おびただしい数の破壊音を轟かせていたザルドとの戦いとは打って変わって、その戦いはとても静かだった。
数手の打撃音と足音、後退りするような低い砂音が響いた後、剣の空を切る音だけがその場を支配する。
「初手から容赦ないわね、あの子」
その戦いを見ていたヘファイストスが小さく呟く。
魔導士であるはずのアルフィアが魔法を使わず、白兵戦を強いられているその現状。
それへの答えを知っている彼女には、この現状の容赦のなさがよく分かる。
「っとぉ!はぁ……疲れた」
「よう、お疲れさん。見事にやられてたな」
「うっせ」
その時、満身創痍のザルドがやって来て、意識がそっちに持っていかれる。
どうやって動いているのかすら分からないほどの重傷を負いながらも平気な顔をしているザルドを見て、改めて生物としての格の違いが分からされる。
自分たちは、後七年でこのレベルの強さを身につけられるのだろうか?
そんな姿を、欠片も想像できないのに大丈夫なのだろうか?
形容し難い不安が、アリーゼたちを襲う。
「マリューだったか?どいつか知らんが、悪いが傷治してくれ。もう都市に牙を剥くつもりはないから」
「そんな心配、誰もしてないわよ」
ザルドを見て、呆れたようにそう言いながら
それを少し慌てたように受け取り飲み干して、ザルドはようやく一息ついた。
マリューも、その様子を見て危険性がないと判断して回復魔法を使用する。
「それで?ベルの奴は何をしたんだ?アルフィアがいつもみたく魔法乱射しないってことは、なにかしらの小細工を使ったんだろ?」
「小細工なんてもんじゃないわよ。もっと強引な力技」
ザルドへの説明を兼ねて、エレボスがそう尋ねる。
その質問に、唯一ベルの全ステイタスを知っているヘファイストスは答える。
「あれは【
「本当の……」
「姿?」
アルフィアと類似した魔法を持っているのは分かっている。
だが、その本質はアルフィアのものとは少し異なっている。
自らの
「通常時の魔法無効化を展開した状態で超長文の追加
「はぁ……?」
「なんだその無茶苦茶な魔法は」
「だけど、当然デメリットも存在する。一つは封殺する対象を選べないこと。自分に益となる支援魔法や回復魔法はもちろん、
特定の魔法や対象を封殺するのではなく、一切合切をまとめて封殺する。
そこに区別はなく、敵味方の違いもありはしない。
この中では、誰もが平等に魔法という武器を取り上げられる。
「そして、もう一つのデメリットは
本来なら15分から20分ほどは維持できるのだが、今のベルはザルドとの戦闘で消耗しきっている。
それに加え、一回回復イベントを挟んだとは言えウダイオス討伐RTAをやってから時間もあまり経っていない。
精神的な疲労なども残っているし、本人の言う通り身体は回復までも脳の疲労まではうまく回復していない可能性もある。
今のベルはそうした目に見えない類の疲労が、溜まりに溜まっている状態だ。
「でも、魔導士相手に魔法を封殺できれば、あとは……」
「さっきの拳骨見てなかったのか?」
「あいつ、魔法が使えなくても化け物だぞ~?」
希望的観測を述べるアイズだが、そう上手くは行かない。
なにせ、相手は『才禍の怪物』。
神時代の中で、最も才能という概念に愛された化け物だ。
「見ただけで、ありとあらゆる技術を完璧に模倣し、使いこなす。当然、ザルドの剣技もだ。ステイタス的には劣るが、それを補って余りあるだけの才能をあいつは有している。万全の状態でも勝てるか怪しいのに、今の状態だと勝ち目なんてないぞ?」
「だが、あいつはさっき勝算があると言った。ならば何かしらの打開策は用意してるはずだ」
「予想よりも疲労が強かったって可能性は?」
「それもないと思うわ。あの子、都市と闇派閥の壊滅はかなり行き当たりばったりに動いてたけど、この戦いに関しては最悪に最悪を重ねて想定してる感じがする」
