制服を雑に脱ぎ捨ててベッドに突っ伏して、制服が皺になったことを考えて重たい体をまた起こす。
ハンガーにかけて特に皺になっていないことを確認して、せっかく立ち上がったのだからと制服についているゴミを取る。
そういえば、この制服を着て登校してきて、もう1年以上が経ったんだったか。
彰人なんかはまだ成長するのを見越してなのか、少し大きめの制服を着ていたような気がするが…私の制服は今の私にぴったり合うように調整されている。
「ま、女の成長なんてそんなもんか」
きっと彰人はまだ成長するんだろう。逆に私の身長は高校に入った時から既にピタリと止まっている。
お父さんはともかく、お母さんも背の高い女性でもないので、きっと遺伝だろう。
別に身長が欲しいと思ったことはないし、逆に高すぎると色々と不便…でもないのか。
高すぎると服のサイズがないみたいな話になるのかもしれないけど、今の私はまぁ平均的だと思うし。
そう考えると、結構幸せな身長をしているのかもしれない。
「…ん、なんか今日の私、盛れてる?」
カメラを起動して、性能の良い外カメラで自撮りをする。
この動作にも慣れたので今更苦でもなんでもないのだが…久しぶりに撮ったからなのか、最低限のメイクしかしていないのに、これまで撮ったものの中で1番写りが良い。
「今日は疲れてるはずなのに…まぁいっか」
逆に、私が疲れて目が変になってる可能性もあるわけだ。
とはいえ今日も投稿はしなければならないわけで、あげる写真はこれになるんだけど。
文は…まぁあれだ。無難に『今日は疲れた』でいいだろう。
「これでよし…早速いいね付いた。この人、私が投稿するとすぐにいいねしてくれるけど、ずっとスマホ見てるのかな」
ありがたいけど、私が投稿するのも時間が決まっているわけでもないし1日に何回も投稿することがあるのだが、そのどれにも1番最初に数十秒でいいねしてくるのを見ていると、逆に心配になる。
通知をオンにしてくれているんだろうけど…うん、まぁ私からしたら貴重ないいねの1つだし、別にいいか。
そのまま何をするわけでもなく、椅子に座って外の景色を眺める。
そろそろ夕焼けが見られる時間帯だ。
こうして何もせずに、何も起こらない外の景色を見ていると、ゲームの中に出てくる定型文しか喋らない人になったみたいだ。
既にセカイというものに触れ、まふゆを繋ぎとめた大部分は奏だとしても、異常と言っても差し支えないものに巻き込まれているこの身をNPCと称してもいいのかは、これからの行動にかかってくるんだろうけど。
あの灰色のセカイに関わる人たちを主軸に物語が展開されているとして。
きっと、まふゆメイン、奏メイン、瑞希メインの話がそれぞれ用意されているんだろう。
それはきっと少なくとも、最終的には笑顔になれるようなもので、そこにはきっとメインじゃなくても私たちが関わってくるはず。
だとしたら、その中での私の仕事は何だろう。
別に、仲良くしたくない、というわけじゃない。
まふゆが、奏が、瑞希が。あの3人が心から笑うことができて、自分のしたいことができて、自分が納得のいく何かを成し遂げることができたら、私はそれでいい。
ただ、そんな私は必要だろうか。
むしろ、一読者にでもなったほうがましなんじゃないか。
…ここまで考えていると、中二病か、なんて言われそうだけど…あぁいや、セカイがあるんだし、別にいいのか。
思わずため息を吐きだしていると、唐突に私のスマホが音楽を鳴らした。
なんだ、と思いスマホを見ると、瑞希からの着信だった。
個人の電話番号は教えていないので、ナイトコードでの電話だ。
「もしもし?」
『あ、絵名? 本当に帰っちゃったの?』
「本当に、って…。なんで嘘を吐く必要があるのよ。別にあの場所にいても何もすることなかったし。いなくても困らないでしょ?」
これは本音。
別に僻んでるとか卑屈になってるとかそういうわけではなく、いた時といない時を考えて、どっちも変わらないなら別にいなくても問題ないのでは、というだけ。
