道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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オリオンの巡礼~交錯~

 

時は流れて、ようやくアンタレス討伐への最終準備。

全員がそれぞれの役割を果たそうと動き回っている中、アルゴノゥトは一人天幕の中で小さく息を溢す。

 

「ケホッ」

 

その息が血の混じった咳になってしまったのは、彼の容態の悪化を示しているのだろう。

もうあまり時間は残されていない。

早急にアンタレスを討伐しなければ、彼の命は再び危険にさらされる。

その事が分かっているからか、昨日からずっと英雄たちの殺気が酷い。

自分なんかのためにそこまで……とは言わない。

それが彼ら彼女らへの侮辱であることくらい、彼はもう知っているのだから。

 

『大丈夫、アルゴノゥト?』

 

そばにある眼晶(オクルス)からアストレアの声が聞こえてくる。

誰も彼もが準備に駆り出される中、彼の容態を見る役割を水晶越しの彼女たちが担っているのだ。

ちなみに、ロキとエレボスはいない。

ロキは彼と話すのを嫌って、エレボスは野暮用があるからと言って出ていたのだ。

ま、彼らにとってはその方が好都合だ。

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

『無理はしないように』

『少しでも体調に異変があったら言いなさい』

 

「分かりました」

 

アルゴノゥトも、今無茶な痩せ我慢をするつもりはない。

今は、まだ無茶をするタイミングではないのだから。

その時までは、最低限動けるだけの体力は残しておかなければいけない。

 

「ところで、ずっと聞きそびれてたことを聞いてもいいですか?」

 

『何かしら?』

 

「メーデイアさん……イルコスさんは、今どうなってますか?」

 

それは前世の自分が遺した最大の負債。

それを一身に背負わせてしまった自らの子ども。

ずっと聞けずにいたそれを、今尋ねる。

 

『…………“雷霆の森”にいる彼女なら、今も一人で封印を守り続けている』

 

『【千の妖精(サウザンド・エルフ)】達三人も加えて、半年に一度8人で様子を見に行ってるわ』

 

「そう、ですか……」

 

やはり、何も変わらなかった。

彼女は変わらず一人で、先祖(じぶん)が遺した負債を抱え続けている。

 

『そう悲観することはないわよ。彼女も彼女で何だかんだ暮らしてるし、今では半年に一度訪れるヴェルフたちとの話を楽しみにしてるみたいだし』

 

「どんなことを話してるんですか?」

 

『色々よ。ダンジョンであった大変なことだったり、日常の些細な話だったり、本当にくだらないことで笑い合ってるわ』

 

ヴェルフが新しい魔剣を作ろうと全財産をはたいて素材を買った結果一文無しになった話だったり。

ベートがとあるアマゾネスに惚れられて追いかけ回されている話だったり。

ガレスが飲み比べで都市一番になった話だったり。

ティオネがどれだけアプローチしてもフィンに無視(スルー)されている話だったり。

ティオナが借金が酷すぎて、一ヶ月ダンジョンに缶詰になった話だったり。

レフィーヤが日々の勉強が大変で泣きそうだという話だったり。

リューがカジノで事件を解決した話だったり。

アイズがジャガ丸くんを大食いしたら喉に詰まらせて死にそうになった話だったり。

本当にくだらないことを、話して笑っている。

 

「…………そっか。あの子は今、笑えているのか」

 

『ええ、安心しなさい。ちゃんと笑えているわ』

 

「ならきっと、大丈夫ですね」

 

『ええ、大丈夫よ』

 

笑えているのなら、大丈夫だ。

今は一人かもしれないけど、それでも孤独ではない。

彼女はきっと、ほんの少しだけ早く救われた。

そしてそれは、アルゴノゥトが頑張った結果なのだ。

 

「ちなみにですけど、ヘファイストス様はヴェルフとどうなってるんですか?」

 

『アンタのせいで七年待たずに惚れちゃったわよ!!でもヴェルフは鍛冶馬鹿だし、いくらアプローチしてもアンタとの冒険が終わるまではって首を縦に振らないし!!散々よ!!』

 

「いや、それ僕関係ないですよね?」

 

『うるさい!!責任取って慰謝料払いなさいよ!!』

 

「何の慰謝料ですか!?」

 

恋を拗らせて無茶苦茶を言っているヘファイストス。

まあ、これ関してはどっちもどっちだろう。

どうせ惚れることに変わりはないだろうが、あの時アルゴノゥトが余計なことを言ったのも事実なのだから。

 

