道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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時を渡る道化英雄~開幕~

 

 

アストレア・ファミリア本拠、《星屑の庭》。

これまでの『アルゴノゥト』による被害報告に目を通しながら、その住民たちはそこに集っていた。

 

「今日で17日目。あの男がオラリオに姿を現してから19日。その間の被害がこれだ」

 

二大派閥が壊滅的被害に遭い、幹部や他のファミリアの団長も拉致された。

有望とされていたファミリアの団長だ。

そして、重要な魔石工場の襲撃事件。

犯人が分かっていないせいで記載こそされていないが、他にも複数アルゴノゥトと思しき人物によって大きな被害がもたらされている。

 

一同が介するのは庭。

夜の帳があと少しで終わりを迎える時間に。

お茶を楽しむための机を集めたそこにて、輝夜は報告書を投げ出してそう語る。

暗黒期の中でも、都市最大派閥が被害を受けたことなどは稀だ。

まして壊滅的被害を受けるなど、前例がない。

それらすべてがたった一人の男によって成されたというのだから、末恐ろしい。

 

『君は君らしく何があっても正義を掲げ、己を信じ、都市を守り抜いてくれ。それはきっと、私にとっても希望(エルピス)となる』

 

輝夜の脳内に彼の言葉が思い起こされる。

あの時の彼の表情が瞳の裏に焼き付いて離れない。

 

嘘は言っていなかったはずだ。

そして、あの表情はたしかに本当だったはずだ。

嘘ばかりの男だったが、あの時だけは確かに真実を語っていたはずだ。

はずだ、はずなんだ……そう、信じたいのだ。

 

「何をどう言い訳するつもりだ、青二才」

 

「あえ?」

 

自分がこんな感情を抱いていることへの苛立ち。

彼への苛立ち。

不甲斐ない自分への苛立ち。

それらすべてを八つ当たりするかのように厳しい口調で、リューを問い詰める輝夜。

彼女たちだけが、今や真実を知る唯一の手がかりなのだから。

 

輝夜に指名されたリューは素っ頓狂な声を上げながら、持っていた茶菓子を置く。

アルゴノゥトが残したレシピで試しにリューが作ろうとして丸焦げにした失敗作だ。

なぜこうも上手くいかないのか、本人は心底謎に思っている。

ぶっちゃけ食べるのがキツくなりそうだから、助かった。

 

「言い訳?何をです?」

 

「あの男のことだ。お前が招き入れた客人だろう」

 

「えぇ……そう言われましても、彼が突拍子もない事をするなんて今に始まったことじゃないですし」

 

全く悪びれる様子のないリオンに、輝夜は苛立ちを覚える。

 

「そんなことより、アル殿の問いへの答えは出ました?私達にとっての正義とは何なのか」

 

「そんなこと?そんなことだと?これほどの被害を、そう言い捨てる気か?」

 

「そんなことでしょう?誰が死んだわけでもなしに、ちょっと物が壊れて怪我をしただけ。随分中途半端な『悪』がいたもんですねぇ。そもそもこうして呑気に話せてる時点でお察しです」

 

「全部、自作自演……」

 

「ついでに言うと、私達が犯罪者と一緒にいたって噂が立たないようにご丁寧にずっと顔を隠して生活して」

 

死亡者及び民間人への被害なし。

二大派閥が壊滅的被害に遭うという過去最大レベルの危機感を都市は覚えている。

だが、対照的にこれだけ壊滅的な被害を受けてなお都市は未だ滅びず、闇は動きを見せない。

それどころか、その大多数が捕まってしまった。

7割……8割弱にはなろうか。

それだけの数、ダンジョン内や都市の大通りなどに打ち捨てられていたのだ。

見つけやすいように、堂々と。

 

「つまりお前らは、あの言動がすべてが演技だと?」

 

「嘘ではないが、本心もないってところでしょうかね」

 

輝夜の問いかけに、リューは静かに答える。

彼の全てを見透かして、泰然と構えている。

 

「リュー……アルは、何がしたいと思う?」

 

「動機は分かりませんが、目的だけは確かでしょう。エレボスに代わり、自分が『絶対悪』となること。それに尽きる」

 

本拠半壊に伴い、アストレア・ファミリアへの居候と協力が続いているアイズが、そう尋ねる。

それに対する答えは、明確だった。

 

「では、皆で考えていきましょうか」

 

アルゴノゥトの最終目標と中期目標。

(中期目標は最終目標の通過点とする)

中期目標:アストレア・ファミリアを強くする(優先度低)

最終目標:???(優先度不明、中期目標未達成でもこちらは解決できる)

中期目標:暗黒期を平定/闇派閥の壊滅(優先度高)