「俺達の実力を誰よりも知ってるあいつが、今更見誤るとは思えない」
レベル7という数字は、驚異的だ。
後衛の魔導士でも前衛の剣士を追い詰めることが出来るようになるほど、ステイタスが極まっている。
その恐ろしさを、ベルは知っている。
この世界の誰よりも、義母の強さを知っている。
だったら、ベルはまだ勝ち筋を残しているはずだ。
(───
今の状態で、ベルが自らの意思で使用できるのは
後は相手依存だったり、状況や仲間が揃っている時にしか使用できないものばかり。
だとすれば、
「…………ん?」
自分の思考に違和感を抱いた。
おかしい、何かを見落としているような気がする。
もう一度順番に彼の持つスキルと思い起こす。
ここに古代の英雄達は5人しかいない以上、
だとすれば、使えるのは───
「あっ!!」
「うおっ、びっくりした……」
突然声を上げるヘファイストスに驚くエレボス。
だが、彼に構うことなく彼女はとある人物の方を見る。
「ねえ、狼の貴方!」
「俺のことか……?」
「そうよ!貴方達、確かフレイヤ・ファミリアも壊滅させてたわよね?」
「あ?」
アルゴノゥトとしてのベルが、都市の破壊者として混沌を生み出そうと動き始めてから九日目。
フレイヤ・ファミリアは本拠諸共壊滅した。
もちろん、団員に死者は一人もいないがそれでも手酷い傷を負ってしまった。
その時のことを、ヘファイストスは尋ねる。
「恨み言か?言っておくが、私とガレスは何もしていないぞ。あいつが訳の分からんこと言い出したかと思えば、急に壊滅させてくるとか言って…………あっ」
「貴方も気づいたのね。彼の用意した打開策に」
「ああ…………ディース姉妹との戦いで一度見た」
「なになに?どういうこと?」
その時のことを思い起こしながら、ベートは顔色を悪くして語る。
それを見ながら、ヘファイストスは断言する。
「私の考えてる通りなら、アルフィアに勝ち目なんて最初から存在しない」
「……は?」
「ベル・クラネルにとっては、ザルドの方が鬼門だった。ザルドにさえ勝てれば、アルフィアとの戦いは消化試合だったのよ」
勝ち筋や勝ち目なんてレベルの話じゃない。
こんなもの、ただの出来レースだ。
ベル・クラネルの勝利は、魔法を完成させた時点で決定している。
貪欲に、実直に、ただ勝利を目指した結果。
彼は完璧にアルフィアを封殺した。
そして、これから彼女を完封する。
「手段を選ばないとは言ってけど、えげつなさ過ぎるでしょ……」
彼の策に気づいたヘファイストスは、驚愕と驚嘆を交えてそう溢す。
「いくよ!!」
戦いが始まったすぐに、アルフィアは異変を悟った。
いつものように魔力を操れない。
魔法が使えない。
それをすぐに理解した。
「……それがどうした?」
だが、その程度で怯むほどアルフィアは弱くない。
ザルドとの戦闘で片手剣を投げ捨てていたベルは、肉弾戦をアルフィアに仕掛ける。
蹴り、拳、体術、その他を交えた白兵戦を挑んだ。
それを数手いなした後、ベルに跳ね飛ばされるアルフィア。
しかし、それが彼女の目的通り。
「ッ!!」
彼女の先には、魔法封殺によって雷霆の剣が消え去り元の姿に戻ったベルの片手剣がある。
それを手に取ると、アルフィアは即座にザルドの斬撃を放つ。
躱し切ることが出来なかったベルは、斬撃を受けて吹き飛んでいく。
砂埃とともに姿が見えなくなる中、その方向を冷たく見据えるアルフィア。
「この程度で勝てると思ったか?投げ捨てた武器を放置し、挙句の果てにそれを敵に取られ。慢心したな」
「慢心なわけ、ないでしょ!!」
落胆するかのように言うアルフィアに、砂埃の中から斬撃が襲いかかる。
その直前に聞こえて来た鐘の音を素早く察知して咄嗟に跳ね除けることで躱すが、その表情は珍しく少し驚きに満ちている。
