「ねえ絵名。あそこのお化け屋敷、入ってみない?」
「は? なんで私が…1人で行ってきなさいよ。私出口で待ってるから」
「それじゃあ意味ないじゃん。絵名が怖…一緒に楽しみたいんだしさ~」
「本音が漏れてんのよ!」
どこかの模擬店に入るわけでもなく、ただぶらぶらと2人で歩いていると、ちょうど目の前の教室から見覚えのある顔が出てくるのが見えた。
「東雲ー。お前3時からの当番だから、忘れんなよ」
「ああ、わかってる。じゃあ任せたぞ」
当番、当番か。私も瑞希も、そもそも話し合いに参加していないのだから、どこの当番も任せられていないのではないだろうか。
うん、まぁ私は話し合いの場にはいはしたけど、意識をどこかに飛ばしていたせいで呆れられて、どこにも割り振られていない可能性はあるけど。
私が見知った顔を見ていると、隣の瑞希がもしかして、と顎に手を当てていた。
「東雲…そして、出てきたのが1年の教室だから、絵名の弟?」
「ん、まぁね。…それにしても、すっごいTシャツね。近づきたくもないんだけど」
「あっはは。黒に骨、それにピンクの…いや、紫かな。ホラーに偏ってるように見えるのは、クラスの出し物がホラーだからなのかな?」
「猶更関わりたくない」
「まぁまぁ、話しかけてみようよ」
瑞希はそれだけ言うと、さっさと彰人の方へと向かって話しかけていた。
こういう時に物怖じしないのは、瑞希の美点だなと感じる。
ただまぁ、改めて見てみると、制服なのが逆に浮いてるように見える。みんなクラスTシャツを着てるからかな。
朱に交われば、なんて言うけど、そもそも私の分もどこにあるのか分からないし…瑞希のこともほっとけないし。
ため息1つ吐き出して、足を進めた。
「彰人、調子はどう?」
「あ? 絵名か。お前、杏に見つかって戻されてただろ。…ったく。とりあえず客入りは上々だな。2年はなにやってんだ?」
「さぁ?」
「お前も瑞希と同じかよ…」
本当に何をやってるのか知らないので、目をそらして首を傾げていると、珍しいものを見た、という顔をした男子生徒と目が合った。
「…あ、もしかして。彰人のお姉さん、ですか?」
「あ、うん。初めましてだよね。東雲絵名です。彰人が迷惑かけてない?」
「青柳冬弥です。むしろ、助けられてばかりです」
優しそうな子、というのが第一印象。こんな子も、彰人と一緒にストリート音楽をやっているというのだから、人間見た目では分からないものだ。
「ところで、えっと、東雲さんは…」
「絵名でいいよ。彰人、のことは名前で呼んでるけど、同じ東雲だし。」
「では、絵名さんと。何となく感じたんですけど、歌、歌ってたりしますか?」
思わず、ドキリとした。
初対面で、自分たちが歌を歌っているからと言って、いきなりその質問をしてくるほど変な子ではないだろう。隣で彰人が目を見開いて驚いているし。
ただ、確かに私は歌を歌ってもいる。専門にしているわけじゃないけど、ネットに投稿している歌は私たちが歌っている。
それを今のやり取りだけで見破られたんだろうか。
思わず私が答えに困っていると、横から瑞希が割り込んでくれた。
「いや~、実はボクたちカラオケにも行くんだよね。多分そのことだと思うけど、よくわかったね?」
「あぁ、いや、突然すまない。ただ、絵名さんの喉というか…声が、よく歌いなれているような、芯のある声だったから…」
芯のある、ね。
いや、今はいいか。瑞希には助けられたし、後で何かお礼をしておかないと。
「ふふ、ありがと。実際に歌ったわけじゃないのに、そんなこと言われたの初めてかも」
「えっと、すみません。なんだか、口が勝手に」
「冬弥お前、大丈夫か?」
「ああ、すまない。絵名さん、お詫びにわたあめでもどうでしょうか。俺のクラスで、ファンシーなわたあめを出してるんです」
「別にいいって。気持ちだけもらっておこうかな。わたあめは後で自分でお金出して買うことにする」
