「『オリオン』ッ!!」
自分が何を言っているのか、理解していなかった。
なぜその名が口をついて出てしまったのか。
なぜ彼のことをそう呼んだのか。
「アルッ!!」
「アルゴノゥト!!」
アルテミスに一歩遅れて、アイズ達も叫ぶ。
今の彼の姿があまりにも酷似していて。
思い出したくもない悲劇が嫌でも脳裏をよぎって。
認めたくない現実がそこにはあった。
背けたい絶望がそこにはあった。
変えられない過去が、そこにはあった。
アルゴノゥトという英雄は確かに死んだ。
大切な人を庇って、未来を繋ぐために犠牲となった。
彼の真意はさておき、そうなってしまった。
まあ、とはいえ─────
「ん?呼んだ?」
「うわっ、生きてる!?」
ここにいるのは、彼ではない彼だから。
悲劇は、繰り返さなかった。
「酷い言い草だね、ランテ。そりゃ生きてるよ、死んでないんだから」
「ご、ごめん、てっきり…………あれ?」
「いいよ、気にしなくて………………はぁ、寝ても戻れなかったか。この様子だと、当分帰れそうにないな」
そう呟きながら溜息を溢す彼。
身体は、正直見ていられないほど痛々しい。
最初の自爆で大火傷を負った左腕。
体中傷だらけで、傷を負ったのか右目は閉ざされている。
左肩に残る針の刺し傷は青紫に変色し、皮膚を痛めつけている。
こうして平気な顔をして話しているのが不思議なくらいの、大怪我だ。
だがそれでも、彼は生きている。
「無事、なんだな……?」
「見ての通り、何とかね。左腕やられたお返しに、あいつの左鋏をぶった斬ってやったよ」
漆黒のモンスターを相手に殿を務めながら善戦し、左の鋏を斬り落とし。
挙句の果てに、封印までしてのけた。
その事実を受け入れるよりも前に、様々な動揺が広がっていく。
「…………玉兎、雰囲気変わった?」
「さあ?どうだろうね?変わったかも知れないし、そうじゃないかもしれない。すべては
からかうように、はぐらかすように語る彼の様子は、やはり先程までの彼とは思えなくて。
戸惑いながらも彼を気遣うランテ達は、どうすれば良いのか判断に迷う。
だが、その中でも迷わない強き女神も一柱。
「そんなことはどうでもいいだろう!早くこの子の手当てを─────」
「女神アルテミス。残念だがそういう訳にはいかない」
「その男の共謀者ではないのなら、今すぐに離れてくれ」
彼に向けて武器を構えるのは、アイズ達以外のロキ・ファミリア。
緊張感が漂い始め、その眼には彼への敵意が宿っている。
アストレア・ファミリアも、その敵意を察して身構える。
いざという時、すぐにでも動くために。
「お前達、なにを……?」
「確認だ。貴女はその男の素性を知っているのかい、女神アルテミス」
「その大罪人の素性を知っていてもなお庇うのなら、我々は貴女にも刃を向けなくてはいけない」
「大罪人か、随分なご挨拶だね。五年前、あれだけ遊んであげたというのに」
「口を慎め。貴様に発言権など与えていない」
「ハッハッハッ!!本当に、君は
「口を慎めと─────」
「こちらのセリフだ、小娘」
その言葉は、重くのしかかる。
その覚悟は、敵対する彼らに突き刺さる。
鋭く研がれたナイフのように、鋭利なまでの殺意が喉元に突き付けられる。
「最初に言っておく、彼女は何も知らない。もしも罪なき彼女に敵意を向けるというのであれば………………今度は“花火”ではすまさんぞ」
五年前のことを思い出す。
自慢の魔法をいとも容易く破られ、蹂躙されたあの瞬間を。
絶望的なまでの力の差を理解させられた、あの三日間を。
「では、何も知らない女神アルテミスのために先に言っておこう。彼の真意や意図が邪な欲望による破壊衝動ではないことは分かってる。だがそれを差し引いても、彼の所業と行動理由は危険過ぎて見過ごすわけにはいかない」
「なにを言っている……?玉兎、お前、何をしたんだ……?」
「聞いたことがあるだろう?五年前オラリオを襲った史上【最悪】の厄災を」