「ここまでが想定通り。素手の母親に対して一方的に斬りつけるなんて、喧嘩じゃないよ」
「その剣は……」
砂埃の中から出てきたベルの手には、見慣れない大剣が握られている。
ベルが装備していたのは今アルフィアが持っているヘファイストスの片手剣と、ヴェルフの魔剣。
それだけだったはず。
魔剣はさっき砕け、それ以外の装備を何処からか持ってくるような暇なんてない。
「たまたま落ちているのを拾った……いや、にしては上等過ぎる」
ザルドとの戦いで都市の中心より少し離れた場所から放射状に崩壊していっている。
バベル近辺を除き、大体3~4割ほどだろうか。
それだけ原型を止めないほど崩壊しているが、それでもまだ武器庫などには被害が及んでいない。
それにベルの持つ剣はそんじょそこらの冒険者が持っているような安物ではない。
とすれば、考えられるのは───
「あらかじめ剣を都市に置いておいたのか」
「正解。箱の中に偽装しながらね。教会とバベルの結んだ場所に隠しておいたんだ」
ベルがヴェルフに頼んだのは防具一式と魔剣と大剣をそれぞれ一振りずつ。
そのうちの大剣を隠し、戦闘場所をある程度調整して、その上で盛大に破壊すれば見つかるだろうと想定していたのだ。
それをこの戦いが始まる前、アストレア達と再会する前に出かけていた時ついでに配置してきた。
場所を確認しても中々見つからなくて、少し焦ったのは内緒だけど。
「よくそこまで小賢しいことを考えるものだ」
「昔、お義母さんに散々虐められたおかげだよ」
「そうか。それはよかったな」
「よくない!!」
再び始まる親子喧嘩。
壊れた都市の上で、静かに剣を打ち合う音だけが響く。
「英雄になりたいって言ったのは僕だけどさ!その次の日にいきなり縛り上げて水底に沈める人が何処にいるのさ!」
「そこにいたんだろう?」
「いたよ!!代わりに息子への気遣いが行方不明だよ!!何処に行ったの!?」
「そこになければない」
「対応が雑な店員じゃないんだから!!」
剣の打ち合う音にまじり、言い争うような声が聞こえてくる。
いや、言い争いではないな。
親子の喧嘩……でもないか。
聞き分けのない子供を相手する母親のようなものだ。
子どもの方に正当性があることは、言ってはいけない。
「だい、たい!今回のこれだって、そうでしょ!少しは、僕の意見を聞いて、よ!!」
「聞いただろう。聞いた上で、対立しているだけだ」
「お義母さんが僕を愛してるのは、知ってる!でも、それと同じだけ自分を愛してよ!大罪人の汚名なんて、被らないで!」
「それが世界にとって必要な…………いや、待て。お前にだけは言われたくない!!」
「僕はいいんですぅ!!どうせ後少ししたらいなくなるんだし!」
「この世界のお前のことも考えろ!」
「知らないよ!!どうせ、皆忘れる!!」
「…………どういうことだ!?」
斬り合いが激しくなる。
だが、傷が増えていくのはベルだけ。
アルフィアは無傷のままだ。
それに、動きもドンドン悪くなってきた。
それでも必死に絞り出して、魔法を維持し続けている。
「そのままの意味!僕がいなくなれば、神を除いて誰も僕のことを思い出せなくなる!言動やその結果は覚えていても、僕という個人に繋がる情報の一切は思い出せない!」
「どういう……いや、なぜお前がそれを知っている!?」
「僕の世界でも誰かが暗黒期に来た!それは多分僕だ!!」
吹き飛ばされ、斬り飛ばされ、何度も地面の味を舐める。
それでも必死に身体を起こして、立ち上がり続ける。
もう、限界は近い。
「でも、誰も僕を覚えていなかった。こっちと違って接触は最低限だったんだろうけど、リューさん達は違和感やおかしさを覚えていても、“こういう人がいた”ってことしか言ってなかった」
「…………だったら、尚更不可能だろう。今のお前が何をしても、オラリオには何も残らない!」
