本拠にいる不審者――もといリューの知り合いとの一悶着があった。
完全に不審な格好をしている男が十割悪いので謝る気はない。
ただ、妙に気まずい。
こんな変な状況下であれば、尚更。
「……アル殿、これなんですか?」
リューが隣に座る男に問いかける。
男は紅茶を口にしながら、見えているかも分からないその視線をリューに向ける。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、明るく語る。
「腕によりをかけて作った夕飯だよ。さあ、召し上がれ~」
「わぁ~、おいしそ~…………じゃなくて!!」
眼の前にあるキレイに盛りつけされた料理たち。
今まで見たことないほど美しく、食欲をそそる匂いをさせている。
男の言葉に乗るように嬉しそうに声を上げたかと思えば、一転して机を叩きながらツッコミを入れるリュー。
その様子には流石の男も眼を丸くする。
目は見えないが、きっと眼を丸くしているはずだ。
「机をそんなに乱暴に叩くもんじゃないよ。せっかくの盛り付けが台無しになってしまうじゃないか」
「盛り付けなんかどうでもいいでしょう。胃の中に入れば全部同じなんですから」
「ワオ、清廉潔白な森の妖精とは思えない発言だね」
「知らないんですか?エルフとは森に住む蛮族の名ですよ」
「え?」
「君のエルフ嫌いは知ってるが、それは風評被害が過ぎるって。そっちの彼女も驚いてるじゃないか」
リューのあんまりな言い方にギョッとするセルティ。
だが、リューはそれにも構うことなく隣の男を問い詰め続ける。
「だから、そんなことはどうでもいいんですよ!何でここにいるんですか、貴方は!?なんで夕飯作ってるんですか!?」
「なんでって言われても……。言っとくが、私は翌朝にでも出直そうと思ってたんだよ?でも君のところの神様に引き止められて……暇でしょうがないから夕飯を作って待ってた。あと、そっちの君たちも含めてそろそろ食べたらどうだい。冷めるよ?」
目を吊り上げながら問いただすリューを適当にあしらいながら、男は眼の前の料理を食べるよう促す。
だが、誰も食べようとしない。
アストレアとリューは分からないが、他の全員は警戒しているのだ。
「……食べないのかい?」
「リューの知り合いだか何だか知らねえが、初対面の胡散臭い男の作った料理なんざ食べれるか。毒が入ってる可能性もゼロじゃねえだろ」
「なんでその気になれば五分で出来ることを、数時間手間暇を掛けて作った料理でやらないと――――っと、口が滑った。入れてないから安心してくれ」
「誤魔化せると思ってんのか?」
「ごめんて。言い過ぎたよ悪かった。でも、君達も少しは悪いよ?警戒するのはいいが、彼我の実力差も弁えずにイタズラに疑い続けるのはただただ愚かしいだけだからね?」
確かに、男の言うとおりだ。
さっきの一連の戦いを振り返れば、実力差なんて分かりきってる。
この場にいる全員で戦ったとしても、五分も保たないだろう。
向こうは遊び半分で、しかも害する気すらなかったのに全く歯が立たなかったのだから。
彼の言う通り、毒なんていう不確実で無駄に手間と時間がかかる方法を取る理由なんて何処にもない。
「……貴方、本当に何者?」
「言っただろう?私は『アルゴノゥト』。通りすがりの“詩人”だよ。友人たちは私を“アル”と呼ぶ。他には道化、兎、小僧、英雄、詩人…………ま、色々ある。好きに呼んでくれ」
詩人。
彼は自身を形容する言葉としてそれを選んだ。
だが、そんなもので納得できるわけがない。
「貴様、所属は?」
「ヘラ・ファミリア」
「年齢は?」
「七歳」
「レベルは?」
「恩恵はまだ授かってない」
「…………ふざけているな」
「フザケてなんかないさ」
睨みつける輝夜に、男は飄々とした表情で笑うだけ。
分かってはいたが、まともな回答は返って来ない。
「アル殿。もう少し真面目に答えてください。そろそろ本当に斬り掛かられますよ?」