最終目標:自らが絶対悪となる(目下行動中の最大目標)

 

「①の最終目標は?」

「不明ですが、おそらくは自分に出来ないことを任せたいのかと。輝夜に語っていた助けられなかった人物を助ける……とか?アリーゼの話では、あまり問題ないようですし今は放置ですね」

 

「次、②の最終目標の動機考察」

「これは単純明快。オラリオ側の被害を最小限に抑えたいから。本来出るはずの死者を、自分が変わることで助けたいから」

 

「だったら、多分暗黒期自体は必要なことだった。善悪は置いておいて、絶対悪という障害はオラリオ勢が強くなる上で必要不可欠だった」

「おそらくこの考えは正解でしょう。そして、それは新たな疑問を生む」

 

「動機考察その2。なぜ自分が成り代わる必要があったのか。なぜ協力という形で被害軽減に取り組まなかったのか」

「時間や協力者の不足。それらはあれど彼が悪になる理由には弱い。となると、そうしないと助けられない人物がいたからと考えるのが妥当でしょう」

 

そして、二人は声を揃えて言う。

 

「「闇派閥側に、アルゴノゥトの助けたい人物がいる」」

 

その答えにたどり着いた二人は、顔を見合わせてる。

理路整然とした会話の応酬。

幼さなど微塵もない老獪さ。

それらを滲ませて、彼女たちは考える。

 

「……ねえ、リュー」

 

「なんですか、アストレア様」

 

二人のやり取りを見ていたアストレアが、不意に口を開く。

 

「彼はきっと、そういうことなのよね?」

「ええ、そうです」

 

「不思議とそんな感じはしてたから、驚きはないの。でも、一つだけ疑問がある」

「分かってます」

 

「ねえ、リュー。貴女達は一体、いつ、彼と出会ったの?」

 

すべてを察したアストレアの疑問。

その問いかけに対する答えは、もう決まっている。

 

「その答えは、7年後。彼がもう一度オラリオを訪れた、その時に」

 

「…………約束できる?」

 

「必ず」

 

「そう、なら、私はその時を待ちましょう」

 

「ありがとうございます、アストレア様」

 

確かな神とその眷属の信頼がそこにはある。

意味を理解出来ないその不思議なやり取りを、他の団員たちは何も言えずに見るしか出来ない。

 

「リオン。貴女達の事情は私には分からないけど、リオン達はアルがどういうものを抱えているか知ってるんでしょ?」

「はい、知っています」

 

「それは多分重要なものだし、迂闊に話せないだろうけど、これだけは教えて欲しい」

「何でしょう?」

 

「なんでアルは、ここに来たの?」

 

アリーゼの問いかけに、リュー達は黙る。

 

「偶然アストレア様が見つけて連れてきたとか、無理矢理引き止めたとか、そういうのじゃなくて。なんでアルはここに二日間も居続けて、リオン達と話して、私達に正義を問いかけたの?」

 

それらはすべて無駄なことに思えた。

自らが障害となってアリーゼたちを強くしたいなら会わずに話さなければいい。

制止を振り切って出ていって、一人で動けばいい。

でも、彼はそうしなかった。

 

確証が持てなかったとか、考える必要があるとか。

さらなる最強を見せたいとか、それらももちろん理由にはなるが弱い。

もっと重要で、もっと大切な何か。

それがあるように思えてならない。

 

「…………彼が誰よりも知ってるから。人は一人では何も出来ないことを」

 

その問いかけに答えたのは、アイズだった。

 

「アルが障害となるだけじゃきっと、足りない。葛藤とか、迷いとか、挫折とか。優しいアルじゃ突き詰められないそれらに代わる成長をしてほしくて、ここに来た。今後皆を導いていけるように」

 

「…………悪なのに、優しい?」

 

「今のアルが『悪』だというなら、それはきっと誰よりも『自由』だから。今のアルはこの世界の何にも囚われない『自由(あく)』だから。アルが自分で言ってたように、自由に自分が『気持ちいいこと』をやろうとしてるだけ」

 

「彼にとっての『気持ちいいこと』って、なに?」

 

「理想を成すこと。皆が幸せで笑っていられること」

 

それは悪には程遠い願望。

彼が自分で言っていたとおりなのだ。

世界にとって都合がいい方に、彼は狂っている。

 

『誰しもが無事に笑っていられること』

『眼の前で誰かが泣くのは許せない。眼の前で誰かが悲しみに暮れるのは許せない。悲劇なんて、もう沢山なんだよ。私はそのすべてを否定したい』

『そのためなら、僕は何だってやるよ』

 

『この世界において、私は最も自由なんだから』

 

