こちらをまだの方は、前話をご覧ください
「この度は、うちの
ロキ・ファミリア、アストレア・ファミリア、ヘスティア・ファミリア。
自身の前に集ったその人達を前に、ベルは深々と頭を下げる。
ベルが頭を下げる要因となった張本人は、一切悪びれることなく踏ん反り返っている。
周囲はそれを信じられないような目で見つめていた。
「ねえ、ベルくん。本当にあの人が君のお母さんなの?」
「はい、僕の義母です」
「そのちょっと危ない感じの子が?」
「そうですそうです。この暴力的で暴虐的な教育的超えて理不尽な――――グッフ!」
「ベルくーーーん!!君、なんで殴ったの!?」
「教育的指導」
話している最中にも、隣から拳骨が飛んでくる。
第一級冒険者すらも一撃でノックアウトするレベルのそれは、まさに理不尽の権化とも言えるものだった。
「アルフィアっ!何度言えば分かるんだ、お前は!事あるごとにベルを殴るのをやめろ!ベルが可哀想だろう!」
「黙れ。この子が生まれて十年近く放置してたお前にとやかく言われる筋合いはない。あと、どの口が可哀想だ何だの言ってるんだ。私達に向けていた苛烈さはどこに行った?」
「素直で可愛いベルやメーテリアと、クソ生意気なお前らを一緒にするな!」
「お前の暴力性が伝染った奴らもいるだろうが。他の誰に何を言われようが、お前にだけは言われたくない」
「最初から暴力の権化だったお前が言うな!」
ベルが殴られて、真っ先に飛んできて抱きしめながら慰めているヘラ。
その様子を、やはり周囲は信じられないような目で見つめていた。
ベルを抱きしめたまま言い合いを続けるヘラとアルフィア。
正直このまま会話を続けていいのかは分からないが、彼女達に何かを言うなんて誰も出来ない。
取り敢えず、小声でベルに質問する。
「ねえ、ベルくん。君なんでヘラにこんなに可愛がられてるの?」
「えっと、僕はヘラ・ファミリアの子どもなので。多分、それが大きいんじゃないかなって……」
「あれ?君ってゼウスのところの子どもじゃなかった?」
「あ、はい。ゼウス・ファミリアの血族でもあります」
「…………ん?」
ベルのその言い回しに、全員が引っかかる。
ゼウス・ファミリアの血族“でも”ある。
それはつまり、ヘラ・ファミリアの血族“でも”あるということ。
「ベル・クラネル、まさか君、ゼウスとヘラの間に生まれた子どもなのかい?」
「――――はい、一応」
女癖の悪さに定評のあるゼウス・ファミリアと、それらを潔癖なまでに嫌っているヘラ・ファミリア。
その間に子が生まれるなど、千年間あり得なかったことだ。
少なくとも、公的な記録には残っていない。
「でも、ベルくん……今までそんなこと一言も言ってなかったよね?」
「おじさんたちの言いつけで、言わないようにしてたので……。でも、今までずっと嘘は言ってないですよ?僕、過去のこと話す時はずっと、『おじさんたち』って言ってましたし」
「言われてみれば、確かに……?」
会話の一つ一つを丁寧に覚えているわけではないが、そのすべてを彼は複数形で語っていたような気がする。
派閥大戦の時も、その前も、彼はずっと『たち』と言っていた。
ザルドとゼウスの事を言っているのだとばかり思っていたが、違ったのだ。
それらはみんな、アルフィアのことを指していた。
「待ってくれ。アポロンとの戦争遊戯の後、君はアルフィアのことを知らないと言っていなかったか?あの時はロキに確認もしてもらった。どうやって偽装したんだ?」
「偽装も何も、僕は嘘なんてついてないですし……」
「いや、だがあの時確かに――――」
「僕は今も昔も、【静寂】なんて人は知らないです。僕が知ってるのは、アルフィアという名の義母のことだけです」
「まさか――――!!」
「そういうことだ、この間抜けが」
いつの間にか言い争いをやめていたのか、アルフィアが会話に入ってくる。
相変わらずのその物言いに腹が立つが、今回ばかりは何も言い返せない。