フィンの言葉に、全員の視線が彼に集まる。
アルテミスたちが玉兎と呼ぶ彼に。
アイズ達がアルゴノゥトと呼ぶ彼に。
そして、フィン達が【最悪】と呼ぶ彼に。
「その男は、オラリオ全土を襲った未曾有の危機───『小さな大戦争』を引き起こした、張本人だ」
その視線は、警戒。
その視線は、驚愕。
その視線は、困惑。
優しかった彼が大罪人。
自分たちのために命を懸けてくれた彼が、【最悪】。
相反する認識と事実が、真実を見るその眼を曇らせる。
「玉兎が、小さな大戦争を……?」
「たった一人の巨悪がオラリオ全土を相手に戦ったという、あの?」
呟きが聞こえる。
戸惑う声が聞こえる。
その声が届いたのか彼は溜息を一つ吐いた後、声を上げる。
「『小さな大戦争』、ね……。自分たちがただ無様に負けただけの出来事を、随分大層な呼び名にしたもんだ」
「僕たちが名付けたわけではない。ただ誰かが勝手にそう呼び始めただけだ」
「同じことだろう?訂正する努力をしないってことは同意してるってこと。どう思われても良いってことは、全員騙してやるって言ってるのと同義なんだから」
不敵に笑いながら語る玉兎。
人を転がすように翻弄するその言動は、フィン達の心をザワつかせる。
誰かが息を呑み、また誰かが脂汗を浮かべる。
五年前の消えない恐怖が、身を竦ませる。
「さてと。それじゃあ愛おしき月女神のために、ここで一つ名乗っておこうか。私はアルゴノゥト、『英雄の船』。帆を張り、笛を吹き、多くの希望を連れ立つ
【最悪】と呼ばれた彼は、『英雄の船』を名乗る。
彼は座ったまま、ゆっくりとロキ・ファミリアを見据える。
その瞳には、アルテミス・ファミリアに向けていた温かさなどは一切感じられない。
「…………なぜここにいるんだ、アルゴノゥト」
「理由が動機が必要かい?そんなもの、君達が不甲斐ないからに決まってるだろうに」
失望を浮かべたその瞳で、フィンを見つめる。
彼の真意は分からない。
それでも、少なくとも今の彼は敵だということが分かる。
「あれから五年ほどか。で?その間何をしてたの?」
「………………。」
「黙ってないで答えろよ。
殺気と敵意が高まっていく。
鋭くなる視線が、彼の失望と怒りを伝える。
「状況が分かっていないのか?言葉はしっかりと選べ」
「へえ?選ばなかったらどうなるって?」
「その傷でこの人数に…………今の私達に勝てるとでも?」
「はぁ~あ、何が出てくるかと思えばくだらない脅しか。君達を信じたのは失敗だったかもな」
酷薄に笑うアルゴノゥト。
彼の雰囲気や殺気はドンドン研ぎ澄まされていき、剣呑になっていく。
「ああ、その通りさ。君達と戦えば私は惨めに負ける。無様に血を流し、腕をもがれ、脚を折られ、自らの無力を呪いながら死ぬことになるだろう。それで?それを成すために、君達は何処までの犠牲を許容できる?」
ただで死ぬ気はないし、ただでやられる気もない。
そして、今の彼を相手にしても犠牲なく勝利できるほど、ロキ・ファミリアは強くない。
「私は寂しがりでね。そうだな、半分ほどか。幹部も一般団員も関係なく、半分は一緒に来てもらおう。その犠牲を許容できるなら、かかってくるといい」
笑顔で、にこやかに、アルゴノゥトは告げる。
あまりにも残酷で、非情で、慈悲のない現実を。
ロキ・ファミリアに突きつける。
「そこで即座に『犠牲なく倒せる』、『倒してみせる』って言えないから、いつまで経ってもその程度なんだろうに」
「黙れ!!」
「慎めだの黙れだの。本当にお姫様気分が抜けてないのか?五年間もアンタレスを放置して、この体たらく。私がいなかったらどうするつもりだったんだい?今頃、世界は滅んでたかも知れないぜ?」
「世迷い言を…………」
『あながち世迷い言でもないわよ。彼がいなければアルテミス・ファミリアは壊滅し、アルテミスはアンタレスに取り込まれていた。そうなれば、
実際、そうなった未来がある。
もし仮に“矢”を召喚しても、“オリオン”のいないオラリオではどうしようもない。
