道化の愉快な仲間たち   作:UBW・HF

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オリオンの巡礼~エピローグ~

 

ベル・クラネルが目覚めると、知っている天井がそこにはあった。

ようやく見知った天井を見てホッと息を吐いたが、すぐに身体の具合を確かめる。

呪毒は感じないし、傷も見る限りない。

最早記憶の彼方だが、服も寝る前と同じはずだ。

そして、神様の刃(ヘスティア・ナイフ)も変わらず腰元にあった。

 

「あれは……、夢?」

 

すべて夢だったのではないかと思えるくらい、何も変わっていない。

今となっては、あれが本当にあった出来事なのか確かめるすべもない。

まだどこか目覚めきらない頭で、ボンヤリとそんな事を考えていると、外から大きな破壊音が響いてきた。

 

その音に彼は最悪の可能性を考える。

ここはまだ自分のいた世界ではないのかも知れない。

あるいは、いた世界ではあるかも知れないが自分がいない間に何かあったかも知れない。

 

あるいは、自分が時を超えた反動で何か厄災が訪れたのかも知れない。

 

悪い方向に考えれば、際限はない。

ベルは顔色を青くさせながら、玄関に向かって走り、その扉を勢いよく開いた。

 

「朝っぱらから騒ぐな、小娘共」

 

「くッ!お、おのれ……」

「これで、10戦10敗……いまだ傷一つつけることすら叶わず……」

「で、ですが諦めませんよ……!」

 

「黙れ、変態ども」

 

「あの、なんで私まで……?」

 

「うるさい、変態予備軍」

 

扉を開けた先にいたのは、地面に突き刺さっているベルへの愛が重い三人(アイズ・ティオナ・レフィーヤ)+リュー。

当然彼女たちにそのような仕打ちをしたのは何よりも恐ろしい愛しき義母。

拳骨を構えながら威圧する彼女はまるで姑のようで。

いや、これ以上考えたら絶対に不機嫌になるからやめておこう。

 

「大体、力量差も分からんのか?いい加減勝てないと理解しろ」

 

「か、勝てなくても挑まないわけにはいかないんです!!ベルの貞操を狙うケダモノが多くいる以上、一刻の猶予もないんですよ!」

 

「お前が言うな、ケダモノ筆頭」

 

「諦めませんよ!いつか貴女に勝利し、ベルはいただきます!二つの意味で!!」

 

「本当に黙れ。あと、お前らには死んでもやらん」

 

「だからなんで私まで!?」

 

騒がしくなる四人。

それを見て煩わしそうにしているアルフィア。

懐かしい日々が、そこにはあった。

 

「ん?なんだいたのか、ベル」

 

「ベル!嫁イビリがヒドイんです!慰めて────」

「調子に乗るなよ、変態」

 

「おはよう、ベル」

「おはようございます、ベル」

 

「今日もいい天気ですね。…………こんな状態で言うのもアレですけど」

 

ベルに気がついて、笑いかけてくれる彼女たちがそこにいる。

変わらない日々を過ごすように、“おはよう”と言ってくれる彼女たちが、そこにいる。

 

「おはようございます、ベル様」

「おはようございます、ベル殿」

「お早いですね~、ご先祖様達は」

「おぉ、ベル。おはようさん。朝飯出来てるぞ~」

 

「おぉ、おはよう、ベル!朝の抱擁だ!」

 

「おはよ~、ベルくん……って、またかよ!?」

「アルフィア様!庭に穴開けないでってお願いしたじゃないですか!」

 

「お前らもだ、クソバカ共!!やるなら場所を選べ!!」

「ま、また出遅れた……ックゥ!!」

「ックゥ!!じゃねえよ。あれに参加しようとすんな」

 

変わらない家族達が、そこにいる。

 

「ハハッ……アッハッハッハッハッハッ!」

 

そのすべてが可笑しくて、嬉しくて。

ベルは声を上げて笑う。

どれだけ過去で戦おうとも変わらない未来が、そこにはある。

彼が生きる世界が、ここにはある。

 

「ねえ、お義母さん、おじさん」

 