実際、まだ学校にいたら自撮りはあげられなかっただろうし。
『え~。もっかい学校来る気ない? これから後夜祭やるんだってさ。神高生徒だけでやるってさ』
「なんでそれで私が行くと思ったわけ…行かないってば。まだ絵も仕上げてないんだし」
私を神高まで誘い出したいんだかそうじゃないんだか、よくわからない言葉にため息を吐きだしながら答える。
まぁ、私の気持ちを察しろ、というわけじゃないけど…親しい人もいないのにどうしていかなきゃいけないんだか。
『…じゃあさ、ボクが絵名と一緒に後夜祭見たいって言ったら?』
「…………は?」
当たり障りない言葉で適当に誘いを断ろうと考えていた言葉が、全て吹き飛んだ。
『…どう?』
ふざけてる、わけじゃない。きっと瑞希は本気だ。冗談なんかじゃなく、私と後夜祭を過ごしたいと思ってくれているんだろう。
何が瑞希を変えたのかはわからない。少なくとも昨日までの瑞希なら、私を誘うことはなかった、と思う。
彰人か、冬弥くんか、それとも白石さんか…はたまた私の知らない誰かか。
瑞希の交友関係を全て知ろうとは思わないけど、うん、良い変化なんじゃないだろうか。
あのセカイで垣間見えた瑞希の抱えているものも、きっとそのうち、その誰かさんか、もしくは奏が何とかしてくれるだろう。
ため息を1つ吐きだす。
「…後夜祭って、何時までやってんの?」
『! 大丈夫、先生に怒られるまでは続けられるってさ!』
「それ、答えになってないと思うんだけど…」
今からまた制服に着替えるのも面倒だし…私服でいいか。
「じゃあ、これから戻るから」
『うん!』
心から嬉しそうな瑞希の声を最後に、電話を切ってスマホを机の上に置く。
本当に、なんでわざわざ着替えてまた学校に行かなきゃいけないんだか。
「な~んて、そう思っても、ちょっと楽しみに思ってる私もいるんだけどね…」
〈♪〉
「あ! 絵名~こっちこっち…って、制服は?」
「もうとっくにハンガーかけちゃってたし、また制服着るのも面倒だったから」
「あ、あ~…な、なるほどね~」
まだ後夜祭が始まってそこまで時間が経っていないのか、これから帰るだろう生徒たちに妙に見られながら、瑞希と一緒にグラウンドに向かって歩く。
瑞希の話によると、外にステージがあるらしく、それに天馬司と神代類が、更にバックコーラスに彰人と冬弥くんが出ることになっているらしい。
なにそれおもしろ。
「…それにしても、なんかすれ違う人全員から見られてない?」
「あ、あ~。多分だけど、私服だからじゃないかな。うん、きっとそうだよ。絶対そう」
「えぇ…? まぁ、瑞希が言うならそう、なのかな…」
まぁ確かに、クラスTシャツじゃない、制服でもない服装の人はみな学校の外に歩いていた。
その反対の向きで歩いているのは私だけ。私が逆の立場だったら、私も見るかもしれない。
瑞希の後をついて歩くこと数分。ようやくステージについたようで、瑞希が椅子を持ってきていた。
「立ってみるライブみたいな感じじゃないらしいし、せっかくだから座ってゆっくり見ようよ」
「ありがと。…そういえば、彰人と冬弥くんがバックコーラスに入るって、何する気なの?」
「さぁ? でも練習を少し見たけど、2人ともそれなりに声出てたし、何かやってるみたいだから大丈夫なんじゃないかな?」
瑞希の返答にふぅん、とだけ返して、ステージに視線を戻す。
そこでは白石さんが楽しそうにマイクを持って何か喋っていた。
「さー! 盛り上がっていこー!」
恐らく、このステージに出演するのは天馬司たちだけじゃないんだろう。
白石さんのMCに案内されて、ステージ上にどこかで見たことあるような生徒たちが楽器を持って上がってきた。
「最近結成しましたー! バンド名はまだないです!」
言ってしまえばこのステージはほぼ身内のライブ。それぞれの自己紹介もなしに曲名だけ告げて一気に楽器をかき鳴らす。
「あ、この曲知ってるかも。この間テレビのCMで流れてた気がする」
「…全然聞いたことない」
