道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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時を渡る道化英雄
時を渡る道化英雄~邂逅~


 

「あれ?」

 

眼が覚めればそこは、一面火の海だった。

一瞬義母がキレて館を燃やしてしまったのかと思ったが、そういう訳ではなさそうだ。

というか、そもそもここは竈火の館ではない。

 

「僕、自分の部屋で寝たよね……?」

 

誰からも答えは帰ってこないが、思わずそう呟いてしまう。

自分の部屋の自分のベッドの上で寝たはずなのに、寝る前の光景と何もかも違う。

見慣れた天井はもちろん、壁も床もないそこはまず間違いなく街の中。

石畳に無骨なレンガが並んでおり、ゴミや瓦礫も散乱している。

 

「―――ナイフは!?」

 

状況を飲み込めず何秒もフリーズしていたベルだが、すぐに我に返り自身の武器と装備を確認する。

服はいつも着ているのと同じインナー、鎧はない。

何故か靴は履いている。

 

「神様のナイフが、ない……」

 

愛用しているあの漆黒のナイフは、手元になかった。

リリに一回盗まれて以降、寝る時もずっと手元に持っていたはずなのに。

もちろん、昨日寝る前も確認したから間違いない。

 

「盗まれた、なくした……いや、それよりも前にこの状況は?お義母さんの突発的な無茶振り?にしては都市の状況が……ていうか、ここってオラリオだよね?」

 

起きたら全く違う場所にいた経験は何度かある。

そのどれもがあの義母の思いつきで過酷な特訓に放り投げられる前兆だった。

だが、今回のこれは過去のそれらと何かが違う気がする。

流石にあの義母でもオラリオ全土を巻き込むレベルの騒動を起こすことはしないはずだ……多分、きっと、おそらく。

考えてて自信がなくなってきたが、この考えに間違いはないだろう。

 

第一に、流石のアルフィアと言えど今のベルに全く気取られることなく事を起こすのは不可能だ。

昔課された無理難題のせいで、ベルは人の気配や視線に人一倍敏感になっている。

力ずくで移動させることは簡単だろうが、そうでないのなら無理だ。

 

そして第二に、場の空気が違いすぎる。

町並みなどはオラリオに酷似しているが、それ以外が何もかも違う。

鼻腔の奥に突き刺さる血と炭の匂い、そこかしこから聞こえてくる人々の叫び声と戦闘音。

眼の前に映る荒れ果てたオラリオの光景も、違和感を加速させる。

 

「取り敢えず、動かなきゃ……――――【これは我が理想の全て】」

 

この場に立ち尽くしていても何も変わらない。

黙ってみている者を掬い上げてくれる都合の良い存在などいないのだから。

無手で動くのはマズイので、取り敢えず雷霆の剣を召喚して。

目立たないようその辺りに落ちてた布切れで覆い隠して。

この場から動いて、情報収集をして、それから――――

 

「ボサッとするなよ、ポンコツエルフ!」

 

「誰がポンコツか!」

 

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

その瞬間、ベルは反射的に建物の影に身を潜める。

本来なら喜んで手を振りながら駆けつけたいところだが、そういう訳にもいかない。

何かが、可怪しい。

 

「あれは……リューさん?」

 

隠れながらも声がした方向を見れば、そこには自身がよく知るアストレア・ファミリアの面々と一緒に、リューがいた。

黒ずくめの不審な男たちと戦闘を繰り広げている。

だが、その様子がどうにもおかしい。

服も装備もベルが知っているものとは違うし、アストレア・ファミリアの輝夜やアリーゼ、ライラもどこか少し幼いように思える。

そして、それよりも前に――――

 

「でも、【英雄運命(アルゴノゥト)】が反応してない……?それに、リューさんたちも見る限りなんか弱くなってる……?」

 

ここまで近くにいれば、何かしらの感覚は伝わってくるはずなのに、何も伝わってこない。

いや、違う。

リューたちの感覚や反応は確かにある。

魅了事件の時のように、その繋がりが失われたわけではない。

でも、その感覚がとても遠い。

 

分厚い壁にでも隔たれているように、反応が希薄になっている。

当然、その反応の発信源は眼の前にいる彼女ではない。

 

「ってことは、あれは偽物……じゃないよね。どっからどう見てのリューさんだし、アリーゼさんたちも見る限り本物っぽいし。一体何がどうなって――――って、ヤバっ!!」

 

