「……は?なんだよ、それ。ありえねえだろ」
リューの歌う英雄譚を聞き終えたライラの第一声は、それだった。
輝夜もアリーゼも、言葉にこそしていないが同じことを思っているのだろう。
怪訝そうな、それでいて驚きに満ちた顔をしている。
「王国の闇?
「その英雄たちの生まれ変わりがベルくんたちで、リューは古代三大詩人ウィーシェの生まれ変わり?」
「突拍子がなさすぎるな。百万歩譲って生まれ変わりを信じるとしても、お前の語る物語は荒唐無稽が過ぎる」
「おやおや。生まれ変わりではなく、
「世界が望んでいたのは、悲壮に満ちた
話を聞いたアストレアは、少し考え込むように小さくそう呟いた。
それに頷いたあと、リューはどこか悲しげに笑いながら話を続ける。
「ええ。そして、その
「それによって、今の時代まで続く道化の喜劇は守られたってわけか…。」
「……こんなことを聞いていいのか分からないけど、彼の真実を後世に残そうとは思わなかったの?彼が活躍した当時は出来なかったとしても、エルフだったあなたにはアルゴノゥトやオルナが死んだあとの時間もあったはず。彼女たちが死んだあとに、真実を広めようと思えば出来たはずよ」
「そう考えたのも一度や二度ではありません。死ぬ直前まで悩み続けましたし、死んだあとも悩んでいます。彼の活躍を、その悲壮な思いを残すべきだったのではないかと」
死んだあと―――。
つまり、彼女は今も悩み続けている。
誰よりも憂いに満ちた彼女の声と顔を見て、アリーゼは何か気づいたのか、とあることを思い出す。
「そう言えば、昔アーディに聞いたことがある。アルゴノゥトは白い髪に赤い瞳をした
「ああ、私が一時の衝動に身を任せて書き殴ったあれですか。当時色々あって、少し気を病んでましてね。旅の途中で書くだけ書いて、そのまま捨てたはずだったんですが、まさか残っているとは……。しかも、考証!あっはっはっはっ、世も末ですねぇ!」
何がおかしいのかリューは高笑いをしているが、アリーゼたちにはそれがどこか痛々しいものに思えて仕方がない。
「アストレア様、念の為お聞きしますが、嘘は―――?」
「一つもついてないわ。リューは真実しか語っていない。もちろん、そう思い込んでるだけの可能性もあるけど……。」
「私の精神病を疑うのであれば、オルナ殿たちにも話を聞けばいい。私と寸分違わない話をしてくれるでしょう。まあ、その場合私はオルナ殿に殺されますけどね!あっはっはっはっ!」
「殺されるって……」
明るく物騒な話をするリューにアリーゼは呆れるが、それも一瞬だけだった。
リューはふと高笑いを辞めると、すぐに影のある表情に戻る。
「―――彼の活躍を誰よりも世に広めたがっていたのは、オルナ殿でしたから」
その様子にアリーゼたちが何も言えなくなっていると、リューはそのまま静かに語る。
「それでも、結局はアル殿の思いを、人類の未来を憂いた彼の行動を。それらを尊重する形でオルナ殿は喜劇を遺しました。当然、何度も葛藤したはずですよ。自分を救ってくれた英雄を、自身の手で道化に堕としたのですから。彼の活躍を知られてはいけないと分かりながらも、誰か一人にでも知ってほしいと思っていたはずです。そんな彼女を差し置いて、私は自分勝手に英雄譚を語ったんですから。そりゃあ、殺されても文句は言えませんよ」
「リュー…。」
静かに語る彼女は、何を思ったのだろう。
彼女の心情のすべてを理解するなど神にも不可能だろうが、それでもその悲痛な思いだけは察するに余りある。
長い時を生きたエルフの中で、更に長く生き、その大半を後悔や葛藤で埋め尽くされた彼女は、一体何を思っているのだろう。
「とまあ、私が語ることは以上です。彼を助けたい理由も、彼に希望を見出す理由も、彼を愛する理由も。すべてはあの日の彼を見たから。大言壮語を吐きながらも無茶を成し遂げる彼に、私達はどうしようもなく魅せられているんですよ」
「……そう。」
「これでも説得できないのであれば、私は諦めましょう。これ以上の言の葉を私は持っていません。故に、私に紡げる歌はこれまで。さあ、皆様の答えをお聞かせください」
リューに促され、全員で顔を見合わせる。
アリーゼも、輝夜も、ライラも。
顔を見合わせると首を横に振るだけ。
彼女たちは、リューを止めるだけの言葉も力も思いも持ち合わせていない。
納得できてしまったのだ。
故に、判断を主神に託すことにした。
三人に見つめられたアストレアは、リューをまっすぐ見据えて問いかける。
彼女たちの、真意を。
「ねえ、リュー。答えを出す前に、最後にもう一つだけ聞かせて」
「はい、なんでしょう?」
「あなた達が愛しているのは、ベルなの?それともアルゴノゥトなの?」
その問いかけをされると、リューは思わず固まってしまう。
アストレアも、自分が卑怯なことを聞いている自覚はある。
それでも、これを確かめないことには送り出せなかった。
そうでないと、あの少年があまりにも可哀想だったから。
リューは迷いながらも、答えを口にする。
迷っていた時間は短かった。
答えは最初からあったのだ。
ただ、その答えが正しいものか分からなかっただけ。
でも、それ以外の答えを持ち合わせていないリューは、意を決して話し始める。
18階層でヘスティアに尋ねられた際、皆で出した答えを。
「18階層で、ヘスティア様にも聞かれました。私達が愛しているのは本当にベル殿なのか、と」
「―――その答えは?」
「分かりません。ベル殿がアル殿だから愛しているのか、それともベル殿がベル殿だから愛しているのか。いくら考えても、その答えは出てきませんでした」
「……………。」
「それでも!」
リューの答えに眉をひそめるアストレアだったが、続くリューの叫びに目を見開く。
「それでも、私達は愛しているんですよ、彼を。そんな疑念がどうでもよくなるくらい、心の底から、魂の奥底から。どうしようもないくらい、彼を愛してしまっているんです」
「それは……。」
「ええ。彼にはとても不義理なことでしょう。酒場でユーリ殿たちを糾弾しておきながら、この体たらく。笑われても文句は言えません。ですが、それでも私達は言い続けます。彼を愛していると」
