「この方向に真っ直ぐ進めば森を抜けられ、そこから更に進めば村もある」
朝餉を食べた後、アルテミス・ファミリアは準備を進めて移動を始める。
いざ移動をしようとする前に、行くのと正反対の方向を指差しながら玉兎にそう告げた。
「獣やその他の危険もないことはないが、恩恵を持っているなら問題はないだろう。村についた後は自分でどうするか選ぶといい」
「分かりました。ありがとうございます」
玉兎の返事を聞いて、アルテミス達は歩き始める。
時間がないわけではないが、それでもアンタレスの状態によっては対策などを色々立てなくてはいけない。
余裕を持って対処するためには、今から動くべきなのだ。
だというのに。
「おい」
「…………………。」
「おい」
「…………………。」
「おい、玉兎!」
「あ、僕ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ!?」
何故か自分たちの後ろをついてくる玉兎。
そんな彼を怒鳴るようにして呼ぶが、本人は呼ばれた自覚すらない。
まったくもって腹立たしいのに、何故か怒りが湧いてこない。
怒りよりも、何故か全く別の感情が湧いてくる。
これは悲しみか、憐憫か、それとも後悔か。
「何でついてくる?」
「行く宛もないですし、折角だから助けられた御恩を返せたらなって」
「なんだ?ナンパ目的なら他を当たれ」
「ナン………?」
「私達に気があるのかと言っているんだ!」
「ああ、そういう意味ですか。別に、そういう訳じゃ…………あぁ、いや」
玉兎は少し悩むように頭を掻く。
その表情は真剣そのもので、軽薄な目的があるわけではないと一目で分かる。
だけど、突き放すために敢えてその言葉を選んだ。
「じゃあ、それでいいです」
「は?」
「貴女が好きです。僕は貴女に一万年分の恋をしてしまいました。だから少しでも貴女のお役に立ちたいですし、助けになりたい。そして何より、守りたい」
言葉だけの告白、酷薄な告白だ。
内情が伴っていない。
これは、断じて恋などではない。
もっと切実で、もっと悲痛で、もっと重厚な。
そういう類の、無視できないほど重たい感情だ。
「私達はお前なんぞに守られるほど弱くない。余計なお世話だ」
「…………だといいんですけど」
「私達を軽んじるつもりか?」
「そんなつもりはありません」
「だったら────!」
「アンタレス」
その名を突き付けられる。
その災厄を突き付けられる。
それは激昂を越えて、警戒心を引き出す。
湧いてこない警戒心を、理性で無理矢理引きずり出す。
「自分たちだけで、倒すつもりですか?」
「何故その名を知っている?」
「答えてください。無謀にも、自分たちだけでアンタレスに挑むつもりですか?もしそうなら…………」
それは怒りにも似た覚悟。
肌を刺すほどに研ぎ澄まされた、決意。
殺気ではない、害意でも敵意でもない。
ただ、痛いくらいに思い詰めた覚悟。
「僕は、貴女達と戦ってでも止めなくてはいけない」
鋭く細められた視線。
その視線を見て、どうしようもなく罪悪感が湧いてくる。
何故こんな感情が湧いてくるのか、それは分からない。
だが、これだけは分かる。
自分は、これ以上この少年と関わってはいけない。
これ以上、この少年の重荷になるような真似はしてはいけない。
(…………これ以上?)
前にも、この少年の重荷になったことがある?
そしてそれは、今も続いている?
会ったこともないのに?