考えている間にも鍔迫り合いに押し負けたリューがこちらに飛んでくる。

加勢してあげたいところだが、そういう訳にもいかない。

この状況で変に接触すればどうなるか、今のベルには判断がつかない。

 

もし仮に、あそこにいるのが本物のリューで、何かの原因で記憶を失っているとして。

その状況で接触して、彼女がベルを……アルゴノゥトを思い出す保証などどこにもない。

せめて何かしらの情報を得て、状況を理解してからでないと、接触するのは怖い。

どうせ、加勢しなくてもリューたちは勝てるのだから。

 

「…………【ファイアボルト】」

 

「な、なんだこれは!?」

 

「今よ!!」

 

とはいえ、心配は心配。

物陰に隠れて魔法で援護をするくらいなら、バレることはないだろう。

どうせ、逃げ足の速さでベルに敵うものなど誰もいないのだから。

魔法を撃って、この場からすぐに立ち去れば何も問題ない。

 

背後から制圧したであろうアリーゼたちの疑問の声が聞こえてくる。

だが、ベルはそのまま振り返らずに去っていった。

 

そこからはずっと、色んな場所を駆け回りながら情報収集に努めていた。

見つけた顔見知りはアリーゼ達だけで、それ以外はどこにいるのか分からない。

それが良いのか悪いのかは分からない。

 

眼の前で誰かが死にそうになっていれば取り敢えず伸して。

子どもを狙うような卑劣なやつは念入りに潰して、その場に放置。

どうせ誰かしらがどうにかするだろう。

アリーゼたちの様子を見る限り、都市の憲兵自体は生きているようだし、そのうちガネーシャ・ファミリアあたりが来て回収するだろう。

 

「ありがとう、子どもたちを守ってくれて。この都市を守ろうとする者として、心からの感謝を」

 

不意に、話しかけられた。

場面は例のごとく子どもを狙う男たちを念入りに潰しているところ。

ベート直伝“必殺ヤクザキック”をお見舞いしながら、複数人を潰していた。

なんか、倒せば倒すだけ次から次に集まってくるから少し鬱陶しかった。

計20人ほどだろうか。

集まってきたそれらを潰し終えたタイミングで、彼女は現れた。

 

(アストレア様……!)

 

ベルの表情も動く。

彼女とどう接すれば良いのか分からず、戸惑いを覚える。

 

「私はアストレア。子どもを助ける優しい人。迷子のような顔をして、一体どうしたの?お話を聞いてもいいかしら?」

 

神ならばと一瞬期待したが、アストレアもベルを覚えている様子はない。

だが、ベルの戸惑いや迷いを察する洞察力だけは変わらない。

どうすれば良いのか分からず、戸惑いだけが募っていく。

神々に嘘は通じない。

強引なところもあるこの女神が、素直に自分を逃がしてくれるとは思えない。

ならば一体、どうするべきなのか。

 

状況は理解出来ない。

なにが起こったのかも飲み込めない。

 

だから、どうするべきか迷って、何も知らないなりにこの場を乗り切るために。

ベルは決意する。

これから相対するすべての人を、騙しぬくことを。

 

「私はアルゴノゥト」

 

自分であり自分でない彼の名を騙る。

 

「ゼウス・ファミリアの一員であっただけの、ただの詩人だよ」

 

自分の所属も、素性も隠し、ベルは笑う。

 

「取り敢えず、今日の日付から教えてもらってもいいかな?麗しき女神よ」

 

アルゴノゥトを演じながら、笑うのだ。

いつかの反省も、改善点も踏まえて。

自らの最善を尽くすため、彼は偽りの笑みを浮かべる。

 

そしてアストレアから告げられた日付はベルが知るよりも七年も前のもの。

エレボスが『大抗争』を引き起こす、一ヶ月前だった。

 


 

それは、まだ祖父と暮らしていた時のこと。

いつものように義母にセクハラをして吊し上げられているゼウスを見ながら呆れていると、不意にゼウスはベルに話しかけてきた。

 

『のう、ベルよ。並行世界というものを知っておるか?』

 

『並行世界?』

 

吊し上げられた状態で突然何を言い出すのかと思えば、聞いたことのない単語を喋り始める。

あの義母から禁止されているロクでもない類の知識かと一瞬身構えたベルだが、そうでないと分かり安堵しながら話を聞くために近くにあった椅子に座る。

助ける気はない。

助けたところでこの祖父が反省することはないし、とばっちりを食らうだけなのだから。

 

『それは可能性の世界、あり得たかも知れない“IF(もしも)”の世界。無数に広がるとされる、別の世界のことじゃ』

 