答えを出さないまま、それでも愛し続ける。
不義理で、不条理だろう。
ベルに知られれば、絶縁されても文句は言えない。
だが、それでも彼女たちは彼を愛し続ける。
覚悟を持って、愛し続けるのだ。
「ベル殿に不義理の限りを尽くした私達は、それでも彼を愛し続けます。私達の英雄を、一生愛し続けます。答えなんてどうでもよくなるくらい、彼の全てを愛します。私達が持てる一生全ての愛を持って、私達は彼への愛を証明します」
「…………。」
「だから、どうかお許しください、アストレア様」
リューは頭を下げ、懇願する。
ただひたすらに英雄への愛を持って、許しを請うのだ。
「私達の愛した英雄を、今度こそ守りたいんです」
リューが語った物語は、この世界で広く知られた童話とはまるで違ったものだった。
しかし、それでも最後だけは共通していた。
アルゴノゥトは、獅子退治で命を落とした。
彼女たちは、守れなかったのだろう。
心の底から愛した英雄を。
死を跨いでも忘れないほど愛した英雄を。
彼女たちは、守れなかった。
そんな彼女たちに訪れた二度目。
守ることが出来なかった英雄を、今度こそ守る機会。
それを奪うことなど、アストレアには出来なかった。
アストレアが出す答えはたった一つだけ。
「顔を上げて、リュー」
顔を上げたリューに、アストレアは優しく微笑みかける。
その微笑みこそ、何よりの答えだった。
こうして、リュー・リオンは正義の元を去り、英雄の下に行く。
救えなかった英雄を、今度こそ救うために。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
「そう言えば、リオン」
「なんですか、アリーゼ」
「やろうと思えば一年間限定の改宗も出来たわけじゃない?なんでそうしなかったの?最初から選択肢にも入ってないみたいだったけど。私達のこと嫌いになった?」
「まさか。ただの個人的な問題ですよ」
「個人的な問題?」
「ええ。個人的な問題です」
「それがなにか聞いて良い?」
「つまらない話ですよ。聞くほどの価値があるとは思えませんが」
「それでもいいから聞きたいの!」
「物好きですねぇ…。」
「いいでしょ!?で、なんでなの?」
「ただの感傷です。ベル殿の近くで過ごしてしまえば、もう二度と離れられなくなるだろうなと。そう思っただけですよ」
「離れられなくなる?」
「彼の近くはとても心地良い。近づきすぎれば、離れられなくなる。現に、アル殿と過ごした王都での日々はとても楽しかった。飾ることのないただのリュールゥでいることが出来て、腹の底から笑いあえる友がいる。それがどれだけ幸せだったか」
「じゃあ、なんで旅に出たの?喜劇を広めるにしても、王都を拠点にすれば良かったのに」
「さっき言ったでしょう?離れられなくなるからですよ。あの時の私は、彼に近づきすぎて離れられなくなることを恐れてしまった。居心地の良い空間にいることを、良しとしなかった。だから、旅に出たんです。まあ、思えば下らない感傷です。今では後悔してますよ」
「ふ~ん…。ねえ、リオン」
「なんですか、アリーゼ」
「リオンって、アルゴノゥトのことが好きだったの?異性として」
「………………………………、まさか。」
「……………。」
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでも。頑張ってね、リオン」
「? ええ、もちろん。ベル殿を守ってみせますとも」
「…………うん。頑張ってね」
「アリーゼ?」
「なんでもないよ~。」
これは二人の間で交わされた会話の断片。
アリーゼの言葉が示す意味は、果たして。
場所は変わり、ヘファイストス・ファミリア支店の執務室。
執務机を挟む形で、神ヘファイストスは部屋を訪れた着流しの男…ヴェルフと向かい合っている。
ヴェルフの顔には確かな覚悟が滲んでおり、普遍の誓いを感じさせる。
その顔を見れば、彼がなぜここを訪れたのかなど一目瞭然だった。
だがそれでも、ヘファイストスは彼に問いかける。
「何の用?」
分かることでも、ヘファイストスは言葉をもってその真意を探る。
神と人、本来であれば全く違うはずの両者が共に歩むためには、語り合うことが必要不可欠だと彼女は思っているのだから。
「お別れを告げに来ました」
ヴェルフのその言葉を聞いて、ヘファイストスは少し残念に思い目を細める。
しかし、それを押し殺して沈黙を保ち、ヴェルフの次の言葉を待つ。
分かりきっているその言葉を、待ちわびる。
「ヘスティア・ファミリアのもとに行くことを許してください」
その言葉を聞いて、やはり寂しく思う。
目をかけていた可愛い眷属なのだ。
その感情は当然のものだろう。
だが、それでもその感情を表に出さずに毅然とした態度で問いかける。
「そんな勝手な真似を、私が許すとでも思っているの?」
「自分が敬愛する女神は、ここで出ていかなければきっと叱りつけてくるでしょう」
自身の問いかけに対し、何の淀みもなく答えるヴェルフ。
だが、それを見て、ヘファイストスは少しの沈黙を持ったあとに問いかける。
ずっと疑問だった、彼の真意を。
「……この都市に来るまでのあなたは、魔剣を憎み血筋を嫌っていた。信じていたものに裏切られて、過去の栄光を強要され、そんな過去を背負う自分自身のことも嫌っていた。そして、一族の魔剣を超えるものを打って、すべてを見返そうとしていた」
「………そう、でしたかね?」
「そうだったわ。そう、“だった”のよ。全ては過去のことよ。今のあなたは違うわ。もちろん、根っこの所ではその思いはちゃんと残っているんでしょう。一族の魔剣を超える剣を打ちたいという思いは今も変わっていないはずよ。それでも、打ちたいと思うその理由の中に、一族への復讐なんて言う余計なものはなくなっている」
「…………。」
「この都市を訪れしばらく経ったある日から、あなたは変わったわ。何かを探すように、何かを求めるかのように、あなたは鎚を振るい始めた」
「…………。」
