道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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時を渡る道化英雄~史上最大~

 

 

そこは廃教会の前。

今はもう誰も訪れない廃れた教会だからこそ、そこは拓かれていた。

何もなく、壊れかけのレンガの道があり、周囲の建物も遠い。

そんな場所に、その二人は立っていた。

 

「…………。」

 

「…………。」

 

都市の破壊者にして救世主……ベル・クラネル。

元ゼウス・ファミリア幹部【暴喰】のザルド。

 

二人は睨み合うように視線を交わし、互いを見つめている。

緊張感が漂う空気に、見るものも自然を背筋が伸びていく。

その時間がどれだけ続いただろうか。

二人の間を通った風か、それとも落ちた木の葉か。

それを合図に、ベルは大きく腕を振り上げる。

その手には、彼の意思の籠もったものが握られている。

 

「いくよ、おじさん……!」

 

「来い、ベル!」

 

短いやり取り、それだけで通じ合う。

最早言葉は不要。

互いが手にしたものだけで、自分を語るのだ。

 

ゆっくりと構えるベル。

迎え撃つように、ザルドも構える。

ベルは足を振り上げ、腕を後ろに回す。

ザルドも柄を顔の近くにまで振り上げ、その瞬間を待ちわびる。

スキルが発動し、白光と共に鐘の音が響く。

そして、その瞬間は訪れた。

 

「────必殺!!蓄積(チャージ)5秒、“大りいぐぼうる?1号”!!」

 

「────なんの!!斬光付き“つうてんかく?打法”!!」

 

自分たちが何を言っているのかも理解していないのだろう。

技名がかなり辿々しい。

ていうか、その二つはそれぞれ別作品の技だ。

 

まあ、取り敢えず、二人は神々が言うところの『やきゅう』をしている。

ベルが手にしているのは野球ボールではなくその辺に落ちてた石だし、ザルドが手にしているのはバットではなく愛用の大剣。

斬ってしまわないように刃の腹で、ベルが投げた石を打ち返そうとしている。

 

スキルと技術と、冒険者としてのレベル7相当のステイタス。

それらをふんだんに使い、二人はこの馬鹿な対決をしているのだ。

当然そのボール(石)はアリーゼたちでは目に終えないくらいのスピードになってるし、バット(大剣)にぶつかった時など軽く衝撃波が出るくらいだった。

 

「「あっ」」

 

そして当然、そんな馬鹿げた行為に耐えられる石など早々ない。

こんな都市の外れにある石なのかレンガの欠片なのかも分からないようなものなら、尚更だ。

簡単に砕け破片が周囲に飛び散っていく。

その様子を見て、二人はため息を溢す。

 

「はぁ……ねえ、これで3回目だよ?やっぱり無理だって。今の僕達のステイタスに耐えられるような石なんてダンジョンにでも行かないと見つからないって」

 

「あ~やっぱ無理かぁ……」

 

頭を掻きながら、残念そうに諦めるザルド。

楽しみにしていた分、無理だった時の無念が酷い。

 

「お前らは何やってんだか……」

 

「何って……エレボス様が言ったんじゃないですか?親子の絆を深めるには『やきゅう』が一番だって」

 

「下界天界、その他の異世界関係なしの普遍の摂理なんだろ?」

 

「ああ、そうだよ。そして、禁止された場所で野球をやって怒られるのも、普遍の摂理だ」

 

「「え?」」

 

エレボスが指差す方向には、砕け散った石の破片で無惨にも割られてしまった教会の窓が。

そして、その近くには自分たちを睨む雷親父もとい雷お袋──語呂が悪いので雷オカンで行こう──がいる。

当然、ブチギレてる。

 

「私は何度も言った。ここでするな、教会が壊れたらどうするつもりだ、と。それをお前らは大丈夫などと根拠ない自信を持って無碍にし、挙句の果てにこれか?」

 

「待て、アルフィア。話そう、話せば分かる!!」

 

「すいませんでした、お義母さん!!」

 

「一回沈め」

 

鐘の音が響く。

ザルドは地に沈む、血に沈む。

ベルは一回魔法無効化で耐えようとしたが、魔法ではなく拳骨が飛んできたので無理だった。

ついでと言わんばかりに、ザルドも拳骨を喰らっていた。

 

「うっわ、痛そ~」

 

