アルテミスの叫び声で全員が飛び起き、集まる。
そして今も掠れた息を漏らしながら眠り続けるアルゴノゥトを取り囲む。
「容態は深刻です」
どれだけ回復魔法を施そうと、まるで底の抜けた桶に水を入れるように意味をなさない。
アルゴノゥトの呼吸は未だ掠れたように微かな音を漏らすだけで、正常には戻らない。
それを正確に把握したマリューは、静かに語った。
「最後に会った時よりも体力の消耗が激しいです。このままでは、明日の朝日を見ることは厳しいかもしれません」
「どうにか出来ないのか!?」
「そもそも、なんでこんな急に容態が悪化してるの!?」
マリューに対して必死に言い募るアルテミスとオルナ。
その疑問は尤もだろう。
なにせ、寝る前は普通に笑っていたのだから。
おそらく、彼自身もここまで急速に弱るとは考えていなかった。
その要因に、本人すらも気がついていなかった。
『そりゃそうだろ』
ここで一つ、悪しき神の声が響く。
それが当然であるかのようにニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべながら、エレボスは語る。
「どういうことだい、エレボス?」
『考えてもみろよ。そいつ自身も言ってたろ。アンタレスはそいつだけじゃなくて、封印からも力を奪ってるんだぜ?そもそも、その封印誰が維持してると思ってんだ?』
「アルゴノゥト…………」
「まさか!?」
『そゆこと。風呂の水を下から排水するだけじゃなくて、上からも吸い上げてるようなもんだ。いくら体力があっても、足りるわけねえだろ?』
アルゴノゥト自身も言っていたことだ。
『さっきから封印の方だけじゃなくて僕から直接体力や精神力を持っていかれてる』と。
裏を返せば、それは封印の方からも力を奪われ続けているということ。
その負担がどれだけのものになるか、それは計り知れない。
「だとしても、何故玉兎がそれに気がつかなかった!?力を奪われている本人だろう!?」
『眠るまで異変がなかったからだろ。そいつだってただ力やら体力やらを奪われてるわけじゃない。意識があるうちは無意識に抵抗してた。だけど、意識を失ってそれが一気に引っ張られるようになったんだ』
綱引きをずっと続けているようなものだとエレボスは語る。
封印した直後はアンタレスも弱っていたから、眠っても問題はなかった。
しかし、時間が経った今は違う。
負った傷にも適応し、封印を破ろうと躍起になっているのだ。
『兎に角、とっととそいつ叩き起こせ。そしたら少しはマシになるはずだ』
「さっきからやっている!!でも、どうしても起きないんだ!!」
『自力で起きる体力も残ってないのか……?』
身体を揺さぶろうと、大声で名を呼ぼうと、彼が起きる気配はない。
時間がない。
マリューが今も回復魔法を掛け続けているが、このままでは命が危ない。
「─────ッ!!」
「何処に行くつもりだ、アイズ!」
「今すぐアンタレスを倒す!そうすればアルは────」
『やめい、アイズ。そんなことする必要ないわ。そいつが死ぬまでに対策と準備をしっかりしたうえで、死んで封印が解けた直後を狙って叩きのめしたらええ』
アイズを制止するように酷薄な声を飛ばすのはロキ。
追い出された後、再び招き入れられたようだ。
だが、そんな彼女を睨みつけるように、ヘファイストスが止める。
『ふざけないで、ロキ。そんなこと、私が認めるとでも?』
『お前に何の権利があるんや?アンタレス討伐を主導しとるのはうち。どうするかはうちらが決めることやろ。それに、今から急に準備を進めて戦える思うとるんか?無理やろ』
『今貴女達が使ってる武具は誰が作ってると?今後一切、私達の武器を使えなくなってもいいの?』
『それは痛手やけどしゃあない。そんなくだらん大罪人のために、子どもたちを危険に晒したくないわ』
『子どもを大切に思うなら彼を助ける手段を考えなさい。彼の助力がなければ、半分は死ぬわよ』
『死なんわ。うちの子ども舐めんな』