私がそういうと、冬弥くんはしゅんとしてしまった。
うーん、別に迷惑をかけられたわけじゃないから、それだけでわたあめをおごってもらうのもなんだし…でも、何かしてもらわないと気が晴れないだろうか。
困ったな、と瑞希を見てみれば、私の視線を受けて何か思いついたようで、瑞希が勢いよく手を挙げた。
「じゃあ、一緒に回ろうよ! ボクたちも2人でいたけど、ぶっちゃけ暇してたし」
「そんなことでいいのか? …彰人、どうだ?」
「まぁ、別にいいけどよ…」
ひとまず冬弥君の笑顔が戻ってきたようで一安心。また瑞希に助けてもらったわけだ。
これは、後でセカイでも現実でも、何かしらの礼は忘れずにしなくては。
4人で回る、と言ってもどこに行くのかという話になり、実は、と冬弥くんが案を出した。
「もうすぐ俺の先輩がクラスで演劇をやるから、見に行こうと思ってるんだ。よければ一緒にどうだ」
「…あ、もしかして、お前が言ってた『見たい催し』って、それか?」
「ああ。なんと今回、司先輩が台本を書いて、主役も務めるらしい」
それを聞いて、おもわず顔をしかめたのは私は悪くないだろう。
この学校で司、と言えば、変人ワンツーで名高い天馬司のことで間違いないだろう。
悪い人ではない、というのは分かっている。ただ台風の目、というだけで私からしたら近づきたくない人間上位に食い込んでくる。
ちなみにワンツーのもう1人、神代類とは既に顔見知りなので、そちらに関しては問題ないのだが。
…いや、もしかしたらその2人が一緒になることで、台風の目に変貌するのだろうか。
「へぇー、面白そう。劇とかあんま見ないし、見てみたいな」
「司先輩の雄姿をぜひ見てくれ」
きっと今の私の顔は、彰人とそっくりだったと思う。
瑞希も一緒に回る人を見つけたことだし、適当な理由を付けて別れようか、と考えていると、突然瑞希に腕を取られた。
瑞希の左を見ると、彰人も同様に腕を取られている様で、思わず姉弟で見合わせてしまった。
「それじゃあ弟くん、冬弥くん、絵名! レッツゴー!」
「お、おい、その『弟くん』ってのは…引っ張んじゃねぇ!」
「ちょっと瑞希!?」
その時、瑞希の耳が赤くなっていたのは、きっと興奮していたからなのだと思う。
〈♪〉
既に暗くなっている教室内に足を進めると、用意されていた椅子はそれなりに埋まっていた。
「わぁ~、人、かなり集まってるね!」
「きっとみんな、司先輩の演劇を楽しみにしていたんだろうな」
瑞希の驚いた声に反応したのは、心底嬉しそうな様子の冬弥くんだった。
彼らの間に何があったのかを詳しく聞くつもりはないが、相当仲が良いんだろう。
「そうかぁ…?」
「例え冬弥くんの言う通りじゃなかったとしても、この劇を楽しみにしてる人は多そうだけど。じゃないと、これだけの席の埋まり方はしないだろうし」
「…まぁ、それもそうか」
用意されているこの教室もそれなりの広さを持っているし、その分席の数もあるのだが、埋まり具合は8割を超えているだろう。
私が見渡しながらそういうと、彰人は首のうしろに手を当てながら、どこか納得のいっていない様子で頷いた。
変人ワンツーの演劇がかなりの人気を博しているのが何となく納得いかないのか、彰人はそれにしても、と続けた。
「この演劇のタイトル、『ロミオ ~ザ・バトルロイヤル~』ってなんだよ。タイトルからしてB級じゃねえか」
「まー、タイトルだけじゃまだわかんないし? あ、せっかくだし、一番前に座ろうよ」
「ああ、そうだな。そっちの方が、司先輩の演技が良く見える」
これだけの客が入っているんだし、前の方の席なんて空いてないんじゃ、と思って瑞希の後についていくと、何故か最前列の席は誰も座っていなかった。
嫌な予感しかしない。
「間もなく開演となりますが、その前に注意事項をお伝えします」
首がちりちりするような、場合によってはケガをするような嫌な予感を覚えていると、アナウンスが流れ始めた。