「その時からよ、あなたが変わったのは。1ヶ月間、手に金槌を持つこともせずに、朝から晩までずっと何かを………誰かを探すように都市を走り回っていたあの頃。探していたものが見つからないと悟ったあなたは、狂ったように剣を打つようになった。今までのように憎悪からではなく、もっと強い使命感や強迫観念のような感情から鎚を振るい始めた」
ヘファイストスはそこで一度話を区切り、目を閉じてから再度ヴェルフを見つめる。
まっすぐとした視線で彼を見据え、見定めようとする。
彼の抱く、その思いを。
「ベル・クラネルが、あなたの探していた相手なの?」
「…………ええ。」
「なぜそこまで、彼にこだわるの?」
そう問いかけられたヴェルフは迷うように逡巡したあと、ゆっくりと語り始める。
嘘偽りのない、自身の思いを。
あの日彼がくれた、あの言葉を思い出しながら語るのだ。
「俺のことを親友と呼んでくれたんですよ、あいつは」
「親友…?」
「流されるままに生きてただけの俺を、あいつは友と呼んでくれた。仲間と呼んで、信頼してくれた。ただ、それだけのことです」
「たったそれだけのことで、手に入れた栄誉を投げ捨てるの?」
「あなたともあろう
ヴェルフはヘファイストスを見つめ、ハッキリとした口調で答える。
自分にとって、ベルがどれだけの存在なのかを。
「俺が全てを賭けるには、それだけあれば十分です。栄誉なんてクソ喰らえだ。栄光なんてどうでもいい。ただ俺は、あいつを救いたい…!」
ヴェルフは叫ぶ。
かつての後悔を、もう二度と味合わないために。
それを見たヘファイストスはもう一度尋ねる。
「貴方をそうまで駆り立てるものは、一体なに?」
その問いかけに、ヴェルフは答える。
3000年前からずっと抱いている、たった一つの答えを。
「友のため。俺を信じてくれた、かけがえのない英雄のため。あいつが俺を友と呼ぶのなら、俺は何度だってあいつの手を取ります」
そして、もう二度と離さない。
もう二度と失わない。
そのためならば、クロッゾは何度だって命を賭ける。
力強く断言されたその言葉に、ヘファイストスはフッと笑みをこぼす。
「まさか、そこまで思ってるとはね…。」
「昔から決めてたことです。国を救えずとも、世界を救えずとも、あいつだけは救って見せる。あいつが世界を救うなら、世界を救うあいつを俺は救いたい」
「そう…。」
目をかけていた子供が、まさかここまでの感情をベル・クラネルに抱いていたとは流石のヘファイストスも予想外だった。
何があったのか、それを敢えて尋ねるような真似はしない。
そんな野暮な真似はしない。
ここまでの覚悟を見せられたら、そんなマネ出来るわけがないのだから。
「いいわ。許しましょう。貴方の言う英雄をちゃんと救ってきなさい」
「ありがとうございます!」
「もう戻ってくるつもりはないんでしょう?」
「ええ。今後俺の鎚は、俺を生かしてくれた血は、あいつのために振るいます」
「……生かしてくれた、血?」
「お世話になりました。ヘファイストス様のもとを去っても、あなたから受けた御恩は一生忘れません」
ヴェルフの言葉に、一瞬疑問を持ったヘファイストスだったが、彼の言葉を聞いてすぐに思考を切り替える。
最後に彼に餞別の品を渡して、見送る。
自身のもとを去る、子供の背中を見送るのだ。
見送った子供に恋をし、彼と奇怪な縁で結ばれることになるのはまだもう少し先の話。
彼の血に宿る彼女を見た時、ヘファイストスはどんな反応をするのだろう……?
「力になれない私達を許してください、ベル~!」
「ちょ、え!?わ、分かりましたから!!ていうか、許すも何もないですから!」
「ベル~!!」
「ベルが困ってるだろうが。いい加減にしとけよ、お前」
縋り付きながら謝罪をするアイズ。
縋り付いてくるアイズに戸惑いながら引き離そうとするベル。
縋り付くアイズを見かねて拳骨を落とすベート。
この場はまさに、カオスという言葉が正しく表現されていると言えるだろう。
そんなカオスな現場はベートの拳骨で一応の落ち着きを見せ、向かい合う形で座り込む。
「さてと、このバカのアホな行動と一緒に、
「あぁ、いえ。他派閥間の問題に首を突っ込むほうが難しいのは分かっているので、お気遣いなく。こうして特訓に付き合うのも本来はタブーな筈ですし…。それだけでも、十分ありがたいです」
「そう言って貰えると助かるわい。実を言うと、この特訓に関してもフィンやリヴェリアからグチグチ言われておってのう…。」
「前回ベルを助けに行った時も、相当怒られましたしね」
「まあ、反省も後悔も一切してないけどね。適当に返事しながら謝ってたら許してくれたわ」
「意外とチョロい所ありますよね、リヴェリアって」
「えぇ……。」
助けられたベルが言えることではないが、派閥のことを思えばあの時の行動はかなりマズイものだったはずだ。
怒るのは至極当然なはずなのに、散々な言われようである。
ベルは心の中で、こっそりとフィンとリヴェリアに謝罪する。
また今度、菓子折りでも持って謝りに行こうと決めた。
「まあ、すまないがそういうわけだ。本当は援軍として暴れてやりたいところだが、無理だった。勝負の内容も、クソだったしな」
「あの、
「“攻城戦”だそうだ。攻め手が防衛側の城を攻め落とせるかどうかで勝敗が決まる、攻めるにしても守るにしても大人数が必要となるクソゲーだ」
ベルの質問に、苦々しく答えるティオネ。
そんな様子のティオネを見て、流石のベルも顔をしかめる。
「ロキの話だと、クジを引いたのは神ヘルメスだ。しかもあの神、あろうことか自分の口から出した助っ人制度を却下したらしい。何がしたいんだ、あの神は」
「あの、助っ人制度って?」
「一人だけ他派閥から助っ人を呼ぶことを提案したらしい。当然のようにアポロンは却下し、それに対して神フレイヤが進言したことで都市外の派閥からという条件付きではあるものの、助っ人制度が認められた。だが、あの神は―――」
「さっきそこのアマゾネスが言ったように、自分でその制度を無に帰した。オラリオが滅ぶとか何とか言ってたらしいが……、腹立たしい」
「元々当てに出来ない助っ人とは言え、あるのとないのとでは違ってくるし。それなのに、あの神は―――」
「なるほど……。」