「実際クソ痛いんですよ、これ……。あ、すいません、ヘファイストス様。ヴェルフに渡した素材のいくつか売ってもいいんで、あとで修繕お願いします」

 

「え、ええ……」

 

「ていうか、アルフィアの奴ベルに甘くねえか……?魔法じゃなくて拳骨だったし……」

 

「当たり前だ。可愛い妹の忘れ形見に魔法など撃てるか」

 

「妹の忘れ形見にする拳骨の威力じゃないだろ、あれ」

 

エレボスはケラケラと笑いながら茶々を入れているが、それ以外の全員がドン引きしている。

ゼウスとヘラの時代を知らない面々は、特に引いていた。

 

「なんか凄い和やか?な空気が流れてるけど、さっきまでの緊張感何処に行ったの?アルなんか『僕を選ばなかったこと、死ぬほど後悔させてあげるよ』ってカッコつけてたじゃん」

 

「アリーゼさん、それとこれとは別ですよ。あと、カッコつけてません」

 

「あのなぁ、互いに事情があるってことくらい分かるだろ?それを聞かずに殴り合いなんか出来るか」

 

「普通、話し合いが最初なんですよ。口より先に手を出すわけないじゃないですか───お義母さんじゃないんだから」

 

「そうだそうだ。そんな野蛮な真似するわけねえだろ───ヘラの連中じゃあるまいし」

 

「遺言はそれでいいな?」

 

「「あっ、やっべ」」

 

アリーゼの質問を発端に口を滑らせ、またしても拳骨を喰らい地に沈む二人。

ザルドはついでに魔法も喰らっていた。

やっぱり、ベルにだけ甘い気がする。

 

「なあ、少年。お前何でアルフィアのこと『お義母さん』って呼ぶんだ?関係的には『伯母さん』だろ」

 

「そう呼ばれたくないらしくて。ちなみに、お義母さんのことをそう呼んだ人は例外なく地に沈んでます」

 

「…………そういうことは早く言ってくれ」

 

もう一人加わった。

三人揃って仲良く地面に倒れ、ダイイングメッセージを残している。

 

「はぁ~、理不尽すぎんだろ、あいつ」

 

「ホントですよ……」

 

「昔っからああだ。いい加減にしろっての」

 

「だよね~!!本当にああいうところ直して──」

 

またしても二人は仲良く──以下略。

そんな二人を、エレボスは呆れたように見つめている。

 

「仲いいな、お前ら。初対面だろ?」

 

「ばっきゃろう!!こいつはうちの馬鹿が残した子ども!俺達のガキに違いねえだろうが!」

 

「そうだそうだ!」

 

「そして!ヘラに虐げられたものは須らく同士なんだ!!」

 

「そこに時間も立場も関係ないんですよ!!」

 

「ベル!!」

 

「おじさん!!」

 

「「ヒシっ!!」」

 

感極まったように抱き合う二人。

大変むさ苦しい。

 

「誰がなんと言おうとお前は俺達の子どもだ!!」

 

「ありがとう、おじさん!!」

 

「水臭い!!俺のことは『お義父さん』と呼べ!!」

 

「あ、それは無理」

 

「なんでだよ!?」

 

一番盛り上がっていたところで梯子を外されたザルド。

衝撃を受けたような顔をしている。

だが、これにはやんごとなき事情があるのだ。

 

「昔そう呼んだことあるんだけど、お義母さんが『ザルドと夫婦になったみたいで気色悪い』って言い出して。二人揃って殴られた」

 

「だから、そういうのは早く言えよ!!」

 

殴られた。

犯行動機:ザルドと夫婦になったみたいで気色悪いと思ったから。

 

「お前ら、さっきからうるさい。いい加減黙れ。殴るぞ」

 

「もう殴られてますけど!?」

 

「お義母さんっていつもそうですよね!?僕達のこと何だと思ってるんですか!?」

 

「うるさい」

 

「「クストス・モルム!!」」

 

変な悲鳴を上げて倒れる二人。

大の字になって空を見上げる。

まるで喧嘩をして仲直りをしたかのような雰囲気を醸し出しているが、彼らのたんこぶのすべては一人の母親によって付けられたものだということを忘れてはいけない。

 

「こうなったら、女装してメーテリアお母さんの真似をして泣きじゃくってやる!」

 