「あっ、リオン!」
言いながら、リューはサラダにフォークを突き刺しそのまま口に運ぶ。
毒が入っている可能性など一切疑っていない。
アストレアがここにいる以上、男が嘘をついていないことは分かっているが、あまりに無警戒な行動だ。
毒以外の何かが入っている可能性だって、あるかもしれないのに。
「アリーゼ達も、少しは警戒を解いてください。そんなだからアル殿もまともに答えないんですよ」
「こんな怪しげな男をどうやって信用しろってんだ。そもそも詩人ってなんだよ。詩人が持ってるような強さか、あれが?」
「うん?まあ、腐ってもゼウス・ファミリアの一員だったから。あの程度はね~」
何気なく言いながら、男はフォークを伸ばし野菜を突き刺す。
その言葉に、アストレアとリュー以外の全員が目を細めて睨みつける。
「またお得意の嘘か?」
「ところがどっこい、嘘じゃないんだな~、これが」
アストレアは何も言わない。
それはつまり、本当だということ。
「他に答えるのはえっと……年齢は14で、レベルは6。好んで使う武器は大剣、片手剣、ナイフの三種類。発現した魔法も3つ。炎属性の速攻魔法、魔法無効化魔法、あとは…………」
「腰の剣でしょう?」
「あ、やっぱり分かった?」
「知ってる者が見れば分かります。ていうか、私がアストレア・ファミリアにいることを知ってる時点でおかしいと思ってましたが、昼間私達の戦いに魔法撃ち込んだのも貴方でしょう?」
「御名答。流石我が友だね」
彼は己の全てを詳らかに開示する。
年齢とレベル、武器、魔法についてすべて。
彼が語る情報が本当に正しければ、彼はこの都市最高峰の実力者だ。
闇派閥との戦いに加われば、一人で戦局を覆すことが出来るほどの。
そして、昼間の戦闘に介入したことも明言する。
「じゃあ、なんでその時リオンに声をかけなかったんだよ?」
「リュールゥが私を覚えてる確証がなかったからね。不用意に接触すべきではないと判断した。私自身色々と混乱の中にあったし」
「……そろそろ最初の質問に答えてください。アルゴノゥト、貴方はなぜオラリオに来たのですか?あと、その格好はなんですか?また光を?」
なんでここにいる、何をやっている。
リューが一貫して聞き続けてきたことだ。
「別に……来たくて来たわけじゃない。目が覚めたらオラリオにいただけだよ。あと目も無事だ。不用意に顔を見られたくないからしてるだけで」
「では、今のオラリオで何かを成すつもりはないと?」
「現状保留かな。さっきは女神アストレアに威勢の良いことを言ったが、今は行動に移せない。情報が足りなさ過ぎる。私の考えてる通りなら予定に変更はないが、もしそうでないなら一度考え直さないといけないしね」
「その予定とは?」
「秘密」
肝心なことは何も明かさない彼。
アストレアはその予定とやらを知っていそうだが、どこまで詳細に知っているか。
彼が何を成すのか、どんな無茶をやってのけるのか。
それを知っているリューは、気が気でない。
「というわけで、情報確認のためにも一度エレボスに会いたいんだけど、何処にいるか知らない?」
その言葉にいち早く反応を示したのは、アストレアだった。
今までの温和な表情をなくし、厳格な神としての顔でアルゴノゥトを見つめる。
「なんであの男神の名前が出てくるの?」
「闇派閥の首魁である彼なら、私が知りたい情報を確実に知ってるから。ていうか、そんなに意外そうな顔をしないでくれ。貴女達も薄々感づいてたことだろう?あの『絶対悪』が裏で糸を引いていることに」
絶対悪と呼ばれる神。
それは闇派閥の取りまとめにして、頂点。
圧倒的カリスマで悪を率いる、神。
「そんな奴の所在、知ってるわけないだろう。知っていればとっくの昔に捕まえて、暗黒期を終わらせている」
「ん?ああ、それはやめておいた方がいいよ」
「……なんだと?」
輝夜が刀に手を伸ばしながら、剣呑な表情でアルゴノゥトを睨みつける。
