「離してください、ベート!!」
「だぁかぁらぁ!!あいつらが無事だってことは俺達が一番良く分かってるだろうが!!共鳴が何も言ってこない時点で問題ない!!」
「でも!!」
15階層が崩落した直後のギルドにて。
今すぐにでも飛び出していきそうなほど暴れる剣姫を押さえつける凶狼。
下手な行動をすれば、通路の開通を急いでいる冒険者たちの邪魔になる。
それを分かっているベートは必死にこのバカを羽交い締めにしながら説得しているのだが、聞く耳を持とうとしない。
「第一、今のあいつらが中層如きで死ぬか!!浅けりゃ深層に落ちても無傷で帰還できるわ!!」
「そういう問題じゃないんですよ!!嫌な予感がするんです!!」
「気持ちは分かるが落ち着け!!」
流石のベートも、ベルたちからの共鳴が何かを言ってくるなら彼女と一緒になって突撃しただろうが、彼らの方からはうんともすんとも言ってこない。
だったら、通常時と変わらない程度の心持ちか、あるいはある程度の危機的状況でも地上にいる自分たちを心配させない余裕があるかのどっちかだ。
どっちにしろ、その程度の状況下であの二人が死ぬわけがない。
「はぁ……騒がしい奴らじゃな。他の邪魔になるから、やるなら外でやれ」
「そういうものじゃないぞ、ガレス。いつだって、恋する乙女は止められないものさ。ヘラの連中みたいに」
「やめい、記憶の彼方に置いてきた暴虐の化身どもを思い出させるな」
「……そのまま記憶の彼方にいてくれたら、いいんだけどな」
「言ってないでお前らも手伝え!!」
「いや、私は生徒たちの救出があるし」
「儂は穴を掘らんといけんし」
「「だから頑張れ」」
「このクソドワーフども!ふざけやがって!」
アイズ達と一緒に来たガレスの横に立っているのは、白銀の甲冑を身に纏ったレオン。
ダンジョン内に取り残された生徒たちの救出を急ぐため、フル装備でここを訪れたのだ。
とはいえ、ダンジョン内の状況や他の冒険者の動向を知らないことには動きようもない。
だからこうして少し様子を見ながら話をしているのだ。
そして、その時だった。
とある嫌な会話が聞こえてこたのは。
「おい、やべえよ……戻ってきた連中が、15階層から先に進めねえって……」
「探索慣れしてる冒険者なら、18階層を目指す……きっと学区のガキどもだって。お、俺達が階層主の情報を偽ったせいで、一体どれだけの連中がヤベェ目に遭うか……」
「し、知らねえよ!ちょっとビビらすだけでっ、こんなことになるなんて思わなかったんだ!」
冒険者たちの狼狽える声。
その声は雑踏の中で消えそうになっても、ベートとアイズの耳に届いた。
二人は揃ってその冒険者たちの方を向き、血走った目で睨みつける。
「「ッざけんな、ゴラァッ――――!!」」
そして、二人揃ってその冒険者たちに殴りかかる。
古代を生きて、情報の有用性やそれが誤ったものであった場合の危険性を、二人はよく知っている。
ましてや、ただでさえ何が起こるかわからないダンジョン内の情報なのだ。
それが意図的に歪められるなど、到底許せるわけもない。
そうこうして、ギルドが更に混沌とする中。
二人のアマゾネスたちも到着する。
「ガレス!」
「ん?ああ、お前らか。クロッゾとリューはどうした?」
「あいつらはヘスティアのところだ。それより、状況は?」
「15階層から三層分崩落した。規模こそ大きいが、これ自体は大して珍しくもない。じゃが、学区の生徒への嫌がらせとして、ゴライアスの情報が歪められとった。おそらく、ちょうど
「はぁ!?誰よそんな馬鹿なことした奴!?」
「今ベートとアイズが殴っとる奴じゃ」
「ティオネッ!」
「任せろ。地獄を見せてやる」
ベートとアイズに合流する形でティオネも加わった。
死にはしないだろうが、死ぬより酷い目に遭うのは確実だろう。
まあ、自業自得なので同情はしない。
「ガレス。ギルドの情報から残っている生徒の数が判明した。悪いが、私は救助に向かわせてもらう」
「相、分かった。ティオナ、レオンを手伝ってやれ。どうせここにおってもやることはないし、穴掘りの方は儂らだけで事足りる」
「了解。アイズもある程度落ち着いたらクロッゾ達と一緒にこっちに寄越して。開通次第、17階層まで一気に下る。地上での取りまとめはティオネとガレスに任せるわ」
「はぁ……アポロンの時に次いで、また貧乏くじか」
「ぶつくさ言ってないでやりなさい」
「分かった分かった、やってやるわ。後は好きにせい」
不貞腐れて追い払うように手を振るガレス。
彼を尻目に、ティオナとレオンは走り出す。
あらかじめ指示をしていたのだろう。
学区の教員と思われる人物たちもそれぞれ動き出す。
その中でも、レベル7の二人は一歩も二歩も先に進んで行く。
「さて、こうして話すのは初めてだな、【
「やめて、その名前好きじゃないの。ていうか、話すも何も初対面でしょう?」
「私が一方的に知ってるだけだ。ていうか、メレンであれだけ騒いでたら嫌でも知る」
「あぁ~……」
スピードを一切緩めることなく、二人は進んでいく。
その中でも余裕で会話が出来るのは流石という他ないが、会話の内容があれだった。
アイズと違って、少しやりすぎてしまった自覚はあるティオナだ。