ベートたちはヘルメスに対して怒りを募らせるが、一方のベルは『だろうな』という感想しか出てこなかった。
ヘルメスの言う通り、都市外からの助っ人を許可した場合、オラリオが滅びかねない。
あの人達の病状を知っているベルには彼女たちを呼ぶ選択肢など最初から存在しないが、どこかから聞きつけてやって来かねない。
力になれないと分かっているのであれば、勝敗が決するまでは静観するだろうが、力になれる可能性が存在するのであれば、あの人達はまず間違いなく来る。
最後に見た時病状がひどく、歩くのが精一杯だった義母はともかく、祖母は間違いなく来る。
そうなれば、場は余計混沌とするだろう。
それを回避するためには、ヘルメスの選択は正しい。
というか、あの祖母が来るのであれば、ヘルメスは確実に死ぬだろうし。
「とにかく、状況は最悪です。戦力が足りない以上、ベルには強くなってもらうしかありません。そこで、そんなベルのために私達はとある物を用意しました!」
「とあるもの…?」
「これです!」
暗くなった雰囲気を変えるように明るく振る舞うアイズは、とある物を取り出した。
ベルに渡されたそれは、一冊の古ぼけた本。
タイトルは「猿にでも分かる!最強の魔法!」だった。
この本が放つ既視感に、当然ベルは気づく。
「あの、アイズさん…?」
「なんですか、ベル?」
「これ、魔導書ですよね?」
「ええ、そうですよ?」
「貰えませんよ、こんなに凄い本!!」
ベルはすごい勢いでアイズに魔導書を突き返す。
当然アイズも返品を受け付けず、グイグイとベルに押し付けようとする。
「大丈夫ですよ!あとからお金を請求したりしませんから!純粋なプレゼントですから!」
「余計受け取れませんよ!?それに、僕の魔法スロットは一つだけなんです!今更魔導書を読んだ所で意味ありませんって!」
「大丈夫ですから!」
「何が大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です!」
「だから何が!?」
「大丈―――ヘブシッ!」
「ちゃんと説明してやれ、このバカ」
無理矢理ゴリ押ししようとするアイズに、本日二度目の拳骨が落ちる。
ベートは呆れながらも二人の間から魔導書を取り上げ、一度冷静にさせるために説明を始める。
「いいか、ベル。まず最初に説明しておくと、魔法スロットの残数は心配いらない」
「…え?」
「スロット数は自然発現する可能性のある魔法の数を指す。そして、質の良い魔導書を使えば、一定確率でスロット数が一つ拡張することがある」
「そうなんですか!?」
「そうなんですよ!しかも、この魔導書は皆でお金を出しあって買った高品質のもの!偶然いいのが見つかったんですよ!」
「金を出したのは殆ど私とドワーフと、姉の方のアマゾネスだろうが。お前らは雀の涙もいいところだっただろ。破産寸前の債務者共が威張るな」
調子に乗って声を上げるアイズを、今度は言葉で黙らせる。
うなだれるアイズを放置して、ベートは説明を続ける。
「もちろん、確率は低い。カジノに行って一攫千金を狙う方がまだ現実味があるレベルだ。スロット数がある奴が読んでも発現するかどうか分からんものを、スロット数がない奴が読むメリットもない。こんなことに金を費やすくらいなら防具や武具を買った方が余程効率的だし、仮に魔法が発現した所でそれが使い物になるかどうかも分からん。だから、都市最大派閥である私達やフレイヤ・ファミリアですら、こんなことはやらない」
「じゃ、じゃあ―――」
「だが、今回……もっと言うなら、お前に関して話は別だ」
ベートはベルの胸を指で指し示しながら、話を続ける。
彼が見据えているのは、ベルの背中にあるステイタス。
その中でも、発展アビリティの欄に現状唯一刻まれたもの。
「お前は『幸運』という前代未聞のレアアビリティを持っている。それの効果範囲までは分からんが、賭ける価値はある。今私達に出来ることがこんなことしかないのであれば、私達はそれを選ぶ」
「で、でも―――」
「金のことは気にするな。アイズも言った通り、私達からの贈り物だ。私達が好きでやっているだけだからな」
有無を言わせない雰囲気で、ベートは魔導書をベルの胸に押し付ける。
「勝つんだろう?あいつらに。母親の思い出を壊したあいつらを、ブチのめすんだろう?なら、手段を選ぶな。手に出来る可能性がある力を逃すな」
「…………。」
「それでも気にするのであれば、強くなって私達を助けろ。私達が与えた力で、私達と一緒に戦え。そのためにも、アポロンに勝て」
ベートの思いを受け取ったベルは、ゆっくりと魔導書を手にする。
覚悟を持って、魔導書を握りしめる。
「それでこそ私達の英雄だ」
そう言って、ベートはニヤリと笑った。
魔導書を受け取ったあと、ベルはすぐに読むことにした。
貴重なものを手元においておくのはベルの神経に悪いし、何よりも発現する魔法によって今後の戦略や特訓の内容も変わってくる。
新たな魔法の有無は、それだけ重要なのだ。
目が覚めた直後に来ていたヘスティアにより直ぐ様ステイタスは更新された。
「あの子達はなんでそこまでしてくれるんだろうねぇ…」
とは、その時のヘスティアの言葉だ。
そして、案の定と言うべきか、魔法が発現していた。
本来なら発現した魔法を早速使ったりして狂喜乱舞している所なのだが、今はそんな場合ではないのでグッと抑え込み早速ステイタスをベートたちに見せる。
「まさか、本当に発現するとはな…。」
「ベートさんたちが言い出したのに!?」
「殆どダメ元みたいな感じでしたから。何も出来ない私達が自分を納得させるためだけに散財したようなものですし」
「まあ、それはさておき。どうします、この魔法。常時発動させておきたいところですけど、無理ですよね?」
「実際に試してみんと分からんが、おそらく無理だろうな。
「レフィーヤ、一応聞いておきますが【
「無理ですね。発現した後、ベルに協力してもらって色々試してみたんですけど、発動条件が物理的な距離とかじゃなくて。多分ですけど、私の精神性が重要になってくるみたいで」
「というと?」