「いいや、残るさ!!残してみせる!!お義母さん達よりも鮮烈な敗北の記憶と、希望の光を見せてやる!!それが…………僕がこの時代に来た、意味なんだ!!」
ベルは向かっていく。
大剣を構え、アルフィアに向かっていく。
もはやスキルを使うことすらも出来ないほどボロボロになったベルは、それでも魔法だけは維持しながら立ち向かう。
「お義母さんに勝つ!勝って、希望を見せて、そして……すべてを救う!!お義母さんも、今のオラリオも、アルテミス様も!!」
「そんな綺麗事……なぜ不可能だと分からない!!」
「不可能なんかじゃ、ないからだ!!」
その思いも虚しく、ベルは吹き飛ばされる。
限界だ。
もう一人では何も出来ない。
「僕一人じゃ出来なくても、僕には力を貸してくれる人達がいる。頼りになる英雄が……思いを託せる友がいる。だったら、絶対に出来るんだよ……お義母さんに勝って、それを証明してやる……」
「出来ない。お前は負ける。負けて、お前は…………もう、眠れ。元の時代に、愛する
「お義母さんだって、僕が愛する家族なんだよ……」
「私は……お前の義母ではない」
「関係ないって、言ったでしょ……時代が、世界が違おうが、家族は家族だ……!」
「…………もう、いい。もう、いいんだ……」
今の痛ましいベルを見ていたくなかった。
自分のために傷つく息子を、見ていたくなかった。
どれだけ突き放そうと、ベルがアルフィアにとって掛け替えのない家族であることに違いはないのだから。
もうやめてくれ。
もう休んでくれ。
もう、諦めてくれ。
そんな思いを抱きながら彼女はベルに告げる。
だが、それでもベルは諦めない。
諦めず、天に…………バベルに向かって手を伸ばす。
「勝つ……絶対に勝つんだ……どんな手を使ってでも……」
「もう無理だ……諦めろ……」
「一人じゃ勝てないのは分かってる……卑怯な手段を使ってでも、勝ってみせる……」
それは遥か彼方の静穏の夢のその先へ。
アルフィアたちを連れて行くために。
ベル・クラネルは、決して諦めない。
「だから、力を貸してください……」
誰かに願う。
それは顔も知らない神などではない。
よく知る神に。
自分に恋をし、最も苦しめてくれた、愛しいあの神へ。
そして、そこはバベルの頂上。
そこに彼女はいる。
ベルの手を掴むように、左手を伸ばす。
『ええ、もちろんよ。愛しい私の
聞くもの全てを魅了する声が、聞こえてきた。
時は遡り、11日前。
フレイヤ・ファミリアが壊滅した日の朝だ。
「…………嘘」
「あっ」
油断していた。
疲れていたんだ。
一晩中クノッソスに潜り闇派閥を殲滅し、全員を縛り上げて地上の適当な所に転がして。
ベートとガレスを協力して、それをやり遂げて、少し休むために都市の路地を三人で歩いていた時のことだ。
路地で遭遇したその人物を前に、ベルは思わず固まってしまう。
「なんだ?」
「知り合いか、道化」
「いや、知り合いっていうか、なんていうか……」
一見普通の町娘。
だがその正体は都市最大派閥の主神にして美の女神。
シル・フローヴァ/フレイヤ。
やばい、本当にヤバい。
今ここで遭遇したってことは、あっちの彼女にもこの感情の全てが行っている可能性があるってことだ。
こうなるのが嫌だから、今までフレイヤ・ファミリアの方には近づかなかったのに。
「好き────」
「逃げるぞ、二人共!!」
「あっ、ちょ!!」
それを聞いてたまるものかと、ベルはガレスとベートの首根っこを掴んで一目散に走り始める。
相手は全知零能の神、それも武とは程遠い美の女神。
冒険者なら、誰であれ撒くことは容易い。
「あ~ん、待って~!!私の
「御免被る!!」
なんでよりによってフレイヤの方と、しかも町娘状態で会ってしまったんだ。
またあの愛憎入り乱れた激重感情を向けられてしまうぞ。
この世界のベルが!!