旗色が悪くなり目線をそらす。
「反省は、一応してるわ。でも、あれはベルも悪い。折角学区の生徒として他の派閥に行けるんだから、
「情報管理は何処に行ったんだ?他派閥と知って招き入れるのはダメだろう?」
「大丈夫よ、ベルだし。元々協力体制を作ろうって話も上がってるし、ベートが出ていった時点で今更ね」
「君達がよくても、他の団員はどうなんだ?」
「それも大丈夫。今のロキ・ファミリアはベルに対してかなり激甘だから。半ばファンクラブ化してるわ」
「何があったんだ?」
「ファンクラブ筆頭はフィンで、歓迎派の代表はガレス。リヴェリアはアイズのことがあるから、ベルに対して何も言えなくなってるわ。ロキは黙らせる」
「おいどうした三首領、そして
この半年ちょっとで色々なことをやりすぎだろう、あの最強ハイブリッドは。
大体のことはフェルズから渡された情報で知ったが、肝心なことは聞いてもはぐらかされるだけだ。
ここで彼女に聞いたとしても、答えてはくれないだろう。
「はぁ……ほんと、何があったんだか。ベル関連で頭を悩ませるのはあいつのことだけで充分だってのに」
「あいつ?それって【暴食】のザルドのこと?」
「ん?あぁ~……似たようなもん……ではないな。似てるなんて言ったらザルドに殺される。まあ、当たらずとも遠からずって感じか」
「?」
「そんなに気にしなくていい。あと一ヶ月もすれば嫌でも分かるようになる」
答えないのはレオンも一緒だった。
ベルの意向もあるにはあるが、それ以上にレオン自身が彼女の話をしたくないのだ。
名前を言ったら来そうだから。
ていうか、名前を言うだけで当時を思い出して嫌になる。
「あいつの話は置いておいて、少し急ぐか。生徒たちが心配だし、ベルやレフィーヤも可能なら回収したい」
「ベルとレフィーヤは後回しにしなさい。感覚がどんどん離れていってるから、多分下の階層に向かってるわ」
「なんで分かるんだ?」
「スキル」
ティオナはアイズほど過保護ではない。
もちろん心配だし、可能なら今すぐ救助に行きたいが、それと同時に信用している。
「具体的な居場所が分かるのはアイズだけだけど、近づいているか離れているかの感覚程度はあるから。精神的にも安定してるし、多分大丈夫よ」
「分かった、それを信じよう。とはいえ、何かある前にゴライアスを私達で処理したいところだが――――」
「それもしないくていい。階層移動にはほぼ全員が縦穴を使うでしょう?それを見つけられるかは運任せ。だったら、一番最初に……そうでなくても限りなく一番に近いタイミングで、ベルがゴライアスに会敵するわ」
「待て待て。なんでそこまで断言できる?」
「ベル、運が良いから」
「はあ?」
発展アビリティとして発現する加護のような幸運を誇るベル。
そして、レフィーヤやティオナたちも【
なら、余程17階層に近い位置にいる冒険者以外、ベルより先に到達できるわけがないのだ。
「仮に君の言う通りだとしても、今のベルは正体を隠してる。その状態だと――――」
「それよ!レフィーヤもベルも貴方も、そこを一番勘違いしてるのよ!」
ベルに対する認識差の中で、そこが一番大きい。
おそらく古代組の中で一番正しくベルの影響力を把握できているのはティオナとベートだ。
だからこそ、ベートは竈火の館で断言したし、ティオナもここで断言できる。
「ベルがこんな面倒事に巻き込まれて、素直に終われるわけがない。絶対にどこかしらのタイミングで正体はバレるわ」
穏やかな性格に反して、破天荒の擬人化みたいな性質を有しているベル。
そんな彼が、何事もなく終わりを迎えることなんて、絶対に有り得ないのだから。
「……!やった、やったよ、皆!大通路に出た!ここから後は一本道だ!」
そして、ティオナの断言はそのまま現実になる。
ようやく18階層に続く大通路を見つけ、喜んでいた第三・第七小隊。
所々崩落の影響と思われる瓦礫が散乱しているものの、巨人が産まれるこの場所を塞ぎ切るほどのものではなかった。
ここまで来れば、後は走り抜けるだけ。
そうすれば、安全地帯に辿り着くことが出来る。
そうだ、そのはずなんだ。
だからきっと聞こえてくる咆哮は、身体を震わすこの衝撃は、ただの勘違いなんだ。
でないと、もうどうしようもないのだから。
希望を捨てきれず、駆け抜ける。
浮かべていた笑みは段々と消えていく。
それでも進み続ける以外の道が存在しない彼らは、進み続ける。
その結果、彼は突きつけられることになる。
どうあっても揺らぎようのない、『絶望』という二文字を。
「――――――――」
17階層最奥の大広間。
『嘆きの大壁』と冒険者に呼ばれるここは、本来は繋ぎ目一つない巨大壁だった。
だが、今は内側から崩れ瓦礫が散乱している。
それでも、この間の主は変わらず存在し、視界の奥で暴虐を尽くしていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
17階層の階層主、正式名称『
この場にいる生徒たちが初めて目にする、迷宮の絶対強者。
今まで彼らが目撃したどのモンスターよりも圧倒的で理不尽なまでの力を保有するこの化け物は、眼下の獲物にその大木の如き腕を振り回していた。
なんでここにゴライアスが?