「えっと、要するに、私がベルと一緒にいるって思えればどんな状況下でも発動できるんです。物理的に近くなれば当然一緒にいるって思えるから簡単に発動できるんですけど、そうじゃないなら結構厳しくて。大規模な作戦に別隊で参加することにでもなれば、多分距離が開いていても発動できるんですけど……。」
「今回は違いますしね。ちなみに気合や根性、思い込みで無理矢理発動したりとかは?」
「無理です。むしろ、思い込もうとすればするほど、ベルの力になれていないってことを自分自身に突きつけられることになるので、逆効果になります」
ベルの魔法威力の向上を狙ってレフィーヤに尋ねてみるが、帰ってきた答えは良いものではなかった。
まあ、当然といえば当然だ。
そんな事が出来れば反則もいいところだし、そもそもそんな真似ができるほどアルゴノゥトは器用な男ではなかった。
ならば、彼の名を関するスキルが、そのような真似をできるわけもない。
「ならば、ここ一番で使うしかないな。使えるとしたら一回限りだ。使い所は見極めろ。それを含めた戦闘技術を今から―――っと、その前に。そこに隠れてる鍛冶師とエルフ。用があるならとっとと出てこい」
「―――そんなに睨むなよ。こっちにだって色々事情があるんだ」
「やっと色々片付いた所なんですから、少しは労ってくれてもいいんですよ?」
「ヴェルフ!それに、リューさんも!?」
「よう、ベル!」
「ご無沙汰しております、ベル殿」
ベートに言われて出てきたのは荷物を抱えたヴェルフとリュー。
二人は気軽くベルに声をかけながら話に加わる。
「で、何のようだ?」
「そんなに急かさなくても手短に終わらせるって。まだ準備は終わってねえんだから。」
ヴェルフはドカッと荷物を地面に置き、その中身をベルに見せる。
そこには、新調された防具が入っていた。
「改良を施して新調した防具一式だ。受け取ってくれ」
「ありがとう、ヴェルフ!」
「良いってことよ!本当は魔剣も用意してやりたいところなんだが、用意できる本数に限りはあるし、使い道は他に決まっちまったんだ。悪いな」
「これだけでも十分だよ!本当にありがとう!!」
嬉しそうに笑うベルに、ヴェルフも歯を見せながら笑う。
それを見ながら、リューはベルにさらなるプレゼントを届ける。
「その防具に加えて更に、良い知らせともっと良い知らせがありますよ。どちらから聞きたいですか?」
「? じゃあ、もっと良い知らせからで」
「おや、ベル殿はメインディッシュを最初に頂くタイプでしたか」
「戯言は良いからとっとと言え」
「忙しないですね、ベート殿は。まあ、それはさておき。もっと良い知らせですが、ヴェルフ殿とヘスティア様、そしてタケミカヅチ・ファミリアの方々の手によって、リリルカ殿の救出が完了しました。ソーマ・ファミリアの方も、アストレア・ファミリアが摘発しました。事実確認に手間取っているのでもう少し時間がかかるでしょうが、直にファミリアの体制も改善されていくでしょう」
「本当ですか!?」
「ええ、もちろんですとも。リリルカ殿と、そして後で挨拶に来ると仰っていた命殿。お二人もヘスティア・ファミリアに改宗して今回の戦争に参加してくださります。それによって、作戦なども決定しましたので、それは後ほど」
嬉色に満ちた表情で笑みを浮かべるベルに、リューは優しく微笑む。
「で、もう一つの知らせは何だ?」
その知らせの内容が分かりきっているベートは呆れたようにしながら続きを促す。
一方、知らせがわからないベルは期待を寄せながら待ちわびている。
そんなベルを可愛く思いながら、ヴェルフとリューは答える。
「俺……ヴェルフ・クロッゾと、」
「わたくしリュー・リオンも、」
「「本日を持って、ヘスティア・ファミリアに移籍することになった/なりました!!」」
二人は声を揃えながら、最後に礼節に則ってそう言った。
呆気にとられているベルに、それぞれは告げていく。
「本当に良いのか、なんて野暮なことは聞くなよ?これは俺達がやりたくてやってることだ」
「ちなみに、クロッゾ殿とリリルカ殿、命殿は今すぐに移籍が発表されますが、私の方は神ヘルメスに根回しさせて攻城戦の舞台に移動が完了したタイミングで発表される手筈になっています」
「あくどい真似をするわい…。」
「これも策略ですとも!あっはっはっはっはっ!」
呆れ返るガレスに、高笑いをして堂々と言うリュー。
他の面々も呆れ返っているが、どこか嬉しそうに笑っている。
そんな彼らをどこか遠くを見つめるように眺めながら、ベルはギュッと拳を握り込む。
彼らから受け取った愛を胸に、負けられない覚悟を再度胸に刻む。
「―――ありがとうございます」
「………気にするな」
そう呟いたベルに一同は一瞬呆気にとられたものの、すぐに笑顔を浮かべる。
ベルを乱暴に、だけど優しく撫で回した後、自分たちの英雄を思い出しながら言うのだ。
『心の底から笑う、お前が見たいんだ』、と。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
それは約束の日時の前日。
ベルが馬車で決戦の地に向かう直前のこと。
「ベル。最後にもう一つだけいいか?」
「はい、なんですか?」
「お前の決意を鈍らせる可能性があるから最後まで言うべきかどうか悩んだんだが、一応伝えておく」
ベートは最後の最後まで悩みながらも、ベルに念の為伝えておくことを決めた。
「お前が負けても、神ヘスティアやお前の身柄は私達がどうにかする」
「それは……。」
「もちろんお前の勝利を疑ってるわけじゃない。むしろ、えっと、あれだ…。クソッ、こういう時は無駄に口が回るあの道化を羨ましく思うな」
口下手な彼は、それでも必死に悩みながらも、最後の励ましの言葉をベルに送る。
「お前は気負わず、思いっきり戦ってこい。最悪の場合でも、後のことは私達がなんとかしてやる」
「ベートさん……。」
「こんな事を言った後に言うのが正しいのかは分からんが―――」
ベートは一瞬間を置いて、ベルをまっすぐ見据え微笑みながら、最後の激励を送る。
「勝ってこいよ、ベル」
「―――はい!!」
笑顔で元気よく激励に答えるベル。