流石にあの狂気を七年も熟成させるのはマズイだろ!
そんな思いで一目散に逃げる。
だが、もう手遅れだってことくらい、分かっているのだ。
「ゲッホッ!…………はぁ…はぁ……」
「ゲホッゲホッ!…………はぁ……はぁ……」
「「殺す気かお前は!!」」
そうして、全速力で走って身を隠した後。
首が締まって窒息しそうになっていた二人は文句を言おうと顔を上げるが、流石に言葉を失う。
あのアルゴノゥトが悲嘆に暮れて項垂れているのだから。
何を言えばいいのか分からず、また何が起こっているのかも分からず。
疑問符だけが浮かんでいる。
「……おい、どうした?」
「何があった、道化?」
「あぁ……すいません……お二人共……余裕が、なかったんです……」
「お、おう」
「口調が戻ってるぞ。本当に何があった?」
アルゴノゥトとしての口調ではなく、ベル・クラネルとしてのそれに戻っていることに驚く二人。
誘拐された直後、最初に謝られて以降はずっと道化を演じていたのに、ここにきて何故か口調が戻った。
それだけショックが大きいということなのだろうか。
「本当にどうしよう……絶対会わないよう気をつけてたのに……やばいよ……マジでヤバイよ……」
「すごい悲嘆の暮れ方じゃな」
「あの女がどうかしたのか?普通の町娘に見えたが……」
フレイヤの擬態は完璧。
初見で気づけたのは
ベートたちでも、気付けるわけがない。
「この時代で関わりを持ったのか?気がかりがあるなら、お前がいなくなった後も私達がなんとかフォローはしておくぞ?」
「ありがとうございます……でも、そうじゃないんですよ……下手にフォローしようと接触したら絶対ヤバいことになりますって……」
「だから、何があったんだ?」
項垂れて、本当にヤバイくらい気落ちしているベル。
説明を求めると、ようやく顔を上げた。
「詳細は省いて説明するとですね……あの人に、一目惚れされたんです」
「はあ?」
「自意識過剰なのは変わらないのか?」
「ただの自意識過剰だったらどれだけ良かったか……あの人に一目惚れされたせいで、僕が未来でどれだけ苦労したか……お祖母ちゃんとお義母さん宥めるのがどれだけ大変だったか……」
愚痴が出るわ出るわ。
目がガンギマリになって延々とブツブツ言ってる。
「あの人の初恋が原因で都市全土を巻き込む大騒乱が発生したんですよ……しかもそれのせいで僕は今も命狙われてますし……」
「よし、分かった。もう話すな」
「詳細なんて聞きたくない。面倒だってことは分かった」
取り敢えず聞かないことを選択する。
その選択は正解だ。
下手をしなくてもフレイヤ・ファミリア全員から付け狙われることになる。
「どうしよう……いや、もうこうなれば腹を括った方がいいか……元々考えてたことではあるし……」
ブツブツ言いながら、考えるベル。
だが、やがて考えがまとまったのか急に立ち上がる。
「よし、決めた!!」
顔を叩いて気合を入れる。
ここからは大仕事だ。
「僕、行ってきますね。お二人は休んでてください」
「行くって、どこに?」
「───ちょっと、フレイヤ・ファミリアを壊滅させてきます」
そうしてこの日。
ロキ・ファミリアと同じように、フレイヤ・ファミリアは本拠諸共壊滅した。
破壊規模がロキより酷かったのは、きっと洗礼があったから。
そのせいで、手加減するという感覚が抜け落ちていたのだ。
全員を倒し、瓦礫と倒れた勇士たちの山の上で、ベルはようやくやって来たその女神を見下ろす。