『10億ヴァリス、絶対請求するから!!』

 

「ナイフの五倍!?アンタレスの鋏でチャラにしてくださいよ!」

 

『足りるわけないでしょ!!』

 

「理不尽すぎますって!!」

 

『ヘファイストス、流石に落ち着きましょう?』

 

眼晶(オクルス)越しに言い合いをする二人。

流石に酷いと思ったアストレアが止めに入った時だった。

天幕の入口が開かれ、一人の男が入ってくる。

 

「失礼するぜ、アルゴノゥトくん」

 

『あら、ヘルメス?』

 

「『チッ、ヘルメス……』」

 

「うん、だから何で君はオレに当たりが強いの?ヘファイストスまで」

 

「自分の胸に聞け」

『日頃の態度の結果でしょ』

 

アルゴノゥトの態度に戸惑いながらも、ヘルメスは腰を下ろして彼の前に座る。

彼も、ヘルメスをぞんざいに扱いながらも邪険にはしない。

このタイミングで現れたということはきっと、何かあるということだから。

 

「そっちのオレはそんなに君に酷いことをしたのかい?ゼウスとヘラの子どもよ」

 

「『『…………。』』」

 

ほら見ろ。

どうせこんなことだろうと思った。

 

「…………何の用だ?」

 

「あれ?なんで知ってるんだって聞かないんだな」

 

「少し考えれば分かる。元々お前はあの好々爺の使い走りだろうが」

 

「ハハッ、そりゃそうだな」

 

口調をヘラ・ファミリアとしてのそれに切り替えた彼を前にしても、ヘルメスは動じない。

くだらないごっこ遊びだとでも思っているのか?

だとしたらそれは大間違い。

今の彼は、正しくヘラ・ファミリアとしての性質を有しているのだから。

 

「そんなに身構えなくて大丈夫さ。特に何を話すってわけでもないし。ただ、あの好々爺に頼まれたこれを君に渡したいだけさ」

 

「これは…………」

 

そこにあったのはこの世界の五年前、暗黒期で書き上げられた一冊本。

本のタイトルは、【エピメテウス】。

彼の偉業を称えるためにアルゴノゥト自身が作った叙事詩だ。

 

『エピメテウスの叙事詩……貴方が五年前作った奴よね?』

 

「ええ。だが、なぜこれを私に渡す?」

 

「言っただろ?あの好々爺からの頼みだって」

 

「それが分からん。なぜあの好々爺はそんなことを頼んだ?」

 

「さあ?そこまではオレにも。オレはただ、【最悪】に会ったらこれを渡すようにって言われただけだ」

 

アルゴノゥトは本を見ながら、少し考える。

あの祖父が見透かしたような言動を取るのはこれが初めてではない。

ならばきっと、これにも意味があると考えるのが妥当だ。

 

「あの好々爺は暗黒期のことをどれだけ知っている?」

 

「一度聞かれて、オレがすべて語った。ただ、オレも中枢にまで関わったわけじゃないからザックリとしか伝えられなかったけどな」

 

「そうか……」

 

考えても意味はない。

相手は先見神より先見の明がある神の中の神なのだから。

常日頃のふざけた態度のせいで忘れそうになるが、あれは神々含めた下界すべてが徒党を組んでも出し抜けるような相手ではない。

だったら、あるがままを受け入れるしかない。

 

「さてと、何か聞きたいことがあるなら聞いても構わないよ。例えば、“こっちの君”のこととか」

 

ヘルメスは意地の悪い顔でそう言う。

それがどういう意図を持った言葉なのかはよく分からないが、取り敢えずムカつくので殴りたい。

そもそも、今のアルゴノゥトはヘルメスが望むような答えは出さない。

 

「興味ない」

 

そう、興味も関心もない。

故に、知りたいとは思わない。

そんな答えが意外だったのか、ヘルメスは少し驚いた表情をする。

 

「…………興味ないの?」

 

「ない。私はすでにあの二人を繋いだ。そして、確信している。あの二人と過ごす日々はきっと、幸福に満ちたものだと。それさえ分かっていれば、あとはどうでもいい」

 

知っているからこそ、これ以上知りたいとは思わない。

あの二人の幸福を信じているからこそ、これ以上は望まない。

世界を歪めてまで救おうとしたあの二人の道を、これ以上阻んではいけないのだから。

 

「そうかい。なら、これ以上はオレも語らないよ」

 

「ああ、とっとと失せろ」

 

「用もすんだことだしそうさせてもらうよ。あんまり長居して君の体調を悪化させても悪いしな」

 

