「アル……!!」
「アルゴノゥト!?」
戦場を見据えながら『ヘスティア・ファミリアの団長』を名乗る彼は、不敵に笑う。
そして身体の調子を確かめ、自らが纏う金光を見つめ、状況を正しく認識する。
「何がどうなってそんな事になってんだか…………でも、それ以上に無茶振りし過ぎでしょ」
あの人の無茶振りなんて今に始まったことではないが、それでも思わず嘆息する。
だが、それと同時に思いを受け止め覚悟を決める。
あの人は無茶振りをすることはあっても、無謀を強制することはない。
出来ると信じているからこそ、あの人はそれを強いるのだ。
「リリ、指揮お願いね」
「…………は!?いきなり!?それにヘスティア・ファミリアの団長って!?」
「心配しないで。ここで全体を見ながら、僕一人を動かせばいいだけだから」
「会話をしましょう!?そもそも何でリリに!?」
「細かいところは僕がアドリブで修正するから安心して。大丈夫、リリなら出来るから」
「指揮なんて出来ませんって!!」
「出来るよ。リリなら出来る。僕は、それを知ってる」
確かな信頼を宿した視線で自身を見つめるその眼を見て、リリは戸惑う。
正直、状況が飲み込めない。
未来から来たとかヘスティア・ファミリアの団長だとか、色々言われて訳が分からない。
そもそも、それが本当だとしても彼が言っているのは二年後の自分だ。
今の自分が同じことを出来るわけがない。
色々言いたいことが湧き出てくる。
なのに、彼の視線がそれを許してくれない。
揺るぎない信頼を宿したその視線に、応えたいと思ってしまう。
ゆっくり息を吐き出して、リリルカ・アーデも覚悟を決める。
「…………無茶苦茶な指示でも、怒らないでくださいね?」
「無茶には慣れてるから大丈夫」
「とびっきり無茶させてやりますから」
「うん。望むところだよ」
ここまで言っても彼は一切揺るがない。
その信頼が重くて、それでも少しだけ嬉しくて。
嬉しさを隠すように、リリルカは厳しい声で指示を出す。
「ランクアップしたてですよね?身体のズレを調整するためにも、最初は取り巻きを殲滅していきますよ」
「了解」
二人は覚悟を決める。
変わらない絆を宿して、ベル・クラネルは駆け出す。
「行きますよ、最初は【
「分かった!!」
ベルは駆け抜ける。
彼女の
今の彼女が自分の知る彼女より強いとしても、三十分も保たないだろう。
「貴様─────!!」
「すいません、今貴女に構えるだけの時間はないんです」
それ以上に、今のベルには時間がない。
感覚で分かる。
自分をこの時代に繋ぎ止めていたのはエルピスだ。
その彼女が自分のもとに戻ってきた以上、長くはこの時代に留まれない。
「
やはり、少しズレる。
何度繰り返しても慣れない『肉体と精神のズレ』。
しかも、ランクアップした直後に階位昇華の恩恵を受けたことで、それはより顕著な形になって現れる。
だが、それら全てを無理矢理黙らせる。
雷霆の剣を用いて体感速度と反応速度を最大限にまで引き上げて、体を無理やり動かす。
「左に100M!近くにいる小型眷属の群れを撃破してそのままマリュー様の範囲回復魔法を受けてください!!」
「ッ!!」
リリルカの指示を受けて、ベルは素早く動く。
道中の眷属共を蹴散らしながら、今まさに
「お願いします!」
「任せて!」
周囲にいたロキ・ファミリア達と一緒に、ベルの身体は癒される。
呪毒はなくなればこそ、これまで傷ついた身体はそのままだった。
それらが今、すべて癒され戻っていく。
「
身体はすべて癒され、ベル・クラネルは全快時の力を遺憾無く発揮出来るようになる。
その光景を、アルテミス達は息を呑むように眺めている。
『なんやねん、あのガキ……』
「あの子は、何なんだ……」
「あの子は…………」
ロキとアルテミス、ヘスティアの呟きが溢れる。
その言葉に、エレボスとヘファイストスは笑みをこぼす。
『さっき本人が言ってただろう?ヘスティアが手を差し伸べ、アルテミスが愛した男』
『喜劇を語り、希望を歌い、理想を描き、未来を繋ぐ───始まりにして終わりの英雄。人類を新たな時代へ導くために生まれた、最後の英雄』