支離滅裂で、不可解な感情だ。
嗚呼、ダメだ。
この少年と会ってから、感情が言うことを聞かない。
「止まらないのなら、貴女達の腕を折ります。それでも足りないのなら、脚も折ります。それでもまだ動くのなら、四肢のすべてをへし折ります────僕は
相手はたった一人で武装もしていない。
二十人以上の人数差。
こちらは
戦闘経験も豊富だし、何より
普通なら負けるはずがない。
だが、分かる。
絶対に勝てない。
まるで、あの傲岸不遜で不条理な女神を前にした時のような。
まるで、あの英雄を語る勇猛な男神を前にした時のような。
無意識に圧倒されるほどの、研ぎ澄まされた覚悟がそこにある。
「なにがお前をそこまでさせるんだ……?」
「ただの恋心です」
そう嘯く彼は、何故か痛々しかった。
そして、沈黙が流れる。
その沈黙を先に破ったのは、アルテミスだった。
「………心配しなくても、戦うつもりなどない」
根負けしたように溜息を溢しながら語るアルテミス。
その様子を見て、玉兎も纏う空気を緩める。
「もうすぐロキ・ファミリアたちが到着する。その前に一度封印の状態を確認しようと思っただけだ」
「最後に確認したのはいつですか?その時の遺跡内の状態は?」
「一年前だ。その時に異変はなかった」
「遺跡内に眷属の卵は?自己増殖はしていましたか?」
「自己増殖?そんなものはしていなかったはずだが……」
そんな能力を持っていたのかという驚きが出てくる。
そして、何故それを知っているのかという疑問も。
「お前の質問には答えた。こちらの質問にも答えろ。何故アンタレスを知っている?それも、詳細な能力まで」
「…………同種のモンスターと戦ったことがあるだけです。殆ど別物みたいになってましたけど」
嘘は言っていない。
だが同時に本当のことを言っているとも思えない。
これを聞いても、どうせ話したくないと言うだけだろうが。
「もういいだろう?お前が懸念するような事態にはならない。分かったら、もう付いてくるな」
「…………分かりました」
これ以上の問答は意味がないと悟ったのか、不承不承といった感じで彼は頷いた。
その先に進んでも、彼が付いてくることはなかった。
最後に見た彼の表情は、声は、よく分からなかった。
ただ、彼が発した『一万年分の恋』という言葉だけは、不思議と耳に残った。
…………
………
……
…
「いいんですか、アルテミス様?あの子、置いてきちゃって」
「何故そんなことを聞いてくる?いいに決まってるだろう」
「あの子、アルテミス様のこと好きって言ってましたけど」
「あんなもの、出任せに決まってる」
出任せなどではないことくらい、アルテミスにも分かる。
だけどきっと、あれは恋心よりも重く冷たい別の感情だ。
アルテミスに向いているようで向いていない、醜悪な感情だ。
だからアルテミスは、それを見て見ぬふりをする。
「素性も話さない、事情も話さない、そんな男怪しくて仕方ない。そばになんて置いておけるはずがないだろう」
「えぇ………でもあの子、多分アルテミス様が一言『話せ』って言ったら全部話してくれてたと思いますよ?」
ランテのその言葉は、見ようとしなかった現実を突きつける。
「『言いたくない』『話したくない』とは言ってましたけど、『言えない』『話せない』とは言ってなかったですし。もしかしたらあの子、アルテミス様が『話せ』って言うのを待ってたのかもしれませんよ?」
それは確かめようのない事実。
だけどもしかしたら、それは真実なのかも知れない。
あの子はずっと、すべてを打ち明けたかったのかも知れない。
「やけに玉兎の肩を持つな。お前の方こそ気があるんじゃないのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!確かに可愛い顔してるな~とか、逞しい体で強そうだし素敵だな~とかは思いましたけど!」