誰も矢を扱えず、世界は蹂躙されていた。
「私は手段を間違えたのかな?犠牲なく君達が強くなれるのなら、それに越したことはないと思い命までは奪わなかったが、甘かったのかな?」
「玉兎……?」
傷だらけの身体を無理矢理動かして、彼は立ち上がる。
ロキ・ファミリアはより一層身構えるが、アストレア・ファミリアたちは動かないし動けない。
止めようにも、彼が言う通り犠牲や被害なく彼を止められるわけがないのだから。
進み始めた彼を止めるのは、容易なことではない。
「今からでも遅くないかな?数人殺せば、君達も認識を改めるかな?」
「おい、何を言ってるんだ?やめろ、玉兎!お前達もやめてくれ!」
『はぁ…………やっぱりこういう展開になったわね…………』
『ハハッ、いいぞ、やれやれ~』
「言ってる場合か、エレボス!!」
実際、アルゴノゥトに殺す気など微塵もないだろう。
ただ、このままでは焦燥感が足りないと判断し、それを増やそうとしているだけだ。
ヘファイストスも、エレボスもこうなることは何となく分かっていた。
現最強派閥がオラリオの全盛期には届いていない以上、アルゴノゥトが現状に満足することなどないのだから。
『どうするの、ヘファイストス?』
『どうもしない。もう手は打ってあるわ』
『そうそ。最強の制御装置が…………おい待て、あいつ何処行った?』
『置いていかれたんじゃないの?』
『何やってんだ、あいつ!!何のために苦労して引きずり降ろしたと……!!』
『心配しなくても大丈夫よ。あの子、昔からタイミングだけは良かったから』
心配はない。
困っている子どもがいれば、何処にだって駆けつけるのがあの神の
自分も、アルテミスも、ヘラだって、あの女神のそういう側面に救われて来たのだから。
そして、声と物音が聞こえる。
言い争うような二人の声。
彼にとって何よりも暖かい、家族の声が。
「あぁ、もう!!重ったいんですよ、この駄女神!!こんなに遅れちゃったじゃないですか!!」
「しょうがないだろ!?ていうか、ボクは重たくなんかないやい!」
「重たいんですよ!チンチクリンの癖して無駄な脂肪の塊ぶら下げてるせいで!!」
「誰の胸が脂肪の塊だァ!?」
「ヘスティア様の胸ですぅ!!ドチビのくせに生意気な!!」
「君よりは背高いだろ!!」
「リリのは種族特性で仕方ないんですゥ!!」
「ボクだって生まれた時からこの姿なんだから仕方ないだろ!!」
先程までの殺伐とした雰囲気は何処へやら。
子どもの喧嘩のような空気感になってしまう。
そうなった原因は、遅れてやってきた二人。
他より圧倒的にステイタスが低い団員が一人しかない彼女たちは、二軍よりも遅れて到着した。
「女神ヘスティア……」
「連れてきてたの、すっかり忘れてた……」
女神ヘファイストスの代理、あるいは女神アルテミスとの折衝役として来ていた女神ヘスティアとその眷属リリルカ・アーデ。
何故彼女が連れてこられたのか、その理由はヘファイストスとエレボス以外知らない。
だが、真意はこの瞬間のため。
代理や見届け役や折衝役など、すべて建前に過ぎないのだから。
「何をしているんだ!!」
「はい!?」
「なに!?」
「危険だから今すぐに下がれ!!」
リヴェリアの激昂が飛ぶ。
この状況を付いてこれていない二人は呑気なギャグ展開になっているが、今は危機的状況。
なにせオラリオを混沌に貶めた【最悪】。
その本人が、今まさに牙を剥こうとしているのだから。
「ハッ────」
誰かが笑った。
この空気にすぐわない、気の抜けた笑い声だった。
「ハッハッハッ!ハハッ、ハハハハハハハッ!」
一瞬誰が笑っているのか分からなかった。
つい先程まで剣呑な雰囲気を漂わせていた、他ならぬアルゴノゥト自身の笑い声だった。
「はぁ…………気が抜けました。やめます」
「なに?」
「やめます。僕を殺したければ殺していいですけど、あんまりオススメしませんよ。三千年前と違ってあの封印は完全に僕と連動しちゃってますから。死後も残るとは約束できません」