「なんだ?」

「どうかしたか?」

 

育て親を呼ぶ。

突然笑った後に呼ばれて少し戸惑いながらも、二人は返事をする。

その事実が、やっぱり嬉しくて。

 

「七年前、僕を選んでくれてありがとう」

 

「…………はあ?」

「いきなりどうした?」

 

「なんでもないよ。ただ、言いたくなっただけ」

 

あの時、世界よりも自分を選んでくれた。

そのことはベルにとって変えられない罪の証だ。

でも、それ以上に彼女たちの愛の証なのだから。

 

罪を償うために、彼女たちの愛が正しいと証明するためにも、ベルは笑う。

笑って、戦い続ける。

 

「ん?スンッ、スンスンッ、おい、ベル。お前変なもんでも喰ったか?」

 

「え?なんで?」

 

「毒みたいな匂いがするぞ。大事ないだろうが、一応気をつけとけよ」

 

「毒……?」

 

「…………?」

 

近くに来て鼻を鳴らすザルドにそう言われ、ベルは首を傾げる。

毒と聞いて思い浮かぶのはアンタレスの呪毒。

だが、なんでそんなものが?

まさか、あれは─────

だが、そこで一度思考は途切れる。

 

「おい、ベル」

 

「なあに?」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「「あっぶなぁ!!」」

 

いきなり福音を撃ってくる義母。

当然、匂いを嗅ぐために近くに来ていたザルドも巻き添えを喰らいそうになる。

二人でそれを辛うじて躱すと、もちろんアルフィアに文句を言う。

 

「なんでいきなり福音(ゴスペル)!?なにかした!?」

「ふざけんなよ、テメエッ!!ヒステリックも大概にしろ!!」

 

「ザルドはともかくベルに撃つな!可哀想だろう!」

 

「俺も可哀想だろうが!」

 

「黙れ。朝から雑音を撒き散らすな。それよりもベル」

 

「それよりもってなんだ!?文句くらい聞けや!!」

 

「それよりもベル」

 

ザルドの文句を無視するように重ねて言うアルフィア。

理不尽はいつものことだが、これは流石にない。

ベルも文句を言おうとしたその時だった。

 

「お前、いつの間にランクアップした?」

 

「…………え?」

 

「あぁ、そう言えば昨日と動き方が違いますね」

 

昨日までのベルだったら、アルフィアの不意打ち福音(ゴスペル)は躱しきれずに喰らっている。

雷霆の剣を使用していればまた別だが、素のスペックでは無理なのだ。

だが、今のベルはザルドと一緒にそれを躱してみせた。

それはつまり、ランクアップしそれに適応していることの裏付けになる。

 

「ランクアップ……?」

 

「いつの間にしていたんだ、ベル?凄いぞ、流石私の孫だ!」

「ヘスティア、そういうことはキチンと報告しろ、この駄女神が」

 

「してないしてない!昨日はベルくんのステイタス更新してないよ!?」

 

「お前以外に誰がランクアップまで出来るんだ」

 

単純な更新だけなら更新薬を使えば神なら誰でも出来るだろうが、ランクアップ出来るのはステイタスを施した主神だけだ。

つまり、ベルをランクアップさせられるのはヘスティアだけ。

だが、当の本人も知らないと言っている。

 

「…………やっぱり、夢じゃなかった?」

 

ランクアップをしているという現実が、ベルに過去を突きつける。

あの行いはすべて夢ではないのだと、ベルに知らしめる。

 

「ベル、お前何をした?まさかお前自身も知らないとは言わんだろうな?」

 

「え?あ、うん…………ちょっと、色々あってね。七年前で、色々と…………」

 

「七年前?」

 

「七年前?七年前、七年前七年前七年前…………」

 

七年前という言葉に、聞いたアルフィアだけでなく何故かリューも首を傾げている。

特にリューは思い当たるフシがあるのか、ブツブツと呟いている。

そして、やがて思い至ったのか声を上げる。

 

「あッ!!」

 

「うるさい」

 

「理不尽ッ!!」

 