「本公演には、バトルシーンがあります。最前席に座られるかたは、ご注意ください」
思わず頭を抱えた。
「バトルシーン? 何するんだろ?」
「わからないが、司先輩のことだ。きっと何かすごいことをしてくれるに違いない」
「すごいこと、ねぇ…」
「それでは『ロミオ ~ザ・バトルロイヤル~』開演です!」
そうして、人生で見た中で一番理解できない演劇が始まった。
〈♪〉
「我が名は鎖鎌のロミオ!! 観念しろ…ぐわぁぁぁ!!」
「私はモーニングスターのロミオ!! 私にかかれば他のロミオなど…ぎゃぁぁぁあ!!!」
「ふ…弱すぎる! やはりこの僕、最強剣のロミオこそ最強! 君たちに、ロミオを名乗る資格はない!!」
意味不明だ。
隣で爆笑している瑞希も多分内容は理解できていないだろう。
彰人は最初から理解しようとはしていないんだろうけど、その中で目を輝かせてみていたのは冬弥君だった。
「この僕に勝とうなど、1億光年早い! あの世から出直してきたまえ!」
「…あれ、1億光年って距離だよね。間違ってない?」
「いや、台本を書いたのは司先輩だから、きっと深い意味があるに違いない」
「さぁ、このままばったばったと敵を倒して、愛しのジュリエットを迎えに行こうじゃないか!」
そうしてロミオは、他のロミオもその剣1つで全て薙ぎ払い、見事ジュリエットと出会う事が出来たのだが、試練の本番はそこからであり…ぶっちゃけ、これ以降の内容は覚えてない。
気付いた時には私は廊下に出ており、瑞希と冬弥くんが楽しそうに感想を言い合っている所だった。
私の隣では、彰人が額を手で抑えていた。
「頭いてぇ…」
「はー、笑い過ぎて疲れた~! ほんっと、意味わかんなさ過ぎてやばかったね~! 9人のロミオが最後のひとりになるまで戦うってとこまでは予想できたけど、まさか最後宇宙に行って概念存在になるとは思わなかったな~」
誰が予想できるかそんなもん。
というか、最後記憶が無かったから、そんなことになっていたのか。知らなかった…いや、知りたいとも思ってなかったけど。
「あの主役の人が、冬弥くんの言ってた先輩? なんかいろんな意味で、すんごい存在感ある人だったけど」
「…とても深い話だった」
「深い?」
思わず私が聞き返すと、冬弥くんは1つ頷いて、饒舌に語りだした。
「一見するとコミカルな展開の中に、哲学的な示唆が感じられた。ラストシーンであの曲をBGMにしたのも、何か意味があるんだろうな…さすが司先輩」
冬弥くんの言ってることが、右から左に抜けて行った。彼は何を言っていたのだろう。
と言うか、もはや天馬司の信者と言っても過言じゃないだろう、この領域は。彼が信じてくれ、と言えば大抵のことは信じそうだ。
「…ねぇねぇ、もしかして冬弥くんって、なんか強い催眠術でもかけられてる?」
「そうじゃねぇ、とは思うんだが…。…この際だから聞くが、どうして冬弥はそんなにあいつを尊敬してるんだ? 前は、『お世話になってる先輩だ』っつってたけどよ」
「ああ、そうか。彰人にも詳しくは説明していなかったな。司先輩は、俺の恩人なんだ」
「恩人?」
「ああ。司先輩と俺は、親同士が知り合いだったこともあって、小さいころから一緒に遊んでいたんだ」
親同士、という単語が出てきて、思わず目をそらして、そんな私に辟易する。
彼は家族仲は良好なんだろう。別にうらやましいわけじゃないが、自分はお母さんとは普通だが、お父さんとの仲は最悪と言ってもいい。
今更羨ましく思っている私に、ひどく嫌悪している。
「それで、彰人は知っているだろうが…俺は小さいころから、父親にクラシックの英才教育を施されていた。だが、父親の指導はとても厳しくて…。平日は朝早く起きて練習。学校から帰るとまた寝るまで練習。休日になると朝から晩までピアノとバイオリンを弾いていた」
そんな私の辟易とした感情も勘違いだったと知ると同時に、また羨ましい感情は大きくなる。
