バイトもなく、学校もない至高の日、土日。
珍しく朝早くから起きることができた私は、気分で作ったカフェオレを口にして息を吐いた。
「…たまには、早く起きるのもいいものね」
これまでの休日は基本的にサークルの活動とバイト、それから学校での疲れを癒すために眠る時間に費やされていた。
ただ、私がバイトを始めたことが関係しているのか、作業のペースが最近ゆっくりになっており、だいぶ余裕を持って期日までに提出することができている。
そういうこともあり、最近お風呂に入ってリラックスして、そのまま夜更かしせずに眠る日も少なくない。
だからなのか、次の日スッキリと起きられる日も多い。
健康的な生活をできている、ということなんだろうか。
「…ん?」
テレビをつけてニュースを眺めていると、スマホが誰かからのメッセージを受け取った音を鳴らした。
もしかしたら、最近仲良くなったクラスメイトの誰かかもしれない。
休みの日に唐突に遊びに誘われたのかも、なんて気持ちを踊らせていたのだが、スマホを開いてみるとメッセージを送ってきたのは想像していない奴からだった。
「…『今日暇?』って…まふゆがこういうメッセージ送ってくるの、珍しいわね」
それはまふゆからのメッセージ。いきなりメッセージを送ってくるのも珍しいが、その内容もまた珍しい。
私とまふゆの関係性は、正直言って微妙なところで。
当初、まふゆが消えたがっていて、謎の空間セカイに招かれるようにして入り込んだ先で、私も同様に消えたがっていることが看破された。
図星だった。
色々あって、最終的にまふゆに無責任に消えるなとだけぶちまけて、奏がまふゆを救うための曲を作り続けると宣言して、とりあえずはハッピーエンド。
…ハッピーかどうかは、微妙か。ビター、とも違うだろうし…なんと表現したらいいんだろうか。
「いや、そんなことより、返事しなきゃ」
とりあえず暇だけど、と返してスマホを机の上に戻…
「…もう帰ってきた。スマホずっと見てたってわけ?」
それからまふゆと何度かメッセージをやり取りして、これから昼飯を兼ねて出かけることになった。
行先は、最近できたという自然公園。
ぶっちゃけ私も気になっており、気分転換になるかと思ってそのうち行こうと頭の中のリストに入れていたのだが、ここでまふゆに誘われたのは意外だった。
「まふゆがこういうところに行きたがる、か。歌詞作りに良い刺激になるのかな」
まふゆがそういうものを必要とするかどうかは不明だが、まぁ私にも良い刺激になる可能性はある。
なんだったら、奏や瑞希を誘ってもいいかもしれない。瑞希はともかく、奏は外に出ることが稀だって話を聞いているし、適度に外に出ないと将来大変だろう。
ひとまず2人も誘うかとメッセージを送ると、まふゆからまた爆速でメッセージが返ってきた。
「2人で、って…。まぁいいけど」
あのセカイでのことがあった日から、作品を作るのにセカイで集まったりして直接話すことが多くなった中で、少し思ったことがある。
まふゆはまだ精神が成長していない、3歳ぐらいの子供に見えることがある。
成熟していない、と言うとまだ私たちも子供で成熟していない枠に入るんだろうけど、まふゆはそれ以上に思う。
優等生の皮に、高校生になるまでの経験値を吸われてしまったようだ。
「さて、それじゃあ準備しますか」
昼食も兼ねるとなると、その場で摂れる方が早いだろう。
せめて彩りで楽しめるような形のものを考えて、私は台所に立った。
〈♪〉
「まふゆ、お待たせ」
「…ん」
「じゃあ、行きましょうか。場所私知らないんだけど、まふゆ知ってるの?」
「バスに乗ってそのまま乗り換えなしで行ける」
「へえ、結構アクセスいいんだ」
何とか集合時間までにサンドイッチを作り終え、まふゆに合流することに成功。
目的地の事は、最近できたということと、それなりの広さがあるのでゆったりとした時間を過ごすことができるらしい、ということだけ。
場所まではまだ調べていなかったので、とりあえずはまふゆ先導で歩いていく。
「そういえば、何で急に自然公園なんかに行こうって思ったわけ?」