「それは脅しのつもりか?」
「だったら最初から言ってますよ。ただの事実です」
疲れたように笑うアルゴノゥト。
その顔からは殺気も敵意もなく、年相応の少年としての姿しかない。
アルテミスが見ていた、彼本来の姿だ。
「にしても、それは卑怯じゃないですか、ヘファイストス様?」
『こうでもしないと止まらない貴方が悪い』
倒れるようにまた座り込み、力なく笑う。
生真面目な敬語口調で、穏やかに笑う。
「リヴェリアさんたちも、すいませんでした。もう何かするつもりはないので、ご安心を」
「さん……?」
「気持ち悪いくらいの変わりようだね。この一瞬で、何があったんだい?」
「言ったでしょう?気が抜けたんですよ。その
眼の前にいるのは、誰なのか。
それが一瞬分からなくなるほどの変わりようだった。
「神様、いいですか?」
「ん?オレか?」
「私が貴様を“神様”などと呼ぶことは百度転生してもありえん。失せろ、クソ神」
「なんかオレへの当たり強くない!?」
一瞬ヘルメスへの態度が豹変したが、それ以外は至って平穏。
穏やかに笑いながら、ヘスティアを見つめている。
「じゃあ、ボクのことだよね?」
「はい、そうです。すいません、ちょっとこっちに来て貰っていいですか?」
「何をするつもりだ?」
「何も。ちょっと話があるだけです」
「信じられるか。例え敵意がなくなったとしても、お前は危険過ぎる」
「信じる信じないはどうぞご自由に。来なくても話はできますし」
強要するつもりも強制するつもりもない。
彼はただ頼んでいるだけだ。
「うん、分かった」
「神ヘスティア!先程も言ったが────」
「大丈夫だよ。嘘はついてないし、この子に敵意や害意はない。その程度のことは、ボクにも分かる」
むしろ悠久を司る女神だからこそ、自信を持って断言できるのだろう。
この子どもが、自分を害することはないと。
ゆっくりと、歩いていく。
緊張しているわけでも警戒しているわけでもない。
それでも何故かゆったりとした歩調で、歩いていく。
「はい、そこでストップ。回れ右してください。アルテミス様も、神様の隣にお願いします」
「こう?」
「私もか……?」
ヘスティアとアルテミスは、ロキ・ファミリアと向かい合うように振り返る。
その行動の意味を知る前に、アルゴノゥトは声を出す。
「じゃあ、この御二方に僕の生殺与奪の一切を委ねます」
「え?」
「は?」
「この御二方のどちらかが死ねと仰るなら僕は死にますし、貴方達に協力しろと仰るなら協力します。今後一切、僕はこの二人の命令に従います」
「初対面の子にいきなり命預けられても困るんだけど!?」
「本当にどういうつもりだ!?」
「あ、やっぱ命はなしで。黒竜倒す前に死にたくないです」
「「話を聞け!!」」
命を預けるくせに、話を聞かないアルゴノゥト。
そのことに怒り呆れ、叫ぶヘスティアとアルテミスだがこれも聞く気配はない。
「…………本当に理解できないな。言ってることが二転三転し過ぎてる。最初に僕たちを殺そうとしたかと思えば急に止めると言いだし、挙句の果てに初対面の女神に命を預けるなんて。正気の沙汰とは思えないよ」
「それはフィンさん達の視点での話でしょう?こっちから見れば、整合性は取れてるんですよ。僕の目的も考えも信念も、何も変わらず筋は通ってます」
にこやかに笑いながら、アルゴノゥトはフィンと睨み合う。
「君自身、僕たちに協力する気はあるのかい?」
「ありますよ。僕としてもアンタレスは倒しておきたいですし、今更敵対するメリットも薄いですし」
アンタレスを倒したいのは同じ。
協力できる部分があるのも確か。
それと同時に彼が危険因子であることも違いない。
協力するメリットとデメリットを真剣に吟味して、フィンは嘆息する。
「分かったよ。少し話し合う時間は貰うけど、君との協力を前向きに考えよう。誰か、彼の手当てを頼む」