「やっても意味はない。メーテリアは滅多に泣かないからな」

 

「え?でも昔お祖父ちゃんにやらされた時は効いたよ?」

 

「断言は出来んがそれは─────いや、なんでもない。忘れろ」

 

ここで真実を語るとしよう。

それはただ単に、普通に女装姿で泣きじゃくるベルが愛らしかっただけだ。

そして、ベルにそんな真似をさせたゼウスは当然死んだ。

 

「そもそも、あいつは気に食わないことがあった時、口で徹底的に言い負かすタイプだ。暴力に屈して泣くことはない」

 

「クッソ!!僕の周りそんな人ばっか!!」

 

生みの親が思いの外逞しい性格をしていたことを嘆くベル。

 

「なんで僕の周りの女の人って変なところで逞しかったり我が強かったり暴力的だったりするの!?お淑やかなの春姫さんかカサンドラさんくらいじゃん!!僕の尊厳は!?尊厳は何処に行ったの!?」

 

「分かる、分かるぞ少年!!ニュクスの奴だってそうだ!!あいつ、俺のこと完全に尻に敷いて上から目線で!!俺がちょっと悪の美学について語ったらまるでバカを見るみたいな目で見てきやがる!!」

 

「女なんてのは皆そうなんだよ!!おい、ガレスに赤髪と狼のガキども!!お前らも気をつけろよ!!他人事だと思うなよ!?」

 

「ヴェルフは他人事なんだよ!!ヘファイストス様そういうタイプじゃないもん!!」

 

「はあ?」

 

「なんで私の名前が!?」

 

「え?だって───」

 

「まあ待て、少年。あんまり未来の恋路を言い触らすのもあれだ。俺達にコッソリ教えてくれ」

 

「は~い」

 

終始ふざけまくっている三人。

終わる気配はない。

今もザルドとエレボスに耳打ちで色々なことを教えている。

 

「ボソボソボソ、ボソボソ」

「ほんほん……マジで!?あのヘファイストスが!?」

 

「ちょっと……」

 

「ボソボソボソ、ボソボソ」

「そんなことまで!?」

 

「だから……いい加減に……」

 

「ボソボソボソ、ボソボソ」

「はぁ~、苦労してんなぁ……」

「やるな、あのガキ」

 

「いい加減にしろって言ってんでしょうが!!」

 

「「「危なぁっ!!」」」

 

腰にある金槌を三人に向かって投げつけるヘファイストス。

間一髪のところで躱したが、マジで危ない。

エレボスなんかは特に。

 

「あっぶな!ザルド達は兎も角俺もいるんだぞ!?」

 

「あんたらがふざけまくるからでしょ!!大体、ベル・クラネル!なんであなたまでふざけてるのよ!?そういうの止める立場でしょ!?」

 

「いやぁ……楽しくて楽しくて……実は身体は何とか回復させたんですけど、もう三週間近く寝てないせいで頭の方がバグってて!!一回タガが外れたら色々と止まらなくて!!アッハハハハハハハ!!」

 

「正気に戻りなさい!!」

 

「へぶしっ!!」

 

ヘファイストスの金槌で殴られるベル。

頭から血を流して倒れてしまう。

そんな状態でも笑い続けてるから余計恐ろしい。

 

「こっわ。少年もヘファイストスもこっわ」

 

「こんな調子で本当にあんなことになんのか?」

 

「なるんじゃないか?ヘファイストスって、アフロディーテの時で一回────」

 

「次その名前出したら殺すぞ」

 

「ひぃい!!」

 

恐ろしく低い声が響く。

軽率に彼女の逆鱗に触れすぎたようだ。

 

「いいから話進めろ。分かったな?」

 

「「りょ、了解しました……」」

 

 


 

 

閑話休題。

教会の中に戻り、話を始めるようだ。

 

「で、何の話してましたっけ?お祖父ちゃんが畑に埋められた話でしたっけ?」

 

「違うだろ?俺とお前の声がなんでこんなに似てるのかって話だろ?」

 

「そんな話してないわよ。今までの話はいいから、本題に入りなさい」

 

「「は~い……」」

 

頭の血が少し抜けてまともになったベルと、悪ノリをやめたエレボスが話し始める。

ちなみに、ベルの頭の傷はマリューが治した。

 

