道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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時を渡る道化英雄~愚火~

 

アルゴノゥトがゼウス・ファミリアとして、アストレア・ファミリアに願うこと。

それは強くあること。

それは生き残ること。

 

それを告げたあの時、彼は笑っていた。

それを告げたあの時、彼は泣いていた。

 

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない────ってね。でも、その後生き続けられるかどうかは分からない。不条理によって、人も神も簡単に死んでしまうから。だから、強くなってよ。どんな不条理でも全てを守れるくらい、強く」

 

彼は悲しげに笑う。

もう自分は手にすることが出来ない幸せを思いながら。

それを誰にも感じて欲しくないから。

 

寂しさと悲しさを押し殺して。

誰かのために、必死に笑う。

 

「いつかの未来で、かけがえのない笑みを守ったことを誇れるように。いつかの未来で、残した種が花咲く瞬間を見届けられるように」

 

それは何の英雄の詩だったか。

それを何でもないように語る仕草を見れば、彼はどうしようもなく詩人なんだと分かる。

詩人で、英雄で、最強で、導手で。

彼はきっと、自分たちに道を示している。

自分たちを何処かに導こうとしている。

 

それはきっと優しさから。

それはきっと、同情と憐憫から。

他人の痛みを自分ごとのように感じられる彼はきっと、今も苦しんでいる。

 

「別に苦しんでなんかいないさ。この世界において、私は最も自由なんだから」

 

本来計算に入れなくてはいけないものを、入れなくていい。

本来優先させなければいけないものを、優先しなくていい。

これだけで、彼は何よりも自由に強くあれる。

 

彼の一番の欠点が、今は存在しないのだから。

 

「────さあ、喜劇を続けようか」

 

そう言って、彼は笑う。

全てを嘲笑う道化のように。

全てを騙しぬく詐欺師のように。

全てを抱えぬく、英雄のように。

 

その笑顔が、心の底から嫌いだった。

 

…………

………

……

 

「おや、誰かと思ったら輝夜か」

 

寝苦しさを覚えて目が覚めた。

喉の乾きと息苦しさを感じ、なにか飲もうと厨房の方に向かうと、いつもの食卓に地図を広げながらその男はいた。

アルゴノゥト……二日前からここに滞在する、道化のような詩人。

リューの知り合いらしいが、この男を輝夜はどうあっても好きになれない。

そんな思いを知ってか知らずか、男は相も変わらず不審な包帯を巻いて、穏やかに笑っている。

 

「……何をやっているんだ、お前は」

 

「ん?情報整理と予定確認だよ?混乱と偶然から始まった出来事だからね。色々と行き当たりばったりなんだよ」

 

「昼間のあれもか?」

 

「そうだね。元々君達を強くしたいとは思っていたから、丁度いいかなって」

 

なんてことはないように言う彼に、少し苛立ちを覚える。

そんな思いつきで自分たちを振り回し、挙句の果てにあんなものを見せて強くなれなどと。

水を引っ張り出して一口飲む。

彼を睨み続けながらの行動ではあったが、アルゴノゥトは変わらず笑い続けるだけだ。

 

「輝夜こそ、こんな時間にどうしたんだい?」

 

「……少し寝苦しくて起きただけだ」

 

「そう。眠れないなら軽く何か食べる?よければ作るよ」

 

「勝手にしろ」

 

「りょーかい」

 

地図をそのままに、アルゴノゥトは厨房の方に向かう。

完全に背を向け、何を作ろうか鼻歌交じりに食料庫を見ている。

その様子を確認した輝夜は、そっとアルゴノゥトが見ていた地図に近づきその内容を確認する。

 

「残念だけど、大したことは書いてないよ」

 

突然の言葉に驚いてアルゴノゥトの方を見るが、彼は振り返ることなく平然と調理している。

元々視力に依存しているかも怪しい男なのだ。

この程度簡単にやってのけるだろう。

 

「……品のない男だ。女の行動を逐一把握するとは」

 

「把握してないよ。ただ、昔から人の視線に敏感なだけ。この状況と視線の種類を思えば、君が何をしようとしてるかなんて分かりきってるからね」

 

「変わらないだろう」

 

物の位置などは兎も角として、彼は大半の動作や攻撃を視線や殺気で判断しているらしい。

不意打ちはほぼ効かないだろう。

 

「聞きたいことがあるなら聞いていいよ。答えるかどうかは別だけど」

 