「また墓穴を掘ってるぞ」
「お前は……恋に憧れるのはいいが、そういう惚れっぽいところはどうにかした方がいいぞ」
「団長!?」
「そうそう」
「この前なんて既婚者相手だったし」
「危うく修羅場だったよね」
「皆まで!?」
あの子はきっと、純粋だ。
それをランテ達も分かっているのだろう。
だからあれだけ怪しい言動をしても、不思議と友好的だった。
「でもでも、あの子アルテミス様に夢中みたいでしたし!アルテミス様相手に横恋慕なんて出来ませんよ!?」
「何故横恋慕などという話になる?」
「え?だって、アルテミス様もあの子のこと気にかけてるじゃないですか?それが恋かは別として」
この子どもは本当に、周囲をよく見ている。
目をそらそうとしている自分の心を、突き付けてくる。
「意識もないうちからやけに丁寧に接してましたし、その後も無理強いすることはしなかったですし、怪しい怪しい言う割には言動が優しかったですし」
「ランテ!失礼だろう!」
「すいませんっ!?」
「いや………いい。事実だ」
彼に特別な感情を抱いているのは確かだ。
でも、この感情は何故か自分のものとは思えなくて。
「初めての感情に戸惑っているだけなのかも知れないが、この感情がどうしても自分のものには思えない。別の誰かの感情を、無理矢理引っ張ってきたような違和感すらある」
「それは…………」
「感情が制御できなくなった。自分でも自分が分からなくなった。今の状況下で、そんな不安定な状態でいるわけにはいかないだろう?私は、お前達の命も背負ってるのだから」
身勝手な理屈だとは思ってる。
彼が自分を大切に思ってくれているのは分かってる。
それを無碍にしている自覚もある。
それらは元々あった罪悪感に似た感情に積み重なるように、アルテミスの心の澱となる。
「そう、ですね……。戦いの前にそんな状態でいるわけには、いかないですよね……アルテミス様の責任も思えば、仕方ないですよ」
「あの少年には悪いことを────」
「だから、全部終わったらあの子を探しましょう!」
ランテは笑いながら語る。
「探してまた会って。そしたら今度こそ全部話してって言って。そして、出来るなら素敵な恋をしましょう?」
笑い、語り、夢見る。
美しい理想を、綺麗事を。
叶えたいと思える、未来を。
「────ああ、そうだな」
今度こそあの少年と向き合えるように。
その未来を、アルテミスも思い描いた。
アルテミス・ファミリアは遺跡の内部、封印の門を潜った先。
神殿の奥の奥、アンタレスが封印されている洞窟のような最奥にまで辿り着いた。
ここまでは何も問題ない。
だが、問題はここからだ。
「これは…………ヒドイな」
「あれが、自己増殖?」
アンタレスを囲うようにドーム状になった洞窟内。
その壁面に数え切れないほど植え付けられた卵たち。
封印は、最早機能しているとは言えない。
「おそらく、完全には解かれていないはずだ。だが、相当力を蓄えている。
おそらく、ここから加速度的に力をつけるはずだ。
封印もいつまで形を保てるか分からない。
もし解き放たれれば、どうなるか。
想像もしたくない。
「戻るぞ。ここまで分かれば充分だ。後はロキ・ファミリアが来た後────」
「アルテミス様!!」
「ッ!!!」
突如として、アンタレスが牙を向く。
完全には解き放たれていない。
今は半ば眠りについた状態のようなはずだ。
「精霊たちに────
地面が砕かれ、衝撃が全員を襲う。
誰も抗えない絶望が、アルテミス・ファミリアを襲う。
「レトゥーサ!全員無事か!?」
「無事です!ですが───」
眼の前には絶望の象徴、アンタレス。
封印に囚われた様子はない。
完全に目を覚ましている。
アルテミスの存在が意識を覚醒させたのか。