「では、改めまして未来から来たベル・クラネル。ゼウスとヘラの落とし子よ」

 

「改めまして、エレボス様。絶対悪の名を騙る、世界の礎よ」

 

少し真剣な空気を纏うエレボスが、ベルにそう告げる。

ベルもそれに応えるように、真剣に語る。

 

「ゼウスとヘラの落とし子?」

 

「ずっと聞き流してたんだけど、どういうこと?」

 

「そのまんまの意味です。だからずっと言ってるじゃないですか。こっちに来てから嘘をついたことはないって。本当のことも言ってませんけど」

 

ゼウス・ファミリアの一員でヘラ・ファミリアの所属。

7歳で14歳。

恩恵を授かってないけど、レベル6。

彼が輝夜に聞かれて答えたこと。

そのすべては、本当のことだった。

 

「それで?お前は一体どんな愉快な話をしてくれるんだ?」

 

「それはもちろん、『正義』についてですよ」

 

愉快に、全てを見下すかのように、ベルは嗤う。

エレボスを模した口調と声色で、語り始める。

 

「突き詰めれば『気持ちのいいもの』という明確な答えがある『悪』に対し、『正義』って奴は具体性がない。やれ、人の善性だの大義だのと、どれもイマイチ。ピンとくるものがない。人の価値観や無償の奉仕なんていうあやふやで脆いもので成り立ってる醜悪なものだ」

 

「そう、そのとおりだとも、少年!俺は『絶対悪』を名乗る身ではあるが、それでも『正義』ってもんは理解出来ないんだよ!優越感に達成感に満足感!それらありきの自己満足だと胸を張ればいいものを、連中はそうではないと抜かしやがる!」

 

「見るに耐えない醜悪さだ。ああ、本当に愚かだと思うよ。無償の善意と奉仕ほど歪で滑稽なものはない。そんな個人の限界によって簡単に破綻するものが正義であってたまるものか」

 

「よく分かってるじゃないか!そう、だからこそ俺は問いたいんだ!正義とは何なのか!大義とは何なのか!何を以て“正道”と呼ぶのか、何をなせばそれは“邪道”なのか!俺は確かめたいんだよ!」

 

ベルの言葉に、エレボスは同調するように叫ぶ。

彼の思想や考えを正しく理解出来ているベルは、まさしく彼の理想なのだろう。

 

「────って、昔散々貴方に言われて、僕の性根はひん曲がりそうになりました」

 

愉悦を含んだ醜悪な嗤いから、ただ単に疲れと呆れを含んだだけの穏やかな笑いに変わる。

それを見てもなお、エレボスは嗤い続ける。

 

「お義母さんにぶん殴られても一週間くらい懲りずに僕の所に来続けて、延々とこんなことを語り続けるんですから。あの時僕七歳だったんですよ?七歳の子どもになんつーもん聞かせてるんですか」

 

「それは悪かった。俺ではない俺が悪いことをしたよ。ああ、本当に“悪”かった」

 

「それこそが自分の或るべき姿とでも思ってるんでしょう?まあ今更とやかく言うつもりはありませんよ」

 

「へえ?じゃあ、なんで今その話を持ち出した?」

 

「あの時出せなかった答えを、貴方に示すためです」

 

挑発するように嗤うエレボスに、ベルはそれでも穏やかに告げる。

エレボスに対し、ベルは恨みも辛みも持っていない。

ベルにとってエレボスは、ちょっと意地悪な親戚のお兄さんでしかないのだから。

自分に希望と期待を抱いてくれた彼を、ベルは好いている。

 

「では、問おう。少年──ベル・クラネルよ。お前にとって、『正義』とはなんだ?」

 

「『理想』」

 

その答えは、エレボスが抱いているものと同じ。

 

「これはきっと、絶対ではないかも知れない。それでも、人が抱く『正義』を突き詰めた先にあるのはきっと、『理想』だ」

 

「…………。」

 

「こうありたい、こうあるべき、こうあってほしい。人が抱く願いそのものが、人が信じる希望そのものが、そのすべてが等しく『正義』と呼べるものだ」

 

「それは……随分と、大雑把だな。なら、理想を抱く悪はどうなるんだ?」

 

「それも含めて、正義ですよ」

 