「な!?正気か、フィン!?」
「敵対する気もないみたいだし、一旦ね。アンタレスの封印を抜きにしても、ここで彼を相手にして消耗するのは避けたい。彼も傷が治ったからといって裏切るような真似はしないだろうしね。一応聞くが、彼は嘘をついてないんだろう?」
「ああ。神ヘルメスの名において、それは保証する」
フィンの考えを補強するように、ヘルメスが断言する。
アルゴノゥトは一回たりとも嘘をついていないのだと、神々は告げる。
「なら、大丈夫だろう。これが大量殺人鬼とかだったら交渉の余地なく、多少の犠牲を払ってでも排除していたが、本人が言うように誰も殺してない。それに加えて、闇派閥を壊滅させたという実績もある」
「だとしても、この男は─────!!」
「分かってる。片や闇派閥壊滅、アンタレスの一時封印という偉業。片や派閥襲撃、都市の破壊という悪行。判断に困る天秤だが、あの時語った英雄の試練としての在り方が本当なら、まだギリギリ前者が傾く。それに………………」
フィンの視線の先には、武器に手をかけてロキ・ファミリアの方を睨むアイズ達とアストレア・ファミリア。
何があったのかは知らないが、随分アルゴノゥトに執心しているようだ。
彼を相手に戦おうとすれば、彼女たちとの内乱に発展しかねない。
この状況下で、そんなことになってみろ。
アンタレスの前に裸で飛び出すに等しい所業だ。
「兎に角、これは決定事項だ。分かったら、一旦補給と拠点の設営に移ろう。話し合いはその後だ。いいね、アルゴノゥト?」
「それは構わないですけど…………その前に一ついいですか?」
「なんだい?」
「すいません、そろそろ限界です」
「は?」
そう言った次の瞬間、アルゴノゥトは口から血を吹いて倒れた。。
ゴポォッという音を立てて、大量の血を吐き出す。
息も絶え絶えになり、うまく呼吸が出来ていないのか漏れ出るような微かな音しか聞こえてこない。
意識が遠のく中、アルゴノゥトが最後に見たのは自らに駆け寄る二人の女神の顔だった。
「何やったんですか、クソバカ兄さん!」
「何をやったの、クソバカアルゴノゥト!!」
「何をしでかした、クソバカ道化!」
「ちょ、苦しい、苦しいって……」
彼の胸ぐらをつかんで問い詰めるのは、五年前のオラリオにはいなかった古代組の三人。
話し合いをする間、アルゴノゥトの監視役として彼のそばにいることになった彼女たち。
同じく監視役として選ばれたベート、ガレスの二人と一緒を横において、瀕死のアルゴノゥトをガクガクと揺らしながら、声を荒げている。
「あの、フィーナさん?お兄ちゃん見ての通り重傷だよ?お兄ちゃん死んじゃうよ?」
「配慮はしてます!ていうか、話を逸らすな!」
「大罪人ってなに!?小さな大戦争ってなに!?」
「おいおい、オルナ。勉強不足かい?今住んでる場所の歴史くらい学んだほうが良いよ?」
「うっさいわね!!そういうこと聞いてんじゃないわよ!!」
「いいから話せ!!」
「ちょ、揺らさないでって!誤解!すべては誤解なんだ!」
「「「誤解……?」」」
「ああ、そうだ!」
これは事実。
アルゴノゥトが殺した存在は零。
闇派閥関係者も含めて、全員を生け捕りにされた。
「本当でしょうね……?」
「ああ、本当だとも!私は彼らが言うような大罪人ではない!先程も言ったが、闇派閥も八割ほど壊滅させた!ガルムスとユーリに聞けば分かる!」
「ガルムス、ユーリ、本当?」
「本当じゃぞ」
「本当と言えば本当だな」
これも事実。
彼の言葉は正しい。
ロイマンなどの情報操作によって、闇派閥を壊滅させたのはギルド、もしくは都市側の戦力ということになっている。
アストレア・ファミリアだったり、ガネーシャ・ファミリアだったり、ロキ・ファミリアだったり、フレイヤ・ファミリアだったり。
様々なファミリアの名義を使って誤魔化されているが、その真実はほぼすべてアルゴノゥトによって壊滅させられたというものだ。
「兄さん……!」