彼を見送りながら、ベートも決戦を見守るべくこの場を後にする。
「やあ、ベート。隣良いかな?」
「チッ、フィンとハイエルフか…。何のようだ?」
「決まってるだろう?この戦争の行方を見守るんだよ」
ロキ・ファミリアのホームにて。
周囲に誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出していたベートの隣にわざわざ座りながら、フィンはそう言った。
フィンとリヴェリアに一瞬だけ胡乱な視線を向けたが、すぐにどうでもいいと判断して戦争を中継する鏡を見つめる。
「君はどっちが勝つと思ってるんだい?」
「ベル」
分かりきっていることを聞くなと言わんばかりに短く答えるベート。
そんな彼に、今度は二人が胡乱な視線を向ける。
「まあ、当然と言えば当然だろうが、やけにハッキリと答えるのだな」
「当たり前だ。私達の英雄があの程度の逆境で負けるか」
「私達の英雄……ね」
その言葉に引っかかったと言わんばかりに反芻し、フィンはベートに尋ねる。
「君達と彼がそこまで仲を深めるほどの時間は彼にも君たちにもなかったはずだけど、一体いつそこまで仲良くなったんだい?」
「……テメエ等、やっぱりベルの過去を洗ってやがったな。くだらねえ真似しやがって。勇者の誇りとエルフの高潔さはどこに行った?」
彼らを批難するように皮肉を口にするベート。
そんな彼に一瞬だけ顔をしかめながらも、フィンは素知らぬ素振りで答える。
「そりゃあ、気になるだろう?大切な仲間のことなんだ」
「ハッ!テメエは昔からそうだな。あいつと同じで口がよく回りやがる」
「……………。」
「テメエ等に話すことは何もねえ。黙ってベルが勝つ所を見てろ」
「………君たちにとって、彼は何なんだい?」
「またその質問か。何度も答えたはずだ。“英雄”だと」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけどね……。」
「これ以外に答えることはねえ。言っただろ。テメエ等に話すことは何もねえ」
その言葉を最後に、ベートは何を聞かれても答えることはなかった。
そうして、
クロッゾの魔剣で強襲するリュー。
部隊を足止めする命。
変装によって忍び込んだリリルカによる手引き。
それらによって、最終局面を迎える。
「貴様ぁ!?誇り高き
砦を守っていたエルフのうちの一人は、魔剣を手に襲いかかってくるリューに激昂する。
かつて故郷の森を焼いた元凶を振るう彼女を、何よりも忌まわしく思ったのだろう。
だが、リューはその全てをあざ笑う。
「私と貴方とでは認識に差異があるようですねぇ。私の知る
「な、なんだと!?」
「それに、誇りだ何だのと。そんなことを言ってるからいつまで経ってもエルフは進歩がないんですよ。嗚呼、くだらない、くだらない!そんなくだらないものに囚われているから、エルフという種族そのものがくだらなく落ちぶれて行くんですよ。真に誇り高き英雄を知らないくせに、一丁前に誇り高さを歌わないでもらいたいものですね」
エルフという種族そのものを否定するかのようなその言葉。
他の誰もその言葉を口にする権利がなくとも、リューだけはそれを有する。
彼女だけは、それを歌うことが出来るのだ。
リューの相手をしていたエルフは最早言葉も忘れ、襲いかかる。
もちろん、魔剣の効力を発揮するまでもなく意識を刈り取ったリューは、他の場所を眺めながら戦っている仲間に思いを馳せる。
「さてさて。命殿も戦っているようですし、私ももう一踏ん張りするといたしましょう。勝敗が分かっている勝ち戦とは言え、手を抜いては勝てるものも勝てなくなる」
魔剣を一振りし、リューは砦を更に壊していく。
「さあ、掛かってきなさい!あなた達が飽くまで、存分に相手をしてあげましょう!」
リューは魔剣を構えて、再び大勢を相手に戦い続ける。
そして、その時だった。
城の中枢から、赤き炎雷が猛りを上げたのは。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
「はあーっ、はぁー……ッ!?」
自身に降りかかった瓦礫を押しのけながら、ヒュアキントスは立ち上がる。
「なんだっ、なんだ今のはァ!?」
状況が理解できないと言わんばかりに、ヒュアキントスは周囲を見渡しながら叫ぶ。
仲間はいない。
倒れた上半身や片腕などが瓦礫の隙間からかろうじて見えるだけ。
自身以外の全員が、全滅したことを正しく表している。
「どこだ!?」
剣を構えて、油断なく周囲を見渡しながらヒュアキントスは叫ぶ。
いない筈がない。
この好機を逃すはずがない。
そう思い、焦燥にかられながらも周囲を見渡す。
すると、彼はそこにいた。
軽鎧の上から白いローブを羽織り、赤く冷たい瞳でヒュアキントスを見下ろしている。
強襲もせずに、ただ呆然と見下ろしている。
まるで、お前の方が格下だと言わんばかりに。
「随分煤汚れた姿になったな。猿山の大将にはお似合いだ」
「舐めるなよ、貴様!貴様独り如きで何になる!?この好機をモノにしなかったことを後悔するといい!」
「強者の余裕も理解できんとは。やはり、猿頭か」
そう言いながらも、ベルは油断なく短刀を構える。
ヘスティア・ナイフは担保に入れているため手元にはない。
故に、ヴェルフが打った“牛若丸弐式”を構え、最後の攻防を始める。
「来い、引導を渡してやる」
「あれは本当に、ベル・クラネルなのか…?」
「あの温和な少年がな…。」
フィンの目には、別人に映った。
いつも温和で苦笑いを浮かべている少年は、冷酷な瞳と冷たい口調でヒュアキントスを追い詰めていく。
もちろん、ステイタスや技、駆け引きなども別人レベルに変わっている。
だがそれ以上に、彼の変貌に目を奪われてしまう。
「あいつは昔からああだ」
驚きを隠せないフィンとリヴェリアに、ベートは一切鏡から目を話すことなく話し始める。
昔を思い出すように、目を細めながら。
「あいつは基本的に誰かに怒りを向けるような真似はしない。それが敵であろうが、何であろうが、他者を慮り労る。だが、それでも自分の大切なものを愚弄され、身勝手に傷つけられた時だけは話が別だ。ああなったあいつの怒りは、何よりも恐ろしい」
