感想などをありがとうございます。
頑張ります!
ベルは大きな怪我を負った二人を抱えながら、必死に歩いていく。
中層への初進出。
本来は無茶をするつもりなどなく、こんな所にまで来るつもりもなかった。
しかし、
足を負傷したヴェルフを抱えての帰還は不可能だと判断し、ベル達は縦穴を利用して18階層への避難を決断した。
モンスターの襲撃、復活したゴライアスとの遭遇。
数多の困難を乗り越え、死にそうになりながらもベル達は18階層にたどり着くことが出来た。
18階層で自らに駆け寄る少女の姿を見たのを最後に、ベルは意識を手放した。
……………
…………
………
……
…
目が覚めると、知らない天井だった。
布地の天井はテントのそれであり、ベルが今まで見たことがないものだった。
それを見て、倦怠感で回らない頭をそれでも必死に働かせながら、ベルは体を起こす。
途中、濡れたタオルが頭から落ちたのを見て、誰かが必死に看病してくれたのだということを悟る。
「ベル…?」
体を起こすのと同時に、テントの入口が開かれ一人の少女が入ってくる。
少女の手には濡れたタオルと水桶があり、彼女が看病してくれていたのだとわかる。
ベルはテントのことは分からなかったが、看病をしてくれていたであろうこの少女のことは知っていた。
「アイズさん?」
「ベル!!」
回らない頭で彼女の名を呼ぶと、アイズは水桶を投げ出してベルを抱きしめる。
怪我人であるベルに配慮しながら、優しくも力強く抱きしめる。
かすかに震える体を見れば、アイズがどれだけ心配していたのかがよく分かる。
「良かった…、目が覚めて本当に良かった!」
何がなんだかよく分からず呆然としていたベルだったが、やがて意識が覚醒していく。
アイズに抱きしめられて羞恥心がどんどん湧き上がってくるが、それ以上に今は自分が連れていた仲間のことが気がかりだった。
「あ、アイズさん!ヴェルフやリリは!?」
「落ち着いてください、ベル」
彼女を引き剥がしながら、ベルは問いかける。
気を失う直前のことを思い出し、最悪の事態を想定して顔を青くするベル。
そんなベルを落ち着かせるように、アイズはベルの手を取って優しく話しかける。
「大丈夫です、大丈夫ですよ、ベル。二人共無事です。意識こそ戻っていませんが、命に別状はありません。今もあなたの横で眠ってます」
アイズに促され、横を見るとそこには自分と同じように手当されたヴェルフ達がいた。
隣りにいるヴェルフたちに気が付かないほど気が動転していたベルは、息を吐いて気を落ち着かせる。
見た限りではヴェルフ達の容態も落ち着いているし、アイズの言葉を信じるなら命に別状もない。
それを知ることが出来たベルは、ようやく安堵することが出来た。
「良かった…。みんな無事で」
「良くありません」
安心したベルを、アイズは厳しい口調で嗜める。
「もっと、自分の心配もしてください。あなたもクロッゾ達に負けず劣らずの重傷だったんですよ?このまま目が覚めないかも知れないと思うと、気が気じゃありませんでした」
「す、すいません…」
落ち込むベルの顔を優しく撫でながら、今度は諭すような口調でアイズは話しかける。
「あなたが他者を大切に思うことが出来る優しい人だということは知っています。私達が何を言っても、あなたは傷つく人がいれば何度でも同じ行動を繰り返すのでしょう。それによって救われ、笑顔になれる人がいる以上何も言いません。でも、これだけは忘れないでください。あなたが他者を思うように、あなたを思う人もいるのだと」
「アイズさん…。」
「少なくとも、私達はあなたを大切に思っています。あなたがいなくなれば、私達は泣いてしまいますよ?」
優しく、しかしどこか悲しくアイズは笑う。
かつての英雄を思い出しながら、アイズはベルに笑いかける。
その表情を見たベルは何も言えなくなり、アイズもまたこれ以上は何も言えなくなり、二人の間に暫く静寂が流れる。
どこか穏やかで暖かいそれは、二人にとってとても心地良いものだった。
二人がどれだけの間見つめ合っていたのかは分からないが、それは突然に破られる。
「いつまでやってるの、あんた達は」
「痛っ!」
いつの間にかテント内にやってきていたティオナに、アイズは突如として頭を引っ叩かれる。
「何するんですか、ティオナ」
「こっちのセリフよ。ベルを心配して見に来てみれば、二人で見つめ合ってイチャイチャしてるのを見せられた私の気持ちも少しは考えなさい。というか、ベルが起きたらフィンの所まで連れてくるように言われてたでしょ?」
「ベルも重傷だったんですよ?もう少しゆっくりしても……」
「地上ならそれで良いんでしょうけど、ここはダンジョンよ。いくら安全地帯でもそれは変わらないわ。何かあった時、安全かつ迅速に行動するためにも必要なことよ」
「むぅ…」
言い負かされてしまったアイズは小さく唸る。
しかし、反論は何も出てこなかった。
それを確認したティオナはベルの方を向き、様子を確認する。
「というわけだから、起きがけに悪いけど一緒に来てもらえる?まだ体が動かせないようなら、抱えていくけど……」
「だ、大丈夫です!動けます!」
「そう?」
どこか残念そうに、ティオナは呟いた。
「あ、あの、この度は、助けていただきありがとうございました!」
「そんなに畏まらずに、もっと気楽にしてくれ。知らない仲じゃないんだ。困っているようなら、出来る限り助けるさ。それに、君には幾つも借りがあるからね」
「あ、いえ…。フィンさんたちには、危ない所を何度も助けていただきましたし。この前の片角のミノタウロスの一件でも……。」
フィンたちのいるテントに入って早々に、ベルは頭を深々と下げてお礼を言った。
ベルに酒場やその他でも色々と借りがあるフィンは気にすることはないと声をかけるが、ベルは命を助けられたと言う。
ベルのそんな様子を見て、フィンはどこか困ったように笑う。
「まあ、君ならそう言うと思っていたよ。だけど、本当に気にしなくて良い。君たちを見殺しにするような真似をすれば、そこのおっかない彼女たちに命を狙われかねないからね。夜を安心して過ごせるように、何としてでも助けないと」
どこか冗談めかして、フィンはそう言う。
フィンの視線の先を追えば、ベルをここに連れてきたアイズとティオナだけでなく、ティオネやレフィーヤがいる。
ティオネは若干呆れながら、レフィーヤは本当に心配そうにベルのことを見つめている。
ちなみに、ガレスは起きた以上問題はないだろうと思い、少し安心した思いでベルを見ている。
だが、ここでベルはベートがこの場にいないことに気が付き、周囲を見渡す。
見渡してもベートの姿はテントの中になく、そのことを少し疑問に思う。
それを察したフィンは、ベルに声をかける。
「さて、冗談もこのあたりにして。君達の事情は概ね把握しているつもりだけど、一応説明してもらえるかい?僕等の現状も話しておくから、情報交換といこう」
