オリオンの巡礼~再会/邂逅~
さてと、それじゃあ皆様お待たせしましたっと。
楽しい楽しい
ご存知の通り、未来からやってきた【最悪】ことベル・クラネルの都市での冒険は終わった。
たった一人で『小さな大戦争』を引き起こし、自らの存在だけですべてを導いてみせた。
嗚呼、見事だった。
こればっかりは手放しに称賛しよう。
あれ以上の最善手を俺は見つけられなかった。
この五年間、オラリオは動き続けている。
ロキ・ファミリアの剣姫、ヴィーザル・ファミリアの灰狼、アストレア・ファミリアの紅の正花、疾風、大和竜胆、狡鼠はレベル6になり、ヴィーザルやアストレア・ファミリアに至っちゃその他の団員たちもレベル5やそれに準ずる実力を持つに至った。
ガネーシャのところもヴァルマ姉妹も結構やってるみたいだし、フレイヤ・ファミリアの洗礼も一層熱が入ってる。
そして、ロキの三首領もまだレベル6だが、いつレベル7に至ってもおかしくない状態になっている。
あとは偉業を成すだけだ。
本当によくやったよ。
巨悪を倒し平穏を得たという達成感を誰にも与えなかったんだから。
テストに挑んで、赤点ギリギリだった時にも似た焦燥感しか残らなかったんだから。
たった一人に翻弄され続けたという事実は、何よりも色濃く残った。
あの戦いは、勝利ではなかった。
あの戦いは、敗北だった。
お前は自分が負けたって言ってたが、本当にそんなことはないんだ。
今のオラリオで、お前に勝ったなんて言うやつは誰もいない。
…………いや、ロイマンあたりは勝ったって吹聴しまくってたな。
そのせいで
まあいいさ。
ともあれ、世間一般ではあの物語はハッピーエンドだ。
ヘファイストスからしてみれば、誰も犠牲が出ることなく暗黒期を乗り切ったから。
剣姫たちからしてみれば、夢で英雄に思いを託されたから。
アストレア・ファミリアやアーディ・ヴァルマからしてみれば、記憶にない誰かに正義を託されたから。
他の連中からしてみたって、犠牲なく焦燥感だけが残ったんだから概ねハッピーだろ。
俺達の冒険はこれからだ!みたいな?
とはいえ、俺からしてみれば全然ハッピーじゃない。
だって、あの少年は何も得ていないじゃないか。
アルフィアたちを救えた?
本来死ぬはずだった彼女たちを救えた?
いやいやいや。
そんなもん何の足しにもなりやしない。
だって、元の世界に戻れば何も変わってないんだから。
変わったのはこっちだけ。
向こうに戻れば、俺が作った悲劇の跡がある。
分かってる。
お前らはこう言うんだろ?
“愛する者たちの笑顔という、何にも変えられない宝を彼は手に入れたんだ!!”って。
ああ、その通りだろうさ。
ああ、それに間違いはないだろうさ。
でもさ、こちとら曲がりなりにも『悪』なんだよ。
そんなもんで満足できるほど、神として出来てないんだよ。
お前らも「ごんぎつね」って知ってるだろ?
あれと似たようなもんだ。
ごんは兵なんとかの笑顔は得られたかもしれんが、あれで報われたって思わないだろ?
最後の最後で自分の成したことを知ってもらえた分だけ、あいつの方がまだハッピーじゃないか?
お前らにいいことを教えてやるよ。
最大の悲劇ってのはな、『誰にも知られないこと』なんだよ。
救ったことを、救われたことを。
知られないってのは、キツイぜ?
だからせめて俺達くらいは言ってようってヘファイストスたちと話してたんだけど、事情が変わった。
あいつの物語はまだ続いてるらしい。
さあて、こりゃまた面白いことになりそうだ。
今度こそ、何かを得られると良いな?