ヘルメスは立ち上がり、天幕の入口に向かって進んでいく。

そして、最後に振り返ることなくこう言った。

 

「それじゃあオレも、君の物語を楽しみにさせてもらうぜ」

 

天幕が開かれ、外へ出ていく。

外には全員が揃っており、アルゴノゥトを待っているのが見えた。

 

さあ、決戦の時だ。

 


 

「君に対して、作戦というほどのものはない。ただ封印を解いて、暫く待機。状況と容態を見て僕が指示を出す」

 

フィンからの指示は単純なものだった。

要するに、“何もするな”。

体調はドンドン悪化しているし、アンタレスとの戦闘が始まればそれがどう変動するかも分からない。

フィン達はアルゴノゥトを戦力として数えないことにしたのだ。

 

「良化すればそれでよし、悪化すればそれまで。どちらの場合でも君には何一つとして戦局を左右するものは託さない。いいね?」

 

「ええ、いいですよ。お好きにどうぞ」

 

「こちらの準備はできている。あとは君のタイミングで封印を解除してくれ」

 

「はい」

 

悪化する可能性が高いことくらい、この場にいる全員が分かってる。

それが長期化すればアルゴノゥトの命が危ないことも。

故に、アンタレス討伐には迅速さが求められる。

もっとも、ロキはそんな真似をする必要はないと思っているだろうが。

 

「アル、無茶はしないでね?」

 

「分かってますよね、兄さん?」

 

「こんな状況で何をするってんですか…………」

 

アルゴノゥトは呆れたようにそう呟く。

そして、封印を見る。

雷の結界内には地中から這い出てきたアンタレスの眷属が大量にいる。

あれを先に倒さなければ、アンタレスの相手も満足にできないだろう。

アンタレス自身も、切り落とされた鋏を取り込んだ眷属の身体で補い、ほぼ元通りになっている。

 

「…………。」

 

黙ってそれを見据えるアルゴノゥト。

そして、スキルを発動させて白光と共に鐘の音がなる。

そんな彼に、アルテミスが近づいていく。

 

「玉兎」

 

「アルテミス様!」

 

先程までの空気を霧散させて、笑顔でアルテミスを迎えるアルゴノゥト。

その笑顔に落ち着かない気持ちを押さえつけながら、アルテミスは彼を見つめる。

 

「昨日の夜はありがとうございました!わざわざ看病までしていただいて、本当に助かりました」

 

「いや、気にしなくていい。ただ、その、あの時は、大して話ができなかっただろう……?」

 

少し言葉を選びながら、アルテミスは視線を彷徨わせる。

どうすればいいのか分からない中で、それでも少しずつ彼を知っていくと決めたのだ。

絞り出すように声を出して、思いを伝える。

 

「レフィーヤさんたちがいましたし、僕の体調もアレでしたしね」

 

「ああ、だから、終わって、お前が元気になったら、話をしないか?」

 

「話?」

 

「何でもいいんだ。本当の名を聞くこともしないし、無理に問い詰める気もない。お前が話せることならどんなくだらないことでもいい。本当に、なんでもない話でいいから」

 

それを見たアルゴノゥトは穏やかに、けれど何処か悲痛そうに笑う。

どんな感情が湧き上がってきたのか、どんな思いを抱いたのか。

それは彼にしか分からないが、彼は決してそれを語らないだろう。

でも、彼は笑う。

ここにいる彼女を笑顔にするために、いつかの過去に蓋をして。

必死に笑顔を取り繕う。

 

「それは……いいですね。僕も、アルテミス様となんでもない話がしたかったんですよ」

 

それは一体、どういう感情で言っているのだろうか。

そばで話を聞いていた輝夜はそれを思い、顔を歪ませる。

 

「じゃあ、約束しよう。なんでもない話で、笑い合おう」

 

「…………ええ、そうですね。約束です。たとえ、どれだけ時間がかかったとしても、いつか必ず」

 

「フフッ、アンタレスを倒せばすぐだぞ?」

 

「…………。」

 

アルゴノゥトは、今度こそ何も言えない。

何も答えることが出来ない。

 

「…………アンタレスは必ず倒します。なんでもない未来を、貴女に届けるために」

 

「ああ、倒そう。私達は後方支援くらいしか出来ないが、それでも一緒に戦おう」

 

「はい」

 

アンタレスは必ず倒す。

その決意を抱いて、アルゴノゥトは剣に向かって歩き出す。

 