インターバルはまだ先のハズなのに。
絶望に屈する生徒たちの脳内で、次々と疑問が溢れてくる。
眼の前の現実から逃避したい彼らは、答えのない疑問をひたすら考える。
だが、眼の前のそれは決して揺らぎようがない。
「お、おいっ、ガキども!見てねえで助けろォ!助けてく――――」
ゴライアスを前に絶望していたのは何も彼らだけではない。
拳を振るい、足を踏み鳴らすだけでありとあらゆるものを破壊する天変地異の如き存在は、たとえ冒険者であっても恐ろしい。
見覚えがある。
あれは前に第七小隊に怪物進呈をしたパーティの一人だったはずだ。
見るからに屈強で、生徒たちよりもよっぽどダンジョンに慣れた熟練の冒険者ですらも、この理不尽な力の前には成すすべがない。
その事実が、生徒たちから活力を奪っていく。
ゴライアス以外にも、これまでの階層で幾度となく交戦してきた数多のモンスターたちがこの場にはいる。
これらの間を素通りしていくなど、不可能だった。
どうすることも出来ない絶望が、目に前に広がっていた。
入口に佇む生徒たちに気づいた男は大声で叫ぶ。
何も出来ない子どもたちはどうすればいいのか分からず、肩を震わせるしかない。
余裕を失った冒険者は、最後まで助けの声を上げることが出来なかった。
「ダメ、ラピくんッ!!」
それよりも前に、一人の生徒が駆け出したから。
背負っていたバックパックを投げ捨て、剣を持ってそのまま走り出す。
誰もが動けなくなっていた中、彼は動いた。
それはきっと、彼が強いからではない。
彼は弱くとも同じ行動を取ったはずだ。
それはきっと、彼が優しいから。
自分よりも他人を優先させる愚者だから。
それはきっと、彼が英雄だから。
誰かのために戦う事の出来る人だから。
その動きに気づいたニイナは制止しようと声を上げるが、間に合わなかった。
斬る、斬る、斬っていく。
学区製の片手剣を振るいながら、多くのモンスターたちを斬っていく。
魔石を狙い、一撃で沈めていく。
「――――ッ!!」
そして最後に、冒険者の男に腕を振り下ろそうとしているゴライアスに対し、片手剣で一撃を加える。
だが、その一撃が最後だった。
元々慣れていない彼がヒドい使い方をしていたせいで、耐久力は限界に近かった。
ヴェルフが作った剣を使用することが前提な攻撃しか出来ないベルは、その一撃で片手剣を壊してしまう。
それでも止まることなく、折れた剣をゴライアスの目に向けて投げつける。
顔の高さにまで飛び上がり、そのまま蹴りとともにそれを突き立てる。
深く突き刺さるそれに、産まれて間もないゴライアスは痛み悶える。
『~~~~~~~~~~~~ッッッ!?』
凄まじい絶叫を上げるゴライアス。
空気を震わせ、鼓膜を傷つけそうになるほどの叫びだった。
「やるじゃねえか学区の――――って、あ、おま、ラ――――いや、何やってんだそんな格好で!!」
「ややこしいので今名前呼ばないでください、モルドさん!!」
幸いにも、絶叫のお陰でモルドの叫びは生徒たちには聞こえていない。
それをいいことに、今のうちに話を進める。
「他のパーティメンバーは!?」
「結構な傷だったし、お前がいるのを確信した途端逃げちまったよ!」
「じゃあ、ここは僕がなんとかするのでモルドさんも――――」
「嫌に決まってんだろうがッ!!」
モルドはツバを飛ばしながら叫ぶ。
それは、それだけは絶対に嫌だった。
学区の生徒がどうなろうが別にいい。
他の冒険者がどうなろうが別にいい。
「お前がいれば勝てるのは確定なんだ!ここで逃げてドロップアイテム取り逃すような真似出来るか!」
そんなことを嘯く。
決して嘘ではないが、それでも本心ではないそれを叫ぶ。
「舐めんなよ、ガキ!こちとらお前が産まれるよりも前から冒険者やってんだ!お前が戦ってるのに逃げるなんて、死んでもゴメンだ……!」
「モルドさん……」
それはきっと、本心だ。
その本心を聞いて、ベルは笑う。
「じゃあ、一緒に戦いましょうか」
「脚引っ張んなよ!?」
「はいッ!!」
ベルが腰から漆黒のナイフを抜いたのと同時に、二人は駆け出す。
だが、どうしても問題は山のように出てくる。
生徒に扮している以上出来ることに限界があるからだ。
「ていうかお前、またなんか変な魔法持ったって聞いたぞ!?それどうした!?」
「この状況じゃ使えませんよ!それに、今人に預けてますし!」
「何をどうやったら魔法を人に預けられるんだよ!?じゃあいつも通り
「え!?あ、まあ、そのくらいなら大丈夫かな……えっと、【
レフィーヤ発案、適当な詠唱をした後に魔法を放つことで無詠唱を誤魔化す作戦を実行に移す。
詠唱文の元は、まあお察しの通りの人物。
取り敢えず出来る限りの連射をして、ゴライアスだけでなく周囲の雑兵の動きも止めておく。
「ラピくんッ!!」
「無茶しすぎですわ、編入生!」
周囲のモンスターが減ったおかげで、ニイナやミリーリアを含めた生徒たちもやがて戦闘に加わっていく。
ベルはモルドの仲間が落としたであろう矢筒を拾い、駆けつけたミリーリアにそれを投げる。
それを受け取り意図を悟った彼女はすぐに矢を構え、周囲の雑兵たちに向かって射る。
「【雷よ、天の称号よ。地の血統に背信すべく、汝の声を分け与えん。駆ける我が身に雷名の祝福を】――――【ザルガ・イェール】!」
ここに来るまでに何度か見たナノの魔法。
頭上に展開した魔法陣から雷の雨を降らせる強力な魔法だ。
そこから見舞われる雷弾は何条にも分かれ、ゴライアスの周囲に降り注いでいく。