「だから言っただろう?誤解なんだよ。私は都市のために尽力したんだ!」
やはり誤解だった、そう思ったレフィーヤは声を上げる。
アルテミス達も、安堵の表情を浮かべる。
だが、それはすぐに崩れることになる。
「
「…………は?」
「魔石工場を襲撃して色々強奪したりもしたけど!」
「おい…………」
「ついでにオラリオも六割ほど瓦礫の山に変えたけど!」
「「「………………。」」」
アルゴノゥトは胸を張って叫ぶ。
己の思いと無実を訴える熱い眼差しを宿して。
対照的に、レフィーヤ、ティオナ、ティオネの視線は冷たくなっていく。
「私は、罪人などではないんだ!!」
「紛うことなき大罪人じゃないですか!?」
「すいませんッ!!」
レフィーヤの拳骨が落ちる。
重傷者相手に何たる仕打ちだろう。
ま、犯罪者に対する措置と思えば妥当だろうが。
「バカですか?バカですね!?バカですよ!!何やらかしてんですか!?」
「貴方のことは常々馬鹿だ馬鹿だと思っていけど、まさかここまでとは!!」
「フィン達を壊滅させただと?ぶん殴られたいのか、お前は!!」
「もう殴られてますけど!?」
「顔の原型がなくなるまで殴ってやろうか!?」
「暴力反対!!」
「「「お前が言うな!!」」」
真実と言うか、事実というか。
もうなんと言えば良いのか分からないが、取り敢えずアルゴノゥトが行った所業の全ては露見し、本人も認めた。
ギャグテイストのせいで誤魔化されているが、笑えないレベルのことをやらかしている。
『お~い、お前ら~?そろそろ真面目な話しな~い?』
「エレボス!貴方なら助けてくれると信じてたぞ!」
『お前、この状況で俺に話しかける危険性理解してる?』
「しまったぁっ!?」
絶対悪にしろ必要悪にしろ、悪を語る彼にこのタイミングで喜びながら声をかけるのはどう考えても悪手だろうに。
アルゴノゥトは【最悪】と呼ばれ、オラリオを混沌に貶めた存在なのだから。
『まあ、本人が言った通りそいつは相当なことをやらかしたわけだが』
『一応理由あってのことだから、安心しなさい』
「弁明ありがとう!ところでつかぬことを聞くが、ロキは?」
『追い出した。ウラノスはいるけど』
「フェルズは?」
『フェルズには席を外させた。安心せよ』
「おお、こうやって直接話すのは初めてだね。ま、どうでもいいことだけど………………っと、じゃあ、そういう訳なんで、レフィーヤさん達にも概要だけお話しますね」
「言っときますけど、兄さんが兄さんじゃないのは分かってますよ」
「口調変えた後に言うのもなんですけど、なんで分かるんですか?」
「勘です」
「こわっ!」
そして、彼の口から語られる五年前の概要と今の彼の状況。
未来から来たこと。
自分たちの世界と違って親が絶対悪になろうとしていたこと。
都市の成長のため、親の自殺行為を止めるため、絶対悪になろうとしたこと。
結局は、英雄たちへの試練として戦ったこと。
「じゃあ、諸悪の根源はそこの悪神じゃないですか!!」
『ハハッ、仰る通り!』
「一概にそうとも言えないんですよ。五年前の状態だと、戦力が揃わずエニュオに負けてたでしょうし」
『その可能性もお前が全部潰しちまったけどな。ホント、余計なことしてくれたもんだぜ』
『この五年間、事あるごとにその子を称えてた男の台詞とは思えないわね』
『余計なこと言うなよ、ヘファイストス』
「余計なことではないでしょう?」
天幕の入口が開かれる。
そこにいたのはアイズとヴェルフ、そしてアストレア・ファミリア達。
広めに作られた天幕が手狭になってしまうほどの人数だ。
「どういう因果か、私達も忘れ去ってしまった彼の偉業を、貴方だけは必死に叫び続けた。それは、断じて余計なことなどではないでしょう?」
『余計なことだろ。そういう頑張りや努力ってもんは、本人には知られたくないもんさ』
「アルもおんなじようなこと言ってた……」
『そりゃ光栄だ』
気恥ずかしさを隠すように、ぶっきらぼうにそう語るエレボス。