『もう最強気取り?図に乗るなよ、高々30年程度の新参が』
『そっちこそ図に乗んな、鍛冶師風情が。大人しゅう工房で鎚振っとけや』
一触即発。
二人は睨み合いながら、静かに互いを罵り合う。
『うっせえんだよ、餓鬼共が』
だが、その二人を一息で黙らせる声が響く。
その声はまさしく絶対悪。
最高神に勝るとも劣らぬ原初神としての威厳を携えたその声に、
『ピーピーピーピー喚くな、不愉快だ』
『エレボス……!』
『お前らは両方とも正しいよ、ああ正しいさ』
『でも、どの道それではアルゴノゥトは救えないし、少なくない犠牲が出る。今戦っても準備不足だし、アルゴノゥトなしでは同じくらい危険が伴う。それは二柱共分かってるでしょう?』
アストレアの冷静な声が響く。
その声を聞いて、リヴェリアに抑えられていたアイズも自分の意志で踏みとどまる。
『戦いになればアンタレスがそいつの生命力を更に奪おうとする可能性もある。意識がない間に戦うのは危険だ』
「じゃあ、どうすれば!!」
『だから、さっきから言ってるだろ。そいつを叩き起こせ。話はそれからだ』
「だから!!もうこの子は自力で起きられないと!!」
『ガキ一人叩き起こすことも出来ねえのかよ。しょうがねえなぁ…………お~い、
『出来ているとも。あと、気安く呼ばないでくれ』
『そりゃ失礼。っと、上出来上出来。それじゃあお前ら、耳塞いどけ~』
「…………は?」
先程とは打って変わって、エレボスの呑気な声が聞こえてくる。
だが、次の瞬間響いたのは鐘の音。
ゴォォォン────
という重厚な音色が鼓膜だけでなく脳も震わせる。
思わず耳を抑えて蹲るほどの轟音だった。
「ッ!!」
「おまっ、急に何を!!」
『う~ん、やっぱ一回じゃ無理か。それじゃもう一回』
「おい、やめろバカ!!」
誰かが声を漏らし、アルテミスがエレボスを止めようと声を上げる。
エレボスがそれをもう一度打ち鳴らそうとし、その魁となる小さな音がなる。
だが、本鐘が響くよりも前にその声が響いた。
「あああああああああああああッ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい今起きます今起きましたお願いだから
叫ぶ。
本当に、鬼気迫る表情で叫ぶ。
先程とは違った種類の汗を流しながら、最後に血を吐きながら、アルゴノゥトは叫ぶ。
『ハハッ、やっぱ効果覿面だな』
『ホントにどういう育てられ方してきたのよ………』
魂に刻まれた原初のトラウマが彼を覚醒させる。
エレボスが笑い、ヘファイストスが呆れるその様相。
想像に難くないのが、嫌なところだ。
「え?僕死にかけてたんですか?」
『自覚無しかよ、お前……』
先程まで死にかけていたというのに、意外にも一度目を覚ませばすぐに調子を取り戻したベル。
今は全員を集めた場、水を飲んで落ち着いているところだ。
「で?今の調子はどうなんですか、兄さん?」
「起きてる分にはあまり変わりありませんね。精々内臓が傷んでいくような感覚があるだけです」
「それは充分変わってるんですよ!!」
「あと
「だ、か、ら!!そういうのは早く言ってください!!」
「揺らさないでくださいよ……また吐いちゃいますよ……?」
呪毒は段々強くなっている。
アルゴノゥトにズタボロにされたアンタレスが、少しずつ本調子を取り戻し始めた証左だろう。
『兎に角、あまり時間は残ってないわ。アンタレスが本調子を取り戻したらその子の命も危ないし、同時に危険性が高まるってことなんだから』
『最初の時よく封印まで持っていけたわね、アルゴノゥト』
「アンタレスも寝起きみたいな状態だったんだと思いますよ?じゃないと、流石に無理だったでしょうし」
『寝起きドッキリくらったようなもんか。アンタレスも災難だな』
寝起きドッキリではないが、アンタレスも本調子ではなかった。
だが同時に、初手で毒を喰らったアルゴノゥトも本調子ではなかった。
