい人だから。誰かのために泣ける、強い人だから。だから同時に、とても危うい」
生まれ変わっても、肝心なところは何も変わらなかった。
口では死なないと言ってるし、心の底からそう思っているのだろう。
でも、どれだけ彼が思いを尽くしても、安心できない。
ふとした瞬間にいなくなってしまいそうな儚さを、彼は昔から持っている。
いっそのこと、田舎で畑でも耕してくれていたらどれだけ良かったか。
とはいえ、そうなっていれば、自分たちはおろか都市自体も消失していることは確定なので、何も言えないのだが。
「――――ま、そんなところが大好きなんですけどね!」
空気を一転させるように、レフィーヤは明るく告げる。
先程までの告解のような雰囲気がまるで嘘のように、彼女は明るく笑う。
「誰かを守れる強い兄さんを、自分を守れない弱い兄さんを、私達は愛している。誰かのために泣けるあの人に、私達は心の底から恋している。強くて弱くて危うくて……それでいて、誰よりも優しい。この剣の持ち主は、そんな人です」
それは何よりも深い愛情だった。
性愛、親愛、恋愛、神愛、情愛、博愛、仁愛、忠愛、敬愛、憐愛、渇愛。
それらやそれ以外のどの愛とも違う、彼女達だけの愛の形。
それを間近で見せつけられたルークは。
それを喉元に突きつけられたルークは。
何も言えなくなり、静かに目を伏せる。
ミリーリア・ソルツの違和感が確信に変わったのは、二回目の縦穴を抜けた後のことだった。
ようやく17階層にまで落ちることが出来た彼女達は強い疲労と充足感に襲われていた。
疲労は言うまでもなく、度重なる戦闘とアクシデントによるものだ。
だが、充足感とは一体何なのか。
それはきっと、この極限状態でもベストを尽くし続け、戦い続けていることへの自信と満足だった。
ダンジョンに潜って早一日弱。
第三小隊と合流したおかげで補給物資も分け合うことが出来るようになった。
崩落した直後の絶望はもう殆ど残っていない。
最初の頃に感じていたあの緊張感と危機感は、遥か彼方に置いてきた。
学んだことを生かし、教わったことを体現し、ダンジョンで戦えている自分たちを誰もが誇らしく思えるようになってきた。
そして、それが異常であることに、ミリーリアはようやく気づくことが出来た。
(こんなこと、普通はありえないはず……)
学区の生徒たちは須らくダンジョン初心者だ。
レベルという垣根を超えて、オラリオですらも一端の戦力として数えられるレベル3に至った者ですらも、ダンジョン探索においては同レベルの冒険者とは大きく劣ってしまう。
レフィーヤはレベル2の冒険者が補給無しで活動できる限界は約一日だと説明した。
だが、ダンジョンに慣れていない学区の生徒たちではその半分程度が限度だ。
無駄な動きをなくしきれず、非日常であるが故の緊張感が常に漂い続け、その精神すらも削り続けるこの場所では、未熟な子どもほど先に倒れていく。
その典型とも言える学区の生徒たちは、ダンジョンでは大きく遅れを取ってしまうのだ。
「みんな、そろそろ一旦休憩を挟みましょう!」
まただ。
限界が近づく前、自分自身すらもその疲労に気づけていないのに、彼は的確に休息を進めてくる。
ラピ・フレミッシュ。
オラリオで合流した編入生。
イグリン曰くダンジョンマニアの変わり者。
だからなのか?
だから、誰よりも冷静で的確な行動を取れているのか?
いや、違う。
これは知識だとか、知恵だとか、そういう類のものではない。
これは、経験則だ。
彼は知っている。
ダンジョンでどのように動けば最適に近い行動が出来るのかを。
彼は知っている。
どんな疲労がどのくらい溜まれば、動きにどのような変化や支障が出始めるのかを。
数え切れないくらいの死線を潜り、数え切れないくらいの戦いを経て。
それらの感覚を、その身が学習しているのだ。
学区に来て間もなく、恩恵すらも授かったばかりの子どもが。
自分よりも幼く、15にも満たない子どもが。
誰よりも、死というものを熟知しているのだ。
(ラピ・フレミッシュ……貴方は一体、何者?)