倒すのは、意外と何とかなった。
初手でオッタルを潰せば、あとはどうにでもなる。
オッタルにしても、初手で魔法と獣化を使用してくることなんてない。
切り札という意識が強く残っているのだろう。
あの男は、獣化を滅多なことでは使わない。
それをされていたら……少し、面倒だったかも知れない。
「これは一体……何の真似?」
そんなことを考えていると、女神が話しかけてくる。
だが、すぐに分かった。
これはフレイヤではないと。
まあ、さっき町娘姿のフレイヤに会っているので当然だが、やはり違ったようだ。
そのことに若干残念に思いつつ、その問いかけに答える。
「う~ん、犯行動機は色々あるんだが、一番はやっぱり不甲斐ないからかな?ほら、私一人に簡単に負けるようじゃ最強とは呼べないでしょ?」
道化として振る舞うベルに、フレイヤ/ヘルンは不快感を抱いたのか目を細める。
だが、そんなものを意に介すベルではない。
「狙いは私の命かしら?」
「まさか。でも、狙いがフレイヤってのはあってるね」
「そう。それはよかった。でも、そんなに悠長にしてていいの?」
「なにが?」
「私に殺されるとは、考えなかったの?」
視線が合わさる。
甘い感覚と気配がベルの体を包む。
ああ、覚えがある。
これは魅了だ。
神ですら抗えない、美の女神の権能。
「命じるわ。自害なさい」
その言葉に、ベルは逆らえない。
首が落ち、自我を失い、そして手に持った雷霆の剣で首を───
「なあんてね」
斬り落とすことなく、顔を上げて普通に笑う。
その様子は紛れもなく正気であり、魅了が効いている気配はない。
「嘘……なんで!?」
「私、魅了が効かない体質なんだ~」
嘯くように手を振りながら、ベルはそう答える。
オリンピアでアフロディーテの相手をさせられた時から何となく気づいてはいたが、フレイヤの一件で明確になったこと。
ベルには神の力だろうと魅了が効かない。
だからこそ、彼は余裕を持ってこの場にいられるのだ。
「さて、あまり時間もないからね。本題に入ろう。フレイヤと話がしたい」
「私に何の用かしら……?」
「違う違う。私は、フレイヤに話があると言ってるんだ」
彼女を、フレイヤのガワを被る少女を見つめ、ベルは笑う。
「もう一度言うよ、ヘルン。
彼女の名を呼び、しっかりと見据える。
その様子に気圧されたように、ヘルンは目を見開く。
「お前……お前は!女神を汚しただけでなく、なぜ私の名まで!」
「ああ、やっぱりもう共有されてるんだ。そのへん厄介だよねぇ。ま、今はどうでもいいか。ほら、早く呼んでくれ。これ以上、女神の大切な勇士たちを傷つけたくないだろう?」
彼女は確か嘘が分かるのだったか。
その辺りのことは詳しく聞いたことがないので分からないが、仮にそうでも問題はない。
だって、嘘じゃないから。
殺す気はないが、それ以外なら容赦をする気はない。
散々やられたし。
そんな思いを含んだ脅しが聞いたのか、ヘルンは苦虫を噛み潰したような表情をする。
そして、30分後。
フレイヤがやって来た。
…………
………
……
…
「ふ~ん、そういうことなんですね~」
やって来たフレイヤ。
だが、なぜかシル・フローヴァの姿のまま話を続けている彼女は、事情を粗方聞いた後そう呟いた。
姿が気になるが、まあ何かしらの制約でもあるのか、それともただの趣味か。
いずれにせよ、ベルには関係のないことだ。
大事なのは、本物のフレイヤが協力してくれるかどうか。