『ごめん。何言ってるかサッパリわかんないよ。それに、世界って一つじゃないの?』

 

『う~ん、説明ムズっ!なんで儂こんなこと言い出したんじゃろ?』

 

『知らないよ、そんなこと』

 

自分から言いだしておきながら、説明を面倒臭がる祖父に、ベルはまたしても呆れ返る。

義母たちと暮らす前はもう少し威厳と風格があったように思うのだが、それはベルが世界を知らなかっただけだろうか。

あるいは、他にしっかりとした教育者がついたから、自分は安心してフザケ倒しているのか。

どちらかは分からないが、もう少し言動を改めて欲しいと思ってしまう。

 

だが、それ以降彼はこうして時折妙な知識をベルに語るようになった。

神としての自分を隠す必要がなくなったからから、色々な知識を吹き込み始めたのだ。

 

『簡単に言ってしまえば、選ばなかった世界じゃ。右の道と左の道、どちらを通って家に帰るか迷って右の道を選ぶとする。すると転んでしまった。じゃが、左の道を選べば転ばすに帰れた……かもしれん』

 

『ごめん、意味わかんない。かもしれないって……転ばないことは確定してないの?』

 

『確定しておったとしても意味はない。選ばなかった道の先を知るなど神々にでも出来ん。あくまで想像と空想の話じゃよ。自分が選ばなかった道を選んだ自分がいる。その自分はもしかしたら大成しているかも知れない。そう考えれば、救いがあるとは思わんか?』

 

『僕は……思わないかな』

 

『ほう?何故じゃ?』

 

それに救いを見出さないと答えるベルに、ゼウスは問いかける。

その表情は面白いものでも見たような顔で、からかい半分なのは確実だった。

試しているのかも知れないが、それでもベルの答えは変わらない。

 

『だって、仮にその僕がいたとしても、ここにいる僕には関係ないでしょ?お義母さんにセクハラしなかったお祖父ちゃんがいたとしても、ここにいるお祖父ちゃんが許されることはないんだし』

 

『確かにのう!!』

 

ベルの言葉にケラケラと笑いを溢すゼウス。

真理をついた尤もな言葉の何が可笑しいのか、ベルには理解出来なかった。

 

『ま、お前の言う通りじゃな。タラレバを幾ら重ねたところで何も変わらん。こんな知識が活きることなどまずない。じゃが、それでもお前だけはこの話を知って、しっかりと覚えておけ』

 

『……僕だけは?なんで?』

 

『他の誰に必要なくとも、お前だけは必要だからじゃ。お前には、その可能性がある』

 

『やっぱり、何言ってるかよくわかんないよ』

 

いつになく神妙な顔で語るゼウスに、当時のベルは何を思ったのか。

それを思い出すことは出来ないが、今はその表情に引っかかりを覚える。

 

『はぁ~あ、儂も過去に戻りて~。過去に戻ってアルフィアにセクハラせんかった未来選びて~』

 

『過去に戻ったとしても、どうせセクハラするくせによく言うよ』

 

『孫が冷たい!?』

 

『ほら、くだらない話する暇があるなら反省して。後で一緒に謝ってあげるから』

 

『と思ったら流石我が孫!ザルドとは違う!』

 

『おじさんも昔は一緒に謝り回ってたけど、呆れ果ててやめただけでしょ。僕もそうならないうちに言動改めたら?』

 

『やっぱり孫が冷たい!!』

 

この後は、どうなったんだったか。

一緒に謝りに行って、どうせ次の日も懲りずにセクハラしてまた吊し上げられたのだろう。

あるいは山の向こうまで吹き飛ばされたか、畑に埋められたか。

いずれにせよ、変わらない日常を送ったことだけは確かだろう。

 

そんな過去のことを、ふと思い出した。

思えば、あの時の祖父はこの状況を想定していたのかも知れない。

だから、あの時あんな話をしたのかも知れない。

ならばなぜ、どうやってあの祖父はこの状況を想定できたのか。

それはおそらく――――

 

(――――いや、今は関係ないな。元の世界がどうあれ、今の僕がいるこの過去とは関係がない。アストレア様に最初に出会った時点で、関係はなくなったはずだ)

 

おそらくそれは、左の道を選んだベルだ。

右の道を選んでしまった以上、その可能性の先をいくら考えたところで意味はない。

 

「アルゴノゥト?どうかしたの?」

 