そして、うるさくして当然アルフィアに殴られる。

とはいえ、アルフィアも手加減していたのかそこまで堪えていない。

 

「本当に理不尽すぎません……?」

 

「うるさい。思い当たることがあるなら静かに言え」

 

「そうでした……ベル、貴方七年前オラリオに来ませんでした?」

 

「何を言うかと思えば……行くわけないだろうが。その時のベルはまだ七歳だぞ。アルフィア達が許すとでも?」

 

「いえ、7歳のベルではなく、14歳のベルです」

 

「はあ?」

 

「おっと、これは予想外だぞ~……」

 

思わずアルゴノゥトとしての口調が飛び出るくらい驚くベル。

覚えていないと思っていたら、まさかこのタイミングで思い出すとは。

 

「リューさん、もしかして覚えてたんですか?」

 

「覚えてたというか、今思い出したというか……あぁ、でも私がこの調子だと多分そろそろ────」

 

リューがそう呟くと、丁度門が勢いよく開かれる。

そこには着の身着のままの服と髪で、息を切らしながら走ってきたアーディ達が。

 

「まさか…………」

 

「アルっ!!」

 

「ちょ、アーディ!落ち着いて!」

 

「アルっ、アル、アル!!」

 

取り乱したように、ベルを“アル”と呼びながら縋り付くアーディ。

アリーゼや輝夜、ライラたちはアーディを止めようとしながらも、どうすればいいのかという戸惑いを浮かべている。

そして、縋りつかれているベルは冷や汗を浮かべている。

 

「うるさい」

 

福音拳骨(ゴスペルパンチ)が炸裂するまで、あと1秒。

 


 

『さてと。それじゃあネタバラシをしようか』

 

『過去へやって来た道化は悲劇を変え、家族を救い、自分自身もささやかな救いを得て帰っていった』

『ま、過去の彼女たちはそのすべてを忘れてしまったわけだが』

 

『前提として、《過去は改変できず、未来は確定せず》。過去の方は今回どうでもいいな。道化が来た時点で、あいつの来た未来へは繋がらなくなったんだから』

『いや、そもそもあいつの過去ではなかったのか。あいつらは、子供を選んだんだから』

『最初から子供を選んだ親としてのアイツラ。その世界を見れたそっちの俺が、少し羨ましいよ』

 

『っと、湿っぽくなったがそれはそれ。未来の話をするとしよう』

『過去は改変できずとも、未来は確定しまう。変わった世界とは言え、未来は未来なんだから』

 

世界(カオス)は、それを許さなかった』

『ズルをして無理矢理覚えていた親バカもいるが、あれは例外』

『力技でズルをして、突破しただけなんだから』

 

『ありきたりな言い方をすれば、“世界の修正力”ってやつだ』

『親バカ以外の全員が忘れたのは、そういうわけだ』

 

『《過去は改変できず、未来は確定せず》───だけど、未だ来ていないどんな未来も、過ぎ去ってしまえば変えられない“過去”となる』

『知ることを許されない未来が過去となった時、あいつらの記憶はどうなるんだろうな?』

 

『ま、答えは分かりきってるな』

『あいつが過去に来ている間は覚えていられた時点で、明白なんだから』

 

『とはいえ、乙女達の物語の結末を望む諸君からしてみれば、これはとんだ《結末暴露(ネタバレ)》だ』

 

『平にご容赦を…………ってな』

 

邪神は冷たく笑う。

悪神は愉快に笑う。

自身も越えていった彼が笑う未来を思い、笑みをこぼす。

 

…………

………

……

 

「…………寝ている間に、過去に行っていた?」

 

「うん。七年前のオラリオの暗黒期に」

 

朝食を取りながら話をする面々。

突拍子もないこと言い出した息子にアルフィアは呆れるような視線を向けるが、この子供が常識外なのは今に始まったことではない。

その話が本当なら整合性は取れているし、何よりヘラもヘスティアも何も言わない以上、嘘はついていない。

ならば、本当のことだと見て間違いない。

 

「それで?そっちのお前らはその時のベルにあったと?」

 

「はい!“アル”って名乗るベルくんと!」

 