「ところでアルゴノゥト。それはお前のスキルだろう?なんで今発動させているんだ?」

 

アルテミスはふと気になったのか、そう尋ねる。

聞き耳を立てていた輝夜も、山場は過ぎたと判断してアンタレスの方に意識を向ける。

だが、それが間違いだった。

 

「封印を解除するのに力がいるので、そのためですよ」

 

いつもと変わらない声色と口調だった。

だからこそ、気づけなかった。

 

「ッ、待て、玉兎!!」

 

「アル!?」

 

アルゴノゥトは走り始める。

アルテミスの声が響くが、気づくのが遅れたせいで反応が遅れる。

神である彼女には分かったのだ。

彼の言葉が嘘であるということが。

 

「玉兎を止めろ!!」

 

アルテミスの叫び声で全員の意識が彼に向かう。

だが、もう遅い。

彼はすでに剣に手をかけていたのだから。

 

「“雷霆の斬光(アルゴ・ケラウノス)”」

 

封印は解かれ、それと同時に雷霆は極光となってアンタレスとその眷属を飲み込む。

その力の奔流に飲み込まれた眷属たちは灰へと変わり死に絶える。

周囲がその衝撃に飲み込まれていく中、アンタレスは変わらずそこにいた。

 

「…………流石に、一筋縄じゃいかないか────ゴボッ」

 

多少の傷はついたが、それだけ。

力を奪ったおかげで耐性でもついているのか、効きが悪くなった。

そして、アンタレスはアルゴノゥトを認識して呪毒を強める。

アルゴノゥトは滝のような血を吐いて、倒れそうになるのを必死に堪えるが、正直立っているのもしんどい。

 

「悪いけど、後は任せた」

 

「ああもう!!無茶するなって言ったでしょ!!」

 

「話は後だ」

 

「行くわよ!!」

 

「ええ、ベート!!」

 

「最速で終わらせる!!」

 

容態が悪化したアルゴノゥトのためにも、英雄たちは駆け出した。

 


 

戦況は、正直芳しくない。

 

「リヴェリア!這い出てきた眷属共の相手を優先させろ!アイズ達に近づけさせるな!」

 

「眷属どもが予想以上に硬い!前衛壁役(ウォール)をいくらか寄越せ!」

 

「ラウル、アキ!リヴェリアのサポートに入れ!」

 

「「はい!」」

 

やはり、戦力が足りていない。

アイズ達を中心としたアンタレスの担当と、幹部以外を中心とした眷属担当。

ヴィーザルやアストレア・ファミリアも半分に分かれ加わっているが、それでも人手が足りない。

地中から出てくる眷属の数が膨大だというのもあるが、それ以上にアンタレスが硬すぎる。

アルゴノゥトが豆腐のように斬っていたから誤解されるが、そもそも並の冒険者では傷一つつけることすら困難な強度を誇っているのだ。

眷属も大型になればそれに近い硬度を持っているし、しかも魔石の処理を疎かにすれば強化種が生まれてしまう。

一瞬たりとも気が抜けないし、一つ行動を誤ればそれだけで全体が崩壊するような危うさがあった。

 

『やっぱ、あいつらだけじゃ手が足りないか』

 

『チッ!』

 

「何か策はあるか、エレボス?」

 

『いいや、何も?だから俺としては、そこの英雄に期待してるところだ』

 

もしここに、全快時のアルゴノゥトがいたら。

戦況は変わるだろう。

だがそれでも、一変はしない。

 

出来ることなら、アルゴノゥトとは別にもうひとり欲しい。

彼と同じだけ動けて、連携が取れて、高火力の技を持つ人物が。

そうすれば、すべては一変する。

 

「はぁ…………はぁ…………ッ、全員一度下げてください。もう一回、アンタレスの眷属を一掃します」

 

「ちょ、その身体じゃ無理だって!」

 

「ヘスティアの言うとおり、今は大人しくするんだ。同じ一撃を放てば、今度こそ君は死ぬぞ?」

 

アンタレスの意識がアルゴノゥトに向けば、更に呪毒は強くなる。

今の毒に犯され弱くなった身体で更に痛めつけられれば、もう戻ってこれなくなる。

 

「それでも、やらないと…………!」

 

「止まってください、アル様!」

 

「やめろ、やめてくれ、玉兎!」

 

戦場に戻ろうとするアルゴノゥトをリリとアルテミスが必死に止めるが、アルゴノゥトは止まろうとしない。

分かっている。

ここでアルゴノゥトが動かなければ、本当に半分は死ぬ。

絶対にアンタレスは倒せるだろうが、無視できないほどの犠牲が出ることになる。

それは、避けたい。

そんな重荷を、彼女に背負わせてはいけない。

 

「倒さなくちゃ、いけないんだ…………」

 

「玉兎………?」

 

「倒さなくちゃ、今度こそ、誰も死なせずに、皆を…………!」

 

「玉兎!」

 

彼は何を言っているのだろう?