話をする気はあるようだ。

まともな会話をするつもりがあるかは別として。

その勝手気ままで自由奔放な態度が、本当に気に入らない。

 

「真偽は兎も角、偶発的にお前がこの都市に来て二日が経った。その間お前は暗黒期の平定と言っていくつかの拠点を制圧した」

 

「うん。そうだね」

 

「それと同時に私達の成長も目標だと言っていた」

 

「悪いが、それはついでかな?強くなってくれるに越したことはない。でも、君達が強かろうが弱かろうがそっちの最終目標は多分果たされる。最悪の事態だけは、絶対に回避できるんだ」

 

「それだ。私が一番気になっているのは」

 

ここで初めて彼は振り返る。

包帯で表情は伺えない。

包帯があろうがなかろうが、表情は伺えない。

彼と出会ってから、彼から人間らしい感情を感じたのはたった一度だけ。

自分が彼を怒らせた時だけだ。

それは一体、何故なのか───?

 

「お前の最終目標とはなんだ?普通、暗黒期の平定が最終目標だろう?」

 

ここで、彼の感情を引きずり出したい。

ここで彼の真意を確かめたい。

そうでないと、仮に闇派閥を全て平定できたとしても輝夜は真に安心できない。

 

「普通、普通かぁ……。ま、確かにそうだろうね。でも、私は普通じゃないから」

 

「ゼウス・ファミリアだからか?」

 

「それは関係ないよ。これは私が私だから。もっと言うなら、私がここに来てしまったからだ」

 

彼は偶発的にここに来た。

下界の未知だか何だか知らないが、そこに彼の意思は存在しなかった。

 

「どういう意味だ?お前は何をするつもりだ?」

 

「う~ん……それを話すわけにはいかないね。というより、まだ話す段階ではないね」

 

「段階ではない……?」

 

「謎解き小説を読む時、証拠も登場人物も出揃ってないのに推理が始まったら困るだろう?つまりそういうことさ。“今はまだ語るべき時ではない”って奴だね」

 

煙に巻くように、彼は笑う。

 

「語る気はあるのか?」

 

「君達がそれを望むなら。ほら、私って義理堅い性格だから?」

 

この不愉快な態度を見れば否定してやりたくなるが、おそらく彼の言葉は正しい。

彼は病的なくらい義理堅く生真面目だ。

その程度のことは、この二日間で分かった。

 

「ならいい。それまではお前の言う喜劇に付き合ってやる」

 

「それはありがたいね……って、何処行くんだい?夜食できたよ?」

 

夜食の完成間近で出ていこうとする輝夜を呼び止めるが、彼女は構わず扉に向かっていく。

 

「いらん」

 

「えぇ~君が作れって言ったんだろ?」

 

「私は勝手にしろとしか言ってない」

 

「我儘だなぁ……いらないなら私が食べちゃうからね?」

 

そんなことをされても彼は恍けたような口調で笑うだけ。

毒気を抜かれるような仕草だが、やはりそこからは感情が感じられない。

どうしようもない、距離を感じるだけだ。

 

「最後に一つ言っておくぞ」

 

「ん?」

 

扉から出る直前、一度だけ振り返り彼を睨む。

 

「貴様の最終目標が何であれ、それが都市に危害を加えるようなものなら躊躇なく斬る」

 

アルゴノゥトより弱いのに……などとは言えない。

それは彼女の決意。

 

「リオンの知り合いだろうが何だろうが躊躇なく、刺し違えてでも貴様を殺す────それだけは覚えておけ」

 

その決意を聞いて、彼は酷く安心したように笑った。

それは彼が輝夜の前で見せた、二度目の感情。

心の底からの、安堵だった。

 

「安心したよ。君がそう言ってくれて」

 

「…………何?」

 

その安堵はなんだ?

なぜ安心した?

殺すと言われて、なぜそんなふうに笑っていられる?

