「なあ、詩人」
「なんですか、輝夜さん」
「お前、何であの女神相手に『玉兎』を名乗った?」
「特に理由はないです。兎だし、丁度いいかなって」
「意味分かってやってるのか?」
「? アルテミス様にも言われましたけど、どういう意味があるんですか?」
「知らずにやってたのか、この阿呆が」
「輝夜さんが教えてくれなかったんじゃないですか」
「それはそっちの私の話だろうが」
「同じですよ。で?結局どういう意味なんですか?」
「玉兎伝説というものは…………ああ、もう面倒だ。元の時代に戻ってそっちの私に聞け」
「こっちの輝夜さんも似たようなこと言ってました~」
「減らず口を……。五年経ってもクソガキ根性は変わらないのか?」
「輝夜さん達の体感では五年でも、僕からしたら一昨日の出来事なんですよ」
「知るかっ!」
悪態をついてみるも、思うように感情が付いてこない。
本当のことを言えば、実感が湧かない。
記憶を失っていたのは彼が時を超えたことの弊害だとヘファイストス達は言っていた。
それ自体に何かを思うことはない。
だが、どうしても共感や理解が出来なかった。
時を超える彼の心境や今の思いが、どうしても分からない。
失った存在を前に笑い続ける彼が、取り戻せない存在をそれでも守ろうとする彼が。
イマイチ、理解し切れない。
「五年間、か……。皆さんも変わりましたよね。なにせレベル6!しかも斬光まで!本当に、強くなった」
「よく言う。ここまで至ってみて初めて分かったが、お前達は異質だ。どれだけ技を極めようと、お前達のような斬光を放てるとは思えん」
「僕は、ほら?雷霆の剣があるので?」
「お前なら剣を持った今の状態には及ばずとも、近しい技を放てたのではないか?」
「ノーコメントでお願いします。輝夜さん達のやる気を削ぐような真似はしたくないので」
「それは答えを言っているようなものだ、ぶぁかめ」
リューと一緒に森の木々を斬り倒してみたが、やはり威力は及ばない。
何をどうすれば、広大な都市や遺跡を瓦礫の山に変えられるほどの斬撃を放てるようになるのか。
「こっちの【猛者】が相手なら、お前は負けるか?」
「こっちのオッタルさんもまだレベル7ですよね?だったら多分勝てます」
「ヘファイストスから聞いたか?二大派閥が、二つの下界の脅威に対してどのように対抗していくのか」
「聞きましたよ。役割分担ですよね?片方が出張って、もう片方が残る。そうすれば、最悪負けても対策と希望は残るから。悠長だってことを除けば、いい考えだと思いますよ」
「ああ。進言者であるヘファイストスの提案が受理され、アンタレスをロキ・ファミリアが、オリンピアの件をフレイヤ・ファミリアが担当することになった」
「それで正解です。レフィーヤさんとティオナさんが出張れば、話がこじれかねないですし」
「それについては聞かない。代わりにこれだけは答えろ。今のロキと同規模、同格と謳われるフレイヤ・ファミリアなら、大英雄エピメテウスに勝てるか?」
「絶対に負けます」
最初に聞かれた質問と違い、それは確信を持っていた。
勝てる勝てないの話ではない。
その土台すらないのだ。
「あの人が大英雄と謳われていたのは決して誇張表現じゃない。僕があの人に勝てたのは、運と出会いに恵まれていたから。正面切ってあの人に勝てるのは、それこそ
「それでも、勝ったんだろう?」
「それは神様が力を貸してくれたから。
「………………。」
「それがなければ、戦いにすらなりませんよ」
身体的な話ではなく、精神的な話。
あの時の大英雄は、もう限界だった。
その心が擦り切って、擦り減って、もう原型を留めていないほどに。
「きっと大丈夫ですよ。こっちの世界の僕が神様のファミリアになれば、きっと何とかしますから」
「それはさっき言った
「関係してません。そんなくだらないことのために、僕は神様の
そして、知った。
初めて心の底から守りたいと思える存在を。
そして、思い知った。
