夢を踠く   作:水が死んでる

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4 腐敗する誰かと私のエゴ

意識がはっとしたのは、既に文化祭で私たちのクラスが何をやるかが決まった後だった。

頭がぼんやりとしていて、クラスメイトが何を話しているのかも頭に入ってこない。結局何をやることになったのかさえ。

 

まぁ元々、この行事自体に乗り気じゃないと言えばそうだったから、知っていようが知っていまいが関係なかったかもしれない。

 

「…結局、まだあんまり描けてないし、今日は寄り道せずに帰ろ…」

 

肝心のサークル活動なのだが、恐らくだが私の進捗が一番遅い。

瑞希は全て出来上がってからが本番みたいな所があるから除外するとしても、このままだと写真をそのまま載せた方がいいと言われても文句は言えないレベルだ。

 

私だけが遅れているのを実感しているからこそ、焦ってさらに遅れる。

分かっていても、理性と感情は別物のようにペン先を鈍らせる。

 

…一般的に言う、ブランクなんだろうか。

別にそこまで上手だ、と自分で言うつもりもないし、実際たいして上手くもないんだけど、表現するとしたらこの言葉ぐらいしか思いつかない。

まふゆ辺りなら、もっと別の言葉を思いつくのかもしれないけど。

 

美術に限った話でなく、私のように見えない何かにしがみつかれて沼に沈んでいくような人も、沢山いるんだろうか。

誰かの期待に潰される。誰かを潰したがゆえに背負う。誰でもない誰かに弾かれる。

ふざけた世界だ。それは人間という構造上正常で、歪んでいる。

 

「あ、絵名さん。今日はもう帰るんですか?」

 

どこかに私のこのジレンマを作品ごと解決してくれる人が現れないかな、と考えながら廊下を歩いていると、後ろから聞いたことのある声に呼びかけられた。

 

「ん、と。確か白石さん、だっけ。うん、今日は寄り道せずに帰ろうと思って。何かあった?」

 

「いえいえ、見かけて声をかけただけなんです。私の名前、覚えてくれていて嬉しいです!」

 

「まぁ、そりゃあ、ね」

 

私の目の前にいる陽キャオーラ前回の、毛先が青みがかった快活な少女の名前は白石杏。

彰人と一緒に歌っているグループの一人らしく、よく仲が良さそうに一緒に歩いているのを見る。

確か、彰人と白石さんと、あと二人はいるんだったっけ。

 

私が白石さんと知り合いになったきっかけは、朝の投稿時間の時。

 

いつにもまして調子の悪かった私は、制服を正しく着るのも面倒くさくなっていた所、風紀委員のチェックにしっかりと引っかかった。

その際に名前を聞かれて、東雲…もしかして、という流れだ。

私も頭が良いとは言えないものの、彰人はそれと比べ物にはならないほどに悪い。そんな彰人と同レベルと聞いたことがあるくらいなのが、私の白石さんに対する印象。

 

名前をお互い知った時に、彰人も東雲だし、被るから下の名前で呼びますね、なんて言われてしまって。

別に断る理由もなかったのだけど、それと比べて私が白石さんのことをどうして上で呼ぶのかは…ぶっちゃけ私にもよくわからない。

後ろめたい、のかな。何にそう感じてるのかは分からないけど。

 

妙な気まずさがある、というか。

 

「それじゃあ、私は用事があるのでこれで。気を付けて帰ってくださいね!」

 

「うん、ありがとう。白石さんもね」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

そう言って彼女は駆けていった。

何やら急いでいるように見えるが、そんな中で見かけたからで、私に声をかけてきてくれたのか。

嬉しいと思いつつ、それが彼女の魅力なのかな、とも思いつつ。

 

後は…風紀委員なのに廊下を走ってもいいのか、とかも。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

最近ふくらはぎに筋肉がついてきたかな、と思う。

一日の終わり、お風呂に入りながらふくらはぎに手を添えてみて、何となくそう思う。

バイトを始めてまだそんなに時間が経っていないけど、忙しいときは死ぬほど忙しい。マニュアル通りにやるだけだとしてもだ。

それに加えて、まだ学生の身ということもあるのだろうか。多少の怪我をしてもすぐに治る。筋肉も付きやすいんだろう。

 

「あ…もうシャンプー切れそう。これ高いんだよなぁ…今度探してみよ」

 

お母さんが、知り合いから貰ったけど使わないから、と言って棚の奥に腐らせていたものを私が発掘させてきたものだが、後で調べたところそれなりに値段が張るものだった。私の普段使ってたものの2倍はかたい。

 

美容に明るいというか、こだわりのある親だと買ってもらえる可能性があるんだろうけど、良くも悪くもお母さんはそういうのに興味はない。

それでいてまだ二十歳だと言えばそれで通せそうな若さの見た目をしているので、なるほど、確かに美容に気を使う必要もないのか、と思う。

 

「…私もその血を引いてるんだし、似たような感じになるのかな…うっ、目に泡がっ」

 