 

「輝夜……強気心を持つ優しき乙女。君は君が信じる正義を貫いてくれ。大丈夫、私が保証するよ。君の正義は間違いなんかじゃない」

 

アルゴノゥトは笑う。

不気味なくらい穏やかに、心の底からの笑みを見せる。

 

「君は君らしく何があっても正義を掲げ、己を信じ、都市を守り抜いてくれ。それはきっと、私にとっても希望(エルピス)となる」

 

その笑みが何なのか、理解出来ない。

彼は何をなそうとしているのか、彼は何がしたいのか。

本当に、分からなかった。

 

「おやすみ、輝夜。良い夢を」

 

理解出来なくても良いと思った。

彼が何であれ、自分には関係ないと思っていた。

 

まあ、間違いではない。

あいつが何であれ私には関係ない。

この行動に後悔などない。

 

だがそれでも────

少しだけ、あいつと話したいと思ってしまった。

 

…………なあんて、な。

 

 


 

 

そしてまた日が昇る。

 

「朝ご飯出来てるよ~召し上がれ~」

 

昨日と同じように立派な朝食を作っていたアルゴノゥト。

初日の夕飯から思っていたが、料理が嫌に美味い。

今まで食べてきた中でも一二を争うレベルで美味しいこれに慣れ始めている自分たちが怖くなる。

 

(これ、こいつがいなくなった後元の食生活に戻れるのか?)

 

ライラはそう不安に思い始めてきた。

アルゴノゥトのことは胡散臭く思ってるし、正直どうなろうが知ったことではないがこの料理が食べられなくなるのは嫌だ。

 

「…………なあ、詩人。お前暫くしたらいなくなるんだろ?」

 

「うん?そうだよ?なんだい?私がいないと寂しいのかい?」

 

「お前はどうでもいいんだよ。お前の料理に依存し始めてんだよ。いなくなる前にレシピだけは残していけ」

 

「おいおい、バカなこと言うもんじゃないよ。レシピってのは私達料理人にとって魂なんだ。冒険者で言う愛用装備に匹敵する代物さ。それをタダで明け渡せってのは虫が良すぎるぜ?」

 

「どういう立場から物言ってんだテメエは」

 

不敵な笑みを浮かべながらそう言うアルゴノゥト。

まあライラとしてもかなり勝手なことを言った自覚はある。

若干残念に思いながらも諦めようとした時だった。

 

「ま、別に良いんだけどね」

 

「いいのかよ!料理人の魂は何処行ったよ!?」

 

「何言ってるんだい?私は詩人だよ?」

 

「よし、そこに直れ。一発ぶん殴ってやる」

 

あれだけ言っておきながらアッサリとレシピを開放するアルゴノゥト。

その様子には、流石のライラもイラッときた。

 

「食事中ですよ、ライラ。後にしてください」

 

「リュールゥ?友達なら庇ってくれないのかい?」

 

「少しフザケ過ぎです。痛い目に遭って反省してください」

 

「ひどい!?」

 

とは言いながら、彼は紙を受け取りそれにレシピを記し始める。

彼が知ってる全ての料理を記すことなんて出来ないから、せめてここに来てから振る舞ったことのある料理だけ。

それでも調味料から水の量まで、克明に記述する。

 

「ところで、ずっと気になってたことがあるんだけど、いいかな?」

 

「奇遇だな、詩人。アタシもずっと気になってたんだよ」

 

ライラとアルゴノゥトが見つめる先には一人の幼女。

口いっぱいに料理を頬張りながら、空になった器をアルゴノゥトに差し出す。

 

「アル……おかわり」

 

「おかわりは別に構わないが───なんで君がここにいるんだい、アリア?」

 

女の園に見慣れない住民が一人。

いや、住んでいるわけではないから住民ではないが。

それでも違和感のある光景には違いない。

 

「朝早くリヴェリアと一緒に来たかと思えば、しばらくここに滞在するって……君もよくやるね」

 

「どうせアル殿のことは何も話してないのでしょう?話してたら潔癖な彼女が許可など出すわけもない。ホントに……来客対応をしたのが私で良かったですね」

 

「そのあたりは、アルとリュールゥを信じてた」

 

「「嫌な信頼のされ方だ」」

 

呆れたように溜息をこぼしながら、二人は揃って呟く。

その強かさを今発揮しなくても良いものを。

 

「大方、抜け出した罰として本拠での謹慎を言い渡されそうになったところを、アストレア・ファミリアでの奉仕活動に変えさせたんだろう?アストレアを毛嫌いしているロキがよく許可したものだ」

 

「大正解……リヴェリアとガルムスを味方につけた。あと、ガルムスもまた後で会いに来るって」

 

「ガルムス〜!面倒事を悟ってこっちに押し付けたな~!」

 

「大正解ではありません。まったく……子守をするこっちの負担も考えてくださいよ」

 