味方には当たらず、敵にだけ傷を増やす見事な魔法だった。
「やるじゃねえか、学区のいい子ちゃんども!どうだぁ、これが終わったら俺達のファミリアに来るか!」
「冗談はその顔だけにしてくださる!」
「何だとゴラッ!」
「やめましょう、モルドさん!」
その攻撃を素直に称賛するモルドだが、ゴライアスもやられるだけじゃない。
周囲の瓦礫を掴んで、辺り一帯に投げまくってくる。
「ヒャアァッ!!」
詠唱をキャンセルして、回避に集中するナノ達。
ゴライアスは地団駄を踏むように地面を踏み鳴らし、その振動はやがて天井を揺らし石雨を降らせる。
『――――――――ッッッ!!』
「ちょ、流石にマズイかも……」
最も原始的で、最も厄介な戦法、【仲間を呼ぶ】。
相手が人間でもモンスターでも、これをされるだけで簡単に戦況がひっくり返ってしまう。
いつ、いかなる場合でも数は暴力なのだ。
少なくない負傷とともに装備や体力も削られている現状だと、なおさらだ。
「逃げるぞ、ガキども!!律儀に相手してやる義理なんてねえ!!」
モルドが叫ぶ。
事情は知らないが、ベルが本気を出せないのなら今の戦力ではゴライアスには勝てない。
新たに現れたモンスターたちに追いつかれる前に、背を向けて走り出す。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
だが、そう上手くはいかない。
ゴライアスは周囲の瓦礫を投げる。
その大半は明後日の方向に飛ぶか、そうでなくとも避けれる程度のもの。
しかし、そのうちの一つが大広間から18階層に降りるための連絡路の上部に当たった。
ただでさえ、崩落やゴライアスの出現で不安定なこの場所だ。
とどめを刺されたようにそれは崩れていく。
崩れ去っていくそれを眺めていくしかない一同。
再び絶望が場を支配していく。
「……そん、な……」
その呟きを落としたのはナノだった。
振動と崩落音が続く中、誰もが絶望し動けなくなる。
(――――どうする?)
そんな中、ただ一人思考を回すベル。
この状況下でこの人数を守り切るのは、今のベルには出来ない。
全てが足りない。
周囲のモンスターを一瞬で屠るにはスピードが足りない。
ゴライアスを一撃で屠るには武器が足りない。
だが、その両方を一度で解消する方法が、ベルにはある。
そしてそれは、すぐ近くにまで来ていた。
感じる、彼女を。
感じる、自身の相棒を。
待ちきれないと言わんばかりに、彼は地面を蹴って上空へと駆け上がる。
「兄さんッ――――!!」
その叫び声が聞こえてきた瞬間、それは手の内にあった。
ルークとレフィーヤは最後の縦穴を見つけ、ようやく17階層にまで降りることが出来た。
そして、その叫び声と振動を感じた。
レフィーヤは何度か聞いたことのある、モンスターの声。
ルークは初めて聞く、恐ろしい怪物の声。
それらを聞いた瞬間、二人は同時に駆け出した。
ゴライアスがいるなんて聞いていない。
インターバルはまだ先のはずなのに。
それらの疑問を置き去りにして、二人は走る。
最悪の場合、主力を失った第七小隊がそれと対峙しているかも知れないのだから。
だが、まだその最悪には至っていないはずだ。
感じる、彼を。
あの頼もしい兄の存在を。
ここまで近くに来れば、ハッキリと分かる。
ようやく見えてきたその広間への入口にたどり着いた瞬間、レフィーヤはそれを勢いよく投げ渡す。
「兄さんッ――――!!」
兄を呼ぶ。
示し合わせたかのようにタイミングよく上空へ跳んでいた彼の手に、それは渡る。
「来い、【雷霆の剣】」
約一週間ぶりになるか。
長らく離れていた契約者との再会を喜ぶかのように、その剣は吸い込まれるようにベルの手に渡る。
雷鳴が空気を揺らす。
手にしただけで周囲が怯むほどの力の発露を前に、誰もが動けなくなる。
雷霆を身に纏うその姿に、誰もが圧倒され、中でもニイナは心が高鳴るのを感じる。
ただの力を美しいと思った。
そのあり方を美しいと思った。
今はただ、彼のすベてに見惚れていた。
「【雷霆よ】」
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」
合図をするまでもなく、二人の息は揃っていた。
互いが互いの動きを補い合い、全てを駆逐していく。
雷光の如き速さで、ベルは駆け抜け斬り捨てる。
瞬きする間もなく、すべてのモンスターが斬り刻まれる。
雑兵の中にミノタウロスがいたのが良かった。
【
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ベルを見たゴライアスは本能を刺激され叫ぶ。
生まれて初めて感じる、死の恐怖に震える。
雷霆を身に纏う彼は、まるで英雄のよう。
幻想的で、神秘的で、お伽噺の1ページを切り出したかのような光景だった。
ニイナの瞳には、それが焼き付いた。
「やってください、兄さん!」
「やれ、
レフィーヤとモルドの声がベルに届く。
その声のままに、ベルは鐘の音を鳴らす。
これ以上は長引かせられない。
すべての問題は後回しだ。
託された子どもたちを守るため、ベルはその力を発揮する。
「産まれて間もない君には悪いが、閉幕だよ」
道化のように、演者のように。
誰かに語るように告げるその言葉とともに、ベルの雷鳴は強くなっていく。
最低限防具として使用されるのを想定された学区の
ましてや、それが変装目的の魔道具なら尚更だ。
雷霆に焼き焦がされるように、黒く炭になっていくそれらに構うことなく、ベルはその一撃を構える。