彼が語っていた言葉のすべてが、アリーゼの脳内を駆け巡る。

彼の行動はあまりに不可解で、不合理的だ。

合理的な行動とは言えないし、感情的な行動とも言えない。

そのどちらも立てようとして、両方を殺しているようなものだ。

正気とは思えない。

 

「本来なら、いくらアルが自罰的で自傷的でもこんな行動は取れない。自分を擲つリスクもあるし、それ以上にその後への不安が残りすぎるから」

 

「でも、今の彼にとって両方ともそれらは問題にならない。本来なら辛うじて残っていたはずのそれらの枷が、今や影も形もない。そりゃ好き勝手無茶もやりますよ」

 

「力があって、叶えたい目標があって、そのための道筋も知っていて、今後への憂いもない。アルにとってはやらない理由がない」

 

「そして、私達も止める理由と手段がない。いえ、ないこともないが、止まる理由にはならないでしょうし」

 

彼ではない彼の未来を引き合いに出せば理由にはなる。

だが、止める理由としては弱い。

彼がその類のことを考えていないわけがないのだから。

どういう手段を以てしてかは分からないが、彼にはそれを解決する手段があると考えるのが妥当だろう。

 

「もうアルは止まらないし止められない。それは分かってる。だからこそ、私達はそれを見届けて、受け取らなければならない。あの人が託そうとしている理想と、正義と、未来と…………そのすべてを」

 

「そのためには、もう一度彼と会わなくてはいけない……もちろん、ここにいる全員で。彼は嫌がるかもしれませんけどね」

 

無茶をする夫を憂う妻のように……夫に先立たれた未亡人のように。

儚さを秘めた表情で、アイズは語る。

彼女に同調するように、リューも決意を秘めた表情で語る。

今後への思いと、自分たちがするべき行動を。

 

「流石旧友!よく分かってんじゃねえか」

 

懐かしい声が聞こえてきた。

記憶にあるよりも幼い声。

声変わりもまだなので随分と違うが、それでもこの暖かさと安心感には覚えがある。

だけど、それは本来いるはずのない人物の声。

 

ここは庭なので入ろうと思えば入ってこれる。

だが、その声の主が今オラリオにいることは有り得ない。

他ならぬアルゴノゥト自身によって否定されていたのだから。

 

「……うそ、なんで?」

 

「なんで貴方が、今のオラリオに?」

 

「おいおいおい!お前らともあろうもんがバカなこと聞くもんじゃねえよ」

 

思わず疑問の声がこぼれ落ちる。

それらを一蹴するように笑いながら、彼は語る。

 

「親友が必要としてるから───俺がここにいる理由なんて、それだけありゃ充分だろうが」

 

熱を帯びた鉄のような赤い髪。

不敵に歪む自信に満ちた口元。

それらは確かに記憶にあるものだ。

 

「……クロッゾ!」

 

魔剣を携え笑う彼は、確かにアルゴノゥトの親友だった。

 

「よう、姫さんにリュールゥ。久しぶりだな」

 

「お久しぶりですが……」

「色々聞きたいことがある。そもそもなんでここに?」

 

「話はあとだ。ついて来い。お前らの願望叶えてやっから」

 

「……え?」

 

先程までの彼女たちの会話の一部を聞いていたのだろう。

未だに理解が追いつかずに固まる二人に、彼は告げる。

 

「アルに会わせてやる」

 

 


 

 

時間は夜明けを迎え始めた頃。

アストレア・ファミリアが話し合うまでもなく、アイズとリューは二つ返事で彼についていく。

二人を追うように他のメンバーも後を追うが、庭を出たところで意外な人物に会った。

 

「あれ、アーディ?なんでここに?」

 

ガネーシャ・ファミリアのアーディがいた。

巡回の途中で通りすがったという感じではない。

出てくるのを待っていたという雰囲気だ。

 

「俺が連れてきた。来る途中偶然会ったから」

 

「偶然で連れてきたんですか?」

 

「偶然も必然も変わりゃしねえよ。どんな事情や状況だろうが、会う奴には会うし会わねえ奴には会わねえんだ。会ったってことは、そういう星の下だったってこと。だったら連れて行った方がいいだろ」

 

「クロッゾらしい暴論……」

 

「なにか言ったか?」

 

「なにも」

 

話しながら歩き続けるクロッゾ。

暴論のようでいて、何処か筋の通った運命論のようで。

三千年前と同じ、彼らしい思いと熱の籠もった言葉だった。

 

「ところで、なんでクロッゾ殿はなんでオラリオに?」

「アルの話だと、あと一年は先になるはずだったのに」

 