「ベルは私の二つ名を知らない。ザルドの二つ名はあのバカが昔何かの拍子に話してしまったようだが、私のは徹底して知られないようにしてきた。私との血縁を知られれば、実力もないくせに無駄にプライドだけ高いお前ら潔癖エルフどもがうるさいからな」
「貴様は一々煽らないと喋れないのか!」
「煽る?何のことだ?私はただ、事実を言っているだけだ」
本気で分からないと言わんばかりに、とぼけた声で煽りまくるアルフィア。
この場のエルフの殺気が上がっていくが、意に介した様子はない。
というか、仮にエルフが仕掛けたとしても1秒後には屍の山に変わるだけだ。
「アルフィアとの血縁は分かったけど、なんでヘラのことは隠してたんだい?」
「おじさんが、『ヘラの連中はどこでどんな恨み買ってるか分からんから最低限自衛できるようになるまで絶対に言うな。自衛できるようになっても極力言うな』って言ってたんで……」
「くだらんことを言ったものだ。おかげで、ベルがそこのアバズレどもと戦う時、
「ご、ごめんね、お祖母ちゃん……」
「なるほどね、だからザルドもああしてるわけか」
部屋の隅を見れば、石抱きをさせられているザルドがいる。
ベルがゼウスの名しか使わなかった理由の詳細を知ってから、ああやって罰を受けさせられているのだ。
「俺悪くねえだろ……昔から金切り声上げて都市で暴れまくってたテメエらの名前なんて出したら連合が瓦解するわ……」
「なんだ、石を追加してほしいのか?ならそう言え」
「そんなこと一言も言ってねえだろうが!!耳腐ってんのか!?」
「更に追加してほしいと。お前は夫のところの子どもにしては真面目だな。自ら進んで罰を重くするとは。隣のバカも見習ってほしいものだ」
「なんでですか!?」
ザルドの隣から可愛らしい少女の叫び声が聞こえてくる。
ずっと見ないようにしていたその少女。
ずっと息を殺してこれ以上の罰を受けないようにしていたその少女。
ザルドのついでとばかりに石を追加されたせいで、思わず声を上げてしまう。
「ていうか、なんですぐに分かったんですか!?私変装してるんですけどっ!?」
「貴様の放つ甘ったるい下品な匂いがしたから」
「なんですか、それ!?」
シル、もといフレイヤ。
豊穣の女主人の中で隠れてやり過ごそうとしていたところ、一発でヘラに見つかり、アルフィアに連行された。
ちなみに、彼女を庇おうとしたフレイヤ・ファミリアの全団員は、例外なく全員アルフィアの手で瀕死にされている。
「あと、これに関しては弁明させてください!私はベルさんが貴女の孫だったなんて知らなかったんですよ!」
「…………ほう?」
知らなかったと言い訳をするが、ヘラの眼が鋭くなる。
そんな言い訳を許すほど、彼女は優しくない。
「なるほどなるほど。ならば、貴様はベルが私の孫だと知っていれば手を出さなかったと。貴様の初恋とやらはその程度のものだったと」
「ハァアア!?ふざけないで頂戴!!数億年拗らせた初恋舐めないでくれる!?その程度で私が止まるわけないでしょう!誰の孫だろうが誰の恋人だろうが、どんな手を使ってでも手に入れようとしたわよ!!」
「よし、よく言った。石追加だ」
「しまったアアァァァァっ!!誘導尋問だっ!おのれヘラァァァ!!」
「この間抜けが。貴様が間抜けなだけだ」
「二回言ったわね!?」
誘導尋問、もといただのコントにハマりあっさりと自供するシル。
というか、もう演技が剥がれてるからただのフレイヤだ。
「あの、お祖母ちゃん、その辺で……この件に関してはもう終わってることだし……」
「ベル」
「……なに、お義母さん」
「私達はお前を愛している」
フレイヤを庇おうとしたベルに、アルフィアは突然愛を告げる。
それを真摯に聞いたベルは、真剣な表情で彼女を見つめる。
「お前の育て親として、私達はお前を心の底から愛している。お前が死ねば、私達はきっと半身を失うよりも耐え難い苦痛を味わうことになるだろう。お前が死ねば、私達は明日を生きていくことすら出来ないほど悲嘆に暮れるだろう。自身よりもお前を大切に思い、慈しんでいる。足りなければ何度でも言ってやる。私達は、お前を愛している」