エレボスは笑う。

それでも、試すように言葉を紡ぐ。

でも、ベルは穏やかに笑いながら答えを続ける。

 

「気まぐれなエゴではなく、己を満たす欲でもないのなら、それは正義だ」

 

「その両者がぶつかったら?」

 

「勝った方が正義」

 

「最後の最後で究極の脳筋じゃねえか」

 

「そりゃそうでしょう。勝ったってことは、それだけ願いが大きかったってことなんですから」

 

随分と大雑把で乱暴な考え方だ。

でも、そのすべては間違っていないように思えてくるから不思議なものだ。

ああ、本当に、不思議な少年だ。

 

「二つの正義があって、絶対に相容れなかったらその後はもう殴り合うしかないんですよ。それは今までの歴史が証明してますし、僕も体験してます」

 

「おいおいおい、答えを放棄するなよ」

 

「してませんよ。だからこう続くんです────でも、もっと違う本当の正義(りそう)を掴む道だってあるかもしれない。だったら僕は、それを模索する」

 

賢者のように笑いながら、愚者のような語り口で、道化の英雄は歌う。

かつて理想を抱きながら、正義を掴み取った彼は、確信を持って告げる。

 

「姫を犠牲にしてでも国と民を助けたい王。たとえ悲劇が待ってるとしても眼の前で泣く少女(ひめ)を助けたい英雄。この両者はきっとどちらも正しい。でも、それだけで考えを止めたらダメなんだ」

 

「じゃあ、お前の答えは?」

 

「姫を救い、姫と共にすべてを巻き込んですべてを救う。国も民も、すべて一緒になって戦うんだ」

 

それこそ、正しい意味での理想。

絵空事だし、ただの綺麗事。

だが、それこそが正義の本質なのだ。

 

「綺麗事だ、ああ、綺麗事だとも。でも、それはきっと正しいよベル・クラネル。だって、綺麗事は綺麗だからこそ『綺麗事』って呼ぶんだから」

 

人は綺麗であるものを正しいと思う生き物だ。

ならばきっと、人が綺麗事と呼ぶそれらはきっと、誰もが納得する理想なのだ。

 

「だが、俺は意地の悪い神なのでこう問い返す。お前はこの時代で何を成す?何を残せる?」

 

ベルを試すように、彼は再び嗤う。

どれだけの理想を語ろうとも、結局はそれを成せなければ意味はないのだから。

 

「お前がやろうとしてることは何となく分かった。でも、肝心なもんが何も足りてない。俺達に代わって絶対悪になっても、それだけじゃ足りない。お前じゃ突き詰められないもっと重要で肝心な成長があるってことくらい、分かるだろ?」

 

「分かってます。だから僕はこう答える────全部リューさんたちに任せる!!」

 

その言葉に、全員が目を丸くする。

ここまで語っておいて、最後は全部人任せ。

全員が呆れてものも言えない。

 

「お前なぁ……そりゃないだろ?」

 

「あるんですよ。僕は…………私は、彼女たちに期待してる」

 

自分を私と呼ぶ彼は、穏やかに笑いながら告げる。

 

「期待して、希望を抱いている。私の英雄たちならきっと、残した全てを繋いでいってくれると」

 

「それは詭弁だな。期待ってのは諦めの同義語だぜ?」

 

「いいや、違うよエレボス。期待ってのは希望と同義だ」

 

期待の解釈の違い。

諦めと希望という全く違うそれらを抱く二人は、笑いながら意見をぶつける。

 

「私は彼女らに希望を抱き、すべてを信じて託す。昔オルナに言われたとおりさ。私は究極的に他人任せなんだよ」

 

「いいのか、それで?」

 

「いいんだよ、これで」

 

「そうかい。なら、俺はその行く末を見届けるとしよう」

 

不可能だと断じたら、彼はきっと絶対悪を執行する。

これはただの正義同士のぶつかり合い。

思想の違いでしかないのだから。

ならば、後はこの時代この世界を生きる彼らに、すべてを任せるだけだ。

 

「では、最後にもう一つだけいいか?」

 

「なんですか?」

 

「お前はなんでそこまでする?こうしても意味はない。この世界で救ったところで、お前の世界で死んだ連中が生き返るわけじゃないぜ?」

 

残酷な言葉を続ける。

だが、それは真実だ。

ベルだって、それくらいのことは分かってる。

 