彼は一体誰のことを言っているのだろう?

皆とは誰だ?

いや、それ以上に何故そこまで?

 

「お前、何でそこまで…………」

 

「誓ったんだ…………絶対に守るって…………誓ったんだ!!今度こそ、守らなくちゃいけない!今度こそ!今度こそは!!戦って、勝たなくちゃいけないんだ!!」

 

「何を言って…………」

 

「貴女に、一万年分の恋を、届けるために…………!!」

 

【一万年分の恋】。

彼が前にも言っていた言葉だ。

なぜ一万年なのだろう?

なぜ一万年も恋をするのだろう?

アルテミスたちには分からない。

だけど、それでも。

その答えを持っている人物は、そこにいる。

 

「はいはい。気持ちは嬉しいけど、少し落ち着こう。無茶と無謀は違うぜ、オリオン?」

 

身体に力が入らず、思わず倒れそうになるアルゴノゥトを抱きしめながら。

青い人影が、そこにいた。

これ自体に驚きはない。

これまでの特異性を考えれば、ここに突然現れてもおかしくないのだから。

 

「うそ、その声…………」

 

だけど、その声は違った。

ノイズが走ったような、男か女かも分からない声ではない。

美しい女性の声だった。

そして、その声は彼女たちが知っている人物のそれと同じだった。

 

「…………“エルピス”」

 

アルゴノゥトに名を呼ばれた彼女は、“笑った”。

顔の凹凸すらも分からなかったただの“影”から、姿が変わっていく。

青い髪に、翠い瞳。

その特徴を、この場にいる全員は知っている。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!そう、メインヒロインサブヒロインがなんのその!!一万年後に予約済み、勝利確定劇場版パーフェクトヒロイン、エルピスちゃん!!満を持して登場だ!!」

 

アルテミスと瓜二つの彼女は、笑う。

アルテミスが見せることがないような表情と台詞で、自慢げに笑う。

 


 

彼を抱きかかえながら、エルピスと呼ばれたその存在は底抜けに明るく笑う。

その口調や雰囲気はまるでヘスティアのようで。

 

「エルピス……」

 

「なんだい、私のオリオン?」

 

「やっぱり、いてくれたんだね…………」

 

「ありゃりゃ。気づいちゃってたか」

 

「状況がそっくりだったから。そりゃ気づくよ」

 

「それもそうか」

 

エルピスはアルゴノゥトの頬にそっと手を添えながら、額を重ねる。

熱を測るように彼のすべてを調べる。

 

「ありがとう……僕を助けるためにアルテミス様たちを呼んでくれたのも、君でしょ?」

 

「うん。私にはそれくらいしか出来なかったから」

 

「充分過ぎるよ……」

 

「じゃあ充分ついでに。少し眠って身体を休めるんだ。君のことも、他のことも、その間は私が何とかしておくから」

 

「う、ん…………」

 

安心したのか、アルゴノゥトは先程まで強張っていた身体を一転させて意識を失う。

その様子に周囲は一瞬慌てるが、アルゴノゥトの寝息はいつまで経っても穏やかなまま。

毒で苦しんでいる様子なんて、微塵もない。

自身の身体に彼を寄りかからせ慰める彼女を、周囲は驚きと警戒が混じった視線で見つめていた。

 

「お前は…………」

 

『“エルピス”』

 

彼女の正体に関する疑問が上がる前に、ヘファイストスは答える。

彼女の名を呼んで、水晶越しに彼女を見つめながら、すべてを語る。

 

『今はもう決して辿り着かない“いつかの未来”で、オリオンの矢に宿ったアルテミスの残滓とヘスティアの神血(イコル)が合わさったことで生まれた存在』

 

「大正解だよ、ヘファイストス。今は謎解きに興じる時間もないし、素直に行こう」

 

掲げた彼女の手に、フッと漆黒のナイフが現れる。

世界で唯一の神の血を材料にした、鍛冶神のナイフ。

唯一無二の、彼だけのナイフ。

 

「それは、ヘスティアの……!」

 