それとも丁度解けるタイミングだったのか。
そのどちらかは分からないが、状況は絶望的だ。
「勝とうとは思うな!隙を探し続けろ、逃げるぞ!」
『『『はい!!』』』
必死に団員たちを鼓舞するが、嫌な汗が滲み出る。
最悪の状況だ。
封印の門のせいで援軍は期待できないし、逃げるのも困難。
避けられない死が、眼の前に迫る。
戦えない、戦いにすらならない。
精霊の力を奪い、取り込み、蓄え続けた古代の化物。
これに敵うのは、現代の英雄たちだけだ。
アルテミス・ファミリアたちでは、無理だ。
「ランテ、レトゥーサッ!!」
「ダメです、アルテミス様!!」
アンタレスの単眼から放たれる熱線。
それが二人を見つめている。
思わず矢を射り、駆け寄るアルテミスだがそれこそ悪手。
アンタレスはアルテミスに反応した。
下界すべての理を曲げる力を持つ、
精霊の力なんて目じゃないくらいの超常。
それを欲して、アンタレスはその顎を開く。
熱線がまるで食事ついでのようにレトゥーサ達を襲う。
それに飲み込まれる二人。
他の団員たちも必死の応戦するが、アンタレスに呼応して生まれた眷属たちに押されかけている。
誰も助けられない、助からない。
助けは来ない、逃げられない。
玉兎の言葉が脳裏をよぎる。
『無謀にも、挑むつもりですか?』
ああ、無謀だった、傲慢だった。
封印されている現状なら、何もないだろうと油断していた。
大丈夫だろうと、高を括っていた。
絶望がアルテミスを支配する。
それは命の危険ではない。
愛する子どもたちと、そして下界を壊すかも知れないという恐怖。
反応できない、どうにも出来ない。
引き伸ばされた知覚野の中で、スローモーションになった視界の中で、ただ何も出来ずにその時を待つだけ。
絶望の象徴が、アルテミスを襲う────はずだった。
その前に、一つの小さな影が躍り出る。
鐘の音が、聞こえた。
…………
………
……
…
「アルテミス様たちより先回りするつもりだったんだけど、予想外だったな」
灰になって消えていくそのサソリ達を見て、玉兎は呟く。
封印はまだ機能していると思っていた。
まだ木々は枯れていないし、異変も起きていない。
まだ、アンタレスは囚われている。
そう思っていた。
だが、そうではなかった。
アンタレス自身は囚われているのだろう。
封印もまだ残っているのだろう。
しかし、それは完全ではないし、アンタレスの眷属たちはその限りではなかった。
綻び、孔ができ、そこから這い出てきた。
当時の詳細を知るアルテミスがいなかったからこそ、彼自身も見誤っていた。
「とにかく、急がないと」
這い出た眷属どもはほぼ討ち取ったはず。
ならば、あとは遺跡で待ち伏せて同行すればいい。
そう思っていた。
「ッ────まさか!?」
遺跡にたどり着くと、足元から小さな振動が伝わってくる。
それはベルに最悪の想像をさせる。
その想像はきっと間違っていない。
だが、まだ最悪の事態にはなってないはずだ。
そう信じて、ベルは神殿内を駆け、その扉に触れる。
「お願いだ、精霊たちよ。開けて欲しい」
封印を施した精霊たち。
今となっては最早自我など残っていないであろう彼女たちに、語りかける。
「アンタレスに与するつもりなど毛頭ない。僕は彼女を助けたいだけなんだ」
祈るように、願うように、語りかける。
思いを伝え、それを心に宿す。
「君達の主を、大切な彼女を助けたいんだ。僕は守る、今度こそ、守らなくちゃいけないんだ」
遺跡内の封印が光り輝く。
玉兎の思いに応えるように、それを示す。
「だって僕は、あの
その言葉を告げた瞬間、扉は開かれた。
駆ける、駆け抜ける。
決意と覚悟と祈りを宿して、その最悪の未来を否定する。
「【それは遥か彼方の静穏の夢】」
アルテミスの視界を鮮血が覆う。