絶対に失いたくない存在がいることの、心強さを。
「僕は神様がいてくれるなら、何処までも頑張れる。それはきっと、例え眷属にならなくても、何処の世界に行っても変わらないはずです」
「………………そうか」
穏やかに笑いながら、彼は語る。
穏やかに今を思い出しながら、彼女を語る。
それを聞いた輝夜はただ、静かに頷いた。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………コフッ!」
「またかお前は!!」
「い、いや……仕方ないじゃないですか……」
いい空気なって、心地良い沈黙が場を満たしていたというのに、それを台無しにする吐血音が響く。
これがあるから、輝夜はこの場にいるのだ。
今はアンタレス攻略の話し合いの真っ最中。
天幕の外では真剣な会議をしているのだろう。
部外者もとい元敵対者のアルゴノゥトは参加できずとも、本来なら輝夜もその場にいなければならない。
しかし、アルゴノゥトの監視・看病をする者がいなければ二つの意味で危険なため、輝夜がその役割を引き受けたのだ。
丁度話したいこともあったので立候補した結果、力量的にも適任だと判断されたのだ。
「僕だって吐きたくて吐いてるわけじゃないんですし……あぁ、鉄の味がする……」
「チッ……大精霊の加護とやらはどうした?」
「封印の方にも力回してるから、あんまり僕の身体のことだけってわけにもいかないんですよ」
「もっと自分の方に回せ!お前が倒れたら元も子もないだろうが!」
「いやぁ、ちょっと気になることもありますし……」
どうにも煮えきらない態度を取る彼に、輝夜はもう一度舌打ちしたくなる気持ちを抑える。
「なら精々大人しくしておけ。変なことはするなよ?」
「しませんよ。他にやることもやりたいこともないですし」
「どうだか。お前の言葉は信用ならん」
「ハハハッ、何も言えませんね」
何分前科がありすぎる。
フラッとやってきたかと思えば心情を乱すだけ乱して、そのまま都市の敵になったのだから。
信用しろという方が無理がある。
「お~い、ちょっといいかい?」
天幕が開けられ、ヘスティアが入ってくる。
彼女の登場に二人は少し驚きながらも、応対する。
「なんの用でございましょうか、女神ヘスティア」
「いや、君じゃなくてそっちのアル某くんに用があるんだ」
「僕に?」
「そうそ」
輝夜ではなく、アルゴノゥトに用があると語るヘスティア。
心当たりのない二人は首を傾げるが、要件は以外にも単純なことだった。
「さっきロキたちから言われてね。ボク達と一緒に、君が斬り落としたアンタレスの鋏を回収に行ってほしいんだ」
今は夕暮れ時。
陽光が入りにくい樹海ではあるが、まだギリギリ明るいくらいの時間帯。
アルゴノゥトが斬り飛ばしたアンタレスの鋏を探して、ヘスティア、リリルカ、アルゴノゥトの三人は森を歩く。
完全に暗闇が広がる前に回収したいところだ。
「本当にこっちの方なのかい、アル某くん」
「多分。正直無我夢中で戦ってましたし、何処に飛ばしたのかあんまり細かいところまでは覚えてないんですよね。そう遠くには行ってないはずですけど」
壊れた遺跡を中心に、アルゴノゥトの記憶を頼りに持ちの中を探す三人。
毒で弱っているとは言え、アルゴノゥトがいる以上モンスターの危険などはあまり心配ない。
「ああ、もう!なんでリリ達がこんなことしなくちゃいけないんですか!元々来たくて来たわけじゃないのに!」
「しょうがないだろッ!ヘファイストスには君の紹介とか住居の提供とか働き口の手配とか、返しきれないくらい世話になってるんだから!」
「それはヘスティア様が三ヶ月もヘファイストス様のところでグータラしてたのが原因でしょう!?」
「うるさいやい!大体、それを言うならボクが降りてきたのだってヘファイストスからの伝言を聞いたからなんだよ!まあ、元々天界に飽きて降りようか迷ってたからいいけど!」
「だったら自業自得じゃないですか!怠惰に生き過ぎなんですよ!この駄女神!!」