そして何より、縦穴から16階層に落ちた直後、モンスターの群れと遭遇した時のこと。
通り道となる広間を進むため、一体となってモンスターの相手をしていたのだが、あの時の様子もおかしかった。
あの時こそ、初めて違和感を覚えたのだ。
ライガーファングやミノタウロスたちが集団になって襲いかかってきた。
近接戦闘を主体とする第三小隊の三人とは前衛として戦っていた。
中衛と前衛は入り乱れるように戦い、後衛とサポーターのラピはひたすらその援護をしていた。
余裕はあった。
だが、油断もあった。
これだけの人数がいて、適度な緊張感とともに余裕が確かにあったのだ。
ラピ以外全員がレベル2という中層では破格とも言えるパーティ。
しかも、エリートとも呼ばれる第七小隊である自分たちと、個が強すぎたせいで落ちこぼれと呼ばれていたものの、実力だけは高かった第三小隊。
成長し、集団としても機能するようになった彼らは頼もしかった。
だからこそ、余裕があった。
そして、その隙を突かれてしまった。
間をすり抜けるように迫りくる二体のライガーファング。
それは弓使いとして一歩前に出ていたミリーリアに牙を向ける。
『ミリー先輩!!』
誰かの叫び声が聞こえてくる。
それと同時に、ミノタウロスの咆哮も聞こえてくる。
背後にはミノタウロス、そして前方にはライガーファング。
ミノタウロスたちはおそらく、自分の後ろにいるニイナとナノ、その更に後ろにいるラピを狙うだろう。
ナノはレベル3になっているとはいえ後衛、ミノタウロスが相手では分が悪いし、数が多ければそれだけ不利になる。
他人の心配ばかりしてしまうが、ライガーファングは自分を狙っているのだから、それを忘れてはいけない。
どうすればいいのか分からなくなる。
判断が遅れる。
誰を助ければいいのか迷ってしまう。
その結果、何も出来なくなる。
眼前に迫る凶器にミリーリアは対処できないし、ミノタウロスの凶行も止められない。
その一撃は、ダンジョンで前に進もうとしていた彼女達に絶望を植え付ける……筈だった。
鐘の音が聞こえる。
聞き間違えかとも思ったが、それは違う。
血生臭いダンジョンには不釣り合いな、穏やかでキレイな音だった。
瞬間、一体のライガーファングの首が落ちる。
その事実を正しく認識するよりも前に、小さな影が飛び出し、残る一体を蹴撃する。
たった一撃で首の骨が折れてしまった哀れなモンスターは崩れ去る。
髪の隙間から除く赤い瞳は、その様子を冷淡に見つめていた。
ここまで来てようやく、何が起こったのか理解出来た彼女は慌てて後ろを確認する。
見れば、そこには同じく灰になって消えていく三体のミノタウロスたちがいた。
彼が何をやったのか、理解出来なかった。
エリート小隊として様々な戦いを駆け抜けたと自負するミリーリアですら、その片鱗すら伺えないほど一瞬の間に全てが終わっていた。
『今、何が起こったのぉ?』
ナノの小さな呟きが木霊する。
その答えはきっと、ラピ・フレミッシュ以外は持ち合わせていない。
誰も理解できない、誰も認識すらできない。
どれくらい強いのかすら、見当もつかない。
だが、それでもたった一つだけ理解出来たことがある。
それは眼の前でそれを見たミリーリアだけが分かった事。
ライガーファングの首を落とした最初の一撃。
あれはきっと、レオンの一撃だ。
丘を斬り、竜を斬り、城すらも両断してみせた、あの一撃。
学区で一番優秀な剣士であるルークすらモノにすることが出来ていない、英雄の一撃。
その一撃をいとも容易く行使するラピ・フレミッシュ。
彼は首を傾けながらゆったりとミリーリア達を見つめる。