だがそれはアルテミスのものではない。
死はアルテミスを襲わなかった。
死は、遠ざかっていく。
死は否定された。
自信を抱きしめるその腕から伝わる体温が、否定する。
暖かく、優しい手。
壊れ物のように自身を扱うそれを、アルテミスは知っていた。
「玉、兎……?」
アルテミスを喰らおうと開かれた顎は、代わりに玉兎の左腕を喰らった。
噛み切れていないのか、そのまま膠着状態が続いている。
だが当然その状態は続かない。
噛み切れない標的を疎んだアンタレスは、尻尾の針を玉兎に突き立てる。
「玉兎!!」
だが、それでもアンタレスから離れない、アルテミスを離さない。
守るために、救うために。
高まる鐘の音と共に、その手を強く握りしめる。
「そんなに腹が減ってるなら、これでも喰らってろ───【ファイアボルト】」
鐘の音とともに、爆炎がアンタレスの口内に炸裂する。
玉兎自身の腕も焼いたその一撃は、確かにアンタレスを苦しめた。
「い、ツゥッ!一分間の
アンタレスは多少苦しみながらもほぼ無傷。
口内のことは分からないが、どうせすぐ再生するだろう。
無傷なアンタレスとは対照的に、玉兎は熱くなる身体を感じる。
それを必死に抑え込みながら、玉兎はアンタレスを見据える。
再び鳴り始めた鐘の音を、アルテミスは聞いた。
「アルテミス様、無事ですか?」
「あ、ああ!それよりも、レトゥーサ達が!!」
「私達なら無事です、アルテミス様!」
「死ぬかと思った!ていうか一回死んだ!?」
彼女たち自身も何が起こったのか理解できていないのだろう。
分かったのは、熱線を喰らう直前、誰かが肩に触れたことだけ。
事態を飲み込めず戸惑いながらも、二人は必死に無事であると声を上げている。
「剣、借りますね。僕が囮になるので、その隙に逃げてください」
アルテミスの腰にある剣を抜き取り、服の裾を破って左腕の止血をする玉兎。
囮になると語る彼だが、それこそ無謀だ。
「待て、それだとお前が!!」
「貴女達が全滅するよりも百倍マシです。ほら、早く」
アンタレスが再びアルテミスを喰らおうと襲いかかる。
迎え撃つため鐘の音とともに振るわれた彼の斬撃は距離を殺し、アンタレスに傷を与える。
巨体すらも吹き飛ばすその一撃を見て、レトゥーサ達は自分が足手まといである事を悟った。
「早く行け、アルテミス・ファミリアッ!!」
「ッ、すいません、アルテミス様!」
「待て、お前達!」
レトゥーサはアルテミスを抱えて走り出す。
その背に、玉兎を置いて。
「玉兎、玉兎ッ!!」
アルテミスが必死に手を伸ばす。
だが、その手が玉兎に届くことはなかった。
そして、アルテミス達は逃げた。
道中アンタレスの眷属たちが襲いかかる中、それを斬り捨てて必死に逃げた。
門の外にまで辿り着き、森の中を走る。
どこまで逃げればいいのか分からない。
どうすればいいのかも分からない。
「戻れ、お前達!玉兎が!」
「あのままいても全滅するだけです!そうなれば、苦しむのは少年です!」
「だがッ!!」
「どうしよう、どうすれば…………」
頭が真っ白になる。
どうすればいいのか分からない。
玉兎を助けたい…………無理だ。
アンタレスを倒したい…………無理だ。
戻って一緒に戦う…………絶対に無理だ。
思考がまとまらない、心が乱れる。
ダメだ、数も質も足りない。
もっと強くて、もっと頼もしい人たちがいないと───
「ロキ・ファミリア………」
ランテが小さく呟いた。
その一言は、天啓のように道を照らす。
「予定通りなら、ロキ・ファミリアはもう近くに来てるはずです!全力で走って迎えに行けば、きっと!!」
ただ逃げるだけだった行為に、意味が宿った。
行くべき道が見つかった。
ならば後は、走るだけだ。
「行くぞ、お前達!!」
レトゥーサの号令が響き渡る。
場所は変わり、ロキ・ファミリアたちの行軍。