「違うだろう?確かにこれは神様(ヘスティア)のナイフではあるが、所有物ではない。(これ)は、この子のものだ」

 

アルテミスを睨みつけるようにしながら、彼女は語る。

 

「ボクのナイフって、どういうこと?アルテミスにも言われてたんだけど、ボクはそのナイフに覚えがないんだけど?」

 

「そりゃそうさ、ヘスティア。私達は未来からやって来たんだから」

 

「未来?」

 

『そう、未来。細かいことは後回しにするとして。未来から来たその子は悲劇を変えた』

 

悲劇、そう悲劇だ。

誰も救われないし、誰も喜ばない悲劇を。

彼は変えてみせた。

 

『本来なら、二年後アンタレスの封印が人知れず解けていることを察知したアルテミスが、何も知らずに討伐に行くはずだった。ファミリアは壊滅しアルテミスは取り込まれ、アンタレスを倒すためにオリオンの矢を召喚し、残滓として使い手を探して死ぬはずだった』

 

「未来……残滓、それにオリオンの矢?待て、理解が追いつかない。それじゃあ────」

 

「そうだよ。その未来でオリオンの矢に選ばれ、アルテミス(わたし)を殺して世界を救った悲劇の子。それがこの子だ」

 

オリオンと名乗ろうとした彼。

オリオンと呼ばれるのを嫌がった彼。

何処までも真っ直ぐアルテミスを守ろうとした彼。

今まで点として存在していたそれらが繋がり、一つの線になる。

 

「私をずっと抱えてたせいで、記憶や精神の一部が流入したんだろうね。君がやけにこの子を気にかけて心を痛めたのも、それのせいだよ」

 

「この感情が、この痛みのすべてがお前由来のものだと…………?」

 

「そして、それ以上の感情と痛みを、私達はこの子に背負わせた」

 

それはきっと、アルテミスの罪。

無垢な少年を傷つけ、苦しめた彼女の罪業。

世界が変わろうと、それは決して変わらない。

 

『でも、なんで貴女がここにいるの?ここには貴女が生まれる要因となった天の炎やその他は存在しないのに』

 

「理由は二つ。一つはアルテミスが長期間私を保持したこと。それのせいで残滓が強くなり、存在が戻った。とはいえ、身体がないから今まではアルテミス・ファミリアの夢に時折迷い込む程度だったんだけどね。ちなみにだけど、ベルがここに来たのも多分私のせい」

 

『貴女がここにいるのは?』

 

「それは分からない。こればっかりは、本当に混沌(カオス)が生み出した奇跡としか言いようがないね」

 

ナイフがなぜアルテミスのもとに行ったのか。

残滓がアルテミスに引き寄せられたのか、それ以外の理由があるのか。

いくら推測を並べ立てようと、答え合わせは誰にも出来ないのだから。

考えるだけ無駄だ。

 

『じゃあ、もう一つは?』

 

「もう一つも、そこのバカな月女神」

 

「私が、何をしたと?」

 

ナイフ(わたし)ごと大量に浴びただろう、大精霊の力がたっぷりと宿ったこの子の血を」

 

アンタレスの顎からアルテミスを庇ったときだ。

左腕を喰われ、そこから溢れた血がアルテミス達に降り掛かった。

その時一緒に浴びていたのだ。

彼女が持っていた、エルピスも。

 

「おかげで身体を作れる程度の力が手に入って、それ以降は君達が知っての通りだよ」

 

『大体は理解できた。それで?ここまで出張って、貴女は何をするつもり?』

 

「取り敢えずはこの子の治療。その後にそこの月女神への小言」

 

『治療、出来るのか?』

 

「私には無理。ていうか他の誰も出来ない。だから、この子自身に呪毒に打ち勝ってもらう」

 

『そんなの、どうやって…………』

 

「ヘスティア」

 

エルピスはヘスティアの名を呼ぶ。

そして、アルゴノゥトの身体を支えながら、その背中を彼女の方に向ける。

 

「この子のステイタスを更新してくれ。そうすればきっと、打ち勝てる」

 

「ステイタスの更新って…………他の神の眷属のステイタスは────」

 

「特殊な薬でもないと出来ない。でも、この子のステイタスなら、君は更新できる」

 

「それって…………」

 

「この意味は、分かるだろう?」

 

その言葉に、ヘスティアも覚悟を決める。

周囲には見えないよう配慮しながら彼の背をめくり、親指を噛み切ってステイタスを操る。

そして、その恩恵は確かに動いた。

 