「――――なんでもない。美しき女神様に見惚れてしまっただけだよ」

 

「あら、お上手」

 

眼の前にいる女神を置いて思考に没頭してしまったベルは、少し息を吐いて心境をリセットする。

場所は変わって、アストレア・ファミリア本拠〈星屑の庭〉。

ゼウス・ファミリアを名乗るベルもといアルゴノゥトに対し、事情を聞くためにここに案内されたのだ。

机を挟んで対面し、オラリオの状況などを聞いたベルは、それを紙にまとめていた。

それらの情報を見返しながら、ベルはもう一度思考の海に落ちる。

 

ここは過去だ。

この世界において、今のベルはどうあっても異物に他ならない。

ならば、どう動くのが正解か。

 

「ところで、そろそろ私も聞いていいかしら?あなたは何故、オラリオに?」

 

「ん、ああ、そう言えば私が聞いてばかりだったね。すまない、失念していたよ。私も色々と混乱の中にあってね。不快にさせたなら申し訳ない。決して、貴女の質問から逃げる意図はなかった」

 

「いいえ、気にしないで」

 

謝罪を口にするベルに、優しく微笑むアストレア。

その様子は、ベルが知る彼女と何も変わらない。

 

「実を言うとね、来たくて来たわけじゃない。安直な言い方をするなら、目が覚めたらオラリオにいた」

 

「それは……誘拐ってこと?」

 

「まさか。今の私を強引に拉致できる者はいるかも知れないが、気取られることすらなく誘拐出来る者なんていやしないよ。感覚的な話にはなってしまうが、ここに来たのはおそらく事故のようなものだろう。誘拐されたにしては、日付が違いすぎるからね」

 

具体的な差の大きさなどは語らない。

そんなボロを出すような真似はしない。

あくまで具体的にではあるが、実際の数字などは出さず。

あやふやな輪郭だけで、物語を語る。

 

「事故と言うと、魔道具や魔法?それとも――――」

 

「貴女の言う“それとも”の方だろうね。私に魔法やその手の類は効かないからね。おそらく、何らかの下界の未知だろう」

 

これはまず間違いない。

時を渡ることなんて、それ以外考えられないのだから。

 

「正直、何がなんだか私自身にも分かっていないんだ。家のベッドの上で寝たはずなのに、何故か靴を履いてたし。最近冷え込むから上着を着て寝たはずなのに、何故か着てなかったし。愛用のナイフを持って寝たはずなのに、何故か今手元にないし」

 

「それは、確かに変ね」

 

「服や靴は分からないんだが、ナイフに関しては少し心当たりがあるんだ。主神から渡された少し特殊なものだからね。それが関係してるんだと思う」

 

神の血が刻まれた武器なのだから、何かがあってもおかしくない。

それらをボンヤリとさせながら語る。

あえて主神と言うことで、それをゼウスだと思い込むように誘導するのも忘れない。

 

「貴方の状況や現状は理解出来たわ。それで、貴方はこれからどうするの?」

 

「どう、とは?」

 

「貴方は惨状を見過ごせる人ではないでしょう?経緯はどうあれこのオラリオの現状を知った貴方は……かつての最強である貴方は、これから何を成すの?」

 

「う~ん……悩み中、かな?」

 

手に持った羽ペンをクルクルと回しながら、ベルは考える。

正直、今のベルが介入すべき問題でもないように思える。

犠牲こそ出るだろうが、最終的にはオラリオ勢が勝つのは確定してるし、そもそも決戦は1ヶ月後だ。

それまで自分が過去に滞在できるとも思えない。

 

エレボスの思想なども知っているから、今のベルが介入しても長期的に見れば物事が悪くなるのは分かっている。

異物……言い換えれば部外者が下手に掻き乱すような問題ではないだろうし。

 

とはいえ、性格的に過ごせないのも確か。

これを見過ごしてしまえば、英雄ではなくなってしまう。

だから、今のベルに出来るとすれば、滞在期間中出来る限り被害を減らし、その間にアストレア・ファミリアを徹底的に虐め抜くことくらいだろう。

そのあたりが、自分とエレボスの妥協点に思えた。

 

未来の悲劇をなくすために、必要な情報はすべて渡せば、きっと大丈夫。

本当ならあのサソリを倒しに行きたいところだが、あれは今のベルでも一人で倒せるような相手ではない。

それに今は封印されているし、不用意に手出しするべきではないだろう。

あの神が自分たちだけで遺跡にさえ行かなければ、それだけで悲劇は防げるのだから。

 

「正直、表立って大規模に介入する気はないね。これからオシリス・ファミリアとかの破壊活動はこれまで以上に苛烈になるだろうし、私はそれらを――――」

 

「オシリス?」

 

「………うん?」

 

アストレアの様子がおかしい。

何故今オシリスの名に反応した?