「それこそ俺が知ったっこっちゃねえよ。オラリオに行くかゾーリンゲンに行くか迷って、こっち選んだだけだ」

 

「なんで?」

 

「なんとなく。呼ばれた気がしたから。それ以外の理由なんて本当にねえぞ?」

 

誰に、とは聞かない。

彼を呼ぶとしたら、三千年前の親友だけだ。

運命か、それとも二人の絆が成した奇跡か。

いずれにせよ、彼ら二人はこの状況下で再会を果たした。

 

「アルとはいつ会ったの?」

 

「17日前。それ以降あいつに頼まれて防具やら魔剣やらを作ってた」

 

「魔剣、ですか……作れるんですね」

 

「俺だけな。他の連中は無理だ。なんでかずっと疑問だったが……まあそういうことだろ」

 

血を継いだだけの他のクロッゾ一族は兎も角、魂すらも宿したヴェルフ・クロッゾは許した。

そういうことなのだろう。

だが、ここで一つ忘れてはいけないのが、アストレア・ファミリアにはもう一人エルフがいるということ。

差別意識などはないが、それでもエルフはエルフ。

年若く感情的な時期の少女であれば、複雑な思いを抱いて当然だろう。

 

「クロッゾ、それに魔剣ということは……あなた、呪われた魔剣鍛冶師の───」

 

「言われると思ったよ、ったく。悪いが時間がないんだ。他のバカ共がやったことに関しちゃ後で聞いてやるから今すんな。めんどくせえ」

 

「なんでまた作れるように……」

 

「知らねえよ、精霊(ウルス)に聞け」

 

精霊への感謝や信頼こそあれど、その感情のすべてまでは知らない。

ただ、彼女が自分を愛してくれているからこその結果だとは分かっている。

だからこそ、それを不用意に言い触らすような真似はしない。

言ったところで、エルフの神経を逆撫でするのは目に見えているし。

 

「ねえ、クロッゾは今アルが何をやろうとしてるか知ってるの?」

 

「大体は聞いたが、詳しいことは知らねえ」

 

「それでよく武器作ろうってなりますよね」

 

「男の友情に細かいことなんて関係ないんだよ。大体、お前らだって俺の立場だったらおんなじことするだろ?」

 

「「それはする」」

 

「人のこと言えねえじゃねえか」

 

呆れたように溜息をこぼしながらも、彼は歩き続ける。

やがて人の多い住宅や店舗部分を抜け、廃墟や瓦礫の多い都市の外れに来ていた。

 

「言っとくが、俺はあいつの何かを話すつもりはねえ。聞きたいことがあるなら本人に直接聞け」

 

「では、なぜ私達をアル殿に会わせるのです?」

 

「あいつに呼んでこいって言われたから。あと、俺の個人的判断も半分」

 

そんな事を言いながら、彼は歩く。

そして一つの建物を指差した。

 

「着いたぞ。あそこだ」

 

「あの廃教会ですか?」

 

「ああ。あいつは今、あそこを拠点にしてる。あ、建物含めて何も壊すなよ?ここ、あいつにとって思い入れのある場所らしいから」

 

「って、ちょっと!?」

 

そう言いながら、彼は何の躊躇いもなくその扉を開けて中に入る。

心の準備も確認もせず、ごく自然に。

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰り。随分時間が……って、アストレア達まで連れてきたの?」

 

「あれ?ヘファイストス?」

 

中に入るとそこにいたのはアルゴノゥトではなく、一人の女神。

何やら本を読んでいたようで、それを閉じながら立ち上がり、アストレアたちを迎え入れる。

 

「なんでヘファイストスがここに?」

 

「ここ、私が管理してる物件だから。あの子が離れてる間の留守番をしてあげてるのよ。あの子が迎える結末も気になるし」

 

「アルゴノゥトは貴女を頼ったの?なんで?」

 

「あの子の主神と私が仲が良いから。私自身ともそれなりに関係があったみたいだし」

 

「貴女、ゼウスと仲良かったかしら?」

 

「は?なんでゼウスの名前が…………いや、そういうことか。随分上手いことやったのね、あの子」

 

感嘆と呆れが交じるようなその言葉に、アストレアは目を丸くする。

どうやら神である自分すらも騙していたようだが、その手法がよく分からなかったのだ。

 

「悪いけど、詳しいことは帰ってきた本人に聞きなさい」

 

「あれ?あいつ、まだ帰ってなかったんですか?」

 

「ええ、まだよ。欲しいものがあるとかでダンジョンの方に行ってるみたい。まあ、もう帰ってくるでしょ。あんまりここを留守にするつもりもないみたいだし」

 

「それってつまり、もう近いって事ですか?」

 