「互いに万全でない状態で半ば引き分けた。その程度にもよるだろうが、本調子の彼がいれば犠牲なく倒すのも夢じゃなさそうだね」
「でも、その本調子が難しい……」
「アルはただでさえアンタレスの毒を喰らって弱体化してるのに、そのせいで逆にアンタレスは強化されていくんだから」
「加えて、こちらには解毒・解呪する手段はない。完全に向こう有利でございますね」
「次戦う時、下手したら鋏も再生してるかもしれませんね」
「アンタレスは再生能力を持ってるのかい?」
「いいえ?でも、近くにいる眷属の身体を取り込めば擬似的に再生できますから」
「その眷属は?」
「卵状態だったのが地下にかなりいました。崩落させたから少しは減ってるかもしれませんけど、孵化したのが上がってきてると思いますよ」
あの封印はアンタレスだけでなく、周囲の遺跡ごとその場に留めるもの。
地下から這い上がってきたのが封印内にいるだろうし、それを喰らってもおかしくはないだろう。
『じゃあ、尚更急がないとな。【
「万全を期すなら明日がベストだろう。僕たちの準備とアルゴノゥトの容態、アンタレスの状態を含めて、そこが一番の妥協点だ」
『よし、分かった。アルゴノゥト、お前は容態に気をつけつつ寝るな。寝たらまた持っていかれるぞ』
「はい」
『絶対に一人になるなよ。アルゴノゥトの側には常に一人は置いて、何かあればすぐに
『何でお前が仕切ってんねん、ドブカス』
『俺以外に仕切る奴がいねえからだよ、まな板』
『誰がまな板や!?』
ある意味ウラノス以上に公平なエレボスが話をまとめる。
彼が取り仕切ることにロキは不満の声を漏らすが、取りまとめたその内容に不満はない。
理由もなく正道を否定するほど、今のロキは享楽的ではない。
『ま、良かったよ、お前が無事で。お前が死んでたら元気百倍になったアンタレスとぶっつけ本番で戦う羽目になってたからな』
「うわぁ……エレボスが素直に安堵してるとか気持ち悪ぅ……」
『よし、ヘスティア。お前オラリオ戻ったらバベル裏な』
「分かった。タケやアストレアと一緒に行くね」
『ざっけんな!俺が負けるじゃねえか!』
「連れて行かなかったらボクが負けるだろ!」
『やめなさい、あんた達!!』
先程の威厳ある姿は何処へ行ったのか。
ヘスティア相手に喧嘩を売ってやいのやいのと言い合いをしている。
『アルゴノゥト、アルテミスへのお礼は忘れずにね。アルテミスが気づいてくれなかったら危なかったんだし』
「あっ、アルテミス様が一番最初に気づいてくれたんですね。ありがとうございます!」
「いや、あれは…………」
あれは本当に自分が最初に気づいていると言っていいのか?
自分はただ、あの青い人影を追いかけたら偶々見つけただけ。
本当に礼を言われるべきなのは、あの青い人影ではないか?
何度も自問するが、答えが出てこない。
そもそも、あの青い人影はなんなのか。
「? どうかしましたか?」
「玉兎、お前は…………」
言葉がうまく出てこない。
何を言えばいいのかも分からないし、何を聞こうと思っているのかも定かではない。
ただ、口をついてその言葉が出てきた。
「お前は、『オリオン』なのか?」
その言葉の意味を正しく理解できたのは、きっと五年前のあの教会にいた人物たちだけ。
それ以外は朧げにしか理解できていないし、理解できない。
彼女が言う『オリオン』とはどういう存在なのか、それは彼女にしか分からない。
「いいえ、違います」
その言葉に彼は静かに、それでもハッキリとした口調で答える。
紛れもない否定にして、揺るがない拒絶。
彼は、オリオンにはならない。
「僕は、『貴女のオリオン』ではありません」
「…………そうか」
彼は『オリオン』という言葉の意味を正しく理解している。
それでも揺るぎなく拒絶を示した。
そのことに胸が痛むのは、何故だろうか。
明け方も近い夜の中、アルテミスは天幕の外で空を見上げていた。
「………………。」
空に浮かぶ月を眺めながら、無言で佇むアルテミス。
周囲には彼女以外には誰もいない。