それをアイズ達はどこか嬉しそうに見ていたが、すぐに気を引き締めて話し合いの結果を伝える。
「っと、雑談はさておき。話し合いの結果ですが、アル殿との共闘は認められました。ですが…………」
「どうせ、色々と制約や制限がついてるんでしょう?神様とアルテミス様の命令下にいられるなら、大丈夫ですよ。あの二人からの命令なら、変なことにならないでしょうし」
「随分信用しているな、詩人。あの駄女神がお前の主神か?」
「駄女神って……まあ、そうですけど。ていうか、何で神様がいるんですか?降りてくるの、あと1年は先だったはずなのに」
『天界に戻ろうとしてる神を探して言伝を頼んで、私が無理矢理引きずり降ろしたのよ。貴方が暴走するのは目に見えてたし、その
「? なんで僕がいるって分かったんですか?僕自身も、フィンさん達との戦いの後、目が覚めたらアルテミス様に拾われてて、訳が分からない状態だったのに」
『アルテミスが貴方のナイフを持ってたから』
「え?」
小さな大戦争が終わった後、駆けつけたアルテミスが見せてきたらしい。
ヘファイストスも戸惑いを覚えたが、同時に確信も抱いた。
このナイフが残した縁を辿って、アルゴノゥトがまた現れると。
「なんで僕のナイフが……?」
『さあ?そこまでは私も分からないわ。可能なら後で返して貰いなさい』
「あ、そのことなんですけど」
「詩人にゃ残念な話だが、妙なこと言ってたぜ?」
『妙なこと?』
「ああ。ま、端的に言っちまえばなくしたってこと」
「え!?」
アルテミスがヘスティアに謝り倒していたらしい。
アンタレスと戦う前までは確かに持っていたらしいが、その後は行方不明。
もしかしたら、戦ってる最中に落としたのかも知れないと。
当然ヘスティアは何がなんだか分からず困惑していた。
『はぁ…………大切に持っとけって言ったのに……』
「そのナイフ、大切なものなんですよね?戦いが終わったら皆で探しましょう」
「それは、そうなんですけど、その、ありがたいんですけど…………」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんとなく、既視感があるなって…………」
まるで、あの時のようだ。
だが、それは有り得ない。
あの奇跡を成し得た要因はここにはないのだから。
だからきっと、これは偶然だ。
「ナイフは残念ですが置いておくとして、まずはアル殿の容態の確認を」
「あ、すいません、ちょっと待ってください…………ゴホッ!ゴッホッ、ゲホッ、ゲホッゲホッ!!」
「アル!?」
「しっかりしろ、アル!」
「大丈夫ですか!?マリュー、回復魔法を!!」
「う、うん!」
急に咳き込み、吐血するアルゴノゥト。
レフィーヤ達と話していた時は大丈夫かと思ったが、やはり容態は芳しくない。
倒れた時からずっと、断続的に血を吐いている。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいいですから。でも、やっぱりこれって…………」
「アルテミス様助ける時に、うっかり毒を貰っちゃって…………」
尻尾の針を刺された時だ。
あれだけの巨体なら当然針も大きい。
毒の量もあるだろうし、物理的な外傷も馬鹿にならない。
だがそれ以上に、毒の性質がヤバい。
「マリュー、解毒は出来ますか?」
「私じゃ無理。単純な毒じゃなくて、
「多分、ベヒーモスとかと同等のものですね。大精霊の加護を全力で回して、何とか対抗出来てますけど…………」
「私達が喰らえば、一発でお陀仏だろうな」
『今何アミッドをそっちに向かわせられないかやってるところだから、それまで対処療法でなんとかして─────』
「あ、それやめた方がいいです」
『どういう意味?』
彼の治療のために、都市一番の治療師を向かわせようとするが、他ならぬ本人から止められる。
顔色も悪く、割と限界が近い状態。
だが、ただの痩せ我慢で言ってるわけではない。
