夢を踠く   作:水が死んでる

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8 神様ハラスメント 上

久しぶりに、筆を手に取ったと思う。

 

瑞希に連れられて行った後夜祭。あれを見た日から、ただデジタルに絵を描き起こすだけでは物足りず、久しぶりに、本当に久しぶりに筆を取っていた。

 

既にあの日から何週間か経っている。あの時見せられた、同年代たちに見せられた熱は既に冷えている。

だと言うのに、私の右手は、まだ疼いている。

 

マイク付きの無線イヤホンを耳にはめて、ナイトコードに入って場所を移動する。

仮にちゃんと絵を描くんだとしたら、有線だとどこまで行っても邪魔になってしまうだろう。

今日の私の音質はまぁまぁ悪いだろうけど、そこは我慢してもらおう。

 

そうして25時になり、メンバーも集まって各々の作業をすること数十分。

雪の声が響いた。

 

『K、次の新曲の歌詞できたよ』

 

『ありがとう。…うん、良いと思う』

 

『へー、前の曲とはまた違うね。雪の新しい一面が見れたって感じ』

 

未だに真っ白な紙から目を離して、PCを見る。

どうやら雪がファイル形式で歌詞を送っていたようだ。

 

ここからだと歌詞を見ることはできないが、まぁ私に直接関係するものじゃないし。

 

そう考えて特に反応もせずにまた正面に視線を戻すと、私の名前を呼ばれた気がした。

 

『えななん? 大丈夫?』

 

「え、あ、うん。ごめん聞いてなかった。何?」

 

『も~。さっきから何回も呼んだのに。雪が感想を聞きたいって』

 

「は?」

 

雪が感想を求めている。それ自体はまぁ理解できる。ただその理由が理解できないだけで。

これまで雪が感想を求めてきたことなんてなかったはず。まぁ求められる前に私たちが見た後に勝手に述べていたのもあるんだろうけど。

 

「…別に、私の感想なんていらないでしょ。必要ならKにでも」

 

『えななんの意見も反映させないと、私たちの曲にならない』

 

「…あっそ」

 

雪の言い方からして、もしかしたら既に私以外にはもう感想を求めていたのかもしれない。

なんとなく、雪が他人に意見を求める姿が想像できなくて、私以外にも聞いている可能性を排除していた。

 

…あぁ、恥ずかしい。これって要するに、『私だけが雪に感想を求められている』って、無意識にでもそう勘違いしていたんだから。

自意識過剰にもほどがある。

 

…自撮りに関しては別。あれはちゃんといいねの数が目に見えるし、結構反響は良いんだから。

 

雪に急かされるまま、PCの前の椅子に座ってファイルを開く。

 

「…別に、いいんじゃない。っていうか、わからないが口癖みたいになってるのに、なんでこんな歌詞かけるわけ?」

 

『あ~、感覚でやってるってことなのかな。天才肌みたいな』

 

「なにそれ」

 

それはそれでむかつくような、若干同情するような…。

あぁ、いや。私にそんなことを思う資格なんてなかったか。

 

『あ! そういえば、この前作ったマリオネットの曲あったじゃん? あれ、再生数めちゃくちゃ伸びてたよ!』

 

瑞希の言うマリオネットの曲、と言えば…確か、ジャックポットサッドガールだったか。

その曲を作ったのは神高祭よりも前の頃だったはずだから、少しだけ時間が経ってはいる。

 

人形展に言って…あれ、そのあとはどうしたんだっけ。

 

『割と有名なクリエイターが感想呟いてくれて、話題になってるらしくってさ』

 

感想を呟くだけで話題になるなら、割と、は余計なんじゃないだろうか。

ただのその人の感想だけで、私たちの曲を聴きに来てくれるまだ話題になっているのだから、その道のプロレベルなんじゃ。

 

「…へ~。すごいじゃん」

 

とはいえ、瑞希が『めちゃくちゃ』と言うのが気になる。

適当に返事を返しながら動画投稿サイトのページを開くと、なるほど、確かにコメントも再生数も、これまで以上に回っている様だった。

 

「本当だ。コメントも今までより多い」

 

適当に操作してコメントを流し読みしていると、やっぱりどうしても目に留まるのが『イラスト』という言葉。

 

サビで、歌詞に合わせてイラストが切り替わるから、複雑な感情が押し寄せてくる感じがする、とか。

そういう、私のこだわりに気づいてくれる人も、一定数いて。

 

「…複雑」

 

嬉しいと思ってるのは間違いない。ただ、馬鹿正直に喜べないのも事実だ。

私は絵を描き続けるつもりはない。昔はともかく、今はもうそこまでの熱はない。

だからこそ、私の絵を褒められたら複雑なのだ。

 

もしかしたら、まだ絵を描き続けてもいいのかも、なんて思ってしまうから。

 

『なんかさ、ニーゴも有名になってきたって感じがするよね! ま、でもKと雪はそういうの、興味ないかな?』

 

「雪はともかく、Kは興味ないわけないでしょ。ニーゴが有名になるってことは、より多くの人が耳にするってこと。なら、何も思わないことはないでしょ」

 

『…えななんの言う通り、沢山の人に聞いてもらえるのは嬉しいよ。その分、誰かを救えているかもしれないから』

 

予想通り。

私の想定通りの反応をするKに、私は笑みを漏らした。

 

…しかし、まぁ。

 