本来なら都市外への遠征は馬車などを利用して移動するところだが、今回は少し事情が違う。
なにせ場所は大樹海のド真ん中。
凡そ馬車が通れるような場所ではない。
だが、かえって良かったのかも知れない。
予定よりも順調に、目的地に迎えているのだから。
「うん、これなら予定よりも早く着けそうだね」
『なら良かったわ。遅刻でもすれば、あの委員長女神になんて言われるか分かったもんやないし』
『やっぱり相性悪いのね、貴女達』
『当たり前やろ。委員長キャラはアストレアだけで充分やっちゅうねん』
「何言ってんだ、ロキ!!委員長属性は何人いても良いものだろうが!!」
『キッショイねん、この変態が!』
「お前にだけは言われたくねえ!!」
「僕の近くで醜い喧嘩をしないでくれるかな?神ヘルメス」
荷物に括り付けられた水晶の一つから声がする。
それはギルドから提供された魔道具“
遠隔で音声や映像を届けることが出来る貴重な魔道具だ。
製造元は秘匿されているが、今回は特別に提供された。
水晶の奥にはヘファイストス、ロキ、アストレア、話してはいないがウラノスともう一柱いる。
「しかし、今回はギルドもやけに協力的なんだね。いくら古代のモンスターとは言え、封印されているのを相手に僕らの都市外遠征を許可し、貴重な物資の提供までするとは」
『…………事情があるのよ。放置すれば、下界存続にも関わるレベルの事情が』
今回の作戦の提案者はヘファイストス。
苦々しく語る彼女からは真剣味こそ伺えるが事情は分からない。
話そうともせず、聞いても答えないままだ。
『細かいことはいいだろ、【
「…………貴方の口から言われると、何か裏があるんじゃないかって疑ってしまうよ、神エレボス」
『ハハッ、そいつはヒドイな!』
「エレボス、頼むから大人しくしててくれ。オレの首が危ういんだから」
『ああ、悪い悪い』
水晶の向こう側にいるもう一柱は、エレボス。
流石に遠征への同行は許可されなかったが、ヘルメスとヘファイストスの提案で
ヘファイストスとしても、事情を共有する存在が欲しかったのだろう。
『ま、期待してるのは本当だ。【最悪】が残した傷跡をお前達は確かに力に変えた。それは誇ることだ。じゃないと、【最悪】も浮かばれないしな』
「やけに【最悪】に思い入れがあるんだね」
『そりゃそうさ。【絶対悪】あるいは【必要悪】を名乗る身としては、【最悪】なんて通り名のついた存在歓迎しないわけにはいかないだろ?』
『ケッ、何が【最悪】や!五年前にフィンたちに倒されとるやろ!もうとっくの昔に越えたっちゅうねん!』
「それはどうだろうね、ロキ。正直、今の僕たちでも彼と同じ真似ができるかと問われれば答えは“NO”だ。もちろん、この一団なら確実に倒せるだろうが、それでは並んだと言えない。それに、あの時僕たちは本当に彼を倒したのかい?」
『倒しただろ?お前らが』
「記憶が曖昧でね。何か知ってるならご教授願えないかな、神エレボス」
『俺は何も知らないよ。お前達が知ってるんだぜ、【
『どこぞの暗闇モドキか、おどれは!!』
ケラケラと笑う神々。
何を言っているかはよく分からないが、マトモに応える気がないことだけは確からしい。
「【最悪】か……」
「輝夜?どうかしましたか?」
「なんでもない。ただ、何か…………思い出しそうになっただけだ…………」
呟く輝夜だが、それが何かは分からない。
大切な何か、正義を示してくれた誰か。
それが誰かは、まだ思い出せない。
『兎に角、全員気をつけて。何があってもおかしくない相手なんだから。本当は私もついていきたかったんだけど…………』
「そういうわけにもいかないだろ?だから代役を立てたんだし。気持ちは分かるが、我慢してくれ」