「出来た……!いや、でもそれ以上に、なにこの膨大な量の経験値(エクセリア)!?アビリティが…………ランクアップも出来るし、スキルも…………!?」

 

「全部マシマシで!遠慮せずにやれ!この子なら大丈夫だから!」

 

「ええい、ままよ!!」

 

ヘスティアが見ていたそのステイタスは、まさに驚異的。

全アビリティがSSSに到達しているという化物っぷり。

そのうえで、レベル7へのランクアップも可能となっているのだから。

 

『闇派閥と二大派閥の壊滅。アルフィア、ザルドとの親子喧嘩。都市全土との三日三晩の大洗礼。そりゃ、偉業としちゃ充分過ぎるよな』

 

エレボスがそう呟く。

その感嘆の声を聞いて、誰もが納得する。

 

「出来たよ!」

 

「ありがとう。後は、私達に任せて」

 

彼の身体を優しく抱きしめながら、エルピスは答える。

そして、そのままアルテミスを見つめて、語る。

 

「アルテミス」

 

「なんだ……?」

 

「この子は渡さないよ」

 

敵意に似たそれを、アルテミスにぶつける。

明確な拒絶、明確な隔たり。

 

「この子は“私のオリオン”だ。他の誰に譲ろうとも、君にだけは渡さない」

 

「…………分かってる。その子に抱いていた感情のすべてが、他人(おまえ)のものだということくらい…………」

 

「それは違う」

 

拒絶をしながらも、エルピスはアルテミスの言葉を否定する。

キッと強く細められたその瞳に、彼女を見つめて。

 

「私と君は他人じゃない。この子のお陰でそうならなかっただけで、本質は何も変わらない。だからその感情の全ては、いずれ君がこの子に抱くものだ」

 

「………道はもう、分かたれたはずだ」

 

「ああ、断言してやるよ。私は何度だって、どんな出会いになろうと、きっとこの子に恋をする。この子がオリオンにならなくとも、この子を好きになる」

 

「…………それは、君がそうだったから?」

 

「ああ、そうだ!私は、私はこの子に恋をしてよかった!!」

 

ヘスティアの問いに、エルピスは叫ぶ。

次はきっと一万年後になるであろうその思いを、叫ぶ。

 

「この子に辛い思いをさせたって分かってても、それでもこの子と過ごしたあの短い時間(たび)は幸せだった!!この子が私のオリオンで、本当に良かった!!そのことに後悔なんて一つもない!!」

 

目尻に涙を浮かべながら、エルピスは語る。

 

「オリオンの矢なんて関係ない……一目惚れだったんだよ」

 

「……一目惚れ」

 

「君も、この子じゃない君のオリオンを見つけて。そうすれば分かるさ。私はこの子に出会えて、本当に良かった」

 

エルピスの眼から、一筋の涙が零れ落ちる。

だが、その涙をそっと拭う優しい手があった。

 

「僕も…………」

 

いつの間にか起きていたアルゴノゥトは………否、オリオンは優しく笑う。

慰めるように、笑いかける。

 

「僕も、貴女と出会えてよかった」

 

「…………。」

 

「例え消えない傷を背負っても、あの旅をなかったことになんてしたくない。僕は、一万年後貴女に恋をするその時を、ずっとずっと待ってるから…………」

 

「フフッ…………」

 

オリオンは起き上がる。

立って、戦場を見つめる。

その隣にエルピスも並び立って、二人は手をつなぐ。

 

「でも、流石に一万年は長いから。今すぐ出来るなら、それに越したことはないですよね」

 

「それもそうだね。じゃあ、準備はいいかい?」

 

「もちろん」

 

エルピスの身体は薄くなっていく。

それはこの時間の終わりを示している。

 

「次は正真正銘一万年後だ。だから、その前にこれだけは言わせて」

「僕からも、いいですか?」

 

二人は、声を揃えて誓う。

 

「「次にあった時は───1万年分の恋をしよう」」

 

二人は笑い合う。

二人は、一筋の涙を流す。

 

「行こう、私の英雄(オリオン)!!もう一度、世界を救いに!!」

 

「行こう、僕の希望(エルピス)!!今度こそ、君を救いに!!」

 

そして、二人は手を振り上げる。

 

「マルミアドワーズ」

 

ナイフに雷霆の剣を宿す。

そして、大剣へと変わったそれを彼は躊躇いなく振り抜いた。

 

「“アルゴノゥト・ヘブンズロア”───!!」

 