「…別に、理由はない」
「あっそ。何となく雑誌かテレビかなんかで目に入ったからなんでしょうけど…ま、良い気分転換になるんじゃない?」
まぁ、良い気分転換になるというのに、どうして残りの2人を誘わなかったのは、まるで見当がつかないけど。
まふゆに案内されバスに乗り込み、バス特有の振動を静かに受けていること数十分。
ここで降りる、とだけ告げたまふゆの後ろを追いかけると、もう目の前に自然が広がっていた。
「わぁ…都内の近くに、こんな場所があった…というか、できたんだっけ。なのにまだそんなに人もいない。休日なのに…穴場扱いなのかな」
「絵名」
「あ、ごめん。バスに忘れ物はしてない?」
「大丈夫」
「…うん、私も大丈夫そう。じゃあ、行こっか」
「うん」
全くこういうものに興味のなさそうなまふゆを連れて、特に目指す場所も決めずに歩いていく。
そもそもこの公園に何があるのかも理解せずに歩いているのだ。決めようもない。
まぁ、遊具があるわけでもないと思うので、今回の私たちのように、散歩して適当な場所で昼食を取るようなもので問題ないと思う。
確か、キャンプができる自然公園もあると、ニュースではやっていた気がする。
愛莉たちもアイドル活動を配信で始めたらしいし、4人でキャンプでもやってみたらいいんじゃないだろうか。
「絵名、あれ」
「え?」
考え事をしながら歩いていると、唐突にまふゆに袖を引っ張られた。
なんだ、と思ってまふゆの言う方向を見てみると、私たちの進んでいる道から横に進んだ場所に、謎の階段があるのが見えた。
まふゆが興味を示したものだからと取り合えず近づいてみると、意外と階段は長く、上った先が見えない程度にはあった。
「…え、これ行くつもり?」
「うん」
「いけるかな…いや、でも体力は作らないといけないし…いやいや、今日はそんな気分じゃないし…」
「行こう」
「あ、ちょ、まふゆっ」
決して、今日は気分じゃないから、とぐーたらするような優柔不断なわけではなく、心構えが必要というか。
結局私が腕を組んであーだこーだと言い訳していると、しびれを切らしたのか、まふゆが私の手を掴んで階段を上り始めてしまったのだけれど。
頂上まで上がりきった時には、私は虫の息になったことは言うまでもない。
「絵名、普段から運動しないからだよ」
「ぐ、ぐうの音もでない…」
下から見た時は確かに頂上が見えなかったので、この階段はどれほど長いんだ、と思ったものだが…案外短かった。それでも私の体力を大幅に削ってくれたわけだが。
ただ、確かにまふゆの言う通り、もう少し体力をつけておいた方がいいかもしれない。
デッサンの関係上、少し遠出して絵を描く、なんてこともあるだろう。道具を持ちながら歩き回るのも、今の私では活動範囲は相当に狭まるに違いない。
私だけが被害を被るならともかく、ニーゴのみんなが困るのはいただけない。
早急になんとかしなくてはいけない問題…かもしれない。
うん、まだかもしれないだから。
「絵名」
「なに、移動するなら、もう少し休ませて…」
「ここの風景は、描かない?」
またもやまふゆにそう言われて、息を整えるのに地面を見つめていた視線を、体を起こして正面を見る。
そこから見える景色は、あるところまでは自然があって、唐突にビルだとかの人工物に切り替わる景色だった。
私たちの立っている場所がそれなりの高度があるからなのか、普段は見上げないと視界に収まりきらないビルが、目線の下に所狭しと生えていた。
「…私、別にイラストとか、絵描きとして稼いでいくつもりはないから、奏に依頼されたもの以外は描くつもりは…」
「なら、これが依頼」
「…まだどういう曲を作るのかも決めてないんじゃないの? 先にイラストを決めるって、まぁそれでもいいのかもしれないけど…奏と瑞希には相談したの?」
「後から説明する」
「それ、大丈夫なわけ…?」
今日は珍しいがよく見れる日だ。まぁ対象はまふゆに限ってだから、複数カウントしてもいいのかは微妙な所だけど。
まふゆに向けていた視線を、再び先程見ていた風景に戻す。