…………
………
……
…
「ってなわけだからさ、頼むよ、ヘルメス。神友のよしみでさ」
「はぁ……、あのなエレボス。お前自分の立場分かってるのか?結果的に未遂に終わったとは言え、闇派閥先導しようとしてたお前は謂わば大罪人。保護観察みたいな立場で済んでる今は奇跡なんだぜ?」
「分かってるって。ていうか、その処分も下心ありきだろ。下手に処刑しようとして逃げられるより、生かした恩を与えて監視した方がマシってだけの話だ」
「お前の都合は聞いてないんだよ。オレが言いたいのは、そんな危うい状態のお前を手引きしたらオレまで睨まれるだろって事」
疑わしきは罰せずとは言うが、この神友は疑わしすぎる。
それ自体が罪になるほどに胡散臭いこの神を、いくら神友とはいえ…………いや、神友だからこそ信じられないのだ。
「それに、お前がそこまで心惹かれるものじゃないだろ、あの討伐対象は」
「そりゃそうさ。いくら漆黒のモンスターといえど、所詮はモンスター。俺にとっちゃ数ある駒の一つに過ぎない。駒じゃなくても、舞台装置みたいなもんだ」
「だったら────」
「でも、“あいつ”は駒じゃない」
「…………“あいつ”?」
その『あいつ』とは、アンタレスのことではない。
「五年前、オラリオのすべてを全部ブッ壊した“あいつ”だよ」
「【最悪】のことか?」
「そう!俺にとっては【最高】なあいつだ!」
「ますます分からないな。なんで【最悪】がアンタレス討伐に出張ってくるんだ?理由がないだろ」
「理由はこれから生まれるんだよ」
「訳が分からない。お前が行く理由の方を言え」
「そんなもんたった一つだ」
そう言って、エレボスはニヤリと笑う。
その表情は絶対悪としての醜悪な嗤いではなく、大好きな英雄を語る少年のような笑みだった。
「お気に入りの演劇は、特等席で見たいだろ?」
時と場所は変わり、そこは大陸の果てにある大樹海。
夜、野営のための焚き火を囲みながらも、その中にある遺跡を監視するために、彼女たちはそこにいる。
計二十名ほどのその
うち一人はそのファミリアの主神にして、狩猟を司る月女神。
この一団はアルテミス・ファミリア。
五年前ヘファイストスから受けた依頼のため、彼女たちがこの森にやってきてどのくらい経っただろうか。
ヘファイストスの言う通り、アンタレスと呼ばれるそのモンスターは封印されていた。
発見段階では封印はまだ安定していたし、【最悪】により荒れたオラリオのことを考えて討伐は見送り。
一年に一度の調査だけを決めて、その場を後にした。
五年の月日を経て復興と安定が進み、その上で実力を磨き続けた今ならばと、討伐が決まったのだ。
とは言え、流石にロキ・ファミリアだけ。
二大派閥が黒竜戦を前に同時にオラリオからいなくなることは出来ない。
それ以外の協力ファミリアはいるようだが、フレイヤ・ファミリアに比べれば規模が落ちる。
とは言え、心配はしていない。
一年前、オラリオに戻った時見た姿を思えば、不安などあるわけもない。
「ロキ・ファミリア到着まであと少し。あと数日でこの森ともおさらば!いよいよって感じですね~!」
「ああ、そうだな。もう間もなくだ。五年前、封印越しにアンタレスを見た時は不安に思ったが、杞憂に終わりそうだ。今のロキ・ファミリアたちならばきっと、討伐を成し遂げるだろう」
「まさに鬼気迫る!って雰囲気でしたもんね~、ちょっと怖かったですけど、頼もしいです!」
「念のため、合流前にアンタレスの様子を見て、対策を立てれば万全だ。何事もなく、終われるだろうさ」