「……うん、知ってるよ。痛いくらい、知ってる」
「ならば分かるだろう。私達がこいつらを許すことは、未来永劫有り得ない」
ベルが英雄としての矜持を持ってフレイヤを救おうとするのと同じように。
アルフィアたちは親としての愛を持ってフレイヤを許さない。
許しては、いけないのだ。
「お前が今まで築き上げたすべてを奪い、自らの色欲で塗りつぶそうとした。それはきっと、死よりも残酷な行いだ。お前の全てを否定するに等しい、見るに耐えない醜悪な行いだ。それを反省した?改心した?報いは受けた?ふざけるな。その程度のことで許せるか」
「それは……分かる。お義母さんたちが僕を大切に思ってくれてるからこそ、シルさんを許せないのはよく分かる。でも、僕はもう許してるんだよ。だから、これ以上お義母さんたちが怒る必要は――――」
「それは違うな、ベル」
ベルの言葉を、ヘラが否定する。
「私達はお前が許していないから、代わりに怒っているのではない。私達が許せないから、怒っているのだ。これは、ひどく個人的な感情の問題だ」
「許せないなら……どうなるの?痛みを与えて、傷を与えて、下界から追い出して。それで、お義母さんたちの気は晴れるの?」
「晴れない。どうあろうと、この怒りは消えることはない」
「それなら、やる必要はないよ。謝っても罰されても変わらないなら、やらないのと同じだ」
「いいや、違う。こいつを送還すれば、今後こいつから与えられる危害からお前を守ることが出来る。もう二度と、お前の過去が奪われることはなくなる」
ヘラ・ファミリアは感情を解消するためには戦わない。
その行いを是正するために戦う。
浮気に怒って痛みを与える時も、その行いに恐怖して二度と浮気しないようにするためだ。
その行いを、防ぐために戦うのだ。
「でも、救界はどうするの?今のオラリオだと、フレイヤ・ファミリアの戦力なしだと黒竜には敵わないよ?」
「団員共までは殺さん。痛めつけて、再起不能にさせることはあるかもしれんが、命までは奪わない」
「フレイヤ様が送還されたら、団員たちは全員自害するって言ってるよ?」
「そんな奴らはこっちから願い下げだ。その程度の気概の奴らが、役に立てるものか」
義母の言い分のよく分かるだけに、ベルは大きなため息を溢す。
こうなるのは分かってたし、大体想像できてた。
ここまで想定通りのことを言うとは思わなかったけど、まあ想定通りなら悪くはない。
よくもないが、悪くもないだろう。
「お義母さんたちの言い分はよく分かった。だから、僕から一つ提案があります」
「なんだ?」
「執行猶予を求めます」
執行猶予とは、有罪判決で懲役や禁錮刑(拘禁刑)が言い渡された際、一定の条件のもとでその執行を一定期間猶予し、刑務所へ入らずに社会生活を送りながら更生を促す制度。
まあ、今回は懲役や拘禁刑ではないし、ただの例えだ。
要するに、彼女の活躍次第で免除してやらないか、という話し。
許すことはなくとも、免除は出来る。
「期間は黒竜討伐、または僕が死ぬまでの間。それまでのフレイヤ・ファミリアの活躍や貢献度に応じて減刑し、危害を加える可能性が低いと判断されれば、僕が生きてる間は見逃してあげて」
「その判断は誰がする?」
「お祖母ちゃんが。お祖母ちゃんなら、神の名の下に感情抜きで公正に判断出来るから」
祖母への神としての揺るぎない信頼。
たしかに、ヘラなら公正に判断するだろう。
感情的な面ばかり目立つが、彼女はあれでも秩序を守る存在なのだから。
「足りない。自分勝手で協調性もなく、今までダンジョン探索すらまともに出来ない奴らに期待なんぞ出来るか」
「それは分かってる。だから、制約をつける」
「制約?」
「ダンジョン探索及びギルドからのミッション時に、ロキ・ファミリアに全面協力することを強制する。フィンさんの指揮下に入り、絶対に従うことを条件に、この執行猶予を許可して。破れば、フレイヤ様を
彼らにとっては、おそらく屈辱だろう。