「それで?協力してくれるのかな?」
「いいですよ。手を貸してあげます」
未来のことを知ってもなお、フレイヤは悠然と構えている。
嘘をついていないことは神には分かる。
まして、魂の色を見るとされるフレイヤには、余計に通じない。
だから余裕と自信を持って話が出来るのだろうが、少し拍子抜けした気分だ。
「そんなにアッサリでいいの?」
「いいんですよ。貴方がオッタルさんたちを殺さなかった時点で信用は出来ますし、嘘もついていない。何より、私が恋した
「そりゃどうも」
色々酷い目には遭わされたが、フレイヤはオラリオの神々の中でも信用が置ける方だ。
こう言ってくれた以上、嘘はないだろう。
「ああ、それと。ヘルンを少し気にかけてやってくれ。いくら君のガワを被ろうが、中身はまだ幼い少女なんだから。君が子どもを気に掛ける心優しい女神なら、頼んだよ」
「は~い、分かりました~。そんな言い方しなくても断りません~」
「そうかい。それは悪かった。あと、言うまでもなく君自身の心も大切にね。素直に、それでいて気長に、ゆっくりと余裕を持つのが心を安定させるコツだよ」
「ん~?どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味さ。今は分からなくていい。ただ、その時のために頭の片隅にでも置いておいてくれ」
未来が少しでもマシになるようにと思っての言葉だが、多分無理だと思う。
ヘルンだけでなくディース姉妹のこともある。
こっちの世界の自分は大変そうだと、少し気の毒に思うくらいだ。
「でも、大丈夫なんですか?私の魅了は格が違いますよ?」
「それなら心配ないよ。未来で実証済みだ」
「今までが大丈夫だったとしても、これからも大丈夫って保証はありませんよ?もしかしたら、そのまま私の忠実な下僕になっちゃうかも……」
「だったらそれまでの男だってことさ。もしそうなれば、ここにいる私は魅了が解かれた後も君に身も心も尽くすと約束しようじゃないか」
「面白いですけど……でも不満~。それで尽くされるのって別世界の私じゃないですか~」
「かもね~。でも、未来の君がこの時点で知り得なかった情報を渡すんだ。それを使って、上手く立ち回れば私を手に出来るかも知れないよ?」
「内容によっては追加を要求しますよ?」
「君のお気に召すまで付き合うよ」
渡す情報は決まってる。
未来で散々なんでもっと早く言ってくれなかったんですか~と恨み言を言われた情報だ。
「じゃあ、素敵な貴方が教えてくれる素敵な情報はなんですか?」
「実は、私ね……」
ニッコリと、それでいて蠱惑的に笑う。
美の女神すらも魅了するような、笑みだった。
「ヘラ・ファミリアの子どもなんだ」
その情報を聞いて、フレイヤは固まる。
「…………え?」
そして溢れたのは、呆気にとられたなんとも可愛らしい呟きだった。
[newpage]
バベルから放たれるそれを察知し、振り返る。
アルフィアはその気配に気づいて身構えるが、なんともなかった。
あれは確かに魅了の気配。
だが、自分はなんともない。
魅了が自分を犯す感覚もない。
だったら、さっきの魅了は誰に向けて放たれたものなのか。
「─────。」
ふと、背後から足音がする。
見れば、ベルがゆらりと立ち上がっている。
「…………なんだ?」
おかしい、何かが可怪しい。
ベルは今、立てるような状況ではないはずだ。
それに、なぜベルの魔法はまだ解除されていない?