「だぁれが駄女神だ!?このチンチクリン娘!!」
「ヘスティア様にだけは言われたくないです!!」
「あ、アハハ……」
自分が知っているのと全く変わらず、凄まじい勢いで喧嘩をしている二人を見て、アルゴノゥトは苦笑いを浮かべる。
「ったく、ロキもロキだ!偉そうに命令してきて、自分たちで回収に行けっての!」
「大方、アル様に聞かれたくない内緒話でもしてるんじゃないですか?ヘスティア様とアルテミス様を使って、如何に上手く利用するかとか」
「多分そうだと思う。ごめんね、リリ。こんな怪しくて危ない男と一緒に行動なんて、嫌だよね?」
「アル様はいいんですよ!この駄女神までついてきてるのが鬱陶しいだけです!」
「だぁれが駄女神だ!?」
「ヘスティア様ですぅ!何回言わせれば分かるんですか!?いい加減覚えてください!脳みそ鶏以下ですか!?」
口喧嘩をやめて、今度こそ取っ組み合いの喧嘩を始める二人。
この二人を見て、話したのはもう一ヶ月近く前になるのか。
まだ一ヶ月も経ってないのに、どうしても懐かしく思ってしまう。
「でも、それは多分リリのためだと思うよ。神様の命令には従うって誓った以上、神様さえいれば君の安全を担保できるって思ったんじゃないかな?」
「それが一番気に食わないんですよ。ヘスティア様がいなくても、アル様はリリに危害を加えたりしないでしょう?」
「それはもちろんしないけど…………」
「やけにアル某くんの肩を持つね。知り合い?」
「違います。五年前、助けられただけです」
「え?」
リリの言葉に驚いて呆気にとられる。
彼は仲間の顔だけは決して忘れず、見逃さない。
眼の前にいれば、確実に気づいたはずなのだ。
「ごめん、気がつかなかった…………」
「覚えてなくて当然ですよ。アル様がベート様やガレス様と一緒に闇派閥と戦ってる現場の近くにいたってだけですから。直接手を取られたわけでも、話したわけでもないですし」
「勇者くん達も言ってたけど、アル某くんはオラリオをぶち壊した犯罪者じゃないのかい?それが本質でないことくらいはボクにも分かるけど」
「ぶち壊したのも事実ですけど、闇派閥を壊滅させたのも事実です。ま、ギルドが色々曲解させたせいでその真実を知ってるのは少数でしょうけど」
知っているとすれば、功績を押し付けられた派閥の当時のメンバーかアルゴノゥトが戦っている現場を見た極一部だけ。
その両者も言い触らす真似なんて出来ないだろう。
「それに、リリにとってはそのぶち壊した方も救いになったんですよ。一緒に、ソーマ・ファミリアの本拠も壊してくださったので」
「あぁ、そう言えば、壊したような……」
「それがソーマ・ファミリアの問題行動や腐敗を明らかにするキッカケになったんですよ」
壊れた本拠の再建をしている時に、アストレア・ファミリアが闇派閥に協力・関連している組織の調査を名目にやってきた。
当然実力で上を行く彼女たちに敵うわけもなく、腐敗が明らかに。
結果として、悪事を先導・誘導・斡旋していた団長やその他は逮捕。
一度完全に解体される形になった。
もちろん、これらの一連の動きはヘファイストスが秘密裏に指示したものだ。
「………その後は、どうなったの?」
「ソーマ様は最初から最後までほぼ無関心でしたけど、最後の最後でベート様とヴェルフ様やって来て、何かしたのか一応まともなファミリア運営を始めました。それは今も続いてますけど、リリは居続けるのが嫌だったのでヴェルフ様の紹介で、ヘファイストス様のお手伝いをすることになりました」
「リリルカくん、ヘファイストスの秘書みたいなことやってたよね」
「もっと言うなら、ヘスティア様を三ヶ月間お世話したのもリリですよ……!!」
「感謝してます!!」
「この駄女神が……!」
怒りを堪えるように拳を握りしめるリリルカ。
その拳がヘスティアに向かっていかないか不安になってくる。