オシリス・ファミリアの残党はエレボスによって勧誘され、この時期には相当数の被害を出しているはずだ。

今更驚くようなことではない。

 

(…………なにかが、おかしい?)

 

なぜ彼女は疑問を持ったのか。

なにに疑問を持ったのか。

 

「オシリスって、あのオシリス?貴方達ゼウスに追放された?」

 

「ああ、そうだ。当時のこともあって、エレボスに唆されてセベクの残党とともにオラリオで闇派閥として暴れてるだろう?」

 

「そんな話、聞いたことないけど?」

 

「…………なんだって?」

 

当時の第二級冒険者たちだけでなく、生き残った主力たちと主神も一緒になって闇派閥として暴れていたはずだ。

元々一部がアパテーに改宗していたのもあって、合流も早かった。

だから当時はフィンやオッタルもランクアップできたのだろうし。

だが、この世界ではそれらがない。

それは、なぜ?

 

「もう一度確認させてくれ。オシリス、セベク、ついでにホルスもだったか?あの辺りのファミリアは軒並み参戦してないんだな?」

 

「た、多分……。私が知らないってことは、そういうことだろうし」

 

「東地区の食料庫襲撃と、ロキとフレイヤの本拠襲撃未遂事件は?」

 

「お、起こってないわよ、そんなこと……」

 

おかしいだろう。

リューやアリーゼの話なら、あれらは大抗争の三ヶ月前に発生しているはずだ。

なのに、それらが何も起こっていない。

 

「直近のオラリオでの戦闘記録や闇派閥の被害状況などをまとめたものがあれば見たいんだが、いいかい?」

 

「私の日記を兼ねた記録でよければ……」

 

「今すぐ頼む」

 

表情の変わったベルに気圧されるように戸惑いながら、アストレアは急いで資料を持ってくる。

ベルはその一つ一つを丁寧に見ていき、まとめる。

半分ほど見終えた時点であったとある違和感は、確信へと変わった。

 

(僕の世界より、全体的に被害の数と規模が小さい……)

 

闇派閥の主戦力となっていたオシリスたちがいないのだから、当然被害は小さい。

ならば、なぜオシリスたちはいないのか。

 

エレボスが勧誘に失敗した?

それはありえない。

もし仮に失敗したとしても、別の戦力を用意するはずだ。

彼の語る絶対悪とは、そういう存在なのだから。

 

エレボスが勧誘しなかった、あるいは元から存在しなかった?

可能性自体はありえる。

彼が焚き付けなかったら、オシリス達本人の合流はなかっただろうから。

こっちの世界では、生き残りがいないこともあり得るだろう。

それなら問題ない。

 

問題は、エレボスが勧誘しなかったとして、“なぜ勧誘しなかったか”だ。

勧誘する必要がなかった?

それは何故か。

勧誘するまでもなく、戦力が揃ったからだ。

ならば一体、その戦力とは誰なのか。

 

『……本当はな。私は、お前と会う気なんて更々なかったんだよ』

 

あの時の言葉が、思い起こされる。

 

『お前の前に姿を現すことだけはすまいと、そう思っていたんだ』

『魔が差してしまった。妹の残した子が気になって、ザルドと一緒にこんな山奥に訪れてしまった。遠くから、本当に一目見て、去るつもりだったんだ』

 

『だが、お前のその『白い髪』を見た時、もうダメだった。私は込み上げてくるものに耐えきれず、気付けばお前の前に立っていた』

 

あれはきっと、“岐路”だった。

世界の、そしてベルの命運を分けたほんの些細な気持ちの問題。

 

「ねえ、女神アストレア。貴女は気の迷いを起こすことは、あるかい?」

 

「気の迷い?」

 

「ああ、そうだ、気の迷いだ。なんでも良い。命乞いをする悪人を思わず見逃したり、我慢しようと思っていたおやつを食べてしまったり。どんなことでも構わない。迷って、気が迷って、間違った道を選ぶことは、あるかい?」

 

突然のその問いかけにこそ、迷ってしまう。

熱心に資料を読んでいたかと思えば突然顔色を悪くさせてそんな問いかけをしてくるのだから。

だが、無碍にでは出来ない。

彼の表情が、あまりにも真剣で不安げだったから。

だから、彼女なりに真剣な答えを出す。

 

「絶対にない、とは言えないわ。いくら神でも、どんなに優れた人格者でも、気の迷いを起こすことはある」

 

「そう、だよね……」

 

「でも、極力ないように努めているし、仮に迷いを起こしたとしても間違った道を選ぶことだけはないようにしているわ。正義を司る神として、それを信じてくれるあの子達のためにも、私はそうあるべきだから」

 

ならば、ならば一体、間違った道の先にいる存在はどうすればいい?