団員の中で一番若いランテが、嬉しそうに楽しそうに笑いながらそう言う。
いつもなら少し騒がしく思うその様子すら、今は穏やかな気持ちで見ていられる。
それだけ、今は安心感に包まれている。
アルテミスは話をしながら続けていたナイフの手入れを終える。
月明かりにナイフを照らして出来を見れば、我ながら綺麗に出来たと自慢に思うほど。
これなら、いつ彼女に会っても胸を張って返すことが出来る。
「そう言えばアルテミス様。そのナイフって結局何なんですか?いつの間にか荷物に紛れ込んでたにしては、やけに大切になさってますけど…………」
「我が神友、ヘスティアが最愛の眷属のためにヘファイストスに作ってもらったナイフのようだ。何故これを私が持っているのかは、結局分からずじまいだがな」
「ヘスティア様、ですか?」
「アルテミス様の御神友なんですよね?どんな方なんですか?」
「アルテミス様に似て、清く正しい女傑とか?」
「同じ三大処女神だからな、清く正しいという言葉は合っている。だが、彼女は女傑なんて言葉が一番似合わない穏やかな神物だ」
鉄仮面のように笑わない彼女がいつになく穏やかに微笑みながら語るその彼女は、聖火を司る悠久の女神。
誰よりも偉大で優しい、自慢の神友だった。
「慈愛に満ちた優しい性格だが、如何せん怠け者でな。いつも神殿に引き籠って惰眠を貪っているような奴だった」
「それはまた……よく神友になれましたね」
「ランテ!失礼だろ!」
「すいません!?」
「いや、いい。お前達がそう思うのも分かる。規律が服を歩いているような私とはまた系統が違うからな。
実際、怠惰を司る女神ではないかと思うほど、あの神友は怠け者だ。
彼女がもう少しやる気を出して動いてくれれば、天界はもっと平和だっただろうに。
「だが、そんなことが気にならないくらい彼女は素晴らしい神物なんだ。彼女ほど慈愛に満ち溢れた、誰にも分け隔てなくそれを与える神なんて、何処にもいない。そんな彼女に多くの神は救われ…………私は、憧れた」
あの傍若無人の代名詞である彼女すらも手懐けるのは、後にも先にもヘスティアだけだろう。
彼女を心の底から嫌っているものなどいない。
いるとしても、余程性根の曲がった邪神くらいだ。
在り方から受け入れられないほどの対立者でなければ、彼女はそれを拒まない。
「お前達も実際に会えば分かる。眷属のためにこんなものまで作らせるほどのお人好しだからな」
「でもそのナイフ、切れ味悪くないですか?」
「それは私が持っているからだろう。本来の持ち主……ヘスティアの系譜に連なるものが手にすれば、これは比類なき名剣となる。神の眷属と同様にヘスティアの血と
「へぇ~、いいな~」
「ヘスティア以外が言っても、ヘファイストスは作らないだろう。これは彼女の職人としての矜持に反するものだからな。それでも作ったのはきっと、神友であるヘスティアの頼みだったからだ」
それ以外だったら、誰が頼んでも彼女は頷かなかっただろう。
彼女の流儀に合わせて言うなら、それだけ邪道なのだ、このナイフは。
「ちなみに、その
「『その身を形作るのは、真実の銀、ミスリルの輝き。真の光は、他の誰もが手にしたところで────』といった感じの文言だ。主にナイフへの祝詞と在り方を示し、持ち主の名前も刻まれていた」
「え!?なんて方なんですか!?」
「ああ、このナイフの持ち主は─────」
アルテミスがナイフの持ち主の名前を口にしようとしたその時、異変が起こった。
バキッ、バキッ、ドサッ───!!