私は、あの男に指導されたことなんてあっただろうか。
たまに部屋に入ってきては心無い言葉を投げてくるだけの、ノンデリ男に。
お母さんは、どうしてあの男を選んで、自分の腹を痛めてまで私たちを産んだのだろう。
「俺は、中学に上がるころ…」
なんて。
自分で見返してやると、凡才でも努力をすれば、なんて甘ったれた考えを持って、結局見返すどころか私自身が折れちゃったっていう。そんな私がどうこう言う資格なんてないだろう。
現に、彼は親に決められたかどうかはともかく、自分のしたいことは自分で決めてる。
何も決められていない私とは、比べるのも烏滸がましいレベル。
自分で自分の頭を叩き割って、全てを終わらせることができるならそうしている。
「そうだ、司先輩に劇の感想を伝えにいかないと」
「あ、じゃあ、教室入ってみる? ちょうど片付けも終わったみたいだし、会えるんじゃ…絵名? 大丈夫?」
冬弥くんの話を聞き流していると、どうやらその話がいつの間にか終わっていたようで、反応を示していなかった私の方を見て、瑞希が首を傾げていた。
「あ、うん。大丈夫」
「そう? 気分悪いなら保健室にでも…」
「いやいや、そこまでじゃないから。ほら、感想を伝えに行くんでしょ」
瑞希の追及を避けながら教室の方を指すと、ちょうど件の人間が教室から出てくるところだった。
「じゃあ、後のことはよろしく頼んだぞ! オレは次に行かねばならん!」
「オッケー。お疲れ天馬くん」
ナイスタイミング、と一瞬思ったものの、変人が言っていたことが引っかかって動きが止まる。
次に行かねばならない、というのはなんだろう。
「あ、司先輩…!」
「おお、冬弥! よく来てくれたな!」
「さっきの劇、とても良かったです。特に___」
「あ…すまん! 急ぎの用事があるから、話はまた後でだ! じゃあな!」
変人…脳内での表現とは言え失礼か。天馬司はそういうと、冬弥と後ろにいる私たちに手をあげて、走り去っていった。
普段の校内を走るのとはわけが違うのだが、そのあたりを理解しているのだろうか。
「あー、行っちゃったね。…あんなに急いでるってことは、なんか他にも出し物やるのかな?」
「劇の感想をしっかり伝えたかったんだが…そうだ。電話を…」
どうしても自分の口から感想を伝えたい冬弥くんは、急いだ様子でスマホを取りだし電話をかけ始める。
とはいえ、電話に出て感想を聞く余裕があるなら、先程この場で感想を聞いても一緒なはずで、予想通り、彼は電話に出ることはなかった。
「…ダメだ。留守番電話になっている」
「まぁ、校内うろついて探してみればいいんじゃねぇか。あんなにうるせんだし、すぐ見つかるだろ」
「そうだな。すまない彰人。助かる」
その『そうだな』は、冬弥くんでも天馬司はうるさいというのを肯定しているのか、それともすぐ見つかると言うほうを肯定しているのか…。
しかしまぁ、これから天馬司を探す時間になるのなら、別に私はこの場にいなくても問題ないだろう。
白石さんもきっと友達と回っているはずだし、今なら誰にも止められずに帰ることができるはず。
「それじゃあ、頑張って探してね。私帰るから」
「え、もう帰っちゃうの?」
「まぁね。元々乗り気じゃなかったし。最初だけ顔を出しておけば、後で見当たらなくてもどこかで何かしてるって、勘違いしてくれそうだし」
あとひどく眠い。
私の適当な言い訳を真に受けたのか、瑞希はそっか、と頷いて、私に手を振った。
「気をつけてね~」
「そっちもね」
そうして私は背を向けて歩き出した。
ぼおっとしたまま歩いて学校を出て、気づいた時には玄関についていた。
家の中からは人の気配はしない。なんとなくだけど、お母さんなり彰人なりが家にいる時は、家の雰囲気が違うからわかる。
お父さんは…正直分からない。いてもいなくても一緒。
玄関の鍵を開けて、靴を脱いで自室へとまっすぐ向かう。
今はただ、制服を1秒でも早く脱いでしまいたかった。