あの選択は、きっと間違いだった。

だから、それを認めたくないベルは今も足掻いている。

でも、どうしようもない間違いだった。

どれだけベルが足掻こうが、それは変わらない。

 

「迷い、間違い……世界としての……正しさ……」

 

この世界はきっと正しい。

この世界はきっと間違っていない。

ならば、自分は一体どうすれば良い?

 

『そんなもの、たった一つに決まってるだろう?』

 

彼の声が聞こえてきた。

今はいない、彼の言葉が脳裏によぎる。

 

『私達に難しいことなんて出来るわけないんだから。私達に出来るのは、今も昔もたった一つだけだよ』

 

ああ、そうだ。

何を迷う必要があるのか。

 

「女神アストレア。悪いが使ってない(ヘルム)か包帯、最悪袋でもなんでもいい。一つ、いただけないかな?」

 

「包帯でよければ……」

 

「ありがとう」

 

包帯を受け取ったベルはそれを眼と頭に巻き付けていく。

特徴的な髪も瞳も、それらすべてを隠すようにして。

 

「アルゴノゥト?何をしてるの?」

 

「ちょっと事情が変わってね。どうやら、このオラリオは私の知っているそれとは少し違うらしい。だから、私も動くことにした」

 

ああ、本当にすべてを偽っておいて良かった。

こうなれば、この状況はとても有利に働く。

 

「不審に思えるかも知れないが、どうか許してくれ。今の私は誰かに顔を見られるわけにはいかなくなった。貴女も、私の容姿は他言しないでくれ」

 

「何をするつもり?」

 

「闇派閥全てを壊滅させる」

 

それは宣言。

それは決意。

確固たる信念を以て、ベルはそれを告げる。

 

「ああ、そうだ、すべて私が壊滅させてやるとも。犠牲の上に成り立つ成長や飛躍なんてまっぴらごめんだ。私は今度こそ、すべてを救うために英雄となるのだから」

 

何も取りこぼしたくない。

何も見捨てたくない。

だったら、やることは一つだけだ。

 

「目指すは大団円(ハッピーエンド)。さあ、喜劇を始めてやろうじゃないか」

 

こうして、過去のオラリオで道化の躍動は始まる。

 


 

「やーっと終わったぜ。手間取らせやがって、闇派閥の奴らめ」

「それでも私達のホームに帰還!凱旋よ!アストレア様も、もう帰ってる頃だわ!」

「ネーゼたちも、もう帰ってる頃合いでしょうか?」

「話をすれば、だな」

 

「あ、お~い!」

 

アリーゼたちは闇派閥たちとの戦闘を終え、本拠に帰る四人。

別行動をしていた他の団員たちとも合流し、共に本拠を目指す。

 

「しっかし、あれなんだったんだろうな?」

 

「あれって?」

 

「昼間の戦闘中あっただろ?どこからともなく魔法が飛んできて闇派閥の連中を焼いたやつ」

 

「ああ、あれね!」

 

不思議な出来事だった。

もちろん援護を受けることくらい幾らでもあるが、それでもその魔法を放った相手が顔も見せずにいなくなるのは初めてだった。

それも、一撃で闇派閥達を戦闘不能にするほどの威力の魔法。

 

「レベル3……いや、もしかしたらレベル4か?それくらいの威力だったろ。でも、アタシが知る限りあんな魔法を使う奴オラリオにいねえ」

「闇派閥の仲間割れの線が濃厚でしょうね。誰かがつい最近発現したにしては、あれは練度が高かった」

 

「え?そんなことあったの?大丈夫?」

 

「大丈夫よ!きっと、私の戦う姿に感銘を受けて改心したのよ!」

「なんでそうなる……」

 

いずれにせよ、不審なことには変わりない。

正体を見せずにいなくなったのが、何よりも不気味だ。

 

「帰ったら、アストレア様にも――――」

 

「輝夜?どうかしましたか?」

 