「『マルミアドワーズ』――――」
漆黒のナイフと雷霆の剣を重ね合わせて作られるそれは、黄金色の大剣。
鐘の音とともに、ベルはそれを振り抜く。
「“アルゴノゥト・ヘブンズロア”」
斬光となり、それは巨人を飲み込む。
両断するまでもなく全てを消し去るその一撃。
それを見たベルは、満足そうに笑う。
「うん。僕も、この程度なら出来るようになったかな」
全ては過程だ。
そう言う彼の髪は鬘が焼け落ち元の美しい処女雪のような純白を覗かせている。
振り返った彼が笑いかける。
その深紅の瞳は宝石のように美しく、心臓の音がうるさいくらい響く。
逆境に屈せず、笑いながら不可能を可能にしていく。
冒険をし、未知を既知に変え、新たなる時代を示していく在り方。
その姿に、どうしようもなく憧れてしまった。
彼の隣に立ちたい。
彼と一緒に冒険したい。
どうしようもない欲望が、目標が、胸の中から溢れてくる。
ニイナ・チュールが、夢を見つけた瞬間だった。
…………
………
……
…
「ベル!大丈夫でしたか?」
「おかげさまで。レフィーヤさんが近くまで来てくれてて良かった。並行詠唱できない僕じゃ、被害が出てたかもしれませんし」
「それは良かったですけど、それ以外は?大丈夫ですか?」
「はい、僕も含めてみんな無事ですよ」
一撃を振り抜いたベルは大剣を元に戻しながら、レフィーヤに笑いかける。
取り敢えずさっきの一撃でほぼすべて斬り捨てたし、打ち漏らしがあったとしてもレフィーヤが対処しているはずだ。
ようやく心の底から安堵できると、大きく息を吐く。
(何も、出来なかった……)
その様子を、周囲は畏れと驚愕を含んだような視線で見つめる。
レフィーヤ以外、誰も何もすることが出来なかった。
なにか行動を起こす前に、全てが終わっていた。
先程の一撃は、反則レベルだ。
詠唱もしていないのに魔道士であるナノを超える電撃を連発し、その上でゴライアスを吹き飛ばすほどの一撃を放った。
あれが本来の力。
あれが契約者によって引き出された、大精霊のあるべき姿なのだろう。
確かに、これが本来の力の発露ならば、レフィーヤが使っていた時など比べようがないくらいの劣化版でしかない。
そして、それを十全に扱えるだけのポテンシャルとステイタス。
彼こそが、最後の英雄候補。
レフィーヤが愛する、優しくて危うい人。
(ベル・クラネル……。)
レフィーヤと話す彼を、ルークは複雑な表情で見つめる。
超えるべき壁を見つけたと同時に、どうやって超えればいいのか分からない困難を見つけてしまった。
今はただ、その姿を見つめるのみ。
その悔しさと感情の全てを、心に刻み込む。
「あ、そう言えば――――」
「どうかしたんですか?」
斬った先に向かって歩いていくベル。
さっきの一撃のせいで周囲は崩れ、瓦礫で一部が塞がっている。
多少無理をしてどかせば通れるだろうから心配はないが、それとは別のことが気になったのだ。
「いや、さっきゴライアスを斬る直前、このあたりにレオンさんがいたような気がして……」
「大正解だよ、ベル」
瓦礫の中から腕が伸びてきて、ベルの頭を掴む。
声とともに現れた腕の主は、土埃にまみれたレオン。
額に青筋を立てて、怒っていた。
「やり過ぎだろ、お前。もう少し考えて斬れ。これ以上崩落させる気か?」
「す、すいません…。直前で条件型のスキルが発動しちゃってたみたいで、ちょっと感覚がズレちゃいました……」
「まあ百歩譲ってそれはいい。でもお前、斬る直前に俺と目があったよな?俺を巻き込むって分かってたよな?それでも躊躇なく振り抜いたよな?」
「レオンさんならどうせ無事だろうし、まあ別にいいかぁって思って……」
「いいわけあるか!お前、そういうとこあいつに似てきてるぞ!お前まであのクレイジーサイコ共に染まるなよ!!」
「痛い、痛いです、レオンさん……ていうか生徒たち見てますよ……」
「…………チッ!」
「舌打ちしたよ、この人……」
舌打ちまでするレオン。
今まで見たことないほどやさぐれたその姿に、レフィーヤは絶句する。
「みんな、無事で何よりだ。欠員はいないな?怪我の具合は大丈夫か?」
「え?あ、まあ、はい……」
先程までの姿がまるで嘘のように、レオンはいつも通りの爽やかな表情で生徒たちに話しかける。
そのあまりの変貌ぶりに戸惑う生徒たち。
さっきの姿が何だったのかを掴みかねている中、瓦礫の一部が崩れて道ができる。
更に後ろから、人が来たようだ。
「よっしゃ到着!!――――って、先越されてたか」
「歴が違いますねぇ。流石現代の英雄殿」
聞き覚えのある声とともに見えてきたのは、見慣れた赤髪と金髪。
そこから穏やかな顔をした二人が顔をのぞかせる。
「ヴェルフ、リューさん!」
「よう、ベル、レフィーヤ。お疲れさん」
「お疲れ様です、お二人共」
頑張ったであろう二人を労うように笑いかけるヴェルフとリュー。
その笑顔を見て、二人は初めて報われたような気分になった。
「おい、早く行け。後ろがつっかえてるだろうが」
「早く進みなさい」
「蹴るなよ、悪かったからさ」
「ベートさんとティオナさんまで来てたんですね……」
「私達だけじゃないわよ」
急かされる二人がどけて現れたのはベートとティオナ。
そして、その更に後ろから現れたのは、この兄妹が大好きな少女。
「ベル、レフィーヤ!!」
その声とともに、二人を力強く抱きしめるのはアイズ。
涙ぐみ、かすかに震える身体を抑えるように、二人を離さない。
「アイズさん……」
「良かった――――」
「え?」