「20日前ではなかった、15日前でも二週間前でもなかった。残るは10日前と一週間前だけ」

 

「それ以外の可能性は?」

 

「ないと思うわよ。かなり律義というか規律的な性格してたから」

 

やはり色々とアルゴノゥトから話を聞いているようで。

何やら訳知り顔で話し合っている。

そのことに若干ヤキモキしたものを覚えながら聞いていると、足音が聞こえてきた。

 

「丁度帰ってきたみたいね」

 

ヘファイストスの呟きとともに扉が再び開かれる。

そこにはアルゴノゥトを含めて汚れた姿の男が三人。

全員が顔を隠すように外套を被って、うち一人はアルゴノゥトに担がれている。

 

「たっだいま~……って、あれ?」

 

「あぁ、死ぬかと思ったわい……うん?」

 

扉を開けて違和感に気づいたのか、驚いた表情をしている。

気配や何かで気づいていてもおかしくはないが、余程疲れ果てて気が回らなかったのだろう。

その証拠に三人の足音はかなり遅かった。

 

「アルゴノゥト……!」

 

「ホントに帰ってきた!?」

 

「なんでアストレア・ファミリアが勢揃いしてるんだか……」

 

若干眉をひそめながら、アルゴノゥトは真剣に呟く。

その表情は殺気を含んでおり、事と次第によってはアリーゼたちを倒すことも視野に入れている。

 

「おかえり、アル」

 

「お帰りなさい。で、案の定貴方達も一緒なんですね。あと、その肩に担いでるのって────」

 

「ああ、これ?ユーリだよ?ほら、ユーリ。アリアとリュールゥだよ、挨拶して」

 

「お前……いつか絶対ぶん殴ってやるからな……」

 

「お前さん、流石にそれはないじゃろ……」

 

力なく沈んでいたユーリもとい、現ヴィーザル・ファミリア団長ベート・ローガの顔を無理矢理上げるアルゴノゥト。

そんな彼を嗜めるのはガルムスこと、ロキ・ファミリア幹部ガレス・ランドロック。

二人共、アルゴノゥトが拉致したとされる人物だ。

外套を外して顔を見せながら話す二人。

だが、アルゴノゥトは外套を外さない。

 

「ガレス殿が誘拐された時点で何となく察してましたが、やっぱりヴィーザルの団長ってユーリ殿だったんですね。大丈夫ですか?」

 

「今は、ベートだ……」

 

「瀕死になってる……」

 

「ユーリなら心配ないよ。ちょ~っと疲れてるだけだから。怪我もない」

 

「何がちょっとじゃ。無理矢理深層への行軍に付き合わせたくせに。挙句の果てにウダイオスまで」

 

「倒したのは私だろ?それも一撃なんだから大した事ないでしょ」

 

「はぁ~あ、これじゃから頭ゼウスの大馬鹿どもは。あの町娘や面倒なイカレエルフの二人も誑し込んでおったし、そういうところを直していかんとこの先苦労するぞ?」

 

「もうしたよ~」

 

“チキチキ、ウダイオス討伐RTA”に付き合わされたベートは疲労困憊。

丈夫な獣人族とは言え、今の彼はレベル2なのだから。

軽く10回は死にかけた。

アルゴノゥトもアルゴノゥトで何かあったようだし。

多分ディース姉妹関係だ。

 

「対してアル殿は元気そうですね。三週間近く寝てないのに」

 

「深層帰りもマーメイド含め、疲労回復機会(ボーナスステージ)三回ほどあったから」

 

「ボーナスステージ?」

 

「内緒」

 

言葉の意味が分からず首を傾げるリュー。

アルゴノゥトははぐらかすように笑うだけだ。

 

「そもそもなんで深層に?今のオラリオの現状とあまり関係はないでしょう?」

 

「未来への投資。今のうちに素材とか残しておこうかなって思って。その一環として、『ウダイオスの黒剣』をヴェルフに渡したくて」

 

「え、マジで!?ヒャッホゥ!!」

 

曰く、一騎打ちでウダイオスを倒した時にのみドロップする超稀少アイテム。

丈夫な剣の素材になるらしい。

ついでとばかりに、下層や深層で採れる稀少な鉱石やドロップアイテム、『ユニコーンの角』や『アンフィス・バエナの竜胆』なども渡してくる。

ちなみに、これらは大きなバックパックに入っていたのだが、それらはサポーター代わりとしてベートが持っていた。

彼が帰り道で力尽きてからはアルゴノゥトとガレスが交代交代で運んできた。

それらの珍しい素材を前に、ヴェルフもテンションが上っている。

 