アイズから事情を聞いて、こちらに全て押し付けたようだ。

あの旧友の危機感知能力は健在。

それを察した二人は頭を抱えるように天井を仰ぐ。

 

「子守は、失礼な言い方」

 

「今の君はどう形容しようと子どもだ。リヴェリアにも言われてるだろうが、ダンジョンに行くことは禁止。ついでに単独行動も禁止、戦闘も基本はサポートだけ。それを守れるかい?」

 

「守る……!」

 

自信満々にピースサインをするアイズ。

その様子を見て何処はかとなく不安に思い、アルゴノゥトとリューは再度顔を見合わせ大きなため息を溢す。

 

「そもそも、なんでこんな真似を?アル殿がいるからにしても、やり過ぎです」

 

「それもあるけど、そうじゃない。アルが、何か、やりそうだから」

 

「…………何かって?」

 

「雄牛や獅子の時と似たようなこと」

 

ジッと彼を見つめるアイズの瞳は、幼子のそれではない。

それにはアルゴノゥトも真剣な表情をして、彼女を見つめ返す。

 

「違う……?」

 

「………違わないよ。でも、それは君がいてもいなくても変わらない。君が無理をしてまでここにいる理由はないよ?」

 

「構わない。私はただ、その時何も知らない部外者でいたくないだけ。また別れが待ってるとしても、今度は最後まで一緒がいい」

 

真剣な表情で語る彼女に、アルゴノゥトは何も言えない。

何かを言う資格など、彼にはない。

 

「…………それで、いい?」

 

「好きにしてくれ」

 

諦めたように天井を仰ぐアルゴノゥト。

彼が折れたことでこの話は終わり。

これ以上話すことはなかった。

 

「…………。」

 

気になったのは、アストレアがずっと何も言わず話を聞いていたこと。

何も嘘はついていない。

でも、今回のこれは本当のことを話しすぎたかも知れない。

余計なことを話しすぎれば、それだけで彼女は真実に辿り着きかねない。

 

「────いつか、貴方の隠してることを教えてね」

 

案の定部屋から出ていく時、そう言われてしまった。

それに対する答えだけは、用意できていた。

 

「いいよ……7年後にでも、話してあげる」

 

答えは7年後。

この世界のベル・クラネルが話すべき事柄だ。

未来から来たベル・クラネル(アルゴノゥト)が話すべきことは、なにもないのだから。

 

 


 

 

「それで?今日は何をなさるおつもりですか?」

 

「ん?何って?」

 

「どう動くの?何かやりたいことあるんでしょ?」

 

「あぁ、そういうことね」

 

昨日のようにリューと、ついでにアイズを肩車した状態で都市の巡回に行くことになったアルゴノゥト。

相変わらず包帯をいじられてしまっているが、もう諦めた。

言っても聞いてくれないし、無理矢理離そうとすれば毛根を持っていかれるし。

こんな状態の何が楽しいのかは分からないが、まあ大人しくしてくれるなら何でもいい。

 

「現状は特に、かな?最初は君達を虐め倒すことも考えてたけど、あんまり効率的でもないし。だったら後々のことを考えて治安維持のために相手方の戦力削ぐ方がマシ。夕方には二箇所くらい拠点襲撃するけど」

 

「……気になってたけど、アルはなんで自分だけで動かないの?」

 

「確かに、私たちに構わず一人で闇派閥の拠点を潰しまくる方が効率的ですよね」

 

二人からのその指摘はもちろん、アルゴノゥトだって考えた。

だが、色々あってその考えは却下した。

 

「それは確証が持てたあと。じゃないと何をどこまですればいいのか判断できない。仮に予想通りでも考えなくちゃいけないことが多いのに」

 

「確証?」

 

「うん。色々あるんだよ、色々ね〜」

 

笑うように誤魔化しながらも、アルゴノゥトは少し真剣に。

本当に少し色々あり、困った事態になっているのだから。

 

「では、考えなくてはいけないこととは?」

 

「私の力不足をどう補うか。当日の疲労具合にもよるけど、それ以上に相手が強すぎる。戦力というか攻撃手段と勝てる見込みがあんまりないんだよね」

 

眠れない状態が続いていることで、アルゴノゥトは今も少しずつ疲労が溜まり続けている。

だが、依然として彼は強い。

きっと死ぬ直前ですら今のリューより強いだろう。

そんな彼ですら強すぎるという相手はどこの誰なのか。

気になるが、話してはくれないだろう。

 