「でもそれ、多分僕じゃないですよ?」

 

「え?」

 

力強く断言するアーティだったが、思わぬところで梯子を外されて呆気にとられる。

だが、ベルの説明はまだ続いていた。

 

「多分、同じように別の未来から来て過去を変えた“僕”だと思います」

 

「別の未来から?」

 

「よく思い出してください。その時見た僕、変じゃなかったですか?」

 

「あぁ~、言われてみれば、饒舌に話す私を見て少し戸惑ってたような……」

 

「それに、私達を見て驚いてたよね?」

 

「多分ですけど、五年前のジャガーノートの一件で、皆さんが全滅した未来から来た僕だと思います」

 

自身の推測を話すベル。

それを聞いて、リュー達も思い至ることがあるのか考え込む。

 

「私に戸惑ってたのは?それに、なぜ私達ともっと関わりを持たなかったのです?」

 

「前者は多分、前世のことを覚えてないから。僕だけじゃなくて、全員。様子を聞いた上での推論でしかないですが、的外れでもないはずです」

 

「後者は?」

 

「後者は多分、言いくるめられたから。お義母さんに育てられてたのかも怪しいですし、掻き回されたくない神に何か吹き込まれたんでしょう」

 

「それっておかしくない?だったら、そんな面倒なことせずとも、最初から何もするなって言えばいいじゃん。理由なんていくらでもでっち上げられるんだから」

 

「僕が来たことで、世界が好転する可能性や影響力に期待したんだと思いますよ。でも、決めた大筋(レール)からは外れたくなかった。だから、ある程度は自由にさせつつも行動は制限した」

 

「誰がそんな面倒な真似を?」

 

一柱(ひとり)いたでしょう?そういうことをしそうな、底意地の悪い神が」

 

「────エレボス」

 

アルフィアのそのつぶやきで、アリーゼ達も分かった。

思えば、あの絶対悪の言動は少し妙だった。

 

「なるほどな。私達がお前を選んだことをやけに嬉しそうにしてたのは、そういうことか」

 

「そう言えば、私がアーディを助けられたのは直前であの絶対悪に誘導された結果でしたね……ってことは」

 

「真偽は分かりませんが、そっちの僕が驚いていたのを見る限り何かの拍子に亡くなってたのかも。例えば子どもの自爆に巻き込まれて、とか」

 

その推論は恐らく正しい。

そうでないなら、エレボスがリューを誘導する理由がないのだから。

 

「てことは、ベルくんは私達が会ったアルとは別人ってこと?」

 

「別人ではないな。同一人物だ。お前らは過去の自分を別人と定義するのか?」

 

「しませんけど、そういう話じゃ……」

 

「そういう話だ。多少選択が前後した程度で人は変わらん。表面的なものこそ違えど、本質は揺るがない。だったらそれは、“同じ存在”だ」

 

それは神の視点からの物の見方であり、アーディたちには受け入れがたいもの。

しかし、それは間違いではない。

ここに来てアリーゼやアーディ達と関わり、結果的に救った彼は間違いなくベルなのだから。

 

「でも、少なくともここにいる僕ではないです。僕が行った過去は、この世界とは違ってたから」

 

「…………何があった?」

 

「お義母さん達が気の迷いを起こさず、絶対悪を選んだ。それが気に喰わなくて、大喧嘩した」

 

その話を聞いて、ザルドとアルフィアは鼻白む。

それはベルに対してではない。

結果的に子供を傷つける選択をした、その世界の自分に対してだ。

 

「どうなったんだ?」

 

「勝ったよ。勝って、無理矢理会いに行かせた」

 

「よく勝てたな」

 

「おじさんには最後の撃ち合い投げ出して不意打ち喰らわせて、お義母さんには初手から魔法封殺使った上でフレイヤ様に協力して貰って【美惑炎抗(ヴァナディース・テヴェレ)】で完封した」

 

「容赦ねえな、お前!!」

 

予想以上に最狂最凶(ヘラ・ファミリア)をしていたベルに思わず叫ぶザルド。

だが、それを咎めるマネはしない。

ザルドもアルフィアも、その行動を否定したりなどしない。

 