「渡す代わりに教えてほしいんだけど、なんでアーディやアリーゼ達まで連れてきたの?私、アリアとリュールゥを連れてきてくれとしか言ったよね?」

 

「必要だと思ったから。関わりのないただの観客や民衆なら兎も角、色々ちょっかいかけて導こうとした英雄の卵なんだ。最後まで責任持て」

 

「君のそういう気遣いが嬉しい反面、どうすればいいのか分かんないよねぇ……」

 

嘆息しながら、アルゴノゥトはアリーゼたちを見つめる。

どうすればいいのか迷っているのは確かだろうが、あまりこの状態を続けるわけにもいかない。

変に緊張状態が続けば、それだけで戦闘に発展しかねないのだから。

 

「ねえ、アルゴ────」

 

「最初に言っておく。何もするな、何も言うな、戦うな、手出しするな、暴れるな。これらを守らないのであれば、即座に無力化して追い出す」

 

「おい、アル」

 

「これだけは譲れないよ、クロッゾ。今下手に掻き乱されるわけにはいかないんだ」

 

アーディの言葉を遮り剣に手をかけながら、彼は告げる。

前まで見せていたフザけた態度は見る影もない。

彼は、少しでも危険があると判断すれば即座に実行に移すだろう。

 

「それを守れるなら、この場に立ち会うことを許す」

 

「……随分偉そうな物言いだな」

 

「悪いが、私も余裕がないんだ。無駄口を叩けると思うな」

 

彼はかなり追い詰められている。

それだけは確かだ。

高まり続ける緊張感がそれを物語っている。

 

そうして暫くの緊張と沈黙が場を支配する。

その間、アルゴノゥトは片時も剣から手を離さなかった。

 

「────分かったわ。貴方が良いと言うまで、私達は何もしない」

 

そう答えたのは、アリーゼだった。

 

「貴方がそう言うってことは必要なことなんでしょう。貴方を信じる」

 

「…………ありがとうございます、アリーゼさん」

 

アリーゼ達は初めて見る顔だった。

初めて聞く口調だった。

でも、穏やかに笑いながら語るその表情は年相応で、それが彼本来の姿なのだと一目で分かる。

 

「輝夜さん達も、今までご迷惑をおかけしてすいませんでした」

 

穏やかで生真面目な口調のまま、彼は頭を下げる。

絶対悪を語った時の姿はなく、道化を気取った仮面もない。

その姿に、輝夜達も呆気にとられる。

 

「アル……いいの?」

 

「今になってまで取り繕う必要もないですし。それに、もうすぐ終わるんですから」

 

「そう……アルがそれでいいなら、何も言わない……」

 

「ありがとうございます、アイズさん」

 

彼がそれを選んだのであれば、リュー達は見守るだけだ。

 

「全部話すのはそのタイミングになってからですけど、取り敢えず今は個人的に渡したいものや話したいことを終わらせていきますね。輝夜さんたちへの質問の答えは、エレボス様が来たあとで」

 

「その前に一つ聞きたいのだけど、貴方どうやって私に嘘をついたの?」

 

「多分所属ファミリアのことですよね?だったら嘘はついてませんよ。僕、一員だったとは言いましたが、所属していたとは言ってませんから」

 

「あぁ、そういうこと……言葉って難しいわね」

 

彼が嘘をつけるのであれば無駄な用心をしなければならないが、彼がしたのは言い回しによる勘違いの強制だ。

だったら、それを知ってさえいればなんとでもなる。

 

「まずはベートさんに。ヴィーザル様にこれを渡して、絶対に実行してください。ヘファイストス様は、何かあった時の証言お願いします」

 

「ええ、分かったわ」

 

「これ……?」

 

ベートはアルゴノゥトから渡された紙を受け取り、それを見る。

一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐにその紙に書かれた内容を正しく認識できたのか悲しげに目を細める。

 

「なるほど……俺は、また守れなかったのか……」

 

「いいえ、守れます。今の貴方なら、その未来を否定できるんです」

 

悲劇なんてない方が良い。

誰も悲しむ姿なんて見たくない。

笑っていられるなら、それに越したことはないのだ。

 

「あぁ、そうか……分かった。お前がそう言うのであれば、私も足掻いてみるとしよう」

 

「頑張ってくださいね、ベートさん」

 

愛する英雄に期待されたのなら、頑張らないわけにはいかない。

薄く微笑みながら、ベートは決意を固める。

 

「ちなみにですけどベートさん、ハーレムってどう思います?」

 

「はあ?」

 

こっちじゃそもそも恋にならないかも知れないが、顔見知りの初恋を終わらせる後押しをしたことにほんの少し罪悪感を覚える。

レフィーヤから色々話を聞いていたから、余計に。

ベートは意味が分からないと言わんばかりに呆けているので、この話はこれで終わりだ。

下手なこと言ったら空気が壊れるだろうし。

 