「あ、はい。実は―――…」
フィンに促されるまま、ベルは起こったことを一つずつ、説明していく。
怪物進呈されたこと、階層が崩落したこと、ヴェルフが足を怪我し、地上に戻れないと判断して縦穴を利用して18階層まで落ちてきたこと。
それらすべてを話す。
ベルの話を聞いたフィンはなんとも言えないような表情をしており、反応に困り果てている。
そして、
「ベルに怪物進呈…?」
「どこの誰だか知らないけど、地上に戻り次第見つけて―――」
「見敵必殺―――!」
「やめんか、お主らは!少しは落ち着け!」
「ダンジョン内での怪物進呈は緊急避難の措置として、一定の理解を払うのが冒険者の間にある不文律だろう。それに、仮に報復するとしても、お前たちがやってどうする?その権利があるのは、被害を受けたベルたちだけだ。関係ないお前たちが勝手にしゃしゃり出るな」
頭に血が上り、物騒なことを口走る三人をガレスとティオネがたしなめる。
窘められた三人は正論相手に反論することも出来ずに黙るが、それでも怒りが収まらないのか唸り声を上げている。
そんな様子の三人を見て、ベルは苦笑いを浮かべ、フィンは申し訳ないと言わんばかりに目を伏せる。
三人のせいで少しおかしくなってしまった空気を切り替えるように、ガレスはベルに話しかける。
「ところでベルよ。中層に進出したということは、もしやランクアップを果たしたのか?」
「え?あ、はい、一応」
「確か、冒険者になったのが一月と三週間ほど前だったか…。」
「アイズの記録を抜く歴代最速のランクアップになるか。流石だ、ベル」
「よもや、あの少年がこのようなことになるとはな…。」
「よもや、ではありませんよリヴェリア。ベルの実力なら当然です。どうです?すごいでしょう?」
「たしかにすごいが、なぜお前が自慢気なんだ、アイズ?あと、少年の傷に響くから離してやれ」
ベルの打ち立てた記録に感嘆の声を漏らすリヴェリアに、なぜかアイズが自慢気な様子で答える。
背後からベルに抱きつき、頭を撫でながら。
その様子を見てティオナの視線が冷たくなったが、リヴェリアの言葉でアイズがベルから離れたため、難を逃れたようだ。
やはりベルは苦笑を隠せないが、いい機会なので気になっていたことをフィンに聞いてみることにした。
「そう言えばフィンさん。ベートさんは…?」
「ん?ベートかい?ベートなら今地上に使いに行ってもらってるんだよ。深層から戻ってくる途中、モンスターから厄介な毒を貰ってしまってね。その解毒薬を取ってきてもらってるんだ。僕たちはそれを待ってる間、ここに留まっているというわけさ。なあに、心配要らないよ。もうそろそろ戻る頃合いだろうからね。戻ってきたら、彼にも褒めてもらうと良い」
ベルの疑問に、フィンは未来ある若者を諭す年長者のように答える。
その言葉を聞いたベルは、どこか期待したような表情をしている。
「おや?ちょうど、戻ってきたみたいだね」
フィンがそう声を上げると同時に、テントの幕が上がりそこから背の高い狼人が入ってくる。
妙に疲れた顔で、不服そうに声を漏らしながら。
「テメエ、面倒な使い押し付けやがって…。もう二度とこんなことやらねえからな―――って、あ?ベル?お前、なんでこんな所に?」
「ベートさん!!」
ベートの姿を確認したベルは、嬉しそうにベートに駆け寄っていく。
その様子を見た
なんで自分たちよりもお前の方が懐かれてるんだ、と言わんばかりの表情だ。
三人の視線を受けたベートは顔をひきつらせるが、それはそれとしてベルのほうを優先させる。
「ここは18階層だぞ?ミノタウロスの一戦でランクアップしたとしても、ここに来るには少し早すぎではないか?」
「えっと、少し、色々ありまして…」
「ハァ…。また面倒事に巻き込まれたか」
「あ、アハハ…」
「まあ、何はともあれ、生きているなら何よりだ。ここに来るまでに苦難は多くあっただろうが、よく頑張ったな、ベル」
「――はい!!」
ベルの道中を察し、その健闘を称えるベート。
それを受けたベルは少し驚いた後に、嬉しそうに返事をする。
そして当然、
「ベル・クラネル。積もる話もあるだろうが、君の仲間のこともある。話は君達のいたテントに戻ってからゆっくりするといい。食料などは、少ないかも知れないが配分するよ。あまり量がないから、そこだけは理解してほしい」
「いえ、ここまでして頂いたのに、更に食料まで…。本当にありがとうございます!」
「言っただろう?助け合いだよ。今後、僕たちも君を頼ることがあるかも知れないから、その時はよろしく頼むよ」
ベルを気遣って朗らかな笑みを浮かべるフィン。
アイズ達は何も思っていなかったようだが、ベートは何を察したのか少し鋭い目つきでフィンを見つめる。
だが、今はどうでもいいと判断したのか、一つ息を吐いてベルを連れてテントを出ていく。
当然のような顔でついていく
すると二人は先程までの朗らかな雰囲気一変させ、真剣な表情をしていた。
「どう思う、リヴェリア。彼のことを」
「二ヶ月弱…。いや、ミノタウロス戦の直後にランクアップを果たしたとしたら、一ヶ月半といったところか。アイズの最速記録が一年だったことを考えると、異常な成長スピードだな」
「それに、そのアイズたちの態度もね。今まで親代わりである君にすら見せてこなかった表情を彼には見せる。アイズだけでなく、あのベートまで」
「あの少年には何かある、ということか?だが、一体何が?」
「そこまでは分からないよ。ただ、その何かは並大抵のものではないだろうね」
策略家としての意地の悪そうな笑みを浮かべるフィン。
今後に活かすためか、あるいは冒険者としての未知に対する好奇心か。
リヴェリア自身、好奇心がないと言えば嘘になる。
「………―――地上に戻ったら、あの少年の経歴を洗ってみるか」
「おや、君がそんなことを言い出すとは珍しいね」
「私が言わなければお前が言っていただろう?」
「もちろん」
結局、好奇心に負けた二人はベルの経歴を洗うことにした。
あるいは、親心なのかも知れない。
娘に近付く男の素性が気になるのは、親としては当然の感情だろう。
ただ、この時の二人は思っていなかった。
自分たちの想像をも軽く超える秘密をアイズ達が抱えていることを。
そして、アイズたちですら知らない重要な秘密を、ベルが抱えていることを。
「解せません」
「――心底嫌だが一応聞いてやる。何がだ?」
「なんで私達よりもベートさんに懐いてるんですか、ベルは。こんな美少女たちが三人も近くで見守り続けているのに、なんでよりによってベートさんに……」
「自分たちの今までの言動をすべて思い起こしてみろ。それでもおんなじこと言うんなら、俺が責任持って
本当に理解出来ないと言わんばかりにアイズ達は唸っているが、ベートはそれを容赦なく切り捨てる。
時は流れ、今は夜。
ベルたちの面通し兼、歓迎の宴のようなものが小規模ではあるが繰り広げられている。