「元の時代では使えた【道化行進(スキル)】が使えない。愛用のナイフもない。こんな言い方をしたら彼には悪いが、ぶっちゃけクロッゾの魔剣が欲しいくらいだ」

 

「あなたがそう言えば、あの御仁なら喜んで打ちそうですけどね」

 

「クロッゾ、いないの?」

 

「私の記憶が正しければ、今頃ラキア王国を出奔したくらいだろう。その後剣製都市(ゾーリンゲン)に行って、そこでへファイストスに勧誘されオラリオにって流れだね」

 

正確な時期までは聞いていないが、ざっと一年から二年後といったところか。

どの道、今はオラリオにはいないだろう。

 

「オルナとエルミナは二年後、フィーナは四年後だったかな?それぞれオラリオを訪れて、ロキ・ファミリアに入団することになる。あ、フィーナは学区の同級生たちと一緒にゴライアスと戦って死にかけるから助けてあげてね」

 

「すんごいネタバレしてきますね」

 

「ん、分かった。任せて」

 

未来のことを克明に語る彼に呆れながらも、その言葉を信じる二人。

フィーナは二人にとっても失い難い友人なのだから。

助けることに否はない。

 

「他に言うべきこともたくさんあるが、それらは手記にでもまとめておくよ。馬鹿正直に君達に渡すわけにはいかないから、渡す相手は少し考える必要があるけどね」

 

「私たちに渡しちゃ、ダメなの…?」

 

「そりゃダメだろう。誰かに見られるリスクもあれば一冒険者じゃ難しい問題もある。ただの人間が抱えるには大きすぎるものなんだよ、未来って奴は」

 

「一人で抱えようとしたアルには言われたくない……」

 

「おっと、またしても地雷を───っと、話は一旦ここまでだ」

 

「ん?ああ、そう言うことですか」

 

突然話を打ち切ったアルゴノゥトに疑問を覚える隙もなく、目の前から見知った少女が駆け寄ってくる。

 

「アルゴノゥト!リオンたちもこんにちは!」

 

「やあ、アーディ。また会ったね」

 

「こんにちは、アーディ」

 

「こんにちは」

 

昨日と同じようにアーディと出会した。

快活に笑う彼女に、アルゴノゥトたちも笑いながら挨拶をする。

 

「7年後にならなかったね?」

 

「あれはそういう意味じゃないんだけど……まあいいや」

 

どこか揶揄うような笑みへ変わるアーディに対し、アルゴノゥトは困ったような笑みを浮かべる。

彼が語る7年後の意味を正しく理解できるのはリューとアイズだけ。

彼が語る7年後に、きっと彼自身はいない。

 

「さてと、それじゃあ何を話そうか。道化(アルゴノゥト)の続き?それとも私の好きな英雄(エピメテウス)の話でもするかい?もちろん、巡回がてらになってしまう事を君が許してくれればだけどね?」

 

それでもそれらを包み隠して、彼は笑う。

彼が何を思って、何を成そうとしているのか。

それは分からない。

 

「う〜ん……そうだなぁ……もちろん巡回がてらなのはいいよ?私も一緒出来れば色々助かるし。でもそうじゃなくて───」

 

ぶっちゃけ、アルゴノゥトとしては視線が痛いので遠慮したい。

ただでさえ不審な目隠しをしたままアイズを肩車してるせいで周囲から怪訝な目を向けられているのだ。

その上で美人二人と一緒に行動すればどうなるかなど、火を見るより明らか。

ま、そんなものはアーディに関係ないのだが。

 

「出来れば、キミ(アルゴノゥト)の話を聞きたいかな?」

 

「……私の?」

 

その言葉の意味を理解できず、疑問を浮かべるアルゴノゥト。

だが、その意図を察したのかすぐに取り繕った笑みを浮かべる。

 

「そういうことなら喜んで。何を話せばいい?女性の好みなら金髪で長髪の年上。エルフなら尚良しって感じかな?」

 

「そこまでは聞いてないんだけど……ていうか、大丈夫?上の子、すんごい目つきでリオン睨んでるけど?」

 

「あ、やっべ」

 

愛剣に手をかけながらリューを睨みつけるアイズ。

少し軽率にものを言いすぎたかもしれない。

 

「リュールゥ……何故か金髪になったと思えば……!」

 

「ちょ、誤解ですって!!私が望んでこの髪になったわけじゃありません!!」

 