「二人が無事で、本当に良かった……!」
二人が無事なことくらい、あのスキルを持つ彼女が一番良く分かってただろうに。
それでも万が一、億が一の可能性を否定しきれなかった。
その目で見て、抱きしめるまでは安心できなかった。
当たり前のようにいる人が、一瞬でいなくなるその恐怖を、彼女は知っているから。
「はい。僕も、レフィーヤさんも、無事ですよ。ただいま帰りました」
「ただいまです、お姉様」
「お帰りなさい、二人共!」
ここはまだダンジョンだ。
それでも、二人は“ただいま”と言う。
優しく彼女を抱き返しながら。
あの時
こうして、二人の学区生活最大の危機は終わりを迎えた。
「はい、というわけで、皆で25階層に行きたいと思います」
リヴィラの街で一通りの道具を揃えた第七小隊と第三小隊が、揃って野営をする場所。
そこにベートたちも一緒になって野営をすることになった。
レフィーヤが18階層までの通路を開けた後、負傷と疲労が酷い生徒たちはそこで休むようレオンに言われた。
ベートたちはレオン達と協力してまた復旧作業に戻るつもりだったが、他ならぬレオンに断られたのだ。
無事を確認して間もないのだから、一緒にいた方がいいと言われてしまった。
想い人を、友を、英雄を思う彼女達の心境を察し、そう提案してくれた。
そう言われてしまえば断るのもおかしな話になるし、お言葉に甘えることに。
こうして18階層で一夜を明かした後のこと。
アイズが若干暴走したり、ミリーリアがヴェルフに因縁をつけそうになったり。
色々とあった一悶着を乗り越えた次の日の朝。
レフィーヤは生徒たちを前に突然そんなことを言い出した。
「……は?25階層?」
「皆って、ここにいる皆ですか?行くんですか?私達が?」
二人の小隊長は呆気にとられてそう言う。
特にルークなど、初日に散々行けないと言われたのだ。
その時のことを思い出しながら、怪訝な表情を浮かべている。
「初日にあれだけ言ってたのに?危ないんじゃないのか?」
「まあ、今のルークは最低限落ち着いてるから大丈夫かなって。それに、今のメンツ見てくださいよ」
レフィーヤは周囲を指さす。
その先には、錚々たるメンツがいる。
レベル7×3(アイズ、ベート、ティオナ)
レベル6×2(ベル、リュー)
レベル5×1(ヴェルフ)
レベル4×1(レフィーヤ)
過剰戦力にも程があるだろう。
このメンバーなら、二つの小隊を
流石に危ないからやらないが、それだけの戦力は揃っている。
ていうか、レベル詐欺師が二人もいる時点でお察しだろう。
「このメンツで危ないなら、もう何処にも行けませんよ?」
「それはそうだろうけど……」
「さっきレオンさんにも確認してきたら大丈夫だって言ってましたよ。一緒に行けないのは残念だけど、僕達がいるなら安全だからいいって」
「ルーク、行きたくないんですか?」
「行きたいに決まってるだろ!でも――――」
「なんで急に?」
その疑問にレフィーヤは穏やかに笑いながら、ベルは気まずそうに目を逸らしながら答える。
「レオン先生に確認したら、自力で18階層まで逃げ延びたのは貴方達だけです。つまり、他の生徒達より困難に直面し、それを乗り越えたんです。そのご褒美というか、頑張った分の何かがあってもいいんじゃないかって、ベルが言ってくれたんですよ」
「あと、その……口止め料と言うか、なんというか……。今回のことがバレたらヘスティア・ファミリアだけじゃなく、レオンさんやバルドル様の立場も危うくなっちゃうので、黙っててもらえませんか?あの、本当に何でもするので……」
土下座せんばかりの勢いで頼み込むベル。
そこには昨日見せた英雄の姿はなく、困り果てる少年がいるだけ。
その姿を見て、そういうことかと納得する。
元々第三小隊、第七小隊ともに今回のことを話す気はなかった。
助けられたという大きな借りがあるし、第三小隊に至っては短いながらも共に冒険をした仲なのだから。
流石に友を売るような真似をするつもりはない。
「えっと、そちらの方々はよろしいんですの?言い方は悪いですが、レフィーヤ先輩の我儘とベル・クラネルの尻拭いに付き合う形になるわけでしょう?」
「我らが団長にして友の頼みですから。断る理由はありませんね」
「元々、今日一日は何もすることがなく暇だ。ちょっとした散歩くらい付き合ってやれる」
「以下同文」
「私達も同じよ。レフィーヤとベルからのお願いだし」
「この二人が頼み事をするなんて滅多にないですから。この程度の我儘、よろこんで聞いてあげますよ」
断る理由もない。
ベルがアルゴノゥトだった頃から、口では嫌だと言いながら何だかんだ頼み事を聞いていたのが彼らなのだから。
あのクソ道化みたいに演技しまくることもなく、フザケまくることもなく、素直で可愛いベルからの頼みなのだから。
喜び勇んで手伝うに決まっている。
「全員納得したことですし、それじゃあ行きましょうか。アイテムや装備はある程度リヴィラで買ってきたので、それを使ってください」
「あ、ベル。お前がいない間に煌月の後継としていくつか作ってたのが完成したからさ、それの試し斬り頼むわ。他人の意見も聞きてえ」
「うん、いいよ」
「ベートも使うか?」
「使う」
「後衛用に春姫から翠嵐も預かってきたから、レフィーヤはこれ使え」
「あ、ありがとうございます」
「編成はどうする?生徒たちに回復職いるんだっけ?」
「はい、いますよ」
「じゃあ、ベルは中衛お願い。私とアイズとベートが前衛やるわ。クロッゾとリューも中衛ね」
「あいよ」
「了解です」