そんな中、今は古代の英雄たちだけで離れ、焚き火を囲って話をしている。
ちなみに、アイズ達は先程までリリとベルを取り合っていたが、ベートが首根っこを引っ掴んで無理やり連れてきた。
最後の最後まで抵抗していたが、この話し合いも重要だということで結局折れた。
まあ、今も不服そうにベートをジト目で見つめているが、彼は意に関することなく手元の羊皮紙に目を落としている。
「お前ら、全員これに目を通したな?もう燃やすぞ?」
「ええ、構いませんよ」
ベートは手に持っていた羊皮紙を焚き火にくべ、灰になるのを見届けた。
これはとても重要なものなので、炎をかき混ぜて確認までする念の入れようだ。
たった今ベートが燃やした羊皮紙に書かれていたのは、ベルのスキル。
なんでも、一日でも早くベートたちに見せたくて、いつも持ち歩いていたそうだ。
絶対に落とさないように、アイズ達以外には絶対に見せないように、見せた後は燃やすように、などなど幾つか厳重注意は受けたそうだが、主神がよく許可したなと若干の呆れが入ってしまう。
もちろん、誰のものか分からないように細工はされてるし、明かされてる情報は最低限。
各ステイタスの具体的な値は書かれていないし、魔法も書かれていない。
それでも、非常に危うい行動であると言わざるを得ないし、そもそも他派閥にスキルを公開すること自体異常だ。
それだけベルに信用されているのだと思えば嬉しくなくもないが、やはり心配の方が勝ってしまう。
もう存在しない羊皮紙に書かれていたスキルは、これもまたおかしなものだった。
こうして彼らが集まって話し合いをする程度には、おかしなものだったのだ。
【
・
・喜劇を紡ぐ道化は英雄の
・【
一部が文字化けして読めなくなっているようなスキルなど、少なくとも彼らは知らなかった。
「【
「じゃが、これほどベルが持つに相応しいスキルもあるまい。儂は嬉しいぞ?今度こそあやつが英雄になるのを、世界が望んでいるようではないか」
ガレスは嬉しそうにそう言った。
他の面々も、それに納得するように笑うが、ベートだけはしかめっ面のままだった。
「お前たち、このスキル効果をどう思う?」
「スキル効果って、“
「冒険者なら誰もが一度は憧れるようなスキルだ。自らのすべてを込めた一振りで強大な敵を討ち倒す。それこそ、英雄のように。正直なことを言えば、私も欲しいくらいだ」
「あぁ、いや、それもあるが、そうではない。二つ目と三つ目だ」
・喜劇を紡ぐ道化は英雄の
・【
「私は、この二つの効果がどうにも気になる」
「英雄の舟。英雄の導。これこそ、まさしくアルゴノゥトのことでしょう?」
「三つ目に関しちゃ、ヘスティア様曰くまだ効果を発揮してないだけじゃないかってさ。共鳴する相手。対応するスキルの持ち主がまだいないからだろうって」
「ベルは、今後増えていくであろうヘスティア・ファミリアの団員たちの中に、共鳴相手が現れると言っていた。まあ、普通はそう考えるだろう。私も、何も知らなければそう判断したはずだ」
「つまり、知っている今のお前の考えは違うと?」
「ああ」
ヴェルフの言葉に、ベートは神妙にうなずく。
そして、炎を見つめながら自らの考えを滔々と語り始める。
「私には、あのスキルに書かれていた英雄…、道化に導かれ舟に乗り込む英雄が、私達古代の英雄のことのように思えてならない」
「つまり、私達の中からベルの共鳴相手となるスキルの発現者が現れると?」
「もちろん、何の証拠もないただの勘だ。ベルの言うように、ヘスティア・ファミリアの中から現れる可能性も十二分にあるだろう。だが―――」
「それでも、あなたの勘は自分たちのことだと告げるのですね?」
勘、本当にただの勘だ。
確証の保証も何もない。
だが、冒険者である彼女たちは、ベートの勘を無視できなかった。
「まあ、どの道今は関係のない話だな。スキルとは手に入れようと思って入るものでもない。無駄な話をして悪かったな」
「いえ、心構えというのは重要です。心の在り方を映し出すというスキルに関することならば、尚更」
スキルは手に入れようと思って手に入るものではないが、それでも望まなければ何も手にできない。
ベートの話を聞いて、彼女たちはベルとの繋がりを切望している。
これだけで、今後にも大きな影響を与えていくのは間違いない。
「そろそろ戻りましょう。ベルのことが気になりますし」
「……お前ら、少しは自重しろよ?あの聖女の生まれ変わりとやり合うな」
「嫌です」
ベートの苦言を切り捨てるアイズ達。
そんなアイズたちに呆れながら、ベートは焚き火を消してベルたちのもとに戻ろうとする。
そして、そんな時だった。
神ヘスティアの、間抜けなうめき声が聞こえてきたのは。
宴から一晩開けた昼間。
ベルは逃げ回っていた。
「ごめんなさぁぁい――!!」
「ちょ、本当に待ってください!大丈夫です!皆怒ってないですから!!」
神ヘスティアと怪物進呈を行ったタケミカヅチ・ファミリアの面々はベルたちの捜索にダンジョンに潜っていた所、ちょうど宴の時に合流することが出来た。
もちろん、一悶着あった。
ベルはともかく、ヴェルフとリリはタケミカヅチ・ファミリアに怒りをあらわにしていたから当然だろう。
だが、そこを一柱の神が諌めたのだ。
その神の名はヘルメス。
オラリオの中でも、一番胡散臭いと言われている男神だ。
自派閥の団長アスフィと、ベルを心配したリューを連れて、この男神はヘスティアと共にダンジョンに潜ってきていたのだ。
その後、神ヘルメスはロキ・ファミリアの幹部たちやベルと話した後、なぜかヤケクソ気味に叫びながら夜を明かした。
そして、夜が明けた時。
あの馬鹿神は覗きという暴挙に出たのだ。
よりによって、ベルを連れて。
もちろん、アイズ達はベルがそんなことをするはずがないと知っているので、後で怪しげな行動をしていた神ヘルメスをとっちめていた。
そんな中、ベルは罪悪感と羞恥心から一人逃げ回っていたのだ。
そんな状態のベルを放置することなど出来るわけもなく、代表してレフィーヤがベルの後を追うことになった。
レフィーヤが一番歳が近いし、一番ベルを落ち着かせられると判断した結果、そうなった。
伊達に、前世でアルゴノゥトの面倒を見続けてきたわけではない。
その手のことに関して、レフィーヤは一番信頼されているのだ。
そして、天井のクリスタルが光を失い始める時間帯。
地上での夕方ごろ。
レフィーヤはようやく、ベルを捕まえることが出来た。
「ぜぇ、はぁ…。や、やっと捕まえましたよ、ベル」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
「ほ、本当に怒ってませんから。あなたがこんな真似するわけないって、私達は知ってますから」
そもそも、前世からそうだった。
アルゴノゥトは覗きやナンパを頻繁にしていたが、それはすべて誰かを笑顔にするための行動だった。
誰かに止められて、怒られて、呆れられるのが前提での行動。
