――私はどうやら異世界転生したらしい。
らしい、というのは私の前世の記憶が何一つ正確でなく、非常にあやふやだからだ。
流行りの転生トラックか?それとも誰かを庇って強盗に刺されたのか?アル中か、それとも病気か、老衰か。
まだ学生だった気もするし、社会人として働いていた気もする。大学とかで学ぶような専門的な知識を持っていたような気もするし持っていなかった気もする。
性別が男であったか、女であったかすら定かではない。黒髪美少女だったような気もするし、赤髪のイケメンだったような気もする。そもそも前世に私はいたのだろうか?
「……」
人が同時に10人くらいは入りそうな大きな姿見が映すのは、貴公子みたいな豪華な服を着る男児。鏡の使用率は4%くらい、これが今生の私だ。
前世がなんなのか、思い悩んでも結局よくわからなかった。ただ、確実に3歳児ではなかったはずだ。これが、異世界転生だと思った理由のひとつ。
それと、もうひとつ。
「うん。よく似合ってるぞ、グルグル」
そう言ってにょきっと鏡に映りこんでくるのは、ちょび髭が気に入らない金髪を短く刈り揃えたイケメン。
今生の父――名を、アルマン・ガンデスブラッドといった。
ガンデスブラッドなんてクソ言いづらい名前、思いつく作品は1つしかない。
そう――「ひきこまり吸血姫の悶々」である。
テラコマリ・ガンデスブラッドというめちゃくちゃ困ってそうな名前をした1億年に1度の美少女が主人公のギャグバトルものである。
ギャグバトルとはいったものの、前半ギャグ、後半シリアスみたいなもんで、バトルシーンはめちゃくちゃシリアスで血が常にブシャーって感じだった気がする。
美少女と美少女はひかれあうというのか、百合百合しいのが特徴でテラコマリにクソデカ矢印がめちゃくちゃぶっささっていたのを覚えている。
なんで美少女に転生してくれなかったんだとモノ申したいが、そうはいってもモノがなくなるわけじゃない。
それより大変なのは、バトルモノであるということだ。
クソザコ吸血種のテラコマリ・ガンデスブラッドであるが、実はめちゃんこ強い烈核解放という最強パワーを持っている。各章最終バトルでその力を使って相手を倒して万々歳ハッピーエンドという結果にはなるものの、その道中でえげつない程人が死ぬ。ほんとにすっごい死ぬ。
特に吸血動乱の時なんか、国滅ぶ一歩手前まで人死ぬ。超強い将軍とかも大体死ぬ。嘘でしょ。これ美少女百合物語だと思ってました。
そんな過酷な世界に誕生してしまったわけで、グルグル・ガンデスブラッドの名を授かった私は、自意識の芽生え始めた2歳児の頃から、色々と魔法の勉強を始めた。
そうして驚く。なんといってもやはり血統因子ガンデスブラッド。舌足らずな口が紡ぐ魔法は、すでにそこらの軍人を灰と化すほどにまで成長してしまった。
将来は七紅天確定のエリート街道まっしぐら!なわけだが七紅天って狐娘にぼこぼこにされたり、強いことは強いのだが、そこに上り詰めたからって慢心してるようではあっけなく死んでしまう。
やっぱり小説家かお菓子屋さんにでもなろうかな……軍人こわすぎでしょ。
そうして悩んでると、お母さんが白い布につつまれた何かを抱えてやってきた。
「グルグル。きみの妹だよ」
そういえば、今日は妹が生まれる日だと今朝お父さんが言っていた気がする。
お母さんはゆっくりとしゃがみこむと、その腕に抱いた白い布の中身を見せてきた。
マシュマロみたいなもちもちのお肌、白い布で包まれたうっすらと赤みを帯びたその顔は、私という未知の存在を前にパチリと宝石のような赤目を瞬かせる。――数瞬見つめあったのちに、まるで安心したかのようにその顔をほころばせた。
なんてこった――天使じゃん。
「えっかわっ」
◇◆◇◆◇
ガンデスブラッド――代々ムルナイト帝国の将軍職を排出してきた名家であり、邸宅はその名に恥じぬ荘厳な屋敷である。
その一室。自他ともに認める一億年に一度の美少女である私、テラコマリ・ガンデスブラッドはいつもならまだ惰眠を貪っていたはずの時間から、急に明かされた幾つもの情報にてんやわんやしていた。
原因は急に部屋に入ってきたヴィルヘイズという青髪の専属メイドができたこと。父であるアルマン・ガンデスブラッドにより、実質コネで七紅天というムルナイト帝国の武力の頂点みたいなのに就任したこと。皇帝が夜に忍び込んで唇を奪ったこと。それによってムルナイト帝国の国章が下腹部に浮き出たこと。
そしてこれらすべてが、去年のクリスマスパーティーでの自分の失言によるものだということ。
思い返せば確かに調子に乗ってそんなことを言っていたような気がする。酔った勢い(りんごジュースではあるが)でなんてことを言ってしまったんだと後悔が押し寄せてくるが、今更どうすることもできない。
「……どうしても働かないとだめ?」
憂鬱な気持ちになりながらも尋ねると、変態メイドと父が急に鼻から血を吹きだして倒れた。えっと驚いてフリーズしてる間に二人は何事もなかったかのように再起動している。なにこれこわい。
「危ない危ない、コマリの可愛さにやられるところだった……そういえば、コマリが働くって聞いてグルグルも戦場のど真ん中で泣いて喜んでたよ」
「そ、そんな大げさな……って、戦場!?お兄ちゃんって軍人だったの!?」
「おやコマリ様、ご存じなかったのですか?」
「知らねーよ!!」
初耳だよ!!この前会った時「私の仕事?やりがいがあって楽しいよ」って私のおなかに頭つっこみながら言ってたのがまさか軍人だと思わないじゃん!!
「感極まった余りに敵将のとこに単騎で突撃してってたよ」
なにやってんの!?
「そのまま打ち取って今事後処理してるところだから、もうすぐ帰ってくると思うよ」
なんで敵将倒してるんだよ!!ギャグか!?
そうして私が内心で突っ込んでいると、バァンと扉を開ける大きな音が屋敷中に響く。毎回思うのだが近隣住民の迷惑にならないのだろうか?
ドシドシと自分の存在をアピールするかのように大きな足音を立て、やがてその足音は私の部屋の前で止まると、これまたバァンとけたたましい音を立て扉が開く。
「ただいまコマリ―!!!!」
帰ってくるのはえーよ!!
そして帰ってきたお兄ちゃんは
――しかし、忘れてはならないのが、今私は猛烈におしっこに行きたいということだ。尿意は既に限界に近いのだ。
そんな状態で腹部に衝撃を受けたらどうなるか。
「お兄ちゃん待って――あ」
「――あ」
生暖かい感触がおしりのほうまで広がっていくのを感じるとともに、現実を直視したくないと、私は意識を手放した――
おもらしRTA