一人黄昏れる彼女に近づく影が一つ。
「こんなところにいた。大丈夫かい、アルテミス?」
「ヘスティア……」
近づいてくるヘスティアに、アルテミスは小さく声を上げる。
その顔は浮かばれず、暗く沈んでいた。
「すまない、お前のナイフは必ず…………」
「だからいいんだってそのことは!ぶっちゃけそのナイフについてボクよく分かってないし!今は君のこと優先!」
元気に声を上げてアルテミスを制するヘスティア。
身に覚えのないナイフのことを謝られても正直どうしようもない。
そんなことより、ヘスティアにとってはアルテミスのほうが大事だった。
「私のこと。と、言われてもな…………」
「誤魔化さなくていいよ。あの子とのこと、悩んでるんだろう?」
ヘスティアはアルテミスの隣まで来ると座り込み、アルテミスにも座るよう促す。
立ち続ける理由もないアルテミスは促されるままに座り、そのまま再び空を見上げる。
「何がそんなに君を悩ませてるの?正直、君がそこまで心労を抱えるような理由が思いつかないんだけど」
「私は、何に悩んでいるのだろうな……?それすらも分からない。それを知るには、私はあの子のことを何も知らない。あの子の本当の名前も、あの子の素性も、何も。五年前のことも、さっき知ったくらいだ。ロキの子たちと違って、何も知らないんだ」
「昨日の夜からの付き合いなんだろう?知らなくて当然じゃないか」
「でも、あの子は私を好きだと言ってくれた」
あれは告白などではない。
それでも、決して嘘でもない。
あの時の言葉に嘘などなかった。
あの子は確かに、アルテミスのことを好きなのだ。
「好きだと言って、私を助けてくれた。私の命を、子どもたちの命を、自分自身を擲って助けてくれた。今も呪毒に犯され苦しんでいるのに、私たちの無事を心の底から喜んでくれた」
心配して看病するアルテミスたちに対して、彼はとても穏やかな顔で言った。
『無事で良かった』と。
あれがどの程度の毒なのか、それはアルテミスには計り知れない。
だがそれでも第一級冒険者たちを推して、耐えられないというレベルの呪毒なのだ。
いくら大精霊の加護があろうと、決して軽いものではない。
眠れば命すらも危ういその毒に犯されながらも、あの子は決してアルテミスたちを責めようとはしなかった。
「私は分からない。なんであの子はそこまで私たちを…………私を助けようとするんだ?なぜそこまでの思いを私に抱いているんだ?私は何で…………そのことを思うと、こんなにも胸が苦しいんだ?」
「あの子に助けられるのが、嫌?」
「違う!そうじゃない!私はただあの子に………私のために、傷ついてほしくないんだ……。私のために血と涙を流すあの子を、もう見たくないんだ…………」
「救われたからこそ、助けられたくない、って感じかな……」
ヘスティアは小さくそう呟く。
その言葉は、アルテミスの心を正しく表したように思える。
言ってしまえばこれは、罪悪感だ。
「…………こう言うと語弊があるかも知れないけど、君だってあの子を助けてるじゃないか。昼間の時や、さっきのことだってそうだ。君が見つけなかったら、あの子の命は危なかった」
「それも違う……私は助けてなんかいない……あの子を助けたのは、私じゃないんだ…………」
「アルテミス…………?」
膝を抱え俯くアルテミス。
そんな彼女の名を呼ぶが、表情はドンドン沈んでいく。
「私はただ青い人影に導かれただけで、私自身が見つけたわけじゃない」
「青い人影?」
「五年前から時折私の子どもたちの夢に出てきていたらしい存在だ。それが私の前に現れて…………」
「…………よく分からないけど、幽霊的なやつ?それともあの子の魔法かスキルとか?」
「分からない」
「あの子には、それを聞いたの?」
「聞いていない。聞くのが、怖くて……何が怖いのか、自分でも分からなくて………」
アルテミスは何に怯えているのだろう?
『あの人影はなんだ?』と一言聞くのが、何故そんなにも恐ろしいのだろう?