「じゃあ、次はアストレア様にこれを」

 

「…………なに、これ」

 

「あ、アルがディース姉妹から奪った魔道具!」

 

Dの文字が刻まれた眼球のような魔道具。

それをアストレアに手渡しながら、ベルは丸をつけた地図を見せる。

 

「オラリオの街の下に、ダンジョンに繋がる形で人造迷宮『クノッソス』があります。バベルを建築したダイダロスの一族の末裔が今も拡大を続けるその迷宮は今現在闇派閥の拠点になってて、それはその迷宮に入るための鍵です」

 

サラリと語られる衝撃の情報。

ここまで来れば出し惜しみはしない。

 

「なるほどな……通りで連中のアジトが掴めないわけだぜ」

 

「複雑な作りになってて全貌は分からないんですけど、一部都市外や迷宮内にも通じてます。気をつけてください」

 

もう夜は明けた。

あまり時間は残っていない。

アルゴノゥトには分かる。

あと少しで、あの人達が来るのだと。

 

「僕が話せるのはここまで。残りはエレボス様が来たあとに話します。それとは別に───私から君達に頼みがある」

 

アルゴノゥトとしての口調に戻しながら、彼は悲痛な面持ちで続ける。

自らの罪を懺悔する咎人のように。

迷える仔羊のように、罪深い面持ちだった。

一つの方角を指さしながら、彼は語る。

 

「この方角を真っ直ぐ進むと、神秘的な様相をした森がある。そこには三千年前から漆黒のモンスターが封印されてる。そして、その守り続けた一族の最後の一人が……今も孤独に耐えて守り続けている少女が、いるんだ」

 

「おい、それって───」

 

「分かってる!!」

 

強い言葉でベートの言葉を遮るアルゴノゥト。

その表情はやはり、慚愧に満ちていた。

 

「分かってる……でも、何も言わないでくれ。これは、君達が乗り越えるべき問題だ。異物でしかない私が、語っていい問題じゃないんだよ……」

 

「アル……」

 

「君達が行ったところで、その少女が役目を投げ捨てることはない。何も変わらない。7年後まで、彼女は一人で戦い続けることになる。でも……それでも、一人で戦ってほしくないんだ」

 

自分勝手な願いを抱きながら、彼は語る。

今この世界で誰よりも自由で、何よりも不自由な彼は、それでも足掻き続けている。

 

「どうかあの子を……私の子どもを、頼んだよ」

 

彼の嘆願に、彼らは静かに頷いた。

言葉はいらない。

ただ、彼の罪を一緒に背負う覚悟だけを抱いて。

静かに、頷いた。

 

「ありがとう、僕の英雄たち。この時代の君達と会えて楽しかったよ」

 

「ありがとう、私の英雄。誰よりも『自由(あく)』を選んだ、優しい人。あとは、任せて」

 

そして、その瞬間は訪れる。

扉が開かれる。

重々しい空気とともに、彼らはやって来る。

 

「おいおいおい、ヘファイストスにアストレアに………これどういう集まりなんだ?」

 

悪を体現するかのように酷薄に笑う男神。

強者を願う最強の男。

絶望を語る最凶の女。

 

絶望の象徴たる彼らは、やって来る。

 

「エレボス……!」

 

「後ろにいるのは………誰?」

 

「ゼウス・ファミリア幹部【暴喰】───ザルド」

「ヘラ・ファミリア幹部【静寂】───アルフィア」

 

知らないアストレア・ファミリアたちに説明するように、ガレスとヘファイストスがそれぞれ名を告げる。

 

「かつての最強を牽引した傑物達」

 

「未だ儂らが至れておらん頂天……レベル7の怪物」

 

二人が纏う雰囲気に、殺気に、威圧感に。

飲み込まれそうになるほどの錯覚を覚える。

それはガレスだって同様だ。

レベル5でしかない彼には、この二人の相手は荷が重い。

 

「なるほど、ロキのところの愚鈍が一人。それとダンジョンの娘もいるな」

 

「それとは別にレベルは……3ってところか?乳臭い小娘どもが11。似たような犬の小僧が1。それと……なんだ?顔は見えんがそこそこ出来そうなのが一人いるな」

 

ザルドはアルゴノゥトに言及する。

だが、彼は答えない。

何かを堪えるように、顔を隠して俯いている。

 

「どうやってこの場所を嗅ぎつけた?いや、そもそもなぜ私達がいることを知っていた?」

 