アイズたちが持ってきていた装備などもベルたちに渡し、それぞれが準備を始める。
そうして、都市最高戦力とも言える冒険者たちに引き連れられ、生徒たちは下層への小旅行をするに至る。
これではまあ、色々あった。
ルークを気に入ったベートが力試しに下層のモンスターとタイマンさせたり。
壊れない魔剣を見た生徒たち、特にイグリンがそれに驚愕したり。
稀少種のブルードラゴンを発見し、それに女性陣が見惚れているとベル達三人が斬り掛かって女性陣から白い目で見られたり。
水の迷都まで行って、ベルとアイズが
大樹の迷宮でブラッディー・バイブを発見し、ベートとヴェルフが“チキチキ、どっちが多くの蜂を倒せるかチャレンジ”をしたり。
帰る時にジャック・バードを見つけてベルとベートが死に物狂いで追いかけ回したり。
その中でもニイナが顔を赤くさせながらベルを見ていたり。
それを見た
更にそれを見て爆笑していたベートが、リューも加えた四人からタコ殴りにされたり。
本当に、色々あった。
でもそこには絶えず笑顔があり、とても楽しいものだった。
そうして短い冒険者式の修学旅行は終わりを迎え、各々が元の居場所に帰っていった。
そして、それから二日後。
…………
………
……
…
「学区の【バルドル・クラス】所属、ニイナ・チュールです!今日から
流石、知的好奇心と行動力溢れる学区の生徒。
帰ってきて僅か一日で即座にヘスティア・ファミリアに転がり込んでくるとは思わなかった。
「うん、まあ来てくれるのはありがたいんだけどさ、横の二人は何だい?」
ファミリアの全員を前に挨拶をしたニイナの横には、それぞれ男女が座っている。
一人は姉であるエイナ・チュール。
昨日一日で姉妹の時間を過ごしたらしく、まだぎこちない所もあるが仲睦まじい様子だ。
そして、反対側には学区の教員レオン・ヴァーデンベルク。
ゆったりと座り込み、優雅に紅茶を飲んでいる。
「派閥体験初日はギルドの立ち会いが必須ですし、特別扱いするわけではないですが、妹のことなので……」
「私は教え子が友人の下に旅立つと聞いて、挨拶に来ただけだよ。あ、ベル、今日の夕飯は私の分もよろしく」
「分かりました~」
「それが主目的じゃないだろうね?」
ちゃっかりとご飯をタカりに来たレオン。
彼をジトッとした目で睨みつけるが、本人はどこ吹く風だ。
ていうか、この状況はヘスティアたちもあまり強く言えない理由があるのだ。
「あと、そちらも紹介していただけたらなぁと思うんですが……」
「ボクだって聞きたい立場なんだよぉ……」
頭痛を抑えるように頭を抱える二人が見つめる先には、肘をつき顔の前で指を組むアイズ(ゲンドウポーズ)。
その背後にはティオナとレフィーヤもいる。
「それでは、面接を始めたいと思います。まずは志望動機からどうぞ」
「ヴァレンシュタイン氏たちは他派閥ですよね!?」
「勝手に始めるんじゃない!!」
「はい!ベル先輩の隣で冒険し、様々な景色を見たいと思ったからです!」
「ニイナッ!?」
「君も答えなくていい!!」
勝手に面接を始めるアイズ達と、律儀に答えるニイナ。
その答えに女性陣の視線が冷たくなったが、お構いなしだ。
そして案の定というべきか、当然と言うべきか、アイズたちはベートの拳骨を喰らい、揃って窓から放り投げられた。
それらの一切を無言で行うその姿は、少し怖かった。
「さて、バカ共が悪かったな。あれは気にしなくていいから楽にしてくれ」
「は、はい……」
厳しい表情ではあるが優しい言葉を投げかけ、アイズが座っていた椅子に座るベート。
ギルド側から渡されたニイナの情報に目を通しながら、話を続ける。
「ここは設立して半年ちょっとの新参ファミリア。それも
「はい!お姉ちゃんから大体教えてもらいました!」
「つまり何が言いたいかというと、こういう物事に関する経験が殆どない。故に、新参ではあるが大派閥に身を置いていた私が代表となって話を進めていく事になった。合否に関しての最終的な決定権はベルとヘスティアが持っているから、その点は安心してほしい」
「はい!よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく。それとお前ら、敷地内からも追い出されたくなければ窓をひっかくのをやめろ。顔を窓に押し付けるのもやめろ。あとで掃除させるからな」
一昨日の賑やかな雰囲気と違い、あくまで形式的な場であるため緊張感を持って事にあるベート。
外にいるアイズたちが場の雰囲気を壊しそうになるが、完全に黙らせながら続ける。
「とは言え、一昨日行動を共にしたし、ベルからも色々話を聞いたから大体は人となりを知ってるつもりだ。面倒な質疑をするつもりもない。故に、私から聞くのはたった一つだ」
睨みつけるようにしながら、ベートはそれを尋ねる。
「お前に、覚悟はあるか?」
そこが重要、そこだけが肝要。
ベートはそう言わんばかりに、射殺すような視線で尋ねる。
「ベルは最後の英雄になる。英雄時代を終わらせ、新たな時代を作る存在になる。その道程にはこれからも困難は付き纏うだろう。癒えぬ傷を負うかもしれない。死ぬこともあるかもしれない。そしてそれは、共に戦うファミリアにも同じことが言える」
英雄に困難は付き物だ。
ましてや、ベルは黒竜を倒すことを目標にしているのだから。
前世で視力を失った以上の悲劇を迎えるかもしれない。
前世で獅子を倒した時以上の悲惨な最後を迎えるかもしれない。
それでも、ベルはその道を突き進んでいく。
それを支えるために、このファミリアはあるのだ。