人が笑顔を失うような本当に嫌がる行動を、彼は決して行わなかった。
それをレフィーヤ達は分かっているのだ。
まあ、それはそれとしてブッ飛ばしていたが。
「ほ、本当ですか?魔法で僕を吹っ飛ばしたり、畑に埋めたりしませんか?折檻したりしませんか?」
「しませんよ、そんなこと!なんでそんな発想に至るんですか!?」
「おじいちゃんが、そうなってたので……。」
「え?あなたのおじいさんって覗きが原因で亡くなったんですか?」
「え?違いますよ?おじいちゃん、どんなに折檻を受けても次の日の朝にはケロッとしてましたし」
「なんで生きてるんですか?なんでケロッとしてるんですか?あなたのおじいさんってモンスターか何かじゃないですよね?」
いずれにせよ、ロクでもないおじいさんだったようだ。
一回目で懲りればいいのに、と思う。
そして、そんな光景を孫に見せるな。
見事にトラウマになっているではないか。
そのせいで捕まえるのに時間がかかってしまった。
というか、後衛とは言えレベルがひとつ上のレフィーヤが捕まえるのに時間がかかるって、今のベルはどんなステイタスをしているのだろう。
ランクアップしてまだ日が経っていないはずだが、絶対にもうとんでもない数値になっている。
感覚でわかる。
まあ、それはそれとして。
「取り敢えず、戻りましょう。みんな心配してます。私も一緒に謝ってあげますから」
「うぅ…、すいません……」
兄とは違うベクトルで情けなくなっているが、これはこれで庇護欲を誘う良いものだった。
何だったら、愛おしくさえ思えてくる。
この愛らしい生き物を絶対に守らねば、と決意してレフィーヤはベルを連れて周囲を見渡す。
安全地帯とは言え、ここはダンジョンの中の森だ。
モンスターがいないとは限らない。
まだ経験の浅いベルをしっかり守らなければ。
そう思い、ベルと一緒に近くにあった背の高い木に登り、周囲を見渡す。
すると、その時だった。
レフィーヤの視界に、不審な人影が映り込んだのは。
「屈んでください、ベル!」
「わっ―――!」
ベルの口を覆うようにしながら、枝の影に隠れるように抑え込む。
動揺して動こうとしているが、それでも必死に抑え込んで人影を見つめる。
24階層の時とは服の色などは違うが、それは間違いなく闇派閥のもの。
それを認識したレフィーヤは、思わず嫌な汗が流れるのを感じる。
闇派閥をこのまま無視することは出来ない。
24階層の時のような犠牲を、今後少しでも減らすために尻尾を掴んでおきたい。
だが、ベルをこのままにはしておけない。
森は暗いし、方向感覚も危ういベルでは一人で戻るのは不可能。
だが、だからといって闇派閥のもとに連れて行くことなど出来ない。
どうするべきか、どうするのが一番正しいのか。
迷い続けるが、時間もない。
このままでは、見失いかねないのだ。
「闇派閥……?」
レフィーヤが迷い続けていると、ベルがそう呟いた。
レフィーヤの視線の先を追い、その姿を確認したのだろう。
口を抑えていた手が緩んだから、そう呟くことが出来たのだろう。
そこまでは理解できた。
だが、なぜベルが闇派閥を知っているのかは分からなかった。
ベルはこの都市に来て日が浅い。
闇派閥の格好はおろか、存在すら知らなくてもおかしくない。
なのに、なぜかベルは闇派閥の存在を認識し、その容貌まで知っていたのだ。
「ベル、あなたなんで闇派閥を知ってるんですか?」
「……昔、ある神様に教えて貰っただけです。見たのは初めてですし。それより、どうしますか?このままだと見失いますよ?」
「あなたを連れてはいけません。悔しいですが、このまま見過ごすしか―――」
「ダメです。このまま見過ごすと、今後大きな被害を出すかも知れない。そうならないためにも、そうなった時後悔しないためにも、今足取りを掴みましょう」
迷いながらも声を絞り出したレフィーヤとは対照的に、ベルはハッキリした口調でそう言った。
その横顔はアルゴノゥトと、かつての兄と酷似していて、レフィーヤの胸を締め付ける。
「なんで、あなたがそこまで?」
「理想のために。皆が笑える明日のために。僕は僕の望む“正義”を掴み取る。そう、約束したんです」
“それに、闇派閥に聞きたいことがあるので。”
ベルは覚悟を秘めた声色で、そう呟く。
レフィーヤは誰よりも知っている。
こうなった彼は、止めることが出来ないと。
なら、今の自分に出来るのは、無茶をする彼を助けることだけだ。
「分かりました…。一緒に追いましょう。ただ、危なくなったら逃げます。いいですね?」
「――はい!」
こうして、二人による闇派閥の追跡が始まった。
ベルとレフィーヤは、闇派閥二人組の後を追いかけていた。
森の木々はやがて水晶に変わっていき、階層の端である岩壁の近くにまでいく。
水晶の影から影に隠れ、見つからないようにして追いかけていた。
その最中。
がぱっ、と。
何の前触れもなく突如として、地面が割れた。
「――――」
水晶の柱が途切れた円形の草地。
そこに足を踏み入れた直後、音を立て、地が縦に開口した。
まるで、落とし穴のごとく。
「なっ――!?」
体を襲う浮遊感。
足場が消え、思わず息を止めてしまう。
背後からベルの息を呑む音も聞こえてくる。
そして、そのまま間もなく落下した。
「「――ぅぁあああああああああああああああああああああああっ!?」」
叫喚を重ねながら、二人は穴に落ちていく。
なんとか着地しても、そこには薄い紫がかった液体があり、着地の拍子に飛沫が飛び散る。
その飛沫に触れた皮膚が、さらに液体に今も浸り続けている足が、ジュウという音を立てて煙を上げる。
「「熱っ……!?」」
高温の油に触れたときのように、触れた皮膚が溶かされていく。
「溶解液!?それに、この周りにあるのって、まさか冒険者の遺体!?」
「ベル、状況把握は後です!急いで上がりましょう!このままじゃ――」
「レフィーヤさん、上!」
慌てながらベルに指示を出すが、その前にベルが叫び声を上げる。
ベルに言われるがまま上を見上げると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。
今は閉ざされた蓋の根本。
人型の上半身を象る怪物が見下ろすようにそこに鎮座していた。
両腕は触手と化しており、垂れ下がりながら鎮座している。
腰から先の下半身は壁と一体化しており、この巣穴そのものがこの怪物の体内なのだと分からされる。
一つしかない目玉はギョロギョロと蠢き、見るものの恐怖を煽る。
極彩色に毒々しく輝く体を持つこの怪物に似たものを、レフィーヤは見たことがあった。
「極彩色のモンスター!?」
怪物祭や24階層で見せた、あの食人花等と根源を同じくするモンスター。
穢れた精霊が生み出した眷属。
おそらく、闇派閥が設置したのだろう。
自らの後を追う者たちを始末するために。
(マズイマズイマズイ――!一体どうすれば!?)