気に食わない相手の指揮下に無条件で入り、命令を絶対遵守しなければいけないのだから。
「破ったかどうかの判断は?そこの勇者もどきの申告制か?」
「それもお祖母ちゃんの判断。遠距離で交信出来る魔道具があるから、それをダンジョン探索に持っていって常に監視して」
ベルからの提案に、二人は黙る。
考えている。
フレイヤ・ファミリアへの罰として、与えるべき屈辱としてはこれは破格のものだろう。
それにこの提案なら、戦力さえ揃えば救界は最短で為されるだろう。
面倒な指揮系統の話し合いや戦場でのやり取り。
その他の面倒事を一気に解消できる。
ダンジョン探索などもこれを機に一気に進むだろう。
二つの派閥が揃えば最強と最凶には及ばずとも、それなりにはなるだろうから。
「……それでも足りない。条件追加だ。ヘスティア・ファミリア及びその関係者の命令も絶対遵守させろ。それなら、少なくとも今は目を瞑ってやる」
「うん、分かった。お祖母ちゃんは?」
「他ならぬ孫の頼みでもあるし、頷いてやりたい。だが、個神的には納得できんところも多々ある。まあ、そのあたりはあとで折り合いをつけていこう。だが、よいか?少しでも約束を反故にし、生活のすべてを見て更生の余地がないと少しでも思えば一瞬で送還させるぞ?」
「承知の上だよ」
「ならば、良しとしよう」
ヘラは公正で絶対的だ。
約束は必ず果たされる。
なら、少なくとも今はフレイヤの身の安全は保証された。
「ベル・クラネル、この話は僕達ロキ・ファミリアにとってはありがたいし願ってもない状況なんだけど、フレイヤ・ファミリアに確認は取ったのかい?」
「取ってませんよ?」
「それって大丈夫?」
「……さあ」
「さあって……君ね」
問いかけに対して首を傾げるベルに、フィンは困ったように声を上げるが、そこも含めてベルは承知済みだ。
「お祖母ちゃん関係だから事前に言えなかっていうのもあるんですけど、そもそも事前に言ってたらもっと酷いことになってたと思いますよ。どうせアレンさんあたりが口すべらせて大変なことになるのは目に見えてましたし」
「だとしても、反発があるんじゃないのかな?」
「大丈夫だと思いますよ。流石に自らの手でフレイヤ様を死地に追いやるような真似はできないでしょうし。そもそも――――そんなこと、私の知ったことではない」
ヘラ・ファミリアとして、ベルは最大限譲歩した。
最大限の配慮と対応はしたのだ。
なら、あとはフレイヤ・ファミリアの対応次第だ。
自らのプライドと主神の命を天秤にかけて前者を取るようなバカなど、知ったことではない。
問題を起こす前にヘディンが粛清するだろうから。
その冷徹な判断を携えた眼に、フィンは思わずたじろぐ。
「なあんて。まあ、文句が出るようなら僕から説得します。ヘディンさんとヘグニさん、ついでにミアさんあたりを味方につけて、全責任をオッタルさんに丸投げしたら何とかなりますよ」
「……君、オッタルの扱い雑じゃない?」
「嫌だな~そんなことないですよ~」
だが、それも一瞬。
気づけばいつものにこやかな笑みを浮かべていた。
幻でも見ていたかのような錯覚に襲われるが、あれは現実だ。
彼の中には、ヘラ・ファミリアとしての側面も確かに存在する。
それを改めて、突きつけられた。
「あの~、ヘラ~?話がまとまったならこの石どかしてほしいんですけど~?」
「はあ?私がいつどかすなどと言った?」
「……え?」
「執行猶予がつこうが、貴様への懲罰はまだ終わっていない。三日三晩掛けてその身に教え込んでやろう。自分が一体、どれだけの罪を犯したのを――――」
「は、え、ちょ!!ベルさん、助けて!!」
「お祖母ちゃん、後遺症が残るようなことはやめてね?」
「ああ、分かっているとも」
「嘘でしょ!?」
ここまでが予定調和だ。
送還と後遺症は防ぐが、それ以外は覚悟しておけとベルは言っていたのだ。
こればっかりは、本当にどうしようもない。
そうして部屋に、汚い悲鳴が響くのだった。
「なあ、ところでずっと言おう思ってたんやけど」