「それでいい。それが善か悪かは後の世が決めることだ。お前がそこまで深く悩み心を痛める必要はない。そもそも、私達が育てた今のお前にそれ以外の選択肢などありはしない」

 

「間違いじゃねえから安心しろ。俺達が過去に行っても、おんなじことやってる。俺達は、お前を選んでよかった」

 

「だから、そんな顔をするな」

 

自分がどんな表情をしていたのか、それはベルには分からない。

でも、この二人がこういうってことは、見るに耐えない表情だったのだろう。

だからこそ余計に、その言葉が嬉しかった。

 

「うん……ごめんね」

 

「阿呆が。謝ることでもない」

 

少しだけ染みるその空気に、一瞬だけ静寂が訪れる。

でも、ベルは零れそうになる涙を拭って、笑う。

笑わなければ、いけないのだから。

 

「にしても、七年前とはいえ俺達に勝ったか。だったら、ランクアップしてもおかしくは…………いや、少しおかしいな。いくらベルでもそんな簡単に行くわけがねえ」

 

「二年前にも飛んで、そこでアンタレスと戦いになったから。アルテミス様たちを逃がすために毒を受けながら一人で戦ったんだ。結局、封印しか出来なかったし、毒のせいで討伐戦はまともに戦えなかったけど」

 

「それも充分おかしいだろ。なに漆黒のモンスター一人で封印してんだ」

 

「アンタレスも寝起きみたいな感じだったから」

 

「だとしてもだろ」

 

「それ以外にも、ベートさんやガレスさん拉致って一緒に闇派閥(イヴィルス)壊滅させたり、色々悪巧みしてそうな連中潰したり、ルドラ・ファミリア全員捕まえたり、色々と。多分、向こうだと27階層の悪夢も起きないですよ」

 

「それは…………よかったです」

 

「ヘファイストス様に情報大量に残してきましたし、悪いようにはならないはずです」

 

「あぁ…………あの性悪か」

 

「前々から気になってたんだけど、なんでお祖母ちゃんはヘファイストス様と仲が悪いの?」

 

「昔一悶着あったんだよ。聞かないでやってくれ」

 

ヘファイストスの話題を出されて不機嫌になるヘラを慰めながら、ヘスティアは語る。

ヘファイストス側からもヘラを嫌っているようだし、本当に何があったのか。

 

「ベル」

 

「なんですか?」

 

「お前、セレニアも助けただろう」

 

「…………なんで分かるんですか?」

 

「さっきから私と視線を合わせないからな。バレバレだ。気にしなくていいぞ。そういう未来もあった、それだけの話だ。私は私の未来を生きる。お前がそれを心苦しく思う必要はない」

 

自分勝手に動いて、そこのことに後悔はなくともその未来を知った彼がどう思うのかは分からない。

過去は改変できず、なのだから。

だから、このことを言うつもりはなかったのに。

それを知ってもなお彼は静かに受け入れた。

強く凛々しい彼に、ベルは心の底から尊敬の念を抱く。

 

「過去は消えずとも、受け入れて新たな未来を歩むことは出来る。今のベートには、リーネがいるものね」

 

「ティオナさん、レナ・タリーさんも…………」

 

「よし、そこのバカ共。表にでろ。ぶん殴ってやる」

 

事あるごとにその話題でイジってくる二人に、ベートの堪忍袋の緒は限界が近い。

そろそろ、殴り合いの喧嘩を始めるかも知れない。

 

「悲劇を防いで、育ての親をある意味で越えて、絶望の象徴(アンタレス)すらも踏破して。だったら、レベル7にくらいなりますよね……よく頑張りましたね、ベル」

 

「え?あ、あ~、そう、ですね。ありがとうございます……」

 

慈愛の表情でベルを労るアイズに対して、ベルは何故か歯切れの悪い答えしかしない。

その表情を見て、妹は察する。

 

「兄さん、本当にそれだけですか?」

 

「…………ほへ?」

 

「その惚けた表情!絶対何か隠してますよね!?また何かしでかしたんでしょう!?」

 