という、枝が折れる音のあと、何かが地面に落ちる音がした。
瞬間、全員の警戒度が最大限まで高まる。
各々が武器を手にし、ゆっくりと音がした方に歩み寄る。
「…………動いてる音も気配もしないな。おそらく、モンスターではない」
「それに、かすかに血の匂いがします。この距離で漂ってくるとなると、相当の深手を負っているかと」
緊張間が高まる中、誰かが唾を飲み込む音だけが響く。
気取られないようにゆっくりと、近づいていく。
こんな大樹海のド真ん中に現れる以上、不審人物に変わりはない。
すぐに矢を射れるように構えながら、最後の一歩を勢いよく踏み出した。
「動くなッ!!───っと、これは…………」
そこにいたのは、まだあどけなさを残した少年。
白い髪が特徴的で、何処か女の子のような可愛らしい顔立ちだった。
意識を失いながらも息はあるようで、うつ向けに倒れながらも胸が小さく上下している。
だが、その身は尋常ではないほど血と泥にまみれていた。
「子ども……ですね。何でこんなところに?」
「いや、お前と大して年変わらないだろ」
「見る限り私のほうがお姉さんです!って、あれ?」
「おい、ランテ!迂闊に近づくな!」
「大丈夫ですよ、本当に意識失ってるみたいですし。でも…………」
「どうかしたのか?」
ランテと呼ばれた少女は恐る恐る近づいて、倒れている少年の様子を確かめる。
身体に触れて、ついている血を拭う。
そして、その疑念は確信に変わった。
「やっぱり……この子、怪我なんてしてないですよ?」
「なに?」
「ほら、服や身体に血や切られたみたいな跡はあっても、傷は何処にも」
その言葉にアルテミス達も近づいて状態を確認する。
血が激しい腕や胴を確認しても、そこにはやはり傷はなかった。
胴など、抉られたかのような有り様なのに。
「たしかに、傷は何処にもない……。服の状態を見る限り、返り血でもなさそうだな」
「アルテミス様、これを!」
団長であるレトゥーサが指差す先には、破れた服から神の恩恵らしき刻印がかすかに見える。
全貌など見えていないし、何処のファミリアかも分からない。
だが、それでも恩恵を授かった神の眷属であることは疑いようもない事実だった。
「神の恩恵……」
「隠蔽は施されていないようです。確認しますか?」
「…………いや、よせ。この子が邪な存在と決まったわけでもない。その状態で素性を勝手に探るのは、道義に反することだろう」
アルテミスはそのまま少年を抱えて立ち上がる。
「取り敢えず、拠点に連れ帰って寝かせよう。このままでは危険もある」
「よろしいのですか?その、この子は…………」
「私は男を毛嫌いしているわけではない。覗きや浮気をするようなクズ共には反吐が出る思いだが、何も知らない少年を理由もなく嫌うなどはしない。ましてや、捨て置くことなど出来ない」
「そうですか」
「ただ、警戒は解くな。目が覚めるまで、必ず二人以上で監視するように」
『『『分かりました!』』』
アルテミスの指示に元気よく返事をする彼女たち。
その様子を見た後、アルテミスはふと腕の中で眠る少年に視線を落とす。
血にまみれても輝く白い髪。
無邪気な笑顔が似合うような幼い顔。
世間一般では美少年の部類に入るのだろう。
だが、それだけだ。
それらはアルテミスに、何の感慨も与えることはない。
ない…………ないのに。
この少年から目が離せないのは、何故なんだろう?
あの少年を連れ帰って寝かせて、そのまま一夜明けた。
火の番が同時に少年を見張るようにしていたが結局起きることなく。
取り敢えずアルテミス達は山に芝刈りに……ではなく、樹海の中に食料になりそうな樹の実や動物を探すことに。
レトゥーサとランテが残り、少年の見張りをしている。
簡単な敷物をして寝かせているが、起きる気配がない。
だが、心做しか徐々に寝苦しそうにし始めた。
火は消してあるので暑いのではないだろうが、尋常ではないほど汗をかいている。