シルへの折檻が一通り終わり、少し落ち着いた頃。
ロキはそう切り出した。
「なんでこの話し合い、うちでやっとんねん」
言い忘れていた。
ここはロキ・ファミリアの本拠、『黄昏の館』。
断じて、ギルドの一室でも『竈火の館』でもないのだ。
一通りの関係者を連れて、ヘラたちは何故かここを目指した。
その理由とは、一体――――
「ふざけてるのか?ヘスティアの本拠でして、万が一アルフィアが力加減を間違えて館を壊したらどうする?」
「うちやったら壊してもええっちゅうんかいな!?」
「やめときなって、ロキ」
「? 当たり前だろう?」
「本気で分からんって顔すんな!!」
「【
「ゴッフ――――!!」
「ほら、言わんこっちゃない」
「そもそもベルのおかげで破格の戦力タダでゲットできたんだ。この程度で文句言うなよ」
反発するロキと違い、フィンはもはや諦めの境地に達している。
ここで何を言おうとアルフィアたちは動かないのだし、言うだけ無駄だ。
むしろ、言えば言うだけ怒らせて被害が大きくなる。
黙って嵐が過ぎ去るのを待つのが、一番の得策なのだ。
「おい、ベル。なんか策ないのか?館は別にいいとしても、これ以上無駄に殴られるのは嫌だぞ?」
「館もよくないわ!スルーすんな!」
「うっせえ、まな板。黙ってろ」
「う~ん、一応シルさん関連でかなり妥協してくれたけど、感情面はかなり消化不良なんだと思うよ?だから何やってもあんまり意味ないんじゃないかな」
「マジかよ……」
一応石抱きから解放されたザルドはベルに近づいて尋ねるがその答えは良いものではなかった。
だが、そこはベル。
伊達に十年近くあの義母に殴られ続けてきたわけではない。
ちゃんと、考えはあるのだ。
「大丈夫だよ、おじさん。そろそろ、次の生贄がくるから」
「それって――――」
その生贄を察してザルドが口を開こうとした時。
部屋の扉が勢いよく開かれた。
「フィン、遣いを受けて来たぞ!ダンジョンで緊急事態とは一体――――」
そこにいたのは獅子色の髪をした偉丈夫レオン。
ベルが勝手にフィンの名前を使ってニイナに呼んでもらったのだ。
ちなみに、レオンはニイナから話を聞いたその時、バルドルと一緒だったが彼は何も言わなかった。
自分だけは巻き込まれないよう、逃げたのだ。
そうしてレオンは慌てた様子で叫んでいたが、部屋の中の光景を認識した瞬間身体を翻して逃げようとする。
「「逃がすかァッ!!」」
だが、それを逃がすベルとザルドではない。
レオンはベルに腕を掴まれて、ベルはザルドに腕を掴まれて。
動けなくなり、この部屋に押し留められる。
「おじさん…!どういうつもり?離してよ…!」
「嫌に決まってんだろ!一人でこいつの相手したくねえ!」
「俺のことは構わず行け……とか言えないの?」
「私に構わず逝ってくれ二人共!!」
「「ふざけんな、お前も道連れだ!!」」
出口に近い方から順番に。
関係ないので、今だったら見逃してくれるかも知れないと希望を抱くレオン。
ザルドを生贄にすれば、ワンチャン逃げられる可能性が生まれるベル。
アルフィアから逃げられないのは確実なので、取り敢えず標的を多くしたいザルド。
前衛としてレベル7最高峰のステイタス、全値限界突破なレベル6のステイタス+雷霆の剣+【
それらが互いの足を引っ張り合うことで、この拮抗状態は生まれた。
なんとも醜い。
「【
「「「クストス・モルムッ!!」」」
意味の分からない悲鳴を上げて倒れる三人。
まあ、こんなに騒がしくしてアルフィアが怒らないわけがない。
当然のごとく、三人揃って床に血文字を書くハメになっている。
「テメェら、何の真似だよ……?なんで俺巻き込んだ……?」
「言ったじゃないですか……一緒に地獄に来てもらうって……あの人フレイヤ・ファミリアの件で苛ついてるんですよ……一緒に死にましょう?」
「ざけんなっ!テメエらだけで死んでろ!」
「ガキどもが見てんぞ?いいのか?」
「それどころじゃねえだろうが!!」
醜い言い争いを繰り広げる三人。