「やはり貴様、闇派閥の回し者か?」
「何もかもが違う。“やめてくれ”じゃなくて“やめておけ”だよ。嘆願と忠告を一緒にしないでくれ」
その二つは全く違うものだ。
それを指し示しながら、アルゴノゥトは続ける。
表情を変えず笑いながら、余裕を崩さず話し続ける。
力量差を把握しているからこその余裕か、自分の正当性を知っているからこその余裕か。
そのどちらなのかは、分からない。
「まず、連中の一番の長所と一番の短所はそれぞれなんだと思う?」
「…………。」
「怒ってるようなので私が答えるが、答えは両方とも“協調性とまとまりがないこと”だよ」
闇派閥の最大の短所と長所はそれぞれ同じことだ。
それがあるからこそ闇派閥は闇派閥足り得ているのだから。
「そして、それを潰しているのがエレボスだ。連中が好き勝手動けば各個撃破しやすくなるが、その分余計な住民の被害が増えやすくなる。トカゲの尻尾切りのように弱ったところから次々と斬り捨てられ、消耗戦を強いられる」
まとまりがないからこそ、連中は強い。
各々が好き勝手暴れれば、それだけでオラリオ側は大きな被害を受けるのだから。
まとまりがないから、連中は弱い。
好き勝手動けばそれだけ倒される可能性が上がるのだから。
闇派閥を延命させているのはエレボスだが、闇派閥をコントロールしているのもエレボスだ。
彼がいなくなれば、次にどんな外道が台頭するか分からない。
もしかしたら、もっと酷い結末を迎えるかも知れない。
「確かに、君の言う通りエレボスを捕まえられれば暗黒期の収束は近づくのかも知れない。でも、そうなれば無視できないレベルの犠牲が生まれる。どちらの道を選ぶかは……まあ君達に任せるよ」
アルゴノゥトは笑う。
エレボスのように、食えない表情と言動をしながら。
「個人的には捕まえないことをオススメするよ。然るべき時になれば向こうから現れるだろうし。ま、その時まで捕まるようなヘマはしないだろうからってのもあるね」
エレボスのことをよく知っているかのように、彼は笑う。
「エレボスのことをよく知ってるみたいだけど、どういう関係?」
「昔ちょっとね…………っと」
「ッ、輝夜!!」
アストレアに問われていた中、首元に刀が突きつけられる。
その刀の主は当然輝夜。
慌ててリューが静止するが、聞く耳を持たない。
「エレボスについて知っていることをすべて話せ。全てだ」
「大したことは知らないし、捕まえない方がいいって言っただろう?」
「それはこちらが判断する。話せ」
「話せるほど知らないんだよ。残念ながらね~」
「…………人をおちょくるような真似もいい加減にしろよ」
「やめなさい、輝夜!!」
輝夜の刀が更に動き、アルゴノゥトの首皮を傷つける。
血が滲むそれを見てリューは更に焦るが、当の本人は変わらず笑い続けている。
その様子が、ひどく不気味だった。
「私はお前のような男が一番キライだ。飄々と人を小馬鹿にして笑い続ける男が」
「…………そうかい、それは残念。私は君達のことが好きだよ」
「いい加減にしろと言ったのが聞こえなかったか?笑うのをやめろ」
「やめないよ。やめるわけにはいかないんだよ」
笑い続けるアルゴノゥトに、輝夜は怒りを募らせる。
「何も知らないくせにヘラヘラと。この都市でどれだけの人々が泣き続けていると思っている?仲間の命を奪われたことも、誰かの命を奪ったこともないであろうお前が――――」
「あるさ」
輝夜の言葉を遮るように、アルゴノゥトは言った。
初めて笑みを消して、彼は言った。
包帯の下から赤い瞳を見せながら、彼は強い感情をにじませる。
「自分に笑いかけてくれた
その瞳に宿る感情は、確かな怒りだ。
だが、その怒りの矛先は輝夜に向いていない。
何処を向いているか分からないそれは、酷く儚い思いに思えた。
「人の過去を勝手に決めつけて、見下すような発言は控えた方がいい。君がどんな過去を背負っていたとしても、誰しもに過去はある。その過去を蔑ろにすれば、いずれ自分に返ってくるよ」