もう、そんな
「さあ、続きだよ、お義母さん!!」
「ッ!!」
ベルは勢いよく駆け出す。
先程までの疲労などまるで嘘のように、勢いよく地面を蹴って大剣を振るう。
その一撃は、先程よりも重かった。
「何をしたか知らんが、舐めるな」
魅了による強制的な戦闘続行?
いや、そんなもので動けるほど生易しい傷と疲労ではない。
そんな事を考えながらも、攻撃を返すように斬りかかる。
その一撃は確かにベルの身体に傷を増やし、跳ね飛ばす。
だが、すぐにベルは起き上がる。
そして、その傷はまるで逆再生でもするかのように消えていく。
(これは一体────)
「【
アルフィアが疑問を思い浮かべるのと同時に、離れた場所でヘファイストスが告げる。
ベルが有する中でも、条件さえ満たせば無法に近い効果を発揮するこのスキルの名を。
「ベル・クラネルが有するスキルの中で、二番目にイカれたスキルよ」
「【
「そう。フレイヤの魅了の威に屈しなかったあの子が獲得したスキル。主神の加護が形となった破邪の力にして、反撃の糧となる蹂躙の力」
もちろん、一番イカれたスキルは【
成長補正だけに飽き足らず、美の女神の魅了すらも跳ね除けるのだから。
とはいえ、それは言わない。
そして、ステイタスを見ただけのヘファイストスは知らない。
美の女神の魅了すら無効化する耐性の源は、こちらだということを。
【
この状況が成せるのは、一途な思いが形となったあのスキルがあるから。
「効果は魅了侵犯時における全アビリティの超高補正。そして、体力及び
「アビリティへの補正もヤバいが、一番やばいのはその回復力だ。どんな傷だろうと、死んでさえいなければ即座に回復する。あれはポーションとか回復魔法とか、そんな次元の話ではないぞ。見ていたガレス曰く、下界最高レベルの回復力」
「あの状態のベル・クラネルを倒したいのなら、首を刎ねるか心臓を潰すか。一撃で殺す必要があるわ」
「アルフィアには無理だな。魔法が封じられてるし、そもそもそんな真似親が出来るわけねえ」
「魔法が使えればまだやりようがあったかもしれないけど、今はもう使えない。
「フレイヤに話をつけていたんでしょうね。スキルが切れそうになればまた即座に魅了が入る」
「それに、アルフィアには持病もある。長時間の戦闘はそれだけ不利になっていく」
「そうなるまでもないな。これはもう、詰みだ」
もし仮に、ザルドの時にこのスキルが発動していれば、アルフィアは全力でベルの超長文詠唱を止めにかかっただろう。
それを見越したベルは、アルフィア戦でこれを使用することを決めた。
並行詠唱が出来ない以上、そうでもしないと魔法封殺を展開できないから。
結果、アルフィアはもう詰んでしまった。
こうなればもう、アルフィアがベルに勝つ手段は存在しない。
「さあ、お前はどんな選択をするんだ、アルフィア?」
エレボスが呟く。
それと同時に、大鐘楼の鐘が響き渡る。
あとがき
はい、というわけでもう少しでアルフィア戦終わりです。
フィンさん達の話は次回冒頭で。
ベルくんの作戦勝ち。
こうなることが予想できていたから、ベルくんはお義母さんよりおじさんとの戦いの方を警戒していました。
もし戦う順番が逆だったら割とヤバかったかも知れない。
魔法封殺が展開できない可能性が出てくるから。
そんなこんなでもう少しで都市での戦いは終わりそうなんですが、もしかしたらあと二話になるかもしれない。
前に言ったのがあと一話で終わるのか二話で終わるなのかも忘れましたが、まあそういう感じでお願いします。
ちなみに、フレイヤ様が魅了かけるシーンはディオス・アエデス・ウェスタのオマージュみたいな感じで楽しんでいただけると幸いです。
以上、あとがきでした。