「すんごい魘されてますけど、起こします?」
「そうだな……起こすか」
時折『やめて……』『助けて……』など、苦しそうな寝言も溢している。
負傷していた疲労もあるだろうし、無理やり起こすのは可哀想だと思ってそのままにしていたが、ここまで魘されているのなら起こしてあげた方がいいかもしれないと思えてくる。
そして二人が起こすために近づこうとした時、少年は勢いよく起き上がり、叫ぶ。
「お願いですもうやめてください一週間で森のモンスター全部駆除するなんて無理ですっていうか不眠不休のサバイバルはもう嫌だぁっ!!!─────…………っ、はぁ、良かったぁ、夢だ……あれ?」
叫んだ少年はそれが夢だと分かったのか安堵の息を吐く。
そして、そこでようやく自分を見つめる2つの視線に気がついた。
戸惑いを含んだ気まずい空気が流れる中、少年はその言葉を絞り出す。
「お……おはようございます」
「「おはよう……」」
滝のような汗を流しながら少年は挨拶をする。
レトゥーサとランテも、思わず挨拶を返す。
またしても、何とも気まずい空気が流れるが、今は少年の容態と情報の確認が先だ。
水の入った水筒を差し出しながら、レトゥーサは話しかける。
「取り敢えず、水でも飲むといい。まずは一息ついて呼吸を整えるんだ」
「あ、ありがとうございます」
「随分魘されてたけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。昔お義母さんにやらされた、『チキチキ、恩恵なしのサバイバル訓練~モンスターを駆逐するまで帰れまテン~(祖父命名)』の夢を見ただけですから」
「目死んでるけど……」
「絶対大丈夫じゃないだろ、それ」
困惑するような、驚くような、同情するような。
そんな種類の複雑な視線を少年に向ける二人。
少年も二人を見つめ、視線が交差する。
「………………あれ?」
「どうかしたか?」
「……お二人と何処かでお会いしたことって、ありました?」
「会ってないと思うが……」
「あ、昔助けた村の人とか?」
「こんなに目立つ髪色の少年がいたら覚えてるだろう?」
「それもそうですね!」
二人の言葉を聞いても、少年は首を傾げていた。
何かが引っかかったように怪訝な顔をしているが、すぐに状況を思い出したのか姿勢を正して頭を下げる。
「っと、お礼が遅れて申し訳ございませんでした。改めまして、状況がよく分かりませんが、助けていただいたようでありがとうございます」
「状況が分かってないのか?」
「詳しくは……」
「その血と汚れは?怪我はしてないみたいだけど?」
「傷がスキルで治っただけですよ。ご心配をおかけしてすいません」
「ふ~ん……ねえ、そもそも君、何でこんなところにいるの?」
「ここって何処ですか?」
「それすらも分かってないの?」
「君は本当に─────」
少年はここが何処かすらも分かっていない。
ますます謎が深まっていくが、そこで話は止められてしまう。
グウゥゥゥ~
という少年のお腹の音が響く。
二人は呆気にとられる中、少年は恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「すいません……三日くらい殆ど飲まず食わずだったもので……」
「気にしなくていいよ!私も似たようもんだし!団長、取り敢えず食事の用意をしましょう!その間に少年は水浴びでもして来て!服は余ってるのを貸すよ。女所帯だから、君が切れそうなのは簡素なものしかないけどそこは我慢してね」
「何から何まですいません……」
「気にするな。そんな姿で食卓に来られる方が迷惑だ」
体格が近いのは自分かランテあたりだろう。
下着まではないので、そこは無理だと諦めてもらうしかない。
そう思いながら、レトゥーサは荷物の中を探す。
「今アルテミス様達が食材を取りに行ってるから、それまで待って────」
「…………アルテミス様?」
「ん?」