指先で輝夜の刀を掴む。
それだけで、それ以上彼女の意思では刀は動かなくなる。
それをゆっくりと首元から離すと、パッと手を離して再び彼は笑う。
「なあんて……らしくなく感情的になって、つまらないことを言ってしまったね。忘れてくれ」
彼は席を立ち、ゆっくりと外に続く扉に向かって歩いていく。
「さてと、私のせいで空気も悪くなってしまったことだし、私はそろそろ行かせてもらうよ。食べ終わった食器くらいは各自で――――」
「はい、ストップ」
「ぐぇッ」
立ち去ろうとするアルゴノゥトの服を掴み止めるリュー。
首元が締まったのか潰れたカエルのような声を漏らしながら、不満げにリューを見つめるアルゴノゥト。
「なんだい、リュールゥ?」
「なんだいじゃありません。何処に行く気ですか?」
「何処って、御暇しようとしただけだよ。もう夜も更けてきた。これ以上この花園に居座るのは無粋だろう?」
「行く宛はあるんですか?突然オラリオに来たんでしょう?」
「そりゃもちろ……あっ、あそこは使えないから……まあいっか。もちろんあるよ」
「アストレア様」
「嘘ね」
「おっと、旗色が悪くなってきたぞ」
分が悪くなった来たのを察したアルゴノゥトは逃げようとするが逃げられない。
掴まれたのが腕だったら無理やり振り解けるかも知れないが、服では難しい。
リューも意固地になってるだろうし、逃げるより先に服が破けかねない。
「もう一度聞きます。何処に行く気ですか?」
「……ここではない何処かに?」
「逃げる気満々じゃないですか」
「失礼な。逃げる気なんてないさ。情報収集も兼ねて君達のお手伝いをしたいと思ってるから、明日の朝にはまた顔を出すよ」
「そういう問題じゃないんですよ。明日の朝までどう過ごす気ですか?」
「適当に都市をぶらついて時間を潰すよ」
「この都市の状況分かってます?危ないでしょう」
「大丈夫だって。今の私そこそこ強いから」
「だから、そういう問題じゃないんですよ。無駄に神経すり減らす気ですか?」
「ここに居座るほうが神経すり減らすよ。あと、服を離してくれ」
「嫌です。離したら逃げるでしょう?」
「破けるって。流石に半裸の包帯男は不審者が過ぎるって」
「だったら大人しくここに泊まりましょう?」
「待て待て待て!庭を貸すとかじゃなくて、私を館に泊める気かい!?」
「そうですが?」
「正気か!?お仲間のことも少しは考えなよ!?」
仲間を無視して話を続けるリューに、流石にアルゴノゥトも慌てた声を上げる。
だが、そんなもので動じるリューではない。
「考えてますよ。考えた上で言ってますよ」
「だから、館に不用意に怪しげな男を――――」
「私の部屋に泊めるつもりなので、ご心配なく」
「は?」
呆気にとられた声を上げるアルゴノゥト。
そんな彼に、彼女は無情に告げる。
「一晩中私が同じ部屋で貴方を監視します。だからこの館に留まりなさい、アルゴノゥト」
そんな彼女に。
「…………は?」
理解出来なかったアルゴノゥトは、もう一度呆気にとられた間抜けなことを上げた。
「強引過ぎるだろう、君」
リューの部屋に運び込まれたソファに横たわりながら、そう溢すアルゴノゥト。
包帯のせいで上手く表情は伺えないが、かなり呆れて疲れているようだ。
まあ、それもそうだろう。
あの後かなりの問答の末、半ば強制的に泊まることを決められたのだから。
「
「貴方の軽薄な振る舞いが芝居であることくらい、もう周知の事実です。今更その程度のことを疑う真似はしません。それに、色々話したいこともあったので」
ベッドの上、窓辺に座りながら彼女はアルゴノゥトを見つめる。
その視線はどこか胡乱げで、不満げだった。
先程のやり取りと、彼の今後の行動について物申したいのだろう。
「なんであそこまで輝夜を怒らせたんです?上手く立ち回ることくらい出来たでしょう?」