二年後のオラリオにいる、現代で最も英雄に近い男。
古代から息づく、人類の希望が形となった男なのだから。
『さあて、そろそろかな?』
「エレボス?」
意味深に呟くエレボスにヘルメスは疑問の声を上げるが、彼がその声に応えることはなかった。
それよりも前に、事態は危機を迎える。
「そのまま前方を────いえ、一度後方まで戻ってください!!アルテミス・ファミリアが危ないです!!」
「分かった!」
「ダメ、玉兎!!前!!」
アルテミス・ファミリアに、大量の眷属たちが襲いかかろうとしている。
リリからの指示を受けてすぐさまそれらを殲滅するために身体を翻そうとする。
だが、ランテの声で思わず身体を止めるが、その眼前に巨大な黒い鋏が襲いかかる。
「ッチ!アンタレス!!」
思わず舌打ちをしながら、その鋏を受け止める。
ベルを行かせまいと、鋏の重みは増していく。
「邪魔、するなッ!!」
「アルッ!」
「道化!!」
「アルゴノゥト!!」
「こっちはいいからアルテミス・ファミリアをお願いします!!」
アンタレスの足止めだけならベル一人でも出来る。
そう判断しての言葉だったが、それは少し間違いだった。
アンタレスはその独眼から熱線を放つ。
その熱線は一条だけでなく、複数に分岐し周囲一体を焼き尽くそうと躍起になっている。
「先にそっちを潰してください!!」
「アイズさん、ベートさん!!」
「ええ!!」
「ああッ!!」
リリルカの指示を受け、ベルは二人の名を呼ぶ。
そして、それに応えるように二人は詠唱を負え魔法名を唱える。
それに続くように、ベルもその一閃を振り抜く。
「【エアリアル】!!」
「【ハティ】!!」
「【ヘブンズロア】!!」
風の突撃と、炎の蹴撃、炎雷の一撃が交差しアンタレスを襲う。
だが、まだ足りない。
アンタレスはそれらを吹き飛ばしながら、熱線を放ち続ける。
「アル様!!」
リリの悲鳴が響く。
それはベルの身を案じるだけの声ではなく、アルテミス・ファミリアの危機を伝えるためのもの。
「逃げろ!!お前達!!」
アルテミスの叫び声が聞こえる。
だが動けない、逃げられない。
フィン達はアンタレス近くの超大型眷属の相手。
ベル達はアンタレス本体の相手。
リヴェリア達は小型眷属の大群を処理し終えたが、今からでは間に合わない。
悲劇が今、生まれようとする。
「─────ッ!!」
上空から、純白の存在が舞い降りる。
腰に大剣を携えた白い服に、白い団旗。
それらを靡かせながら、その存在は黒き意志を一蹴する。
団旗を振り抜き、アンタレスの眷属を蹴散らす。
舞い踊るように、武器ですらない団旗でそれらを圧倒する彼は、まさしく狂おしき英雄のようで。
その光景が、アルテミス達の眼に焼き付いた。
「【サタナス・ヴェーリオン】────“アンジェラス”」
福音によって悲劇の産声は掻き消される。
鐘が重なるように響き、その音撃は周囲の眷属だけでなくアンタレスすらも吹き飛ばしていく。
砂埃が舞い、誰もが呆気にとられる。
やがて晴れた視界の中で佇んでいたのは、一人の子ども。
「君は…………」
地面に突き刺された団旗は風で靡き、描かれたエンブレムが衆目に晒される。
杖と白き女神を象徴とするそのファミリアを、彼らは知っていた。
「ヘラ、ファミリア……」
純白のコートを纏いフードを目深に被り、顔は伺えない。
身長はヘスティアと大して変わらない程しかなく、まだ幼い。
だがそれでも
この場にいる誰よりも幼い、二次性徴もまだな、ヒューマンの子ども。
「君は、何者だ?」
自身の眼の前に着地した子どもに、レトゥーサは思わず尋ねる。
アンタレスも吹き飛び一時の猶予がある中、その少年は羊皮紙を一つ掲げる。
《味方》
口を開かず、筆談のみで乗り切ろうとするその姿勢に思わず顔をしかめる周囲。
だがアイズ達は、そしてアルテミス達は気づいた。
この少年こそ、この世界の彼であると。
「なんで、君はここに……?」
《あれ 倒すため》
「喋ってくれ。それとも声が出せないのか?」