「……その口ぶりだと、君も彼を怒らせたことがあるように聞こえるけど?」
「一度だけな。本気ではなかったのだろう。それでもあいつは確かに、私に怒りを向けた。いつもの軽薄な笑みを消してまで、私に啖呵を切った」
「………軽薄?」
「普段怒らん奴が怒った時ほど、空恐ろしいものもない。ましてやあいつが怒るとなると、一体どうなることか」
ベートは鏡を見つめながら、どこか愉快そうに笑みを浮かべた。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
甲高い音を立てて、ヒュアキントスの剣がベルの牛若丸に切り落とされる。
名匠の域にまで達しているヴェルフが打った会心の一振りの前に、ヒュアキントスの剣などナマクラも同然だ。
打ち合えば、当然負けるのはヒュアキントスの方。
「なぜだ、なぜッ!?私はLv.3だぞ!?」
「レベルなどというただの指標に囚われている時点で、貴様の負けだ」
ベルはそう冷たく言い放ちながらも、二振りの紅刀でヒュアキントスを斬りつけていく。
ヒュアキントスの傷はどんどん増えていき、満身創痍だ。
だが、一方でベルもそこまで余裕があるわけではない。
最初の一撃で、大半の精神力を消耗した。
手足は軋み、限界は近い。
故に、短期決戦でしか勝ち目はない。
限界を引き千切りながら、ベルはさらに加速していく。
「ぐぅうっ………っ!?」
ヒュアキントスは唸り声を上げながらも、必死に食い下がり、大きく距離を取る。
そうして、最後の賭けに出る。
「―――【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」
全力の跳躍で必死に距離を取りながら、詠唱を開始する。
「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!
【放つ火輪の一投――】!」
砂埃を舞い上げ、視界を遮りながらも更に距離を取る。
もちろん、魔法の発動を察知したベルはそれを阻止すべく、牛若丸を手放した右手を前に突き出す。
「【ファイアボルト】!」
魔法の発動時間で、ベルに適う存在は世界でたった一人しかいない。
そのたった一人ではないヒュアキントスには、それを相殺することも躱すことも出来なかった。
「~~~~~~~~~~~~っ!?――【来れ、西方の風】!!」
悲鳴を押し殺し、魔力の操作を手放さなかったヒュアキントス。
ベルはさらなる追撃をしようとしたが、それは叶わなかった。
「やぁー!?」
瓦礫の中から体当たりをしてきたカサンドラを躱したことで、追撃が出来なかった。
このままカサンドラに気を取られれば、危うくなる。
だが、その心配はしていない。
「ベル様!!」
「きゃっ!」
ベルは一人ではない。
変装魔法を解き、誰よりも早くこの場に駆けつけたリリはカサンドラを跳ね飛ばし、ゴロゴロと転がりながらもつれ合いになる。
「ありがとう、リリ!」
それを見たベルはお礼を言いながらも、ヒュアキントスに向けて駆けていく。
だが、それは一歩遅かった。
ヒュアキントスの魔法は、すでに完成していた。
「【アロ・ゼヒュロス】!!」
円盤投げのフォームから放たれる太陽の如き魔法。
それを滑り込むようにして回避したベルは、スピードを落とすことなく走り続ける。
「無駄だッ!?」
「チッ!」
しかし、あろうことかアロ・ゼヒュロスは追尾型。
躱してもベルを追いかけてくる。
それに小さく舌打ちをしたベルは、その
アイズたちから渡された魔導書によって、新たに発現した魔法。
あの日見た、理想が形になったもの。
フゥーっと小さく息を吐いたベルは、それを歌う。
「―――【それは遥か彼方の静穏の夢】」
超短文詠唱。
それがヒュアキントスの耳に入る前に、彼は終わりとなる決定打を放つ。
「
瞬間、ベルに迫っていた円盤は眩く光る。
爆発する寸前。
追尾し、二段階で爆発するこの魔法こそ、ヒュアキントスの切り札だった。
だが、それは無意味だ。
なぜなら、爆発するより早く、ベルの魔法は完成しているのだから。
「【
直後、爆撃がベルを襲う。
砂埃を巻き上げ、周囲を焼くそれら。
しかし、それらはベルにとっては意味をなさない。
すべての魔法は、今のベルには届かないのだから。
「なっ―――!?」
「終わりだ」
全くの無傷のベルは、そのままヒュアキントスの懐にまで肉薄する。
右腕に白光を纏い、鐘の音を鳴らしながら、ベルはその右腕を振り抜く。
魔法が直撃したと思い勝利を確信し、油断しきっていたヒュアキントスはそれを防ぐすべを持たない。
勝利を確信したときこそ、一番の隙となるのだ。
ヒュアキントスの左頬に、その拳は叩き込まれた。
ヒュアキントスはそのまま、30Mは吹き飛ばされることになる。
白目をむいたまま仰向けになったその体が動くことは、もうなかった。
風が止み、静寂が戦場を包む。
紛うことなき、決着の瞬間だった。
「やりましたよ!!」
「やった、やったわ!!」
「ベルの勝ちです!!」
「よっしゃ!!」
「さすがベルじゃ!やりおったわい!!」
「よし!!」
ベルの勝利にアイズたちは歓声を上げ、喜び合う。
その様子を眺めながら、フィンとリヴェリアは考え込んでいた。
フィンは、ベートが話していた言葉の違和感について。
リヴェリアは、ベルの使った魔法について。
それぞれが、深く思考を巡らせている。
(あの言葉の意味は……。)
(あの魔法は、もしや……。)
違うことについて考えている二人だが、同じタイミングで鏡を見上げる。
そして、リヴェリアは見上げた先にいたベルの姿に、既視感を覚えた。
ヒュアキントスを冷たく見下ろすその瞳は、色こそ違えどあの女と同じものだ。
リヴェリアは、そう思った。
彼女たちがそれぞれの答えを得るのは、まだ先の話。
番外編『義母との手紙のやりとり』
前略 お義母さん、お祖母ちゃん、おじさんへ
オラリオに来てからというものの、こうして僕の方から手紙を書くのは初めてですね。
最近は如何お過ごしでしょうか?