「距離を取るためだ。彼女、口では何だかんだ言いながら義理堅く優しい。身内認定すればトコトン甘くなり、刃を向けるのも難しくなる。それでは困るんだよ。彼女含め君達には、私に対して全力で戦ってもらわないと」
「…………それも、秘密の予定とやらですか?」
「そうだよ。だから言えない」
「そうですか。では、別のことを聞きましょう」
ここで無理に問いただしても彼が答えることはない。
いくら時間を費やしても、それらは全て無駄になる。
だから、別のことから切り崩していく必要がある。
「貴方、アルゴノゥトじゃないでしょう?」
その言葉に、アルゴノゥトは初めて驚きを顕わにした。
包帯をズラして目を見せながら、リューを見つめる。
初めて彼女を真っ直ぐと見つめながら、その言葉の真意を理解する。
「まいったな……なんで分かったんだい?」
「言動含め、最初から違和感はありました。でも、一番の決め手はアレですね」
「アレ?」
「軽薄さが足りませんでした」
「……なんだそりゃ」
本物のアルゴノゥトなら、女性に囲まれ居心地の悪さを感じることなど、ましてや出ていこうとはしない。
少なくとも、喜ぶふりをする。
それをしなかったことで、確信に変わった。
「……すいませんでした。騙す意図がなかったわけじゃないんですが、貴女達を不快にさせる気もありません。浅はかなことをしたと、反省してます」
「お気になさらず。さっきは分かりやすさ優先でああ言いましたが、貴方を偽物だと思ってるわけじゃない」
偽物だったらとっくの昔に斬り捨ててる。
彼がアルゴノゥトではないだけで、偽物でもない。
そんなことは、一目見れば分かったことだ。
「三千年前のことを知ってた時点で、大体の事情は察しが付きます。彼と会っているのでしょう?その魂と志と思いと、それらを確かに受け継いでいるのなら貴方は彼だ。他ならぬ、私達の英雄です。そんな貴方と会えて、私は嬉しい」
「リューさん……」
彼のような口調はすっかり鳴りを潜め、とても真面目そうな敬語口調で。
眼の前の彼は、アルゴノゥトではないことを突きつけられる。
それ以上に、彼と同じまま変わらないものがあると知れて、とても嬉しかった。
「ありがとうございます。じゃあ、お詫びとして僕からも一つ」
「はい、なんですか?」
彼は包帯を外し、その白い髪と赤い瞳を見せながらリューに告げる。
その顔は、確かに三千年前のまま。
変わらない、リューたちが愛した英雄のものだった。
「僕も君と会えて嬉しいよ、リュールゥ」
その言葉に、今度はリューが驚き目を見開く。
穏やかに笑う彼を見て、確かに感じる。
眼の前にいるこの人の中に、確かに彼が生きているのだと感じることが出来る。
それだけ、十分だった。
「あぁ~こっから動揺させて情報取ろうと思ったのに~ 一本取られた~」
「こっちはずっとやられっぱなしなんですから。一本くらいください」
「よく言いますよ。これから私達を振り回すくせに」
どうせ、喜劇を為すために振り回される。
それだけは、昔から変わらない自分たちの性分だ。
「申し訳ないですけど、多分そうなります。考えがあってる確証が持てた段階で、僕は闇派閥の壊滅に移るので」
「闇派閥の壊滅とは。随分大きく出ましたねぇ……出来るんですか?現状、連中の根城すら分かってないのに」
「僕はそれを知ってます。入る手順が少しややこしいので準備は必要ですが」
「ほう?ゼウス・ファミリアの情報網ですか?」
「いいえ。ただの体験です」
知識でも知恵でもなく、彼はその全てを体験している。
だから、今の都市の全てにおいて彼は一歩先んじて動くことが出来る。
「リューさんにも協力してほしいことが沢山あるので、最終目標以外のすべてを話します。聞いたら多分引き返せませんけど、大丈夫ですか?下手したら輝夜さんたちと大喧嘩しちゃうかもしれませんよ?」
「喧嘩が何のその。貴方と出会った時点で引き返せませんよ」
穏やかに笑いながら、リューはそう言う。
どうせ、彼が心配してることなんて大したことではない。