「さっきも言ったかも知れませんけど、その後ヘスティア様はヘファイストス様に追い出されて、リリはヘファイストス様に頼まれる形でヘスティア様の眷属になりました。まあ、リリ自身三ヶ月お世話したのもあって、放っておけなかったんですけどね」
「それ以降は貧乏暮らしって感じだね」
「ヘスティア様が言うことじゃないでしょう、まったく…………」
「リリは今、幸せ?」
「そうですね…………情に負けてついていくんじゃなかったって後悔することも多々ありますけど、ソーマ・ファミリアにいた時よりかはよっぽどマシですし、リリ的には概ね幸せです」
「そっか、良かった……」
「ええ、良かったですよ。アル様が五年前、全部ぶち壊してくれたおかげで、リリは今幸せです」
リリルカは振り返り、アルゴノゥトの顔を見ながらニッコリと笑う。
そこには彼が出会った時のような世界に絶望した少女はいない。
穏やかに笑う、自分のよく知る今のリリルカ・アーデによく似た彼女がいる。
「言い出せないだけで、リリみたいなのは意外といるんですよ?あのハイエルフのお姫様は知らないでしょうけど」
「なら…………僕がやったことは、少なくとも無駄ではなかったって、思ってもいいのかな…………」
「勿論、無駄ではありませんとも。少なくともここに一人、貴方に救われた
彼の行動を無駄だというのなら、それはリリルカ達の今を無駄だと言うことに他ならない。
そんな真似、アルゴノゥトに出来るわけもない。
「今はヘスティア様と一緒にバイトしたり、こうしてヘファイストス様のお使いをしたり、アストレア・ファミリアやヴィーザル・ファミリアのご厚意に甘えてサポーターとしてご一緒させてもらったり。色々やりながら、何とか生活してます」
「他の団員はいないの?」
「いませんよ。ロクな団員もいないこんな貧乏ファミリアに入りたがるようなモノ好き、いるわけないじゃないですか」
「なぁにおう!?言っとくが、ボクはロキのところを超える大ファミリアを作るって野望を諦めるつもりはないぞ!?」
「少しは現実見て物を言ってください!!」
そう言えば、おんなじことを言っていたな。
アルゴノゥトの世界ではある意味達成されたかも知れないその野望。
それを聞いて、ベルは笑う。
「ハハハッ!」
「君まで笑うか!?」
「笑うに決まってるでしょう!」
「いや、すいません、そうじゃなくて…………ただ、懐かしくて、暖かくて、つい」
「懐かしい?」
フィン達が『小さな大戦争』と呼ぶあの戦いの最後で、ついヘスティアに会いたいと思ってしまった。
アルテミス達のところで目が覚めて、それはもう少し先になるかとも思ったが、それがまさかこんな形で実現するとは思わなかった。
こんな形で、励まされるとは思わなかった。
「懐かしいって、どういう────」
「あ、ありましたよ」
疑問に思って問いかけようとする二人を遮りながら、アルは見つけた目的物に向かって歩いていく。
木々やその枝が折れて倒れるその中心に、それはあった。
「ようやく見つけられましたね。日が暮れる前に帰れそうで良かったです」
「デッカイねぇ…………ボク達より大きいじゃないか。リリルカくん、これ運べる?」
「引きずるようにすればなんとか。にしても、よくこんなものを斬り落とせましたね」
「大変だった」
「普通は大変だったじゃすまないんですけどね…………ま、今更ですね。さっさと運ぶ準備をしましょう」
「あ、ちょっと待って」
縄を引っ掛けて運ぶ準備をしようとするリリルカを、アルゴノゥトは制止する。
その声に驚いて、二人は動きを止めた。
「どうかしましたか?」
「リリ、申し訳ないんだけど何か刃物持ってる?」
「ヴェルフ様に持たされてるナイフなら」
「それでいいや。ちょっと貸してくれない?」
戸惑いながらも、リリルカはナイフを渡す。
他のものが見ていれば危ないなどと言うかも知れないが、こんなもの今更だ。
ナイフがあろうがなかろうが、リリルカがアルゴノゥトに敵うわけないのだから。
「何する気ですか?」
「ちょっと…………ね!」
ナイフを一閃し、切断面に近い一部を斬り落とす。