リヴェリアのその問いに、少年はゆっくりと首を横に振る。
そのまま素早く羊皮紙に文字を書き、それを見せる。
《喋るな 言われた》
「誰に?」
『私だ、愚図共』
少年が懐から出した水晶から声が聞こえてくる。
それはフェルズが作った
遠くを繋ぐ魔道具。
それから声が聞こえてくる。
五年前を最後に今まで姿を見せなかった、あの魔女の声が。
『久しぶりだな、愚図共。それとエレボスとヘルメス、お前らは次会った時殺す』
『あっれ~、なんか怒ってる~?』
「なんでいきなり殺害予告!?」
『私達をお前らのくだらん演出に付き合わせた報いだ』
『あ~、場を盛り上げるために少年が立ち上がるまで来るなって言ったのが原因か~』
「お前の指示かよ!?オレ関係なくね!?」
『
『ハッハッハッハッ!』
「笑ってる場合かエレボス!!」
恐ろしい魔女からの殺害予告に戦々恐々とするヘルメスと対照的に、エレボスはひたすらに笑い続ける。
この状況こそ、エレボスが望んでいた光景なのだろう。
『まあ、そこのクズ共は後にするとしよう。問題はお前らだ、愚図共。たった一人の英雄におんぶに抱っこ。自分たちだけでは蟲一匹殺すこともできんのか』
「…………随分言ってくれるね、アルフィア」
『言い返すか?何を?すべて事実だろうが』
ベルがいなければ、半分は死ぬことになっていた。
その事実すら、彼女にとっては気に食わない現実なのだ。
なぜ自らの子どもが命を尽くして試練となっても、この程度なのかと。
『見るに耐えない有り様だ。とは言え、お前らを信じたその子のことを思えば見過ごすのも忍びない。だから特別に、うちの
傲岸に告げられるは、誰よりも狂おしい援軍。
たった一人で戦況をひっくり返すだけの、最狂。
《言うこと聞いてるのに クソガキ呼ばわり》
『今のお前なんぞクソガキで充分だ』
《ひどい》
『不服なら、あれを倒してレベル6にでもなれ』
少年は溜息を一つ溢す。
そして、起き上がって眷属を喰らい傷を直しているアンタレスを見据える。
今の少年はまだレベル5。
だが、実力はその器に収まるそれではない。
なにより、今は逆境。
古代から封印されている漆黒のモンスター。
ロキ・ファミリアやその他の一流ファミリアが一致団結してもなお倒しきれない古き怪物。
それを相手に、今はレベル5でしかない少年はまだ足りない。
半歩間違えれば命が危ぶまれる矮小な存在。
そんな逆境を前に、少年の
【
・逆境時、全ステイタスに超高補正。
・逆境時、全ステイタスの限界突破。
・逆境時、獲得経験値増加。
・不屈の意思が続く限り効果持続。
・意志の丈により効果向上。
一度でも諦めてしまえば一瞬で効果を失ってしまう、この世で最も脆く儚いスキル。
一度も諦めることがなければ遍く脅威を跳ね除ける力となる、この世で最も凶悪なスキル。
不屈の意志を宿した少年は、眼の前の脅威を見つめる。
不屈の意志を宿した少年は、眼の前の糧を見つめる。
『行け、バカ息子。お前に課す試練はまだ腐るほどある。あの程度の蟲、とっとと潰してとっとと帰って来い』
その言葉は、少年だけに向けた言葉ではない。
この場にいる、もう一人の息子に向けた言葉。
二人の少年は、迫りくるサソリを前に不敵に笑う。
「わかった」
《わかった》
二人の少年は、大剣を構えてそのまま二人だけで突き進む。
「大型眷属がまだ残ってます!アル様はそちらの相手を!」
本当はもう一人の少年にそちらを頼みたかったが、しょうがない。
何せ彼の名前を知らないのだから。
「斬光───」
ここで
ベルは魔法や【
だが、倒しきれない。
この程度で倒せるほど、甘くはない。
「─────」
鐘の音が聞こえる。
【
その瞬間、大型眷属は大きく跳ね飛ばされる。
白衣の少年に一瞬目を向ければ、すぐに分かった。
あの義母ほどの威力はないのだろう。
それでも、彼は無詠唱であの音撃を放ったのだと。
「─────」
白衣の少年が大剣を投擲する。
その大剣は大型眷属の瞳に突き刺さり、放とうとした熱線を封じる。
だが、アンタレスを前にあまりにも無防備なその姿を見て、ベルも動く。