「分かってますよ。色々と前提が違ったので、ここが僕の知ってる世界じゃないんだろうなって、何となく分かってました」

 

「そっちの世界じゃ、どうなったんだ?」

 

「一番の違いは、アストレア・ファミリア。アリーゼさん、輝夜さん、ライラさん、リューさん以外の全員が亡くなりました」

 

「………………。」

 

「それに、これでもまともになった方です。僕のいた世界でも、きっと誰かが過去に介入した。それがなければ、リューさん以外は全滅してたかも知れません」

 

言葉には出さないが、アーディも、

過去に来てから抱いていた違和感や確信を、ベルは語る。

 

「なあ、そもそもお前はなんで過去に来たんだ?」

 

「待て!俺が当ててやろう────ズバリ、過去を変えるため!幼い頃を共に過ごしたアルフィアやザルドを俺に奪われたお前は、過去を変えるためにタイムマシンに乗ってやって来たんだ!」

 

「違いますけど」

 

「違うのかよ!!」

 

ザルドの問いに、エレボスは無駄に明るく答える。

もちろん、エレボスも本気で言ってるわけではない。

そもそも色々と齟齬や違和感のある仮説なのだから。

 

「僕が過去に来たのはただの偶然です。本拠で寝たら、いつの間にかこの世界にいて」

 

「ふ~ん……」

 

「それに、過去に行く動機もないです。変えたい過去はありますけど、それは今じゃない。だって、僕のいた世界でお義母さん達は僕を選んでくれたんですから」

 

「アルを……選んだ……?」

 

「お義母さん達は、エレボス様が勧誘するよりも前に僕に会っていた。気の迷いを起こして、僕に会いに来た。だから、僕の知るお義母さん達は絶対悪にならなかった」

 

「それと同じ道を選ばせるためのこんな行動か。やりすぎだろ。アルフィアたちを助けたいなら、俺達とだけ話をすればいい」

 

「それだけじゃ足りないですよ。それだと、世界を救えないんですから」

 

気の迷いという言葉。

まるで、アルフィア達がベルに会いに行ったのが間違いだったかのような口ぶりだ。

 

「なあ、ベル・クラネル。お前はなんで人を助ける?なんで世界を救おうとする?」

 

「…………。」

 

「正直、常軌を逸してる。絶対悪たる俺から見ても、お前は可怪しい。人は正義や理想を語るが、それは自分が生きてることが大前提の話だ。でも、お前は自分が二の次になってる。世界さえ救えれば、自分なんてどうなってもいいって考えてるのか?」

 

「まさか。自分は大切ですよ」

 

「どうだか。お前のは言ってるだけって感じがするぜ?」

 

「本当です。昔、それでやらかしてトンデモナイ後悔を抱え込む羽目になったんですから」

 

彼はきっと、今も後悔している。

あの時のアルゴノゥトの行動を。

今の自分ではどうしようもないと知りながらも、それでもアルゴノゥトの後悔を抱え続けている。

それも含めて、アルゴノゥトから託されたものなのだから。

 

「僕がやっているのは勝算があるから道筋が見えているから。だったら、どれだけキツくて苦しい道のりでも、やらないわけにはいかない」

 

「やっぱり、それが『正義』だから?」

 

「それもありますけど、それだけじゃありません。正義や大義なんて言葉では表せない、もっと醜いものです」

 

「それは一体?」

 

「『贖罪』」

 

後悔を抱える徒人ではない。

今の彼は罪を抱える咎人だ。

他の誰が許したとしても、例え本人に許されたとしても、ベルがその罪を忘れることは決してない。

 

「三千年前、私は守るべき国と民を守れず生き残ってしまった。七年前、僕は世界の宝を占有してしまった。そして数ヶ月前、僕は守ると誓った存在を殺した」

 

1つ目と2つ目は、偶然が含まれた口ぶりだった。

でも、最後は違う。

最後だけは、自分の意志だけでそれを成したのだ。

 

「死んでしまった彼らが生き残れる世界にしなければならないと思った。僕を選んだことが正しかったと証明しなければならないと決めた。そして、あの(ひと)が守った世界を守り続けなければならないと誓った」

 

「それは…………」

 

「このまま行けば、7年後僕は世界を救う」

 

彼は断じる。

その未来と結末と悲劇を。

 