このモンスターの潜在能力値はざっと換算するだけでレベル4相当。
レベル3しかないレフィーヤでは、ましてやレベル2のベルを連れている現状は、相当にやばい。
レフィーヤは焦る。
この絶望的な状況を前にして。
レフィーヤは恐怖する。
もう一度、彼を失うことを恐れて。
「レフィーヤさん!!」
自身を呼ぶベルの声が聞こえた。
気がつけば、ベルは自分の目の前にまでやってきている。
「大丈夫です、レフィーヤさん!一人じゃない!僕もいます!!」
ベルはレフィーヤの手を取って叫び、鼓舞する。
レベル2が何を言っている、だとか。
自分よりも弱いくせに、だとか。
本来であれば出てくるような否定の言葉は、一つも湧き上がらなかった。
震えていた手は、心は、いつまにか平静を取り戻していた。
弱いはずなのに、誰より頼りにもなる彼。
彼がいれば、どんな状況だろうと大丈夫に思えてくる。
彼がいれば、もう何も怖くない。
レフィーヤは息を吐いて、落ち着きを取り戻す。
そして、誰よりも頼もしい口調で、ベルに指示を出す。
「ご迷惑をおかけしました、もう大丈夫です!行きますよ、ベル!!」
「はい!!」
「ベルはナイフや周囲にある武器で壁を傷つけながら、攻撃を引き付けてください!速攻魔法のあるベルなら出来るはずです!私は周囲にある武器で壁を攻撃しながら魔法の準備をします!お願いできますか?」
「分かりました!!」
レフィーヤはこの怪物の犠牲となった冒険者たちの遺品の中から剣を一つ手に取り、周囲の壁に攻撃を始める。
それと同時に、魔法の詠唱も始める。
「―――【解き放つ一条の光、聖木の弓幹】」
前世で散々戦ってきた。
アルゴノゥトに付き合わされる形で。
昔からこうだったのだ。
アルゴノゥトが敵の注意を引き付け、その間にフィーナが魔法で敵を倒す。
ベルはアルゴノゥトのようにふざけた態度でこそないが、やってることは殆ど同じだ。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「【ファイアボルト】!!」
途中、幾度となくレフィーヤも触手に狙われてしまう。
だが、決して詠唱が途切れることはなかった。
なぜなら、ベルが共にいるから。
初めて一緒に戦うはずなのに、まるでずっと一緒だったかのように、ベルはレフィーヤの息を汲み取って動いている。
もちろん、ふたりとも無傷ではない。
ベルなど、傷口が開いたのか額から血を流している。
レフィーヤも、溶解液や触手の攻撃を躱しきれずに、小さな傷がついてきている。
しかし、それでもギリギリのところで動き続けられている。
それはひとえに、彼らのコンビネーションがなせる技だった。
「【汝、弓の名手なり】」
そして、その中でレフィーヤは一つ気がついた。
ベルの動きが、とてもいいことに。
初めて戦うはずの敵を相手に、ベルは的確に動いている。
敵の動きを冷静に分析し、予備動作を見切り、攻撃を回避する。
まるで、歴戦の冒険者のように。
「【狙撃せよ、妖精の射手――】」
ベルは幼い頃、ほんの一時期だけ“あの人達”から手ほどきを受けた。
まあ、思い出したくもないような辛い日々だったが、それでもベルは一つだけあるものを身に着けた。
それは、未知への対処法。
どんな困難な状況であろうと、ベルは決して諦めず、焦らず、戦い続ける。
格上が相手だろうが、初めて戦う怪物だろうが、それは変わらない。
それが、それだけが、“あの人達”が唯一、ベルに叩き込んだことなのだ。
「【穿て、必中の矢――】」
ベルは動き続ける中で、レフィーヤと同じように攻撃の準備をしていた。
レフィーヤのように長文詠唱の魔法は持たないが、それでもベルにはスキルが有る。
【英雄運命】を発動させ、鐘の音を鳴らしながら白光をまとう。
そして集中し、持っていた冒険者の遺品――大剣を構える。
思い起こすのは、憧れであるあの人。
頼りになる背中で自分を背負い、守ってくれたあの叔父。
そして、彼から教えてもらったおまじないの言葉を口にする。
「【
「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙!】」
魔法ではない。
これは神に捧げる祝詞のように、自らの決意を言葉にしただけのもの。
だが、今はそれで十分だった。
あの叔父の必殺の一撃には遠く及ばない。
だが、今はこれで十分だった。
憧れを載せたこの一撃は、本人すらも気づかぬうちに限界を超える。
すなわち、
大鐘楼の鐘の音は、誰の耳にも聞こえぬうちに消えゆく。
だが、今はこれで十分だった。
「【アルクス・レイ】!!」
「【レーア・アムブロシア】!!」
二人の全力の一撃は、穢れた精霊の眷属を確かに討ち滅した。
「ゲホッ、レフィーヤさん、しっかりしてください!」
「だい、じょうぶ、です」
息も絶え絶えになりながら、二人はなんとか地上にまで登ってこれた。
ベルもレフィーヤも、もう限界だ。
無意識下に限界解除を果たしたベルなど、マインドダウン寸前だ。
「なんとか、戻ってこれましたね…!」
「闇派閥に見つかる前に、逃げましょう…。大丈夫。さっきの爆発音を聞きつけたお姉様たちが、きっと来てくれます」
「はい…、分かり――」
「ッ――、ベル!!」
ベルが返事をしている最中、レフィーヤは突如としてベルを突き飛ばす。
そして、突き飛ばしたベルの代わりに、黄緑色の鞭によって弾き飛ばされる。
「レフィーヤさん!」
ベルは急いでレフィーヤの元に駆け寄る。
おそらく、命に別条はない筈だ。
ただ、意識を失ってしまっている。
この戦闘では、レフィーヤの助力は期待できない。
「クソっ、なんでこんな所にロキ・ファミリアが!?ヴェネンテスもやられた!おい、もっと食人花を連れてこい!」
「闇派閥…!」
ベルはレフィーヤを庇うように前に立ちながら、闇派閥の二人組を見つめる。
何かを思い出すように、何かを思うように。
そして、二人組に向かっておもむろに口を開いた。
「闇派閥の二人。あなた達に聞きたいことがあります」
「何だ!?命乞いか!?もう遅い!俺たちの邪魔をした以上、お前には消えてもらう!」
「そんなことをするつもりはありません。聞きたいことがあると言っています」