「館に気配が二つある」

 

突然立ち止まった輝夜を不審に思えば、返ってきたのは思いも寄らない言葉。

それは異常事態を告げる鐘の音でもある。

 

「一つはアストレア様だとして、もう一つは……!」

 

「今日は来客の予定はないし……」

 

「なら、アストレア様を人質に取った狼藉者ってやつかぁ?……ぶっ殺されてえみたいだなぁ?」

 

不愉快そうに、それでいて好戦的な笑みを浮かべるライラ。

全員に緊張が走る。

 

「ネーゼ、ノイン、アスタ、イスカ、マリューは裏口に回って。残りは私と一緒に正面から。敵の注意を引き付けるから、アストレア様の保護をお願い。いくわよ?3、2、1――――」

 

『ゴー!!』

 

そこからの行動は迅速だった。

二手に分かれて救出と制圧を実行に移す。

 

「あ、おかえり――――って、ちょ!?」

 

中にいたのは、顔に包帯を巻いた不審な男だ。

前が見えているのかもわからないその男は何故か台所に立ち料理を作っていた。

作り終えた料理を机に運んでいる最中、アリーゼたちが帰宅し戦闘になってしまう。

戸惑う声を上げる男。

 

実にみっともない仕草と声だった。

これだったら、すぐに制圧できる。

そう思ってしまった。

 

「あぶっないなぁ……」

 

「――――っ!?」

 

「う~ん……、やっぱり弱い」

 

だが、そう上手くはいかない。

男は机にあったカトラリーセットを叩き、宙に上げる。

その中のいくつかを掴み、応戦する。

 

(ただのテーブルナイフで!?)

 

「考え事かい?」

 

「貴様っ!?」

 

殺傷能力に乏しい、刃物と呼ぶにもお粗末なそれを手に、男は輝夜の一撃を受け止めた。

輝夜の剣技は第一級冒険者にも引けを取らないものだ。

だが、腰にある剣ではなく刀と比べて圧倒的に脆いそれらを使って、男は正面からそれを受けきった。

それだけにとどまらず、輝夜を壁にまで押し飛ばすとフォークを投擲して彼女の衣服を縫い留める。

これで、少し戦力は減った。

 

「とっと、っと……」

 

「チィッ!大人しく倒されろよ!」

 

「そういう訳にもいかないだろう?ていうか、少し話を――――」

 

「リャーナ、セルティ!やれ!!」

 

ライラは輝夜に続いて戦闘を仕掛け、体術やお得意の武器で近接戦を挑む。

とは言え、狭い室内。

ただでさえ武器の扱いは限られてくるのだ。

彼女はすぐに無手での戦闘を強いられる。

 

「って、おいおい……」

 

このまま戦いを続ける気もない。

このまま相手のペースに合わせるつもりもない。

自分を囮にして、魔道士二人による遠隔攻撃で仕留めにかかる。

ライラも少なくない傷を負うだろうが、自分一人でアストレアの安全とファミリアを護れるのなら安いものだ。

 

「だから、危ないって!!」

 

流石に魔法はマズイと思ったのか、男は遊びをやめてすぐにライラを組み伏せる。

元々力量差はあったのだろう。

本当に一瞬だった。

だが、それでも一瞬は稼げた。

炎と雷、二つの魔法は男の眼前にまで迫ってる。

 

「まったく……室内でそんな危ない魔法なんて使うもんじゃないよ?」

 

「うそっ!?」

 

だが、2つの魔法は男が軽く腕を振るっただけで消えてなくなる。

風圧で吹き飛ばしたとか、そういうのではない。

消失……あるいは無効化された。

 

「【アガリス・アルヴェシンス】――!!」

 

床を蹴り壊すほどの脚力を持って放たれる、アリーゼの突撃。

炎を纏い、男に肉迫する。

剣を突き出し、射殺すように。

その一撃は確かに男に向かっていく。

 

「【それは遥か彼方の静穏の夢】」

 

だが、男には通じなかった。

親指、人差し指、中指。

それらたった三本の指だけで、アリーゼの剣は止められる。

ゆらりと自然に突き出された男の腕に、呆気なく止められてしまう。

 

「指だけで――――!?」

 

それだけではない。

魔法も消えた。

炎属性の付与魔法を纏っていたはずなのに、一瞬で跡形もなく霧散していた。

男の指に触れたその瞬間に消えて、いくら詠唱しようとも炎が再び湧き上がることはない。

 