「私は一体、どうしてしまったんだろうな?感情が制御できないなんて初めてだ。これが恋という奴なのか?」
「う~ん、どうなんだろう?ボクも経験があるわけじゃないから何とも言えないね。」
「そう、だな…………すまない、こんな事を言って」
「でも、その答えは案外あの子が持ってるのかも知れない」
「…………え?」
「それがどういう感情かはさておき、あの子に対して抱いたものであることは確かなんだ。だったらきっと、あの子がすべてのキーパーソンに違いない」
ヘスティアは立ち上がり、手を差し伸べる。
薄く微笑みながら語る彼女は、やはり自分が尊敬したものだ。
「君は知らないって自分を卑下してたけど、知らないなら知っていけばいい。あの子はそれを拒むような子じゃないよ」
一日にも満たない短い付き合いだが、それくらいは分かる。
ヘスティアも、アルテミスも、痛いくらい知っている。
だから自然と、アルテミスはその手を取れた。
「さ!これからアル某くんのところに突撃して夜通し恋バナしようぜ!」
「いや、それは流石にダメだろう」
「大丈夫だって!どうせアル某くんは寝れない、ん、だか…………」
「ヘスティア?」
言葉が詰まったように途中で止まるヘスティア。
彼女の視線は一つの方向を見て止まっており、自然とその目線を追う。
その視線の先、そこに、それはいた。
「青い、人影……」
いっそ神秘的にも思えるほど超然的なそれはそこにいる。
身体は半ば透けており、やはり顔は凹凸も怪しいくらい伺えない。
正体不明としか言えないそれは、そこにいた。
「あれが君の言ってた……?」
「ああ、同一の存在と見て間違いない」
個体差があると言われても納得してしまいそうなほど違いは一切分からないが、まず間違いなく同一存在だろう。
こんな存在が早々いてたまるか。
『オリオン』
その存在は、呟いた。
二度目の時と同じ言葉を、ノイズがかかったような声で、もう一度。
「なんでその言葉を知ってるんだい?神々の言葉を知ってるってことは、君も神?」
「そのオリオンとは誰のことだ?お前自身のことか?」
ゆっくり、慎重に、言葉を選んで問いかける。
また何かの拍子にふと消えていかないとも限らない。
何がトリガーとなるか分からない以上、慎重にならざると得ない。
そう、思っていた。が─────
『んなわけないでしょ』
「…………え?」
『耄碌でもしたのかい?そんな荒唐無稽なことを聞いてくるなんて』
「いや…………」
『あの子のことに決まってるだろう?あの子以外にオリオンがいてたまるかって話だし』
先程までの神秘的な雰囲気を何処へやら。
いきなり饒舌に話し始める青い人影。
声はやはりノイズがかかったような異音混じりのものだが、それでも堰を切ったように喋り始める。
「お前、普通に喋れたのか」
『さあ、どうだろうね?喋れたのか喋れるようになったのか。そのあたりの判断はそっちに任せるよ─────って、こんなこと話してる場合じゃないんだった。オリオンだよ』
「そのオリオンというのは、あの子のことだな?」
『さっきからそう言ってるでしょ』
「あの子がどうかしたの?」
『また血を吐いて倒れちゃったみたいだからさ。看病してあげて』
少し離れた天幕のある場所から声が聞こえてくる。
世話をしていたあのエルフの少女のものだろうと思われる叫び声だ。
『周囲に人はいるから大丈夫だろうけど、念のためね。ほら、オリオンは変なところで強がっちゃう癖があるからさ』
当たり前のことのように言われても、分からない。
先程知っていこうと決意したばかりなのだから。
それに、この存在についても知っていかなくてはいけない。
何が何でも不可解すぎるし、段々と存在感が強くなっているような気がする。
最初は夢の中。
次にアルテミスにだけ見える人影で。
そしてアルテミス・ファミリア全員に見えるようになり。
こうして流暢に話すにまで至った。
力を得ていっているのか。
あるいは取り戻しているのか。
そのどちらかは分からないが、警戒に値する変化だ。
『まあ、そういうことだから。オリオンのことは任せたよ』
「あ、ちょっと!」
『それとそこの月女神。言っておくけど、あの子は“私のオリオン”だから。渡さないよ~』
「どういう意味だ!?待てッ!!」
その存在はそう言い捨てると、消えていった。
すぐに追おうと周囲を見渡すが、やはり影も形もない。
幽霊か何かだと言われれば信じそうなくらいだ。
「今のは…………」
「わかんないけど、取り敢えず一旦戻ろう。あの影が言うとおりならアル某くんが大変なんだろう?」
「ああ、そうだッ!」
アルテミスはアルゴノゥトのことを思い出したのか一目散に走っていく。
彼女を追おうとヘスティアも歩き始めようとするが、その前に一度だけ立ち止まり、影がいた方向を見つめる。
「あの声…………」
ノイズだらけで、男か女も定かではないような声。
だが、それでもなぜか。
何処かで聞き覚えがあるような気がするのは、気のせいだろうか?