「動機は恋慕でも下心でも打算でもなんでもいい。お前はそれに、命を賭けられるか?」
重たい決意と覚悟を含んだその言葉に、ニイナはしっかりと答える。
迷いはない。
ゴライアスを斬ったあの一撃を見た時から、何となく分かっていた。
彼は英雄だ。
彼は世界を救う存在だ。
その隣に立とうと決意したのだから、その程度の覚悟はとっくの昔に抱いている。
「ラピくんが……ベル先輩が巨人を斬ったあの光景を、私は美しいと思いました」
「…………。」
「流されるようにしか生きてこなかった私が、生まれて初めて心に強い衝撃を感じました。感動を覚えました」
それはベルに似ているのだろう。
それはクロッゾに似ているのだろう。
強い憧憬と理想を抱き、たった一度の衝撃が今までの生き方を変えた。
それだけのことだ、それだけで十分過ぎるのだ。
「死ぬつもりはありません。癒えぬ傷を負うつもりもありません。その全てを、私が取り除くから」
彼の隣に立つため、抱いた理想。
「生きて彼の隣に立ち、新たな景色を見る。その覚悟を以て、私は入団を希望します」
力強く彼女は断言した。
その発言を吟味するように、沈黙が流れる。
「まあ、いいだろう」
ぶっきらぼうな物言いだが、その表情は笑っていた。
「お前の覚悟はよく分かった。少なくとも私はお前の入団に賛成しよう。ヘスティア、ベル、お前らからはなにかあるか?」
「不純な動機なんてボクは認めない!認めたくない!――――けど、そんなこと言ってる場合でもないしね。非常に、ひっじょ~うに、不本意だけど、ボクも反対しないよ。取り敢えず体験して、合うか合わないかだけは見たほうがいいだろうけど」
「僕からも特には。ニイナが努力家でいい子なのは知ってますし」
「お前らも、文句はないな?」
振り返れば、各々が複雑な表情で返事をする。
ヴェルフと命は嬉しそうに頷き、春姫とリューは少し複雑そうではあるが嬉しそうに。
リリルカは苦虫を噛み潰したような表情ではあるが、指で輪っかを作りオッケーサインを作っている。
外でアイズが「だから嫌な予感がするって言ったじゃないですかぁ!」と叫んでいるような気がするが、気の所為だ。
「それじゃあ歓迎会代わりに夕飯を豪華にしましょう!春姫は買い出しに行ってまいります!」
「では、私も」
「私も行く。肉がほしい」
「使いすぎないでくださいよ!?」
「ジャック・バードのおかげで懐は温かい。この程度はどうということはない」
「くっ、ああ言えばこう言う!」
「エイナさんもよかったら食べていってください。アイズさんたちも!」
「いいの?」
『やったぁ!』
「姫さん達は先に汚した窓の掃除をしろよ」
「ベル、派閥体験は派閥での受け入れを推奨しているんだが、ニイナをここに泊めてもらってもいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ!ベートさんたちが買い物に行ってる間に部屋の掃除しますね」
「私も手伝おう。タダ飯をいただくわけにはいかないしね」
「あ、じゃあ私は今のうちに荷物取りに行ってきますね!」
「では、私とヘスティア様は部屋の調度品を用意しましょうか」
「ああ、あの大量に余ってた奴ね。何処にしまってたっけ?」
こうして歓迎ムード一色に変わり、各々が準備を始める。
その時はまだ、これがこのメンツで迎える最後の穏やかな時になるとは知らなかった。
ベルたちが歓迎ムードになっている一方。
時を同じくして、場所が変わる。
そこは迷宮都市から離れたなにもない草原。
遠くに馬車が走るような道が見えるが、それ以外は特になにもないような場所だった。
だが、この場所は今最悪の戦場と化している。
鐘の音が響き、斬撃が地を抉り地形を変えていく。
都市最高峰の冒険者であろうと、迂闊には近づけないほどの圧倒的な戦いがそこにはあった。
「おい、早く終わらせろ。あの子に会うのが遅くなるだろうが」
「黙れ。一々指図するな」
そんな戦場を見つめる女神が一人。
鐘の音を響かせる女に高圧的に命令するが、女の方も反抗的に答える。
とはいえ、女の方も戦いを長引かせるつもりはないのか決めにかかる。
「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】――――」
「はぁ!?ちょ、それはやり過ぎだろうが!!」
いくら悲鳴を上げても、彼女が止まることはない。
そして、彼女を止めることも出来ない。
詠唱を始めた彼女は、それを完成させるまで決して止まらない。
やがて聖鐘楼の音が鳴り響き、周囲一体を更地にする。
気は失っているものの、男は死んでいない。
その程度の手加減はしっかりとしてある。
気絶した男を縛り上げ、そのまま引きずっていく。
男を引きずるのと反対の手でとある紙を眺めた後、女は顔を歪ませる。
「――――待っていろ、ベル。そして雌犬ども」
その女のつぶやきは、風にさらわれ誰の耳にも届くことなく消えていった。
あとがき
はい、これで学区編は終わり。
この後に以前投稿したラスボス襲来がそのまま続く形になります。
そして、ずっとあとがきで書こうと思って忘れたのを今思い出しました!
エイプリルフールのネタだ!
去年の続き、書きますよ!
コメントでこれ言われてから、言おうと思ってずっと忘れてました。
そのコメント見返そうと思って探しても見つからなかったのは申し訳ないですが、ちゃんと全部読んでます!
大まかには全部覚えてます!
道化行進編の方も書こうと思ってますのでご安心を!
以上、あとがきでした