騒がしくして、また殴られるのが落ちだろうに。
まあともかく、こうしてレオンも道連れになった。
そして、状況は最大の混乱を迎えることになる。
グチグチ言いながらもこの場に残ることが決定したレオン。
だが、場を沈黙が支配する。
何を話せばいいのか分からず、誰もが気まずそうにする。
というか、さっきから何故かアルフィアの機嫌が異様に悪い。
フレイヤのこととは別に、何故か苛ついているようだ。
だが、そんなことお構いなしのマイペースの権化が一人、やってくる。
「どうも、ジャガ丸くんデリバリーで~す」
「ゲェっ、メーデイアさん!?」
「おやおや、随分なご挨拶ですね」
ジャガ丸くんの入った袋を抱えて、メーデイアがやって来た。
相変わらずの無表情で何を考えてるか分からないが、彼女はまずい。
この状況では、かなりまずい人選だ。
「何しに来たんですか?」
「面白いことになってると聞いて、興味本位でやって来ました」
「今すぐ帰ってください!」
「可愛い可愛い子孫に対し、さっきから連れないですね?あ、ジャガ丸くん食べます?」
「食べません!ホントに帰ってください!」
「え~、なんでですかご先祖様~。いいじゃないですかご先祖様~」
「分かっててやってます!?ご先祖様ご先祖様連呼しないでください!」
存在と関係性が非常にややこしいメーデイア。
その関係を一口に説明するのは面倒だし、この状況では何が地雷になるかは分からない。
あとでゆっくり紹介するためにも、ここは帰ってほしかった。
「アルゴノゥトの子孫って、そいつのことか?」
「……え?なんでおじさんが知ってるの?」
メーデイアのことは公になっていない。
そもそもあの戦い自体があまり知られていないのだ。
長年封印されていたせいで存在自体知られていないし、具体的な被害などもないので脅威度も分からない。
それを倒してきたと喧伝しても何の意味もない。
アルゴノゥトのことを広めるのも憚られたため、誰も積極的に話そうとしないのも要因だろう。
それもあって、メーデイアはいつの間にか都市に移り住んでいたよくいる田舎者としか思われていない。
誰も、彼女を気に留めていないのだ。
「ヘルメスがジジイに送った報告書で知った」
「お祖父ちゃんに?」
「ああ。言い忘れてたがあのジジイ、ヘラに見つかったぞ」
「うっそ!?」
今日二番目の衝撃の事実だ。
逃げ隠れすることに関してはピカイチなあの祖父が珍しく見つかり、その上で捕まっていたなど。
ちなみに、ヘルメスは今ギルド前で晒し者にされている。
あと三日間はこのまま放置される見込みだ。
「報告書に色々書いてあったんだよ。フレイヤのこともそれで知った」
「なるほどね……ちなみにお祖父ちゃんは?」
「知らね。気づいたらまた逃げてた」
「お祖父ちゃん……」
逃げて浮気するから酷い目に遭うのだろうに。
なぜあの好々爺は懲りないのだろうか。
本当に疑問である。
「じゃあ、僕のことも知ったんでしょ……?」
「知った」
「お義母さんたちはさ、気持ち悪くない?」
「何がだ?」
「何がって――――」
「だから、何がだ?」
念を押すように、アルフィアは繰り返す。
この程度のこと、何も気にしないと言わんばかりに繰り返す。
その言葉に、ベルは一瞬目を丸くした後嬉しそうに穏やかに笑う。
家族の愛を噛みしめるように、目を細めながら笑う。
「――――いや、なんでもないよ」
「そうか」
小さく応えたベルに対し、アルフィアも何も言わなかった。
それだけで、十分だった。
「なるほどなるほど。ご先祖様の御母堂でしたか。なんて呼べばいいんですかね?」
「知りませんよ。ていうか、何食べてるんですか?」
「ご先祖様が食べないから……」
「僕のせいにしないでください」
フィンから事情を聞いても、あくまでマイペースを崩さないメーデイア。
自分で持ってきたジャガ丸くんを自分で食べ始める始末だ。
その様子に呆れてため息を溢すベル。
とはいえ、彼女はこの場に来たなら丁度いい。