お祖母ちゃんはお祖父ちゃんを見つけることが出来ましたか?
見つけても、お話するのは程々にしておいてあげてください。
お義母さんとおじさんはお元気ですか?
お二人の体調が少しでも良くなることを、遠く離れたオラリオの地から祈り続けています。
僕はと言うと、元気にやっています。
ヘスティア様というとても優しい女神様に巡り合うことが出来て、日々を楽しく過ごすことが出来ています。
大変なことも多いですが、優しくしてくれる先輩方もいらっしゃって、頼りになる仲間も増えて、これからもなんとかやっていくことが出来そうです。
先日のアポロン・ファミリアとの戦争遊戯の件、ご心配をおかけしてしまいすいませんでした。
キチンと勝ち、ケジメはつけました。
しかし、大きな代償もありました。
もうお耳に入っているかも知れませんが、お母さん達が大切にしていた教会がアポロン・ファミリアの襲撃によって壊されてしまいました。
本当にごめんなさい。
僕の力不足のせいで、お母さんの思い出の場所を守ることが出来ませんでした。
またお会いした時、改めて謝罪させていただきます。
第一級冒険者になって、お金をもっと稼げるようになったら必ず建て直してみせますので、どうかお許しください。
それと、もうご存知の事かと思いますが、アポロン・ファミリアはオラリオの永久追放という処分になりました。
無理矢理加入させられた団員たちは全員オラリオに残ることになっています。
多分、そのうちお祖母ちゃんあたりが何かしらの行動に出るのでしょう。
僕が何を言ってもお祖母ちゃんは止まることがないでしょうから止めはしませんが、無茶だけはしないでください。
お義母さんたちのご無事が、僕にとっての幸せです。
オラリオでの日々が落ち着き、余裕が出てきたらまたお見舞いに行きます。
仲間のこと、冒険のこと、神様のこと。
オラリオで体験したすべてを、お話したいです。
お義母さんたちにまた会える日を楽しみに、これからも頑張っていきたいと思います。
それまでお大事に、ご静養ください。
ベル・クラネルより 草々不一
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………………
……………
…………
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……
…
前略 ベルへ
戦争遊戯の件、そして教会の件、委細承知した。
あのアホ神に関してはお前の祖母に任せておけ。
狒々爺を追いかけるついでに見つけて、落とし前をつけると息巻いていた。
あの女も素人ではないし、むしろ手慣れていることだ。
お前が心配していることにはならんから、安心しろ。
それと、教会のことはあまり気にするな。
悪いのは全てあのアホ神であり、お前ではない。
そもそも、オラリオに行って半年も経っていないお前が全て対処しきれるなどとは思っていない。
むしろ、戦争遊戯に勝利したお前を誇りに思っている。
そして、二度のランクアップおめでとう。
半年も経たないうちに二度のランクアップなど、私達にすら出来なかった偉業だ。
遠く離れたこの場所にまでお前の勇名はしっかり届いている。
これからも、お前が成長し続けることを祈っている。
早くに成長し続けるお前をよく思わない冒険者も増えているだろうから、気をつけろ。
最後になるが、意外と早くに会えるかもしれん。
最近、私達二人に妙なスキルが発現したおかげで、体調が良くなってきている。
二人揃って今までにないくらい快調に向かっていってるからな。
この調子が続けば、もっと長くお前と過ごせるかも知れない。
しばらくの間……そうだな、あと4,5ヶ月ほどは安静にして経過観察を続けるつもりだが、それが終われば私達の方から会いに行こうと思う。
それまで、もう少しだけここでお前の活躍を楽しませてもらうとしよう。
私達が言えることではないかもしれんが、体調には気をつけるんだぞ。
お前の口から冒険を聞くその時を、楽しみにしている。
お前の義母より 草々不一
追伸
一応聞いておくが、あの狒々爺のたわ言を真に受けてハーレムを作るなどとは思っていないだろうな?
もしそうであるなら、殺す。
ついでに、お前に色目を使う雌犬どもがいるならそれも教えろ。
殺してやる。
あとがき
なんとか、アポロン・ファミリアとの戦争遊戯編が終わりました。
こうして書いてみると、ベートさんが一番師匠やってますね。
次は「時を渡る正義の乙女たち」のシリーズの方を書いていこうと思っていますが、どうなるかは分かりません。
ゆっくり気ままに書いていこうと思います。
それと、今回もとんでもない長文小説になってしまいすいませんでした。
もう少し読みやすいように短く纏めていけるよう頑張ります。
Q.「カサンドラさんが言ってた月ってアルテミス様のこと?」
A.違います。あれは原作にもあった文を少し変えたものなんですが、あそこで言われてた月はソーマ・ファミリアのことですね。