「や!愛染さん」
片手を上げてこちらに近づいてくるのは額に縫い目のない、夏油傑本人、もちろん羂索は入っていない。この数年間闇堕ちフラグを折ることに躍起になっていたからね。
「これが自然呪霊というやつかい?見るからに特級…あれ、愛染さん特級術師でしたっけ?」
「術師は幾つか奥の手というものを持っているものだからね。しかし君に取り込んでもらおうと弱らせるのには苦労した」
私の目の前には火傷が酷く、原型が辛うじて残っている漏瑚がうつ伏せで倒れている。七十番台の破道の完全詠唱でも祓えていないところを見るにやはりこのまま祓うのは惜しいということで、対象の脳内に直接言葉を飛ばす『縛道の七十七、天挺空羅』を使い、夏油を呼んで取り込んでもらおうと画策した。
「なるほど…では」
夏油が漏瑚に近づき、手を向けると漏瑚が真っ黒の玉に変形し、夏油の掌に収まった。夏油はそれを口に含み一飲みすると吐き出しそうに口元を押さえたあと、口元を手で拭った。
「これは…過去最低に不味いね」
「逆に言えば過去最高の戦力とも言える。さて、これで手札は揃った…これより五条を取り返しに行くとするよ夏油」
「…ずっと思っていましたけど、愛染さんはどこまでこの戦況を読んでるんですか?」
「どこまでか…私の知る限りで言えばほとんどかな?──ッ!」
「──愛染さん」
五条が獄門疆に封印されている地下五階を目指そうとした途端、圧倒的な呪力を感じ取った。やれやれ…羂索にはいつも一杯食わされる。
「あぁ、分かっているよ夏油…どうやら両面宿儺が顕現したようだ」
◆◆◆
「ふん、ようやく小僧から解放されたか」
虎杖悠仁の肉体に眠る呪いの王、両面宿儺が指を一度に十一本取り込むと肩を回し、脹相との戦いで敗れ気絶した虎杖に指を取り込ませた人物を一瞥する。
「今の俺は気分が良い、指十一本分程度の願いなら聞いてやらんこともないぞ──……裏梅か!!」
「お久しゅうございます」
宿儺から裏梅と呼ばれた白髪のおかっぱの人物は宿儺が生前の頃からの知り合いであり、この現代で再会を果たした主従の様な関係である。
「一時的に小僧が沈んでるおかげで出て来れたが、俺が自由になる日もそう遠い話ではない──おい、痴れ者が来たぞ裏梅」
ニヤリと宿儺は笑い、カツカツと暗がりから靴の音を鳴らして宿儺と裏梅に近づく人物にいち早く気がついた。
「やれやれ、先生に随分な言いようだね、虎杖くん…いや呪いの王、両面宿儺」
暗がりから徐々にその姿を現したのは愛染宗介であった。
「三下が…こちらで対処します」
片膝をついて立ちあがろうとした裏梅だったが、それを宿儺が手で制止した。
「よい、前々からアイツの態度は気に入らなかった『
片手で手印を結ぶと不可視の斬撃が愛染に向かって迫り、このままでは真っ二つになるところであったが、見えない壁のようなものに阻まれ宿儺の斬撃は霧散した。
「防いだ!?」
「(不可視の壁、ヤツの術式か…)」
「縛道の八十一、断空。この術式は言霊呪法と言ってね、決まった動きはないが、それ故に汎用性に富んでいる」
「(術式の開示…小細工だな)──無能ほど口は減らないと聞くが、その通りだな」
「流石、檻に囚われた呪いの王はよほど鋭利な爪を隠しているらしい」
「「………」」
一瞬、二人の間で無言の静寂が訪れ、宿儺の姿がフッと消えた瞬間、愛染の背後に回り背中の首筋を狙おうと腕を振り下ろす。
「ッ!」
しかしまたしても見えない壁の様なものに阻まれ宿儺の腕は止まる。
「首の後ろは生物にとっての弱点だ。そこを狙うのは正解かもしれないけどね、私が何も対策を施していないわけがないさ」
「凡夫風情が…」
◆◆◆
さて、最低指十五本相当の宿儺と戦う事は考えていなかったがどうにかなりそうだな。これが二十本全て揃ったのなら難しいだろうが今はなんとか…と言ったところか。
しかし私の勝利条件として、『手札の温存、鏡花水月の使用制限、出来る限り虎杖くんに体の欠損をさせない』、だけど虎杖くんが意識を取り戻すまでの時間稼ぎに徹していればどうにかなるか…。
裏梅の横槍も考えて漏瑚を配下に置いた夏油も待機させていたが、取り越し苦労になりそうだな。
「ふぅ、埒が明かんな…領域展開──」
マズイ!領域だと!?一歩遅れた。しかし裏梅が近くに居たはず…退避していたか、早いな。
「…ッ縛道の──」
「遅い、
瞬間、私の体は不可視の斬撃により切り刻まれた。少し離れたところに居る
…そう、それこそ何の対策も無しに呪いの王と対面するわけがない。まずは夏油に頼み、人の姿に似せて見せることができる呪霊を私の姿に見立て、最初に宿儺の前に出る。
前もって虎杖くんは見ているのでそのまま鏡花水月の錯覚に嵌めて、縛道の八十一、断空と首筋に小さな断空を三重にして配置させる。
後は本来の宿儺なら二百メートル単位ほどの広さで展開する領域を二メートルほどに短縮させるよう錯覚させた。
「宿儺は…何をやってるんですか?」
「私の術中に嵌めただけだよ。指が十五本であれば、術式開示をせずとも辛うじて術中に嵌められるようだね、良い情報だ」
夏油が聞いてきたのに、私の返答を聞いたら呆れた顔をされた。聞かれたから答えただけなんだが…。
「さて、少し予定外の事態だったが、宿儺を完全に無力化させるとするか…──ッ!」
「
縛道を発動しようとしたところで、体の表面を凍らせる様な裏梅の横槍が入る…あまり遠くに退避していなかったか、しかし体が動かずとも術式には問題ない
ちなみにこれは完全に余談だが、氷輪丸もこんなことができるのだろうな。氷雪系は総じてやっかいだね。
「縛道の六十一、六杖光牢。縛道の六十三、
宿儺に光の板が突き刺さり身動きを封じ、更に縄の様なもので体を縛り、最後に呪力を吸収する仕掛けのある九つの玉を宿儺の周りに滞空させる。この縛道の重ねがけが出来るのも言霊呪法の優れる点だろう。
「貴様ッ!よくも宿儺様を!」
「愛染さんばかりに構っていて良いのかい…早速出番だよ。特級呪霊、漏瑚」
夏油が先ほど取り込んだ漏瑚を早速呼び出し、すぐさま氷を溶かす。なるほど、呪霊操術で出した呪霊は以前の様に喋る事はなく、目が虚になり文字通り操られる様になるのか…尊厳破壊もいいところだね。
「漏瑚ッ…」
「おや、君たちの仲間だったのかい?それは悪いことをした」
目的が同じで協力してるだけで仲間ってわけではなさそうだけど、裏梅の問題としてるところは自分の氷を溶かされる炎の術式を持ってる点だろうね。
「じゃあ氷の術師は君に任せるよ──」
「捕まえたぞ?凡夫」
そこには文字通りの呪いの王が私の腕を掴んでいた。
お疲れ様でした。
やはり呪いの王は規格外なんだって、はっきりわかんだね