「それと、都市の状態も妙だ。聞いていた話と違う。蛆共はほぼ壊滅してるし、同時にロキとフレイヤも半壊している。何があった?俺達が来る前に全面戦争でもしたか?」

 

「それにしては色々おかしいな。街への被害が少なすぎる」

 

冷静に場を見極め、次々と推測し現状を把握する三人。

唾を飲み込む音がやけに響くほどの極限状態になっている。

 

「俺の予想では、そこのフードくんが元凶。この状況も都市も、全部お前が仕組んだ。ま、にしては浅はかだがな」

 

この状況を浅はかと嗤うエレボス。

そう思われても仕方のない状況だ。

なにせ、戦力差が酷いのだから。

 

「瀕死だから連れてこれなかったのか?オッタルやフィンを連れてくるべきだっただろ。レベル7って戦力を甘く見過ぎじゃないか?」

 

絶対悪が嗤う。

ああ、確かにこれは相手にしたくない。

一つずつ羽をもがれていく虫のように。

じわじわと大事なものが削られていく感覚だ。

これに比べたら、アルゴノゥトなど可愛いものに違いない。

 

「────エレボス様って」

 

唐突に、アルゴノゥトが話し始める。

警戒を向けられるでも敵意を向けられるでもなく、親戚の兄にでも話しかけるように気安いその口調に、エレボスも思わず目を丸くする。

この状況で、事態を全て把握しているはずなのに、絶対悪である自分に様付けする彼が、分からなかったのだ。

 

「エレボス様って、確か奥さんいましたよね?」

 

「まあ、いるけど……」

 

「じゃあ分かりません?こう、家族間でのグチグチしたやり取り他人に見られるのって、なんか恥ずかしいじゃないですか?」

 

「はあ?」

 

神に親はいないので、恋人や夫婦間が一番身近な家族になる。

それを引き合いに出しながら。、アルゴノゥトは続ける。

 

「本当はアイズさんたちしか呼ぶ予定なかったんですけど、ヴェルフがアリーゼさん達も連れてきちゃって……いや、アイズさん達にも見られたくないんですよ?でも、一番見られてマシなのはアイズさん達かなって思って……」

 

「……いや、いやいやいや」

 

「フィンさんやオッタルさんなんか論外ですよ。フィンさんは打算で利用しようとするし、オッタルさんは空気読めないし。こういう場に呼ぶには最悪な二人じゃないですか?」

 

「おい待て。何の話だ?」

 

困惑するエレボスを無視して、アルゴノゥトは続ける。

 

「だから、家族の話ですよ」

 

そう断言するのと同時に、外套を脱ぐ。

その顔も、髪も、瞳も、すべて三人の前に晒される。

 

「…………は?」

 

「お前は────」

 

驚愕するザルドとアルフィア。

ずっと閉じていた目を見開くほど驚いているアルフィアは言葉を続けようとするが、出てこなかった。

ただただ眼の前にいる彼が、信じられなかった。

 

「僕の名はベル・クラネル!!喜劇を語り、希望を歌い、理想を描き───そして未来を繋ぐ、『始まりにして終わりの英雄』!!」

 

彼は堂々と告げる。

自分の名を、自分自身を。

自分をここまで連れてきてくれた、数多の出会いと絆を。

 

「7年後のオラリオから来た、あなた達の義息子(むすこ)だ」

 

彼は笑う。

自分と未来を諦めた彼女たちに証明するように。

自分自身を、しら示すように。

 

「僕を選ばなかったこと、死ぬほど後悔させてあげるよ」

 

不敵に笑いながら、ベル・クラネルは告げる。

悲劇に満ちた未来への、反逆を。

 

 


 

 

あとがき

 

次回、ベルくんとザルド(ついでにエレボスも)死す。

お楽しみに!!

 

さてと、ということで次回はほぼ会話パートかなって感じです。

いろいろなことを順番に回収していき、一人ずつ戦ってって感じですね。

あれ?じゃああと3話くらいになるような気が…………って気づいちゃいました。

どうにも予定とか見積もりが甘くて苦労することが多いんですよねぇ。

 

補足しておくと、アルフィアお義母さんがベルくんに一瞬で気づかなかったのは、顔が見えてなかったからと、ベル君が気配殺してたから。

髪も瞳も完全に見えなくなるように顔を隠してました。

それでもお義母さんだったら気づきそうだなって自分でも思います。

こういう関係での信頼がムダに高いお義母さんですね。

でも、演出優先で納得してください。

 

あと、ガレスさんが思いの外ボロボロにならなかったのが残念でしたね。

その分ベートさんがボロボロになりましたけど。

 

まあ、そんな感じで。

以上、あとがきでした。

 

 

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