「使って!」
マルミアドワーズを同じく投擲する。
雷霆をまとったその大剣はアンタレスに深く突き刺さる。
入れ替わった互いの武器を求めて、二人は魔物の体躯を駆け上がる。
「「────ッ!!」」
少年は触れた。
この世界では、ベル以外触れることのできないその剣に。
そして、本能的に理解した。
この剣の本質を使い方を。
彼はこの剣を知っていたのだ。
きっと、生まれた瞬間から。
雷霆を纏うその一撃に、鐘の音を乗せる。
今度は【
ベルも同じタイミングで無骨な大剣に手をかける。
これは本当に何処にでもあるような頑丈なだけの大剣。
だが、その全てをスキルと魔法で底上げする。
「「斬光───!!」」
二人の声が重なる。
二人の斬撃が交差するように漆黒の体躯を斬りつける。
「動けェッ、冒険者共ォオ!!」
リリルカの怒号が聞こえてくる。
呆気にとられていただけの彼らに向けて、叫ぶ。
「リリ達の英雄に、続けぇええええええッ!!」
その声に応えるように、二つの大鐘楼がなる。
いっそ喧しいくらいの音なのに、なぜか愛おしく思える不思議な音。
その音に励まされるように、全員が動く。
「行くぞ、ロキ・ファミリア!!」
「ヴィーザル・ファミリアも続くぞ!!」
「アストレア・ファミリア、行くわよッ!!」
鐘の音に応えるように、彼ら彼女らは駆け出す。
そんな彼らを祝福するように、それは届く。
『【愛しき雪。愛しき
それはまるで誰かに当てた恋文のようで。
愛しき彼への思いを歌った詠唱文。
だが、これでは終わらない。
これはまだ始まり。
このあとに続くは、最凶の魔女を推して“
『【──大きくなれ】【其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を。──大きくなれ】【
これはまだ、世界が知らない反則の御業。
『【ウチデノコヅチ】』
やはり、九には届かなかった。
数は元々付与されていたベルを含めて合計で八。
それでも己の限界を超えた以上、これは偉業だ。
ま、アルフィアがこれに満足するかは別の話だが。
「これって…………」
「付与魔法?いや、なんだ力は!?」
付与された対象は七名。
ロキ・ファミリアからフィン、リヴェリア、ガレス、アイズ。
ヴィーザル・ファミリアからベート。
アストレア・ファミリアからリュー、輝夜。
この七名は限界を超えて、未知の領域へと強制的に誘われる。
「ん?ああ、これ読めばいいのね。《それ 強化幅すごい ランクアップと同じ ズレ 起こる》だ、そうです」
少年はベルに紙を渡してそれを読み上げるよう促す。
そこで読み上げた内容はその魔法の注意事項。
金色の光は祝福である一方、使い方を誤れば破滅の光となってしまう。
「少しの間は僕たちが引き受けるので、身体を慣らしてください」
そう語るベルを、少年は少し訝しげに見つめる。
やはり、彼は慣れている。
この大幅な強化を、すでに体験している。
(…………ま、どうでもいいか)
その疑念を少年は切り捨てる。
どうせ今は関係ないのだから。
今は、あのサソリを殺せるならどうでもいい。
「行くよ…………って、もう限界かぁ」
入れ替わった互いの武器を再び投げて、元に戻す。
再び攻撃に移ろうとするその前に、ベルは自身の身体の変化を悟る。
見れば、身体は半ば透けて消えかかっている。
もう、時間が訪れたようだ。
「ごめん、後はお願い」
ベルは少年にそう告げた後、最後にアルテミスの方を見つめる。
「玉兎…………」
「………………。」
ベルは何も語らない。
ただ彼女の姿を目に焼き付けるように見つめた後、薄く微笑む。
白衣の少年はアンタレスに向かっていく。
アイズ達も、それに続くように向かっていく。
古代の英雄たちは、現代の英雄候補達は。
希望の未来を掴むため、絶望の象徴たるサソリに立ち向かう。
それを見届けたベルは、やはり笑う。
自分がしたことは、少なくとも間違いではなかったのだと。
そう信じて、最後の一撃を構える。
「“マルミアドワーズ”変換───擬似神造武器“オリオンとアルテミスの矢”」