仲間が関係することで、彼がそれを重んじて動かないわけがないのだから。
「じゃあ、話しますね」
「はい、どうぞ」
「僕、7年後の未来から来たんですよ」
何気なく伝えられる、衝撃の事実。
「…………は?」
今度はリューが呆気にとられて、間抜けな声を漏らす番だった。
話をすべて聞いたリューは、頭を抱えながらベッドの上で仰向けになる。
事態が理解の範疇を超えているのだ。
「“事実は小説より奇なり”とは言いますが、まさか本当に未来からとは。いえ、貴方が嘘を言う理由がないのは分かってますが……」
「やっぱり、信じられないですよね……僕も信じられないですし」
「いいえ、信じますとも。他ならぬ貴方が言うのであれば、それがなんであれ信じます」
彼への信頼が、拒絶を許さない。
揺るぎないたった一つの思いだけで、彼女はどんな事でもなせる。
「しかし、こうなればアストレア様にそのことを打ち明けなかったのは正しい。話していれば、私達の過去にまで追求が及んでしまうでしょう」
「違和感があったから騙す覚悟で一か八かやってみたらうまくいきました。これが失敗してたら、もっとややこしいことになってたでしょうね」
かなりの綱渡りを成功した。
その数と質は、今までの修羅場に引けを取らないだろうと彼は思う。
「それで、アル殿……ではないですね。今のお名前を伺っても?」
「いえ、今はアルゴノゥトでお願いします。リューさんを信じてない訳じゃないですが、名前が二つあるとどちらで呼べばいいのか迷うこともあるでしょうから」
「では、事態が終わるまではアル殿と。終わったら、名前教えてくださいね?」
「ええ、必ず」
それは約束。
違う時間を生きる彼と交わす、最初で最後の誓い。
「話を戻しましょう。アル殿はこれからどうするおつもりで?」
「しばらくは情報収集って形でリューさんたちのお手伝いをするつもりです。その中で、リューさんには僕からいくつか闇派閥の情報を渡すので、偶然知ったって体で拠点の強襲を」
「分かりました。それには貴方も?」
「はい。違和感を持たれないように巡回の合間を使いながら上手くやりましょう。不信感が増せば、何か情報を隠されるかも知れません」
「そのあたりは今も酷いですからね……その後は?」
「必要なものと情報さえ得れば、本格的に壊滅に動きます」
「私も同行します……とは、言えませんねぇ。立場もそうですし、今の私では足手まといでしょうから」
「はい……でも、一人で行く気はありません。色々と必要な事と物もありますし、そのついでにちょっと探してみます。幸い、アテがあるので」
「あぁ、なんとなく想像つきます」
昔から調停役やら仲介役やら、何度も貧乏くじばかり引く友人の姿が思い浮かぶ。
彼は今回も苦労人ポジションからは逃げられないようだ。
「そうだ。リューさん、手を出して貰っていいですか?確認したいことがあって」
「? なんですか?」
異性どころか同性との接触すら拒んできた潔癖エルフ。
そう知られているリュー・リオンからは信じられないほど、アッサリと手を伸ばす。
その事に自分ですらも驚くが、不思議と忌避感はない。
それはきっと、彼が彼だから。
たとえ記憶がなくとも、リューが彼を拒むことはきっとない。
「うん?なんか、ピリピリしますね。なんですか、これ?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
リューの手を離すと、アルゴノゥトは少し考え込むように辺りを歩き回る。
「こっちのリューさんは剣を持てない。多分、この分だと他の人達も……となると、剣を使った強襲は無理。【
色々と呟きながら、彼は悩んでいるようだ。
その様子は真剣そのもの。
邪魔するのも悪く思えるが、いつまでもこのままでは困る。
「何に悩んでいるのかは知りませんが、そろそろ休みませんか?いくらレベル6の身体と言えど、不眠が続けば堪えますよ?」