両の拳を合わせたくらいの大きさになるだろうか。
それをナイフと一緒にリリルカに差し出すと、反射的に彼女はそれを受け取る。
「あげる」
「…………え!?」
「どうせ全部ロキ・ファミリアが持っていくだろうし、今のうちにね。ヴェルフに頼んで新しいナイフでも作ってもらって」
「いやいやいやいや!」
「これってドロップアイテムのネコババに近い行動だろ?大丈夫なのかい?」
「いいんですよ、別に。後でベートさん達にそれとなく言っておきますし、そもそもこれ斬り落としたの僕ですから」
「あ~、それもそうか」
これの所有権が誰にあるかと聞かれたら、間違いなくアルゴノゥトになる。
だが、敵対しないという意思表示と、すぐにいなくなる彼が所有権を放棄した。
その結果、一応ロキ・ファミリアに所有権が委譲される形になったのだ。
まあ、実際はヘファイストス・ファミリアに預けられ、武器になって分配されるだろうが。
「貰えるならありがたく貰いますけど…………」
「アル某くんに申し訳ないよね。リリルカくんを助けて貰った件もあるし、お礼がしたいんだけど…………」
「お礼、ですか?」
「おうとも!なんでも言ってくれよ!」
「アル様が私達みたいな零細ファミリアに頼むことなんてないですよ、ヘスティア様」
「分かってないな!こういうのは気持ちが大事なんだよ、気持ちが!」
「それは分かってますけど…………」
アンタレスの鋏を斬り飛ばせるくらい強い人物が自分たちに頼むことなどない。
リリルカはそう思って苦い表情を浮かべる。
「…………じゃあ、一つだけお願いがあるんですけど、いいですか?」
だけど、アルゴノゥトは穏やかに笑いながらそう言った。
許しを請うように、親に頼み事をする子どものように、何処か困ったような情けない顔をしながら、彼は言う。
「ああ、いいよ」
「…………二年後くらいに、神様の前に情けない子どもが現れると思うんです。僕と同じで分不相応な夢と憧れと、身を焦がすくらいの宿業を宿した、どうしようもない子どもが」
他の誰かのことを示しているようで、それは他ならぬアルゴノゥトのことを示しているようで。
何処か不可解な確信と感情を抱きながら、二人は聞く。
「きっと、その子どもは困ることになります。信頼する家族の元を離れて、でも新しい家族を見つけることが出来なくて、困り果てることになります」
「うん…………」
「もしその子どもを見つけて、神様とリリさえ良ければ、その子の家族になってあげてくれませんか?本当に、二人が良ければ、なんですけど…………」
「─────もちろん!!」
アルゴノゥトのその懇願を聞いたヘスティアは、その言葉を聞いて一瞬戸惑う。
だけど、答えは迷わなかった。
迷うわけがなかった。
ヘスティアは、そういう神なのだから。
「もちろんだとも!その子が家族を欲して、ボク達と家族になりたいと願ってくれるなら────ボク達は、喜んでその子の家族になるよ」
「ええ、もちろんリリも同じです。こんな零細ファミリアに好き好んで入ろうと思ってくれる子どもがいるなら、是が非でも捕まえないと」
明るく朗らかに、ヘスティアは笑う。
何処か照れ隠しをするように、誂うようにリリルカは笑う。
家族のその笑みを見て、彼は再び笑う。
「ありがとうございます、神様、リリ」
「いいってことさ!」
「どういたしまして」
「…………フフッ、それじゃあ、帰りましょう」
帰ろう。
皆がいる、あの場所へ。
「そう言えばアル某くん。ずっと気になってたんだけど」
「なんですか?」
「なんで君は、ボクを“神様”って呼ぶんだい?」
当たり前過ぎて考えたこともないような疑問。
だけどきっと、その答えはずっと前から決まっていた。
なぜなら、それは“当たり前”のことなのだから。
「それはもちろん、僕の神様は貴女しかいないからですよ」
そう言って、彼は笑った。
時は過ぎて、夜。
各々のファミリアが天幕の中で交代で休みながら過ごしていた時。