主神の名前を出しただけなのに、少年はなにか驚いたような声を上げる。
振り返って少年の表情を確認するよりも前に、問いかけられる。
「お二人の所属ファミリアって、もしかして────」
「そう!人と自然を愛し、悲しみを生むモンスターを許せない慈愛の女神!そんな御方と一緒に街や国を救ったことは数知れず。正義の乙女達、【アルテミス・ファミリア】とはアタイ達のことよ!」
「お前が偉そうに言うことじゃないだろうが。すまないな、少年。アルテミス様以外はそんな大層な者じゃないから、そう萎縮しなくて…………少年?」
調子に乗ったことを言うランテを軽く小突きつつ、少年を見る。
だが、その表情は思っていたものとは違った。
純粋に英雄を慕う少年のような表情ではない。
正義を嫌う仄暗い者の表情でもない。
ただ純粋に、泣きそうな顔をしていた。
何が悲しいのか、何が嬉しいのか。
喜怒哀楽のすべてが綯い交ぜになったように、何ともチグハグな表情をしていた。
「なんで…………」
小さく呟かれたその言葉の意味は、レトゥーサたちには分からなかった。
ベル・クラネルは動揺で沸騰しそうになった頭を、冷えた水の中に飛び込むことで落ち着かせる。
吐きそうになるほどの困惑と、突き付けられる現実の中で、それでも冷静に状況を整理していく。
「ここは、二年前……。僕が終わらせた暗黒期から五年後の世界。そして、エルソスの遺跡の近く」
どうやらオラリオは五年間アンタレスを放置していたようだ。
状況を見れば冷静な判断だと思うが、それはそれとして当然怒りも湧いてくる。
事情は分かるが、もっと早くに討伐しろよ、と。
「僕が至らなかったから、か……」
自分がもっと優れた試練足り得る存在だったら。
もっとオラリオを強く出来ていたら。
アルテミスは、もう救われていたはずなのに。
そうすることが、出来たはずなのに。
「ふぅ……もう変わらないんだ、切り替えよう。今からどうするか考えなくちゃ」
息を一つ吐いて、思考を切り替える。
過去は変えられない。
実際に変えてみせたベルが言っても説得力がないが、それでももう変わらないと確信を持って言える。
「多分、もう近くに来てる。ランテさんやレトゥーサさんの様子や所持品を見る限り、そう遠くない」
自分たちの時と違い、大規模な行軍になる。
それ相応の負担と時間がかかるのは仕方ないだろう。
ロキとフレイヤのどちらか、もしくは両方、来るのは間違いない。
「問題は僕が援軍として入れるかってことなんだよね……あれだけ暴れたしな……」
オラリオ全土を混沌に貶め、挙句の果てに半壊させた張本人だ。
いくらアイズたちの口添えがあったとしても、フィンやリヴェリアがそれを許さないだろう。
前回のことを覚えていなければいけるかもしれないが、下手に行動して覚えていたらそれこそ最悪だ。
しかし、このまま放置してここを離れるなんて出来ない。
それだけは、絶対できない。
今の自分に出来るのは姿を隠してのサポート。
アルテミス・ファミリアに紛れるのもほぼ不可能だろうし、やり方を考えなくてはいけない。
どうあっても過去の世界というのはベルにマイナス要素として作用する。
武器やその他のアイテムも何もかも足りていないが、どうにかするしかない。
「【これは我が理想の────いや、やめておこう。下手に召喚して封印に悪影響があっても嫌だし」
精霊同士の力がどのように作用し合い、影響を与えるのかベルには予想もできない。
互いを補い合い、封印が強化されるならそれに越したことはないが、もし反作用や反発で互いの効力が落ちるようなことになれば最悪だ。
戦力や武器も揃ってないのに封印が解かれるようなことになれば、またあの事態に陥りかねない。
「僕に、出来ること……」
状況は概ね最悪。
出来ることなんて月の数くらいしかない。
だが、それでもいい。
目指すべき月があるのなら、それを目指さなくてはいけない。
っと。
パキッ───!