「ねえ、お祖母ちゃん。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんだ、ベル?この祖母になんでも言うがいい」
「メーデイアさんがいいなら、お祖母ちゃんの
「「え!?」」
その言葉に露骨に反応を示したのはザルドとレオンだ。
フィンたちも苦々しい顔をしている。
「お前、正気か?自分の子孫地獄に叩き落とすつもりか?」
「どういう関係性かは知らんが、彼女が大切ならやめとけ!」
「そっちのお前も、芋食ってねえでちったあなんか言えよ!」
「私は別にいいですよ?」
「「はぁ!?」」
無表情に淡々と答えるメーデイア。
だが、何も考えずに言っているわけではないようだ。
「ご先祖様からの紹介なら問題はないでしょうし、ご家族なら今と変わらない関係を維持できるでしょう。元最凶ファミリアとしての名が残っているのなら危険もある程度は排除できますし、そうでなくとも御母堂はお強いようですし。条件にピッタリですね」
「もっと別に問題があるだろ!?」
「このヒステリック共の相手を四六時中する羽目になるんだぞ!?」
「遺言はそれでいいか?」
「「あっ」」
考えなしなザルドたちの方だった。
アルフィアがこの場にいることをすっかり忘れて好き勝手言い、またしても福音を食らう二人。
ベルが根本の原因なので、流石に少し可哀想だと思った。
「あとで話し合う必要はあるだろうけど、本人もこう言ってるし。お願いできない?」
「別にいいぞ」
「ホント!?」
「「まじかよ……」」
あっさりと受け入れるヘラ。
ドン引きする周囲。
「他ならぬベルからの紹介だし、
「それは嬉しいですね。では、少し話し合いの方を」
「ああ、分かった。まず、私の主神としての方針と原則は――――」
思いの外乗り気だった。
二人は少し離れた場所に座り話し合いを始める。
なんとも言えない表情で彼女達を見つめる周囲。
そんな中、一人が立ち上がりアルフィアの前に立つ。
「ひとつ、よろしいですか?」
アイズだ。
彼女はアルフィアの前に座り、真剣な表情で見つめる。
不機嫌にアイズを見つめるアルフィア。
緊張した空気が場に流れる。
「なんだ、小娘」
「折り入って、お願いがあります。アルフィアさん……いえ、お義母様!」
「…………あ?」
真剣な表情のまま、フザケたことを言うアイズ。
アルフィアの機嫌が一気に最低値にまで落ちてしまう。
ザルドとレオンは、死を予感した。
「ベルを私にください!」
「断る」
アイズのください発言にノータイムで拒否するアルフィア。
「お前だけじゃない。ロキのところの三人、お前らにだけは絶対やらん」
まさか、レフィーヤとティオナも一緒に拒否された。
まだ何も言ってないのに。
「う~ん……正直この件に関してはあまり首を突っ込みたくないんだけど、なんでアイズ達はダメなんだい?ロキ・ファミリアだから?」
「ていうかお前、基本的に受け入れモードだったじゃねえか。一回ポーズとして拒絶するけど、それ乗り越えられたら嫁の作法叩き込むって言ってただろ。自分も未婚のくせして」
「【
「イトウッ!!」
「おじさんが死んだ!」
「この人でなし!!」
「【
「「シズカッ!!」」
相変わらず意味不明な悲鳴を上げ倒れる三人。
それらを無視して、アルフィアはアイズ達を睨みつけながら続ける。
なぜアルフィアが頑なに拒み続けるのか。
そう、ザルドは知らないのだ。
アルフィアが見つけた、ある報告書のことを。
「確かに、私は一応受け入れる気はある。妹に手を出したあのクズのように、どうしようもないゴミでなければ認めるつもりだ。ベルに男女関係はまだ早いと思わなくもないが、まあそのあたりは個人差もあるだろうからな」
「では、なぜ私達はダメなんですか!?」
「お前らはまだベルと交際関係にないし、それ以上に――――」
「それ以上に、何だ?」
言い淀むように言葉を止めるアルフィア。
リヴェリアも、娘同然の存在がここまで拒絶されたことに若干憤っている。
それを煩わしそうにしながら大きなため息をこぼした後、アルフィアは言葉を続ける。