「しでかしてませんよ!!ちょ~っと…………」

 

「ちょっと?」

 

「…………ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを本拠諸共壊滅させたり、オラリオ全土と三日三晩大戦争したくらいで」

 

「充分しでかしてるじゃないですか!!」

 

「あ、似たようなことアンタレス討伐の時にもレフィーヤさんに言われました~」

 

「言ってる場合ですか!?」

 

予想以上にしでかしていた愚兄にレフィーヤは思わず叫ぶ。

これには流石の周囲も少しドン引きしてる。

 

「仕方ないじゃないですか。お義母さん達に絶対悪やめさせるには代わりに試練用意しないといけないですし。そうしないと黒竜討伐で詰みますし」

 

「だとしてもだろ…………」

 

「もし向こうの世界でもこちらと同じようにこのタイミングで思い出すとすれば、ヤバいかもな……」

 

「あ~、それは多分大丈夫ですよ。アンタレスの時に見た感じだと、向こうのお義母さん達、こっちと違って一切容赦なく僕を英雄にしようとしてますから」

 

ベルのその言い回しにザルドとアルフィア以外は全員首を傾げる。

 

「こっちと違ってって、君も似たようなもんじゃないの?」

 

「多分ですけど……お義母さん、僕が途中で諦めることを期待してたんじゃない?」

 

「………………。」

 

その言葉に、アルフィアは黙る。

ザルドも、気まずそうに視線をそらす。

 

「だから僕に技術や知識は教えても、恩恵は与えさせなかった。無理だと諭すために、才能の違いを分からせようとした。すべてを中途半端にしか、教えなかった」

 

思えば、この都市に来たばかりのベルは歪だった。

根性やある程度の技術と知識はあっても、どこか上手く噛み合っていなかった。

ここまで成長すればその全てが十全に活かせるが、そうでなければ宝の持ち腐れになるような状態。

それらすべてはきっと、アルフィア達の心の現れだったのだ。

 

「…………そういう意図が心の何処にもなかった、と言えば嘘になるな。私達はお前が英雄になる運命を受け入れることは出来ても、そこに至ってほしいとは思えなかった」

 

アルフィアはベルに穏やかに暮らしていてほしかった。

死ぬまでずっと、一緒に穏やかに暮らしたかった。

でも、ベルはその道を選ばなかった。

そのことが嬉しい反面、どこか寂しかった

 

「これに関しては僕は何も言えないよ。僕は、その気持ちも嬉しく思えるから」

 

「…………すまなかった」

 

「謝らないでいいよ。ただの親心なんだから」

 

あれはきっと、諦めさせるための無理難題。

そうだと知っても、ベルはそれを嬉しく思う。

それらすべてがベルの力であり、ベルへの愛情なのだから。

 

「話を戻すと、あっちのお義母さん達はそういった躊躇いや迷いが一切ない。なにせ、僕っていう『答え』に道を見せつけられたわけだから。あとは本人が望めば、全力で背中を押す」

 

「見たのか?」

 

「うん、アンタレスの時に。お祖母ちゃんのファミリアに入って、その時にすでにレベル5だったし、多分オラリオに来る頃には6か7にはなってると思う」

 

「それだと確かに大丈夫そうですね」

 

「そうとも言い切れないですけどね。全員生き残ったおかげでアリーゼさん達は停滞もなく順調に進み、レベル6になってましたし。アイズさん達も、多分同じ時期のこっちの世界より強くなってました」

 

「えぇ!?マジで!?」

「ベルが試練となって道を示したんだから、当然でしょう」

 

「でも、多分向こうの世界のヘラ・ファミリアに春姫さんがいるんですよね。アンタレスの時に階位昇華(レベル・ブースト)が施されましたし」

 

「こんっ!?私がですか!?」

 

「はい。多分、オラリオに売られる前の何処かのタイミングで偶々通りがかった僕たちが助けたんだと…………でも、その、十中八九ヒドい目に遭ってると思います」

 