激昂する闇派閥相手に、ベルは一切たじろぐことなくまっすぐに尋ねる。
「あなた達は、憎まれる覚悟はありますか?」
意味の分からない質問だった。
少なくとも、闇派閥の二人にとっては、全く無意味な質問だった。
だからこそ、二人組は嘲笑うかのように答える。
「ねぇよ、んなもん!訳分かんねえこと言ってんじゃねえよ!憎まれる!?俺達が!?そんな筋合いはねえ!俺たちはただ俺たちのやりたいようにやるだけだ!そうすれば、俺たちの望む物が手に入る!その過程で死んだやつは、そいつが弱かっただけの話だ!俺たちには関係ねえ!」
笑うように、バカにするようにそう答える二人組。
そんな二人を、ベルは冷たく見つめる。
「かつて、誰よりも残酷で心優しい神様がいました。その
感情を込めず、ベルは滔々と語る。
だが、その言葉にやがて熱が、怒りがこもり始める。
「信念もなく、憎まれる覚悟もなく、己が欲望のためだけに道を外れたあなた達は“闇”なんかじゃ、ましてや“悪”なんかじゃない。あなた達が、それを名乗るな」
かつては理解できなかったあの神の言葉。
今になって、ようやく少しだけ理解できるようになってきた。
全部は分からない。
それでも、たった一つだけ分かることがある。
彼は、誰よりも下界を、子どもたちを愛していた。
「あの
「『脆き者よ、汝の名は“外道”なり!』」
ベルは知っている。
あの神は、決して外道などではなかった。
彼の歩んだ道は正しいものではなかった。
悪しきものだった。
それでも、彼は自分が信じた道を貫いたのだ。
信念もなく、憎まれる覚悟もなく、ましてや悪になる覚悟もないこの二人は、間違いなく道を外れたものだ。
あの
そして、ベルはたった一人で戦い始める。
レフィーヤを守るため。
自分の信じた理想を掴み取るために。
マインドダウン寸前の、ボロボロの体で。
戦い続けるのだ。
レフィーヤが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。
だが、決して現実などではないということは、痛いくらいに分かってしまう。
なぜなら、この場所はもう存在しないのだから。
「ここって…、私が処刑されそうになってた広場…?」
前世でフィーナが処刑されそうになった場所であり、アルゴノゥトが英雄時代の幕開けを告げたあの場所。
ある意味、レフィーヤにとって一番思い入れの深い場所であると言えるだろう。
あたりを見渡す。
誰もいない。
あの時にいた人々も、王も、衛兵すらも。
誰もいない。
「私は…、死んだんですね……。」
この光景を見て、自分は死んだのだと思った。
ベルを守ることができずに、死んでしまったのだと。
だが、その考えは否定される。
かけがえのない兄の言葉によって。
「いやいやいやいや。それは早計というものだよ、フィーナ。君は死んでなんかいない。死んでなどいないとも。ただ、少し夢を見ているだけさ」
その声を聞いて、振り返る。
すると、そこには先程見渡したときにはいなかった青年がいた。
その青年のことを、レフィーヤは――フィーナは知っていた。
ベルと同じ処女雪のような白い髪。
瞳は閉じられており光を受け入れることはないが、かつてはそこにベルと同じ赤い瞳があったことをフィーナは知っている。
その青年こそ、自分たちがずっと求めていた人物に他ならない。
「にい、さん…?」
振り返るとそこには、かつての英雄アルゴノゥトがいた。
「にいさん…?」
「ああ、私だとも。頼れる君の兄、アルゴノゥトだとも」
「本当に、兄さんなんですか?」
「本当か、と言われると、返答に困ってしまうな。私は紛れもなくアルゴノゥトではあるが、本物のアルゴノゥトかと問われれば、答えは別れてしまうだろうからね」
フィーナの声に、アルゴノゥトは笑いながら答える。
彼女が知っているのと同じ笑顔で。
彼女が知っているのと同じ口調で。
彼女が知っているのと同じように。
笑っている。
「兄さん――!!」
「おっと、どうしたんだ、急に。少し会わないうちに随分甘えたに――…。」
「兄さん…、兄さん……!兄さん!!」
「――――。」
フィーナは感極まり、泣きじゃくりながらアルゴノゥトに抱きつく。
そんな様子のフィーナを見て、アルゴノゥトは何も言わずに彼女を抱きしめる。
慰めるように、頭を撫でながら。
「やれやれ。しょうがない。もう少しだけ、こうしていよう」
どこか嬉しそうに、アルゴノゥトはそう呟いた。
………………
……………
…………
………
……
…
それから暫く経って、ようやく落ち着きを取り戻したフィーナは、羞恥心で悶えていた。
「うぅ、よりによって兄さんにあんな醜態を晒すなんて……!」
「ハハハッ!いつでも甘えてくれて良いんだよ?」
「黙りなさい、このバカ兄さん!」
「ちょ、照れ隠しに殴るのは止めて!?」
落ち着きを取り戻したフィーナは、かつてのようにアルゴノゥトとコントのような遣り取りをする。
この遣り取りが懐かしく、とても楽しかった。
我慢していないと、泣き出してしまいそうになるくらいに。
「で、ここはどこなんですか、兄さん?どうせ知ってるんでしょう?」
「う~ん、そうだな…。ただで教えるのも面白くないし、さっきみたいに甘えながら“お兄ちゃ~ん、教えて♡”って言えば――、はい、冗談です!すぐに言います!!」
すぐに茶化そうとするアルゴノゥトだったがフィーナの殺気を察して、すぐに背筋を伸ばして敬礼のようなポーズを取りながら話し始める。
「最初に言ったとおり、フィーナは夢を見ているだけさ」
「夢…?」
「そう、夢だとも。あぁ、モンスターの見せる幻覚などではないよ。言ってしまえば、走馬灯の一種みたいなものだ。死んでないから、安心しなさい」
「本当に、死んでないんですか?」
「死んでないとも。そもそも、死んでいたら私に会うはずがないだろう?私は今、あの少年として下界にいるんだから」
言われてみれば、そうだ。
アルゴノゥトは今、ベル・クラネルとして生まれ変わっている。
死んだとしても、天国で再会など出来るわけもない。
ならば、ここにいるアルゴノゥトは何なのだろう。
この場所のことを夢だと言っていたが、彼は何なのだろう?