ナイフを大弓に、炎と雷霆の力を矢に変えて、ベルは構える。
その大弓は金色に輝き、アルテミスを象るようで。
その矢は彼女を救った狩人のようで。
マルミアドワーズ以外で、ベルが強くイメージできる愛しき彼女の象徴。
「いつの日か、貴女が彼に恋できますように」
彼に恋して欲しいという、ほんの些細で身勝手な願いも込めて。
ベルは、その弓弦を引き絞る。
「玉兎…………」
その光景を、アルテミスは見届ける。
でも、彼の名は呼ばない。
名を呼ぶべき彼は、きっと彼じゃないから。
オリオンとも呼ばない。
彼は“アルテミスのオリオン”ではない。
彼女がオリオンと呼ぶべき存在は、彼ではない。
「“
その一撃はすべてを越えていく。
【
その一撃は、確かにアンタレスの瞳を撃ち抜く。
「さようなら…………私の可愛い月兎」
その一撃を最後に、彼は姿を消した。
元の世界に戻ったのだろう。
彼への恋ではない思いを込めて、アルテミスは呟いた。
「─────ッ!!」
「使って!!」
彼の一撃を受けてもなお、アンタレスは倒れない。
必死に身体を震わせ、それでも眼の前の彼ら彼女らを蹂躙しようとする。
彼が残した雷霆の矢は残ったまま。
だったら、少年ならそれを使える。
アイズの剣は彼の血と髪で出来た精霊の力を宿せる剣“ラクリオス”。
彼ならそれを、十全に扱える。
「力を貸せ」
傲慢に告げる彼は、少年とは少し違って。
それでも変わらない思いと優しさを宿して、その剣を引き抜く。
「“
雷霆がほとばしる。
光が周囲を満たす。
誰もが眼を瞑るほどの光でも、アルテミス達は決して目を閉じなかった。
足りない。
まだ足りない。
彼の力だけでは足りないのだ。
少年は、力を使い果たした雷霆を手放し、自らの大剣に手を伸ばす。
「【
それは、追加
最初と同等の威力を発揮できる、アルフィアと同じ魔法。
その一撃を、大剣に乗せて。
「吹っ飛べ──!」
アンタレスの抵抗を受けて、大剣を握る右腕が血に濡れる。
軽鎧を身に着けてはいても、意味をなさないくらいに強力な熱線を受ける。
それでも、彼はその手を離さない。
大剣が砕けた。
そして、それと同時にアンタレスの身体も両断される。
「─────ッ!!」
アルテミス達は光を見つける。
そして、確信を抱く。
彼は、彼こそが、最後の英雄であると。
そして、いつかの未来で────
灰になって消えていくアンタレス。
それを眺めながら、白衣の少年は溜息を溢す。
手に持った大剣は砕けた。
そこそこ高かったのにと思いながら、どうしようもないと諦める。
これで何本目になるか。
“斬響”を使うといつもこうだ。
あれに耐えられる一振りがほしいと願いながらも、それは高望みだと知る。
やっと一息ついて、そして周囲を見渡すと、彼がいないことに気がつく。
《あの人は?》
「ん?」
振り返って、再び紙に書いたそれを見せる。
それでようやく彼らもあの人物がいないことに気づいたのか、探し始める。
見つからない。
そして、思い出せない。
「いないね…………いや、そもそも誰がいたんだっけ?」
「【最悪】だろう?オラリオを混沌に貶めた…………どんな奴だったか……」
「えっと、ヒューマン?あれ?エルフだっけ?そもそも男だっけ?女だっけ?」
「…………思い出せんな」
誰かが諦めたように、心の底から惜しむようにそう呟いた。
少年もその人物を思い出せない。
残された残滓も全て少年が使ってしまった。
なら、もう手がかりは何も残っていないだろう。
「って、何処行くの!?」
《帰る》
「いやいやいや!腕、血、怪我!治療するから待ちなって!」
《いらない》
少年は彼らの背を向けて歩き出す。
その歩調はゆったりとしており、疲れを滲ませている。
アリーゼは治療をするために引き留めようとするが、少年はそれを跳ね除けて歩いて行く。
「…………もう、行くのかい?」
いつの間にか来ていたヘスティア達。
彼女は残念そうに、少年に尋ねる。
少年は振り返ることなく、頷いた。
「また、会えるか?」
アルテミスはそう尋ねる。