アルテミス・ファミリアだけは、全員が眠らずに起きていた。
「ヘスティアには申し訳ないことをした……なぜなくしてしまったんだ…………絶対に持っていたはずなのに…………何処で落としたんだ…………」
俯きながらずっとブツブツ一人で呟いているのはアルテミス。
ずっと預かっていたヘスティアのナイフを、よりにもよって返す直前でなくしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになっている。
「あの戦闘では仕方ない、いや、玉兎は悪くない…………すべては私の責任、私のせいで…………本当に何処で…………」
「ずっとあの調子ですね」
「ヘスティア様も気にすることないって言ってくれたのに…………」
「そういうことじゃないんだろう」
「ていうか、ヘスティア様なんのことか分かってなかったよね?」
「言うな。皆思ってるから」
「取り敢えずアルテミス様何とかしようよ~」
「そうだな…………おい、なんとかしろ、ランテ」
「私!?」
いきなりレトゥーサに指名されたランテは驚いて声を上げる。
「なんで私なんですか!?」
「よし、その調子だ。そのままいつも通り騒いでアルテミス様の気を紛らわせろ」
「無茶振り!?」
「ほら、早くしろ!」
「え、ちょ、押さないで!!」
ちなみにこれらのやり取りはずっと小声で行われている。
レトゥーサ達にグイグイと背中を押され、アルテミスのすぐ近くまで追いやられるランテ。
どうしようかと慌てるが、背後から仲間たちの視線が突き刺さるため、逃げるわけにもいかない。
「あ、アルテミス様!」
「…………なんだ?」
「えっと、その…………」
振り返ることなく返事をするアルテミス。
どうしようか惑うランテだが、ヤケクソ気味にその言葉をひねり出した。
「お、『オリオン』って何なんですか?」
「…………オリオン?」
ここで初めてアルテミスは振り返る。
だが、その表情は怪訝そうに歪められており、その表情にランテ達も戸惑う。
「『オリオン』というのは、神々の言葉で『射抜く者』を意味するものだ。狩人の象徴や狩りの名手としての意味合いもあるが、それ以上に天界ではある武器の名として知られている」
「武器?」
「『オリオンの矢』という、神をも殺す“神造武器”が存在する。あの矢で射抜かれた神は存在が消滅し、転生する羽目になる。強大な力を持つがゆえに扱う者は限られ、純粋な心を持つ者しか使えないという性質を有している」
「へ、へぇ~…………」
思ったよりも真面目で理屈っぽい答えが返ってきたことにランテは戸惑う。
だが、戸惑っているのはアルテミスも同じだった。
「なんでいきなり『オリオン』なんて言葉が出てくる?何処で知った?」
「え?何処でって…………」
「アルテミス様が言ったんじゃないですか」
「私が?」
「ほら、ボロボロの玉兎をアルテミス様が見つけて駆け寄った時」
「思いっきり叫んでましたよ?」
その言葉に、アルテミスは余計に戸惑う。
あの時は動転しすぎて確かに何を言ったか自分でも定かではない。
だが、なぜいきなり『オリオン』などという言葉が出てくる?
なぜあの子どもを『オリオン』と呼んだ?
今思い返してみても、自分でも理解できない。
「私が、呼んだ………?あの子を、『オリオン』と?」
「ええ、確かに」
「皆聞いてましたよ」
「…………何故?あの子を?」
一人呟きながら、アルテミスは考える。
思えば、あの子を拾ってからの一日間、ずっと心が落ち着かなかった。
自分の感情が自分のものではないように、言うことを聞かなかった。
狩人や弓の名手として、心を落ちかせるすべを心得ているはずの
これはどう考えても、自分で考えてみてもおかしい。
それと同時に、玉兎と出会ったときのことも思い出す
『オリ─────』
彼は確かにそう言いかけた。
あの時はそれが何を言おうとしていたのかは分からなかったが、もしかしてあの時あの少年は『オリオン』と言おうとしたのではないか?