「え~? 絵名ってテレビ見ないタイプ?」
「前はそれなりに見てたつもりだったんだけど…最近はね」
「ふ~ん?」
特にそれ以降瑞希が追及して来ないことを察して、視線をステージに戻す。
ステージ上では既に演奏を行っていたバンドの人たちはいなくなっており、いつの間にか天馬司が立っていた。
その横には彰人と冬弥くんの姿も。本当に一緒にやるんだ、と驚いた。
ある程度打ち合わせをしていたのか、曲が流れ始めて、天馬司の後ろで2人がマイクを持って歌いだす。
歌詞がある曲じゃないのか、コーラスだけだが…意外といいアクセントになっているようだ。
「そういえば絵名、もう歌うのには慣れた?」
「全然。人に聞かせるなんて、それこそカラオケで歌うのとはわけが違うんだから。この機会にどっか通うか考えたくらい」
「あっはは、真面目だな~」
ニーゴとして作った曲は、今のところは私たちで歌って投稿している。
以外にもそれが好評だ、というのは前に奏から聞いたが、それに関して私は未だに納得していない。
所謂ボーカロイドに歌わせるという方法もあったはずなのに、どうして私たちで歌うことになっているんだか。
…あぁ、そういえばまだ絵を仕上げていないことを思い出した。若干鬱。
「そういえば瑞希は、私が帰った後はどこ回ってたの?」
「え? あ~…まぁ、いろいろとね。りんご飴とか」
「りんご飴ね…」
そういえば、前に彰人と一緒に行った夏祭りでも、りんご飴を買ってたような気がする。
あの時は屋台に並んでいたりんご飴が美味しそうに見えたものだけど、今日適当に歩いている際に見かけたりんご飴は、特に惹かれなかったな。
別に、学生のものだから、と言うわけじゃないんだろう。
学祭の期間になると狂ったように付き合いだす、学祭マジックと同じようなものだと思う。人は良くも悪くも空気に作用されやすい、と言うか。
そのまま瑞希と雑談をしていると、いつの間にか後夜祭もお開きになってきたようで、最後まで残っている人も少なくなってきた。
「あ、絵名、最後だしボクらも前の方に行こうよ」
「えぇ…? 別に私はここで」
「絵名は目を離したすきに帰りそうだから、ボクの傍にいること! さぁ行くよ!」
「ちょ、ちょっと!?」
前に行きたい、という瑞希に渋っていると、腕を引かれて無理やり立たされる。
私が特に抵抗しないことを理解した瑞希は口角を上げて、小走りでステージの方へと歩いていく。私の腕は掴まれたままだから、私も小走りだ。
力、強いな。
「おや? 君も来たのかい?」
「あれ? 絵名って類と知り合いなの?」
ようやく足が止まったと思えば、ステージの上にはおらず、研究者のような笑みを浮かべていた神代類にそう声をかけられた。
「まぁ、ね。屋上でサボったりしてた時に、こいつもいたから」
「こいつとはひどいなぁ。一緒にいけない時間を過ごした仲じゃないか」
「間違ってないけど言い方腹立つ」
「ふふ、冗談だよ。まぁ、関係性としては瑞希とのそれに近いかもね?」
「え? あ~、まぁ確かに…」
私を間に会話を始めた瑞希と神代類を無視して、ステージを眺める。
いつの間にか壇上には天馬司たちだけではなく、白石さんも混ざってなにやら楽しそうだ。
別に混ざりたいわけじゃない。むしろごめんだ。
ただ、それをこうして眺めているのは、結構悪くないかもしれない。
それも、瑞希が私を誘ってくれたからだ。きっと瑞希以外だと、誘われても来なかったと思う。
「ね、瑞希」
「ん、何?」
「ありがと、誘ってくれて」
「…う、ん。どういたしまして」
特に瑞希の方を向かずに、礼の言葉だけ告げる。
天馬司も、彰人も、冬弥くんも白石さんも、自分の夢に向かって進んでいるからこそ輝いている。
だからこそあのステージに立っている。
きっと今の私は、あのステージに立つ資格がない。
あぁ、でも。
それはきっと、前に進む資格がないわけじゃない。
時刻は既に20時。
私の手は、疼いていた。
ぶっちゃけ後夜祭何時までやってるのかは不明。
実体験を参考にしています。