『心配性やな、ファイたんは。このメンツやで?レベル6が9人!ファイたんのとこの二人もレベル5!その他にもいっぱい!負けるわけないやん!』
「おいおい、忘れたのかロキ?そうやって言ってたゼウスやヘラも、負けたんだぜ?楽観は出来ない」
『嫌なこと思い出させんなや、アホ』
今回この作戦に参加したのはロキ・ファミリア、アストレア・ファミリア、ヴィーザル・ファミリア、そしてヘファイストス・ファミリアの一部。
そこに観測・伝令役としてのヘルメス・ファミリアと、ついでにもう一つ戦力にならないのが。
かなりの一団だ。
これを超えるのは最早オラリオ大連合くらいだろう。
だが、どれだけ力があろうと、相手がそれを上回れば意味はない。
相手は未知なる古代のモンスター、油断はできない。
「兎に角、今の僕たちに出来るのは入念な準備と情報収集。アルテミス・ファミリアと合流出来次第─────ん?」
視界の奥で、誰かが走ってくるのが見える。
それは丁度フィンが話題に出したアルテミス・ファミリアだった。
『アルテミス?』
『なんや、お出迎えとはええ─────』
「助けてくれ!!」
歓迎の言葉ではなく、助けを求める声が響いた。
血や土に塗れたその姿は緊急性を物語っており、事態の深刻さが見て取れる。
何よりも、アルテミスの表情。
悲痛に歪められたそれが、何よりの証拠だった。
「ロキ・ファミリアだな!?頼む、助けてくれ!!」
「落ち着いて!何があったか────」
「アンタレスが解き放たれた!!」
その言葉に、全員が目を見開く。
「封印の力を奪って蓄えていたんだ!!私達を逃がすために、今も一人で戦ってる子どもがいる!!頼む、あの子を助けてくれ!!」
『アルテミス!一人で行くなってあれほど!!』
「そんなこと言ってる場合か!【
「ああ!全員聞け!進軍速度を上げる!最低限の集団を維持しながら走るが、ついてこれない者たちは二軍として後から続け!!行くぞ!!」
アルテミス・ファミリアに先導されながら、一団は走り出す。
今までのように余裕を持った走りではない。
ただひたすらに、持てる最大速度で走っている。
『アルテミス!何があったの!?』
「ここ一年で力をつけていたんだろう。辛うじて残っていた封印が破られたんだ。洞窟内はアンタレスの眷属たちで溢れかえっていた!」
『…………少し、悠長にしすぎたか!』
「一人残ってる者がいると言ってたね?その人物は────」
『助からんやろ。漆黒のモンスター相手に、一人で戦えるわけない』
「ロキ、言葉を少し選べ」
『どうなの、アルテミス?まだ恩恵は生きてるの?』
「分からない!あの子は私の眷属じゃないから!」
『…………は?』
『じゃあ誰なの?』
「昨日倒れているのを拾った子なんだ!本名も知らない!でも、でもあの子は私達を案じて…………!」
『本当に何処の誰?』
「分からない!誰の恩恵かも確認しなかったし、でもあの子は…………玉兎は!私を、好きだと言ってくれた、あの子は…………!!」
感情が溢れ、最早何を言っているのかも分からない。
たった一晩でどんな関係を気づいたのかも分からない。
ただ、ここまで取り乱すアルテミスを見ると、決して悪人ではないことは伺える。
そして、それはエレボスにある気づきを与える。
『おい、アルテミス。もしかしてそいつ、白髪赤目のヒューマンか?』
「な、エレボス!?なぜお前が────」
『早く答えろ!』
「ッ、ああ!白髪赤目の、ヒューマンの男の子だ!!」
その言葉が、キッカケだった。
全員の意識が覚醒する。
『聞いてたわね、ヴェルフ!!』
『お前らもだ、お姫様たち!!』
『行きなさい、リュー!!』
ヘファイストスの確認が、エレボスの激励が、アストレアの指示が、木霊する。
それを聞いた彼女たちの反応は、早かった。
「輝夜!!」
「ああ、斬るぞ!」
「アイズちゃん!ヴェルフくん!」
「うん、吹き飛ばす……!」