ひとまずシャンプーを終わらせた後、まずはトリートメントで髪の補修。洗い流した後濡れタオルを頭に巻いて数分待つ。

この後コンディショナーを使って、外もケアして完了、というわけだ。

何日かさぼっても、元々髪はさらさらなタイプだったから問題ないだろう。ただ将来的にどうなるかは分からない。今あるものに胡坐をかいて失うつもりはない、ということだ。

 

…こんなことを毎日しているから、彰人に女の風呂ってなげーよな、と言われるのだが。

 

お風呂から上がった後も、タオルで優しく水気をふき取る。

こうしてようやく、寝巻を着て脱衣所を出ることができる、というわけだ。

 

「あ、彰人」

 

「…本当に長いよな。いや、別にいいんだけどよ…」

 

たまたまリビングから部屋に行く途中だったのだろう。アイス棒片手の彰人とばったり出会った。

別に私も彰人が嫌味でそれを言っているわけじゃないことは理解しているので、半眼で見つめて腕を組む。

 

「別にいーでしょ。私の分ある?」

 

「冷凍庫の中に二本。一本だけな」

 

「は? あ、お母さんの分?」

 

「はずれ」

 

「…じゃああいつの分か。…保障しかねるわね」

 

「おいおい…」

 

ええい、なんで私があいつのためにアイスを残しておかなければいけないのだ。

彰人に呆れられた視線を向けられながら、リビングへと向かう。

その途中で後ろから、そういえばプリント、と聞こえてきたが、もうそれは済んだことだろう。別に私の分をお母さんに渡しているんだし、彰人の分はあってもなくても変わらないはず。

 

…変わらないよね?

 

「ていうか、あいつもアイスなんて食べるんだ」

 

冷凍庫から定番のソーダ味のアイスを取り出して、袋をはがしながらそう呟く。

ぶっちゃけイメージがわかない。ああいう見た目の人間は、和菓子を食べている方が似合っている気がする。

 

もしかしたら、普段食べないからこそ、そういったものに手を出してインスピレーションを得ているのだろうか。

 

「…ちっ」

 

なぜだろうか。無性に腹が立つ。

今はもう、絵の道を目指すなどと言うことはない。ぽっきりと折れてしまったことは他の誰でもない、私が知っている。

だがしかし。それとは別に、まだ筆を取って己の全てを込めるつもりで描いていたあの日が。お父さんが私に向けていったあの言葉を割り切れているか、というのは別問題だ。

うん、なぜだろうか、じゃないな。何に、何で怒っているのか、自分でも理解している。

 

「…あの時は…馬鹿にして、としか思わなかったけど」

 

こうして一歩引いた場所から考えると、不器用なお父さんなりの声掛けだったんだろうか。

画家の道は優しくない。そんなことは知っている。そもそも何かを極めようとしたのなら、優しい道なんてものは存在しない。

才能がものをいう世界だ。そんなことは知っている。だからこそ私は、才能がない人間がひっくり返す世界を見せてやりたかった。

 

今では、なんで私がそれを成すことができなかったのか。痛いほどわかる。わかってしまう。

だというのに、今でも言い訳を重ねてイラストを描き続けているのは、どうしてなんだろう。

 

「あー、もう…やばっ、結構溶けてる」

 

自分で声を出して思考を途切らせると、アイスはいつの間にかかなり溶けていた。

そんなに考え込んでいるつもりはなかったのだが、手にアイスが付いてしまっていて、もう一度お風呂に入りたくなる衝動に駆られた。

 

「最悪…おいしいけど」

 

食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨てて手を洗い、部屋まで戻ってきてPCを見る。

今日はどうしようか。このまま寝てしまいたいとも思うけど、作業は進めなきゃまずいだろう。ただ、今の私が焦りのまま我武者羅にペンを動かしても、ゴミ箱の容量を無駄に増やすだけな気がする。

 

「…そういえば、瑞希は文化祭来るのかな」

 

どうせ私に何かしらの仕事が降られることもないだろう。どうせ瑞希も同じどころか、そもそも文化祭の存在を知らない可能性もある。

今度通話をつないだ時に誘ってみるのもいいかもしれない。

 

「はぁ…ちょっとでも進めないといけないのは分かってるんだけど…」

 

焦る気持ちも、ある。ただそれ以上に、今の私が描こうとしたところで、無駄な時間を過ごすだけなのもなんとなくわかってしまう。

これ以上みんなの足を引っ張りたくはない。でも、問題を打開する何かが足りない。

 

…先人を見習うべきなんだろうか。

 

「…ほんっとうにイヤだけど。普段しないことをしてみるのも、いい経験になるのかも」

 

私のイメージ上ではお父さんはアイスを食べていなさそう、というだけで、実際のことは知らないのだけど。

まぁあいつの好みなんてどうでもいいか。

 

今度の休日に考えもしないようなことをしてみようと心に決めて、毛布をかぶって体を丸めた。

 

明日も学校だ。

 

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