前髪から除くその赤い瞳は、確かな強者としての貫禄を感じさせた。
…………
………
……
…
17階層から更に下へ降りるための道を探しながら歩く第三・第七小隊たち。
その
ラピが立派な戦力として数えられると分かり、今まで以上に突破力に力を割くようになった形だ。
ミリーリアは完全な中衛に、ナノは後衛と中衛の間を行き来するような役割に。
パーティの要とも言える
必然的に、一番後ろをニイナとラピの二人は歩くことになっている。
期待や希望を胸に前を向いているニイナに、ラピは他に聞かれないように話しかける。
「ニイナ、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だけど……急にどうしたの?」
「ん~……いや、小隊長なのに僕が色々口出しするから、ヤキモキしてるんじゃないかって思っちゃって……」
「そんなことないよ!むしろ、大助かりだし!」
「それならいいんだけど」
何かを思うように口元に手を当てるラピ。
その様子を疑問に思っていると、ラピは意を決したように口を開く。
ニイナからしてみれば、思いも寄らない言葉を。
「一昨日のこと、覚えてる?」
「インファント・ドラゴンを倒したよね?それがどうかしたの?」
「それもあるけど、その後。ニイナ、お姉さんと会ったよね?」
「――――それが、どうしたの?」
ニイナの声が一段階低くなる。
彼からその話題を出されるとは思わなかった。
決して起こっているわけではない。
だが、それでもどう返せばいいのか分からなくなり、緊張感とともに声が低くなる。
様子が変わったニイナを一度見た後、それでもラピは話を続ける。
「実はさ、あの時お姉さんの後を追って話を聞いてきたんだよ」
「…………。」
「勝手なことして、ごめんね」
表情を失い黙り込むニイナに、ラピは謝る。
歩くスピードも変わり、パーティから少し離れてしまう。
この程度なら大丈夫だからこのまま話を続けさせてもらう。
きっと、ニイナはこの話を聞かれたくないだろうから。
「…………気に、しなくて、いいよ……あれだけ様子がおかしかったら、そりゃ気になるよね?」
「どんな大義名分があろうと、僕が君のプライバシーを土足で上がり込んだことに変わりはないから。本当に、ごめんね」
「…………本当に、気にしないで」
ニイナの声は小さくなっている。
俯いて、何を言えばいいのかも分からなくなる。
でも、ラピはそれでも話を続ける。
「話を聞いて、お姉さん側からの事情は何となく分かったんだ。でも、君がそういう行動に出る理由が、よく分からなかった」
「…………。」
「勝手に首を突っ込んだお詫びじゃないけど、僕で良ければ話を聞くよ。そうすることは僕の責任だろうし――――何より、友達が悩んでるのは見過ごせないからさ」
その言葉に、ニイナは目を見開く。
俯いた顔を上げると、優しい笑顔を浮かべる彼がそこにいた。
「レオンさんに連れられて学区に来て、右も左も分からなかった僕に、ニイナは優しく手を差し伸べてくれた。本当に、嬉しかったんだよ?あの時僕は、本当に救われたんだ」
髪の隙間から赤い瞳が除いている。
その瞳は穏やかに細められ、慈愛に満ちていた。
「だから今度は、僕に君を救うお手伝いをさせてくれないかな?」
誰よりも優しいその瞳に、ニイナは戸惑う。
戸惑って、もう一度俯いて。
迷いに迷って、髪を揺らしながら顔を上げる。
やがて、ゆっくりと話し始めた。
「お姉ちゃんはさ、本当にすごくて、自慢で、私の憧れだった」
「うん、レオンさんに聞いたよ。とても優秀な人だったって」
「すごい人で、そんなすごい人が、自分の姉で……姉だったから、私は、思い上がっちゃった」