「だから、危ないんだって。ここは君達の家だろう?燃えたらどうするんだい?」

 

「ッツ!?」

 

指の力だけで軽く押し戻されるアリーゼ。

いつものように、笑顔を出すことも出来ない。

そこにあるのは、ただの絶望。

ただの圧倒的なまでの彼我の実力差だ。

 

「落ち着いて話を……って言っても無理だよね……って、あれ?」

 

面倒くさそうにため息を溢す男。

どうするべきか思案しながらも、そこに隙など存在しない。

 

「あぁ、やっぱり間に合わなかった!」

 

「……アストレア様?」

 

ドタドタと足音がしたかと思えば、やがて慌てた様子でアストレアがやって来る。

後ろからはネーゼたちも。

その姿は何か乱暴をされた痕跡もなく、白い装束には土汚れの一つもついていない。

何処からどう見ても、無事だった。

 

その姿を見たアリーゼたちも戸惑う。

アストレアが囚われていた様子がないのなら、眼の前のこの男は一体何なのか。

 

「ごめんなさい、説明が遅れたわね。この子は私が話を聞くために連れてきた客人で――――」

 

「アル殿?」

 

「え?」

「ん?」

 

男の説明をしていたアストレアの言葉を遮るように、リューは呟いた。

思わず声を漏らし、きょとんとした顔でリューを見つめる二人(男は目が見えないので表情がよくわからない)。

だが、その様子を見て、リューは確信を持ったように男に詰め寄る。

 

「やっぱり、アル殿ですよね!?そんな格好で何をやってるんですか、あなたは!」

 

「おっとっと……これは嬉しい誤算だね。まさか君が……いや、この場合は君達が、かな?君達が私のことを覚えてくれているだなんて。つくづく幸運に恵まれているね、私は」

 

声をかけてきたリューに、男はニッコリと口元を緩ませながら笑う。

 

「やあ、リュールゥ。元気そうで何より」

 

「ええ、お久しぶりですね。あと、今の私はリュー・リオンです」

 

「ああ、分かっているとも、リュールゥ」

 

「だから……ああもう、いいです。直す気がないんですね」

 

「話が早くて助かるよ」

 

とても親しげに話をする二人。

男もすっかり気を緩めて笑っている。

 

「知り合いか、リオン」

 

「ええ、まあ。古い友人です」

 

「どうも」

 

リューの紹介に合わせて、軽く手を挙げる男。

人好きのする穏やかな笑みを浮かべたまま、彼は名乗る。

 

「私はアルゴノゥト、ただの詩人だよ。よろしくね?」

 

それは、とても古い道化の名前だった。

それは、とても古い英雄の名前だった。

 

それを自分の名のように語る彼は、どうしようもなく怪しかった。

 


 

補足説明。

 

補足説明:1

暗黒期と闇派閥、アルフィア達を勧誘しなかったエレボスの行動について。

代わりにオシリス達の残党を勧誘しました。

これは完全に後から考えた設定ですね。

 

ついでに言うなら、エレボスはアルフィアたちがベルくんのところに行ったと知って、とても嬉しそうにしていました。

自分のことのように、大好きな英雄のことのように。

彼女達が絶対悪よりもベルくんを選んで、とても嬉しかったんです。

家族を選んだことじゃなくて、ベルくんを選んだことが嬉しかった。

そして、ゼウスはなんで今回のこれを予見したようなことが言えたのか。

それらが何故かは、最後に。

 

補足説明:2

時を渡る道化師を見返してて気づいたのは、ベルくんヘスティア・ナイフ持って行ってるなって。

ダンクロの一枚絵で堂々とナイフ構えてましたし。

でも、ここのベルくんは何故かナイフを持っていません。

なら何処に、誰の元に行ったのか。

ちゃんと伏線になってますので、お楽しみに。

サソリ狩りじゃい!

 

あとがき

 

さあ、時を渡る編始まりました。

色々考えて、リューさんたちは記憶がない方が良いかなとか思ったりしたんですけど、結局はある状態を選びました。

こっちの方が色々やりやすいですし、書きやすいんです。

さて、ベル君が何をやろうとしているのか、闇派閥を全部潰した上で、何をするのか。

これをしようと思って、ベルくんが過去に行った時期を三ヶ月前から一ヶ月前に変更しました。

三ヶ月前だと早すぎるし、大抗争が始まってからだと遅すぎますし。

 

そんなこんなで始まりました。

お楽しみいただければ幸いです。

 

以上、あとがきでした。

 

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