番外編:【神会・命名式】
「神会だぁーーーッ!!」
「ひゃっほいひゃっほい!....でも今回、開催が遅くなかった?」
「前回から三ヶ月以上経ってるじゃんかよ〜」
「だって「派閥大戦』とかあったし……みんなそれどころじゃなかったし………」
「フレイヤ敗北祭りで忙しかったのじゃ!アヤツの痴態を肴に飲んだ酒の美味さよ!!」
「連日爆笑宴会騒ぎなのじゃ~!プークスクス美の神ざまぁ!のう、ハトホル!」
「わたし祭り上げられただけだから。どっかの街娘の
「あとは『学区』帰港も重なった」
「それ。学区特需で商人達賑わってるし、商業系の派閥も争うように忙しかったし」
「都族募集の準備に派閥体験受け入れ、やること多すぎ~」
「『学区』のピチピチ優等生欲しい~。即戦力最高お~。神会とかどうでもいい~」「そんな悲しいこと言うなよ!」
「色々言いながら集まってるモノ好きどもめ!始めちまえ、今回の司会ども!」
「「じゃあイキナリ『命名式』いっきまぁぁああああああああああす!!」」
イエエエエエエエエエエエエ工!!っと。
女神も男神も関係なく騒ぐ。
何がそんなに楽しいのか。
神々が大勢集まって話し合うと言えば聞こえはいいかも知れないが、実際は酔っ払い同士の会話よりも生産性がない。
無駄にハイテンションで無駄にうるさくて。
それが心底鬱陶しいが、そうも言ってられない。
「もう細かい愚痴や言いたいことは全部後回しだ!!行くぞ、お前ら!!」
「お前らが待ち望んでた、ベルくんの二つ名を決めるぞ!!」
『『おおおおおおおおおおッ!!』』
これが本題。
これが狙い。
学区が来て大変な時期なのにいつもより出席者が多いのも、こうもテンションをぶち上げているのも。
すべてフレイヤ・ファミリアを降し、挙句の果てにそこまで大々的にはなってないものの古代のモンスターを討伐したベルの命名があるからだ。
それが、すべてなのだ。
「自信作がある!!───【
「ベルくんは喜ぶかもだけどないでしょ」
「もうベルくんが喜んでくれるなら何でもいいよ」
「エクストラハードの黒竜ルート突入不可避だからこれくらいはね」
「冥土の土産みたいなに言うなよ……悲しいだろ……【
「愉しんでるじゃねーか」
「はーい!
「マジでやめぇや、ドアホ!!」
途中ふざけたことを言う給仕に、ロキの怒号が飛ぶ。
そのことに若干違和感を覚えながらも、ヘスティアはまだ静観を選ぶ。
「ベルくんにいい名前を授けてあげたいんだけど……」
「ああ、慎重にならざるを得ない。色々前代未聞だし」
「派閥大戦以外に何が新しい情報はないのか!」
「噂によると、学区の美少女ハーフエルフちゃんがもう惚れちゃったらしい」
「攻略王かな?」
「早えよ」
「そこまで世界最速じゃなくていい」
「NIKOPOとかNADEPOじゃないだけマシ」
「【ナイト・オブ・ナイト】の悪口はやめて!!」
「私達の最推しなのよ!?」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「女神怖っ……」
「他に!他に情報は!」
「雷の大精霊の力を手に入れたらしい!」
「はい!なら【
「却下!ベルくんおんなじ名前の技もう使ってる!」
「下層でモンスター軒並み消し飛ばしてるのうちの眷属が見たって」
「えぇ、じゃあ…………【新世代ゼウス】」
「マジでやめて差し上げろ」
「やめい言うとるやろが、ドアホ共!!」
やはりなぜか積極的にベルを守ろうとするロキ。
いつもだったら嫌がらせを兼ねて酷い二つ名をつけようとするのに。
「マジでロキは何なの?」
「今日様子おかしくね?」
「喧しいわ!うちかてしたくてしとるわけちゃうわアホ!ただ…………」
「「「ただ?」」」
「リヴェリアやフィン含めた全幹部から、ふざけた二つ名だったら承知せんぞって…………」