絞り出すようにポツリポツリと語り出すニイナ。
文章というより単語を溢すようなその話し方に、ラピは笑顔を消して真剣に聞き入る。
「小さい頃なんかはさ、ちゃんとお姉ちゃんの真似出来てたんだけど、学区に来てからは全然で。真価を発揮する過酷な環境では、私は何も出来なかった。お姉ちゃんは私なんかより、よっぽど優秀だって、突きつけられた」
「…………。」
「学区に入学した理由だって、大違いだった。身体の弱いお母さんを支えるために来たお姉ちゃんと違って、私はただその足跡をなぞっただけで。そんな自分が、本当に惨めで、嫌だった」
自ら道を切り開いたのではなく、自身の理想を持って道を選んだのではなく。
ただ、なんとなくその道を辿ってしまった。
「今戦技学科にいるのだって、たまたま適正があっただけ。お姉ちゃんに出来なかったことやって、自尊心を満たすためだけ。みんなやラピくんとは、違うんだよ」
「手紙の返事をしないのは、それが原因?」
「…………出来なかったの。勝手に比べて勝手に負けて、夢も理想のなくただ逃げ続けてる私に、優しいお姉ちゃんの手紙は、眩しすぎて…………!」
前にはきっと、聞こえていないのだろう。
前にはきっと、見えていないのだろう。
でも彼女は今、静かに涙をこぼす。
自らを恥じ続ける彼女は、自分自身を呪いながら。
悔し涙を溢すのだ。
「――――僕の、お義母さんさ」
涙をこぼす彼女に、ベルは静かに話し続ける。
「僕のお義母さん、本当にすごい人でね。大抵のことは一回見れば完璧にこなすし頭だっていい。腕っぷしだって強くて、あの人が負けてる姿なんて一回も見たことがない」
「…………ラピくん?」
「そんな人に、色々あって、色々なことを教えてもらうようになったんだけどさ、全然うまくいかなくて。『お前が理解出来ないことが私には理解出来ない』なんて言われちゃうくらい、僕はダメダメで。あの人の
優秀な育て親への劣等感。
ニイナと同じ境遇で、同じ感情を、ラピも抱いていた。
「でも、いつの間にか劣等感なんてどうでも良くなっちゃったんだよね」
「…………それは、なんで?」
「あの人が、笑ってくれたんだよ」
当時を思い起こす彼の穏やかなその語り口に、ニイナは聞き入っていた。
「お義母さん、おじさんに任せっきりで料理しない人で。あ、お義父さんじゃないよ?お義母さんとおじさんね。家庭環境が若干複雑で申し訳ないけど、これだけは間違えないでね?間違えたら大変なことになるからさ」
「う、うん…………」
「ごめんね、本当に。でさ、当時の僕はお義母さんが料理できないと思い込んじゃって、料理でお義母さんを見返してやろうって思ったんだよね。今考えれば馬鹿げてる。ていうか、あの人やらないだけで出来ない訳じゃないだろうから、考え自体が間違ってるんだけど」
「…………うん」
「お義母さんに教わってる中でも時間を見つけて、少しずつおじさんに料理を教えて貰ってたんだ。それで、ある日その発表というか驚かせるためにクッキー作って渡したんだよ。お義母さんの誕生日だったかな?」
誕生日にプレゼントとして、初めて手料理を振る舞った。
当然、それは子どもが作ったお粗末なもの。
人に食べさせられるようなものではなかっただろうと、ラピは語る。
「それでもあの人、笑ってくれたんだよ。僕の考えをどこまで見抜いてたのかなんて分からないけどさ、それでも笑ってくれた。滅多に笑わないような気難しい人だったんだけど、穏やかにニッコリと、義息子の僕が見惚れちゃうくらい、キレイに笑ってたんだ」
義母から呪いを受けたあの日と同じように、笑っていた。