「ああ、そうだ。僕は世界を救った。誰がなんと言おうが言ってやる、僕は世界を救ったんだ!あの(ひと)を犠牲にして、殺して!代わりに、世界を救ったんだ…………!!」

 

罪を抱える彼は痛ましく。

それを慰めるすべは誰も持っていない。

 

「矢に選ばれたのが僕じゃなかったら……、『オリオン』と呼ばれたのが僕じゃなかったら……あの(ひと)は、生きていられたかもしれないのに……」

 

「オリオン……の、矢……なるほどなぁ……お前、アルテミスを殺したのか」

 

これだけはエレボスも同情するように、真実を告げる。

そして、それがベルの1つ目の最終目標。

『アルテミスを助けること』

アストレア・ファミリを含めた全員に強くなってもらって、アンタレスを討伐して貰うこと。

 

「事情は概ね察した。だが、お前のそれはただの傲慢だ。あの女神(おんな)の決意をお前が背負うな。それは、アルテミスに対する冒涜だ」

 

「分かってます。でも、僕はそれでも、背負い続けなくてはいけない。もうアルテミス様のような犠牲を出さないように。今度こそ本当の意味で世界を救うために。強くなって、戦い続けなくてはいけない。すべての人を、救うために」

 

誰に理解されなくてもいい。

これこそ“悪”なのだから。

独り善がりなエゴ、彼女に生きていて欲しかったという欲。

それらを抱える、悪なのだから。

 

「これは独り善がりな誓い。誰にも譲らない、僕だけの約束。それのためにも、お義母さんにおじさん。二人には、絶対悪を諦めてもらう」

 

それは、誰しもが予想していたこと。

それをここで明言し、二人への宣戦布告とする。

 

「…………あまりにも身勝手だな。私はお前の義母ではない。厳密に言えば、よく似た他人に等しいものだ。勝手に親近感を覚え、勝手に親愛を覚え、勝手なことを言うな」

 

「知らないよ、そんなこと。世界が違おうが時代が違おうが、家族は家族だ。魂以外は何もかも違うし、三千年も世代が離れてるくせに今だにご先祖様呼びしてくる子孫だっているんだ。その程度のことで、僕が揺らぐと思わないで」

 

「正義のため、か。だったら俺達は絶対悪として、それを否定する」

 

「さっきはああ言ったけど、二人に関してはそれよりも大前提があるんだよ。悪だ正義だの以前の話が」

 

「…………なんだ?」

 

「家族を助けるのに大層な理由がいる?愛する人に生きていて欲しいと思うのに理論は必要?こんなの、人が抱いて当然の感情でしょ」

 

理論や論理よりも前に、これはただの感情論だ。

だからこそ、これは誰にも否定できない。

 

「私達に残された時間は少ない。だったら、世界のために使うべきだ」

 

「僕のために使って。例え限り有る短い時間だとしても、家族とともに穏やかに暮らして」

 

「お前が無茶苦茶にしたこの世界でも、まだ立て直しが効く。俺達が最後の障害として立ち塞がれば、まだ成長が見込める」

 

「僕がやる。障害も障壁も試練も試験も、全て僕がやる」

 

「エレボスが許さないだろう」

 

「おいおい、ここで俺の名前を出すのは卑怯だろう?」

 

エレボスの名を出したアルフィアを、エレボス自身が嗜める。

彼は悪を語る邪神ではあるが、それでも神として公平公正だ。

ここでそんな卑怯な真似は許さない。

 

「すべてはベル・クラネルの働き次第だ。もしこの少年が、お前達が悪となる以上の成長をオラリオに齎せば、俺がお前達を縛る理由はない」

 

「…………エレボス!!」

 

「勝手に神の名を使うなよ。自分の感情で喋れ」

 

エレボスの目的はもう暴かれている。

一番最初に、ベルによって語られた。

強き者たちとともに世界の礎となることなのだから、世界が強くなればそれだけでいい。

 

「…………私は、私達はお前に穏やかに暮らして欲しい。今のお前を見れば尚更だ。そんな分不相応なものを抱え込むのなら、お前は英雄になんてならなくていい。一生を穏やかに、暮らせばいい!」

 

「残念だが、そうはいかない。お義母さんに会おうが会うまいが、僕は絶対に英雄を目指す」

 