少年は一度だけ足を止めて、応える。
「二年後」
少年は呟く。
いつかの未来を語る。
「二年後、僕もオラリオに行きます。だから、その時まで」
少年は振り返る。
フードの下から、誰かを思い出させるような白い髪と深紅の瞳を覗かせて。
穏やかに、笑う。
「またね」
そして、少年は思い出す。
(あ、喋るなって言われてたんだった)
少年が去っていった後を、アルテミス達は見つめていた。
「レトゥーサ」
「はい」
近くにいる団長の名を呼ぶ。
真剣な顔をした彼女だが、やはり付き合いが長いため女神が何を言うのか分かっているのだろう。
口元が、ほんの少し笑っていた。
「今回の件で、私達は力不足だった」
「はい」
「それを補い、さらなる力をつけるために、暫くはオラリオを拠点として活動をすることにする」
アルテミスは、レトゥーサたちの方を見ることなく語る。
その表情はレトゥーサたちからは見えないはずだが、それでも分かる。
「世界中のモンスターを狩るという信念は変わらない。それに必要な力をつけるためにも────」
「取り繕わなくていいですよ、アルテミス様」
レトゥーサは笑う。
アルテミス・ファミリアは笑う。
彼女たちを察して振り返ったアルテミスも、笑っていた。
「あの子にまた会うために、私達も頑張りましょう」
「────ああ」
アルテミスは笑う。
未来を変えてしまった彼を思って。
変えられた未来にいる、彼を想って。
今度こそ彼に、一万年分の恋をするために。
…………
………
……
…
「すいませんすいませんすいません!!最後の最後で言いつけ忘れて本当にごめんなさい!!」
「だからお前はいつまで経ってもクソガキなんだ、バカ息子が!」
戻って早々、
育ての親であるはずなのに、そこに一切の手加減などはない。
「まったく、次からは気をつけろ」
「はぁい…………って、今日はやけにあっさり許してくれるんだ?」
「元々、混乱を避けるためだけのものだったからな。アレがいなくなった時点で大した意味は持たん」
「アレ?」
「…………なんでもない。忘れろ」
アルフィアはそう言い捨てると、
「おい、いつまで寝ているつもりだ、エロ狐。いい加減起きろ」
「はぅ!は、春姫は当分動けそうにございません……。つきましては、お、お姫様抱っこを…………」
「そうか、よく分かった。光栄に思え。団長手ずからお前を引きずってやろう」
「え!?あ、ちょ!!だ、団長様のお手を煩わせずとも!!そ、その!!」
「お前の魂胆など見え見えだ、エロ狐。【ココノエ】とかいうふざけた詠唱文の魔法を発現させたかと思えば、この前は【
「あ、ちょ、その、違うのです、お義母様!」
「誰がお義母様だ!?」
狐の少女の首根っこを掴んで、文字通りそのまま引きずっていくアルフィア。
その様子を眺めて溜息を溢しながら、少年も後を追う。
「そう言えば、エロ狐。お前の故郷は今貴族同士の争いとモンスターで荒れていると言っていたな?」
「は、はい……極東と朝廷は今、そのような現状ではございますが……」
「丁度いい。ヘラと合流した後、そのまま極東へ向かうぞ。モンスター殲滅のついでに役立たずの朝廷を転覆させてこい」
「朝廷転覆!?」
「なんで!?また色んな国から出禁になるよ!?」
「知るか、どうでもいい。ほら、とっとと行くぞ。ヘラが焦れて暴れ始める頃だ」
「あ、ちょ、お義母さん!?」
先を急ぐ義母の背を追い、少年も行く。
彼の困難はまだ続く。
取り敢えず、今はそれでいい。
次に会うのは、二年後。
決して、一万年後ではないのだから。
番外編
【英雄が眠る玉座で】
気がつくと、そこはオリンピア。
ベルは身体の具合を確かめながら、歩いて行く。
身体は半ば透けており、今まで以上に不安定。
あと十分もしないうちにまた消えるだろう。
そして、今度こそ元の時代に帰るだろう。
それは分かる。
分かっている。
でも、それでもベルは彼を探して歩く。
かつての約束を、果たすために。
(いた…………)
荒れ狂う天の炎を監視するための席。
彼のために誂えられた玉座で、彼は眠る。