「子どもの小さな意趣返しでも、あの人は穏やかに笑ってくれた。その笑顔を見たらさ、もう色々馬鹿らしくなっちゃって。比べることになんて意味はないって思い知らされたし、それ以上に嬉しかった。僕が逃げた先にあるものでも、あの人を笑顔にできたんだから」
それは愚かな彼を笑っていたのかも知れない。
子どもの可愛い反抗だと、相手にしていなかっただけかも知れない。
それでも、あの義母が笑ってくれたいうその事実が、何よりも嬉しかった。
「だからきっと、ニイナは自分を恥じる必要なんてないんだよ。逃げた先でも、誰かを救うことはきっと出来るんだから。現に僕は、君に救われた。僕だけじゃない、イグリンやレギ、クリスも」
ラピ・フレミッシュは、第三小隊のみんなはニイナに救われているのだ。
彼女が懸命に言葉を尽くして、行動を尽くして、訴えかけ続けたから、今がある。
でなければ、ラピが何を言おうとあの時一つになることなんて出来なかった。
「何も持てない自分を呪う必要はない。その分君は多くのものを持てる。今まで持てた多くのものを糧にして、ゆっくりと目標を見つけていけばいい。焦る必要なんてどこにもないんだよ。君はまだ――――若いんだから」
先達者のように諭す彼に、ニイナは小さな笑みをこぼす。
「ラピくんだって、歳大して変わんないくせに……」
「年季が違うよ、年季が。僕があの人にどれだけ悲惨な思いをさせられてきたか」
思い出すのも嫌になるくらい、本当に酷い目に遭わされた。
話を百人が聞けば、その全員が虐待だと断じるレベルの所業を受けてきた。
それを望んだのは自分なので何も言えないが、もう少し手心を加えてほしいと何度思ったことか。
「それに案外、君はとっくの昔に目標を見つけているのかも知れないよ?」
「え?」
「自分のことは自分が一番分からないものだからね。君が逃げたと思った選択でも、それは他者からしてみれば苦難の道を選んだと思われるかも知れない。世の中、自他での認識の差というものは意外と大きかったりするものだ」
自分では純愛だと思っていても、他者からしてみれば狂愛だったり。
自称・か弱くて繊細な身体の義母が、世界最強だったり。
「ま、いずれ分かることだよ。後から思い返してみれば、今の葛藤だって笑い話になるかも知れない。君が自分の心の叫びを、震えを、踊りを、高鳴りを、それらの『感動』を感じることが出来たその瞬間こそが、すべてを変えてくれる。認識の全てをひっくり返してくれる」
瞳を閉じて、詩人のように歌いながら、ラピは笑う。
「今はただ、その運命の瞬間を待ちながら笑おう。でないと、運命の女神様も微笑んでくれないからね」
その瞬間を、その運命を、いずれ来る感動を確信しながら、ラピは笑う。
彼は道化、彼は導者。
世界を笑顔にする盲目の詩人は、歌う。
あとがき
本編ベルくんとの一番の違いは、ニイナに共感できるかどうかだと思ってます。
エイナさん以上の化け物が身内にいるベルくんにとって、ニイナの感情は身近なものだったんじゃないかなって思った結果、こうなりました。
あとは、アルゴノゥトの有無。
あの英雄、オリンピアに行ったり盲目の詩人として古代三大詩人になったり色々やってますからね。
出来ないことを諦めて、それでも足掻いた先に道はあるとベル君が知ってるのも大きいと思います。
そして、大変申し訳ございません。
長くなりすぎました。
そして、終わりませんでした。
次でゴライアス倒して、修学旅行行って、お義母さんがおじさんをボコボコにして学区編は終わります。
多分比較的早く書けると思うので、しばしお待ち下さい。
短くて申し訳ございませんが、あとがきは以上です。