「でも、誰かを救いたい、か。正直、昔の絵に毎日をささげていた時期の私でも、自分の作品で誰かを救いたいなんて、そこまで考えられないだろうな」

 

『えななんは有名になって、いいねがいーっぱいつく方が大事だもんね~♪』

 

「ちょっと、人をただの目立ちたがりみたいに言わないでくれる?」

 

心外だ。

確かに自撮りをネットにあげているのは私の自尊心を、承認欲求を満たすためのものであるが、それが私の夢になりうるかと言えばまた別の話だ。

まぁ、今は夢なんてないから、Amiaの言うことは中らずと雖も遠からずといった感じか。

 

『え~? 違うの~?』

 

「そりゃ、沢山の人に見てもらえるのは嬉しいけど。それとこれとは別じゃない?」

 

『ま、それもそうか。とはいえ、この曲が伸びたのは納得かな。ボクも気合い入れてMV作ったし!』

 

「はいはい。じゃあ、私作業に戻るから」

 

『うん、わかった。もう少しで新曲をアップできそうだから、頑張ろう』

 

Kのその一言で、各々作業に戻る。

マイクをミュートにして、私はため息を吐き出した。

 

私、何してるんだろう?

 

「みんな、目的があってこのサークルで活動してる。じゃあ、私は? 私は、何を求めて、諦めたはずの絵を描き続けてるんだろう」

 

絵を描くのをやめて、もう1年は経った。

サークルメンバーに絵を褒めてもらうのも、度々ある。だけど、今のままじゃいけないんじゃないだろうか。

 

もう高校生。それも2年生だ。

将来を考え始めなきゃいけない時期なのに、私はまだ、遊んでいるような気分になってくる。

 

「…でも、私は何をしたいんだろう」

 

はるか昔。その日に何をしたかも朧気な過去の事。

雪平という人の教室に通っていた時があった。

その時に言われたのが、『絵には心が写し出される』ということ。

当時の私が何を考えて絵を描いたいたのかはもう忘れてしまったが、妙にそのことだけを覚えている。

 

…雪平さんを利用することになってしまって申し訳ないが、もう一度教室に行ってみるのもありだろうか。

 

自分を、見つめ直すために。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

雪平さんの教室は、もちろんタダで開かれているわけじゃない。

役場の職員が行っているような、小さい子向けのそれとはレベルが違う。

 

お金を払ってでも教えてもらいたい相手であり、お金を払った価値があったと思わせられるような内容。そんな教室は、私が半分逃げ出したようにやめた時からもまだ、続いている。

 

その継続を見せつけられると、逃げ出した挙句にまた教室の前まで来てしまっている自分が、本当に恥ずかしくなってくる。

 

「…とはいえ、もう料金は払ってないだろうし」

 

私が教室に通わなくなったのはもう1年以上も前の話だ。やめたタイミングだって、親に出してもらっているお金なのだからと、その期間内は大人しく通い続けた後だ。

その分私の精神はすり減ったわけだけど。

 

今思えば、高レベルなだけあって、私に相当なストレスがかかっていたんだと、今では思う。

なにせ、教室をやめて、絵からもそこそこ離れた生活を送り始めてから、私の肌の調子が非常に良い。自撮り垢の伸びもそれまでの3倍以上の伸びだ。

 

「…はぁ…どうしよ」

 

今のままだと、私はニーゴのメンバーに置いて行かれるだろう。技術面でも、精神面でも。

あの3人についていこうと思うなら、今のぬるま湯の状況から抜け出さなきゃいけない。ただ、だからといって心が伴っていないのに、雪平先生の教室に再び通うのが、正解なんだろうか。

 

通うにしたって、お金も必要だ。東雲家の大黒柱は、絵の世界の中ではかなり名を轟かせているようで、それなりに裕福の部類に入るだろう。お母さんに相談したらお金を出してくれるかもしれないが、それもどこか違うような気がする。

 

「…ちょっと待って。別にニーゴをそのうちやめるなら、技術的に追いつく必要はないんじゃ…」

 

この時私は、自分でこのことに気づけたことに舞い上がっていた。

 

「そう…そうだよね。なんで絵を描くのをためたがってるのに、絵を描く技術を求めてるんだか。全部無駄になるのに」

 

自分の考えが口から漏れ出ていることに気が付かずに教室の扉に背を向けると、そこにはまふゆが立っていた。

 

ぶっちゃけ心臓が口から飛び出るかと思った。

なんで何も言わずに立っているんだろう。体もこっちに向いているんだし、たまたま今見かけた、という訳でもないんだろうし。

 

「…え、と。なに?」

 

「ううん、別になんでもないよ。たまたま見かけただけ」

 

「あぁ…そう…」

 

しかしまぁ、よく考えたらまふゆにこんなことを求めるのも無駄だった。

というか、この間公園に遊びに行った時と違って、人の目が多いから外用の対応なの、なんか違和感がすごい。鳥肌立ちそう。

 

私はため息を吐きだしながら、まふゆの側を通り抜ける。

ここに用はない。

 

「それじゃ、またナイトコードで」

 

そろそろ将来の事を考えなきゃな、と考えながら歩こうとすると、唐突に私の左腕が掴まれた。

 

「…え、っと?」

 

「ちょっと、聞きたいことがあるんだ。『ニーゴをやめる』ってことについてなんだけど」

 

「…」

 

まさか、さっきの呟きを聞かれているとは思わなかった。

 

私は自分でもよくわかるほど、頬をひきつらせていた。

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