「アリア!痛いって!髪引っ張らないで!私の毛根に何の恨みがあるの!?」

 

「毛根にはない…恨みがあるのはアルにだけ!!」

 

「何の恨み!?」

 

それはもちろん、女性関係での恨みだろう。

意図しているのかいないのかは分からないが、前世では妻がいる身なのに数々の女性を引っ掛けて来たのだから。

そりゃあ恨み言の一つや二つ言いたくもなる。

(現時点では)完全に巻き込まれているだけのリューは気の毒という他ない。

 

「え!?嘘でしょ、マジで!?本当にやめてくださいって!誤解!完全なる誤解です!」

 

「落ち着こう!?ね!?」

 

「問答無用───!!」

 

「「あ、ああああああああぁぁぁぁぁ─────!!」」

 

怒り狂うアイズと、逃げ惑うリュー。

将来の毛根が心配になるアルゴノゥト。

その後、アイズの怒りが収まるまでに十分かかった。

 

◆十分後

 

「ご、ごめんね……私が軽率なこと言っちゃったせいで……」

 

「いや、それを言うなら私が原因だから……」

 

「全くですよ。少しは状況とタイミングってもんを考えてください……」

 

「全部アルが悪い……」

 

一通り暴れて一応落ち着いたアイズだったが、それでもまだ不貞腐れた様子だ。

変わらずアルゴノゥトに肩車されているが、心なしか頭を掴む力も強いように思える。

 

「それで?私の話が聞きたいって?」

 

「あ、うん。ほら、昨日はあんな感じだったし何も聞けなかったから」

 

昨日は拠点襲撃の後、そのままの流れで解散。

特に憲兵であるガネーシャ・ファミリアのアーディは忙しなく動くことになったので、あの後に話す時間などはなかった。

 

「話をするのはいいけど、大した話は何も出来ないよ?」

 

「いやいや!何を言ってるんだか!小耳に挟めば元ゼウス・ファミリア!しかも『アルゴノゥト』と同じ【雷霆の剣】も持ってるし!」

 

「あぁ〜……これはあくまで私が発現させた魔法、つまりただの模造品(レプリカ)だよ?」

 

嘘つけ、それ絶対オリジナルだろ。

アイズとリューはそう思った。

彼がどういう経緯で今世もそれを持つに至ったかは分からないが、絶対に何か無茶をしただろう。

そして、この世界の彼もきっと無茶をすることになる。

それがきっと、アルゴノゥトという魂が抱え続ける宿業だろうから。

 

「それに、元ゼウスと言っても私は何もしてない。名ばかりの新参者だ」

 

「いやいやいや!そういうことじゃないんだよ!」

 

露骨に話を打ち切ろうとするアル。

だが、そんなものでアーディの熱は消え去らない。

 

「“始まりの英雄”と同じ名前の元最強ファミリアの一人がこの状態のオラリオにやって来た!それだけでも物語が一つ書けるくらいの出来事でしょ!?」

 

「……さあ、どうだろうね?そもそも彼はただの道化として伝わってるだろう?」

 

「そうだけどそうじゃないんだよ!その口ぶりだと君も知ってるんでしょ!?」

 

「知ってるとも言えるし知らないとも言える」

 

「何それ〜!?」

 

「あんまりアーディを誂わないで上げてください、アル殿」

 

はぐらかそうと、距離を取ろうと適当なことを言うアルゴノゥト。

だが上手くいかない。

距離を詰める方法は教わったが、距離を取る方法は教わらなかった。

あの師も、こんな状況は想定していなかったのだろう。

 

「私の祖父……ゼウスがかの英雄を好んでいてね。幼い頃から聞かされてきたんだよ。個人的には彼のみっともない姿には心惹かれず、エピメテウスの方が好きなんだけどね」

 

「う〜ん、やっぱりアルゴノゥトが好きって人あんまりいないよねぇ……って、そうじゃないんだよ。私は君の話がしたいんだって」

 

「生憎自分を語るのは不得手でね。質問に答える形でもいいかい?聞かれたこと全てに答えるとは限らないけど」

 

「もちろん!」

 

困ったような表情を浮かべながら笑うアルゴノゥト。

対照的にアーディは満面の笑みを浮かべている。

 

「え〜っと、じゃあ……何聞けばいいんだろ?好きなものとか?」

 

「好きなものは、特に。でも甘いものだけは苦手だね」

 

「じゃあ好きな英雄は───ってさっき言ってたね」

 