「…………まあ、今の私よりベル様と早く巡り会えて、ご一緒出来ているのですから。ベル様と一緒なら、それがどういう形であれ私は幸せですよ」

 

その言葉はきっと、向こうの春姫の心でもある。

どんな世界、どんな未来であれ、春姫はベルの隣に至る道があるのなら迷いなくそれを選ぶ。

それを知ったベルは、どこか照れくさそうに笑う。

 

「そんなわけで春姫さんもいますし、記憶を持つ皆さんもいる。その時になればお義母さん達も首を突っ込んでくるでしょうし、悪いようにはならないと思いますよ」

 

そう言いながら、ベルは立ち上がる。

 

「どうなろうが今では知る由もないですし、なるようになるのを祈るしかないですよ。与えられた環境で足掻くしか、僕には出来ないんですから。残されたものを、繋いでいかないと」

 

自分自身が残したそれを、繋いでいかないと。

 

「じゃあ、僕も僕が残したそれを繋いできますね」

 

 


 

 

そこは20階層。

装備を整えたベルは雷霆の剣も召喚して、そこで彼女たちを待つ。

何故かそこに、彼女たちがいると確信できた。

 

エレボスがなにかしたのか、あるいは自分自身の残滓を感じているのか。

それは分からない。

でも、彼女たちはかならず来る。

 

「「アハッ」」

 

来た。

直感するのと同時に、笑い声が聞こえてくる。

不意打ちだとか、先制攻撃だとか。

この戦いにそんな無粋なものはいらない。

これは彼女たちとの対話なのだから。

 

「ああ、道化師(ジェスター)!私達が愛する貴方!」

「ああ、道化師(ジェスター)!私達を愛する貴方!」

 

妖精の笑い声が聞こえてくる。

自分のことだ、手に取るように分かる。

どうせ、心の中では自分は汚れたと思っていた彼女たちに妖精(キレイ)だとでも言ったんだろう。

自分に執着させて、他人を殺させないように。

闇派閥(イヴィルス)から途中で抜け出させるくらいには、彼女たちの心を焼いたのだろう。

 

「約束は守ったわ!貴方に言われて、ずっとずっと!」

「闇から逃れた!人を助けた!ずっとずっと!」

 

「浮気なんてしてない!」

「私達すらも誑かすような、貴方と違って!」

 

「なぜなら私達は────ねえ?」

「この続きを、教えて?」

 

試すように、二人の妖精は笑う。

自分たちの知る彼であると確信するために。

挑発するように、嬌声を上げる。

 

「ええ、言いますよ。貴女達は、僕が認める美しき妖精だ」

 

妖精は笑う。

ベルも笑う。

互いに武器を構えて、それしか知らない方法で互いの愛をぶつけ合う。

 

「マルミアドワーズ」

 

大剣を作る。

七年前よりも強くなっている彼女たちと、全力で渡り合うために。

互いに全力で、殺し(愛し)尽くすために。

 

「「「さあ────」」」

 

三人は同時に声を上げる。

 

「「殺し(愛し)合いましょう、道化師(ジェスター)?」」

 

「喜劇を始めようか」

 

 

こんな愛憎入り混じった恋愛譚すらも、喜劇に変えて。

今日も道化は、英雄の街で踊り明かす。

 


 

あとがき

 

さて、こんな感じですね。

ネタバレになって申し訳ないですが、乙女の物語の最終的な結末は、まあそんな感じです。

 

最悪世界のベルくんは次回。

多分明日か明後日には更新できるはずです。

三連休だし。

 

出来れば時を渡るも更新したい。

こっちは微妙かも。

あんまり期待しないでくださいね。

 

あんまり書くと次回のあとがきが無くなりそうなので、これで終わり。

疑問があればコメント欄へお気軽にどうぞ。

 

追記

忘れてた。

前回コメントでいただいたんですけど、アルフィアがベルくんのこと覚えてるのは大したことじゃないですよ。

覚えてるんじゃなくて、記録してるだけ。

単純に、ベルくんがいなくなるまでの3日間の間に、全部文字に書き起こしただけです。

だから忘れても、認識できてるんです。

 

以上、あとがきでした

 

 

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