「なぜだ!?なぜお前はそこまで英雄に……世界を救うことに拘る!?」

 

「そういう運命だからだよ。三千年前のあの日、英雄時代を始めた瞬間、始まりの英雄を名乗った時から、僕はこうなる運命だった」

 

「……お前は、何を言っているんだ?」

 

「すべては責任なんだ。英雄時代なんてものを作ってしまった僕は、その幕引きをしなければならない。僕の後に続いてくれた、全ての英雄たちに報いるために」

 

彼の言う三千年が理解出来ない。

始まりにして終わりの英雄を名乗るこの子どもが、分からない。

 

「答えは7年後。僕の全てはたった今、彼女たちに伝えた。これ以上僕が語るべき信念・理念は何一つとして残っていない。だから僕は、言い続けるだけだ。『僕を選んで』」

 

母親を乞う子どものように、彼は言い続ける。

自分に会いに来て、お義母さんと。

それでも、アルフィア達も引き下がれない。

 

「お前のそれは、私達への侮辱に等しい」

 

「俺達の覚悟と思いを、踏みにじってくれるな」

 

「先に踏みにじったのはそっちでしょ。勝手に悲観するな、勝手に見切りをつけるな、勝手に諦めるな────この世界にはまだ『僕がいる』!!」

 

互いの話は平行線。

決して交わることはない。

 

「…………やめだ。埒が明かない」

 

「ああ、そうだな。これ以上は全て、無意味だ」

 

ザルドとアルフィアは立ち上がり、武器を持ち、外に出ていく。

逃げるつもりなどない。

ただ、場所と方法を変えるだけだ。

それを分かっているベルも、外に出る。

 

ヴェルフに作ってもらった魔剣と、ヘファイストスに作ってもらった片手剣。

そして雷霆の剣を持って。

先に出ていたザルドの前に立ち、向かい合う。

 

「『マルミアドワーズ』」

 

片手剣と雷霆の剣を重ね、ベルは大剣を作る。

その事象を見定めながら、ザルドも剣を抜き構える。

 

「これ以上の言葉は不要。お前の言ったとおり、勝った方が正しい」

 

「そうだね。勝った方の意見が優先される」

 

「証明してみせろ、俺達に。世界はまだ救えるのだと、自分が俺達より優れた障害となれるのだと」

 

結局のところ、それがすべて。

彼らは冒険者なのだから。

それ以外の決着の付け方を、知らないのだ。

 

「今から何が始まるんだ?互いの正義を掛けた決戦か?それとも正義と悪の雌雄を決する戦いか?」

 

エレボスが茶化すように言ってくる。

答えなんて分かってるくせに、わざわざ聞いてくるのだから本当にタチが悪い。

彼に怒りも苛立ちも向けることなく、ザルドとベルは静かに答える。

 

「そんな大層なもんじゃない。これは世界中でありふれたただのやり取りの一つだ」

 

「これは僕の人生で一回限りの反抗期。今から始めるのは────」

 

二人は同時に動く。

合図はない、誰が言い出したタイミングでもない。

ただ自然とその瞬間が分かったのだ。

 

刃がぶつかる。

二つの巨大な力がぶつかったその衝撃で、地面に大きな亀裂が入るほど。

そして、二人は声を揃えて言うのだ。

 

 

「「──ただの親子喧嘩だ!!」」

 

 

それは都市の命運を分ける戦い。

でも、ただの仲の良い親子の珍しい喧嘩。

都市を巻き込みながら、史上最大の親子喧嘩は幕を開ける。

 

 


 

 

あとがき

 

さて、ということで最後の戦いが始まりました。

史上最大、世界最大の親子喧嘩です。

事前に考えていたことっていざ書いてみると前後の脈絡の関係で半分くらい没になるんですけど、最後の部分だけは絶対に変えたくなかったのでそれを優先させました。

そういうことで始まったこの戦い。

ザルド戦とアルフィア戦の前半で1話。

アルフィア戦の後半と最終決着で1話って見積もりです。

この通りに行くかは分かりませんが。

 

そして、案の定区切りがなんか悪い。

1ページが長くなって読みにくい。

なんとかして改善していきたいです。

アドバイスやご指摘等があれば、コメント欄にお願いします。

 

以上、あとがきでした。

 

 

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