今見えている風景を私が描いて、それを見て曲を作り動画を作成するというのは、まぁ普段からすれば逆だ。
私たちのサークルは、基本的には奏がこう、と決めて、私たちが後からこうか、いやこうか、と、奏が後から進化させていくそれに食いついていくような感じで進む。
多少イラストがへたくそでも、まぁ中身が天才の集まりだから、何とかなってるようなサークルと表現することもできるだろう。
今まふゆが提案してるのはその逆で、中身スカスカでへたくそな私の絵を見て作れるものなんて、逆に奏たちの評価を下げるものしかできないんじゃないだろうか。
「今確認取った。2人とも大丈夫だって」
「えぇ…変な所で行動力を発揮しなくてもいいんだけど…まぁいいか」
考え事をしている間にまふゆはさっさと他2人に確認を取ってしまったようで、流されるだけだった私にはもう断れる材料は手元に残っていなかった。
ため息を一つ吐き出して、スマホを取り出して風景を一枚、写真を撮っておく。
私たちが今見ているそれぞれの色と、スマホ越しに見える色はどうしても違うものが出てきてしまうけど…曲を聞いてイメージして描くのとはわけが違うから、そのあたりは許して欲しいものだ。
それなりのカメラがあれば、限りなく近づけるのだろうけど…。
結局、今この場で全員集まっても同じ色が見えるわけでもないから。別にいいのか。
色覚多様性、と言うのだったか。その場でコピーされた人間ならともかく、私とまふゆでは色を感じる細胞に多少の差があるのだから、見え方も違う。
特に性別でその差は顕著であり、女性は色の違いが、男性は動体視力にそれぞれ秀でているという。
…思考がそれた。
だらだらと考えたものの、結局写真が無ければ私は絵を描けないし、まふゆはともかく、残りの2人は私の大体のラフか、もしくは写真を見なければ作業は始まらないのだ。
ある程度写真を撮れたと判断した私は、スマホをしまいこんでまふゆの方を振り向く。
たまたままふゆも私の方を向いていたのか、ばっちりと目が合ってしまった。
「あ、ごめん。時間かけすぎてた?」
「そんなに経ってないと思うけど」
「え、あ、そう? ならいいけど。…いい時間だし、そろそろお昼にしない?」
「うん」
周りを見渡して、誰もいないことを確認した私は、適当な場所にシートを敷いて、角に適当な大きさの石を置いて中央にショルダーバッグを置いた。
自分でも驚くほどにてきぱきと準備を終わらせられたな、と思ってまふゆの方を見てみると、まふゆはその大きい目をぱちくりとさせながら、私の方を見て突っ立っていた。
「…何してんのよ」
「…別に」
確かに、インドアな私がレジャーシートをてきぱき敷いているのを見たら、彰人ならひっくり返るだろうし、愛莉ならそのままテレビに出せるほどのリアクションを取ってくれるだろう。
まふゆもそれなりに衝撃を受けたのか、と思って声をかけると、瞬きした後にはいつも通りの表情に戻り、靴を脱いでシートの上に座り込んだ。
くそ、この女、座り方が様になってやがる。
「じゃあまずこれで手拭いて」
一旦妬ましい感情をしまいこみ、バッグから出したアルコールティッシュをまふゆに差し出す。
素直に私が差し出したティッシュで自分の手を拭いているのを見ていると、お互い高校生なのに小学生の大人しい子を相手にしてる気分になってくる。
「じゃあ、この中から好きなの…って言ってもあれか。そっちの端から取って食べなさい」
「うん。いただきます」
「はい、どーぞ」
サンドイッチを手に取り、珍しそうにそれを見てから食べ始めたまふゆを見て、私も手に取って口に運ぶ。
あんまり料理のしない私にしては、と思ったが、そもそもサンドイッチで料理の上手い下手が出るのかどうか、と考えて、頭を振って考えるのをやめた。せいぜい形が崩れるかどうかぐらいだろう。
もそもそと食べ進んでいるまふゆにお茶の入ったコップを渡しながら、食べ終わった後は何をするのかとぼんやりと考えていた。
そのうち絵名以外の視点を挟むかもしれません。
未定なので入れない可能性もあります。