「覗き13回、ストーキング行為26回。その他余罪と迷惑行為多数」
「…………なんだ、それは」
「そこのバカ娘どもがベルにやったことだ」
「ハァ!?」
リヴェリアは慌ててアイズたちの方を見る。
必死に顔をそらし、誰も目を合わせようとしない。
それが事実を物語っている。
「じゃあ、お前がさっきの戦いでアイズ達を執拗に狙っていたのは…………」
「息子に近づく変態を始末しようとしただけだ」
アルフィアの主張が思ったより正論だった。
てっきり親バカ拗らせて子ども離れしたくないだけかと思っていたが、至極正論だった。
アルフィアはヘラ・ファミリアとしてヤベエ女たちを一番近くで腐るほど見てきたのだ。
そりゃあ、同じような匂いのする女を愛息子に近づけたいわけがない。
「貴様らには断じて渡さん。それでもベルが欲しいなら、力ずくで奪ってみろ」
「お義母さんッ!?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「バカじゃねえのか!?」
この究極の脳筋は、なぜそんなバカな結論を出したのか。
その言葉を受けたアイズたちは、各々が武器を手にする。
「ちなみに、主神様はこのことについてどう思われているのですか?」
「私は双方納得して、ベルが幸せになるなら何でも良い。そういう類の行動には理解がある方だからな。それより、逃げるぞ」
「は~い。関係ない方々、逃げますよ~」
危機をいち早く察知したヘラはすぐにこの場を去ろうとする。
ベルを狙う女性陣は戸惑いながらも、この機会を逃さないとばかりに戦う準備を進める。
そして、ロキ・ファミリアの本拠は半壊した。
ヘラとアルフィア、ザルドがオラリオに来てから一週間が経った。
取り敢えず黒竜討伐まではオラリオに留まることを決めたアルフィア達。
竈火の館に住み着き、フレイヤ・ファミリアの警備の仕事を完全に奪ってしまった。
ちなみに、執行猶予についてフレイヤ・ファミリアの批判は当然あったが、まあ仕方ないということで受け入れられた。
どうしようもない感情面は全部オッタルに向いた。
そうして新たな日々が始まっていた。
アルフィアたちが来たという以外はあまり変わりない。
いつも通りダンジョンに行ったり、思い思いの行動をするだけ。
精々、2日に一回のペースで正妻戦争ならぬ嫁姑(予定)戦争が勃発している程度だ。
その様子を見てヘスティアの頭痛がひどいことになっている。
中々酷い毎日ではあるが、なんとか慣れだして暮らすことが出来るようになってきた。
だが、一週間目の夜、異変が起こった。
ベルが目を覚ますと、そこは建物は壊れ、火災が広がるオラリオだった。
本拠で寝たはずなのに何故か外にいて、悪夢のような光景を目にしている。
人々は闇派閥に襲われ逃げ惑い、悲鳴と戦闘音だけが響き渡る惨状。
「子どもを助ける優しい人。迷子のような顔をして、一体どうしたの?お話を聞いてもいいかしら?」
何も考えず眼の前で殺されそうになっている子どもたちを助けていると、話しかけられた。
見知った女神に、それでも初めて会う女神に。
状況は理解出来ない。
なにが起こったのかも飲み込めない。
だから、どうするべきか迷って、何も知らないなりにこの場を乗り切るために。
ベルは決意する。
これから相対するすべての人を、騙しぬくことを。
「私はアルゴノゥト」
自分であり自分でない彼の名を騙る。
「ゼウス・ファミリアの一員であっただけの、ただの詩人だよ」
自分の所属も、素性も隠し、ベルは笑う。
「取り敢えず、今日の日付から教えてもらってもいいかな?麗しき女神よ」
アルゴノゥトを演じながら、笑うのだ。
あとがき
ダンまちの情報色々公開されましたね。
アニメ第六期制作決定、イレレコ書籍化決定、クロニクル・ヘイズの発売も発表。
色々盛り沢山ですね。
本当に楽しみです。
今から興奮が止まりませんね。
短いですが、以上です。
皆でその時を楽しみにしましょう!
あとがきでした