「もちろん、エピメテウスだとも。『嗚呼、エピメテウス。汝こそ真の勇者なり!!』ってね。彼がいなければ、今頃地上はもっと酷い有様だっただろう。悪様に語る詩も多いが、紛うことなき大英雄だよ、彼は」

 

「まるで会ったみたいに話すんだね」

 

「…………会ったことがあるからね」

 

「え?」

 

「なあんて───言ってみたり。実際はどうなんだろうね?嘘だと思うかい?」

 

嘯くように歌う彼に、アーディは楽しげに笑う。

 

「え~……あ、そう言えばエピメテウスが好きなのも本物にそっくりだね。私の考えなんだけど、アルゴノゥトって絶対エピメテウスに影響受けてたと思うんだ!だって『愚者』と『愚物』だよ!?」

「まあ、あの道化はエピメテウスの直後の存在だからね。少なからず影響を受けていてもおかしくはないだろう」

 

「だよね!?ちなみに君はエピメテウスのどういうところが好きなの?」

「力強く、“英雄”という存在を体現した存在だからってのもあるが、一番は心優しいその姿にだよ」

 

「心優しい?」

「自分が蔑まれるのはいい、自分が石を投げられるのはいい。でも、彼は仲間の死が愚弄されたことにこそ心を擦り減らし、絶望した。そんな彼を優しいと……英雄と言わずしてなんと言う?」

 

穏やかにそう言う彼は、どこか痛々しかった。

感傷にふけるように、彼は力なく笑っている。

 

ぼく(アルゴノゥト)なんかより、よっぽど英雄らしい男だった。そんな彼が笑われるなんて、悲劇以外の何物でもなかった。笑われるのなんて、ぼく(アルゴノゥト)だけで十分だってのに」

 

思い出にふける彼が思い起こすのは三千年前か、それとも数ヶ月前か。

7年前に来たところで、もう彼は堕ちてしまったあと。

今から何をしても意味はない。

心も身体も、最早救う手段はない。

彼に出来るのはきっと、楽にしてやることだけだった。

それは分かってる、分かってるのに。

 

「……アル」

 

「なんだい、姫」

 

「もし今の貴方がエピメテウスに会ったのなら、きっと彼は貴方に救われてる……」

 

アルゴノゥトの心を知っているかのように、アイズは語る。

 

「自分が守ったものが、残したものが確かにあると知れただけで、きっと彼は救われる。大きな後悔と未練を残したとしても、それでも確かに……ささやかに、救われてる」

 

それは今は誰も知らない未来。

プロメテウスだけしか知らない英雄の最後。

彼女の語るそれは、確かに形になっている。

 

「だと、いいね……」

 

だけど、アルゴノゥトはそれを受け取らない。

もし三千年前のあの時、もう一度オリンピアを訪れることが出来ていたら。

もし正しいエピメテウスの詩を残すことが出来ていたら。

彼は、この三千年間を孤独に生きることはなかっただろうから。

その咎を、アルゴノゥトは一生背負い続けなくてはいけないから。

この魂が擦り切れ、なくなってしまうまで、抱え続けなくていけないのだから。

でも────

 

(あの約束を果たすことは出来た……そう思ってもいいかな?───エピメテウス)

 

アルゴノゥトとして、今の彼自身として。

エピメテウスに憧れた、一人の少年として。

彼は、自らを救ってくれた大英雄に思いを馳せる。

 

「って、なんでこんな話になったんだか!やめやめ!こんなことをしてたらそれこそ彼に申し訳が立たない!私がすべきは、彼を称える詩を歌うだけ。真のエピメテウス叙事詩を形にするだけだ!今度こそ、詩人として!」

 

話に聞き入っていたアーディは、突如叫びだした彼に呆気にとられる。

リューやアイズは少し驚きながらも、笑っていた。

悲劇があろうとも笑い続けるその姿に、思わず笑みがこぼれる。

 

三千年前の約束を思い出した今、余計にそれを形にしなければならない。

どうせこの世界のベル・クラネルも7年後同じことをするだろうが、こういうのは幾らあってもいい。

今まで広まった間違った叙事詩を正すのだから。

生半可な労力では足りない。

そこに一つおかしな経緯で似たようなものが紛れ込んだとしても、誰も気づかないだろう。

 

「帰るまでに書かなきゃいけないものが増えちゃったなぁ……」

 