普通の夢で、ここまで話せるものなのだろうか?
「フィーナの疑問に答えよう。ここにいる私も、夢だ」
フィーナの考えを見透かすように、アルゴノゥトはそう告げる。
驚きを隠せないフィーナを他所に、アルゴノゥトは話し続ける。
「亡霊、幻覚、泡沫。ここにいる私も、この場所と同じさ。フィーナの記憶から生み出された、ただの夢に過ぎない」
「そう、ですか…。」
「つまり、ここにいる私はフィーナにとって都合のいい男というわけだよ!」
「その言い方やめてください!!」
フィーナが落ち込んだことを察したアルゴノゥトは、いつものようにおちゃらけた事を言う。
彼の気遣いが、彼の言葉が、これほど虚しく感じたのは初めてだ。
だって、そうだろう?
所詮、自分が作り上げた夢でしかないのだから。
「とまあ、そういうわけだ。それに、都合のいい男というのは強ち間違いでもない」
「……え?」
「ここにいる私はただの幻に過ぎない。本物ではないが、だからといって偽物でもない。非常に都合のいい存在だ」
「それが…、どうしたんですか?」
「好きなことを、好きなだけ言いなさい。アルゴノゥトを思うが故に言えなかったこと、アルゴノゥトに対しては決して言えない理不尽な暴言。そのすべてを、私は受け止めよう。そのために、私はいるんだから」
その言葉を聞いて、それでもフィーナは躊躇する。
大切な兄に対し、自分の醜い感情のすべてを言うことに、躊躇いを覚えた。
でも、それでも、我慢できなくなった。
だって、仕方ないだろう?
彼は本物じゃないんだから。
彼は偽物じゃないんだから。
彼は、自分が作った都合のいい英雄なのだから。
「ずっと、兄さんのふざけた態度が嫌いでした」
「そうか」
「ずっと、兄さんに付き合わされるのが嫌でした」
「うん」
「なんで笑うだけなんですか!?なんで泣いてくれないんですか!?ずっと、ずっと一人で抱え込んで、なんで私を頼ってくれなかったんですか!?そんな兄さんが、大嫌いです!」
「ごめんね」
「平凡な暮らしじゃダメでしたか!?兄さんが犠牲になる必要はなかった!!兄さんは自分を犠牲にするつもりはないって言ってましたけど、私から見れば兄さんは犠牲です!生贄です!喜劇を演じて、世界のために自分自身を差し出すなんて、馬鹿げてます!そんなことをするくらいなら、村でずっと、二人で暮らしていたかった!!」
「すまない」
「道化を演じる兄さんが嫌いです!英雄を演じる兄さんが嫌いです!私は兄さんを許しません!私を救っておきながら、勝手にいなくなった兄さんを絶対に許しません!!」
「分かっているとも」
肩で息をしながら、息も絶え絶えになりながら、それでもフィーナは叫び続ける。
今まで、誰にも言えなかったことを、すべて。
「どうして、いなくなったんですか……?」
「――――。」
「ごめんなさい、ごめんなさい。あなたを守れなくて、ごめんなさい」
「……………。」
「あなたを救えなくてごめんなさい。あなたを助けられなくて、ごめんなさい」
「フィーナ……。」
「ごめんなさい、兄さん……。私はあなたに、何も出来なかった」
とうとう立っていられなくなったフィーナは、泣き崩れる。
大粒の涙を零し、俯く。
ずっと、ずっとフィーナはアルゴノゥトに怒りたかった。
だがそれ以上に、ずっと謝りたかったのだ。
守られていたのに、守ることが出来なかったから。
多くのものを貰っていたのに、何も返すことが出来なかったから。
そのことを、ずっと悔やみ続けていた。
泣き崩れるフィーナの手を、アルゴノゥトはそっと握りしめる。
俯く彼女を、そっと上を向かせる。
そして、笑顔で言うのだ。
「フィーナ、私は君に多くのものを貰ったよ」
「にい、、さん?」
「私は本物ではない。でも、これだけは自信を持って言える。私は、僕は、アルゴノゥトは、確かにフィーナに救われていた」
「私と一緒に戦ってくれてありがとう」
「僕を応援してくれてありがとう」
「私を支えてくれてありがとう」
一人ではなかった。
応援してくれる妹がいた。
その事実に、アルゴノゥトがどれだけ救われたことだろう。
その感謝を、アルゴノゥトは告げていく。
「泣かないでくれ、フィーナ。悲しみの先には何もないのだから」
「謝らないでくれ、フィーナ。むしろ謝るべきは僕の方なんだから」
「ごめんね、フィーナ。最後まで一緒に居てあげられなくて」
「ごめんね、フィーナ。こんなどうしようもない兄で」
「そして、ありがとう。こんな僕を、兄と呼んでくれて」
アルゴノゥトは伝えられなかった謝罪と、感謝を告げる。
溢れ出るほどの、慈愛と親愛を込めて。
それと同時に、アルゴノゥトの体は消えるように光になっていく。
いや、アルゴノゥトだけではない。
世界のすべてが、光になって消えていく。
「もう時間だよ。夢から覚めるときだ」
「待ってください、兄さん!私は、まだ――」
「大丈夫。私はいつも君達を見守っているよ」
「兄さん――ッ!」
もう、姿は見えない。
もう、触れることも出来ない。
それでも、最後の言葉だけは聞こえてきた。
『また会おう、フィーナ。我が愛しき妹よ。人と妖精を、多くのものを繋ぐ、“架け橋の守り人”よ。痛みを知る君ならば、きっと多くのものを繋ぐことが出来る。僕はそれを、信じてるよ』
……………………
…………………
………………
…………
………
……
…
すべてが消えた後、残ったのは何もない黒い世界だけ。
何もない、黒い世界だ。
だが、何も怖くはない。
進むべき場所はわかる。
白い光が、自分を導いてくれるから。
その光を目指して、フィーナは進んでいく。
そして、その光に触れた時、彼に触れた時。
一番伝えたかった言葉を、口にする。
「ありがとうございます、兄さん。こんな私を妹と呼んでくれて」
「また会いましょう。それまで、見ていてください。私達の歩む道を」
そして、誇るように声高々に叫ぶのだ。
彼の決め台詞を。
「これより、喜劇を開始します!!」
ベルは十数体の食人花を相手に、たった一人で戦っていた。
闇派閥の二人はもういない。
巻き込まれることを危惧し、どこかに行った。
どれだけの時間が経ったのだろう。