大英雄エピメテウス。
もう決して救われることはない、古代の大英雄。
ベルが誰よりも敬愛する、偉大なる英雄だ。
眠っている彼に出来ることはない。
ベルは何も出来ない。
今更起きて話すことなど、出来るわけもない。
それでも、ベルは懐から取り出した一冊の本を彼の膝下に置く。
その本の名は、『エピメテウス』。
ベル自身が書いた、エピメテウスを称える叙事詩だ。
「…………クゥッ」
悪夢を見ているのか、苦しげに声を漏らす彼の頭を、ベルは優しく撫でる。
もう決して正しい道には戻れない彼を思い、ベルは顔を歪める。
『――アクロの丘、始まりの火。祈り続けていた男は炎剣を抜き、英雄を始めた』
『滅した魔物は万軍では足りず。覇者は唯一人、
『絶望を忘れた都は、勇者の凱旋に歓声を上げた。男は、丘の上で涙し、微笑みを讃えた』
『男は誇った。かけがえのない笑みを守った事を』
『男はなお、誇っていい。汝が守り、残した種は、未来に花を咲かすだろう』
『エピメテウスは哀れな娘を救った』
『エピメテウスは魔物から亡国を取り戻した』
『嗚呼、エピメテウス。汝こそ真の勇者なり』
彼を称える詩を歌う。
彼自身が決して認めない詩を歌う。
リューレも何もない、誰の耳にも届かない寂しい詩を、それでも歌う。
『───嗚呼、エピメテウス。貴方は只人、誰よりも優しい愚者』
『───嗚呼、エピメテウス。貴方は大英雄。貴方こそ、真なる英雄』
僕が愛した、偉大なる英雄。
…………
………
……
…
エピメテウスは目を覚ました。
誰もいない、いつも通りの光景。
だが、いつもと違い、自身の膝の上に一冊の本が置かれていた。
「なんだ、これは?」
『エピメテウス叙事詩』と書かれた本。
それを見たエピメテウスは、忌々しげに顔を歪める。
「チッ!」
プロメテウスが来て置いたのだろう。
どうせ自分を貶める事が書かれた下らない書物なのだろう。
そう思ったエピメテウスは、それを背後で燃える天の炎に投げ入れようとする。
「…………。」
だが、その寸前でエピメテウスは止まる。
これは、燃やしてはいけない。
これは、燃やすべきではない。
これは、プロメテウスに繋がるかも知れない手がかりなのだから。
これは、いつかの約束なのだから。
結局、エピメテウスがその本を読むことはない。
だけど、捨てることもなかった。
その玉座の上に、一度も開くことなく置かれ続けるだけ。
何も変わらない。
何も変えられない。
でも、一人の少年が起こした小さな奇跡は。
大英雄の何かを、人知れず救った。
誰も、本人すらも、気づかぬままに。
あとがき
さ、これでオリオンの巡礼は終わり。
あとはエピローグですね。
最悪世界のベルくんが破茶滅茶をしますので、お楽しみに
さて、前回忘れてたQ&A
Q.『最悪世界線のベル君はアルフィアに育てられた結果春姫といっしょにぶっ壊れたって認識でOK?』
A.オッケー!
Q.『ロキファミリアでは後進に譲るとか老いて限界とか言っていたノアールたちもランクアップして参加しているのかな?モルドさんやミア母さんは?』
A.ノアールさんやミア母さんは生きてるけどそのまま。ノアールさんは多分のんびり門番でもやってると思う。モルドさん?多分本編よりは強いと思うけどレベルは据え置きだと思う。
Q.『春姫が
A.色々あった。詳細は次回ですが、掻い摘んで話すとレベルブーストの経験値半減が露見して半ば役立たず認定された。結果、アルフィアに素手での戦闘を叩き込まれ、【
【
・魔法使用時、『魔力』『耐久』に高補正。
・魔法使用時、『力』『敏捷』に弱化補正。
・魔法非使用時、『力』『敏捷』に高補正。
・魔法非使用時、『魔力』『耐久』に弱化補正。
要するに、魔法使わないなら怪我もせずに相手ブチのめしますよ。
魔法使うならベルと一緒に命賭けますよ。ベルと一緒に最後まで戦いますよ。
っていうスキル。
【ココノエ】を発現させた時、一ヶ月アルフィアの眼が冷たくなって、【
ま、何だかんだでアルフィアもヘラも春姫さんかわいがってるから大丈夫よ、きっと。
以上、あとがきでした。