枝を踏むような音がした。
足音も複数聞こえてくる。
だが、これは獣の足音ではない。
これは人の足音。
そして、ここは大陸の果てにある大樹海のど真ん中。
人なんて、いるはずがない。
今この森にいるとすれば、それは────
「「え?」」
振り返る。
背中は恐らく見られていないはず。
それだけは幸運だった。
でも、それ以外のすべては最悪だった。
眼の前にいるのは、再会を誓った月女神とその眷属たち。
言い換えれば、処女神とその眷属たち。
ヘスティアの相手をしていれば忘れそうになるが、本来は貞潔の化身とも言うべき存在なのだ。
男の裸体など見たことがなかったのだろう。
顔を赤くしていく。
対照的に、ベルは顔を青くしていく。
「「キャアァァァァっ!!」」
絹を裂くような悲鳴が二つ、響いた。
こんな再会の仕方、あんまりだろう。
まだ少し濡れた髪から、水が滴り落ちる。
火に当たって鍋を囲む中、場は静寂に支配されていた。
「いやぁ、その…………森にアルテミス様達がいるってこと、失念してまして…………忘れてた訳じゃないんですよ!?でも、その…………まさか、あんなことになるとは…………」
「申し訳ございません、アルテミス様。私ももう少し考えるべきでした」
「お前達のせいでも、ましてや少年のせいでもない。気にするな」
「本当にごめんなさい……お見苦しいものをお見せして、申し訳ございません……」
「だ、大丈夫よ、少年!結構逞しい身体してるし、むしろ眼福だから!ね、アルテミス様!」
「ランテ!お前はもう黙ってろ!」
フォローを入れたいのか、傷に塩を入れたいのか分からない二人のやり取り。
そのやり取りに気が抜けたのか、全員が大きくため息を溢す。
気持ちを切り替えるように目を閉じ、アルテミスは初めて少年と真っ直ぐ向き合う。
「取り乱してすまなかった」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません」
「君さえ良ければだが、今後のやり取りを円滑にするためにも、先程のことは事故として水に流さないか?」
「はい、もちろんです。申し訳ございません」
「語尾に謝罪文をつけるな、水に流すと言っただろう。もう謝らなくていい。それよりも、聞きたいことがある」
少年は恥ずかしさが限界突破したのか無心で鍋を作り続けている。
その手際が良すぎるし、何だったら自分たちで作るよりも綺麗で美味しそうだから止められない。
そんな中、アルテミスは少し真剣に居住まいを正し、問いかける。
「君はなんでこんなところにいるんだ?あの血の跡はなんだ?何と戦っていた?」
その言葉に、少年は一瞬手を止める。
剣呑な雰囲気をまとい様子が変わる。
だが、すぐに元の様子に戻り鍋の準備を再開する。
「ここにいる理由は分かりません。直近五年くらいの記憶もないですし」
「記憶喪失か?」
「さあ、どうでしょう?自分でもよく分かりません。何と戦っていたかは…………言いたくありません」
「言いたくない?」
「何か疚しいことでもあるのか?」
「ありますよ、疚しいことくらい。誰だってあるでしょう?」
「素性も話せないか?」
「やっぱり恩恵、確認してないんですね」
「そんな不義は出来ない」
「…………ありがとう、ございます」
「礼はいい。その様子だと、話せないようだな」
「すいません、話したくないです」
言いたくないことの一つや二つ、誰にだってあるだろう。
だが、このタイミングでこの内容で、言いたくないと言われれば色々と勘ぐってしまう。
今のところ言葉に嘘はないが、どうしても胡散臭く思ってしまう。
ましてや、素性すらも明かせないというのだから。
「お前、名前は?」
「名前……?」
「あ、そう言えば聞いてなかった」
「ランテ。これは私の責任でもあるが、少しは恥じろ」
アルテミスの問いに、少年はまたしても手を止めて迷う。
色々と事情があるのは分かりきっていたが、まさか名前を言えないほどだとは思わなかった。
アルテミスの視線が、少し鋭くなる。
「名前も言いたくないなら本名でなくていい。呼ぶのに不便だから、何でもいいから名前を言え」
「名前、ですか……。ア…………いや、これは使わない方がいいか。あっちの名前も、万が一悪影響があったら嫌だし」
少年は料理の手を再開させながら、迷っている。
完成させたその料理を見て、アルテミスの顔を見て、不意に言葉を口にした。
「オリ─────」
だが、最後までその名を口にしなかった。
何かを堪えるように苦しげに、その瞳を歪ませる少年。