そんなに長い時間ではなかったはずだ。
だが、ベルにはとてつもなく長く感じられた。
「もう少しすれば、アイズさんやベートさんが来てくれる。そうすれば――ッ」
ふたりとも、助かるはずだ。
そう思い、決死の思いで、ベルは戦い続ける。
だが、ベルも限界だったのだ。
ヴェネンテスを相手にした時点で既に満身創痍。
その上で食人花を相手取る体力など、もうどこにもなかった。
背後からの触手の攻撃を受けてしまう。
それで、もう指一本動かせなくなった。
悔しかった。
何も守れないのが。
悔しかった。
弱い自分が。
「ごめんなさい、レフィーヤさん……。」
「大丈夫ですよ、ベル」
失意の底で懺悔するベル。
そんなベルに、優しく答える声があった。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】」
「【アルクス・レイ】!!」
彼女の声が聞こえてきた。
彼女の魔法が見えた。
それだけで、安心してしまった。
「あとは任せてください」
レフィーヤはベルを庇うように前に出る。
白光をまとい、その体を白く染め上げた姿で。
レフィーヤは力が漲るのを感じる。
力が高ぶるのを感じる。
今ならば、ベルと一緒ならば、何でも出来そうだった。
食人花はレフィーヤを脅威と見做し襲ってくる。
だが、そのすべてをレフィーヤは軽々と避けていく。
本来であれば、ここまでの動きなど出来るわけもないのに、何故か出来る。
そのことに疑問をおぼえる暇もなく、レフィーヤは詠唱を始める。
「【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】」
レフィーヤは唄う。
エルフを繋ぐ架け橋としての魔法を。
「【間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣--我が名はアールヴ】 」
そして、その魔法は完成する。
エルフの持つものとしては、最高火力を誇る魔法が。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
人とモンスターを識別し、的確に食人花だけを燃やし尽くす炎の魔法。
その火柱が消え去る頃には、もう何も残ってなかった。
それを確認するのと同時に、レフィーヤも倒れる。
さすがに、いくらなんでも【レア・ラーヴァテイン】は無茶をしすぎたようだ。
意識が遠くなるのを感じる。
このままでは危ないが、その心配もないようだ。
落ちていく視界の端に金色の輝きを見つけたのを最後に、レフィーヤは今度こそ意識を手放した。
それから数時間後、レフィーヤはテントの中で手当を受けていた。
他ならぬ、アイズに。
「無茶をしすぎです、レフィーヤ。ベルとたった二人だけで闇派閥を追うなんて」
「いや、でも結果的には大成功じゃないですか?闇派閥の足取りを終えたし、何やら重要そうなマジックアイテムまで入手できましたし」
「だとしてもです!下手したら二人共死んでいたんですよ!?」
「痛い、痛いです、お姉様!もっと優しくしてください!」
「ダメです!この痛みで反省してください!」
回復魔法でも一度に治りきらなかった傷を包帯で止めていく中、レフィーヤはその痛みに声を上げる。
本来なら一気に治すことも出来たのかも知れないが、あえて治していないのかも知れない。
そうして腕の包帯を巻き終えた後のことだった。
「今度は体を拭きますから、上を脱いでください」
「は~い」
「まったく、変な所でアルに似てますよね、フィーナは―――」
「す、すいませ―――あ、そうだ!兄さんです!あの、お姉様、兄さんに関することで、一応伝えておきたいことが……、お姉様?」
アルの名前を出したのに返事がないことを不審に思ったレフィーヤは、首だけで後ろを振り向く。
すると、アイズは驚きの表情でレフィーヤの背中を見つめていた。
「お姉様、どうかされましたか?」
「レフィーヤ、あなたステイタスが解錠されてますよ」
「え!?うそ!?なんで!?」
少なくとも、水浴びのときは何も問題はなかったはずだ。
なら、いつのまに――と、考えていたが、ステイタスが解錠されていただけにしてはアイズの様子がおかしかった。
まあ、たしかに異常事態だが、ここまでアイズが動揺するとは思えなかった。
そう疑問に思っていたのだが、その答えはアイズの口から語られることになる。
「何ですか…、このスキル」
「スキル…?」
自分は妙なスキルなど持っていなかったはず、と思い自身のステイタスを思い返すが、やはりおかしなところは何も思い当たらない。
だが、そんな過去とは裏腹に、レフィーヤのステイタスは確かにおかしなことになっていた。
そう、更新した覚えもないのに、新しいスキルが発現するという、異常事態が起こっていたのだ。
そして、発現したスキルも、アイズにとって驚愕に値するものだ。
「【
「…え?」
「スキル【
「―――え?」
………………
……………
…………
………
……
…
【
・自動発現
・
・【
【
【
魔法効果の限界突破。
魔法効果の増幅。
・戦闘時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。
・魔法効果統合可能。
・同名スキル及び【
【
・
・喜劇を紡ぐ道化は英雄の
・【
⬛⬛⬛⬛=道化行進
あとがき。
いつもコメントやブックマークありがとうございます。
なんか、前回から匂わせといてこの程度かよ、って思われるのが怖いですが、これが作者の精一杯です。
ご了承ください。
余談ですが、スキル効果が長いから読む気になれないって方向けに、簡単に説明しますと。
道化行進はレフィーヤの場合ですと、近くにベルが入れば魔法の威力が上がります。
ベルの魔法の威力も上がります。
ベルが大鐘楼の鐘の音を響かせればその戦闘中はランクアップします。
思いによって効果が上がります。
威力上限がなくなります。
ベルが居なくても、戦闘中幸運になります。
別々の魔法の効果を一つにできます。
ベルたちと共鳴します。
って感じです。
魔法効果統合に関しては、今後も少し登場すると思うので、お楽しみに。