そう思えてくる。
「…………お前達、瓦礫になった遺跡で玉兎を探し始めた時のことを覚えているか?」
「え?ええ、それはもちろん」
「すぐにアルテミス様が玉兎くんの血痕を見つけたおかげで大したことはしてませんけど」
「その時、青い人影を見なかったか?あの時でなくともいい」
「青い人影?」
「う~ん……」
少しでも疑念の答えや手がかりを探すため、そう尋ねる。
腕を組んで首を傾げる眷属たち。
いきなりこんなことを聞いても困らせるのは分かっているが、聞かずにはいられない。
誰も反応していなかったことから、他の誰も見えていないことは分かっているが、聞かずにはいられない。
なぜだか彼女たちは何かを知っていると、思えてくるから。
「直接見たわけじゃないですけど…………」
「なんだ?」
「五年前くらいに、夢で見ました」
「夢?」
「はい。真っ白な場所で寝てる私の頭を、青い人影が優しく撫でてる夢です」
「あ、それ私も見た!」
「私も!」
聞けば、全員が同じ夢を見たと語る。
夢を見た時期はバラバラ。
五年前に見たものもいれば、一週間前に見たものもいる。
だけど、一人の例外もなく全員がその夢を見ていた。
「一回見ただけなんですけど何故か印象に残ってて、不思議と覚えてたんですよね~」
「分かる!普通起きたら忘れるのに!」
「夢で、青い人影に…………?」
彼女たちが夢で見ていたそれを、アルテミスは現実世界で見た。
あれが白昼夢であれば違和感はないかも知れないが、実際にあれが指差す方向に玉兎はいた。
どういう存在かは分からないが、あれは実際にあの場にいたと考えるのが妥当だ。
例えそれが、アルテミス以外には見えていなかったとしても、だ。
「あれは、一体………………ッ、誰だ!?」
「え!?」
微かな気配を感じて、アルテミスは叫ぶ。
アルテミスが見つめる先は、ランテ達の背後。
そこに、その人影はいた。
「青い、人影……」
「あの時見たのと同じ……」
やはり輪郭以外何も見えない。
表情も分からなければ顔も分からない。
正体不明の存在が、そこにいた。
「…………何者だ、お前」
アルテミスは青い人影に問いかける。
だが当然、口も分からないその存在がその問いに答えることはない。
「どうやって、それに何故この子たちの夢に現れた?」
『───────。』
「何故私の前に現れた?そして、私に何をした?」
『───────。』
何も答えない。
答える意志や自我があるのかすらも分からない。
それでもアルテミスは必死に叫び続ける。
「お前と玉兎は、一体どういう関係なんだ!?」
『───────。』
その存在は質問に答えない。
そう思っていた。
『オリオン』
短く、そう聞こえてきた。
ノイズが走ったような不可解な声とも言えない声。
だがたしかに、そう言った。
「『オリオン』?お前は一体─────」
『───────。』
「待てッ!!」
あの人影は天幕の隙間を縫うように外に消えていった。
慌てて追うと、その人影は一つの方向に進んでいっている。
逃さないように追っていくと、ある地点でその人影はフッと消えていなくなった。
「何処に行った────玉兎?」
人影を追って走った先には玉兎がいた。
彼が一人離れた場所で寝ているのは知っている。
無用なトラブルや警戒を引き起こさないように、彼が離れていったのは知っている。
だが、様子がおかしい。
「ヒュー…………ヒュー…………」
漏れるような微かな空気音が彼の呼吸音だと気づくのに時間はかからなかった。
昼間最期に見たときより明らかに衰弱している彼を見て、アルテミスは叫ぶ。
「玉兎ッ!!」
オリオンとは、呼ばなかった。
あとがき
ベルくんピンチ!!
そして青い人影は誰!?
ぜひお楽しみに
さて、それはさておき。
この話ももう少し続きそうですが、こっちの世界(ベルくんが介入した時を渡る時空※今度はCルートと呼称)のベルくんが何をしているのか。
何をしでかすのか、何に巻き込まれるのか。
あんまり書くつもりはないですし、それは変わらないですけど、オラリオに辿り着いた時のことくらいは書こうと思います。
Cルートのベルくんが何をやるのか、今どうなっているのか。
未来の自分に負債投げられまくった彼は、一体どうなっていくのか。
いいのが思いつきました。
ぜひともお楽しみに!
もうね、これ自分でも書くのが楽しみなんですよ。
皆さんの想像を超える自信はあります。
あくまで自信ですけどね!確信でも確定でもないので、期待外れでも文句言わないでくださいね!
ハードルと期待は程々に。
以上、あとがきでした