その瞳の先には、アルテミスがいた。
「おり…………なんだ?言い切れ」
「いえ、やっぱりやめておきます。今は、この名前で呼んでほしくないので」
「? なんでもいいが、早くしてくれ」
「そうですね……じゃあ、【玉兎】とでも呼んでください」
「ギョクト?」
「極東の伝説に登場する兎らしいですよ」
「ほえ~」
自分が兎に似ていることを認識しているのか、そんな名前を出してくる。
その名前に、唯一アルテミスだけは不愉快そうに目を細めていた。
「お前、その名前がどういう意味なのか知ってるのか?」
「え?いや、すいません……知り合いのお姉さんに名前だけ教えられて、後は自分で調べてみろって言われたんですけど、その後から色々忙しくて調べる暇がなくて……」
「はぁ…………ならいい」
「え?何か変な意味があるんですか?」
「大した意味はない。気にするな」
悪意や害意でそれを言ったのではないと知ると、アルテミスはため息を吐きそれっきり黙ってしまう。
これからいくらこの名前について尋ねても、答えようとすることはなかった。
「ねえ、玉兎」
「なんですか、ランテさん」
「君、いいの?」
「なにが?」
「いや、君が作ってるそれ……」
ランテが指差す先には、玉兎によって丹念に作られた鍋。
出汁が良く出て大変美味しそうな匂いがしてくる。
だが、その主な具材は…………
「ただの兎鍋ですけど?」
「…………君、それでいいの?」
兎に関する名前を名乗りながら、容赦ない手際で兎鍋を作っていく玉兎。
その様子に、ランテは顔を引き攣らせている。
だが、それこそ玉兎には心外なものだ。
「僕、
「いや、君がいいならいいんだけど……」
「仲間にもお巫山戯半分にアルミラージと似てるって言われたことありますけど、そんなに似てます?」
「うん、似てる」
なんでこんなに似ているのだろうか。
髪色か、瞳の色か、それとも小動物を思わせる仕草だろうか。
「まあいいや。はい、出来ましたよ。皆さんどうぞ」
完成した鍋を器に小分けにし、配る玉兎。
その手つきは手慣れており、表情を見ても穏やかに笑っている。
見れば分かる。
この少年は、信頼に値する存在だと。
「玉兎、一つ聞かせろ」
「はい、何でしょう?」
「お前は、私達の敵か?」
だがそれでも、アルテミスは問う。
何故か彼を許そうとする心を理性で律し、問いかける。
玉兎は静かに、そして決意を込めて答える。
「いいえ。敵ではありません」
嘘はない。
彼は、敵ではない。
「例え貴女達が僕の敵になっても、僕は貴女達の敵にはなりません。僕が貴女に刃を向けることは、もう二度とない」
過去を悼むように、過去が痛むように、少年は告げる。
「なら、いい」
彼の苦しむような顔を見て、心が痛くなるのは何故だろう。
そんな顔を見たくないと思うこの心は、ただの感傷なのだろうか。
あとがき
今気づいたこと。
静穏ルートに入ったベルはアルフィアのことを【
イレギュラーレコードのルートに入ったベルはアルフィアのことを【
何回も呼んでるし、多分誤植じゃないです。
書くのがダルくなってYouTubeで見てたら初めて気づきました。
こういう些細な変化も選んだ道の違いを感じていいですね~
それはさておき。
ベルが名乗った『玉兎』という偽名。
有識者の方はこう思われたでしょう。
いや、玉兎はアルテミスの方だろ、と。
ホント、兎生……ではなく、渡世の義理は、血より濃くあるべきですよね。
あれずっと兎生だと思ってたら違うんですね。
これも初めて気づきました。
偽名も色々考えたんですけど、結局これになりました。
ラピを名乗るのか、またアルゴノゥトを名乗るのか。
オリオンと呼ばれるのをベルが嫌がるのは確定してたんでそれは候補から外したんですけど、それ以外は結構悩みました。
ベッドで横になりながら、教授のために薬莢取りに凍土の試練を式さんで即死周回しながら、悩みました。
お陰で教授はアペンドフル解放の完全体になりました。
うちのグランドアーチャーは最強になりました。
結果、もうこれにしよって思いました。
そういう経緯で、ベルくんは玉兎になりました。
というわけで次回。
対ベルくん無茶無謀防止用最終制御装置、登場(予定)。
ええっと、予定ってのはあくまで予定なので、予定ってことは未定ってことなので、未定ってことはまだ確定したわけではなくて。
つまるところ、あんまり期待しないでください。
登場はしますけど、次回かは分かりません。
以上、あとがきでした