アンタレスの尾を斬り飛ばすその一撃。

それは『小さな大戦争』では使われなかった必殺の一撃。

数多の困難と絶望を斬り拓く、英雄の一撃。

 

「さあ、反撃の時だ!!我が身は今この瞬間、困難を乗り越え新たな神話となる!!」

 

演者のように、英雄のように彼は語る。

そして、自信を持って彼は名乗る。

もう偽る必要なんてない。

もう騙る必要なんてない。

彼は彼として、戦うのだから。

 

「我が名はベル・クラネル。月女神が愛する『英雄(オリオン)』にして────」

 

金色の光をまといながら、彼は告げる。

 

「ヘスティア・ファミリアの団長だ!!」

 

自信を持って、彼は叫ぶ。

数多の悲劇を断ち切る、その名前を。

 

「ヘスティア・ファミリアの底力、見せてあげるよ」

 

…………

………

……

 

ベル・クラネル

所属:ヘスティア・ファミリア

レベル:7

魔法:

【ファイアボルト】

静穏の園(トランクィリタス・エデン)

【ヘヴンズロア】

スキル

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

英雄運命(アルゴノゥト)

【闘牛本能】

美惑炎抗(ヴァナディース・テヴェレ)

英雄神話(アルゴノゥト・イルコス)

 

月兎奏愛(オリオンズ・フィラレリア)

月女神の加護(アルテミス・ディバル)

・戦闘時、発展アビリティ『狩人』の一時発現。

・『状態異常』『精神汚染』に対する高耐性。

・攻撃時、対象との距離に比例して攻撃力に補正。

 


 

ベル・クラネルが立ち上がったその瞬間を、その人物たちは見ていた。

 

「エロ狐、何も言わずにあの白髪の男に魔法を使え」

 

「こん!?で、でもあの方は一体…………どう見ても────」

 

「何も言わずに、と言ったのが聞こえなかったか?それとバカ息子」

 

「え、僕も!?」

 

「お前もだ。頃合いを見て加われ。お前にエロ狐の魔法は使わせないから、精々死なないようにしろ」

 

「えぇ…………まあいつものことだからいいけど…………」

 

「あと、行ったらフードを目深に被って顔を見られないようにして、一言も喋るな。いいな?誰とも喋らずサソリを倒したらさっさと帰って来い」

 

「なんで?」

 

「なんでもだ。あとエロ狐、あの白髪の男にかけたら次を用意しろ。最初と合わせて数は合計で九だ」

 

「きゅ、九!?い、今の私では最大は七が限界で…………」

 

「気合で何とかしろ」

 

「は、はいぃ……」

 

いそいそと準備を始める二人。

それを尻目に、彼女は戦場を見つめて小さく呟く。

 

「チッ、エレボスのやつ…………」

 

そうボヤく彼女は、いつも通り不機嫌そうだった。

 


 

あとがき

 

まずは久々のQ&Aから~

Q.『初期からヴェルフがいるのになんでヘスティア・ナイフを作ってもらったの?』

A.ああいうのは気持ちが大事だから。ヴェルフの剣とは別に、ベルを一番近くで守ってあげられるような武器としてヘスティア・ナイフが作られた。少しでもベルの助けになりたいというヘスティアの愛情。

 

Q.ヤバそうなベルくんの経歴。エレボス様の指示?

A.エレボス『んなわけねえだろ。あいつらが勝手にやってるだけだ。俺は絶対悪や必要悪ではあるが、「この世全ての悪」ではないからな?』とのこと。

 

さて、こんな感じですね。

ベルくんは色々やらされた結果、ああなりました。

まあ、あれはあくまで14歳の姿。

巡礼時点でのベルくんは12歳ですし、大愚剣はまだ持ってませんよ。

極東のいざこざもまだ。

いつ手に入れるのかは、全部終わったあとにでも設定として書きますね。

 

さて、ではお待ちかね?のイラスト投下~

本当は一枚だけの予定だったけど、思ったより筆がノッて色々描けちゃったから、前回の分も合わせて全部公開~

 

まずはベルくん14歳の姿から

 

【挿絵表示】

 

 

金色の光の正体はこちら~

詳しい経緯とかはまた今度で。

 

【挿絵表示】

 

 

そして、みんな大好きお義母さん

 

【挿絵表示】

 

 

謎のポーズと表情の正体はこれですね。

このポーズ分かる人います?

 

【挿絵表示】

 

 

こうなった経緯はこれ。

字が汚いのはお許しください。

 

【挿絵表示】

 

 

以上、あとがきでした。

 

 

 

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