「リューさんは先に寝ててください。僕はきっと寝られないから……」
「神経が高ぶって?」
「それもあるんですが、そうじゃなくて……」
どう言えばいいのか迷い、言い淀むアル。
だけど、やがてゆっくりと天井を見つめながら語り始める。
「こっちに来てからずっと夢見心地っていうか、夢の世界にいるような感覚なんです」
「まあ、そりゃこんな不思議体験すれば誰だって夢心地になりますよ」
「なんとなく分かるんです。この夢から覚めたら、僕はここにはいられないって」
漠然とした感覚が、ずっとあった。
時間が経つにれて輪郭を帯びてきたそれは、ようやく手に取れるようになった。
この感覚はきっと、間違っていない。
「夢の中で寝たら現実で目が覚めるように、きっと僕は一度でも意識を失えばこの世界から弾き出される。今の僕は、この世界にとって異物だから」
そう呟く彼は、少し危ういように思えた。
「辛いですよね……」
「寝られないのはキツイですけど、まだ大丈夫ですよ」
「これだけじゃありません。輝夜からキツく当たられて、アリーゼたちから疑われて。苦しくありませんか?」
彼の息を呑む音が聞こえてくる。
言葉に詰まる彼に、リューの胸も苦しくなる。
「貴方は明言してませんが、きっと未来でも私達はそれなりに仲がいいのでしょう?でないと、あんな顔であんな言葉は出てきません」
輝夜に嫌いだと言われた時。
少し間を置いて、言い淀んで、何処か苦しそうに輝夜たちが好きだと彼は言った。
あれはきっと、彼の中では必要なことなのだろう。
その正誤については分からない。
だがきっと、それについて回る苦しみをすべて、彼は受け止めようとしている。
それが自分の罪であり、罰であると言わんばかりに。
「苦しいなら苦しいと言ってください。弱い私では何も出来ずとも、隣で手を握るくらいは出来ますから」
「……ありがとう、ございます」
一緒に苦しみたい。
彼と一緒に戦いたい。
ずっとそう願ってきた。
彼の遺志を全うできなかった自分には、それしか出来ないのだから。
「でも、大丈夫です。今こうしてリューさんと話せて、一緒にいられるだけで、十分なんです」
「アル殿――――」
「本当ですよ。本当に、嬉しかった。右も左も分からず戸惑いながら、必死にそれを繕っていた僕に、貴方は優しく名を呼んでくれた。僕の知ってる貴方みたいに接してくれた。それだけで、揺るぎないものを僕は得られた」
すべてを救う決意を、再確認できた。
たとえ世界が変わっても何も変わらないと、思い知ることが出来た。
「僕は戦えます。だって、頼もしい
彼は笑う。
名前も知らない
それはきっと、何よりも暖かく美しいものだ。
「だから安心しておやすみなさい、リューさん。良い夢を」
「――――ええ、おやすみなさい、アルゴノゥト。また、明日」
穏やかに笑う彼に安心して、リューは眠りにつく。
血と喧騒、悲鳴に満ちた都市で何よりも穏やかな一時が、そこにはあった。
Q&A
Q.雷霆の剣の効果は?全ステイタスへの超高補正みたいな感じ?
A.大体そう。師匠のラウルス・ヒルドと似た感じ。あれも雷の加護だし。全能力値へのランクアップ並みの超高補正を常時発揮され、知覚や反応速度も上昇する。体内に雷を流せば、もっと上がる。ベルくんの感情に合わせて効果が上下するから、高ぶれば高ぶるだけ能力も高まる――――という名の、エヴァンゲリオン方式です。
あとがき
朗報:リューさん、ヒロイン化が止まらない。
書いてて、ヤバイくらいヒロインやってるなって思っちゃいました。
それと、今回ベルくん割りと仲間の恩恵を受けられない地力での戦いになります。
道化行進は機能してないし、ナイフはないし。
これらをどうやって解決するのか。
お楽しみいただければ幸いです。
メンタルは割と平気。
輝夜さんの時がヤバかったけど、リューさんセラピーが入ったおかげで持ち直した。
こっからは覚悟決めて一直線で行きます。
以上、あとがきでした。