「燃やし尽くす!!」
全員が各々の武器に手をかける。
「「斬光───!」」
「【アガリス・アルヴェシンス】!」
「【
「ウルス!!」
リューと輝夜の斬光が、行く手を阻む木々を斬り倒す。
倒れて障害となるそれらを、一足先に突っ込んだアリーゼ、アイズ、ヴェルフが粉砕・灰へと変えていく。
強引に、道を作る。
集団が通れるだけの、道を。
「すごい……!」
「これが、
「玉兎と同じ、斬撃……!」
その規格外の力を目の当たりにしたアルテミス・ファミリア達は声を上げる。
アイズ達はその中にあった呟きを聞き逃さなかった。
輝夜とリューの斬撃を見て、同じと言った。
可能性は確信に変わる。
道は開かれた、そして遺跡まで届いた。
そこを駆けていく、駆け抜けていく。
だが、道を抜けた先にあったのは、誰も想像していなかった光景だった。
「これは…………」
「どういうことだ?」
眼の前にあるのは、壊れた遺跡。
辛うじて残っていた原型は最早なく、瓦礫の山と化している
そして、その中央で雷の封印に囚われもがき苦しむアンタレスの姿。
左の鋏はなく、その身体にも傷が残っている。
『どういうことや?封印解かれてないやないかい』
「いや、そんなはずは…………」
「違う……この封印は…………」
「おい、アイズ!」
「あれを見よ!!」
ベートとガレスが指さす先。
封印の扉があった場所に、一振りの剣が突き刺さっていた。
その剣を、アイズ達は誰よりも知っている。
「雷霆の剣………!」
「ですが、彼はいません!」
「探せ、ベート!匂いで追え!」
「さっきからやってるが、ここは毒や瘴気の匂いが濃くて鼻が思うように効かん!」
ベートは鼻を鳴らしながら匂いを辿ろうとするが、うまくいかない。
アンタレスの放つ毒や瘴気の匂いが充満しているせいで、匂いが混雑しているのだ。
「クソッ!セレニア、お前達も手伝え!アンタレスとやり合って、いくらあいつでも無事なわけがないんだ!血の匂いを探せ!」
「分かった!」
「私達も探すわよ!!」
「はい!!」
周囲が手早く動き、周囲の捜索を開始する。
アルテミス達も、一緒になって探し始める。
だが、焦り惑う中、思うように手がかりが見つからない。
思考がまとまらない中で、目を回しながら必死に探す。
心配で、不安で、どうにかなりそうな時。
青い、人影が見えた。
辛うじて人間の輪郭を保っているそれは、正体不明。
表情はおろか顔すらも分からない有り様。
アルテミス以外それを見えていないのか、誰も反応しない。
それに戸惑い、呆然としていると、その人影は腕を上げ、ある方向を指差す。
「ッ!」
藁にもすがる思いで走り、人影に駆け寄りその方向を見る。
すると、その先にかすかな足跡、木々や地面に血の道ができていた。
「こっちだ!!」
アルテミスは叫びながら走る。
それに気づいたアイズ達も、アルテミスの後を追う。
辿り着いた先は、小さな湖。
澄んだ水をしたその湖畔に、一本の木があった。
その根本で力なく倒れている者が一人。
右腕は火傷に包まれ、身体は一部が青紫に変色し、力なく木にもたれかかりながら項垂れている。
世界から色がなくなったような錯覚に陥る。
だが、それすらも無視してアルテミスは駆ける。
「『オリオン』ッ!!」
一度も呼んだことのない、彼の呼び名を口にして。
あとがき
2日連続です、やった~頑張った~
それと、前回言ってた御方はやっぱり次回になりました。
今回はあとがきのネタがないので、これでおしまいです。
さあて、来週のオリオンの巡礼は~
フィン、最悪と再会
アルゴノゥト、倒れる
アルテミス、戸惑いと導火
の三本でお送りします。
来週もまた見てくださいね、じゃんけんポンッ!
俺はグーを出したぞ。
ってな感じで、お願いします。
以上、ふざけまくったあとがきでした。