「ああ、そういうことね」
「よし、じゃあロキは無視!」
「そういう打算ならお断りで~す」
「おい待てやドブカスども!!」
「でも実際どうする?」
「個人的には、そろそろベルくんの代名詞になるようなコレ!てやつを決めたいと思ってる」
「だよなぁ。剣姫とか
ここまで来ればペースは落ちるだろうが、それでも彼の環境を思えばランクアップはし続けるだろう。
そのたびに次々と二つ名を変えるのは、ベルも大変だし神々からしても手間なのだ。
「…………いくか?【新世代ゼウス】」
「ベルくんへの熱い風評被害」
「でも聞けば聞くほどこれ以上のものは…………」
「ベルくんあのクソジジイの眷属の子どもなんだろ?」
「あながち間違いじゃないじゃん」
「やめい言うとるやろ!!」
「ロキは無視するとして」
「あとは…………」
全員の視線が、一つの方向に向く。
その先にいるのは当然ヘスティア。
視線を向けられたヘスティアは溜息を一つ吐いた後、口を開く。
「こういうのは好きじゃないからあんまり言いたくないんだけど…………」
「なんだよ?」
「ヘラのこと、忘れてない?」
その言葉に、場の空気が凍る。
「今回は面倒だからって来なかったけどさ、あんまり変なのつけると後でブチギレるよ?」
「ま…………、またまたぁ!」
「そんな脅しは無意味だって!」
「分かってんだぜ?お前とベルくんならヘラを抑えられるって」
「現に15年前ほど酷くないし!」
「君達が言う通り、ヘラだけならボクとベルくんが三日三晩説得すれば何とか宥められるけどさ…………」
それでも三日三晩かかるのか、というツッコミは意味をなさない。
むしろその程度ですむのか、という驚きすら浮かんでくる。
だが、ヘスティアが問題視しているのはそこではない。
「アルフィアくんは無理だぜ?」
「…………アルフィア?」
「無理なの…………?」
「ヘラの言うことすら聞かないし、そもそも誰かの言うこと聞いてるの見たことないし、ボクも平気で殴られるし。マジで無理だから」
その日、オラリオの住民は思い出した。
奴等に支配されていた恐怖を……鳥かごの中の屈辱を…………。
「命が惜しければ、全力で考えたほうがいいよ?」
「「「はい…………」」」
ま、どうすることも出来ないのだ。
全員素直に頷いた。
…………
………
……
…
「ベルく~ん!君の二つ名決まったよ~!」
「僕だけ?ヴェルフ達の分は?」
「君の決めるだけで今日一日使っちゃってさ。残りはまた後日だって」
「あぁ…………うちの義母と祖母がすいません……」
「いいよ。ボクも君に変な二つ名ついてほしくないし」
「あ、アハハ……えっと、僕の二つ名は?」
「取り敢えず暫定でこれね。アルフィアくん達の反応見て、悪くなければ決定。決まればランクアップしても当分は変わらないと思う」
そう言ってヘスティアが差し出した紙には共通語で一つ、単語が書かれていた。
それがベルの新しい二つ名。
アルフィアへのご機嫌取りも兼ねて、神々が全力で絞り出したもの。
【静穏】
これを見たアルフィアとヘラの反応は。
「「悪くない」」だった。
あとがき
あんまり書くこともないですし、いきなりあとがき本題へ。
あとがき本題って何だよ。
これから大体3~4話くらい掛けて終わると思います。
多分、きっと、Maybe。
開戦に一話くらい。
決着に一話くらい。
後日談に二話くらい?
それ以外にあんまり言うことないんで、ここでイラスト投下!!
【最悪】が生んだこっちの世界のベルくんの14歳の姿!
ドンっ!!
さあ、色々不穏なことが書かれていますが、どうなるのか。
なぜこんなことになっているのか。
なぜこんな変なポーズを取っているのか。
来週にも一枚あげる予定です。
ぜひお楽しみに~
以上、あとがきでした。