正しいエピメテウスを伝えるための必要なことだと割り切り、決意する。

大変は大変だが、時間さえあればどうにかなるだろう。

ため息を一つ吐いて、思考を切り替える。

 

「さて、次の質問はなんだい?」

 

「あ、じゃあ次は────」

 

そうして時は流れていく。

アーディが質問して、アルゴノゥトが答えられるものには答えて。

アイズとリューが時折それに茶々を入れて。

 

そうして巡回しながら時が流れていく。

日が頂点を通過しようやく傾き始めた頃。

すべての転換点は訪れた。

 

 


 

 

えっと確か……魔石製品工場への襲撃計画でも立てていたのだったか。

いや、それはもう終わっていたか。

じゃあ何をしようとしていたのかと問われればもう忘れたとしか言えないが、兎に角何かロクでもないことをやろうとしていたのは確かだ。

元の歴史で彼女の相手をしていたのはヘディンとヘグニ。

だからよく知らないのだ。

 

しかもなぜか、暗黒期の真っ只中に気づいたら姿を消していたらしい。

 

それが何故かは……まあなんとなく想像できる。

だが、今は関係ないので割愛。

正直このことについては考えたくもない。

 

「ま、今は眼の前のこと優先だね」

 

こちらの戦力。

レベル3×3(アイズ、リュー、アーディ)

レベル6×1(アルゴノゥト)

剣のおかげでレベル詐欺に等しい実力を持つアルゴノゥトだが、正直この状況はマズイように思えた。

 

「眼の前に立ってどうしたの?不審な男」

「もしかして、私達に(あい)してほしくて出てきたのかしら?」

 

アレクト・ファミリア団長のディナ。

同じく副団長のヴェナ。

レベル5の実力を誇る、二人の妖精。

 

「生憎だが、私にそこまで倒錯的な趣味はないよ。君達にちょっと聞きたいことがあってね」

 

剣を抜く。

正直分は悪い。

大規模な魔法を得意とするエルフ相手に必要以上の味方は足手まといでしかない。

それが実力の劣るものであれば、なおさら。

勝つのは簡単でも、仲間に被害を出さずにこの場をやり過ごすのは難しい。

でも、今は逃げ出すわけにもいかない。

 

「エレボスに話があるんだ。悪いけど、居場所を教えてくれないかな?」

 

あの絶対悪の居場所を知らなければならないから。

多少のリスクは百も承知。

いざとなれば四の五の言わず全力で斬る。

そんな覚悟をしたためながら、彼は黄金の剣を構えた。

 

「まあ、エレボス様に話なんて」

「もしかして蛆共の一人?」

 

「蛆ってのは他の闇派閥の連中のことかい?だとしたら違うよ。エレボスとは……同じ穴の狢ではあるだろうけど」

 

「よく分からないわ?」

「分からないけど、ムカつくわ?」

 

「そりゃ残念。まあ何でもいいさ。君達は私が知りたいものと欲しいものを持ってそうだからね。両方頂戴させてもらうよ」

 

不敵にもそう言い放ちながら、彼は笑う。

さあ、未来を分ける大立ち回りと行こうじゃないか。

 

 


 

 

補足説明

 

リヴェリア様はアストレア・ファミリアが少しでも難色を示すならすぐにアイズを連れて帰るつもりだった。

むしろそれを望んでいた。

下手に止めれば勝手に抜け出すし、勝手にダンジョンに行くか闇派閥と戦うことになるかも知れない。

だから向こう側に止めてほしかった。

でも、リューさんとアストレア様がアッサリOKしちゃったから無理だった。

ガレスも一緒になって説得してくれればって思ってた。

決してこんな大変な時期に無責任にアイズさんを押し付けたわけではない。

むしろ、被害者筆頭。

終始謝り倒してた。

って感じで、擁護させてください。

 

あとがき

 

う~ん……。

ページの分け目が難しい。

読みやすいようにすれば変なところで区切ることになるし、丁度いいところで区切れば長くなるし。

本当に上手い人ならそのあたりも調整できるんでしょうが、如何せん上手くいかず。

無駄に長くなっちゃうのもその当たりが原因なんでしょうけどねぇ……。

いつになっても直りそうにないです。

 

さて、それはさておき。

就職する前にはイレレコ編全部書き終わりたい!

就職したらどうなるか分かんないから怖い!

 

4月以降更新が途絶えたら、心か身体のどっちかが死んだと思ってください。

 

以上、あとがきでした。

 

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