「多分“呪毒”の“呪詛”要素だと思うんですけど、さっきから封印の方だけじゃなくて僕から直接体力や精神力を持っていかれてる感覚があって。だから下手に解呪しようとすれば、僕に比例してアンタレスの方も…………」
「つまり?」
「多分呪毒を介して生命力吸われてます。解毒・解呪しようとすれば更に吸われるかもしれないです」
文字通りの呪毒。
身体を痛めつける毒としての性質と、命を奪う呪いとしての性質を併せ持つもの。
だから単純な回復魔法では治しきれず、対処療法しか使えない。
「それで完全に解呪や解毒が出来るならいいですけど、治らないならむしろアンタレスを強化するだけに終わりますよ」
「でも、今のままだと兄さんが…………」
「雷霆の剣を直接持てば、もう少しマシになります。それまでは申し訳ないですけど、倒れそうになるたびにマリューさん達に治してもらいます」
「今どういう状態なんだ?」
「ちょっとずつ内蔵とかが腐っていくような感覚?多分、おじさんの状態に近いです」
「ザルドと同じ状態と。それはまた、因果なものじゃな」
下手に治療もできず、ドンドン弱っていくだけ。
かつてのザルドを想起するような有り様に、ガレスは声を漏らす。
「アンタレスを倒せば、少なくとも呪詛としての性質の方は消えるはず。今は兎に角、アンタレスの討伐を急ぎましょう」
『それには賛成。だけど大前提として、勝てるの?』
「どうなんだ、詩人。お前の目から見て、今の私達で勝てると思うか?」
「元の世界と合わせて二回戦ったんでしょう?どう?」
「今の皆さんの力量を正確に把握できてる訳じゃないですけど、多分勝てます。厄介な強敵ではありますけど、斬れば傷つきますし魔法を放てば腕も落とせる。総じて、あれは“獅子”ほど理不尽な存在じゃない」
今の彼ら彼女らでも、勝てる可能性はある。
毒を受けて万全ではない状態のアルゴノゥトですら片腕を奪うことに成功したのだ。
万全の状態のロキ・ファミリア、アストレア・ファミリア、ヴィーザル・ファミリアの連合なら、充分勝てる。
だが─────
「でも、代わりに半分は死にます。今の皆さんが犠牲なく倒せるほど、容易い存在じゃない」
勝利は確実でも、無視できない非情な現実がそこにはあった。
あとがき
内容としましては、こんな感じです。
最終制御装置はヘスティア様。
あの神以外に、ベルくんを本当の意味で止めることが出来る存在なんていませんよね~っと、個人的には思ってます。
ヘスティア様やアルテミス様とのからみは次回。
アンタレスの毒なんですけど、まあ多分持ってるでしょ。
サソリは大抵有毒ですし、原典の方も毒でオリオン殺してますし。
前回あとがきで言ってた次回予告みたいなのの、『アルゴノゥト、倒れる』の部分までは終わりました。
というか、適当に書いてるだけだからあんまり配分とか考えてないです。
当てにしないでくださいね?
ちなみに、今の状態でヴァナディース・テヴェレが発動してもあんまり意味はない。
毒で傷つく→治る→また傷つくの無限ループ。
むしろ元気になったらアンタレスの元気になりかねない。
今のベルくんの状態は、あれですよあれ。
リゼロのウルガルム。
あれを想像してもらったら分かりやすいと思います。
呪毒に関しては、アミッドさんメタをイメージ。
だって、あの人が出張ってベルくんが元気になったらそれだけで物語終わりそうですし。
ベルくんが万全なら、ある程度消耗させたところで神話使ってそれで終わりですし。
何のカタルシスもなく、犠牲なく倒せちゃいますし。
それ以外に言うべきことは、えっと、ときこさんこと終末のアーチャーは召喚できました。
ほんと、よく審査通りましたよね。
あんまり語るとネタバレになりそうなので、このあたりにしときます。
さて、呪毒受けて瀕死状態で鋏もぐし、封印するしで割とトンデモナイことをやってるベルくん。
そして、ナイフは何処に行ってしまったのか。
お楽しみに~
以上、あとがきでした。